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鳴海、大高に其々築いた砦の効力は、一年も持たなかった
今川が五つの付城を警戒している間に尾張を統一したかったが、最後の障壁とも言えた犬山が比較的従順であることに、矢を向けることはできない
結果、それが尾張統一を遅らせる要因にもなっていた
そうこうしている内に、帰蝶が築いた砦の排除、砦が邪魔でこちらの味方である山口左馬助教継に兵糧も送れない状態が続くと、今川の評判にも傷が付くとのことで、山口救援のためにも挙兵した
ゆっくりと、水が湯に変わるように徐々に版図を広げている『織田信長』は、義元にとっても脅威であった

「静かな夕焼けですね」
なんともなしに、そんな他愛ない言葉が流れる
「今川の波が、尾張に向かっているとか」
          もう、予想されていた。兄上が近江の六角と手を組んだと知らされてから、今川の標的になったことなどわかっていたのに。今日まで無駄なことばかりしていたような気がする」
「無駄だなんて、そんな・・・」
「私はいつも、空回りばかりだな」
「だったら、お止めなさいな」
「なつ・・・」
突然口調が変わったなつに、帰蝶は目を丸くさせた
「そうやって、奥方様はいつもご自分を責める。いつも自分だけが悪いような言い方をなされる。聞かされる方の身にもなってください。『そんなことありませんよ』とでも、言って欲しいのですか?」
「そんな・・・」
「言ったところで、あなたは益々ご自分を責める。いつもそうじゃないですか」
                
「どうしたいのか、何がしたいのか、それを決めるのはいつも奥方様でしょう?その、何を考えているのかわからない頭の中で、私達の想像も付かないようなことを想い付き、実行する。私が止めたって、あなた、聞いてくださらないじゃないですか」
ずっと、胸に仕舞っていた不満が今、爆発でもしているのだろうか
帰蝶は黙ってなつの顔を見ていた
「鳴海城に出向く時、私がどれだけ反対したか、覚えてらっしゃらないのですか?」
「いや・・・」
「恵那殿を迎えに行く時も、清洲を攻めた時も、守山を包囲した時だって、私、反対しましたよね?だけど結局、あなたはどうされました?どれだけ私が心配したか、わかってらっしゃらないのでしょう?」
「なつ・・・」
「稲生の時だって、山名の時だって、どれだけ・・・」
眉間を寄せたなつの両目から、涙が溢れる
「心配ばっかり掛けさせて・・・ッ」
          すまない」
「行かないで、と言ったら、行くのをやめてくださるんですか?」
「それはできない・・・」
「だったら、ご自分の道を信じなさいませ!」
「なつ・・・」
「でも・・・」
娘とも想える帰蝶にしがみ付き、なつは呟いた
「生きて、帰って来て下さい・・・」
          わかってる」
何かに縋りたくて
心の弱い部分が出て来そうになるのを押えるかのように、帰蝶はなつを抱き返した
温かい体温に混じって、なつの化粧の香りがする
自分には持てない香りだと想った

ただ夢中で
どうすれば良いのか何もわからないまま、自分の下に敷いたさちの肌を口唇で愛撫する
互いにぎこちない動きと、さちの戸惑いがちな嬌声が交じり合う
柔らかな躰を掌で味わいながら、さちの臍を舐めていた顔を徐々に上に昇らせる
まだ小振りな乳房は、利治の揉み加減で少し赤くなっていた
その先に尖った先端も、痛々しいまでに赤く染まっている
肝心な、さちの女の部分を指で触れ、本懐を遂げようと確認すると、さちの肩がビクンと震え、身を縮こませた
「さち・・・」
そっと呼び掛けても、さちは固く目を閉じ、これから訪れるだろう未開の世界に足を踏み込むのを恐れている
武家の子女は何れの準備のためにと、衾の事情は其々の乳母から教わるのが仕来りだった
恐らく市も、乳母から全てを学んで佐治の許に行っただろう
利治も、まだ女そのものの経験はなくとも、どうすれば良いのかだけは、なつから口頭で教わっていた
だがさちは、武家の生まれではない
心も躰も、生まれたままの状態だった
男と女の秘め事など、台所の年増達から聞かされているかどうかすら、あやふやだった
「さち・・・」
想い返させる、姉が聞かせてくれた言葉

          自分を慈しむように、女を愛してやれ

愛してる
自分以上に、さちが大切だと想える
さちを守りたいと、想えている

          女を怖がるな

怖がっているのだろうか
だからそれがさちにも伝わり、こんなにも震えているのだろうか
自分のすることが、さちを壊したりはしないか心配しているのだろうか
一歩踏み込み、さちの中に割って入り、それでどうなる
どうする
自分のことを嫌ったりはしないだろうか
怖がっているのは、自分なのだろうか
その先の未来を見るのを、恐れているのだろうか

          愛すべき存在だと想い、撫でてやれ

利治は、さちの乳房を掴んでいた手で、そっと頭を撫でた
優しく、優しく、労わるように撫でた
ぎゅっと目を閉じていたさちが、薄っすらと目蓋を開いてくれた

          震えている時は、微笑んでやれ

「新五・・・さん・・・」
小さな声で呟くさちに、利治は微笑んだ
「大丈夫だから」
小さな声で、応える
          うん・・・」

          女はそれだけで、怖いと言う想いを忘れられる

さちは縋るように利治の首に腕を回した
利治は応えるようにそっと、口付けを落した

          安心できる

永禄三年五月十三日
駿府より二万五千弱の軍勢を引き連れた義元が、遠江・掛川城に到来した
清洲ではまだ結論は出ず、一旦那古野に戻った秀貞が持ち部隊を引き連れやって来た
「どうなさるおつもりですか」
本丸の中庭で、帰蝶と対面する
少し離れた場所で龍之介が帰蝶を見守っていた
「二万五千。大軍、と言うか、町一つが押し寄せる形ですね」
「その半分でも欲しいものだ」
冷やかすように笑う帰蝶に、秀貞は厳しい眼差しを差し向けた
「やはり籠城は範疇外ですか」
「平地の城に、籠城は向いてない」
「しかし」
「ここを戦場にすると言うことは、吉法師様が作ったこの町を燃やすと言うことだ。私には、できない」
「ですが奥方様、そのような悠長なことを言っていられる場合ですか?よくお考え下さいませ」
「考えている」
「でしたら」
「だから尚のこと、ここは死守しなければならない」
「奥方様・・・」
言うことを聞かない帰蝶に、秀貞は顔を顰めた
「吉法師様の町を、夢を、理想を守るために、私はここに居る」
「奥方様の希望だけで、何とかなる事態なのですか?」
「希望ではなく、可能性だ」
鼻で笑いながら帰蝶に言った
「理屈に合いませんな」
「理屈か」
秀貞の皮肉に帰蝶は軽く笑い、それから目を向ける
「理屈は、子供が使えば屁理屈になり、大人が使えば詭弁になる」
「奥方様・・・」
自分に向けた帰蝶の目も、また、これ以上ないほど厳しいものだった
「丹下は清洲の最後の防衛線だ。そこさえ守れば、今川の流れを止められる」
「たった一つの砦に、二万五千の軍勢を止めれる力があるのですか?」
「だからこそ!その丹下を守るために善照寺、扇川、鷲津、丸根に砦を築いた」
「では、それら砦は全て、丹下を守るため・・・?」
「山口の動きを封じるだけで、砦を作ったわけではない」
「それが安全策だと?」
「そう簡単に行くとは想っていない」
「ならば、如何なさいます。最悪の場合、降伏、ですか?」
「城を明け渡す際、お前は誰を今川に差し出す。吉法師様の首は、どこにある。もう、とっくの昔に朽ち果て、土になっている」
                
自分自身、認めたくない現実だろう、それでも、帰蝶は秀貞にはっきりと言ってのけた
「吉法師様の首の代わりは、何だ。当然、『信長の妻』、私か」
「それは・・・・・・・・」
「今川にとって、これ以上の手土産はないだろうな。尾張を手に入れるだけではなく、斎藤の娘でもある私が居れば、美濃とも友好関係で居られる。今川にとって、私と兄がいがみ合っているなど、些細なことでしかないのだから」
帰蝶自身わかっていることを、秀貞に言えるはずがない
「今川が尾張を飲み込み、その後どうする。私が居ないとしても、美濃か?伊勢か」
「美濃は、近江と手を組んでおります。更には越前とも。美濃を通るのは不可能」
「そうだ。だから今川は尾張を選んだ。外交の上手く行なえていない、国内もまだ不安定なこの尾張をな」
「尾張を・・・」
「天は、私を試している」
「天?」
帰蝶の言葉に、秀貞はキョトンとした
「吉法師様の遺したこの町を、守れるだけの力があるのか、ないのか。未だ成果のない私を、天が試している」
「それが今川なのですか?奥方様を試すために、今川と言う大軍を遣したとでも?」
                
帰蝶は応えず、黙って秀貞を見た
「馬鹿馬鹿しい」
「だったら、黙って見ていろ。見ていられないのなら、今川に転べば良い。私は止めない」
「奥方様!」
「なんぴとたりとも、この清洲に足は踏み込ませない。それが今川であろうと、斎藤であろうと、吉法師様の町を荒らす者は、私が許さない」
                
それを鋭い眼差しと表現して、正しいのだろうか
秀貞にはわからなかった
ただ、猛禽類が獲物を狙うような、そんな禍々しい目をする帰蝶に、秀貞はそれ以上何も言えなくなった
この目を見たのは、これで二度目か
いや
あの時以上の力強さを、その目は秘めていた

五月十四日
信濃から流れる天竜川を越え、今川軍が遠江の引馬城に到着したと梁田政綱から伝言を受けた可成が清洲に飛び込んで来た
「やはり籠城しか手段はありません!」
帰蝶を良く知らない新参の旧斯波家臣らは、手堅く籠城を提案する
「だが、清洲に向っているとわかっている以上、打つ手が何もないとは言い切れない!」
帰蝶を良く知る勝家らは、迎撃を押し通す
中立である秀貞だけが、降伏を提案した
話は一向に纏まらない
表座敷に帰蝶の姿はなかった

三河国・岡崎城
この城で生まれ、育ち、そして、父と共に奪われた過去を持つ青年武将・松平元康は、万感の想いを込めて城の空気を吸った
実に十一年振りの里帰りだった
「若」
元康を心配した家臣、本多平八郎忠勝が斜め後の背後から、そっと声を掛ける
「ああ、私は大丈夫だ」
幼い頃より今川の人質として常に戦の最前線に置かれる身とは言え、義元もそれなりに大切にはしてくれているのか、顔の色艶もよく、肉食特有のやや肥満系のぽっちゃりとした体型をしている
だが、その笑顔は人の心を掴み取ってしまうような、そんな無垢さを感じさせた
「懐かしい、と言うよりも、ああ、こんな感じだったなぁと言う気持ちの方が強い。そうだろうな。当時で六歳だ。そんなに想い出も多くない」
                
忠勝は黙って頭を下げる
そんな二人の許に今川の軍監の一人である上之郷城主・鵜殿長照がやって来た
「松平殿」
「鵜殿様・・・」
忠勝と二人、頭を下げて会釈した
「お屋形様より伝言です」
「はい」
「久し振りの故郷ゆえ、明日の出立までゆっくりするように、と」
「え?」
長照の言葉に、元康はポカンと口を開く
「骨休めをなさいませ、と仰ってるおられるのです」
          良いのでしょうか・・・?」
団栗のような丸い目をパチパチさせながら、元康は恐る恐る聞き返す
そんな元康に、長照は苦笑いした

五月十五日
今川軍が三河国豊川手前の吉田城に到着したと知らせが入る
「殿は何をしておいでだ!」
表座敷から、旧斯波家家臣の怒号が響いた

局処の廊下を侍女達と渡っていたなつが、庭で恒興を見付けた
「あら、勝三郎」
「母上」
「どうしたの?何か用?」
「あ、いえ、奥方様がこちらにおいでだと伺ったもので」
「ええ、今、若様とご一緒よ」
「そうですか」
「どうしたの?」
息子の、緩み切った頬が気になる
「いえ、奥方様にご報告申し上げようかと」
「今川のこと?」
「いえ」
「じゃ、ないわね。そのだらしない鼻の下を見たらわかることだわ」
「母上・・・」
なつの後でクスクスと笑う侍女らの光景に、恒興は顔を赤くして背を丸めた

「え?懐妊?」
恒興から、千郷が懐妊したと聞かされ、なつの顔も明るくなった
「本当に?」
「はい。ここのところ月の物が来なくて、おかしいと想い医者に確認しましたら、懐妊の兆しがあると」
「そう、良かった」
ずっと気鬱が続いていたなつにとって、これほど嬉しい知らせはなかった
「それで、先ず奥方様にお知らせしようと伺ったのですが」
「わかったわ、奥方様には私から伝えておきます」
「お願いします」
「今は若様と寛いでおられる最中だから、私もお邪魔したくないの」
「はい・・・」
そうだろうと、恒興は顔を曇らせた
「表座敷では、今日も軍議」
「一向に結論は出ず」
「でも、奥方様はもう決められたわ」
「母上・・・」
珍しい、母の晴れ晴れとした顔を恒興は見上げた
「それを理解できる者だけで、戦うつもりよ、奥方様は」
「また・・・」
「ええ。稲生の再来」
「あの時も、かなり無茶をなされて」
「私も、絶対無理だと想ったの。でも、奥方様は結果を残された」
「そうですね」
「今も意見は分かれているとか」
「はい。籠城か、迎撃か。林殿だけ、大人しく降伏をと仰ってるのですが」
「あはは。奥方様が一番選ばないことを言ったものね。通るわけがないじゃない」
高笑いするなつに、恒興も苦笑いした
「籠城は、しないでしょうね」
「家臣が半分に分かれることを懸念されておられるのか、奥方様は何も仰りません」
「そうでしょうね。若から引き継がれた織田家家臣だって、全ての者が奥方様をご存知なわけじゃない。奥方様に付いているのは、若の臨終を見届けた者と、権、佐久間殿だけ」
それ以外の織田家家臣は、帰蝶を知らないと言っても過言ではなかった
だからこそ、これまでの軍議は信頼の置ける者だけで行なって来た
だが今回に限り、他の者を排除しての軍議は意味のないものだった
その結果、肝心なはずの帰蝶だけが爪弾きになった
「織田家家臣を纏め上げるのに、奥方様は自分の身を犠牲にしてまで成し遂げられた。それを今更切り崩してまで、自分の意見は通せない」
「だから奥方様は黙って、事の成り行きを見守ってらっしゃるのでしょうか?」
「恐らくは」
「そんな・・・」
さっきまで、妻の千郷のことで嬉しかった気分が、一瞬で暗く沈んだものに変わる
「籠城戦」
          はい」
「先頭に立って叫んでいるのが、旧斯波家臣の蜂須賀殿とか」
「はい。奥方様の力量がわからない限り、こちらから手出しするのは危険だと」
「そう想うのも、無理はないわね。増してや蜂須賀殿は叩き上げの豪族。そこらの武士より気骨があるお方。その方が反対しているとなれば、他の者も迂闊に迎撃派には回れないわね」
「難しい・・・ですね。家が大きくなると言うのは・・・」
「そうね。でも奥方様は、それも覚悟で織田を背負われた。なら、お前ができることは何?」
「それは・・・」
母に決断を迫られ、恒興は恐る恐る告げた
「奥方様のお役に立てるよう、全身全霊を以って臨むこと」
「違うでしょ?」
          へ?」
即座に否定され、恒興の目が点になる
「奥方様をお守りすること。いざとなったらその身を盾にしてでも、奥方様をお守りしなさい!」
「そっそっ、そんなぁ・・・!子供だって生まれるのに・・・!」
涙目になって訴える恒興に、母は尚も冷たく突き放す
「お前が死んでも子が居れば、お家安泰。池田は母が守りますッ」
                
もう、何も言えなくなる恒興であった

五月十六日
今川軍本隊が三河、松平旧領地である岡崎城に入った
今日も帰蝶の方針は発表されない
城の中の雰囲気が、日増しに悪くなる
今川に対し反発の意思を固める者、逆に靡こうかと言う者も出て来た
そんな空気の中で利治は稽古に身が入らず、本丸の縁側に腰を下ろし、庭の緑をぼんやりと眺めていた
その利治に慶次郎が声を掛ける
「よう」
          おう」
少し振り返り返事する
「お前が稽古狡(ずる)けるなんて、珍しいな」
「探しに来たのか?」
「まさかぁ」
慶次郎はいつものように「かかか」と笑いながら、利治の隣に腰を下ろした
「弥三郎さん、やる気満々だって?」
「うん。綺麗な顔してあの人、喧嘩上等な性格だから」
「ははは。慎重な三左さんと気が合うってのも、織田の七不思議の一つだからな」
「笑い事じゃないって。俺、その弥三郎さんの部隊に居るんだぜ?」
「そりゃご愁傷様」
連んでいるのがこの慶次郎なのだから、利治の言葉遣いが何れ乱暴になるのは仕方がないことだろうか
なつは嘆いているが、帰蝶は先が楽しみだと笑っていた
「もしかしたら、姉上の号令なしで動くかも知れない」
「そんなことしちまったら、お菊さんが」
「だから、黙って行くんだってさ」
「え?」
「お前も黙ってろよ?」
「新五・・・」
顔立ちこそその雰囲気は壊れていないが、口の聞き方だけは一人前になっている利治に、慶次郎は苦笑いする
「で?」
「何だ」
「さっちゃんには、言ったのか?」
「なんでさちの名前が出て来るんだよ」
さちの名に、利治は眉間を寄せた
「だってお前ら、深い仲なんだろ?」
          え?」
「いやさ、この間犬のやつが挨拶にって、お前の部屋行こうとしたんだけどさ」
「犬千代殿が?何で?」
「ほら、あいつんちも子供生まれただろ。それで、さっちゃんには世話になったからってお礼に行こうと」
「何で俺の部屋?」
心なしか、利治の顔が怖くなっている
「いや、だってほら、さっちゃん捕まえるとなったら、城に行くよりお前んち行った方が手っ取り早いじゃん?」
心なしか、慶次郎の顔が青くなっている
「それで?」
「戸板の前に立ったら・・・」
「立ったら?」
「お前の部屋から、さっちゃんの甘く切ない声が         
次の瞬間
「慶次郎ッ!」
利治は慶次郎の胸倉を掴んで、鬼のような形相で迫った
「お前、姉上にそれ告げ口(チク)ったら、ぶっ殺すぞ?」
          お、おう・・・」
友達は、天下の傾寄者なこの自分
上司は、綺麗な顔に似合わず腕っ節の強い弥三郎
大人への脱皮を果たすのは良いことだが、利治の場合人格まで変貌しており、さすがの慶次郎も付いて行けない

五月十七日
今川軍が矢作川を越え、尾張手前の池鯉鮒城まで到達した
「そう・・・」
局処の私室で帰命の遊び相手をしながら、帰蝶は可成の報告を聞いた
「奥方様」
「尾張まで、あと一歩。終わりまで、あと一歩」
                
怖い顔をする可成に、帰蝶は苦笑いする
「怒らないでよ。私だって真剣に考えてるのよ?」
帰命の前だからか、帰蝶は母の顔をしていた
「ですが、相手は『東海一の弓取り』です。小大名で、しかも衰退し掛けていた今川を、あれほど巨大な組織にした人物でございます。今の奥方様の態度は、そんな大人物を相手に戦を仕掛けようとしているとは、到底想えません」
「でもね、しょうがないじゃない。『東海一の弓取り』なんだもの」
「奥方様!」
自分の手を取ろうとする帰命の頭の上で、指を蝶のようにヒラヒラとさせ、弄ぶ
「私なんて精々、『美濃の女狐』としか呼ばれてないんだから」
それも遠い過去の話
茶化す帰蝶に、可成はその真意を読み取る
「奥方様」
可成は気を取り直して帰蝶に言った
「全ての者が、奥方様を理解しているわけではございません」
「知ってるわよ」
帰蝶は帰命を抱き寄せ、頭を撫でた
「かかさ」
もう三歳になり、言葉もそれなりに操れる帰命が、母を呼ぶ時だけは乳飲み子の頃のままである
「全ての者が、奥方様の行動を読み取ることができるわけではございません」
「だから?」
帰蝶も真面目な顔をして、可成を向いた
「三左に、何か命令はございませんか」
          三左・・・」
「大人になったあなたを、穴倉から見付けろと言うのは聊か難題ではございましょうが、戦とあらば誠心誠意、奥方様の命令に従う所存。三左に命令はございませんか」
                
昔、利三と一緒に稲葉山の穴に落ち、この可成に助けてもらったことを想い出す
          そう、ね・・・」
大人になれば、なるほど、穴倉に落ちることもそうないだろう
「何なりと」
可成の想いに、帰蝶はぽつりと呟いた
「守って」
                
「清洲を、守って」
「それは・・・」
可成の顔が青褪めた
「私に万が一のことがあったら、迷わず帰命を連れ、美濃に逃げて」
そう言いながら、帰蝶は帰命に頬摺りをした
「奥方様・・・」
「兄上なら、帰命を殺したりはしない」
「ですが・・・ッ」
「新五や、藤衛、文右衛門を黙って見逃してくださった兄上なら、例え敵の子であろうが殺したりはしない」
                
敵であっても、それでも兄を信じている帰蝶に、可成は胸を締め付けられた
そんな兄を憎み、戦っている帰蝶の心情を考えれば、尚更だった
          できれば蝉丸も・・・連れて・・・」
戦前
帰蝶にはもうひとつ、つらい現実が突き付けられていた
「蝉丸・・・?」
「鴉だもの。もう、とっくの昔に寿命が尽きて、不思議じゃない」
苦笑いして言う
それが、精一杯だった
「どうか・・・なさいましたか」
「ずっと、餌を食べてない。食べる体力がない」
                
可成は心痛な面持ちで、ゆっくりと頷いた

局処の姉と、向かい合う
「お前は、岩室の跡取り。何かあっては大事。でも」
「姉上」
あやは、泣きたいのを堪え、微笑みながら言った
「それでも、行くのね」
「はい」
「龍之介・・・」
          織田に仕官を父と共にお願いした時、姉上から聞かされた、奥方様のお話」
「ええ」
龍之介は邂逅するように話した
「私は、俄には信じられませんでした。女が跡目を継ぐなど、常識で考えても有り得ない」
「そうね」
「姉上から奥方様のお話を聞いた後、私はどんな方だろうと想像しました」
                
あやは、黙って弟の話を聞くことにした
「お優しい方だろうか、それともお厳しい方だろうか、と。奥方様は、私が想像したとおりのお方でした。優しさと厳しさを併せ持ち、広い度量で全てを受け入れる。それができる、素晴らしいお方でした」
帰蝶の話に、龍之介の瞳が輝く
「私は、奥方様にお仕えできたこと、誇りに感じております。あの方と巡り会えた幸運に、感謝しております。万物に愛情を注げる、理想的なお方です。その奥方様が、この世の理と戦うのであれば、龍之介は奥方様のお役に立ちたい。上下身分のない世界を望んでおられる、奥方様の助けになりたい」
「龍之介・・・」
「私の力は僅かなものかも知れません。踏み台にもならないかも知れない。それでも、あの方に付き従いたいのです。奥方様に、龍之介が居なければ始まらないと想っていただければ、それが私の幸せです、姉上」
          ずっと、ずっと、お側に
                
そんな、龍之介の想いが伝わり、あやは黙って弟を見詰めた
敬愛する帰蝶のためなら、その命、惜しくはないのだろう
小姓として仕えることは、寝るまでずっと帰蝶の側に居ると言うこと
そうしている内に、龍之介の胸に芽生えた想いを、いつか、帰蝶に伝えたいとあやは願った
          健勝で」
「姉上」
「必ず、帰って来なさい」
                
余計なことは何も言わず、黙って自分の願いを聞き届けてくれた姉に、龍之介は丁寧に頭を下げた

「巴の方様」
「滝川殿」
庭先から一益の声がする
巴は侍女らと共に立ち止まった
「伊勢に行くとか」
「はい。今川の騒乱に、北畠が背後を突かないとは考えられませんので、木造と共に東伊勢の防衛を張ります」
「上総介様には?」
「好きな時に行けと言われておりまして」
苦笑いする一益に、巴も笑った
「上総介様らしい」
「それで、ご実家に何か伝言があればお受けしますが」
「ありがとう。そうね・・・」
ふと想い浮かべる青年の顔
「近い内、巴も参りますと、父上に伝えてくれますか」
「承知しました」
「それと、滝川殿」
「はい」
「海に、落っこちたりしないように」
          ご心配、ありがとうございます」
巴の周りで笑いを押し殺す侍女らを睨み付けたいのを抑え、一益は頭を下げた

其々が、其々に一日を過ごす
同じ日は二度と来ない
だから、今日一日が愛おしかった

この日の夜、今川軍先鋒隊が尾張に侵入した

五月十八日
義元が、尾張・沓掛城に入ったとの知らせを受ける
表座敷の軍議は、数で圧倒する旧斯波家の家臣らが仕切っていた
帰蝶の主たる諸将の姿は疎らで、勝家、信盛、資房しか在席していない
他の残りは散り散りに、想い想いの場所に居た
秀隆は成政と共に槍を磨き、一益は前日伊勢に発ち、恒興は留守の間、千郷を預かってもらおうと局処の母を訪れる
目の錯覚だろうが、なつには千郷の腹がぽっこりと膨らんでいるように見えた
自分も市弥と同じく、お祖母ちゃんになるのだな、と、淋しいような楽しみのような、そんな複雑な想いをした
時親は昼の中休みを利用して、お七の様子を伺いに行った
お能とは一年近く、口を利いていない
膝の上に平次を座らせ、束の間の安息を味わう
「平次も大きくなった」
「そうでしょう?」
前夫との間に生まれた子も時親に懐いており、隣にちょこんと座っていた
可成と弥三郎は、互いの槍と刀を交換した
生きて、預かった大事な武器を其々の手に返すと言う、暗黙の約束だった
巴の部屋に子供らが集まる
市弥は、こんな時ぐらいは帰って来れば良いのにと、長屋に住む市を心配した
弥三郎、菊子夫妻の一人娘・瑞希と共に、ごろんと転寝をしている帰命を、帰蝶はぼんやりと眺めていた
生きていてくれれば、それで良い
武家の子ではなくなっても構わない
生きてさえ居てくれたら、それで良い
この子のためなら、自分の命など惜しくはない
母とはみな、そうやって子を愛して来た
いつ、死に別れるともわからない時代なら、尚更子への愛情は深かった
「いらっしゃいませ、千郷様」
巴の声に、顔を上げる
なつに連れられた千郷が、そろりそろりと部屋に入った
お腹の中には、大事な子が居る
なつも千郷を支えるように両手を沿え、ゆっくりと歩いた
「奥方様」
帰蝶の前で膝を落とし、頭を下げる
「お世話になります」
「局処のことは、三左と又助に頼んである。何も心配するな」
「はい」

今川が清洲に近付いている知らせは、逐一梁田政綱が知らせてくれた
「姉上は・・・」
「新五さん」
弥三郎に声を掛けられ、利治は顔を上げた
「俺も、行く」
「わかってる」
互いを顔を見ただけで、互いの心が読めた
それだけ神経が研ぎ澄まされ、緊張の糸も張り巡らされているのか
「菊子さんには」
「そう言う新五さんこそ」
「お、俺は・・・ッ」
さちとのことは、慶次郎も口が堅いのか他の誰も知らない様子だが、想わぬ言葉に顔が赤くなった
「え?誰か意中の人でも居たの?」
「いや、そうじゃなくて、ほら、ええと・・・」
「何」
「なんでもないです、お義兄さん」
「は?」
利治の言葉に、弥三郎はキョトンとした

鷲津を守る叔父・信光と、信長の大叔父で帰蝶が輿入れする際も仲介人の一人として名を連ねた秀敏の連名で報告が入る
すぐさま後を追うように、丸根の佐久間盛重からも知らせが飛び込んで来た
帰蝶が築いた砦が塞いでいた大高城への兵糧が入ったこと、その両砦が今川軍と一触即発状態であること
「殿!」
この日だけは帰蝶も、表座敷に呼び出された
「このままじっと、事の成り行きを見守るおつもりですか!」
蜂須賀小六が怒鳴りを上げた
「籠城なら籠城、はっきりと方針を決めてくださいませ!」
鬼気迫る小六に、帰蝶ははぐらかすようなことを言った
          どんよりしてる」
「は?」
「雨は、まだ来ません」
道空が応えた
「痺れが切れそう」
「ははは」
「殿!」
「そう言えば、なつが局処で義母上様と団子を作ってるとか」
「はい、先ほどから庭で」
恒興が応えた
「いただきに行こうかな」
「殿は団子がお好きですからな」
可成が苦笑いした
そんな光景に小六は、責め甲斐がないとわかったか、憮然とした顔で胡坐を掻いた
「みなももらえ。義母上様の団子は絶品だぞ」
帰蝶を知る者は軽く頭を下げ応える
帰蝶を知らない者は溜息を零し散開した

「あら、匂いに誘われたの?」
局処の庭で、本当に団子作りが行なわれていた
大きな板を敷き詰め、蒸した白玉を捏ね、たれや餡子で包む
「精が出ますね」
「鷲津と丸根に見舞いでも、と」
市弥の横顔も、穏やかだった
「丹下、善照寺、扇川にもお願いできますか」
「勿論。そのつもりで今、蒸してるから」
「ありがとうございます」
「奥方様!」
帰蝶の姿を見付け、襷姿のなつが駆け寄る
「なつ」
帰蝶はそっと笑い、なつの頬を指で突付く
「何ですか?」
「粉が付いてる」
「え?」
なつは慌てて手の甲で拭うが、手にも打ち粉が付いており、余計酷いことになった
その途端、周囲から笑い声が溢れる
「やだ・・・」
まるで少女のように顔を赤らめ、粉の付いた頬を拭おうとするなつの手を退け、帰蝶が指先で払ってやった
「なつ」
「はい」
          なんでもない」
                
言いたいことはたくさんあるだろう
清洲のこと、女達のこと、帰命のこと・・・
だけど、それも全て一人で背負う覚悟で居る帰蝶に、なつは何も言わなかった
言っても、無駄だとわかっていたから

表座敷ではなく、本丸の帰蝶の執務室に勝家、秀隆、恒興、長秀ら、いつもの面々が揃う
「やはり、この面子が一番話しやすい」
余裕の笑顔で言う帰蝶に、勝家が軽く首を振った
「吉法師様の存命中、山口が落した大高城に今川が入ったとか」
「はい。今川方、三河国上之郷城主、鵜殿が入城。丸根の左之助が確認しました」
信盛が応える
「真っ直ぐ、清洲に」
「奥方様、迎撃なら迎撃で作戦を」
                
障子の向うから見える朧月を片目に、帰蝶は囁くように言った
「将棋って、数が多ければ勝ち、ってわけじゃないのよね」
「奥方様?」
「少ない手駒で、如何に王将を落すか。歩兵が道を開き、馬が駆ける。鳥は空を飛び戦局を眺め、金、銀、香が追い詰める。でもね、最後は王将同士の戦い。手駒が王を追い詰めるなんて、滅多にない手だもの。でも、それをしてやった時、父様は驚いた顔をされていた」
「奥方様・・・」
「子供の頃の話。私は布陣図を見るように、将棋盤を見ていた。どうすれば効率よく相手を追い詰められるかばかり、考えていた」
「それで」
可成が聞いた
「鷲津に、叔父上様が入って下さってる。後で陣中見舞いでも、送ってあげようかな」
「奥方様」
「私は将棋で、大将を落せば勝ちだと言うことを学んだ」
「易くはございませんぞ」
「でも、それしか方法はない」
「稲生での戦いが、あなたを学ばせましたか?」
自分の脇を抜けて秀貞の部隊に突っ込んだ帰蝶を想い出し、勝家は苦笑いするかのように聞いた
帰蝶はそれに応えず、微笑んだ
「どのような作戦を考えておいでか存じませんが、それでも、出るなら出るで一言、仰ってくださいませ」
「わかった。その時が来たら、必ず言う」
「必ず」
確認する勝家に、帰蝶は頷いた
「うん」
闇に浮かぶ月の光のように、帰蝶の顔は穏やかだった
女は弱い
されど、母は強い
月を眺める帰蝶の横顔は、これ以上ないほど優しい輝きに満ち溢れていた

この日の夜中、今川隊が沓掛城を出たと報告が入った
暗闇の中を、ゆうるりと清洲に進む

五月
十九日
未明

今川本隊が尾張・大高城に入ったと、政綱から知らせが入った
同時に、丸根、鷲津が攻撃を受け、応戦中であるとの知らせも舞い込んだ

何も言わず、何も聞かず、さちは利治の身支度を手伝っていた
鎧を身に纏う利治の、肩の結び糸をきつく締め、部屋は静かにただかちゃかちゃと、草摺の擦れ合う音だけが響く
「さち」
さちは黙って、利治に槍を渡した
「行って来る」
「いってらっしゃい」
「帰って来るから」
「うん。大根の甘露煮、作って待ってる」
さちを抱き寄せ、口付けを交わす
それから想いを断ち切るように、利治は表に出でた
まだ日の昇らぬ頃
朝露も未だ浮かばぬ、早朝とはとても呼べない景色
利治の足音が少しずつ遠退く
それを聞きながら、さちは腰が砕けたのか、へたり込んだ
大切な人を戦火に見送るのは、耐えられない
それでも、生きて帰って来ることを願い、無事を祈る

鷲津、丸根が攻撃を受けていることで、表座敷にも俄に家臣らが集まった
そこに帰蝶の姿はない
局処で静かになつと向かい合っていた
なつの脇には鼓が
なつの向かいには、鎧を纏った帰蝶が
腰には信長の種子島式が差し込まれていた
「後は、頼んだ」
「いってらっしゃいませ」
なつは深々と、畳に手を付き頭を下げた
そっと腰を上げ、帰蝶が中庭から表に出る
帰蝶を出迎える小姓の姿はなかった

静かに頭を上げる
そこに帰蝶が居ない落胆
淋しさ
不安
失望
様々な想いが、なつの心を駆け巡った

「奥方様・・・ッ」
庭の雀、利家が帰蝶を止めた
「駄目だ、一人で行っちゃ、駄目だ・・・ッ」
その両目には涙がいっぱい溜っていた
「犬千代」
「駄目だ・・・ッ」
利家は首を振りながら、帰蝶の前に両腕を広げ、立ちはだかる
「それでも、私は行く」
「奥方様・・・ッ」
「大軍は、目に付きやすい。だけど、一人なら、紛れることはできる」
「駄目だ・・・ッ」
「大将を落せば、私達の勝ちだ」
「駄目だ・・・ッ」
「帰命が生きていたら、織田の勝ちだ」
「奥方様・・・ッ!」
「寡兵は、決して不利ではない」
そう言い続け、帰蝶は『勝ち戦』を手にして来た
実績はある
信頼もある
だけど、一人で行くという帰蝶を、見過ごすことができなかった
「駄目だ、奥方様・・・。一人なんて、無理だ・・・」
ぽろぽろと、利家の目から涙が零れた
「それでも、行くよ。大切なものを守りたいから。大切なものを、遺したいから」
「だったら俺も・・・ッ」
「まつに、私と同じ想いをさせたいのか」
「奥方様・・・」
          やっぱり、死ぬ気で・・・・・
「娘が生まれたのだろう?生まれた子に、帰命と同じ想いをさせたいのか?」
「奥方様・・・ッ」
溢れた涙が止まらず、利家は帰蝶の姿が見えなくなった

ぽん、ぽん、と、帰蝶の部屋から鼓の音がする
後を追うように、なつの歌声も流れて来た
誰もがそこで、帰蝶が『敦盛』を舞っているのだと想い込んだ

白々と、空に日の光が混ざる
「龍之介」
「はい」
「殿          を」
結論出ぬ軍議に痺れを切らし、勝家は帰蝶を呼びに行かせた

一人では局処に入れぬため、龍之介は同僚の小姓らを伴った
「殿、          殿」
何度呼んでも、返事は来ない
なつの歌声だけが流れている
「おなつ様」
この中で帰蝶が女であることを知っているのは、自分だけである
「殿は、おいででしょうか」
部屋からは変わらず、なつの声と鼓の音がする
その中を声掛け、返事を待つ
「殿は、今、舞ってらっしゃる最中です」
「ですが、表座敷で皆様がお待ちです」
「邪魔をしないよう」
「おなつ様・・・」
背後では途方に暮れた同僚の顔が浮かぶ
「どうする、龍之介・・・」
「柴田様も、怖い顔をなさっておいでだったぞ・・・?」
          ここに、殿はいらっしゃらない」
「え?!」
龍之介の言葉に、全員が目を剥く
「しまった・・・ッ!」
龍之介は慌てて駆け出し、帰蝶の後を追った
                
廊下を響く龍之介の足音を、なつはただ黙って聞いていた

松風の力強い蹄の音
背中に感じる風の音
優しい温もり
薄暗い空の下を、帰蝶は一人、疾走する

「バカヤロウッ!」
庭で、利家は秀隆に想い切り殴り飛ばされた
「てめぇ、なんのために奥方様の庭の片隅借りてたんだッ!」
「河尻様・・・ッ」
「何で止めなかったんだッ!」
「シゲ」
秀隆を、勝家が止めた
「犬千代では、奥方様は止められない」
「権さん・・・ッ」
「誰にも、奥方様は止められない」
「けどッ          !」
「殿ですら、奥方様を止められなかったんだ。誰が奥方様を止められる。犬千代の責任ではない」
「権さん・・・」
騒然とする庭に、他の家臣らも集まる
その中を、なつが貞勝を伴って現れた
「おなつ様・・・ッ」
「奥・・・っ、殿はッ」
そこには自分達だけではなく、帰蝶を知らない家臣らも居る
秀隆は慌てて言い直した
「殿は、戦いにゆかれました」
「やっぱり・・・」
「何で黙って・・・ッ」
恒興が悔しそうな顔をする
「自分の意思が読める者だけ、集うように、と」
「殿の?」
「殿は、もう一人の自分を拾いに、とある場所に向かわれました。それがどこだかわかる者だけ、おゆきなさい」
                 ッ」

もう一人の
自分
大切な

帰蝶の
原点

「行くぞぁッ!」
秀隆の号令に、黒母衣衆が一番に城を出た

清洲

那古野城
大切な人が眠る場所

「新五様!新五様!」
佐治は利治の部屋の戸板を叩いた
「新五様!」
その扉が開き、さちが出て来る
「さ、さち・・・?!」
さちの姿に、佐治は目を丸くした
「佐治・・・」
佐治の傍らには、市が居た
「さちっ」
市はさちの腰に抱き付いた
「お市様」
「さち、お前、どうしてここに」
「新五さんに、留守番を頼まれたから」
「新五様に・・・。そうだ!新五様はッ?!奥方様が          !」
「新五さんなら」
想いの外、微笑めた
「先に行ったよ」
自分でも不思議だった
「え?」
「お兄ちゃんと一緒に、扇川に行った」
「扇川・・・」

「頼めるか?」
「うん、任せて」
市をさちに預け、佐治も城に走った

織田の騒雑は町にも伝わる
屋敷で留守を任された恵那は、傅兵衛と、二歳になったばかりの次男・鴇丸と共に居間に居た
そこに鎧姿の父が槍を携えやって来る
「お、お父さん?!」
「おう」
「何やってんの?戦に参加するつもり?」
老齢の父の姿は、可笑しい以外の何物でもなかった
恵那は吹き出しながら聞いた
「莫迦モンが。年寄りの冷や水と言う言葉を知らんのか。万が一今川が清洲に入ったら、父が三左衛門殿に代わってお前達を守るッ!」
と、勇ましく槍を突き出す
が、その瞬間、腰の辺りで嫌な音がした
「あいたたた・・・」
「無理しないでよ、お父さん・・・」
「いやはや槍など、新九郎様と共に土岐を追い立て回していた以来か」
「お父さん         
新九郎、とは、先代道三のことだろう
老兵の父に苦笑いしながら、恵那は子供らを手招きして寄せる
「大丈夫よ。清洲は、父上様が守ってくださる。だから、安心しましょう」
「はい、母上様」
傅兵衛は母の言葉に、弟をぎゅっと抱き締めた

帰蝶出馬の話は、即座に馬廻り衆筆頭である時親の許にも届けられた
今もお能は自分を許してはくれていない
この日のために認めた手紙をお能に渡すため、時親は鎧姿のまま子供らの居る部屋を訪れた
「お能」
「父様」
「父様」
襖を開けると、坊丸、勝丸、花が駆け寄った
「お能」
                
夫に、そっと顔を背ける
「奥方様が、ご出陣なされた」
          え?」
そんな知らせ、前以てもらってはいない
お能は目を剥き、夫の顔を見た
          すまなかった」
「あなた・・・」
「私はお前を酷く傷付けて、なんの償いもして来なかった」
                
部屋に入り、お能に手紙を差し出す
「いつでも良い。読んでくれ」
                
お能は黙って受け取った
「行って来る」
「あ・・・・・・・・ッ」
立ち上がる夫に、お能は声が掛けられなかった
いってらっしゃい、を言えなかった
お気を付けてと、言えなかった
必ず
生きて帰ってくださいと、言えなかった
時々夫が訪れる、お七の顔がちらつき、お能を素直にはさせてくれなかった

那古野・政秀寺
そこにある、無銘の墓
この下に、夫は眠っていた
「吉法師様」
道すがら、摘み取った露草を墓の前に置く
「こんなものしかなくて、ごめんなさい」
苦笑いして謝った
冷たい天然石の墓に、そっと手を添える
「とうとう、この日が来てしまった。なんの準備もして来なかった。私自身、無駄な足掻きとどこか、諦めていたのかも知れない。だから、のんびりしていたのかも」
そうだな
と、信長の声が聞こえるような気がして、帰蝶は再び苦笑いした
「でもね、吉法師様。それでも私、何もしないで流されるより、水に波紋を投げ掛ける礫にはなりたい。小さな抵抗かも知れないけど、いつか大きな輪に繋がって、水面を揺らしたい。そして、それを帰命に受け継がせたい。あなたの想い、私の夢」
冷たい墓石に、そっと頬を寄せる
「みんなの願い。帰命に、受け継いでもらいたい。だから、私は行きます。守りたい物、守れるだけ、守りたいから」

朝日が昇る
静かに昇る
帰蝶の心に、信長が舞い降りる
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敢えて西洋語
どんなタイトルにしようか散々悩んで、結果、西洋語を使いました
史実でもこの時の信長は、正にサドンデス状態
一発勝負
負けたら後のない大勝負
誰も自分に付いて来ない状況で、信長はどんな想いで城を出たのでしょうか
「ちょっと様子でも見に行ってみようかな」な、軽いノリだったんでしょうか
それとも、奥様・濃姫に「とっとと行ってこんかい!」と、シリでも蹴られたんでしょうか(苦笑

信長のドラマも小説も、私は不参加です
私は信長自身には興味がありません
ですので、他のドラマや小説などで、桶狭間はどのように描かれているのか、私は何も知りません
あくまで自分流を貫き通すまでです
ドラマ・小説では信長が主人公なのですから、信長視点で描かれるのは当然
だけど、信長は一人で生きてたんじゃない
側に妻が居て、子供が居て、家臣が居て、その家族が居て
人の数だけ人生があるように、ドラマがある
その一つ一つを描いて行くのは大変なので、掻い摘んだ人物にだけスポットを当ててみました
とうとう、新五が男になりました
その描写もエロに発情的に描いてやろうか、なんて野心があったのですが、なんかそんなのって違うなぁ~と想い、断念
妻の弟だから、と言うだけではなく、武将として、信長は利治を信頼していたのだと想います
だから、大事な跡取りである信忠の与力を任せたのだと想います
そうなるまでには、利治にも様々な紆余曲折はあったでしょう
市の初婚が21歳頃とされており、当時の適齢期を大きく過ぎてから、と言うのもなんとなく納得できない
だから彼女に対しても様々な憶測が飛び交っている
現代人は過去の偉人を辱めることで名声を得ようとする
悲しいことだと想います
だからせめてここで、供養代わりに彼ら、彼女らの生き様を描きたいと想っております

とうとう、帰蝶は桶狭間の史実どおり、一人で飛び出してしまいました
一人で義元の首を狙おうと
彼女の頭の中には想像できないほどの布陣図が張り巡らされ、どう動けば最善か常にそれだけを考える
少ない駒でどう攻めれば良いのかを考える
益々可愛くない女になってます
そんな帰蝶を支えるなつは、やはり『大乳様』
『偉大な母』です
それにしても、実の息子の恒興が全然浮かばれない扱いを受けてますね、母上様に(苦笑
Haruhi 2009/11/26(Thu)12:53:26 編集
無題
帰蝶を守ってください。

…これ、吉法師さまにだけじゃなく、Haruhiさんにも…ですよ(笑)


すでに戦いは始まっていて、今更気を引き締めるなんて遅いのですが…
また泣かずには読めない展開なんですね?
今から泣いてる私は…どうなっちゃうんでしょうか?
mi URL 2009/11/26(Thu)15:12:08 編集
こんにちは
>…これ、吉法師さまにだけじゃなく、Haruhiさんにも…ですよ(笑)

確かに(笑
ですが私は指を動かしているだけの観客
彼ら、彼女らがどう動くのかは、出来上がってからじゃないとわからない
と言うのは、無責任でしょうか(苦笑

>また泣かずには読めない展開なんですね?

がんばります

>今から泣いてる私は…どうなっちゃうんでしょうか?

多分その頃には冷静になって、結構あっさり読める、かも!(笑
Haruhi 【2009/11/26 16:19】
濃姫(帰蝶)好きの方へ
本日は当サイトにお越しいただき、ありがとうございます

先ずはこちらのページを一読していただけると嬉しいです→お願い

文章の誤字・脱字が時折混ざっております
見付け次第修正をしておりますが、それでもおかしな個所がありましたらお詫び申し上げます

了承なしのリンクは謹んでご辞退申し上げます
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祝:お濃さま出演 But模擬専…     (戦国無双3)


おのれコーエーめ
よくもお濃様を邪険にしおってからに・・・(涙

(画像元:コーエー公式サイト)
オンラインゲームにてお濃様発見


転生絵巻伝 三国ヒーローズ公式サイト:GAMESPACE24
『武将紹介』→『ゲーム紹介』→『Exキャラクター紹介』→『赤壁VS桶狭間』にてお濃様閲覧可
キャラクター紹介文
絶世の美貌を持つ信長の妻。頭が良く機転が利き、信長の覇業を深く支えた。
また、信長を愛し通した一途な妻でもあった。

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濃姫の里 隠し吟醸
フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます

清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
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