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「弥三郎。恵那からこれを預かって来た」
妻が那古野に残ったことで、弥三郎も那古野勤務になった
その弥三郎の許に清洲から可成が訪ねて来る
「産着だぁ。こんなにもらって、良いの?」
「構わんよ」
「でも、三左さんとこも子供が生まれたら要るでしょ?」
「その時にまたお前からもらうさぁ」
「うわぁ、大事に使わなきゃぁ・・・」

弥三郎には子供を三人産んだ義理の姉・能が居るが、兄とは部署が違うため滅多に顔を合わせることがない
初めこそ兄夫婦の屋敷で世話になっていたものの、長居するのも気が引けてしまい、結局は可成一家が引っ越した後の部屋を借りて暮らしていた
その弥三郎に休日、可成が逢いに来る
手には恵那から渡されたたくさんの産着と襁褓を持って
もう直ぐ生まれる赤ん坊の身の周りの物は兄から譲り受けても良いのだが、その兄にも来年、四番目の子が生まれる予定である
弥三郎に回している場合ではなかった
「それにしても兄上のところは、お盛んと言えば良いのか、言葉が難しいなぁ・・・」
「まぁね。弟の俺から見ても、「えっ?また生まれるの?」って感じ?まぁ、しょうがないよねぇ。お能さん、美人だもんねぇ・・・」
実際、お能の美貌は織田家でも相当の評判になっており、人妻ながら密かに想いを寄せている者も少なくない
兄の独占欲も理解できないわけではなかった
もしもお能が好色家で誘われたら、自分とて兄嫁相手に激しく腰を振るかも知れないと想った
子供ができる前、本能の赴くまま浮気を繰り返していた昔が懐かしい
とは言え、子供ができたとなればその誕生が待ち遠しくて、他の女に現を抜かす気持ちにもなれない
人は些細なことでいくらでも変われた
最も、弥三郎の場合は足が付かないよう行き摺りの一夜限りの恋が殆どなので、意外と妻には勘付かれていない
元々執着心が薄い所為だろうか、特定の相手と浮気を繰り返すというのがないのだから、まずばれる危険性も皆無だった
勿論このことは墓場まで持って行く心積もりだ
言えば問答無用で殺される
          帰蝶に
「それで、うちのかみさんの出産に、恵那さんも介助してくれるって聞いたけど、良いの?」
「構わんさ。美濃に居た時も、周りの出産に立ち会っているからな、小馴れたもんさ」
兄とは持ち場が違っても、この可成とは同じ馬廻り衆に所属しているからか、兄よりも身近な存在となっている
おまけに既に子持ちであるため、何かと心強い
「嬉しいなぁ~。美人のお能さんに、美人の恵那さんがうちに来るだも~ん」
浮かれたことを言ってみるが
「おなつ様も来られるそうだぞ」
と、可成の言葉を聞いた途端
「まじですかぁ~・・・?」
弥三郎の顔が青くなる
「奥方様の達ての希望でな。ご自身が清洲から離れられないので、その名代におなつ様が」
「ガーン・・・」
「そんなに嫌なのかい・・・?」
「じゃぁ、逆に聞くけど、おなつ様が自分の家に来て嬉しい?」
                
応えられない、と、可成はそっと目を反らす
「まだお絹さんの方がまし」
「それは私からはなんとも・・・」
二人がそんな話をしているなど、当のなつは気付きもしない

「なつ、吉法師様と市井に行きたいの。良い?」
強請る時、帰蝶は特別可愛らしい顔をする
「視察ですか?見物ですか?」
「し、視察です。遊びに行くんじゃありませんっ」
そんな帰蝶の強請り顔もものともせず、なつは核心を突いた
うっかり顔を赤くしてしまったことで、町に出る理由がばれる
「構いませんが、夕餉前には戻ってくださいね?久し振りの外出だからって、羽目を外さないよう」
「わかったわ、吉法師様にはちゃんと言っておくから」
「あなたのことですよ!奥方様!」
なつが怒鳴るのと同時に、帰蝶は部屋を飛び出した
小袖のままでは松風には跨げない
かと言って、部屋に戻ればなつが陣構えしている
「歩いて行くか」
信長は笑いながら言った

「そう言えば、なつが那古野に行くのは明日だっけ、明後日だっけ」
歩きながら話し掛ける
「明後日です」
「菊子は初産だから、しばらくは那古野に足止めかな。ほっとするだろ、鬼の居ぬ間のなんとかで」
信長はどう反応するかを試した
「そうですね」と応えれば、人目には上手く行っているようでもその実、鬱陶しいと想っているのではないかと
そうなると、なつをどこかに配置換えをしなくてはならないかと想っていたのだが、帰蝶の返事は想像を超えた期待以上のものだった
「とんでもない。なつが居なければ始まらない仕事だって、たくさんあるんです。できれば那古野には行って欲しくありませんよ。でも、菊子は那古野の武家長屋には入ったばかりですから、出産に立ち会ってもらえそうな友人もまだできてませんし、お能一人では大変でしょう?」
「そうだな・・・」
帰蝶の言葉に、目を丸くする
「なつが局処の侍女達を何人か引き連れて行くって言ってくれた時は嬉しかったんですけど、いざ見送る立場になると不安です。今までなつには頼りっぱなしなところもありましたから」
「そうか・・・。帰蝶はなつをそんなに頼りにしてるのか・・・」
なんだか嬉しくなる
「当たり前です。でなければ、今頃隠居してのんびり過ごしていてもおかしくない人に、側近の真似事なんてさせますか、罰当たりな」
「は、はははっ」
「なんですか?」
「いや」
なつはお絹以上に口喧しくて、時には目くじらを立てることもある
なのに帰蝶は、それでもなつを頼りにしてくれているのがわかって、その世話で育った信長としては嬉しい限りだった
なつは信長の、第二の母なのだから
「上手く行っているようで、安心しただけだ」
「嫁姑じゃないんですから、問題が起きるはずがないでしょう?ほんと、吉法師様って心配性ですね」
苦笑いする帰蝶に、信長も頭を軽く掻きながら笑顔で応えた

清洲は尾張の中心なだけあって、市中も随分と開けている
最も、稲葉山のことなら隅々まで熟知している帰蝶でも、山から下りることは滅多になかったため、井ノ口の様子までは殆ど覚えがない
比べることはできないが、賑やかさでは那古野以上、小牧にやや及ばずと言ったところか
人の多さでは清洲の方が格段に上でも、物流の多さだけを考えれば馬の集まる小牧に軍配が上がる
要するに、何処が一番と言うわけでもないのが尾張の特徴だと帰蝶は想った
賑わってはいても、中々発展しない理由がわかる
「魚なんかは、やはり海辺に行かないと置いてませんね」
「そうだな、市内であるのは干し魚が殆どだな。今の時期じゃ腐るのも早いし、置いておくにも場所を取るしな」
「でも、民が気軽に魚を買いに行くには、やはり市中にあった方が良いですよね」
「冬ならな、店も出始めるんだが」
夏場の今では、熱にやられて腐ってしまう
保存の効かない生魚を扱うと言うのは、難しいものだった
「でも、ま、その内考えるさ。今は楽市のことで頭がいっぱいだ」
苦笑いする信長に、帰蝶も微笑んで応える
尾張の半分を手に入れたことで、下四郡の商業は信長が口出しできるようになった
那古野城に移った信光に、試験的に楽市を開いて欲しいと頼んだ
信光自身、楽市はよく知らない物なので周囲と相談をしながら推し進めて行くと、案外物流が活発になったことを報告できた
楽市は「誰でも自由に商売ができる」と言うものだ
それまで生産に回っていた農家も、自宅の軒下で農産物を広げてみると、市場で買うよりも安くて新鮮だと評判になった
おまけに直接消費者の声が聞け、商品開発にも繋がる
信長の言う、「些細なことで人の探究心が擽られる」と言うのが、早くも芽を出した
やはり夫の先見の明には驚かされる
今日は清洲でも始めた楽市を覗きに行くため、なつに外出許可をもらったのだが、なつは帰蝶の性格を良く知っており、「絶対に視察だけで終わるはずがない」と踏んでいた

女らしくないと言われ続けている帰蝶でも、やはり女を感じさせることはいくらでもある
織田家の中で帰蝶をきちんと『女』として扱っているのが夫である信長だけだから、わかることなのかも知れない
時々、女が興味を持ちそうな店先を通ると、ちらりちらりとその軒先を盗み見していた
反物だったり、化粧屋だったり、髪飾りや扇子を置いている店、京都から流れて来ているのか、香袋専門の店もあった
香木の良い香りが漂うと、つい、足先が止まって、慌てて自分に付いて来る
そんな妻が愛しく感じた
「帰蝶、見たい店があったら言えよ?いくらでも寄ってやるから」
「はい。いえ、大丈夫です」
「何が大丈夫なんだよ」
妻のわけのわからない言い訳に、笑うしかできない
「もっと、お洒落して良いんだぞ?なつみたいにさ」
「いえ、本当に・・・」
何に遠慮しているのだろう
その辺りのことは、信長にもわからなかった
例えば男物の野袴を新調すると言えば、妻は随分喜ぶ
だけど、小袖を新調してやると言っても、今のままで充分だと断る
そうなるとなつに「織田の奥方が着たきり雀ではみっともない」と説教を受けて、反物屋の訪問を受ける
化粧もしたがらない
凡そ、女が好むこと全てを拒否しているかのようにも見える
男らしい性格が禍したか、だが、かと言えば今のように女物の店先に来ると、興味深げに眺めたりもしていた
帰蝶の中身は相当複雑にできているのだなと、感じた
「簪か、ちょっと覗いてみよう」
帰蝶がふと立ち止まった店を目に、信長も足を踏み入れた
「吉法師様、本当に結構です。私、簪なんて欲しくありませんから」
「見るだけでも良いだろ」
そう言って、信長は帰蝶の手を引いた

「いらっしゃいませ」
真新しい顔の客に、店員が声を掛ける
「お探し物ですか?」
「いや、女房に似合いそうなものはないかな、と想ってな」
「奥方様のでございますか」
ちらりと、隣に並んだ帰蝶を見る
随分と日に焼けてらっしゃるなぁと、内心呆れた
となると、それほど金も持ってないだろう
だが、着ている小袖の材質を見てみれば、相当の高級な絹であることがわかる
金持ち武家なのか、貧乏武家なのかどうもわからないなぁと想いつつ、手頃な値段の簪を寛げて見せた
「こちらはどうでしょう?石見の銀でこさえたものですよ」
「石見の銀か、そりゃ随分値が張ってるんだろうな」
「いえいえ、お安くさせていただきます」
なんとなく、くすぐったい感覚がした
那古野に居た時は、しょっちゅう市中に出掛けていたからか、誰からともなく「織田の若旦那様」、「織田の奥方様」と、町の商人達から呼ばれていた
信長がそれほどしょっちゅう町に出ていた証拠でもある
だが、清洲ではまだ、自分達のことを知る者は居ない
それがくすぐったかった
自分達の暮らす町なのに、自分達のことを誰も知らないというのは淋しいと言うよりも、冒険でもしているかのような、例えるならばお忍びで他の町に出掛けているような気分になり、なんとなくワクワクする
「ちょっと試しても構わんか」
「はい、どうぞ」
承諾を得て、帰蝶の髪に簪を挿す
ところが、帰蝶は垂髪のままで、しかも鬢油もつけていないため、髪はさらさらとしている
「おっと」
危うく髪から零れて落ちそうになる簪を、慌てて受け取る
「すまんな、女房に簪はちょっと無理だったみたいだ」
それもそのはずだ
武家の女房でも、出掛ける時くらいは髪を束ねているものなのに、この奥方は自然のままの姿で居る
町を歩くにも相当目立つだろうに、本人、夫も含めて全然気にしていない様子なのだから、やはり世間とは少し懸け離れた家柄の人間だろうかと、店の者は想った
「なら、櫛は如何でしょう?」
「櫛?」
「飾り櫛ですが、新しいのが入ったんですよ。こちらです」
と、受け取った簪と同じ材質と想われる半月の櫛を広げる
「鋼か?」
「はい、美濃の刀鍛冶が考案した物です。木製の櫛より長持ちすると、今流行りなんですよ」
熱い内に飾りとなる石や、花などをあしらった色付きの鋼を付け合せており、髪飾りとしても使えるし、実用性もありそうだった
「へぇ、珍しいな」
「製造過程が複雑で、段階もたくさんあるので少々値は張りますが、木製の物よりはずっと長持ちしますので」
「う~ん。他に意匠はないのか?」
「いくらかあります。ただ、数としてはまだ少ない方ですので」
「構わん、見せてくれ」
信長に促され、店にある鋼の櫛を全て広げる
梅の意匠や、鶯の意匠、単純な格子の意匠もあるが、中でも目を引いたのが嘗て平家の家紋としても使われていた左横揚羽の意匠を施した櫛だった
「うん、これが一番見栄えが良いな」
「お目が高い。そして、値段もたこうございますが?」
「はっはっはっ!構わん、これをくれ」
「毎度ありがとうございます」
値段も調べず即決で買おうとする信長を、帰蝶は慌てて止めようとした
「吉法師様、私本当に、何も要らな         
「これくらい、買わせてくれ。お前には何もしてやれてない。櫛一つでお前に礼ができるんだったら安いもんだ」
「吉法師様・・・」
「それに、この蝶は奥方様に良くお似合いです。まるで誂えたかのようですよ」
「お前、商売が上手だな。いや、口が上手か」
「いえいえ・・・」
信長の図星を突く言葉に、店の者は苦笑いする
「いくらだ」
「はい、五百文のところを、大負けして三百五十文でいかがです」
「高いです」
「よし、買った」
「吉法師様」
帰蝶の言葉が商人と信長の間で行ったり来たりする

信長からは数え切れない物を今までもらって来たが、形として受け取るのはこの櫛が初めてだった
嬉しくて使うのがもったいないような気がする
そんな帰蝶の手から櫛を取り上げると、信長はその後ろの髪に差してやった
「うん、似合うぞ、帰蝶」
          ありがとうございます・・・」
少し照れ臭くて、俯く
「髪を結っている暇がなかったからな、髪結い床にでも行くか」
「あぁぁ・・・。ぐずぐずしていると、なつに引き止められると想って、急いで出て来てしまいました。打ち掛けも途中の廊下で脱ぎ捨てて来てしまいましたので、どの道帰ったら説教ですね」
困ったように眉を寄せ、帰蝶は笑う
「ま、今日はたっぷり銭を持って来てるからな、何でも好きな物を買ってやるぞ、遠慮するな」
「ありがとうございます」

それからどれくらい町を歩いて回っただろうか
二人で団子を頬張りながら歩く姿は、決してなつやお絹には見せられない
髪結い床に寄って髪を結い上げてもらってからは動きやすく、時々二人で駆け出したりもした
市内の神社で奉納の相撲が催されており、白熱した仕合に我を忘れて応援する
昼餉は屋台の蕎麦で済ませ、田楽大根を串のまま歩き持って食べたり、茶店では新参者の振りをして町の様子を聞いて回ったりもした
気が付けば帰蝶は、動きやすいいつもの若武者姿になっている
ただ髪に、信長が買ってやったばかりの鋼の櫛がちょこんと乗っかっており、辛うじて彼女が女であることだけは世間に知らせることができたようなもの、出掛ける時と違う姿で帰れば、なつからどんな叱咤を受けるかわかったもんじゃない
案の定         
「奥方様ぁぁーッ!」
帰蝶の部屋で、なつの雷が落ちた
「あの小袖は、京から取り寄せた最高級の絹を使用した物で、そんじょそこらに売ってる物とは訳が違うのですよ?!それを何処にやりましたッ!」
「ええ、ええっと、袴を買う時、持って歩くには邪魔だったので、お店に引き取ってもらって・・・」
「その代金は、何処に消えました」
「えっと、お腹の中・・・」
なんと言うことか
帰蝶の行動云々ではなく、なつに怒鳴られ、あの帰蝶が小さくなっている
そんな光景がお絹にはまるで、『この世の終わり』に想えて仕方がなかった
やがてなつが那古野に戻り、その三日後、菊子が無事出産を果たしたと報告が入る
玉のように愛らしい女の子で、母子共に健康と診断され、産後の心配も要らないと聞かされた
ほっとする一方で信長を悩ませることも起き、帰蝶の心配が募る
清洲の商人組合が楽市に反対して来た
誰でも自由に商売をさせてしまっては、自分達の儲けが減る
利益が減る
商売相手が減り、価格競争が起きると組合から猛反対が起きた
「くだらねぇ・・・。利益純等で良いじゃねえか。良い商売をするところだけが生き残り、あこぎなところは淘汰される。自然の成り行きでそうなるんだから、潰されたくなきゃ、真っ当な商売をすれば良いんだ」
「しかし人間は、欲の前には従順です。自分達の損になることに賛同など、するはずがありません。ですが、それを説得してこそ、吉法師様でしょう?」
                
期待を込めた妻の眼差しに、弱気なところは見せられない
「そ・・・、そうだな。なんとか説得してみるか」
「困難は、乗り越えてこそ意味があるのでしょう?」
「ああ」
夫なら必ず成し遂げる
帰蝶はそう信じていた

やがて夏が過ぎ、秋が過ぎた
那古野から弥三郎、菊子、そして生まれた娘、瑞希が清洲にやって来た
久し振りに顔を合わせる帰蝶と菊子の再会の喜び、瑞希の愛らしさに清洲城は和やかな雰囲気に包まれる
信長の根気強い説得に、清洲の商人衆らも折れ始め、部分的ならと言うことで漸く折り合いが付いたと言うのに、その織田家で事件が起きた

信光の後の守山城を任されることになった信次は、冬が始まる前にと川遊びを楽しんでいた
川魚を釣り、干し魚にでもして信長を喜ばせてやろうと言う気持ちからだったその川遊びの現場に、騎乗したままの若武者がふらりと訪れる
「無礼なヤツだな。殿の前で騎乗とは」
従者である洲賀才蔵がそれを気にし、馬の上の若武者に向って叫んだ
「ここは織田孫十郎信次様の領地である!現在、川狩りの最中だ。無礼に当るゆえ、今直ぐ立ち去るか馬から降りよ!」
ありったけの声を張り上げる
だが、その若武者は馬から降りようとはせず、寧ろ挑発するかのように馬のまま川面を走り始めた
川の中は騒然となり、魚達が一斉に逃げ始める
「これ!やめぬか、無礼者!何をしている!織田孫十郎信次様の御前と知っての狼藉か!」
信次もこの無礼な若武者に、折角の魚を逃がされ顔を顰める
「今直ぐ馬を止めよ!」
それでも若武者は益々悪乗りをして、川の中に馬を走らせた
「おのれ・・・ッ!」
「才蔵、弓を引け」
苛立ちを覚えた信次がそう命じた
「しかし、相手は何処の誰とも知れぬ者、万が一間違いでもあらば」
「構わぬ。織田家であのようなうつけた行動ができるのは、吉法師だけだ。だが、ここから見ても吉法師ではないことは確か。後は絵に書いたような優等生ばかりなのだからな、他の家の者だろう。もしもそれが岩倉の家の者だったら、寧ろ手柄になるわ。さっさと射抜いてしまえ」
          はっ」
主君の命令とあらば、弓引かぬわけにも行かない
腕に覚えのある才蔵は、威嚇のつもりで若武者に向けて弦を引いた
ところが
才蔵が威嚇で放った弓の先に、その若武者が走ってしまったのだから当然、矢は若武者と近い距離になってしまう
そして、予期せぬことが起きた
才蔵の放った矢が若武者の肩口に刺さり、若武者はあっと言う間に落馬し、川の中に沈んでしまった
「しまったッ!」
才蔵が誤ったわけではないのだが、周りの従者と共に急いで若武者の落ちた現場へと走り、若武者を引き上げた
打ち所が悪かったのか、若武者は青い顔をして息が途切れている
しかし、どこかで見た顔だが、何処の誰だか想い出せない
小袖には家紋はなく、その若武者が何処の家の者なのか、集まった従者達では判別できなかった
その後から駆け付けた信次の蒼白顔を見るまでは
「きっ、喜六郎・・・ッ!」
「え?」
喜六郎は信長、信勝の弟で、信秀正妻土田御前の実子である
誤射と言えど、それが通用するわけではない
この報告が信長の許に届いた頃、信次は既に逐電した後だった

「孫十郎の行方はッ」
怒り心頭の顔で表座敷へと、ドカドカと歩きながら秀隆に聞く
「はっ!現在捜索中でございます」
「さっさと見付けて、呼び戻せ!」
「はっ!」
「末森の動向はッ」
「はっ!不穏な動きありと」
今度は恒興が応える
「弥三郎!」
表座敷の襖を開け放つと同時に、既に待機している弥三郎の名を叫んだ
「戻って直ぐで悪いが、今直ぐ三左と共に末森に走り、勘十郎の動きを抑えろっ!」
「はっ」
射殺された喜六郎秀孝は、自分の実弟である
つまり、自分とは血の分けた信勝にとっても実の弟であり、その母親は、言わずと知れた土田市弥である
あの母親が、黙って見過ごすとは想えなかった
「帰蝶!」
「はい」
表座敷の控えで待っていた帰蝶が、なつと共に現れる
「これは俺にとって困窮か?あるいは好機か?」
「早急に孫十郎様を見付け出さないことには、なんとも申せません。しかし、孫十郎様逐電により守山城は空きとなってしまいましたので、今直ぐどなたかをお入れしなければ、この上なく不味いことになるでしょうね」
「何だ、その不味いこととは」
「万が一末森派の誰かが入ってしまえば、吉法師様は戦わずして負けたことになります」
                
信長は悔しそうに歯軋りをした
自分に味方してくれそうな兄弟は、少ない
その中から選ばなくてはならないとなると、選択肢は限られた
「勘十郎様の次に有能そうなお方は」
「そんなヤツが居たら、とっくの昔に取り込んでるわっ」
信長の反論も最もだった
織田家の中で自分は異質で、信勝は優等生で、だが、それ以外の兄弟達はと聞かれれば、どれもどんぐりの背比べでしかない
「それでも、使えそうな駒がないわけではないのでしょう?少ない手駒の中から選ぶしか方法がないのなら、そうするしかないじゃないですか」
ずけずけと物を言う帰蝶に、妻も相当の苛立ちが募っていることを物語る
自分だけが追い詰められているわけではないのだと知った
「あの、不躾なことを申しますが、喜蔵様は如何でしょう?」
「喜蔵?」
二人の間を恐る恐る、なつが割り込んだ
喜蔵信時は事実上、信長の同年の兄だった
同じ年に生まれたが、信長は正妻市弥の息子、信時は側室でもない妾上がりの女が産んだため系譜上では弟として扱われていた
信秀の、そう言った子は他にも大勢居る
中には系譜にすら記されていない子供も存在した
英雄色を好むとはよく言ったもので、信秀の好色振りは嫁に入った帰蝶も聞かされているくらいだ
今更隠し子が現れたとしても、誰も驚かないだろう
「比較的従順で、大人しい性格のお方です。若に歯向かうなど、なさらないかと想います」
他は、今も末森に留まっていると言うことは、少なくとも市弥の息は掛かっているだろう
「なら、那古野の叔父を後見人に、喜蔵を守山に置く。なつ、至急手配しろ!」
「はい」
織田の男達のことなら、自分よりもなつの方が詳しい
帰蝶は口出しせず、なつに従った
「肝心なのは、ことの顛末をよく知る人物を手に収めておくことです」
「と言うのは?」
局処に戻る道すがら、なつは帰蝶に言った
「張本人である孫十郎様が行方知れずとなれば、それに代わる人物を側に置いておかなければ、真実がどのように捻じ曲げられるかわかりません。それは若の進退にも影響します」
「なら、喜六郎様を射抜いた洲賀才蔵と言う者を保護しなくてはなりませんね」
「しかも、その洲賀才蔵は守山城に残っております。もしもその洲賀を末森が手に入れたら、どのような証言が飛び出すかわかりません。若の不信任にも繋がります。孫十郎様を守山城主に任命したのは若ですから、その責任を取らされるというのもあり得ない話ではございません」
騒乱の一日の始まりは、既に始まっていたのかも知れない
弘治元年十一月二十六日に起きたこの事件は、当日の内に信長と信勝の対立と言う形をあっと言う間に形成させた
秀孝の変わり果てた姿が遺骸として末森に到着すると同時に、信勝は軍勢を引き連れ守山城に侵攻
弥三郎と可成が末森に着いた頃には既に、信勝の号令で守山城下に火が放たれた後だった
信長は情報収集として清洲からは離れられない
馬廻り衆は末森に釘付け状態となってしまっている
そうなると、動けるのは一人しか居なかった

          どうしても行くんですね・・・」
散々説得させたが、決心の固い帰蝶を目に、なつは諦め顔で最後通告をした
「洲賀才蔵に保護の必要があると言ったのは、なつよ?」
「そうですけどね」
清洲城攻略時と同じ甲冑姿の帰蝶に、なつは軽く溜息を吐く
「血気盛んですね」
「そう言うのじゃないけど、末森に捕われて嘘の証言をされては困るもの。吉法師様が動けない以上、私が行くしかないでしょう?」
「吉兵衛!」
帰蝶から目を逸らさず、なつは吉兵衛を呼ぶ
「はい」
貞勝はすぐさま駆け付けた
「末森に参ります。次いで、軟禁状態にある弥三郎と三左殿の開放の交渉も行ないます」
守山城に攻撃を仕掛けないよう説得に行った二人が、末森による城下放火が行なわれている今の状況を考えれば、市弥によって帰してもらえていない状況にあるのは火を見て明らかであった
「同行なさい」
「はい」
「奥方様も、無茶をなさらないよう」
「ええ。勝三郎を借り受けます」
「どうぞ、ご存分にお使いください。何なら盾にして下さっても結構ですよ」
「っぷ・・・」
それは以前、自分も似たようなことを水野信元に言ったような気がして、帰蝶はこの雰囲気には似つかわしくない吹き出し笑いをした
信長は清洲に残って織田の情勢を沈静する
城の門でなつは南に、帰蝶は東に別れた

末森城の居間、出入り口の襖には大勢の男が見張りとして立っている
「大丈夫か?」
清洲に帰れない可成と弥三郎が、そこに居た
「ああ、なんでもない。そんなことより、ごめん。巻き込んじまった」
土田家の本筋の次男坊と、土田家を乗っ取った男の孫娘の対峙は、静かなものだった
去年の、信勝との対面よりは
「構わんさ。それに、私もすっきりした」
可成の言葉に、弥三郎は苦笑いする
「実家を奪われたままと言うのも、何かと因縁が生まれるものだな」
「そうだねぇ」
想い浮かぶ、市弥の顔
直接の面識はなかったが、それでも一応は父親である平左衛門と兄の平三郎を保護してくれた人物だ
嫌な印象は持ちたくなかった
だが、弥三郎の本能が危険な匂いを嗅ぎ取る
それが何なのかは、わからない
わからないが、このまま野放しにしておいては、いつか取り返しのつかないことが起きる
そう想わざるを得ないほど、市弥は野心溢れた顔立ちをしていた

信勝の軍勢が火を放ち続ける守山の城下に到着する
民は逃げ惑い、城も囲まれていた
「困窮一体、困ったわね。市街地で戦なんてできないし」
「かと言って、このまま放っておくわけには参りませんし」
「当たり前よ」
隣に並んだ恒興の言葉に、帰蝶は反発する
「周辺の寺に、被災した民の救護と保護を要請して」
「はっ」
「又助」
「はい」
「今直ぐ清洲に戻って、河尻と滝川を救援に来させて。今頃なつが末森で、喜蔵様を確保していると想うわ」
「そうなんですか?」
同時に分かれて来たのに、こんなにも早く行動できるものだろうかと資房は不審に想った
「なつほど仕事のできる女は居ないのよ?良いから、早く行って。尻を蹴飛ばされたい?」
「いいえ、行って来ますっ」
自分よりもずっと年上の、四十路を過ぎた男を相手にしても一歩も引かない帰蝶の気迫に押され、資房は慌てて馬を走らせた

同じ頃、帰蝶の読みどおり信時を確保したなつが、末森の城を後にした
弥三郎、可成開放の交渉は貞勝が行なっている
なつが末森に入ると同時に、まるで予め信長と打ち合わせでもしていたかのように佐久間信盛が既に信時を保護しており、後は連れ立って城を出るだけと言うところまで、段取りは済まされていた
この日の午前に起きた事件であるのに、昼過ぎには次の城主が決まり、その移動の最中に差し掛かっている
「おなつ様ー!」
守山に近付こうかと言う辺りで、向うから軍勢を引き連れた秀隆が迎えに来た
「河尻殿。救援ですか」
「奥方様の要請で」
「それで、守山は」
「未だ争いの炎、沈下せず。と言ったところですが、城までの道筋は、奥方様が確保なさっておいでです」
「奥方様が?」
「凄いですよ。勘十郎様の軍勢を押してます」
「そんなことよりも、喜蔵様を一刻も早く守山城へ」
帰蝶が男勝りなのはとっくの昔に知っている
そんなことで一々驚いていては、帰蝶とは付き合えない
守山までは秀隆の黒母衣衆が先導し、城に着いてからは信盛の部隊が信時を守りながら入った
その間、帰蝶が、邪魔をしようとする信勝の軍勢を押し返す
「奥方様!」
小袖姿のまま、なつが駆け寄る
「なつ!あなた、なんて恰好で・・・」
驚くのは帰蝶の方であった
「母上・・・ッ」
息子の恒興も同様である
「勘十郎様との争いは、お避け下さい!まだ弥三郎と森殿が捕虜として、末森に捕らえられております!」
「何ですって?」
「交渉役に吉兵衛を置いて参りましたが、喜蔵様を守山城主に据え置くとなれば、当然、末森の妨害が起きます。御前様は三十郎様を守山城主にとご希望なのです」
「三十郎様を」
三十郎は信勝の次の弟である
生母は土田御前
誤射で死んだ秀孝の兄でもあった
「その要求を飲まないまま、こうして喜蔵様をお連れした以上、末森に残された二人の安否が心配です。どうか、あまり派手なことはなさらないよう・・・ッ」
                
このまま、末森を押し返して信時を城主に据え、何事もなく済ませられないものか
帰蝶は思案した
そうしている内に、信勝の放った火が守山城にまで迫る
「勝三郎!与兵衛!又助!」
「はい!」
「勝三郎は大手門から佐久間の軍勢の応援を!」
「はい!」
「与兵衛は城下の火を落とせ!」
「はい!」
「又助!」
「はい!」
「なつを安全なところへ」
「奥方様!私のことは         
「お前が無事でいなければ、今後末森との交渉に支障が起きる!」
                 ッ」
それは、初めて見る、『男らしい』帰蝶の表情だった
一瞬、胸がドキンと高鳴った
恒興は武将としての能力は高いが、今はまだ単独で動けるほど兵力があるわけではない
それを考えた上での、単独部隊である信盛の応援に回した
秀隆は黒母衣衆筆頭としての機敏さを買われ、素早く城下を動き回れる機動力を読んだ
資房は後詰としての能力も申し分ない
帰蝶は三人の能力を瞬時に判断し、適材適所で割り振った
こう言った素早い行動は、信長にも取れない
現場指揮の才では、悔しいが女の帰蝶の方が上だった
「久助の部隊が末森を押えている内に守山に入り、同時に洲賀の確保に当れ!見付け次第、保護、清洲に連れて行け!」
信長から借り受けた部隊の数は、限られていた
その限られた数の中で、確実に作戦を遂行できるよう配置する
「散れッ!」
「はっ!」
なつは、女として生まれながら、男としての能力に溢れた帰蝶を、ただ不憫に感じた

          この方は、女として一生を終えられる人生を、ただ穏やかに歩む方ではない・・・

そう、感じた
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◇◇11/19 Nintendo DSソフト◇◇
『トモダチコレクション』

おのうさま(帰蝶)とノブ(信長)が 結婚しました(笑

祝:お濃さま出演 But模擬専…     (戦国無双3)


おのれコーエーめ
よくもお濃様を邪険にしおってからに・・・(涙

(画像元:コーエー公式サイト)
オンラインゲームにてお濃様発見


転生絵巻伝 三国ヒーローズ公式サイト:GAMESPACE24
『武将紹介』→『ゲーム紹介』→『Exキャラクター紹介』→『赤壁VS桶狭間』にてお濃様閲覧可
キャラクター紹介文
絶世の美貌を持つ信長の妻。頭が良く機転が利き、信長の覇業を深く支えた。
また、信長を愛し通した一途な妻でもあった。

(画像元:GAMESPACE24公式サイト)
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濃姫好きとしては、飲めなくても見逃せない

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本醸造 濃姫
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吟醸ブレンド 濃姫® ブルーボトル=自然の香りのお酒です。ほんの少し喉を潤す程度でも香りが深く体を突き抜けます
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お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
奇跡のお酒です
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清洲桜醸造株式会社公式サイト

濃姫の里 隠し吟醸
フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます

清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
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