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2ちゃんねるで随分前に仕入れた話なんですが、長篠の戦の際だったか、奇妙丸こと信忠が、『御台様』宛てに手紙を出したことがあるんだそうです
内容からして「父上が母上に報告の手紙を書けと言うもので」みたいな感じなのだそうです
その現物があれば嬉しいんですが

今日、何の気なしに奇妙丸の名前を思い浮かべながら、信長の年譜を載せているサイトを眺めていますと、帰蝶を『奇蝶』と書いているのがありました
美濃国諸旧記を調べたかったので検索してたら、探したいものは中々見付からず光秀関連のものばっかりクリーンヒット
その中で信長の年譜を製作してるサイトが数多くありまして、結婚したのが1548年とか1549年とかふたつあって、どっちがどっちやら
しかし1548年は織田家は戦をしている最中(斎藤ではない)なので、花嫁を迎え入れてる余裕があるのか?
などと考えながらみてますと、今日お邪魔したところも名前の表記が『奇蝶』となってるところがありました
これは結構以前から見掛けているのですけど、誤記なんでしょうか、それともサイト管理人様は「これだ」と想って書いてらっしゃるんでしょうか
美濃国諸旧記では『帰蝶』とされているようですので間違いはないと想いたいんですが、もしも当時の人々が、中には『帰』蝶を『奇』蝶と想い込んでる人が居るのだとしたら、それってこじつけですが『織田奇妙丸の母親は斎藤帰蝶』ってことで、混同してるんでしょうか
それで二人の名前をカタカナにしたら

ョウ
ョウ

わたしには同じ名前に見えました
当時はカタカナも普通に使われていましたので、漢字や平仮名ばかりではなくカタカナで「キチョウ」や「キミョウ」と記される場合もあったのではないでしょうか
それに崩し字が普通の書き方ですので、「チ」が「ミ」に見えたり、「ミ」が「チ」に見えたりしませんか?
同じ三画ですし、ただの偶然でしょうか

奇妙丸が生まれた年、父・信長は出来の良い弟との争いで、家の中が大変な騒ぎでした
清洲城も落としたばかりですので、まだ完全には安定してなかったと想います
そんな頃に生まれた嫡男
誰よりも大事だったと想います
そして、これは完全にわたしの想像であり、それ以外の何物でもないのですが、奇妙丸の母は、やはり帰蝶なのではないかと、そんな希望が見えました
正妻実子は側室の産んだ子より、比べようのないほど価値のある物です
まぁ、徳川家康はそんな大事な跡取りをあっさり殺してしまったので、正直わたしの推測ですけど
しかし、正妻実子と側室実子を並べたら、どちらの優先順位が上かと言われたら、やはり正妻実子ですよね
信長は、正妻実子である奇妙丸を暗殺などの類から守るために、生母不明としたのではないかと、ネタになるような話を空想しました
「側室が産んだ子だから、換えはいくらでも利く」としてしまえば、『殺す価値のない子』を危険を冒してまで態々殺しに来るやつは居ませんよね

信長の子は他にも大勢居たのに、誰一人信長の跡取りにはなりませんでした
(信雄は信長の跡取りと言うよりも、『織田家』そのものの跡取りであり、実際意味合いは違うかな?)
信長の後取りは奇妙丸ただ一人だった
あるいは、同席して同じく戦死した信房(幼名・坊丸)も信忠に次ぐ地位に居たので、もしもこの二人が実際に帰蝶の息子だったなら、『母親のことを書き残せる息子が居なくなった』ので『帰蝶(濃姫)の史跡が残らなかった』ってことでは
子供が居なくても、他にも養子をもらえたのに、そうしなかったのは何故か
秀吉の妻・高台院のように、家臣の娘や息子を養子にもらったという話が残っていない以上、IFではあるけれど帰蝶はちゃんと子供を産んでたんじゃないのかなと推測します
養子をもらわなかったのは(信忠の話は省きます)、子供が居たからに他ならない
その子供が誰なのかとなれば、やはり信長存命中から権力争いに巻き込まれたくなくて、ひっそりと静かに暮らしていたとか
二人の間に娘が存在するそうですが、娘がいるとしたら冬姫かなぁ
信長は家臣に多くの娘を嫁がせてますが、その中で特に気に入っていたのが蒲生氏郷だそうですので、自分の気に入った男に自分の愛娘を嫁がせて、な感じで、信長の「パパ馬鹿」振りが垣間見れます

帰蝶と奇妙丸がどんな風に暮らしたのか、それもさっぱりわかりませんが、仲の良い親子だったんじゃないかなぁと
それと、帰蝶の物ではないかと見られているお墓が、京都の大徳寺総見院にありますが、実は大徳寺は二年前に石田三成のお墓(非公開なので、門前までしか見ていない)を探しに行ったついでにぐるっと一回りしたんですよね
総見院は三成のお墓のある三玄院の斜め向え
帰蝶とはニアミスだった・・・!
ちなみに細川ガラシャと出雲の阿国さんのお墓は見て来ました
何の気なしに入ったら、そこにあった・・・って感じで
また時間があったら、今度はちゃんと帰蝶さんのお墓を見てみたいと想います
それにしても、物語では大層信長に寵愛されていたらしいお鍋の方の墓が、自然石みたいなのがぽんと置かれてるだけなんて、やはり正妻と側室の格の違いがはっきりしますね
なんだか淋しいです

なにはともあれわたしは今日も、「帰蝶が信長の最愛の妻だった」と信じて疑わないのでした
めでたし
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おのれコーエーめ
よくもお濃様を邪険にしおってからに・・・(涙

(画像元:コーエー公式サイト)
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転生絵巻伝 三国ヒーローズ公式サイト:GAMESPACE24
『武将紹介』→『ゲーム紹介』→『Exキャラクター紹介』→『赤壁VS桶狭間』にてお濃様閲覧可
キャラクター紹介文
絶世の美貌を持つ信長の妻。頭が良く機転が利き、信長の覇業を深く支えた。
また、信長を愛し通した一途な妻でもあった。

(画像元:GAMESPACE24公式サイト)
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お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
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濃姫の里 隠し吟醸
フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます

清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
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