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この二人は、不仲だったのか?
そんな疑問が浮かんだ
不仲なら、それらしいことがどこかに残っていてもおかしくない
なのに、過去に発見された物の中には濃姫に対する悪口もないし(創作物なら若干ある)、かと言って褒め称えるような物もない
濃姫に関してはこの世に足跡すらな残していないかのような扱いだから、最早『龍』とか『麒麟』並みの『空想の生き物』としか想えなくなって来た
1568年の上洛の際、信長は一人の人物と出逢った
わたしが書く創作物の中にも度々出ていただいている山科言継公である
彼は初めこそ信長に対していい印象を持ってなかったようだが、義昭の屋敷を作る際に誼を通じたと想われる
彼は信長と交流を深めていく内にとうとう、信長の居る岐阜城にまでやって来た
これは信長が招待したものか山科が押し掛けたものなのかはわからないが、兎に角1569年の7月には岐阜にやって来ている
そして7/27、信長からある話を聞かされる
『山科言継、織田信長(「信長」)が斎藤義龍(「一色義龍」)後家所持の壺を所望していたが紛失してしまい、更なる探査に及べば斎藤義龍後家は自害するといい、斎藤義龍後家が自害するならば織田信長本妻及びその一類は悉く自殺するというので事態は収拾したことを知る。』
要約すれば、「信長が義龍の所有する(現時点では保管者は義龍妻・近江の方と想われる)壷が欲しいとねだった。ところが義龍後家(近江の方)は戦乱中に紛失したと言い張った。それじゃぁ家中くまなく探させてもらうと信長が言ったところ、「だったら自害してやる!」と言い出す後家(近江の方)に「やめてください、あなた!無理を通すのなら、私も腹を切ります!」と、信長正妻(濃姫)が言い出し、「それならわれらも腹を切る!」と信長正妻(濃姫)の兄弟(利治・織田家家臣、利尭・現時点では斎藤家家臣など。一説には美濃三人衆も参加したらしい)まで言い出したものだから、信長は渋々壷を諦めたという話を私は聞かされた」
この話がいつ頃のことなのかわからないが、山科は恐らく岐阜城を訪れた際信長からこう言う思い出話を聞かされたのではないだろうか
思い出話だとするならば、話は二年前の1567年8月ごろ
信長が住んでいたのは岐阜城なので、山科に「実はこんなことがあってさぁ」なんて、話したんじゃないだろうか
信長のプライベートな話など今まで残したことのない山科が書き記したと言うことは、よほどインパクトがあったんだろうなと想像する
それから、妻(濃姫)の話を他人にするのも、信長にとってはこれが初めてだと思う
全く勝手な想像だが、信長がいかに濃姫を大切にしていたかが伺えた
大切なればこそ、濫りに他人に話すこともなかったし、その城の局処で信長は濃姫に対し愛情を注いでいたのだろう
信長の性格などよくわからないが、わたしは彼に対し「不器用な男」と言うイメージを一貫して持っている
不器用だからこそ常に力技に持ち込んでいたのだろう
普段は「うちのかかあは」なんて言わない信長が、京都から来た友人に「うちのかあちゃんさぁ」なんて話したのかと思うと、少し微笑ましい
濃姫は、本能寺で信長死んだかも知れないと聞かされた時、自分も一緒に死にたかったんだろうなぁ
だから、濃姫の遺髪塚(伝承)なんかがあるんだろうな
世間には一般的に犬猿の仲のような扱いを受けていたこの夫婦
もしかしたらこの時代、どこの家より熱い夫婦だったかも知れない、なんて思ったら、いつかこの二人の想いが世間の知るところになれば良いのになんて願うのだけど、本当に犬猿の仲だったらそれはそれで面白い
そんな疑問が浮かんだ
不仲なら、それらしいことがどこかに残っていてもおかしくない
なのに、過去に発見された物の中には濃姫に対する悪口もないし(創作物なら若干ある)、かと言って褒め称えるような物もない
濃姫に関してはこの世に足跡すらな残していないかのような扱いだから、最早『龍』とか『麒麟』並みの『空想の生き物』としか想えなくなって来た
1568年の上洛の際、信長は一人の人物と出逢った
わたしが書く創作物の中にも度々出ていただいている山科言継公である
彼は初めこそ信長に対していい印象を持ってなかったようだが、義昭の屋敷を作る際に誼を通じたと想われる
彼は信長と交流を深めていく内にとうとう、信長の居る岐阜城にまでやって来た
これは信長が招待したものか山科が押し掛けたものなのかはわからないが、兎に角1569年の7月には岐阜にやって来ている
そして7/27、信長からある話を聞かされる
『山科言継、織田信長(「信長」)が斎藤義龍(「一色義龍」)後家所持の壺を所望していたが紛失してしまい、更なる探査に及べば斎藤義龍後家は自害するといい、斎藤義龍後家が自害するならば織田信長本妻及びその一類は悉く自殺するというので事態は収拾したことを知る。』
要約すれば、「信長が義龍の所有する(現時点では保管者は義龍妻・近江の方と想われる)壷が欲しいとねだった。ところが義龍後家(近江の方)は戦乱中に紛失したと言い張った。それじゃぁ家中くまなく探させてもらうと信長が言ったところ、「だったら自害してやる!」と言い出す後家(近江の方)に「やめてください、あなた!無理を通すのなら、私も腹を切ります!」と、信長正妻(濃姫)が言い出し、「それならわれらも腹を切る!」と信長正妻(濃姫)の兄弟(利治・織田家家臣、利尭・現時点では斎藤家家臣など。一説には美濃三人衆も参加したらしい)まで言い出したものだから、信長は渋々壷を諦めたという話を私は聞かされた」
この話がいつ頃のことなのかわからないが、山科は恐らく岐阜城を訪れた際信長からこう言う思い出話を聞かされたのではないだろうか
思い出話だとするならば、話は二年前の1567年8月ごろ
信長が住んでいたのは岐阜城なので、山科に「実はこんなことがあってさぁ」なんて、話したんじゃないだろうか
信長のプライベートな話など今まで残したことのない山科が書き記したと言うことは、よほどインパクトがあったんだろうなと想像する
それから、妻(濃姫)の話を他人にするのも、信長にとってはこれが初めてだと思う
全く勝手な想像だが、信長がいかに濃姫を大切にしていたかが伺えた
大切なればこそ、濫りに他人に話すこともなかったし、その城の局処で信長は濃姫に対し愛情を注いでいたのだろう
信長の性格などよくわからないが、わたしは彼に対し「不器用な男」と言うイメージを一貫して持っている
不器用だからこそ常に力技に持ち込んでいたのだろう
普段は「うちのかかあは」なんて言わない信長が、京都から来た友人に「うちのかあちゃんさぁ」なんて話したのかと思うと、少し微笑ましい
濃姫は、本能寺で信長死んだかも知れないと聞かされた時、自分も一緒に死にたかったんだろうなぁ
だから、濃姫の遺髪塚(伝承)なんかがあるんだろうな
世間には一般的に犬猿の仲のような扱いを受けていたこの夫婦
もしかしたらこの時代、どこの家より熱い夫婦だったかも知れない、なんて思ったら、いつかこの二人の想いが世間の知るところになれば良いのになんて願うのだけど、本当に犬猿の仲だったらそれはそれで面白い
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無題
恐れ多くも帰蝶様のお名前使わせていただきました。
ネット時代に生まれて良かった!濃姫様に魅せられて色々の本や大河を見ました。吉乃最愛派にこっぴどく心傷つけられ、濃姫悲愁では小説とは言え、寝込みましたよ!でも、信長公記では女性は斎藤道三娘しか記載されていない、正室も濃姫だけ、書かれていないことは真実ではないと考える人もいますが、つつがなく書かれるような汚点がなかったとも思っていいのでは。巡りあえました。一気読みです。幸せ
ネット時代に生まれて良かった!濃姫様に魅せられて色々の本や大河を見ました。吉乃最愛派にこっぴどく心傷つけられ、濃姫悲愁では小説とは言え、寝込みましたよ!でも、信長公記では女性は斎藤道三娘しか記載されていない、正室も濃姫だけ、書かれていないことは真実ではないと考える人もいますが、つつがなく書かれるような汚点がなかったとも思っていいのでは。巡りあえました。一気読みです。幸せ
はじめまして
>ネット時代に生まれて良かった!濃姫様に魅せられて色々の本や大河を見ました。
濃姫に関連する物は、多くが昭和に発見された前野文書の煽りで碌な扱いを受けていませんので、私は極力手にしたことはありません
どの本でも、濃姫を主人公にしたものでも、『武功夜話』の呪縛から解き放たれていないので、決して気分よく読めるものではないからです
織田家(当時の)の公式に認められた子供は、母親がはっきりしているのは信孝だけなんですけどね
信雄ですら、本当に生駒の娘が生んだのかどうか怪しいのですが・・・
訪問、ありがとうございました
更新は遅いですが、今後とも宜しくお願いします
濃姫に関連する物は、多くが昭和に発見された前野文書の煽りで碌な扱いを受けていませんので、私は極力手にしたことはありません
どの本でも、濃姫を主人公にしたものでも、『武功夜話』の呪縛から解き放たれていないので、決して気分よく読めるものではないからです
織田家(当時の)の公式に認められた子供は、母親がはっきりしているのは信孝だけなんですけどね
信雄ですら、本当に生駒の娘が生んだのかどうか怪しいのですが・・・
訪問、ありがとうございました
更新は遅いですが、今後とも宜しくお願いします
濃姫(帰蝶)好きの方へ
本日は当サイトにお越しいただき、ありがとうございます
先ずはこちらのページを一読していただけると嬉しいです→お願い
文章の誤字・脱字が時折混ざっております
見付け次第修正をしておりますが、それでもおかしな個所がありましたらお詫び申し上げます
了承なしのリンクは謹んでご辞退申し上げます
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見付け次第修正をしておりますが、それでもおかしな個所がありましたらお詫び申し上げます
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更新のお知らせ
(02/20)
(10/16)
(11/04)
(06/24)
(03/25)
◇◇プチお知らせ◇◇
1/22 『信長ノをんな』壱~参 / 公開
現在更新中の創作物(INDEX)
信長 ~群青色の約束~
こんな感じのこと書いてます
カウント(0)は現在非公開中です
管理人の独り言も混じっております
[11/04 Haruhi]
[08/13 kitilyou]
[06/26 kitilyou命]
[03/02 kitilyou命]
[03/01 kitilyou命]
ゲームブログ
千極一夜
家庭用ゲーム専用ブログです
『戦国無双3』が絶望的存在であるため、更新予定はありません
◇◇11/19 Nintendo DSソフト◇◇
『トモダチコレクション』
おのうさま(帰蝶)とノブ(信長)が 結婚しました(笑
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◇◇11/19 Nintendo DSソフト◇◇
『トモダチコレクション』
おのうさま(帰蝶)とノブ(信長)が 結婚しました(笑
祝:お濃さま出演 But模擬専… (戦国無双3)
おのれコーエーめ
よくもお濃様を邪険にしおってからに・・・(涙
(画像元:コーエー公式サイト)
オンラインゲームにてお濃様発見
転生絵巻伝 三国ヒーローズ公式サイト:GAMESPACE24
『武将紹介』→『ゲーム紹介』→『Exキャラクター紹介』→『赤壁VS桶狭間』にてお濃様閲覧可
キャラクター紹介文
「 絶世の美貌を持つ信長の妻。頭が良く機転が利き、信長の覇業を深く支えた。
また、信長を愛し通した一途な妻でもあった。」
(画像元:GAMESPACE24公式サイト)
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カップ酒 濃姫®=爽やかな麹の薫り高い、カップとは想えない出来上がりのお酒です
吟醸ブレンド 濃姫® ブルーボトル=自然の香りのお酒です。ほんの少し喉を潤す程度でも香りが深く体を突き抜けます
本醸造 濃姫®=容量的に大雑把な感じに想えて、麹の独特の香りを抑えたあっさりとした風味です
今現在、この3種類を試しておりますが、どれも麹臭い雰囲気が全くしません
飲料するもよし、お料理に使うもよし
お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
奇跡のお酒です
何よりボトルがどれも美しい
清洲桜醸造株式会社公式サイト


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フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます
清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
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本醸造 濃姫®=容量的に大雑把な感じに想えて、麹の独特の香りを抑えたあっさりとした風味です
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一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
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どちらも一般スーパーに置いている場合があります
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