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場所は表座敷になるか、あるいは接待専用の対面所かと想っていたが、想像を超えて局処の奥座敷に案内され、元康を始め松平の将らは面食う
「表座敷は軍議を行なう場所。お客様を持て成すには畳がございません故、殿から畳敷きである奥座敷にするよう指示が出ております。勿論、対面所はございますが、松平様をそのような堅苦しい場所に押し込めるのも気が引けると」
「お心遣いは大変嬉しいのですが、ご当家の座敷に我ら赤の他人が上がり込んでよろしいのでしょうか?そこまでしていただけるとは予想しておりませんでしたので、恐縮でございます」
「非公式でございますので、書記の居る表座敷では寛ぐのも難しゅうございましょう?」
「上総介様は、そこまで我らを持て成してくださるのか。なんとありがたいことか」
「礼には及びませぬ」
帰蝶の『腹芸』を知る秀貞は、ご丁寧に自分の背中に会釈する元康が、ある意味哀れで仕方がなかった
帰蝶にとって清洲の表座敷には数々の因縁がある
死んだ信長を安置した場所であり、殺した信勝を安置した場所でもあり、仇同士である市弥や自分と和解した場所でもあった
そんな場所を、『他人の血で汚したくない』と帰蝶は考え、そしてそれを自分に話していた
これを正直に聞かせるのだから、今更ながら帰蝶の恐ろしさには震えが起きて仕方ない
帰蝶は、もしも松平が自分の意にそぐわぬ答えを出そうものなら、即座に皆殺しを敢行する気で居る
斎藤との睨み合いが今も続く中、潰せる敵は少しでも早く潰しておきたい
それが帰蝶の本音だった
出入りの制限される局処なら、それが可能だと想っている
周囲を織田の兵士で埋め尽くせば、少人数で入った松平は成す術もなく縊り殺されるだろう
油断をさせて逃げ場を奪い、襲い掛かる
そうやって帰蝶は、信勝を殺した
この、人好きしそうな笑顔を綻ばせる若き君主も、信勝と同じ運命を辿るのかと想うと、気の毒な想いが巡り来る
何を言うか
自分もまた、誰かを死なせることに加担した身ではないか
この手で、その頭脳で信長を追い詰め、死に急がせた身ではないかと、自分を詰る
それを帰蝶に話したところで、「今更なんだ」と叱られるのが関の山だが
局処は勘定奉行である貞勝の管轄でもあった
「お待ちしておりました。遠路遥々、よくお越しくださいました」
局処への大廊下の手前で待ち構えていた貞勝が、深々と頭を下げる
「此度は我ら松平を、ご当家の奥座敷と言う神聖な場所に招いてくださったお心遣い、深く感謝申し上げます」
元康が育ちの良さを表すような丁寧な言葉と、丁寧に辞儀をする光景に、貞勝は心の中で感嘆の溜息を零す
今川の教育は、どこまでも深い、と
「それでは、これより先はわたくし村井吉兵衛がご案内申し上げます」
「宜しく頼みます」
軽く会釈をして、元康は貞勝の背中に着いた
秀貞は少し下がって後に続く
帰蝶の歩く直ぐ後ろを、なつが歩く
なつの背中にはなつの執事や侍女の部下らが続く
その後ろを、本丸勤めの菊子と、菊子の部下、侍女達が連なった
「お能様、そろそろですよ」
局長に返り咲いたお能の部屋を、部下の侍女が訪れ、告げる
「はい」
お能はあやしていた徳子を手放し、頭を撫でて微笑み、それから立ち上がった
市弥の部屋から、市弥とその侍女達が現れた
なつはそっと、帰蝶の背中から離れ場所を空ける
その間を市弥達一行がすっと入り込んだ
「どうぞ、こちらへ」
襖の開け放たれた奥座敷には、既に簡単な料理と酒が並べられている
「失礼仕る」
元康は一礼して座敷に入り、貞勝の案内のまま上座に一番近い席に腰を下ろした
それと同時に、上座の後ろにある襖が開けられ、小姓が告げる
「織田家当主、織田上総介様、ご入室でございます」
「 」
腰を下ろしていた松平の将らが揃って頭を下げた
それから、静かではあるが随分と人の足音が聞こえるなと、少しだけ頭を上げて肝を潰される
「久しいな、松平二郎三郎殿」
「か・・・」
あの時見たのと同じく、美貌の大名がそこにおり、その背後には何人だか全く数え切れないほどの女達が立っていた
目視できる顔は、どれも美しい
帰蝶はなつ、市弥、お能、菊子と、その部下や侍女達、総勢三百名余りを引き連れ奥座敷に現れたのだから、元康でなくとも驚かされて当然だろうか
石川数正や小笠原氏清、その息子も目を丸くし、本多平八郎に至っては何のことやらさっぱり理解できないような顔でこの光景を眺め、酒井忠次は意中の人物を探そうと目を皿のようにして見回していた
「上総介様・・・」
「お前を出迎えるのだからな、局処の美人処を集めてみた。どうだ?どれも美しい女ばかりだろう?」
「極上の歓待、感謝の言葉もございません。しかし、いかなわたくしとて、一度にこれだけの美女を相手にするのは聊か・・・」
「ははは!自惚れるな。誰が全ての女をお前に差し出すと言った。我が母や腹心までお前の接待をさせるわけがなかろう?」
「え? あ・・・」
そこには、少し年老いた様相ではあるが、世話になっていた人物の顔もある
「土田御前様・・・ッ!」
懐かしい顔に、元康の頬も緩む
「お久しゅうございます、二郎三郎殿」
「そ、その節は大変お世話になりました」
と、元康は慌てて頭を下げる
なつとお能、菊子だけが座敷に入り、それ以外の女達はその場で整列したまま、奥座敷の隣の控えの間で腰を下ろす
市弥は座敷に入った帰蝶の直ぐ隣に移動し、笑いながら言った
「もう十何年も昔のことです。恩義など、とうの昔に消え果ました。どうぞ、お寛ぎください」
「ご厚意、感謝申し上げます」
幼い頃、自分は市弥の優しく微笑む姿を見ただろうかと想い出しながら、深く辞儀をする
「さて。では主賓が揃ったところで、料理を運ばせるか。それまで前菜で、腹を足してくれ」
「あの、上総介様」
「なんだ?」
男は自分の連れ立った家臣と、案内役の秀貞、貞勝だけで、織田家からは女しか伴っていない
それが不思議に想えた
「織田家の家臣の方々は、ご同席なさらないのですか?」
「異なことを言うものだ。お前はここに、何をしに来た」
「え?」
「尾張の酒と料理を味わい、尾張の美形の顔を見に来たのではないのか?」
「上総・・・」
元康は帰蝶『信長』の言葉に、はっと目を開いた
そうか
今日は非公式での訪問
家臣が連なれば、自然と堅苦しい話に及ぶ
それは、織田との同盟を組むことに賛成か反対か、その決断を迫られる
「そう・・・でしたな」
まだ家臣の半分も説得できていない自分に、決められる筈がない
元康は、こうして逃げ道を作ってくれる『信長』に、言葉にならない想いを寄せた
「義母上の仰られるとおり、寛げ。童(わっぱ)も混じっておるか。義母上自慢の団子でも振舞おう」
笑顔で告げる『信長』に、平八郎はきっと眉を寄せて応えた
「畏れながら某、甘い団子を嗜む年頃ではございませぬ故、出されるのなら与八郎殿の分だけに留め置きくださいませ」
「ほう」
「こ、これ、平八郎・・・!」
元康が慌てて平八郎を抑える
「構わん。童扱いされて気が立つのは、一端の男のつもりでいる証拠だろう。戦には必要な気概だ」
逆に誉められ、少し眉を緩める
その平八郎の隣では、自分は子供扱いされたままと憤慨した顔で居る小笠原氏清の息子、与八郎が平八郎を睨んだ
「だが」
これで終わらせるような性格はしていないと想った秀貞は、この先の帰蝶の行動を予想する
「誰に向って口を利いている」
帰蝶は微笑んだまま、懐の扇子を真っ直ぐ、平八郎に投げ付けた
扇子の尻が見事、平八郎の額の中心にぶつかる
「ああ・・・、やっぱり・・・」
秀貞は片手で顔を抑え、扇子を当てられた平八郎も額を押さえのた打ち回り、なつと元康は驚きに目を見広げ、市弥は眉を釣り上がらせる
「上総介!子供相手になんですか、大人気ないッ!」
「子供の内に、自分は誰より上か下か、瞬時に見極める力を養うべきです。私の子供の頃は」
「お前の子供時分は特殊なんです!他の子と一緒にしては話しになりませんッ!」
母親に怒鳴られている『信長』を見て、元康はポカンと口を開ける
この『母子』は、こんな打ち解けた関係だっただろうか
幼さゆえ殆ど覚えてないこととしても、少なくとも両者の関係は最悪な状態だったと聞いている
なのに今、目の前で繰り広げられている光景は、どこの家庭でも見られるような普通の親子関係であった
「殿、大方様、お客様の前でなんですか、はしたない」
と、なつが間を取り持つ
「ははは!初っ端から家庭を覗き見れば、織田がどんな家か想像も付くだろう。このように、織田家当主は女に仕切られておる。お前達の想像も付かぬことが、ここでは現実になっておる」
帰蝶は松平の家臣らの顔を一通り眺めて周り、若干一名、キョロキョロしている者も居るが、特に気にするわけでもなく続けた
「世間の当たり前は、織田の非日常。織田の当たり前は、世間では通用せぬ。いつかそれは、この世の常識になる」
「常識・・・」
「理解できた者だけが、次の時代に行ける。私はそう、考えている」
「 」
『信長』の難しい問い掛けに、松平の全員が黙り込んだ
「兎に角だ、尾張の美味い酒を飲め」
帰蝶の綺麗な笑顔に、心が解れるのを実感する
それを側で見て、元康の心にはある決心が生まれた
「さあ、どうぞ」
市弥やなつに杓をさせるわけにはいかず、この時だけは後ろの控えの間から数人の侍女が入って来て盃に酒を注いでくれる
「どうも、どうも、これはすみませぬ」
美形の杓に気を良くしたのか、しかめっ面が良く似合う石川数正は目尻を下げ、小笠原親子も前菜に舌鼓を打つ
「これは美味い。醤油の味がしっかりと染み付いて、香ばしさが口に広がります」
「美味い山菜であろう?織田の足自慢が朝一番に抓んで来た物だ」
「こりこりとしていて、それでいて葉の部分は柔らかい。いや、実に美味い薇でございますな」
「蕨だ」
「 これはこれは・・・」
「はははっ」
顔を赤くする氏清の隣で、息子の与八郎が軽く笑った
子供らしい、邪気のない良い笑顔だった
良い親子関係なのだろうな、と、眺めていた帰蝶も頬を少しだけ緩める
そんな中で一人だけ、未だキョロキョロしている酒井忠次が気になった
「如何した、酒井とやら」
「あ・・・、いえ・・・」
声を掛けられ、慌てて顔を正面に向ける
「何か探しものか?それとも、ここに居る女では気に入らんか」
「そう言ったことではございません」
「どうしたんだ、小平次。そう言えば、城に入る前にもなにやら奇妙な行動をしていたが」
「奇妙なと・・・」
はっきりとした口調でぶちまける元康に、要らぬことは言うなとでも言いたげな顔をする忠次
「す、すまん・・・」
またもや元康は、丸い体を更に丸めて謝罪した
「まあ、良い。退屈なら自由に局処を散策せよ。但し、庭に限るがな」
「 お気遣い、真にありがたきに存じます」
「女の部屋に上がり込もうものなら、その場で『之定』の錆にしてくれる」
「 」
平伏したまま忠次は、顔を青褪めさせた
この人なら、本当にそうするかも知れないと、何故だか直感を得る
「上総介様、これでも小平次、松平の古参でございますゆえ、せめて小指の一本で済ませてくださいませんでしょうか?」
「とっ、殿っ」
庇うどころか、物騒なことを言い出す元康に、忠次も顔は益々青くなる
「はっはっはっ!酒井」
「は、はい」
「その方、家臣想いの主を得て幸せであろう?」
「はあ・・・」
たまにとんでもないボケをかましてくれますが?と、忠次は心の中で愚痴る
それでも酒は美味く進み、次々と運び込まれる料理に満足しない者は居なかった
織田の女達は話も上手く、退屈さえさせない
『お弥々』を探していた忠次も、次第にそれを忘れひと時の宴を楽しんだ
やがて空気が澱み始め、それを敏感に感じた帰蝶が席を立った
「すまぬ、少し空気を吸って来る。酒に乱れ、みなに狼藉を働くと、義母上の折檻が飛んで来るやも知れぬからな」
「これ、上総介」
「ははは」
「では、上総介様、某もお供致します」
と、元康が申し出た
「殿」
「いや、私も外の空気が吸いたいだけだ。お前達は気にせず、織田の方々の持て成しを受けるが良い」
引き留めようとする数正を、言葉だけで制する
「上総介様、お供してよろしゅうございましょうか?」
「私は構わんが・・・」
少し困惑する帰蝶に、なつが供をしようと立ち上がり掛ける
それより早く市弥が立ち、間を取り持った
「なれば、わたくしが庭をご案内申し上げましょう」
「土田御前様」
「義母上・・・」
「不都合は、ございませんか?」
「あ・・・、いえ、恐れ多くて・・・」
苦笑いする元康に、市弥は尚も微笑んだ訊ねる
「まあ、織田家当主直々に庭を案内させるのは、恐れ多くはないと?」
「あー・・・、いえ」
「義母上、虐めなさいますな。二郎三郎殿」
「はい」
「義母上は、私の全てを知るお方だ。同席しても不都合など、何もない」
「 そのようで」
そうだろう、と、元康は想った
自分の考えが、そうであるならば
「では、土田御前様、上総介様、今しばらくお世話お頼み申します」
「承知しました。なつ」
「はい」
「後のことは、任せました」
「はい」
自分よりも、義理の母親の方が適任かも知れないと、なつは感じた
『他人』の自分が入るよりも、『義理の母親』が相応しい、と
縁側から外に出て、久し振りに日の光に当たる
「ああ、心地よい。よい感じに木が生い茂って、涼しげな日陰になりますな」
背伸びしながら深呼吸する元康に、帰蝶は後ろから声を掛けた
「雨が続くと、木々が水を吸ってくれる。秋になれば実りを見せてくれる。人は」
そう言って、はっと黙り込む
ふと、夫の言葉を想い出す
「上総介様?如何なさいました?」
「いや」
気を取り直して続けた
「人は、『自然』に生かされていることがよくわかる」
お前に、この世の果てを見せてやると言って、夫は本当に果てを見せてくれた
人は、自然の前では無力である
だから、その自然を支配しようと想うなと、夫はそう教えてくれた
あの教えのお陰で、自分が織田を引き継いでから、水害は起きていない
夫を想い浮かべると、優しい気持ちでいられた
そんな帰蝶の表情を見て、元康も柔らかい笑顔を浮かべる
「そうですね。花も木も、人に優しい。そうあるべきだと、私に言ってくれた人が居ます」
「そうか」
「今はまだ、共に暮らすことは叶いませんが」
「もしや、ご生母様が?」
と、市弥が訊ねる
「いえ。 駿府に置いて来た妻が、そう・・・」
「確か、今川治部大輔殿の姪御殿であったか」
「はい。瀬名一族の、関口の姫君です」
「そうか」
遠く離れた妻を想い遣る元康に、帰蝶も心を許せた
「今川からの独立、今も叶わぬままでございます。なれば妻や子を呼び寄せるに問題はない、されど」
「 家臣らが、それを許さない」
「 」
帰蝶の言葉に、元康は力なく頷いた
「私は無力です。戦をすることしかできない。妻や子をこの手に抱くことも、儘ならない。私は、無力です」
苦笑いしながら、それでも心の中で泣いている元康を、帰蝶は少し眉を吊り上げて見詰めた
「自分を無力だと呪うのであれば、強くあれ」
「上総介様・・・」
「お前は男だ。いくらでも、強くなれる。そうしないのは、そうありたくないと願う自分が居るからではないのか」
「それは・・・」
「強くなればなるほど、背負う荷は重くなる。それに耐え切れるかどうかわからないから、恐れている。違うか」
「 」
元康は黙って首を振った
「幼い頃から、他人の家の米を食って育ちました。その内、嫌でも身に付いたのです。人の顔色を伺う自分を」
「二郎三郎殿」
市弥は少し悲しそうに眉を寄せて、元康を見詰めた
「上総介様の仰るとおりです。私は、家臣に嫌われるのを、恐れている・・・」
「まあ。その殊勝さ、ほんの少しでも上総介に分けてもらいたいものですわ」
「義母上・・・」
帰蝶の頭に汗が滴の形で乗っかる
「だって、そうでしょう?あなたは人にどう想われるかよりも、自分がどう想うかを優先する。それで、いつも無理をする」
「義母上・・・」
「いつもみなに心配を掛けさせる。悪い子ね」
「申し訳・・・」
「ですが、上総介様のお言葉をいただけて、私は少しだけ勇気を出すことができました」
「二郎三郎殿」
「妻・・・に・・・。愛鷹に手紙を送っています。月に何度も」
「愛鷹・・・。御内儀殿の御名か?」
「はい。愛の鷹と書いて、アシタカと読みます。生まれがその近くでしたので、そう名付けられたのだとか。以前は『足』が『高い』と書いてアシタカと読んだのだそうですよ。本人は男の名前のようで嫌がっていましたので、私は『佐久夜』と呼んでいます」
「佐久夜か、『かぐや』の名だな」
「 は、はい・・・」
今頃になって、自分が妻を惚気ているのだと気付き、顔を耳朶まで真っ赤にして俯いた
「そ、その・・・富士の山の・・・」
「知っている、木花佐久夜の伝承ぐらいは」
「そうですね・・・」
「愛鷹か、よい名だ。愛鷹地方は確か、ヤマトタケルの伝承が数多く眠る地だと聞いている」
「はい、その通りです」
元康は赤味の少し収まった顔を上げながら返事した
「御内儀殿のご両親は、一生懸命、その名を考えたのだろう。この国の英雄に、愛する娘を守ってもらえるよう、そう名付けたのではないだろうか。そんな気がする」
「 ええ・・・」
「親は、我が子の名を考える時、一生懸命、その由来も考える」
「 上総介・・・」
帰命の名を浮かべ、市弥は、帰蝶がどんな想いでその名を付けたのか想像に難くなく、少しだけ、胸の奥がチクリと痛んだ
「ですから私は、嫡男に自分の名を・・・。『竹千代』の名を、譲りました」
「竹千代。自分の童名を、子に与えたのか」
「はい」
「そなた、相当、御内儀殿に惚れ込んでおるな?」
「え?」
「でなければ、生まれた自分を子に与える者はおらぬ」
「あ・・・、えーっと・・・」
元康はさっきよりも更に顔を赤くして、隠すように俯いた
幼名を子に与えると言うことは、それほど生まれて来るのを待ち望んでいたことであり、自分の跡取りはこの子しか居ないと言う意思表示でもあった
尚更、松平の家臣が同居を拒む理由がわかる
『竹千代』の名を与えられたその子は、半分は今川の血が入っている
将来の、自分達の主とは認めたくないのだ
今川の人間だけは
それほどまでに今川を憎む気持ち、帰蝶にはわからなくもなかった
力尽くで自分を支配して来た者に、感じる恩義など微塵もない
「そう照れるな。妻を愛せる男は、この世には少ない。胸を張るべきことだ。そうでなければ」
「上総介。この手で成敗してくれるなんて滅相もないことを、言う気ではないでしょうね」
「 」
先を越され、帰蝶は黙り込んだ
「 以前は、その手紙すら送ることも儘なりませんでした。始めこそ、家臣らに咎められました。今川の人間に手紙とは、なんたることかと。だけど、上総介様が、そう言ってくださったから。私は自由だと仰ってくださったから、私は私の自由で手紙を送りました。佐久夜は、直ぐに返事を呉れました。・・・嬉しかった」
俯きながら、嬉し涙を浮かべている姿が容易に想像できる
「そうか。それは、良かった」
帰蝶も、優しい気持ちになれた
「上総介様・・・。お願いがございます」
涙に濡れた目を差し向け、元康は真剣な顔をして言った
「何だ」
「あなた様の御名を、いただきとうございます」
「それは・・・」
市弥が目を見開いた
しかし、帰蝶は動じない
「私の名は、織田上総介信長だ」
「いいえ、本当の名を」
「だから、上総介が私の」
「あの時」
元康は強い口調で、帰蝶の言葉を遮った
「この手に、あなたの象徴をいただきました」
と、少し丸めた右手を広げて差し出した
その丸め方が、あるものを示唆している
『女の乳房』だ
「あの柔らかみ、温もり、弾力、男が持つものではございません」
「上総介、何のこと?」
「 」
言えず、帰蝶は黙り込む
「土田御前様は、ご存知なのですね」
「え?」
市弥はキョトンとして元康を見た
「この方は、男ではない」
「 ッ」
一瞬にして、市弥の顔が蒼く染まる
「吉法師様は、本当はおなごだったのですか?」
「それは・・・」
「織田は、おなごを跡取りとして育てていたのですか?そして、実の弟を殺させたのですか?」
「違・・・ッ」
「義母上」
激しく首を振る市弥を、帰蝶が支えた
「そうだ」
市弥の両腕を掴みながら、帰蝶は告白する
「私は、男ではない」
「上総介・・・ッ」
「だが、織田の人間でもない」
「駄目・・・」
「私の名は」
「 」
元康は、ごくりと唾を飲み込んだ
「斎藤、帰蝶。斎藤道三が三女にして、織田上総介信長の妻、斎藤帰蝶だ」
「 」
想像以上の現実に、元康の顔からは色が抜け落ちた
「女が相手では、同盟は組めんか」
「 いえ・・・」
そう言おうとした喉が乾いて仕方ない
「どうして・・・」
口唇までもが、紫に染まる
小刻みに震えているのもわかった
「それは」
「 私が、話します」
帰蝶の手を取りながら、市弥が言った
「義母上」
「私の、『罪』だから」
「 」
泣きたいのを堪えながら微笑む義理の母を、帰蝶は手放しながら頷いた
市弥自身、相当つらいだろうと想いながら
「吉法師は、斎藤家のお家騒動でもあった長良川の合戦に巻き込まれ、命を落しました」
「え・・・・・・・・・・・」
元康の丸い目が、更に丸くなる
「この、上総介・・・、いえ、美濃の方のお父様を救援するために長良川を目指し、その途中で命を絶ちました。美濃の方はそれ以降、吉法師に代わって織田を守ってくれています。そして、吉法師の仇である斎藤家、ご自分にとってはご実家であるのに、弓を引いております。二郎三郎殿、わかりますか?この子の、心の痛みを。理解できますか?どれだけのた打ち回り、苦しんでいるのかを」
「 」
もう、何かを言える状況ではなくなっている
元康は黙って聞いた
「だから私は、この子を支えたい。支えられなかった吉法師の代わりに、この子を支えたい。我が子と想い、そうやって、私は生きて来ました。吉法師が死んだのは、私の罪。兄と弟で争わせた、私の罪です。だから私は、その罪と共に生きて行こうと決心しました。その私を、この子は必要としてくれている。だから、その想いに応えたい。私がこのことを公表しないのは、そう言った理由(わけ)があるからです」
聞かずとも、聞きたいことだけを聞かせてくれる
才女の誉れは決して、世辞などではない
市弥の言ったことを、元康は何度も自分の頭の中で巡らせ、そして、整理した
「上総介様は、吉法師様の御令室様・・・。そして、ご実家と争っている。全ては・・・・・・・・?」
問い掛けるように訊ねる元康に、帰蝶はほんの少しだけ微笑んで応えた
「夫の、夢の続きのために」
「 」
元康は帰蝶から、信長の残した夢を聞かされた
「そんな世の中が・・・」
「来るとは、想わない。私自身」
「では、何故」
「来ないのなら、自分から呼び込めば良い。違うか」
「容易くはございません」
「だから尚更、行なうに価値あるものではないのか」
「ですが、それだと我ら武家は。 いえ、そのお話も、してくださいましたね」
「そのつもりだ」
「私は・・・」
「どうしたいかは、お前が決めろ。私の決めることではない」
「それで上総介様はよいのですか?」
「構わん。必要ならば、お前ごと殺すまでだ」
「 」
そうなのだろうな、と、想った
市弥の話なら、この二人は仇同士に当たる
なのにこうして、肩を並べて立っている
この、『斎藤帰蝶』と言う御人は、どれほどのお方なのだろうか
人を簡単に変えてしまうほどの力を持ち、これほど、人を恐れさせるだけの力を持ち、なのに、それでも、『女』である
女はこのような生き物だっただろうか
男の意のままに動かざるを得ない、弱い存在だと自分は知っている
なのに、その弱い存在である女が、自分よりももっと高みを目指している
これは現実なのか、と、元康は軽い目眩を感じた
「私は・・・・・・・・・・・」
言葉が上手く出て来ない
「理解できない・・・・・・・・・・」
「無理をして理解して欲しいとも、想っておらん。わからぬのなら、そのままでも構わない。私にとって大事なのは、お前は敵か?味方か?それだけだ」
「 」
綺麗な微笑み
綺麗な顔立ちのまま、男ですら発するのに躊躇うような言葉を、平気で投げ掛ける
そして、試そうとする
心を
その瞳に惹き込まれて、仕方ない
「おん・・・」
逢ったら、こう強請ろうと想っていた言葉を、ぽつりぽつりと口にした
「かか・・・さま・・・」
「 ?」
わからない顔をする帰蝶に、元康は繋げた
「御母様。あなた様に逢ったら、二人だけの時でもいいので、そう呼ばせてもらえないだろうかと、祈っておりました・・・」
「おんかかさま?」
「母親にしては、随分お若いでしょうが。それに、私のような臆病者に母と呼ばれるのも、我慢ならないでしょうが・・・。でも、そう呼びたくて、仕方ございません、御母様・・・ッ」
「御母様」
ぼろぼろと涙を流す元康を、帰蝶は責める気になれなかった
「あの時、この手に収まったあなた様の乳房に、何かを育む見えざる力を感じました」
「え?」
市弥はギョッとして帰蝶を見た
帰蝶は慌てて首を振る
そんなつもりで握らせたんじゃないと言わんばかりに
「まるで、子を育てる母のようだと感じました」
またぼろぼろと、元康の目から涙が零れる
「全ての母は、子に惜しみない愛情を注いでくれるものです。私は、あなた様の乳房に、その温もりを感じました。あの温もり、柔らかさ、今日まで忘れたことはございません」
「頼む、それは今直ぐ忘れてくれ」
泣いている元康に、帰蝶は即答する
市弥の頭に汗が浮かんだ
「あれほどの大きさなら、これから先育てる子が多くても充分」
掌に残るあの感触を想い出したか、自分の手を見詰める元康の鼻の下が若干伸びる
「それ以上言おうものなら、時を待たずして成敗してくれよう」
と、元康の言葉を遮り兼定を抜こうとする帰蝶を、背中から市弥が羽交い絞めして止めた
「どんな成りゆきがあったか知りませんが、お止めなさ~い!」
「それにしても、殿は随分ごゆっくりなさっておられるようですな」
奥座敷に置かれたままの松平家臣が呟く
「珍しいですな、殿が他人の家で羽を広げられるのは」
今川の人質時代から側に居る数正が、首を捻りながら目先の庭に顔を向ける
「確かに」
恋しい人を今も探しながら忠次が相槌を打つ
「酒井殿、しつこうございますな」
と、氏清が突っ込む
「ほっといてくださいませ」
「一体どなたをお探しで?」
「いや、何・・・」
「そう言えば、ここに来る途中もそうですが、織田と初めて会談した時から様子がおかしくなることも屡で、酒井殿、もしやあの時の侍女のどなたか様に心を射抜かれましたか?」
「 」
図星を突く氏清に、忠次は観念したのか少し俯き、ぽつりと呟いた
「実は、あの日以来お弥々殿が心を離れないので・・・」
「お弥々殿?」
「こう、すらぁーっと背が高く、健康的な肌の色で、兎に角美形で」
「あ、そう言えばおられましたな、美形の方が。確かに、少し背が高かった」
「どうぞお笑いくだされ。この酒井小平次、お弥々殿にご執心でございますッ」
恥しさの余り、忠次はその場で顔に手を当て、伏せ込んだ
「あなた様の想い、この竹千代も一翼担いとうございます」
「二郎三郎殿・・・」
元康の申し出に、帰蝶は胸の奥が暖かくなるのを感じた
「あなたと共に、駆けてゆきたい。某、足が短いので追い付くかどうか、聊か不安ではございますが・・・」
真面目に不安がる元康に、おかしくて笑い声が止められない
「いや、その足で無理をせよとは申さん」
「上総介様・・・」
言葉の綾なのに、と、少しだけ帰蝶を睨む
「だがな、安心しろ。吉法師様は、もっともっと遠くに、既におられる。そして、私が追い付くのを、待っておられる。だから、私は駆ける。駆け続けることができる」
「上総介様・・・」
自然と、微笑む帰蝶に元康も釣られた
「共に、参ろう。吉法師様の描いた夢の、その先に」
「 はいッ!」
「しっかりなさいませ、酒井殿!」
「そのように、お心を煩わせておられたとは露知らず、我ら心無いことを申し、酒井殿を傷付けておりましたこと、どうか平にご容赦を・・・ッ!」
と、仲間が、蹲る忠次を取り囲んで大騒ぎする
それを見ていたなつ、お能、菊子は頭から汗を浮かばせた
「どなたか、お弥々殿をご存じないかッ?!」
そう叫びながら、数正は一番近くに居た菊子に目を合わせた
そんな人間、知りもしない菊子は顔を青褪めさせて首を振る
まさか自分の亭主の女装した姿が『お弥々殿』だとは、知る由もない
「ああ、できることなら酒井殿の、恋の成就を手伝って差し上げたい・・・ッ」
「お弥々殿、いずこにおられまするか~ッ!」
やかましい連中だなぁと、なつは心の中で想った
こんな連中と手を組んで、殿は大丈夫だろうかとも想う
そんな騒ぎの中を、縁側から帰蝶らが戻って来る
「なんだ、賑やかだな。慶次郎が居なくとも、奥座敷はこんなにも盛り上がる場所だったのか?」
「殿」
なつがさっと立ち上がり、戻って来た帰蝶を出迎えた
「どうしたんだ、小平次。それに、みなまで小平次を取り囲んで、何をしておる。みっともない真似はするな」
「殿!いくら殿とて、恋煩いに苦しむ酒井殿を茶化すことは、決して許しませんぞッ?!」
「へ?・・・恋煩い?」
うっかり声を掛けた元康は、とばっちりを食らう羽目になった
「石川殿、口が軽うございますぞ!」
「あいや、これは失敬仕った」
氏清に叱られ、数正は頭を掻きながら謝罪する
「一体、何のことだ」
余程居心地が良かったのか、それとも『非公式』であったのが寛げたのか、元康らが帰路に就く頃には、辺りはすっかり夕暮れが広がっていた
「とんだ長居をしてしまいました」
「いや、構うな。お前と心行くまで話ができて、有意義だった」
「こちらこそ」
局処の玄関先まで見送ってくれる帰蝶に、元康は口の中で小さく続ける
「御母様」
「 」
その元康に、帰蝶は穏やかな微笑みを浮かべた
局処の徳子がお能を呼び、途中退座した以外、これと言って変わったこともない
帰命も遊び友達の瑞希を宛がわれ不満は出なかったようで、菊子の手を煩わせることもなかった
「そのお弥々と言う侍女が見付かったら、知らせよう」
「 お、恐れ入ります・・・」
結局『お弥々殿』を見付けられなかった忠次には、慰めになる言葉を何気なく掛け、掛けられた忠次は顔を真っ赤にして俯く
「二郎三郎殿、これを土産にお持ちください」
市弥が桐の平たい箱を差し出した
「これは?」
「上総介が美濃遠征に赴いた際、土産として持ち帰ってくれたものです」
「美濃和紙?そっ、そのような高級なものをいただくわけには・・・ッ」
元康は慌てて辞退しようとした
「いいえ、どうぞ。それに美濃和紙は、上総介が美濃を落したら、いくらでも手に入りますもの。ねえ?上総介」
「 努力しましょう」
義理の母親の要らぬ圧力に、帰蝶はそっぽを向いて返事する
その遣り取りがおかしく、元康はくすっと笑った
「御内儀殿に、どうぞ」
「 」
市弥の心遣いに、元康は胸を優しい温もりで満たせた
「 では、遠慮なく頂戴いたします」
「はい」
「それでは、上総介様」
市弥から箱を受け取り、帰蝶に別れを告げる
「道中、気を付けてな」
今から帰れば夜になると、帰蝶は清洲の少し外れにある寺を寄宿所として宛がった
その警備に勝家、可成、秀隆が付き添う
「またお目に掛かれる日を信じております」
「私もだ。また逢おう」
「はい」
一礼し、背中を向ける元康を、帰蝶は長く見送っていた
見送りながら、隣に居る秀貞に声を掛ける
「時に、お弥々って誰だ」
「さあ。あの時連れ立ったのはシゲ、市丸、弥三郎、新五様の四人ですから、その内の誰かと言うことでしょうか」
「まさか、新五ではあるまいな?」
「まあ、新五様も美形と言えば美形ですが。ご自分の弟君なのですから、直接伺われては如何ですか」
「そんな勇気、私にはない」
「はい?」
心外なことを言うと、秀貞はキョトンとした
「平八郎」
小姓の代わりとして自分の側に着いている平八郎に、元康はそっと声を掛けた
今居るこの中では、平八郎が一番、自分の欲しがっている答えをくれるような気がして
「はい、殿」
平八郎は元康の乗る馬の下から返事した
「上総介様を、どう想う」
「 」
少し考え、それからゆっくりとした口調で応える
「計り知れない方だと想います」
「何を以って、そう想った」
「私を、一人前として扱ってくださいました」
「扇子を投げ付けられたのにか?」
「私を子供と想うのであれば、あのような大人気ないことはなさいますまい。ですが、織田のご当主様は私を男と見て、あのようなことをされたのだと想います。男なら、耐えられると」
「 そうか」
平八郎の言葉はそのまま、自分にも言える言葉だった
男なら、耐えられる
男でも耐えられないことを、女である帰蝶は耐えているのだ
自分が耐えずしてどうする、と
「平八郎」
「はい」
「私は、決めた」
「殿」
「みなが反対しようが、私はそうする。自分で決めたことを、誰にも覆させたりはしない。私は、松平の当主なのだから」
「はい」
実際、元康が何を決めたのか、平八郎にはわからなかった
だが、その心を穿り返すのは不敬に当ると想い、平八郎は追及しなかった
だから、従った
「殿が、そうしたいのであれば」
「 」
願う通りの返事をくれた平八郎に、元康は満足げな笑顔を見せる
元康の笑顔に、平八郎も自然と微笑めた
「酒井殿、ようございましたな。お弥々殿が見付かったら、知らせてくれるそうで」
「はい。胸の支えが降りた気分です」
来る時とは打って変わって、すっきりとした清々しい表情を見せる忠次に、声を掛けた数正もほっとした顔をする
「しかし、このこと奥方殿はご了承済みで?」
「一生の秘め事に存じます」
しらっと応える忠次に、数正はギョッとする
「え、囲われるので?」
「当然でございます。我が妻は松平の人間。一歩間違えたら」
「即、斬首でございますな・・・」
「是非に及ばず・・・」
泣きそうな顔をする忠次に同情して仕方ない
それもそうだろう
忠次の妻は元康の叔母に当る人物なのだから
それだけではなく、忠次自身、系譜が違うだけで元康とは同じ血が流れている
女に頭が上がらないのも女運が悪いのも、家系に因るものかも知れないと、数正は心密かに想った
忠次の恋、成就しないだろうとも予想する
少し気の毒な想いを抱えながらはたと隣に目を向けると、そこには『信長』が付けてくれた織田の黒母衣衆の姿が見えた
先頭に立っているのはその筆頭席だろう
しかし、その横顔、どこかで見たことがある
「あの、もし」
「 」
声を掛けられたかと、秀隆は数正に顔を向けた
「おや?」
眉間に皺を寄せ自分を見詰める数正に、秀隆は想わず後退りする
「どこかでお逢いしましたか?」
「さ・・・、さあ・・・」
甚目寺でお逢いしました、などと言える筈がない
秀隆はさっと顔を背け、そそくさと後方に下がってゆく
その秀隆を、数正は何やらおかしな気分で見送った
「織田と言う家は、家臣からして変わり者が多いのだろうか」
強ち外れてなくもない
「武士の分際で髭もないとは、気が弛んでいる証拠だな」
数正の手痛い一言が清洲の夕暮れに吸い込まれてゆく
七月、遂に近江の浅井が動き出す
佐治の想定したいた範囲内のことに、帰蝶は全ての指揮を池田隊に任せた
援軍として金森家が参戦、領地内のこととて市橋家も動かざるを得なくなった
場所は斎藤方家臣・竹中の収める関ヶ原
近江の侵攻に斎藤は動かず、代わりに織田が動いた
佐治は関ヶ原付近の豪族、国人衆らと結託し、浅井の動きを完全に止めた
国境付近に張り、近江からの援助物資を奪い、浅井は食料の調達を遮られる
更には、揖斐の豪族らも織田に参戦した
そこは恒興の父の生まれた地であった
なつが裏で手を回し、密かに池田の親戚と連絡を取り合い、確実に浅井を追い出すことができるのは織田だけだと印象付けさせ、味方に引き込んだ
伊吹山で立ち往生している浅井軍に襲い掛かり、撤退させることは、荒尾家も取り込んだ池田隊にとっては朝飯前だった
だが、もしもこれが六角家であったなら、上手く追い返せたかどうか佐治ですら自信は持てなかった
これにより、市橋家は正式に織田と同盟を組むことになる
懸念していたほどでもなかった浅井との一戦の後、何事もなかったかのように八月が来て、さちが利治の子を生んだ
同時に、京の妙覚寺の弟から手紙が届いた
「え?妙覚寺、副住職・・・?」
なつは目を見張って聞き返した
「そうだ」
弟、藤衛が妙覚寺副住職に任命された
「でも、殿の弟君なのだから、まだ・・・」
「ああ。藤衛は側室生まれで、私とはそう、年も変わらない。まだ二十一~二だろう」
「そんな若さで、妙覚寺の、副住職に・・・」
その弟君の人格たるや、相当のものなのかと想った
しかし、実際はそうでもない
「死ぬ前、兄上が多額の寄付金を送ったそうだ」
「え?」
事情を聞かされ、なつは我が耳を疑った
「つまり、藤衛の副住職任命は金で買われたものであり、この先住職になれるかなれないかは藤衛の今後に左右される」
「それって・・・」
「そうだな、風当たりが強くなるだろうな」
「殿は、どうなさいますので?」
「放っておく」
「え?」
帰蝶の返事に、なつはまた目を丸くさせた
「今関わっても、仕方がない。藤衛がこの先どうなるかは、藤衛自身に任せるしかないだろう?」
「そうかも知れませんが、弟君ではありませんか」
「だからと言って、私に何ができる。斎藤家から大寺の住職が誕生すれば、それは斎藤家の名誉になる。その手助けをして、どうするんだ」
「確かに・・・」
帰蝶の言葉は最もだが、それでも弟の大出世に全く喜んだ様子がない
寧ろ面倒なことに巻き込まれたような顔をしている
それが理解できなかった
「さちは体が小さいから心配してたけど、無事に生まれてよかったわ」
布団の中で横たわっているさちの側に、母のやえが生まれた孫を抱いて顔を綻ばせていた
夫の利治は、子供が生まれたら直ぐに加納に帰る約束をしていたので、出る準備を済ませてさちの枕元に座っている
「名前、考えてくれた?」
「ああ」
さちの額をそっと撫で、利治は言った
「那由多」
「なゆた?」
「那は、私の母の那々から一文字もらった。由は由緒の由、多は多いで、那由多」
「どう言う意味?」
「そうだな、数を数える時に使う言葉だけど、有態に言えば『たくさん』、かな」
「たくさん?」
「そう、たくさんの数って意味。仏語で極めて大きい数ってことなんだ」
「それが、この子の名前?」
「ああ。男の子でも女の子でも、生まれたらその名前にしようって決めてたんだ。たくさん、幸せになるように。たくさん、愛してもらえるように。たくさん、愛せるように。夜空に輝く星より多く、光り輝き、幸せでいられますように、て」
「たくさん・・・、那由多・・・」
「良い名前ね」
端でやえが誉める
「那由多。可愛い名前。ねえ?」
「うん、そうね・・・」
布団の中から、さちは手を伸ばし、『那由多』と名付けられた娘の細い腕を触った
「那由多。私が、お母さんだよ」
親は生まれた我が子に一生懸命、名を考える
一生懸命、その由来を考える
そうして、親は我が子を愛する
死んだ時親の『平三郎』は父親の『平左衛門』から一文字
自分の跡取りだと言う意思表示
弥三郎の名の由来は、やえが憧れた人の名前でもあるが、生まれが弥生三月だから『弥』を抜いた
春のように穏やかな人生を過ごせるようにと、祈りを込めて
最も、今は武士をやっているのだから、平穏無事に過ごせる人生は多少難しいだろうか
さちは、幸多かれのさちから来ている
平左衛門もやえも、一生懸命我が子の名を考えた
そして、その想いは次世代へと受け継がれ、血を紡いでゆく
それが『親』と言うものだった
帰る命と書いて『帰命』
死んだ信長の魂が我が子になって帰って来た
そう信じて、帰蝶は名付けた
「かかさ」
後ろから、その帰命が帰蝶に抱き付く
「戻って来たか」
「はい」
五つになる帰命は、本丸で道空から教育を受けていた
そして休憩のために局処に戻り、母の部屋に入って来た
『信長』の面影も濃くなって来た帰命を正面に据え、訊ねる
「今日は何を学んだ?」
「いろは」
「いろはか。言えるか?」
「はい!色は匂へ、ど、散りぬる、を」
たどたどしい口調で奏でる
「我が世、誰、そ、常?なら、む」
「そうだ、合ってるぞ」
「えへへ」
母の微笑みに、帰命は得意げな顔をして続ける
「有為の、奥、山、京」
「今日(けふ)、だ」
「今日、越え、て、ええと」
「頑張れ、もう少しだぞ」
「うん。ええと、今日、今日、越えて、えーっと」
「 寂滅為楽(じゃくめついらく)」
「 ?」
突然の母の助け舟に、帰命はキョトンとした
「続きは、どうした?」
「あ、はい。えーっと・・・、あ!浅き、だ」
「そうだな」
「浅き、夢、見じ、え、え、酔ひ・・・?も、せず」
「今度は、詰まらずすらすら言えるようになれ」
「はい」
帰蝶は、それからそっと、帰命の頭を撫でた
「色は匂えど散りぬるを、我が世誰そ常ならむ、有為の奥山今日越えて、浅き夢見じ酔ひもせず」
自分も習ったいろは歌
夕庵は、『色は匂えど散りぬるを』を『諸行無常』、『我が世誰そ常ならむ』を『是生滅法』、『有為の奥山今日越えて』は『生滅滅己』、『浅き夢見じ酔ひもせず』は『寂滅為楽』と教えた
香りよく色美しく咲き誇っている花も、やがては散ってしまう
この世に生きる私達とて、いつまでも生き続けられるものではない
この無常の有為転変の迷いの奥山を、今乗り越えて
悟りの世界に至れば、もはや儚い夢を見ることなく、現象の仮相の世界に酔いしれることもない安らかな心境である
夫の愛した敦盛にも似たその歌を、帰蝶は帰命よりも少し大きくなってから習った
もしかしたら
自分の運命は、あの時から決まっていたのかも知れない
父が夕庵を自分の傅役に与えた、あの日から
「帰命。もう一つ、教えてやろう」
「え?何をですか?」
帰命は母の申し出に瞳をキラキラとさせた
「ひふみよ、いつむ、ななや、こことお」
「何ですか、それ」
「祝詞だ」
「祝詞?」
「神社が用いるものでな、神と対話する時、自分の心を落ち着かせ、穢れを払うために使う」
「へええ・・・」
帰蝶は、勿論、それは『伊那波神社出身』である夕庵から教わった
「こう、両手を合わせ」
と、帰蝶は自分の喉元で両の掌を合わせた
「頂きます?」
「違うが、そうだと言えばそうだな。やれ」
「はい」
そう言って、母を真似て両手を合わせる
「そして、唱えろ。心の中の悪しき魂、穢れ祓い、清め給え、と」
「 」
「ひふみよ、いつむ、ななや、こことお、布留へ由良々(ゆらゆら)と布留へ」
「ひふみいよお、いつむう、ななやあ、こことお、ふるへゆらゆら、ゆらゆらとふるへ」
「違うぞ、帰命。布留へは、大和の国の地名の布留部のことだ。由良は紀伊の海辺の町。穢れを祓いに大和の中心から神代の国へ、そして、穢れを祓った後、伊勢に参ります」
「そう言う意味なのですか?」
「神社によって、意味は全く違うらしいがな、私はそう、教わった」
「へえ・・・」
「ひふみよ、いつむ、ななや、こことお、布留へ由良由良と布留へ」
この祝詞の後には言葉が続いた
「堕つ魂、一つ一つ拾い上げ、空に還れと祈り、捧げ、永劫、安寧賜らんと願い、想、畏(かしこ)き畏き申さする。東、天より出(いずる)女神の、南、地より生まれし勇猛の、西、山より昇りし地の絶えの、北、この世の天つ守護の神、堕つ魂を護りて、掌(たなごころ)、合わせ、祈り、静かに導かん」
それから、帰蝶は静かにはっとした
「 兄上・・・」
自分は、堕ちた兄の魂に、両手を合わせただろうか
「 」
黙りこくる母に、帰命は顔を覗き込んだ
「かかさ?」
「 帰命・・・」
帰蝶は、帰命を抱き寄せ、ぎゅっと腕の中に閉じ込めた
「かかさ」
「帰命、お前は強い男になれ。例え仇であろうと、堕ちた魂のために両手を合わせ、祈る心を忘れるな」
「かかさ・・・」
「かかさのように、なってはならない」
「かか・・・さ・・・」
帰蝶が帰命に教えた『ひふみ祝詞』は『十種祓詞』の一文である
高天原の神々への、祈りの言葉であった
勿論、ひふみの後の祝詞は、十種祓詞には含まれていない
長い人の歴史の中で、その言葉は様々な形に変化して行く
帰蝶が習ったのは、その内の一つに過ぎない
『織田信長』が寺より神社に傾倒して行ったのも、また、津島天神を保護し、そこに鎮座する牛頭天王、『ヒト』の手によって『森林の神』を無理矢理捻り伏せ『農耕の守護』として祀られた建速須佐之男命を厚く信仰したのも、この頃からだった
帰蝶はもしかしたら、須佐之男に自身を投影したのかも知れない
『ヒト』の手によって、生きる道を無理矢理捻り伏せられたと、どこか自分に同情していたのかも知れない
五月に一度尾張に帰ると伝えて来た巴が、六月になり、七月になり、八月になっても帰って来ない
「里心がついたかな」
巴からは伊勢の詳細が頻繁に送られていたため、忙しくて帰る暇もないのだろうと想ってはいた
馴れない外交に戸惑っているのかも知れない
こちらからは一益と慶次郎を送っているので、一人きりで淋しいと言うこともないだろう
生まれ育った実家に居るのだから
「きっと、あれもしなきゃこれもしなきゃと大童なんですよ。なんたって、ご実家を背負ってらっしゃるんですもの」
「そうだな」
なつの言葉に、織田を背負う帰蝶も納得する
利治が加納に戻って数日後、元康から手紙が届いた
『織田の実力を知りたい』と家臣が申し出ているとの報せだった
「御母様の胸をお借りしたい」との認めに、なつが顔を赤くして憤慨する
「まあ!なんていやらしいっ!」
「いや、そう言う意味じゃないだろ」
元康の手紙をそのまま秀貞にも見せる
「合戦仕合、ですか?」
「条件は事細かに書かれてある」
「そうですね。 鉄砲は用いらぬこと。これでは殿に、丸腰で掛かって来いと言っているようなものですな」
「失敬だな。刀だって扱える」
「 」
また始まった、と、なつは顔を顰めて二人の遣り取りを聞いていた
「で、殿は如何なされるので?」
「準備をしろ」
「はあ、受けて立つおつもりですね?」
「聞くまでもない」
「では、部隊は」
「一軍で掛かる」
「はあ、一軍ですか」
「加納から弥三郎の部隊を一時的に呼び戻せ」
「では、加納の守備は?」
「代わりにお前が行け」
「はあ、やれやれ。まるで厄介払いのような」
「『まるで』ではなく、厄介払いそのものだが?」
「はいはい、承知しました、加納に行って参りますよ」
これで口論ではないのだから、なつでなくとも頭から汗が浮かぶも已む無しだ
「墨俣は大垣のことも含め、勝三郎は動かせないので、代わりに蜂須賀を組み込む」
「動きますかね」
「目の前にお能でもぶら下げてやるさ」
「非道な」
それは確かになつも秀貞と同じ意見だった
「三左と弥三郎を組ませ、権と右衛門で脇を固める。新参者の五郎八は、その実力もまだ私も見ていないからな、中堅辺りで良いだろう」
「そうですね」
「後詰に三十郎と五郎左」
「若も?」
「当たり前だ。生きた学問を学べる絶好の機会を、みすみす逃してどうする」
「まだ武者始め(初陣)も済ませておりませんぞ?」
「じゃあ、死ぬ危険性の低い仕合で場慣れができるのだから、尚更打ってつけだな」
「殿」
秀貞は溜息を吐きながら言った
「ご自分を基準に置いて物事を決めてしまうのは、悪い癖でございますぞ」
「じゃあ、誰を基準に置けばいい」
「 該当者、なしですな」
「是非に及ばず」
「 」
二人の対話に、なつの頭にはいくつもの汗が浮かんでいた
「如何したものでしょう」
秀貞が部屋を出た後、なつはぽつりと呟いた
「何がだ?」
「織田の実力を知りたいがために、鉄砲なしの合戦仕合だなどと。それでも、刀や槍の武器は使うのでしょう?」
「当然、弓もだ」
「殿」
「龍之介の弓の手入れをせんといかんな。又助に頼もうか」
「殿」
「なんだ」
「まるで、楽しみにされておられるかのよう」
「実際楽しみで仕方ないが?」
「それで負けたら、決まり掛けていた同盟の件もご破算になってしまうのですよ?よろしいんですか?」
「負けなければ良いのだろ?」
「簡単に仰らないで下さい。殿はまだ、松平から何一つ学んでおられません。林殿が学ぶようにと同盟を斡旋なさったのに、それが実る前に壊れてしまったら、どうなさるのですか。林殿の心痛も、理解できます」
「そうか」
「殿ッ」
まだ理解しようとしない帰蝶に、なつは声を張り上げた
「そう怒るな。合戦の真似事で得るものはあるだろう。口頭で伝え聞いたとて、それが身に付くわけでもあるまい?」
「そうかも知れませんが・・・」
「なら、私はこの身に刻もう。戦の手解きを」
「殿」
「得るものがあれば、勝てるかも知れない」
斎藤に
「殿・・・・・」
穏やかな口調ではあっても、その心中は決して穏やかではないことを、なつはわかっていた
いつも、そうだ
反対したところで、人の意見に耳を傾けるつもりなどないだろう
なら、自分のすることはただひとつ
帰蝶を支えることだと、想った
「して、場所はもう決まっておられるのですか?」
「ああ」
「どちらに」
「尾張と三河の国境近く、知多の石ヶ瀬だ」
「石ヶ瀬・・・」
心配げな顔をするなつに、帰蝶はふと笑った
「大丈夫だ、なつ。知多だからな、佐治家にも出張ってもらうことにした」
「殿・・・」
「お前は、笑っていろ」
「 」
何も応えられず、なつは黙って会釈した
巴がまだ戻らぬ八月某日、織田家と松平家による『合戦仕合』が行なわれた
「表座敷は軍議を行なう場所。お客様を持て成すには畳がございません故、殿から畳敷きである奥座敷にするよう指示が出ております。勿論、対面所はございますが、松平様をそのような堅苦しい場所に押し込めるのも気が引けると」
「お心遣いは大変嬉しいのですが、ご当家の座敷に我ら赤の他人が上がり込んでよろしいのでしょうか?そこまでしていただけるとは予想しておりませんでしたので、恐縮でございます」
「非公式でございますので、書記の居る表座敷では寛ぐのも難しゅうございましょう?」
「上総介様は、そこまで我らを持て成してくださるのか。なんとありがたいことか」
「礼には及びませぬ」
帰蝶の『腹芸』を知る秀貞は、ご丁寧に自分の背中に会釈する元康が、ある意味哀れで仕方がなかった
帰蝶にとって清洲の表座敷には数々の因縁がある
死んだ信長を安置した場所であり、殺した信勝を安置した場所でもあり、仇同士である市弥や自分と和解した場所でもあった
そんな場所を、『他人の血で汚したくない』と帰蝶は考え、そしてそれを自分に話していた
これを正直に聞かせるのだから、今更ながら帰蝶の恐ろしさには震えが起きて仕方ない
帰蝶は、もしも松平が自分の意にそぐわぬ答えを出そうものなら、即座に皆殺しを敢行する気で居る
斎藤との睨み合いが今も続く中、潰せる敵は少しでも早く潰しておきたい
それが帰蝶の本音だった
出入りの制限される局処なら、それが可能だと想っている
周囲を織田の兵士で埋め尽くせば、少人数で入った松平は成す術もなく縊り殺されるだろう
油断をさせて逃げ場を奪い、襲い掛かる
そうやって帰蝶は、信勝を殺した
この、人好きしそうな笑顔を綻ばせる若き君主も、信勝と同じ運命を辿るのかと想うと、気の毒な想いが巡り来る
何を言うか
自分もまた、誰かを死なせることに加担した身ではないか
この手で、その頭脳で信長を追い詰め、死に急がせた身ではないかと、自分を詰る
それを帰蝶に話したところで、「今更なんだ」と叱られるのが関の山だが
局処は勘定奉行である貞勝の管轄でもあった
「お待ちしておりました。遠路遥々、よくお越しくださいました」
局処への大廊下の手前で待ち構えていた貞勝が、深々と頭を下げる
「此度は我ら松平を、ご当家の奥座敷と言う神聖な場所に招いてくださったお心遣い、深く感謝申し上げます」
元康が育ちの良さを表すような丁寧な言葉と、丁寧に辞儀をする光景に、貞勝は心の中で感嘆の溜息を零す
今川の教育は、どこまでも深い、と
「それでは、これより先はわたくし村井吉兵衛がご案内申し上げます」
「宜しく頼みます」
軽く会釈をして、元康は貞勝の背中に着いた
秀貞は少し下がって後に続く
帰蝶の歩く直ぐ後ろを、なつが歩く
なつの背中にはなつの執事や侍女の部下らが続く
その後ろを、本丸勤めの菊子と、菊子の部下、侍女達が連なった
「お能様、そろそろですよ」
局長に返り咲いたお能の部屋を、部下の侍女が訪れ、告げる
「はい」
お能はあやしていた徳子を手放し、頭を撫でて微笑み、それから立ち上がった
市弥の部屋から、市弥とその侍女達が現れた
なつはそっと、帰蝶の背中から離れ場所を空ける
その間を市弥達一行がすっと入り込んだ
「どうぞ、こちらへ」
襖の開け放たれた奥座敷には、既に簡単な料理と酒が並べられている
「失礼仕る」
元康は一礼して座敷に入り、貞勝の案内のまま上座に一番近い席に腰を下ろした
それと同時に、上座の後ろにある襖が開けられ、小姓が告げる
「織田家当主、織田上総介様、ご入室でございます」
「
腰を下ろしていた松平の将らが揃って頭を下げた
それから、静かではあるが随分と人の足音が聞こえるなと、少しだけ頭を上げて肝を潰される
「久しいな、松平二郎三郎殿」
「か・・・」
あの時見たのと同じく、美貌の大名がそこにおり、その背後には何人だか全く数え切れないほどの女達が立っていた
目視できる顔は、どれも美しい
帰蝶はなつ、市弥、お能、菊子と、その部下や侍女達、総勢三百名余りを引き連れ奥座敷に現れたのだから、元康でなくとも驚かされて当然だろうか
石川数正や小笠原氏清、その息子も目を丸くし、本多平八郎に至っては何のことやらさっぱり理解できないような顔でこの光景を眺め、酒井忠次は意中の人物を探そうと目を皿のようにして見回していた
「上総介様・・・」
「お前を出迎えるのだからな、局処の美人処を集めてみた。どうだ?どれも美しい女ばかりだろう?」
「極上の歓待、感謝の言葉もございません。しかし、いかなわたくしとて、一度にこれだけの美女を相手にするのは聊か・・・」
「ははは!自惚れるな。誰が全ての女をお前に差し出すと言った。我が母や腹心までお前の接待をさせるわけがなかろう?」
「え?
そこには、少し年老いた様相ではあるが、世話になっていた人物の顔もある
「土田御前様・・・ッ!」
懐かしい顔に、元康の頬も緩む
「お久しゅうございます、二郎三郎殿」
「そ、その節は大変お世話になりました」
と、元康は慌てて頭を下げる
なつとお能、菊子だけが座敷に入り、それ以外の女達はその場で整列したまま、奥座敷の隣の控えの間で腰を下ろす
市弥は座敷に入った帰蝶の直ぐ隣に移動し、笑いながら言った
「もう十何年も昔のことです。恩義など、とうの昔に消え果ました。どうぞ、お寛ぎください」
「ご厚意、感謝申し上げます」
幼い頃、自分は市弥の優しく微笑む姿を見ただろうかと想い出しながら、深く辞儀をする
「さて。では主賓が揃ったところで、料理を運ばせるか。それまで前菜で、腹を足してくれ」
「あの、上総介様」
「なんだ?」
男は自分の連れ立った家臣と、案内役の秀貞、貞勝だけで、織田家からは女しか伴っていない
それが不思議に想えた
「織田家の家臣の方々は、ご同席なさらないのですか?」
「異なことを言うものだ。お前はここに、何をしに来た」
「え?」
「尾張の酒と料理を味わい、尾張の美形の顔を見に来たのではないのか?」
「上総・・・」
元康は帰蝶『信長』の言葉に、はっと目を開いた
そうか
今日は非公式での訪問
家臣が連なれば、自然と堅苦しい話に及ぶ
それは、織田との同盟を組むことに賛成か反対か、その決断を迫られる
「そう・・・でしたな」
まだ家臣の半分も説得できていない自分に、決められる筈がない
元康は、こうして逃げ道を作ってくれる『信長』に、言葉にならない想いを寄せた
「義母上の仰られるとおり、寛げ。童(わっぱ)も混じっておるか。義母上自慢の団子でも振舞おう」
笑顔で告げる『信長』に、平八郎はきっと眉を寄せて応えた
「畏れながら某、甘い団子を嗜む年頃ではございませぬ故、出されるのなら与八郎殿の分だけに留め置きくださいませ」
「ほう」
「こ、これ、平八郎・・・!」
元康が慌てて平八郎を抑える
「構わん。童扱いされて気が立つのは、一端の男のつもりでいる証拠だろう。戦には必要な気概だ」
逆に誉められ、少し眉を緩める
その平八郎の隣では、自分は子供扱いされたままと憤慨した顔で居る小笠原氏清の息子、与八郎が平八郎を睨んだ
「だが」
これで終わらせるような性格はしていないと想った秀貞は、この先の帰蝶の行動を予想する
「誰に向って口を利いている」
帰蝶は微笑んだまま、懐の扇子を真っ直ぐ、平八郎に投げ付けた
扇子の尻が見事、平八郎の額の中心にぶつかる
「ああ・・・、やっぱり・・・」
秀貞は片手で顔を抑え、扇子を当てられた平八郎も額を押さえのた打ち回り、なつと元康は驚きに目を見広げ、市弥は眉を釣り上がらせる
「上総介!子供相手になんですか、大人気ないッ!」
「子供の内に、自分は誰より上か下か、瞬時に見極める力を養うべきです。私の子供の頃は」
「お前の子供時分は特殊なんです!他の子と一緒にしては話しになりませんッ!」
母親に怒鳴られている『信長』を見て、元康はポカンと口を開ける
この『母子』は、こんな打ち解けた関係だっただろうか
幼さゆえ殆ど覚えてないこととしても、少なくとも両者の関係は最悪な状態だったと聞いている
なのに今、目の前で繰り広げられている光景は、どこの家庭でも見られるような普通の親子関係であった
「殿、大方様、お客様の前でなんですか、はしたない」
と、なつが間を取り持つ
「ははは!初っ端から家庭を覗き見れば、織田がどんな家か想像も付くだろう。このように、織田家当主は女に仕切られておる。お前達の想像も付かぬことが、ここでは現実になっておる」
帰蝶は松平の家臣らの顔を一通り眺めて周り、若干一名、キョロキョロしている者も居るが、特に気にするわけでもなく続けた
「世間の当たり前は、織田の非日常。織田の当たり前は、世間では通用せぬ。いつかそれは、この世の常識になる」
「常識・・・」
「理解できた者だけが、次の時代に行ける。私はそう、考えている」
「
『信長』の難しい問い掛けに、松平の全員が黙り込んだ
「兎に角だ、尾張の美味い酒を飲め」
帰蝶の綺麗な笑顔に、心が解れるのを実感する
それを側で見て、元康の心にはある決心が生まれた
「さあ、どうぞ」
市弥やなつに杓をさせるわけにはいかず、この時だけは後ろの控えの間から数人の侍女が入って来て盃に酒を注いでくれる
「どうも、どうも、これはすみませぬ」
美形の杓に気を良くしたのか、しかめっ面が良く似合う石川数正は目尻を下げ、小笠原親子も前菜に舌鼓を打つ
「これは美味い。醤油の味がしっかりと染み付いて、香ばしさが口に広がります」
「美味い山菜であろう?織田の足自慢が朝一番に抓んで来た物だ」
「こりこりとしていて、それでいて葉の部分は柔らかい。いや、実に美味い薇でございますな」
「蕨だ」
「
「はははっ」
顔を赤くする氏清の隣で、息子の与八郎が軽く笑った
子供らしい、邪気のない良い笑顔だった
良い親子関係なのだろうな、と、眺めていた帰蝶も頬を少しだけ緩める
そんな中で一人だけ、未だキョロキョロしている酒井忠次が気になった
「如何した、酒井とやら」
「あ・・・、いえ・・・」
声を掛けられ、慌てて顔を正面に向ける
「何か探しものか?それとも、ここに居る女では気に入らんか」
「そう言ったことではございません」
「どうしたんだ、小平次。そう言えば、城に入る前にもなにやら奇妙な行動をしていたが」
「奇妙なと・・・」
はっきりとした口調でぶちまける元康に、要らぬことは言うなとでも言いたげな顔をする忠次
「す、すまん・・・」
またもや元康は、丸い体を更に丸めて謝罪した
「まあ、良い。退屈なら自由に局処を散策せよ。但し、庭に限るがな」
「
「女の部屋に上がり込もうものなら、その場で『之定』の錆にしてくれる」
「
平伏したまま忠次は、顔を青褪めさせた
この人なら、本当にそうするかも知れないと、何故だか直感を得る
「上総介様、これでも小平次、松平の古参でございますゆえ、せめて小指の一本で済ませてくださいませんでしょうか?」
「とっ、殿っ」
庇うどころか、物騒なことを言い出す元康に、忠次も顔は益々青くなる
「はっはっはっ!酒井」
「は、はい」
「その方、家臣想いの主を得て幸せであろう?」
「はあ・・・」
たまにとんでもないボケをかましてくれますが?と、忠次は心の中で愚痴る
それでも酒は美味く進み、次々と運び込まれる料理に満足しない者は居なかった
織田の女達は話も上手く、退屈さえさせない
『お弥々』を探していた忠次も、次第にそれを忘れひと時の宴を楽しんだ
やがて空気が澱み始め、それを敏感に感じた帰蝶が席を立った
「すまぬ、少し空気を吸って来る。酒に乱れ、みなに狼藉を働くと、義母上の折檻が飛んで来るやも知れぬからな」
「これ、上総介」
「ははは」
「では、上総介様、某もお供致します」
と、元康が申し出た
「殿」
「いや、私も外の空気が吸いたいだけだ。お前達は気にせず、織田の方々の持て成しを受けるが良い」
引き留めようとする数正を、言葉だけで制する
「上総介様、お供してよろしゅうございましょうか?」
「私は構わんが・・・」
少し困惑する帰蝶に、なつが供をしようと立ち上がり掛ける
それより早く市弥が立ち、間を取り持った
「なれば、わたくしが庭をご案内申し上げましょう」
「土田御前様」
「義母上・・・」
「不都合は、ございませんか?」
「あ・・・、いえ、恐れ多くて・・・」
苦笑いする元康に、市弥は尚も微笑んだ訊ねる
「まあ、織田家当主直々に庭を案内させるのは、恐れ多くはないと?」
「あー・・・、いえ」
「義母上、虐めなさいますな。二郎三郎殿」
「はい」
「義母上は、私の全てを知るお方だ。同席しても不都合など、何もない」
「
そうだろう、と、元康は想った
自分の考えが、そうであるならば
「では、土田御前様、上総介様、今しばらくお世話お頼み申します」
「承知しました。なつ」
「はい」
「後のことは、任せました」
「はい」
自分よりも、義理の母親の方が適任かも知れないと、なつは感じた
『他人』の自分が入るよりも、『義理の母親』が相応しい、と
縁側から外に出て、久し振りに日の光に当たる
「ああ、心地よい。よい感じに木が生い茂って、涼しげな日陰になりますな」
背伸びしながら深呼吸する元康に、帰蝶は後ろから声を掛けた
「雨が続くと、木々が水を吸ってくれる。秋になれば実りを見せてくれる。人は」
そう言って、はっと黙り込む
ふと、夫の言葉を想い出す
「上総介様?如何なさいました?」
「いや」
気を取り直して続けた
「人は、『自然』に生かされていることがよくわかる」
お前に、この世の果てを見せてやると言って、夫は本当に果てを見せてくれた
人は、自然の前では無力である
だから、その自然を支配しようと想うなと、夫はそう教えてくれた
あの教えのお陰で、自分が織田を引き継いでから、水害は起きていない
夫を想い浮かべると、優しい気持ちでいられた
そんな帰蝶の表情を見て、元康も柔らかい笑顔を浮かべる
「そうですね。花も木も、人に優しい。そうあるべきだと、私に言ってくれた人が居ます」
「そうか」
「今はまだ、共に暮らすことは叶いませんが」
「もしや、ご生母様が?」
と、市弥が訊ねる
「いえ。
「確か、今川治部大輔殿の姪御殿であったか」
「はい。瀬名一族の、関口の姫君です」
「そうか」
遠く離れた妻を想い遣る元康に、帰蝶も心を許せた
「今川からの独立、今も叶わぬままでございます。なれば妻や子を呼び寄せるに問題はない、されど」
「
「
帰蝶の言葉に、元康は力なく頷いた
「私は無力です。戦をすることしかできない。妻や子をこの手に抱くことも、儘ならない。私は、無力です」
苦笑いしながら、それでも心の中で泣いている元康を、帰蝶は少し眉を吊り上げて見詰めた
「自分を無力だと呪うのであれば、強くあれ」
「上総介様・・・」
「お前は男だ。いくらでも、強くなれる。そうしないのは、そうありたくないと願う自分が居るからではないのか」
「それは・・・」
「強くなればなるほど、背負う荷は重くなる。それに耐え切れるかどうかわからないから、恐れている。違うか」
「
元康は黙って首を振った
「幼い頃から、他人の家の米を食って育ちました。その内、嫌でも身に付いたのです。人の顔色を伺う自分を」
「二郎三郎殿」
市弥は少し悲しそうに眉を寄せて、元康を見詰めた
「上総介様の仰るとおりです。私は、家臣に嫌われるのを、恐れている・・・」
「まあ。その殊勝さ、ほんの少しでも上総介に分けてもらいたいものですわ」
「義母上・・・」
帰蝶の頭に汗が滴の形で乗っかる
「だって、そうでしょう?あなたは人にどう想われるかよりも、自分がどう想うかを優先する。それで、いつも無理をする」
「義母上・・・」
「いつもみなに心配を掛けさせる。悪い子ね」
「申し訳・・・」
「ですが、上総介様のお言葉をいただけて、私は少しだけ勇気を出すことができました」
「二郎三郎殿」
「妻・・・に・・・。愛鷹に手紙を送っています。月に何度も」
「愛鷹・・・。御内儀殿の御名か?」
「はい。愛の鷹と書いて、アシタカと読みます。生まれがその近くでしたので、そう名付けられたのだとか。以前は『足』が『高い』と書いてアシタカと読んだのだそうですよ。本人は男の名前のようで嫌がっていましたので、私は『佐久夜』と呼んでいます」
「佐久夜か、『かぐや』の名だな」
「
今頃になって、自分が妻を惚気ているのだと気付き、顔を耳朶まで真っ赤にして俯いた
「そ、その・・・富士の山の・・・」
「知っている、木花佐久夜の伝承ぐらいは」
「そうですね・・・」
「愛鷹か、よい名だ。愛鷹地方は確か、ヤマトタケルの伝承が数多く眠る地だと聞いている」
「はい、その通りです」
元康は赤味の少し収まった顔を上げながら返事した
「御内儀殿のご両親は、一生懸命、その名を考えたのだろう。この国の英雄に、愛する娘を守ってもらえるよう、そう名付けたのではないだろうか。そんな気がする」
「
「親は、我が子の名を考える時、一生懸命、その由来も考える」
「
帰命の名を浮かべ、市弥は、帰蝶がどんな想いでその名を付けたのか想像に難くなく、少しだけ、胸の奥がチクリと痛んだ
「ですから私は、嫡男に自分の名を・・・。『竹千代』の名を、譲りました」
「竹千代。自分の童名を、子に与えたのか」
「はい」
「そなた、相当、御内儀殿に惚れ込んでおるな?」
「え?」
「でなければ、生まれた自分を子に与える者はおらぬ」
「あ・・・、えーっと・・・」
元康はさっきよりも更に顔を赤くして、隠すように俯いた
幼名を子に与えると言うことは、それほど生まれて来るのを待ち望んでいたことであり、自分の跡取りはこの子しか居ないと言う意思表示でもあった
尚更、松平の家臣が同居を拒む理由がわかる
『竹千代』の名を与えられたその子は、半分は今川の血が入っている
将来の、自分達の主とは認めたくないのだ
今川の人間だけは
それほどまでに今川を憎む気持ち、帰蝶にはわからなくもなかった
力尽くで自分を支配して来た者に、感じる恩義など微塵もない
「そう照れるな。妻を愛せる男は、この世には少ない。胸を張るべきことだ。そうでなければ」
「上総介。この手で成敗してくれるなんて滅相もないことを、言う気ではないでしょうね」
「
先を越され、帰蝶は黙り込んだ
「
俯きながら、嬉し涙を浮かべている姿が容易に想像できる
「そうか。それは、良かった」
帰蝶も、優しい気持ちになれた
「上総介様・・・。お願いがございます」
涙に濡れた目を差し向け、元康は真剣な顔をして言った
「何だ」
「あなた様の御名を、いただきとうございます」
「それは・・・」
市弥が目を見開いた
しかし、帰蝶は動じない
「私の名は、織田上総介信長だ」
「いいえ、本当の名を」
「だから、上総介が私の」
「あの時」
元康は強い口調で、帰蝶の言葉を遮った
「この手に、あなたの象徴をいただきました」
と、少し丸めた右手を広げて差し出した
その丸め方が、あるものを示唆している
『女の乳房』だ
「あの柔らかみ、温もり、弾力、男が持つものではございません」
「上総介、何のこと?」
「
言えず、帰蝶は黙り込む
「土田御前様は、ご存知なのですね」
「え?」
市弥はキョトンとして元康を見た
「この方は、男ではない」
「
一瞬にして、市弥の顔が蒼く染まる
「吉法師様は、本当はおなごだったのですか?」
「それは・・・」
「織田は、おなごを跡取りとして育てていたのですか?そして、実の弟を殺させたのですか?」
「違・・・ッ」
「義母上」
激しく首を振る市弥を、帰蝶が支えた
「そうだ」
市弥の両腕を掴みながら、帰蝶は告白する
「私は、男ではない」
「上総介・・・ッ」
「だが、織田の人間でもない」
「駄目・・・」
「私の名は」
「
元康は、ごくりと唾を飲み込んだ
「斎藤、帰蝶。斎藤道三が三女にして、織田上総介信長の妻、斎藤帰蝶だ」
「
想像以上の現実に、元康の顔からは色が抜け落ちた
「女が相手では、同盟は組めんか」
「
そう言おうとした喉が乾いて仕方ない
「どうして・・・」
口唇までもが、紫に染まる
小刻みに震えているのもわかった
「それは」
「
帰蝶の手を取りながら、市弥が言った
「義母上」
「私の、『罪』だから」
「
泣きたいのを堪えながら微笑む義理の母を、帰蝶は手放しながら頷いた
市弥自身、相当つらいだろうと想いながら
「吉法師は、斎藤家のお家騒動でもあった長良川の合戦に巻き込まれ、命を落しました」
「え・・・・・・・・・・・」
元康の丸い目が、更に丸くなる
「この、上総介・・・、いえ、美濃の方のお父様を救援するために長良川を目指し、その途中で命を絶ちました。美濃の方はそれ以降、吉法師に代わって織田を守ってくれています。そして、吉法師の仇である斎藤家、ご自分にとってはご実家であるのに、弓を引いております。二郎三郎殿、わかりますか?この子の、心の痛みを。理解できますか?どれだけのた打ち回り、苦しんでいるのかを」
「
もう、何かを言える状況ではなくなっている
元康は黙って聞いた
「だから私は、この子を支えたい。支えられなかった吉法師の代わりに、この子を支えたい。我が子と想い、そうやって、私は生きて来ました。吉法師が死んだのは、私の罪。兄と弟で争わせた、私の罪です。だから私は、その罪と共に生きて行こうと決心しました。その私を、この子は必要としてくれている。だから、その想いに応えたい。私がこのことを公表しないのは、そう言った理由(わけ)があるからです」
聞かずとも、聞きたいことだけを聞かせてくれる
才女の誉れは決して、世辞などではない
市弥の言ったことを、元康は何度も自分の頭の中で巡らせ、そして、整理した
「上総介様は、吉法師様の御令室様・・・。そして、ご実家と争っている。全ては・・・・・・・・?」
問い掛けるように訊ねる元康に、帰蝶はほんの少しだけ微笑んで応えた
「夫の、夢の続きのために」
「
元康は帰蝶から、信長の残した夢を聞かされた
「そんな世の中が・・・」
「来るとは、想わない。私自身」
「では、何故」
「来ないのなら、自分から呼び込めば良い。違うか」
「容易くはございません」
「だから尚更、行なうに価値あるものではないのか」
「ですが、それだと我ら武家は。
「そのつもりだ」
「私は・・・」
「どうしたいかは、お前が決めろ。私の決めることではない」
「それで上総介様はよいのですか?」
「構わん。必要ならば、お前ごと殺すまでだ」
「
そうなのだろうな、と、想った
市弥の話なら、この二人は仇同士に当たる
なのにこうして、肩を並べて立っている
この、『斎藤帰蝶』と言う御人は、どれほどのお方なのだろうか
人を簡単に変えてしまうほどの力を持ち、これほど、人を恐れさせるだけの力を持ち、なのに、それでも、『女』である
女はこのような生き物だっただろうか
男の意のままに動かざるを得ない、弱い存在だと自分は知っている
なのに、その弱い存在である女が、自分よりももっと高みを目指している
これは現実なのか、と、元康は軽い目眩を感じた
「私は・・・・・・・・・・・」
言葉が上手く出て来ない
「理解できない・・・・・・・・・・」
「無理をして理解して欲しいとも、想っておらん。わからぬのなら、そのままでも構わない。私にとって大事なのは、お前は敵か?味方か?それだけだ」
「
綺麗な微笑み
綺麗な顔立ちのまま、男ですら発するのに躊躇うような言葉を、平気で投げ掛ける
そして、試そうとする
心を
その瞳に惹き込まれて、仕方ない
「おん・・・」
逢ったら、こう強請ろうと想っていた言葉を、ぽつりぽつりと口にした
「かか・・・さま・・・」
「
わからない顔をする帰蝶に、元康は繋げた
「御母様。あなた様に逢ったら、二人だけの時でもいいので、そう呼ばせてもらえないだろうかと、祈っておりました・・・」
「おんかかさま?」
「母親にしては、随分お若いでしょうが。それに、私のような臆病者に母と呼ばれるのも、我慢ならないでしょうが・・・。でも、そう呼びたくて、仕方ございません、御母様・・・ッ」
「御母様」
ぼろぼろと涙を流す元康を、帰蝶は責める気になれなかった
「あの時、この手に収まったあなた様の乳房に、何かを育む見えざる力を感じました」
「え?」
市弥はギョッとして帰蝶を見た
帰蝶は慌てて首を振る
そんなつもりで握らせたんじゃないと言わんばかりに
「まるで、子を育てる母のようだと感じました」
またぼろぼろと、元康の目から涙が零れる
「全ての母は、子に惜しみない愛情を注いでくれるものです。私は、あなた様の乳房に、その温もりを感じました。あの温もり、柔らかさ、今日まで忘れたことはございません」
「頼む、それは今直ぐ忘れてくれ」
泣いている元康に、帰蝶は即答する
市弥の頭に汗が浮かんだ
「あれほどの大きさなら、これから先育てる子が多くても充分」
掌に残るあの感触を想い出したか、自分の手を見詰める元康の鼻の下が若干伸びる
「それ以上言おうものなら、時を待たずして成敗してくれよう」
と、元康の言葉を遮り兼定を抜こうとする帰蝶を、背中から市弥が羽交い絞めして止めた
「どんな成りゆきがあったか知りませんが、お止めなさ~い!」
「それにしても、殿は随分ごゆっくりなさっておられるようですな」
奥座敷に置かれたままの松平家臣が呟く
「珍しいですな、殿が他人の家で羽を広げられるのは」
今川の人質時代から側に居る数正が、首を捻りながら目先の庭に顔を向ける
「確かに」
恋しい人を今も探しながら忠次が相槌を打つ
「酒井殿、しつこうございますな」
と、氏清が突っ込む
「ほっといてくださいませ」
「一体どなたをお探しで?」
「いや、何・・・」
「そう言えば、ここに来る途中もそうですが、織田と初めて会談した時から様子がおかしくなることも屡で、酒井殿、もしやあの時の侍女のどなたか様に心を射抜かれましたか?」
「
図星を突く氏清に、忠次は観念したのか少し俯き、ぽつりと呟いた
「実は、あの日以来お弥々殿が心を離れないので・・・」
「お弥々殿?」
「こう、すらぁーっと背が高く、健康的な肌の色で、兎に角美形で」
「あ、そう言えばおられましたな、美形の方が。確かに、少し背が高かった」
「どうぞお笑いくだされ。この酒井小平次、お弥々殿にご執心でございますッ」
恥しさの余り、忠次はその場で顔に手を当て、伏せ込んだ
「あなた様の想い、この竹千代も一翼担いとうございます」
「二郎三郎殿・・・」
元康の申し出に、帰蝶は胸の奥が暖かくなるのを感じた
「あなたと共に、駆けてゆきたい。某、足が短いので追い付くかどうか、聊か不安ではございますが・・・」
真面目に不安がる元康に、おかしくて笑い声が止められない
「いや、その足で無理をせよとは申さん」
「上総介様・・・」
言葉の綾なのに、と、少しだけ帰蝶を睨む
「だがな、安心しろ。吉法師様は、もっともっと遠くに、既におられる。そして、私が追い付くのを、待っておられる。だから、私は駆ける。駆け続けることができる」
「上総介様・・・」
自然と、微笑む帰蝶に元康も釣られた
「共に、参ろう。吉法師様の描いた夢の、その先に」
「
「しっかりなさいませ、酒井殿!」
「そのように、お心を煩わせておられたとは露知らず、我ら心無いことを申し、酒井殿を傷付けておりましたこと、どうか平にご容赦を・・・ッ!」
と、仲間が、蹲る忠次を取り囲んで大騒ぎする
それを見ていたなつ、お能、菊子は頭から汗を浮かばせた
「どなたか、お弥々殿をご存じないかッ?!」
そう叫びながら、数正は一番近くに居た菊子に目を合わせた
そんな人間、知りもしない菊子は顔を青褪めさせて首を振る
まさか自分の亭主の女装した姿が『お弥々殿』だとは、知る由もない
「ああ、できることなら酒井殿の、恋の成就を手伝って差し上げたい・・・ッ」
「お弥々殿、いずこにおられまするか~ッ!」
やかましい連中だなぁと、なつは心の中で想った
こんな連中と手を組んで、殿は大丈夫だろうかとも想う
そんな騒ぎの中を、縁側から帰蝶らが戻って来る
「なんだ、賑やかだな。慶次郎が居なくとも、奥座敷はこんなにも盛り上がる場所だったのか?」
「殿」
なつがさっと立ち上がり、戻って来た帰蝶を出迎えた
「どうしたんだ、小平次。それに、みなまで小平次を取り囲んで、何をしておる。みっともない真似はするな」
「殿!いくら殿とて、恋煩いに苦しむ酒井殿を茶化すことは、決して許しませんぞッ?!」
「へ?・・・恋煩い?」
うっかり声を掛けた元康は、とばっちりを食らう羽目になった
「石川殿、口が軽うございますぞ!」
「あいや、これは失敬仕った」
氏清に叱られ、数正は頭を掻きながら謝罪する
「一体、何のことだ」
余程居心地が良かったのか、それとも『非公式』であったのが寛げたのか、元康らが帰路に就く頃には、辺りはすっかり夕暮れが広がっていた
「とんだ長居をしてしまいました」
「いや、構うな。お前と心行くまで話ができて、有意義だった」
「こちらこそ」
局処の玄関先まで見送ってくれる帰蝶に、元康は口の中で小さく続ける
「御母様」
「
その元康に、帰蝶は穏やかな微笑みを浮かべた
局処の徳子がお能を呼び、途中退座した以外、これと言って変わったこともない
帰命も遊び友達の瑞希を宛がわれ不満は出なかったようで、菊子の手を煩わせることもなかった
「そのお弥々と言う侍女が見付かったら、知らせよう」
「
結局『お弥々殿』を見付けられなかった忠次には、慰めになる言葉を何気なく掛け、掛けられた忠次は顔を真っ赤にして俯く
「二郎三郎殿、これを土産にお持ちください」
市弥が桐の平たい箱を差し出した
「これは?」
「上総介が美濃遠征に赴いた際、土産として持ち帰ってくれたものです」
「美濃和紙?そっ、そのような高級なものをいただくわけには・・・ッ」
元康は慌てて辞退しようとした
「いいえ、どうぞ。それに美濃和紙は、上総介が美濃を落したら、いくらでも手に入りますもの。ねえ?上総介」
「
義理の母親の要らぬ圧力に、帰蝶はそっぽを向いて返事する
その遣り取りがおかしく、元康はくすっと笑った
「御内儀殿に、どうぞ」
「
市弥の心遣いに、元康は胸を優しい温もりで満たせた
「
「はい」
「それでは、上総介様」
市弥から箱を受け取り、帰蝶に別れを告げる
「道中、気を付けてな」
今から帰れば夜になると、帰蝶は清洲の少し外れにある寺を寄宿所として宛がった
その警備に勝家、可成、秀隆が付き添う
「またお目に掛かれる日を信じております」
「私もだ。また逢おう」
「はい」
一礼し、背中を向ける元康を、帰蝶は長く見送っていた
見送りながら、隣に居る秀貞に声を掛ける
「時に、お弥々って誰だ」
「さあ。あの時連れ立ったのはシゲ、市丸、弥三郎、新五様の四人ですから、その内の誰かと言うことでしょうか」
「まさか、新五ではあるまいな?」
「まあ、新五様も美形と言えば美形ですが。ご自分の弟君なのですから、直接伺われては如何ですか」
「そんな勇気、私にはない」
「はい?」
心外なことを言うと、秀貞はキョトンとした
「平八郎」
小姓の代わりとして自分の側に着いている平八郎に、元康はそっと声を掛けた
今居るこの中では、平八郎が一番、自分の欲しがっている答えをくれるような気がして
「はい、殿」
平八郎は元康の乗る馬の下から返事した
「上総介様を、どう想う」
「
少し考え、それからゆっくりとした口調で応える
「計り知れない方だと想います」
「何を以って、そう想った」
「私を、一人前として扱ってくださいました」
「扇子を投げ付けられたのにか?」
「私を子供と想うのであれば、あのような大人気ないことはなさいますまい。ですが、織田のご当主様は私を男と見て、あのようなことをされたのだと想います。男なら、耐えられると」
「
平八郎の言葉はそのまま、自分にも言える言葉だった
男なら、耐えられる
男でも耐えられないことを、女である帰蝶は耐えているのだ
自分が耐えずしてどうする、と
「平八郎」
「はい」
「私は、決めた」
「殿」
「みなが反対しようが、私はそうする。自分で決めたことを、誰にも覆させたりはしない。私は、松平の当主なのだから」
「はい」
実際、元康が何を決めたのか、平八郎にはわからなかった
だが、その心を穿り返すのは不敬に当ると想い、平八郎は追及しなかった
だから、従った
「殿が、そうしたいのであれば」
「
願う通りの返事をくれた平八郎に、元康は満足げな笑顔を見せる
元康の笑顔に、平八郎も自然と微笑めた
「酒井殿、ようございましたな。お弥々殿が見付かったら、知らせてくれるそうで」
「はい。胸の支えが降りた気分です」
来る時とは打って変わって、すっきりとした清々しい表情を見せる忠次に、声を掛けた数正もほっとした顔をする
「しかし、このこと奥方殿はご了承済みで?」
「一生の秘め事に存じます」
しらっと応える忠次に、数正はギョッとする
「え、囲われるので?」
「当然でございます。我が妻は松平の人間。一歩間違えたら」
「即、斬首でございますな・・・」
「是非に及ばず・・・」
泣きそうな顔をする忠次に同情して仕方ない
それもそうだろう
忠次の妻は元康の叔母に当る人物なのだから
それだけではなく、忠次自身、系譜が違うだけで元康とは同じ血が流れている
女に頭が上がらないのも女運が悪いのも、家系に因るものかも知れないと、数正は心密かに想った
忠次の恋、成就しないだろうとも予想する
少し気の毒な想いを抱えながらはたと隣に目を向けると、そこには『信長』が付けてくれた織田の黒母衣衆の姿が見えた
先頭に立っているのはその筆頭席だろう
しかし、その横顔、どこかで見たことがある
「あの、もし」
「
声を掛けられたかと、秀隆は数正に顔を向けた
「おや?」
眉間に皺を寄せ自分を見詰める数正に、秀隆は想わず後退りする
「どこかでお逢いしましたか?」
「さ・・・、さあ・・・」
甚目寺でお逢いしました、などと言える筈がない
秀隆はさっと顔を背け、そそくさと後方に下がってゆく
その秀隆を、数正は何やらおかしな気分で見送った
「織田と言う家は、家臣からして変わり者が多いのだろうか」
強ち外れてなくもない
「武士の分際で髭もないとは、気が弛んでいる証拠だな」
数正の手痛い一言が清洲の夕暮れに吸い込まれてゆく
七月、遂に近江の浅井が動き出す
佐治の想定したいた範囲内のことに、帰蝶は全ての指揮を池田隊に任せた
援軍として金森家が参戦、領地内のこととて市橋家も動かざるを得なくなった
場所は斎藤方家臣・竹中の収める関ヶ原
近江の侵攻に斎藤は動かず、代わりに織田が動いた
佐治は関ヶ原付近の豪族、国人衆らと結託し、浅井の動きを完全に止めた
国境付近に張り、近江からの援助物資を奪い、浅井は食料の調達を遮られる
更には、揖斐の豪族らも織田に参戦した
そこは恒興の父の生まれた地であった
なつが裏で手を回し、密かに池田の親戚と連絡を取り合い、確実に浅井を追い出すことができるのは織田だけだと印象付けさせ、味方に引き込んだ
伊吹山で立ち往生している浅井軍に襲い掛かり、撤退させることは、荒尾家も取り込んだ池田隊にとっては朝飯前だった
だが、もしもこれが六角家であったなら、上手く追い返せたかどうか佐治ですら自信は持てなかった
これにより、市橋家は正式に織田と同盟を組むことになる
懸念していたほどでもなかった浅井との一戦の後、何事もなかったかのように八月が来て、さちが利治の子を生んだ
同時に、京の妙覚寺の弟から手紙が届いた
「え?妙覚寺、副住職・・・?」
なつは目を見張って聞き返した
「そうだ」
弟、藤衛が妙覚寺副住職に任命された
「でも、殿の弟君なのだから、まだ・・・」
「ああ。藤衛は側室生まれで、私とはそう、年も変わらない。まだ二十一~二だろう」
「そんな若さで、妙覚寺の、副住職に・・・」
その弟君の人格たるや、相当のものなのかと想った
しかし、実際はそうでもない
「死ぬ前、兄上が多額の寄付金を送ったそうだ」
「え?」
事情を聞かされ、なつは我が耳を疑った
「つまり、藤衛の副住職任命は金で買われたものであり、この先住職になれるかなれないかは藤衛の今後に左右される」
「それって・・・」
「そうだな、風当たりが強くなるだろうな」
「殿は、どうなさいますので?」
「放っておく」
「え?」
帰蝶の返事に、なつはまた目を丸くさせた
「今関わっても、仕方がない。藤衛がこの先どうなるかは、藤衛自身に任せるしかないだろう?」
「そうかも知れませんが、弟君ではありませんか」
「だからと言って、私に何ができる。斎藤家から大寺の住職が誕生すれば、それは斎藤家の名誉になる。その手助けをして、どうするんだ」
「確かに・・・」
帰蝶の言葉は最もだが、それでも弟の大出世に全く喜んだ様子がない
寧ろ面倒なことに巻き込まれたような顔をしている
それが理解できなかった
「さちは体が小さいから心配してたけど、無事に生まれてよかったわ」
布団の中で横たわっているさちの側に、母のやえが生まれた孫を抱いて顔を綻ばせていた
夫の利治は、子供が生まれたら直ぐに加納に帰る約束をしていたので、出る準備を済ませてさちの枕元に座っている
「名前、考えてくれた?」
「ああ」
さちの額をそっと撫で、利治は言った
「那由多」
「なゆた?」
「那は、私の母の那々から一文字もらった。由は由緒の由、多は多いで、那由多」
「どう言う意味?」
「そうだな、数を数える時に使う言葉だけど、有態に言えば『たくさん』、かな」
「たくさん?」
「そう、たくさんの数って意味。仏語で極めて大きい数ってことなんだ」
「それが、この子の名前?」
「ああ。男の子でも女の子でも、生まれたらその名前にしようって決めてたんだ。たくさん、幸せになるように。たくさん、愛してもらえるように。たくさん、愛せるように。夜空に輝く星より多く、光り輝き、幸せでいられますように、て」
「たくさん・・・、那由多・・・」
「良い名前ね」
端でやえが誉める
「那由多。可愛い名前。ねえ?」
「うん、そうね・・・」
布団の中から、さちは手を伸ばし、『那由多』と名付けられた娘の細い腕を触った
「那由多。私が、お母さんだよ」
親は生まれた我が子に一生懸命、名を考える
一生懸命、その由来を考える
そうして、親は我が子を愛する
死んだ時親の『平三郎』は父親の『平左衛門』から一文字
自分の跡取りだと言う意思表示
弥三郎の名の由来は、やえが憧れた人の名前でもあるが、生まれが弥生三月だから『弥』を抜いた
春のように穏やかな人生を過ごせるようにと、祈りを込めて
最も、今は武士をやっているのだから、平穏無事に過ごせる人生は多少難しいだろうか
さちは、幸多かれのさちから来ている
平左衛門もやえも、一生懸命我が子の名を考えた
そして、その想いは次世代へと受け継がれ、血を紡いでゆく
それが『親』と言うものだった
帰る命と書いて『帰命』
死んだ信長の魂が我が子になって帰って来た
そう信じて、帰蝶は名付けた
「かかさ」
後ろから、その帰命が帰蝶に抱き付く
「戻って来たか」
「はい」
五つになる帰命は、本丸で道空から教育を受けていた
そして休憩のために局処に戻り、母の部屋に入って来た
『信長』の面影も濃くなって来た帰命を正面に据え、訊ねる
「今日は何を学んだ?」
「いろは」
「いろはか。言えるか?」
「はい!色は匂へ、ど、散りぬる、を」
たどたどしい口調で奏でる
「我が世、誰、そ、常?なら、む」
「そうだ、合ってるぞ」
「えへへ」
母の微笑みに、帰命は得意げな顔をして続ける
「有為の、奥、山、京」
「今日(けふ)、だ」
「今日、越え、て、ええと」
「頑張れ、もう少しだぞ」
「うん。ええと、今日、今日、越えて、えーっと」
「
「
突然の母の助け舟に、帰命はキョトンとした
「続きは、どうした?」
「あ、はい。えーっと・・・、あ!浅き、だ」
「そうだな」
「浅き、夢、見じ、え、え、酔ひ・・・?も、せず」
「今度は、詰まらずすらすら言えるようになれ」
「はい」
帰蝶は、それからそっと、帰命の頭を撫でた
「色は匂えど散りぬるを、我が世誰そ常ならむ、有為の奥山今日越えて、浅き夢見じ酔ひもせず」
自分も習ったいろは歌
夕庵は、『色は匂えど散りぬるを』を『諸行無常』、『我が世誰そ常ならむ』を『是生滅法』、『有為の奥山今日越えて』は『生滅滅己』、『浅き夢見じ酔ひもせず』は『寂滅為楽』と教えた
香りよく色美しく咲き誇っている花も、やがては散ってしまう
この世に生きる私達とて、いつまでも生き続けられるものではない
この無常の有為転変の迷いの奥山を、今乗り越えて
悟りの世界に至れば、もはや儚い夢を見ることなく、現象の仮相の世界に酔いしれることもない安らかな心境である
夫の愛した敦盛にも似たその歌を、帰蝶は帰命よりも少し大きくなってから習った
もしかしたら
自分の運命は、あの時から決まっていたのかも知れない
父が夕庵を自分の傅役に与えた、あの日から
「帰命。もう一つ、教えてやろう」
「え?何をですか?」
帰命は母の申し出に瞳をキラキラとさせた
「ひふみよ、いつむ、ななや、こことお」
「何ですか、それ」
「祝詞だ」
「祝詞?」
「神社が用いるものでな、神と対話する時、自分の心を落ち着かせ、穢れを払うために使う」
「へええ・・・」
帰蝶は、勿論、それは『伊那波神社出身』である夕庵から教わった
「こう、両手を合わせ」
と、帰蝶は自分の喉元で両の掌を合わせた
「頂きます?」
「違うが、そうだと言えばそうだな。やれ」
「はい」
そう言って、母を真似て両手を合わせる
「そして、唱えろ。心の中の悪しき魂、穢れ祓い、清め給え、と」
「
「ひふみよ、いつむ、ななや、こことお、布留へ由良々(ゆらゆら)と布留へ」
「ひふみいよお、いつむう、ななやあ、こことお、ふるへゆらゆら、ゆらゆらとふるへ」
「違うぞ、帰命。布留へは、大和の国の地名の布留部のことだ。由良は紀伊の海辺の町。穢れを祓いに大和の中心から神代の国へ、そして、穢れを祓った後、伊勢に参ります」
「そう言う意味なのですか?」
「神社によって、意味は全く違うらしいがな、私はそう、教わった」
「へえ・・・」
「ひふみよ、いつむ、ななや、こことお、布留へ由良由良と布留へ」
この祝詞の後には言葉が続いた
「堕つ魂、一つ一つ拾い上げ、空に還れと祈り、捧げ、永劫、安寧賜らんと願い、想、畏(かしこ)き畏き申さする。東、天より出(いずる)女神の、南、地より生まれし勇猛の、西、山より昇りし地の絶えの、北、この世の天つ守護の神、堕つ魂を護りて、掌(たなごころ)、合わせ、祈り、静かに導かん」
それから、帰蝶は静かにはっとした
「
自分は、堕ちた兄の魂に、両手を合わせただろうか
「
黙りこくる母に、帰命は顔を覗き込んだ
「かかさ?」
「
帰蝶は、帰命を抱き寄せ、ぎゅっと腕の中に閉じ込めた
「かかさ」
「帰命、お前は強い男になれ。例え仇であろうと、堕ちた魂のために両手を合わせ、祈る心を忘れるな」
「かかさ・・・」
「かかさのように、なってはならない」
「かか・・・さ・・・」
帰蝶が帰命に教えた『ひふみ祝詞』は『十種祓詞』の一文である
高天原の神々への、祈りの言葉であった
勿論、ひふみの後の祝詞は、十種祓詞には含まれていない
長い人の歴史の中で、その言葉は様々な形に変化して行く
帰蝶が習ったのは、その内の一つに過ぎない
『織田信長』が寺より神社に傾倒して行ったのも、また、津島天神を保護し、そこに鎮座する牛頭天王、『ヒト』の手によって『森林の神』を無理矢理捻り伏せ『農耕の守護』として祀られた建速須佐之男命を厚く信仰したのも、この頃からだった
帰蝶はもしかしたら、須佐之男に自身を投影したのかも知れない
『ヒト』の手によって、生きる道を無理矢理捻り伏せられたと、どこか自分に同情していたのかも知れない
五月に一度尾張に帰ると伝えて来た巴が、六月になり、七月になり、八月になっても帰って来ない
「里心がついたかな」
巴からは伊勢の詳細が頻繁に送られていたため、忙しくて帰る暇もないのだろうと想ってはいた
馴れない外交に戸惑っているのかも知れない
こちらからは一益と慶次郎を送っているので、一人きりで淋しいと言うこともないだろう
生まれ育った実家に居るのだから
「きっと、あれもしなきゃこれもしなきゃと大童なんですよ。なんたって、ご実家を背負ってらっしゃるんですもの」
「そうだな」
なつの言葉に、織田を背負う帰蝶も納得する
利治が加納に戻って数日後、元康から手紙が届いた
『織田の実力を知りたい』と家臣が申し出ているとの報せだった
「御母様の胸をお借りしたい」との認めに、なつが顔を赤くして憤慨する
「まあ!なんていやらしいっ!」
「いや、そう言う意味じゃないだろ」
元康の手紙をそのまま秀貞にも見せる
「合戦仕合、ですか?」
「条件は事細かに書かれてある」
「そうですね。
「失敬だな。刀だって扱える」
「
また始まった、と、なつは顔を顰めて二人の遣り取りを聞いていた
「で、殿は如何なされるので?」
「準備をしろ」
「はあ、受けて立つおつもりですね?」
「聞くまでもない」
「では、部隊は」
「一軍で掛かる」
「はあ、一軍ですか」
「加納から弥三郎の部隊を一時的に呼び戻せ」
「では、加納の守備は?」
「代わりにお前が行け」
「はあ、やれやれ。まるで厄介払いのような」
「『まるで』ではなく、厄介払いそのものだが?」
「はいはい、承知しました、加納に行って参りますよ」
これで口論ではないのだから、なつでなくとも頭から汗が浮かぶも已む無しだ
「墨俣は大垣のことも含め、勝三郎は動かせないので、代わりに蜂須賀を組み込む」
「動きますかね」
「目の前にお能でもぶら下げてやるさ」
「非道な」
それは確かになつも秀貞と同じ意見だった
「三左と弥三郎を組ませ、権と右衛門で脇を固める。新参者の五郎八は、その実力もまだ私も見ていないからな、中堅辺りで良いだろう」
「そうですね」
「後詰に三十郎と五郎左」
「若も?」
「当たり前だ。生きた学問を学べる絶好の機会を、みすみす逃してどうする」
「まだ武者始め(初陣)も済ませておりませんぞ?」
「じゃあ、死ぬ危険性の低い仕合で場慣れができるのだから、尚更打ってつけだな」
「殿」
秀貞は溜息を吐きながら言った
「ご自分を基準に置いて物事を決めてしまうのは、悪い癖でございますぞ」
「じゃあ、誰を基準に置けばいい」
「
「是非に及ばず」
「
二人の対話に、なつの頭にはいくつもの汗が浮かんでいた
「如何したものでしょう」
秀貞が部屋を出た後、なつはぽつりと呟いた
「何がだ?」
「織田の実力を知りたいがために、鉄砲なしの合戦仕合だなどと。それでも、刀や槍の武器は使うのでしょう?」
「当然、弓もだ」
「殿」
「龍之介の弓の手入れをせんといかんな。又助に頼もうか」
「殿」
「なんだ」
「まるで、楽しみにされておられるかのよう」
「実際楽しみで仕方ないが?」
「それで負けたら、決まり掛けていた同盟の件もご破算になってしまうのですよ?よろしいんですか?」
「負けなければ良いのだろ?」
「簡単に仰らないで下さい。殿はまだ、松平から何一つ学んでおられません。林殿が学ぶようにと同盟を斡旋なさったのに、それが実る前に壊れてしまったら、どうなさるのですか。林殿の心痛も、理解できます」
「そうか」
「殿ッ」
まだ理解しようとしない帰蝶に、なつは声を張り上げた
「そう怒るな。合戦の真似事で得るものはあるだろう。口頭で伝え聞いたとて、それが身に付くわけでもあるまい?」
「そうかも知れませんが・・・」
「なら、私はこの身に刻もう。戦の手解きを」
「殿」
「得るものがあれば、勝てるかも知れない」
「殿・・・・・」
穏やかな口調ではあっても、その心中は決して穏やかではないことを、なつはわかっていた
いつも、そうだ
反対したところで、人の意見に耳を傾けるつもりなどないだろう
なら、自分のすることはただひとつ
帰蝶を支えることだと、想った
「して、場所はもう決まっておられるのですか?」
「ああ」
「どちらに」
「尾張と三河の国境近く、知多の石ヶ瀬だ」
「石ヶ瀬・・・」
心配げな顔をするなつに、帰蝶はふと笑った
「大丈夫だ、なつ。知多だからな、佐治家にも出張ってもらうことにした」
「殿・・・」
「お前は、笑っていろ」
「
何も応えられず、なつは黙って会釈した
巴がまだ戻らぬ八月某日、織田家と松平家による『合戦仕合』が行なわれた
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更新しました
ここのところ順調良く更新できていますが、またいつ止まるかわかりませんのでご了承下さいませ
多くの小説などでもそうであるかのように、家康が本来の信長の後継者のように扱われています
かく言う私も、そのつもりで『元康』と帰蝶を接近させました
ただ、話を進める以上、そうせざるを得ないわけで
秀吉を信長の後継者とは、私は見ていません
ですので、ここでも秀吉に帰蝶の正体を知らせる必要もないかと思ってます
しかし、家康に対しては同じように『信長』を演じさせるわけには行きません
そして、家康も、自由な国であることを主張せざるを得ない事情もありました
実名は残っておりませんので(『瀬名』は実名ではなく、嫡流の名前です)築山殿の名前を静岡県にある実際の地名に当てました
いつ頃から『愛鷹』と言う地名になったのか調べ切れませんでしたので、事実と異なる場合もあるでしょうが、見逃していただけるとありがたいです
家康と築山殿の間の『悲恋』も、じっくり書いていきたいです
織田家も徳川家も、その女性像が正しく残っていない場合が多いので、創り応えがあります
また、松平家の石川、酒井、小笠原
この三人を『スリーアミーゴス』化させようかと目論んでおります
それにしても、帰蝶は相変わらずマイペースで困ってます(汗
多くの小説などでもそうであるかのように、家康が本来の信長の後継者のように扱われています
かく言う私も、そのつもりで『元康』と帰蝶を接近させました
ただ、話を進める以上、そうせざるを得ないわけで
秀吉を信長の後継者とは、私は見ていません
ですので、ここでも秀吉に帰蝶の正体を知らせる必要もないかと思ってます
しかし、家康に対しては同じように『信長』を演じさせるわけには行きません
そして、家康も、自由な国であることを主張せざるを得ない事情もありました
実名は残っておりませんので(『瀬名』は実名ではなく、嫡流の名前です)築山殿の名前を静岡県にある実際の地名に当てました
いつ頃から『愛鷹』と言う地名になったのか調べ切れませんでしたので、事実と異なる場合もあるでしょうが、見逃していただけるとありがたいです
家康と築山殿の間の『悲恋』も、じっくり書いていきたいです
織田家も徳川家も、その女性像が正しく残っていない場合が多いので、創り応えがあります
また、松平家の石川、酒井、小笠原
この三人を『スリーアミーゴス』化させようかと目論んでおります
それにしても、帰蝶は相変わらずマイペースで困ってます(汗
穏やかな情熱
久しぶりに穏やかな帰蝶を見れた気がします^^
でもその心の内には熱い想いがしっかりと消えることなく燃えているんだな…と感じました。
「お前は、笑っていろ」
そう言える強さ。
そう言ってもらえる存在。
この会話に吉法師さまと帰蝶が見えた気がします。
6月に観た『ちはやぶる神の国~異聞・本能寺の変』でも、似たような台詞があったなぁと思い出しました。
どんな夫婦だったか、本当のことはわかりませんが、私の理想の夫婦像がこのふたりです。
でもその心の内には熱い想いがしっかりと消えることなく燃えているんだな…と感じました。
「お前は、笑っていろ」
そう言える強さ。
そう言ってもらえる存在。
この会話に吉法師さまと帰蝶が見えた気がします。
6月に観た『ちはやぶる神の国~異聞・本能寺の変』でも、似たような台詞があったなぁと思い出しました。
どんな夫婦だったか、本当のことはわかりませんが、私の理想の夫婦像がこのふたりです。
Re:穏やかな情熱
>久しぶりに穏やかな帰蝶を見れた気がします^^
え、え、帰蝶、そんなに荒ぶってますか?
元々短気な性格だったお嬢さんなので(史実ではない)、大人になってからも扱いは荒いです(汗
それが織田の惣領になったのですから、荒さMAX
miさんが仰ってた、「なつが居なかったら帰蝶は暴走してる」も、当らずんとも遠からず
市との会話でも女に生まれて来たことを間違えたと書いてますので、穏やかな帰蝶は目立つでしょうね
>でもその心の内には熱い想いがしっかりと消えることなく燃えているんだな…と感じました。
穏やかな炭火のように見えて、その内面には地獄の業火のような炎がメラメラと
ある意味(帰蝶が殺した)信勝と帰蝶は、似た者同士なのかも知れません
同族嫌悪と言うヤツでしょうか(苦笑
>「お前は、笑っていろ」
>
>そう言える強さ。
>そう言ってもらえる存在。
そう言わせてくれる相手
なつだから、帰蝶は余裕で居られたのです
これが市弥だったら、帰蝶はきっと、また余計なプレッシャーを掛けられて苦笑いしていたでしょう
>この会話に吉法師さまと帰蝶が見えた気がします。
ありがとうございます
実は私もそうでした
この場面、言ったのは帰蝶ではなく吉法師で、言われたのはなつではなく帰蝶でした
自分で言うのもなんですが、帰蝶の後ろに吉法師が見えました
お恥しいことに、創作主である私が帰蝶に振り回されております・・・
>6月に観た『ちはやぶる神の国~異聞・本能寺の変』でも、似たような台詞があったなぁと思い出しました。
「お前は笑ってそこに居れば良い」
と言うような(あるいはそれに似たセリフ)は、結構ありふれてます
私もありふれたセリフを吐かせてしまったなぁと
ちなみに、「私の側に居ろ」も、ありふれた口説き文句だったりします・・・
>どんな夫婦だったか、本当のことはわかりませんが、私の理想の夫婦像がこのふたりです。
私もそんな理想の夫婦像を描いてみたいです(笑
想像力が乏しいので、毎回イッパイイッパイで・・・
え、え、帰蝶、そんなに荒ぶってますか?
元々短気な性格だったお嬢さんなので(史実ではない)、大人になってからも扱いは荒いです(汗
それが織田の惣領になったのですから、荒さMAX
miさんが仰ってた、「なつが居なかったら帰蝶は暴走してる」も、当らずんとも遠からず
市との会話でも女に生まれて来たことを間違えたと書いてますので、穏やかな帰蝶は目立つでしょうね
>でもその心の内には熱い想いがしっかりと消えることなく燃えているんだな…と感じました。
穏やかな炭火のように見えて、その内面には地獄の業火のような炎がメラメラと
ある意味(帰蝶が殺した)信勝と帰蝶は、似た者同士なのかも知れません
同族嫌悪と言うヤツでしょうか(苦笑
>「お前は、笑っていろ」
>
>そう言える強さ。
>そう言ってもらえる存在。
そう言わせてくれる相手
なつだから、帰蝶は余裕で居られたのです
これが市弥だったら、帰蝶はきっと、また余計なプレッシャーを掛けられて苦笑いしていたでしょう
>この会話に吉法師さまと帰蝶が見えた気がします。
ありがとうございます
実は私もそうでした
この場面、言ったのは帰蝶ではなく吉法師で、言われたのはなつではなく帰蝶でした
自分で言うのもなんですが、帰蝶の後ろに吉法師が見えました
お恥しいことに、創作主である私が帰蝶に振り回されております・・・
>6月に観た『ちはやぶる神の国~異聞・本能寺の変』でも、似たような台詞があったなぁと思い出しました。
「お前は笑ってそこに居れば良い」
と言うような(あるいはそれに似たセリフ)は、結構ありふれてます
私もありふれたセリフを吐かせてしまったなぁと
ちなみに、「私の側に居ろ」も、ありふれた口説き文句だったりします・・・
>どんな夫婦だったか、本当のことはわかりませんが、私の理想の夫婦像がこのふたりです。
私もそんな理想の夫婦像を描いてみたいです(笑
想像力が乏しいので、毎回イッパイイッパイで・・・
はじめまして
こんばんは、美春と申します。小学生の頃に漫画の日本の歴史版「織田信長」を読んで以来、濃姫と信長のファンになりました。あくまで一番は濃姫です♪
あれからもう20年以上経ちましたが、未だにこの二人が大好きです。濃姫はその人生が謎に満ちています。信長との間に子供がいなかったとされ、夫婦仲が悪かったとか書かれてる説が多いみたいです。
でも、私は司馬遼太郎氏や山岡荘八氏などに登場する濃姫に魅せられて以来、ずっと濃姫(及び信長)の小説や情報を探し続けていました。インターネットという便利な機能で、濃姫を検索してこちらのサイト様を知りました。すごく斬新な設定で、更新される度に食い入るように読んでいます。私の中の濃姫のイメージは、美人で賢く、気が強くて芯がしっかりしていながらも女性らしい人です。
Haruhi様の濃姫(帰蝶)は私の描くイメージに近いと思います。
設定が詳細に組まれてて、密度の濃い小説を読ませて頂き本当に幸せです。
これからどう展開していくのかとても楽しみです。
これからも、お邪魔させて頂きたいと思いますのでどうかよろしくお願いします。
あれからもう20年以上経ちましたが、未だにこの二人が大好きです。濃姫はその人生が謎に満ちています。信長との間に子供がいなかったとされ、夫婦仲が悪かったとか書かれてる説が多いみたいです。
でも、私は司馬遼太郎氏や山岡荘八氏などに登場する濃姫に魅せられて以来、ずっと濃姫(及び信長)の小説や情報を探し続けていました。インターネットという便利な機能で、濃姫を検索してこちらのサイト様を知りました。すごく斬新な設定で、更新される度に食い入るように読んでいます。私の中の濃姫のイメージは、美人で賢く、気が強くて芯がしっかりしていながらも女性らしい人です。
Haruhi様の濃姫(帰蝶)は私の描くイメージに近いと思います。
設定が詳細に組まれてて、密度の濃い小説を読ませて頂き本当に幸せです。
これからどう展開していくのかとても楽しみです。
これからも、お邪魔させて頂きたいと思いますのでどうかよろしくお願いします。
はじめまして
>こんばんは、美春と申します。
コメントありがとうございます
私は濃姫ファンの年季は短いですので、どうかお手柔らかに・・・
>あくまで一番は濃姫です♪
Welcome、そんなお客様大歓迎です
>濃姫はその人生が謎に満ちています。
私も始めはそう感じてました
今は結構、足跡が残ってる人だなと思ってます
>信長との間に子供がいなかったとされ、夫婦仲が悪かったとか書かれてる説が多いみたいです。
それはまぁ、織田信雄の子孫の影響でしょう
武功夜話でも信長のことはほんの少ししか書かれてないようですし、その内容の殆どは秀吉の出世譚ばかりで、後は小説家が妄想を膨らませ、その後に続く他の小説家が前へ倣えとばかりに挙って同じ事を書き連ねただけ
だから内容も似通ったものばかりだと思います
>でも、私は司馬遼太郎氏や山岡荘八氏などに登場する濃姫に魅せられて以来、ずっと濃姫(及び信長)の小説や情報を探し続けていました。
私はその両氏の作品は一切読んでおりません
その他の小説でも、例えば濃姫を主人公にしたものもいくつかありますが、全く読破しておりません
固定概念に凝り固まった人の物を読んでも、心に訴えるものは何もないと感じましたので
ちょっと生意気なこと書いちゃいました
>すごく斬新な設定で、更新される度に食い入るように読んでいます。
ありがとうございます
斬新かどうか、私個人ではどうも判断付かないのですが、それまでの信長と長良川合戦の後の信長を比べたら、どうしても同一人物とは思えなくて、もしかしたらと疑念が生まれ、そこから『信長』=『帰蝶(濃姫)』の構図が出来上がりました
信長の周りには美濃に由縁のある人が、多過ぎるんです
常識では考えられないほど、多過ぎるんです
異常な数です
ですので、「信長って実は美濃に関連した人間じゃないのか」と思うようになって、こんなことになってしまいました
>私の中の濃姫のイメージは、美人で賢く、気が強くて芯がしっかりしていながらも女性らしい人です。
>Haruhi様の濃姫(帰蝶)は私の描くイメージに近いと思います。
ありがとうございます
私が描く濃姫(今の帰蝶)は全く女性らしくありませんね
寧ろ女であることを否定してしまってる人間です
創作している私も、扱いに困っている状態です(汗
できましたら話が完結するまでどうか帰蝶を見守ってあげてください
年齢で言えば彼女はまだ半人前の小娘のようなもので、まだまだ大人気ない部分も多いですが、それでも精一杯背伸びしているので、時にはよいしょと手を伸ばして引っ張り上げてやってくださいませ
>設定が詳細に組まれてて、密度の濃い小説を読ませて頂き本当に幸せです。
たまにその設定を忘れていることもありますが、大目に見てくださると幸いに存じます
>これからも、お邪魔させて頂きたいと思いますのでどうかよろしくお願いします。
こちらこそ、宜しくお願いします
時々リアルの生活でうっかり武士語が出て来て、周囲を驚かせているHaruhiがお送りいたします
次は『様』を抜いてくださって結構ですよ
コメントありがとうございます
私は濃姫ファンの年季は短いですので、どうかお手柔らかに・・・
>あくまで一番は濃姫です♪
Welcome、そんなお客様大歓迎です
>濃姫はその人生が謎に満ちています。
私も始めはそう感じてました
今は結構、足跡が残ってる人だなと思ってます
>信長との間に子供がいなかったとされ、夫婦仲が悪かったとか書かれてる説が多いみたいです。
それはまぁ、織田信雄の子孫の影響でしょう
武功夜話でも信長のことはほんの少ししか書かれてないようですし、その内容の殆どは秀吉の出世譚ばかりで、後は小説家が妄想を膨らませ、その後に続く他の小説家が前へ倣えとばかりに挙って同じ事を書き連ねただけ
だから内容も似通ったものばかりだと思います
>でも、私は司馬遼太郎氏や山岡荘八氏などに登場する濃姫に魅せられて以来、ずっと濃姫(及び信長)の小説や情報を探し続けていました。
私はその両氏の作品は一切読んでおりません
その他の小説でも、例えば濃姫を主人公にしたものもいくつかありますが、全く読破しておりません
固定概念に凝り固まった人の物を読んでも、心に訴えるものは何もないと感じましたので
ちょっと生意気なこと書いちゃいました
>すごく斬新な設定で、更新される度に食い入るように読んでいます。
ありがとうございます
斬新かどうか、私個人ではどうも判断付かないのですが、それまでの信長と長良川合戦の後の信長を比べたら、どうしても同一人物とは思えなくて、もしかしたらと疑念が生まれ、そこから『信長』=『帰蝶(濃姫)』の構図が出来上がりました
信長の周りには美濃に由縁のある人が、多過ぎるんです
常識では考えられないほど、多過ぎるんです
異常な数です
ですので、「信長って実は美濃に関連した人間じゃないのか」と思うようになって、こんなことになってしまいました
>私の中の濃姫のイメージは、美人で賢く、気が強くて芯がしっかりしていながらも女性らしい人です。
>Haruhi様の濃姫(帰蝶)は私の描くイメージに近いと思います。
ありがとうございます
私が描く濃姫(今の帰蝶)は全く女性らしくありませんね
寧ろ女であることを否定してしまってる人間です
創作している私も、扱いに困っている状態です(汗
できましたら話が完結するまでどうか帰蝶を見守ってあげてください
年齢で言えば彼女はまだ半人前の小娘のようなもので、まだまだ大人気ない部分も多いですが、それでも精一杯背伸びしているので、時にはよいしょと手を伸ばして引っ張り上げてやってくださいませ
>設定が詳細に組まれてて、密度の濃い小説を読ませて頂き本当に幸せです。
たまにその設定を忘れていることもありますが、大目に見てくださると幸いに存じます
>これからも、お邪魔させて頂きたいと思いますのでどうかよろしくお願いします。
こちらこそ、宜しくお願いします
時々リアルの生活でうっかり武士語が出て来て、周囲を驚かせているHaruhiがお送りいたします
次は『様』を抜いてくださって結構ですよ
無題
更新されていたんですね!
とても嬉しいです。こだわりがありまして、帰蝶=濃姫は道三息女で、愛姫(道三と小見の方の最愛の姫)でなければなりません。道三が果たせなかった夢を婿の信長が王手をかけた、司馬遼太郎の国盗り物語の凛として万人を魅了する美と信長をも凌駕する知性を合わせもつ、理想の女性。それがインプットされてます。400年の時を超え、澄んだ眼で今の自分の生き方をじっと見てる帰蝶様。切ない信長への思慕を涙ぐみながら読ませていただいています。これからの展開が楽しみです
とても嬉しいです。こだわりがありまして、帰蝶=濃姫は道三息女で、愛姫(道三と小見の方の最愛の姫)でなければなりません。道三が果たせなかった夢を婿の信長が王手をかけた、司馬遼太郎の国盗り物語の凛として万人を魅了する美と信長をも凌駕する知性を合わせもつ、理想の女性。それがインプットされてます。400年の時を超え、澄んだ眼で今の自分の生き方をじっと見てる帰蝶様。切ない信長への思慕を涙ぐみながら読ませていただいています。これからの展開が楽しみです
こんばんは
>更新されていたんですね!
こっそり更新が多いです(笑
>こだわりがありまして
kitilyou命さんのこだわり、わかります
また、司馬氏の小説の中の濃姫が少しわかって、嬉しいです
うちの我流帰蝶も中々捨てたもんじゃないでしょ(笑
>信長をも凌駕する知性を合わせもつ、理想の女性。
確かに、『彼女』でなければ信長の妻は務まらなかったかも知れませんね
他の女性だったら信長はあそこまで上り詰めることはなかった
そう確信しております
>400年の時を超え、澄んだ眼で今の自分の生き方をじっと見てる帰蝶様。
あの世からお叱りの言葉を受けたりはしないかと、私自身は結構ハラハラしてるんですよ
>切ない信長への思慕を涙ぐみながら読ませていただいています。
信長が死んで、時が経てば経つほどその存在感は増して行きます
不思議なものですね
私自身は「信長死んだぞ、さぁ、これから遣りたい放題だ!」とワクワクしていたんですが、私の中に吉法師がまだしっかりと残っていて、その幻影がはっきりと帰蝶の背中で見ることができます
彼女はこれからも決して、夫を忘れたりはしない
時には苦しみとなって、時には救いとなって心の中に現れる
自分でもよくもまぁ、こんな風に設定できたもんだと驚くことも屡です
>これからの展開が楽しみです
たまに肩透かしを食らわしたりしますが、それも私のクオリティなのでどうかご勘弁を(苦笑
こっそり更新が多いです(笑
>こだわりがありまして
kitilyou命さんのこだわり、わかります
また、司馬氏の小説の中の濃姫が少しわかって、嬉しいです
うちの我流帰蝶も中々捨てたもんじゃないでしょ(笑
>信長をも凌駕する知性を合わせもつ、理想の女性。
確かに、『彼女』でなければ信長の妻は務まらなかったかも知れませんね
他の女性だったら信長はあそこまで上り詰めることはなかった
そう確信しております
>400年の時を超え、澄んだ眼で今の自分の生き方をじっと見てる帰蝶様。
あの世からお叱りの言葉を受けたりはしないかと、私自身は結構ハラハラしてるんですよ
>切ない信長への思慕を涙ぐみながら読ませていただいています。
信長が死んで、時が経てば経つほどその存在感は増して行きます
不思議なものですね
私自身は「信長死んだぞ、さぁ、これから遣りたい放題だ!」とワクワクしていたんですが、私の中に吉法師がまだしっかりと残っていて、その幻影がはっきりと帰蝶の背中で見ることができます
彼女はこれからも決して、夫を忘れたりはしない
時には苦しみとなって、時には救いとなって心の中に現れる
自分でもよくもまぁ、こんな風に設定できたもんだと驚くことも屡です
>これからの展開が楽しみです
たまに肩透かしを食らわしたりしますが、それも私のクオリティなのでどうかご勘弁を(苦笑
濃姫(帰蝶)好きの方へ
本日は当サイトにお越しいただき、ありがとうございます
先ずはこちらのページを一読していただけると嬉しいです→お願い
文章の誤字・脱字が時折混ざっております
見付け次第修正をしておりますが、それでもおかしな個所がありましたらお詫び申し上げます
了承なしのリンクは謹んでご辞退申し上げます
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更新のお知らせ
(02/20)
(10/16)
(11/04)
(06/24)
(03/25)
◇◇プチお知らせ◇◇
1/22 『信長ノをんな』壱~参 / 公開
現在更新中の創作物(INDEX)
信長 ~群青色の約束~
こんな感じのこと書いてます
カウント(0)は現在非公開中です
管理人の独り言も混じっております
[11/04 Haruhi]
[08/13 kitilyou]
[06/26 kitilyou命]
[03/02 kitilyou命]
[03/01 kitilyou命]
ゲームブログ
千極一夜
家庭用ゲーム専用ブログです
『戦国無双3』が絶望的存在であるため、更新予定はありません
◇◇11/19 Nintendo DSソフト◇◇
『トモダチコレクション』
おのうさま(帰蝶)とノブ(信長)が 結婚しました(笑
家庭用ゲーム専用ブログです
『戦国無双3』が絶望的存在であるため、更新予定はありません
◇◇11/19 Nintendo DSソフト◇◇
『トモダチコレクション』
おのうさま(帰蝶)とノブ(信長)が 結婚しました(笑
祝:お濃さま出演 But模擬専… (戦国無双3)
おのれコーエーめ
よくもお濃様を邪険にしおってからに・・・(涙
(画像元:コーエー公式サイト)
オンラインゲームにてお濃様発見
転生絵巻伝 三国ヒーローズ公式サイト:GAMESPACE24
『武将紹介』→『ゲーム紹介』→『Exキャラクター紹介』→『赤壁VS桶狭間』にてお濃様閲覧可
キャラクター紹介文
「 絶世の美貌を持つ信長の妻。頭が良く機転が利き、信長の覇業を深く支えた。
また、信長を愛し通した一途な妻でもあった。」
(画像元:GAMESPACE24公式サイト)
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濃姫好きとしては、飲めなくても見逃せない
岐阜の地酒 日本泉公式サイト

(二本セットの画像)
夫婦セット 吟醸ブレンド(信長・濃姫)
本醸造 濃姫
カップ酒 濃姫®=爽やかな麹の薫り高い、カップとは想えない出来上がりのお酒です
吟醸ブレンド 濃姫® ブルーボトル=自然の香りのお酒です。ほんの少し喉を潤す程度でも香りが深く体を突き抜けます
本醸造 濃姫®=容量的に大雑把な感じに想えて、麹の独特の香りを抑えたあっさりとした風味です
今現在、この3種類を試しておりますが、どれも麹臭い雰囲気が全くしません
飲料するもよし、お料理に使うもよし
お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
奇跡のお酒です
何よりボトルがどれも美しい
清洲桜醸造株式会社公式サイト


濃姫の里 隠し吟醸
フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます
清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
岐阜の地酒 日本泉公式サイト
(二本セットの画像)
夫婦セット 吟醸ブレンド(信長・濃姫)
本醸造 濃姫
カップ酒 濃姫®=爽やかな麹の薫り高い、カップとは想えない出来上がりのお酒です
吟醸ブレンド 濃姫® ブルーボトル=自然の香りのお酒です。ほんの少し喉を潤す程度でも香りが深く体を突き抜けます
本醸造 濃姫®=容量的に大雑把な感じに想えて、麹の独特の香りを抑えたあっさりとした風味です
今現在、この3種類を試しておりますが、どれも麹臭い雰囲気が全くしません
飲料するもよし、お料理に使うもよし
お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
奇跡のお酒です
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フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます
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量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
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