忍者ブログ
濃姫擁護しか頭にないHaruhiが運営しております / Haruhiの脳内のおよそ98%は濃姫でできております / 生駒派はReturn to the back.



[207] [209] [208] [211] [210] [212] [213] [215] [216] [214] [217
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

煌びやかな残酷さ
血塗られた栄光

捻り伏せられた矜持
奪われた未来

          土岐頼遠がこの世に残した物
美濃の美国と、一振りの太刀

古、名を残した者を『英雄』と呼んだ

道三が土岐家から奪った『兼氏』
それは太平記の時代、美濃を統一した土岐家の親子鷹・土岐頼貞と土岐頼遠の二代に渡った名刀である
その兼氏が今、父の手元にない
稲葉一鉄良通から聞かされた
「象徴とまでは言えなくとも、土岐太刀兼氏を手放すと言うことは、先達頼貞様、頼遠様の実績を無視する行為です。見過ごすわけには参りません」
土岐の土地を大事にすることで、土岐家の旧家臣らを傅かせていられるそれを手放してしまえば、土岐家の家臣らが黙っていない
この一鉄自身、古くから土岐家の重臣である
言葉を聞かないわけには行かなかった

「父上」
義龍は事の真偽を確かめようと、廊下をゆく道三に声を掛けた
「最近、兼氏を見掛けませんが、どうなされました?」
面倒臭そうにこちらを振り向く道三に、義龍は気を悪くしながらも問い掛ける
「お前の知るところではない」
「ですが、兼氏は特別な刀だと仰ったのは、父上ですよ?土岐の宝刀、よもや失くされたとは仰いますまい」
「きちんと管理しておる」
「本当ですか」
                
それに答えず一瞥すると、道三は行ってしまった
父の背中を見送りながら想いを巡らせる
兼氏を見なくなったのは、確かな日付は確認できないが、妹・帰蝶の婿、信長と会見した後だと想われた
つまり         
父は他人に土岐の宝刀を譲渡したのだろうか
まさか
人の良い義龍ですら、よもやなことを考える
父は織田信長に自分の後を継がせるつもりか
息子ではなく
娘婿に
猜疑心が義龍を襲った
残酷なまでに、容赦なく

娘婿の信長から、援軍を頼まれた
年が明けたら今川方の砦を攻め取ると
なんとも期待を持たされる言葉であった
信秀が死んでから、織田も今川も目立った動きをしていない中で、その今川を攻めると言う
それだけではなく、『取る』と言う言葉の持つ頼もしさに、道三は自分の目が狂っていなかったことを確信し、胸を張りたい気分になった
それに引き換え我が倅は、と、明るくない将来に気落ちする
大事に育て過ぎたか、闘争心と言う物が著しく欠け、何処となく日和見な気質も窺えた
娘婿とは全く正反対さに余計心を煩わせる
一度きりの会見に道三は、信長の反骨神を嫌と言うほど見せ付けられ、城に戻って愚息のやる気のなさに落ち込んだ
義龍の顔を見て気持ちが削げる想いで表座敷に入る
そこには『土岐美濃三人衆』と呼ばれた有力国人の一人、安藤平左衛門尉守就が待っていた
「ご用とは」
三人衆の中で一番の年長者であるため、誰よりも戦を重ねて来た人生を送っている
婿の助けには充分なるだろう
そう考えての選抜であった
「来年の春にでも、帰蝶の婿の援軍に出向いたもらいたい」
「姫様の?」
『姫様』と言っても、そう親しい間柄でもない
安藤ら三人衆を始めとした土岐家旧家臣は、道三の軍門に下って間もなく帰蝶が嫁に行っているのだから、斎藤家の譜代に比べれば関係は浅かった
だが、『尾張一のうつけ』と称される男の許に嫁いだ、『哀れな姫君』の顔を見るのも一興かと浮かぶ
「承知しました。では、早速仕度を」
「頼んだぞ」
「はっ」

道三が安藤派遣の手筈を整えている間、信長にも準備が必要だった
「前回良いところのなかった叔父貴にも、顔立てさせなきゃなぁ」
と言うことで、叔父・織田孫三郎信光に指揮官を依頼する
大叔父・織田玄蕃允秀敏は清洲の警戒として、持ち城を離れるわけには行かない
舅からも援軍を借り受けることを承諾してもらった
後は、帰蝶を連れて・・・と、なつを説得に掛かるが
「駄目です」
一言で切り捨てられる
「だけどなぁ、今回は今川相手だからさぁ」
「ですから尚更、そんな危険な場所に奥方様をお連れするなんて以ての外だと申し上げてるんです。何度も同じことを言わせないで下さい」
「そこをなんとか、頼む」
「駄目な物は駄目です」
「帰蝶が居た方が、軍略も捗るんだよぉ」
「駄目です。ご自分の戦でしょう?ご自分で何とかなさいませ」
「これ、この通り」
拝み倒すが、なつは決して首を縦には振ってくれない
「なつぅ~」
甘えた声を出し、なつの肩を揉み始めて機嫌を伺う
「お?凝ってますなぁ。毎日ご苦労さん」
「苦労掛けさせてるのは、何処のどなた様でしょうねぇ?」
「誰だ誰だ、そのうつけは」
「若と奥方様でしょう?」
                
なつは自分を決して『殿』とは呼んでくれない
なつにとって『殿』と呼べる相手は、亡夫のみだと知っている
信長自身、それに対して気にしたことはないが、なつがまだ『若』と呼んでいる以上、自分はまだまだ半人前なのだと言うことだけは自覚していた
尚更、武功を上げたい
「まぁ、それに関しては今後改める方向でと言うことで」
「方向ってなんですか、方向って」
「お?ここも凝ってませんか?」
と、信長は身八つ口から無理矢理手を突っ込み、なつの乳房まで揉み降ろす
身八つ口のない小袖を着ている帰蝶には、決してできない行為であった
身八つ口があるかないかで、女の位が決まる
軽装のなつにはそれがあり、夏でない限り帰蝶は身八つ口の付いた小袖は着ない
そんなところから手を突っ込まれ乳を揉まれたら、女なら誰でも悶えてしまう
「あぁん・・・ッ」
つい、あらぬ声を上げてしまい、想わず信長の腹に肘鉄を入れた
「何をなさいます、若!なつの乳房が恋しくなりましたか?」
「いや、別に」
それから、「はっ」と我に返る
これではなつのご機嫌伺いにならない
「い、いや、そうだな、なつの乳房も恋しいか・・・。懐かしいな、お前の乳房」
「乳房乳房と連呼なさらないでください、恥しい。それに、私は若の乳母ではありますが、乳房を含ませたことなどございませんッ」
それもそうだ
なつは恒興を産んだことで信長の乳母にはなったが、信長と恒興は一歳年が違う
なつの母乳が出る頃には、信長は歯が生えていた
歯が生えた幼児に乳房を含ませることなどあり得ない
乳歯が生えればすぐさま離乳するのが世の倣い、なつがしたのは精々、生まれたばかりの恒興のついでに信長の襁褓(むつき)の世話をしていたことくらいなのだが、何故か世間はなつが信長に乳を与えていたと勘違いしている
それもしょうがなかった
生母である市弥よりも上手に、信長を扱っていたのだから
「兎に角、村木の砦には若一人で行ってください」
「無茶ゆうなッ!」
一人で行ったら、それこそバカだ
ガッカリしながら帰蝶の部屋に入る
「どうなさいました?随分しょげてらっしゃいますけど」
「これがしょげずに居られるか」
「なつは、なんて?駄目って言ってました?」
「お前に駄目って言われたら、余計やりたくなるけどな」
「何の話ですか」
「はぁ~・・・。折角美濃から三人衆の一人が入ってくれるってのに、お前連れてけないなんてよぉ~・・・」
ぼやきながら、帰蝶の膝枕で横臥する
「そのことで私も考えてたんですが」
「村木に行く妙案でも浮かんだか?」
「いえ」
一瞬、きらりと輝く信長の目が、帰蝶の返事でまた暗くなる
「今回、私はここに残ります」
「何でだよ」
「那古野に来るのが安藤だからです」
「その安藤ってのは何もんだ」
「土岐の譜代です。父が頼芸様を追放してから斎藤に付いた土岐の旧臣の一人ですが、そもそも美濃三人衆が斎藤に与したのは父が頼芸様のご嫡子左馬介頼次様、五郎左衛門頼元様を保護しているからです。お二方が斎藤に付いている限り土岐旧臣らも有事には動いてくれますでしょうが、信用できません」
「帰蝶・・・」
いつになく厳しい帰蝶の顔に、信長は毒気に当てられた
「私達が揃って織田を留守にしていては、その隙に誰が入り込むかわかったもんじゃありません。あなたが父の力を借りると言うのであれば、とことん利用なさってください。那古野は、私が守ります」
                
何故帰蝶がそう言い切るのか、信長にはわからなかった
妻には秘密がある

          お帰り、蝉丸」
その足首に巻かれている紙切れを、帰蝶は素早く外した
直後に、背後から信長に声を掛けられる
「伝書にでも使ってるのか?」
「良いですね」
笑顔で振り返り、平然と応えた

          殿と若の関係を乱している者が居ます

「これは確かなことですか?」
あの日帰蝶は夜遅くまで信長に拘束されていた
なつに話したのは、塙直政が那古野城を出た後である
「夕庵は信用できます。私の傅役でもありましたから」
信長は烏の蝉丸を伝書に使っているのかと聞いた
帰蝶は『否』と応えた
だが、帰蝶はこの世で最も愛する夫にも、本当のことは話していなかった
ずっと以前から蝉丸を伝書に使っていることを
これを知っているのは、なつだけだった
最も、帰蝶自身、夕庵からの密書を実際に読んだのはなつと共に局処に戻ってからであるため、信長からの情報を先に知ったことになる
「不安定な情勢である斎藤の介入を、許すわけには行きません。どこで末森と繋がりを持つか油断できないのですから、村木の砦の出陣はしません。吉法師様から要請が上がっても、断ってください」
「奥方様」
「私には、那古野と吉法師様を守らなくてはならない責務があります。それを放棄するわけには行きません」
「わかりました。若からどのような要請があろうとも、承諾いたしません。それでよろしゅうございますか」
「ええ、お願い」
女に生まれたことを惜しむ信秀の気持ちがわかる
帰蝶が間違えて女に生まれたことを、なつは嫌と言うほど感じていた
男が二歩三歩先の事を考えている間に、帰蝶は五歩も六歩も先の事を考えている
それを間近で見て来て、何度も唸らされた
女でも戦に出ることがあれば、この夫婦はどこまで武名を上げるのだろうか、と
          惜しい
なつでさえ、そう想うようになっていた

いつの間にか寝てしまった夫の頬をそっと撫で、愛しさの込み上げる瞳で見詰める
「あなたは、私がお守りします。安心して眠ってください」

政略で嫁いだ娘には、二つの使い道がある
一つは実家の間者として、嫁ぎ先の情報を伝えること
一つは嫁いだ家の骨となり、実家と共に繁栄すること
帰蝶は信長のために、織田の骨になることを選んだ
兄が自分に兼定を持たせたのは、「嫁ぎ先のために戦え」と言うことだと、帰蝶は受け取った
だからこそ、冗談で「嫌になったら帰って来い」と軽口を叩いたのだと
信長に逢い、信長の言葉を聞き、信長と肌を合わせれば合わせるほど、想いはどんどんと信長に傾倒して行く
まるで『信者』のように
その信長を守るためなら、帰蝶は実家ですら利用することを厭わなかった
夫のためになるのなら
ただその想いで、蝉丸を解き放つ

          父の目的は

短い文章を綴った紙切れを蝉丸の足首に結び付け、美濃に向って飛んで行く蝉丸を見送った
「散歩か?」
背後から夫の声がする
「はい」
何食わぬ顔をして振り返る
「小屋の中で暴れるものですから、なつが「煩い!」、って」
「ははは!さっき、悪戯してやったからな、気が立ってるんだろ」
「何したんですか」
「なぁに、ちょっと小袖の裾を捲ってやっただけだ」
「あなた、なつは一応まだ女なんですよ?もうちょっと気遣ってあげてくださいませ」
「あっはっはっはっはっ!」

数日後、蝉丸が戻って来た
なつと二人、夕庵の密書を開く
          これは・・・・・・・・・」
                
なつは息を呑み、帰蝶は目を見開いた

書かれていることは、夕庵自身、仮説だがと始まっている
父・道三が、夫・信長を自分の後継者にしたがっている・・・と
父と兄を争わせようとしている密謀者の名前は、わからない
だが、あの日、道三自ら『兼氏』を手渡したことが斎藤の中でも噂として流れ始め、そして道三が義龍を廃嫡したがっていると言う噂も流れている
それに対し土岐旧臣が俄かに殺気立っており、どちらに転んでも斎藤の破滅が待っていることに違いはない
夕庵はこう締め括っていた
斎藤と決別しろ、と

「奥方様・・・」
いつも平然とした態度のなつの顔色が青くなる
「首謀者が誰かわからないなんて、そんなことあるんですか?」
「夕庵は斎藤の深い場所に居る人物です。その夕庵ですらわからないと書いてあるのですから、本当に暗部での出来事なのでしょう。つまり、誰が敵で、誰が味方かわからないと言うことです」
「なら、道三様から送られる安藤殿が奥方様の敵か味方か、わからないと言うことですよね?」
「ええ」
「そんな人物を那古野に入れたら・・・」
「だからこそ、私が残るのです。吉法師様がお戻りになられるまで、片時も安藤から離れません。だから、なつ」
「はい・・・」
「私の側に居て・・・」
          勿論です」
自分をじっと見詰める帰蝶に、なつも真剣な目で見詰め返した

政略で、嫁いだ家を守ろうとする女は少ない
増してや、夫の盾になろうとする女は、もっと少ない
損得でしか勘定できない婚姻に、損得を越えた部分で守ろうとする帰蝶を更に守れるのもまた、自分しか居ないとなつは自負した

          殿
わたくしは、自分の持てる力の全てを以って、奥方様を
いえ、『美濃の鷹』をお守りします
ですからどうか、なつを見守っていてください
織田を守ろうとしてらっしゃる奥方様を、どうかお守りください・・・

半年を掛けて村木の砦が完成したのは、翌年天文二十三年の年明けだった
「随分と悠長に事を構えたな」
のんびりとしている間に、織田に攻められることを考慮しなかったのか
黙って見ていろと帰蝶の指示に従ったは良いが、考えようによっては世間に『織田は今川に舐められている』と宣伝しているようなものだった
村木に砦ができたことにより、今川方にも支城を必要とし、近隣の織田方重原城が落とされた
これには帰蝶も予想の範疇を超えていたらしく、自ら表座敷に乗り込む

「帰蝶」
「申し訳ございません、吉法師様」
顔を合わせるなり帰蝶は、家臣らの出揃う前であろうとも深々と土下座する
「この帰蝶、最悪の失態でございます」
「気にするな。まさか砦以外の城にも目を掛けていたなんて、俺も想像してなかった」
「砦が完成間近になって急に仕掛けて来るとは、想ってもおりませんでした」
「お陰で、親父の代にこっちの味方になってくれてる緒川城が、孤立しちまった」
「救援は」
「勿論、送る。緒川が今川に転んじまったら、折角親父が切り崩した三河の全部を持ってかれる」
「早く美濃に連絡を」
「もう送った」
「そう・・・ですか」
夫が自分を頼りにしていないことを知り、少しだけ落胆する
「帰蝶」
「はい・・・」
「舅殿の救援が到着次第、直ぐにでも出陣する。いつでも出れるよう、用意しててくれ」
「承知しました」
帰蝶はなつを連れ、信長の出陣の用意を急いで始めた

いくら賢い烏のこととて、蝉丸は伝書の訓練を受けていない
現に、迷わず夕庵の許へ辿り着くのに二年は掛かっていた
当然ではあるが、この日帰蝶が夕庵に密書を着けた蝉丸を飛ばしたとて、先に安藤が到着するのは目に見えている
だからこそ、帰蝶は敢えて急がぬ用件を封書にして、蝉丸に付けて飛ばした
「上手く行くでしょうか」
側ではなつが心配そうに空を見詰めている
「今川に味方が流れてしまわないよう、食い止めなくては。重原の山岡河内守は緒川の水野がこちらに付いたからと言う理由で、織田に与しているだけのこと。脆弱な関係ならば、あっさり向うに寝返るのも止められない流れなのかも知れない。流れを止められないのなら、変えてしまえば良いのよ」
「しかし、斎藤と婚姻で結ばれているわけではない遠山が、織田の味方になるでしょうか?東美濃の名門・・・なのでしょう?」
「永続的に味方になれとは、私も書いてないわ。今だけ加担してくれれば良いの。その後、遠山が織田を必要とした時に、こちらも返せば良いだけのこと。簡単でしょ?」
「ですが、若に内緒でそのような取り付けをして、構わないものでしょうか?」
「大丈夫よ」
嫌に自信たっぷりな返事をする帰蝶に、なつは自分でもしつこいと感じながらも食い下がる
「何故、そう言い切れるのでしょう。根拠は?」
「遠山の若は、義理に固くて意地っ張りだからよ」
「え?」
「困ってる人間は見捨てて置けないけど、自分が困ったって「助けてくれ」なんて、簡単に言わないの。与一様は」
「良くご存知なんですね、遠山の若様を」
「だって、鷹狩友達だもの」
          へ?」
帰蝶の返事に、なつは目を丸くして驚く
そんななつの表情が面白くて、帰蝶はつい吹き出した
花嫁修業で明智の世話になっていた頃、ふとしたことで遠山与一友通と鷹狩のことで争いを起したが、その後、二人は妙な友情で結ばれ、帰蝶が鷺山に入るまで時折親睦を深めるための鷹狩を楽しんでいた
対戦成績は七勝二敗と、帰蝶の圧勝だが
その与一に、帰蝶は夕庵を介して村木制圧の助力を乞うた
勿論、夫の功を尊重するため、手出し無用を念頭に置くが
そんな帰蝶と遠山友通の事柄など詳しく知らないなつはなつで、主・信秀と交わした会話を想い出していた

「あれをどう想う」
「鷺山の方様ですか?」
信長夫妻が帰った後、信秀に茶を持って来たなつは質問を投げられた
「良くは理解できません。理解するには、もっとじっくりと向き合わなくては」
「吉法師を手懐けたお前にもわからんのか?」
「殿。子供は素直な気持ちで向き合えば、いくらでも応えてくれるものです。ですが鷺山の方様は、立派な女性です。お腹には若の子も居ます。子供に接するのと同じ方法では、心を開いてはくれません」
「では、見た感じはどうだ」
「そうですね、お美しい方だと想います。若にお似合いと言えば、殿はお喜びになられるでしょうか」
「ははは」
心を見透かされたかと信秀は、弱く笑った
「しばらくの間、向かい合っただけだ。話すことと言えば、吉法師のことが殆どだった。なのにな、何故だろうか。倅のことを恍惚と話す嫁御殿に、嫉妬した」
「嫉妬?鷺山の方様にですか?」
「どっちだろうな。吉法師にか、嫁御殿にか」
「殿」
少年のようなな顔をする信秀に、なつは優しく微笑む
「恋を、なされましたね?」
「恋?」
なつの言葉に、信秀はキョトンとした
「鷺山の方様に。息子の嫁に」
          まさか」
「ですが、今、殿はとてもたおやかなお顔をなさいました」
                
指摘され、顔を引き締める
「尾張の虎と称されたあなた様の、心を動かしたお方なのです。常人に到底計り知れる人柄ではないのでしょう。だからこそ、若とも馬が合うのかも知れませんね」
「わしを真正面に据え置き、獲物を狙う鷹のような目をしておった」
「鷹のような目、ですか」
なつは軽く笑いながら言う
「なんとも頼もしい奥方様ではございませんか」
「そうだ・・・な」
「どうかなさいましたか?」
物悲しく俯く信秀に、なつは覗き込むようにして聞く
「いや」
それから顔を上げ、なつには目線を合わせず応えた
「嫁御殿を見ているとな、忘れようとしていた夢が色鮮やかに目を覚ましよる」
「殿の夢、とは?」
首を傾げるなつに、信秀は優しい目をして言う
「吉法師と二人、尾張を統一することよ」
「尾張を・・・」
そんな見果てぬ夢をと、なつは笑いそうになる
しかし
「そうすれば、六角に蹂躙されたお前の故郷を、取り返せるかも知れない」
                
なつの目が見開かれた

なつは南近江の生まれであった
六角は佐々木の出自であり、南北朝時代から佐々木の支配は今も続いている
弱肉強食とは言え、多くの家が台頭した六角に飲み込まれ、抵抗する家は無慈悲に潰された
なつの実家も六角に抵抗していた家だったため、父は自分を逃がすために遠く尾張まで嫁がせた
なつの祖母が織田の出身だった縁を頼っての婚姻であり、嫁ぎ先が同じ『池田』性であるのは全くの偶然である
なつが尾張に入る際、同じ近江の出身者を何人か伴って嫁ぎ先に入った
実家が六角に攻められたのは、その直後である

尾張の統一
そして、故郷への帰郷
夢見ることを諦めていた生まれ故郷の山々を、胸に想い浮かべる
もしかしたら         
「支度を始めましょうか」
この方なら、その夢の第一歩を踏み出してくれるかも知れない
「はい、奥方様」
あの果てしない水平線を波立たせる湖を、もう一度、見れるかも知れない
帰蝶はなつにそんな期待を持たせた

息子勝三郎恒興を産んで直ぐ、夫が病に倒れ死別した
戻るべき実家は六角に潰された
なつには帰れる場所がなかった
そのなつに救いの手を差し伸べたのが信秀である
「聞かん坊な倅を持っている。世話ができるか」
夫は信秀の家臣だったこともあり、多少なりとも信秀とは面識があったことが幸いしたか
あるいは祖母が織田の出身だと言うのがなつを救ったか
なつはやんちゃ盛りだった信長に気に入られ、乳母に収まり、その後才を愛され信秀の側室に上がることになった
帰る場所のないなつにとっては、生きることそのもので必死だった
信秀の寵愛を独り占めしようなどと言う愚図なことは、考え及ばない
亡夫の忘れ形見である恒興を育てることで精一杯
そして、母親の愛を受けられない信長の世話で一日が終わった
恒興が乳離れをした後に信秀との間に娘を儲けたが、その娘は末森に預けられている
信秀の残した幼少の子の殆どが、『人質』として土田御前の手元に居るのだ
自分の娘だけ特別と言うわけには、行かないだろう
          若が尾張を統一したら・・・・・・
失われた故郷も、取り上げられた娘もこの手に戻るだろうか
そう、夢見ずには居られなかった

年が明け、美濃から道三の名代として安藤守就が那古野入りする
「帰蝶姫婿殿の助けになるよう、最善を尽くすようにと申し付けられております。どのようにでもお使いくださいませ」
「ありがたい申し出、痛み入る。どうか構えず、知恵も拝借したい」
「は」
上目遣いに盗み見るように、信長をちらりちらりと眺める
顔立ちはさすがに良い方だろう
中々の好青年でもある
義龍と比べてどうかと聞かれれば、即答はできない
ただ、噂に聞く『尾張一のうつけ』と言う印象は、薄かった
「長く里帰りしていない妻に、今の美濃の話を聞かせてやってくれないか」
「承知しました」
村木砦と重原城に挟まれ孤軍奮闘中の水野藤四郎信元には、援軍を向わせる予定があると励ます
自分が到着するまでの間、何とか持ち堪えてくれと言う祈りにも似た想いだった
守山城の叔父・織田信光に出陣要請を出し、末森の勘十郎信勝にも同様の要請書を送る
その上で、信長は守就に那古野留守居を頼んだ
「ならば、安藤殿は那古野留守居をお願いしたい」
          留守居、ですか?」
当然、戦に出るものと一千の兵を引き連れた守就の顔がポカンとなる
「那古野はわしの大事な居城だ。大事な妻も居る。ここを留守の間に落とされてはかなわんからな」
そう言って笑う信長に、守就は益々訝しげな顔付きになった

守就の到着と同時に、信長は出陣の仕度をする
「長く待たせていたからな、水野も首を長くして待ってるだろう」
「水野は松平とは縁の深い一族。なんとしてでも緒川を守ってください」
信長の身に鎧を纏わせながら、帰蝶は確認するかのように言う
「ああ。緒川を守れば、少なくとも今の松平の当主に恩が売れる」
「松平当主松平竹千代元信様のご生母様のご実家。女にとって実家は大事な存在です。心の拠り所と申しましょうか、実家を失うと大きな喪失感に襲われます。それを回避できれば、今後の今川との遣り取りも多少は楽になるかと想います。どうか、奮戦なさってくださいませな」
真剣に、と言うわけでもなく、ただ他愛ない話をしているかのような、そんな軽い雰囲気だった
「そうだな」
だが、帰蝶の想いとは裏腹に、信長にも想うところがある
          お前も・・・
と、自分の出陣の仕度を手伝う帰蝶に目をやった
妻の実家も、身内同士の争いが起きようかとしている
その心中を考えれば、単純な問題ではないことくらい男の信長にもわかる
自分もその一つなのだから
諍いの原因となり得る弟・勘十郎と村木砦攻略で協力し合い手を組むことは、即ち、周辺には『兄弟間の争いはない』ことを宣伝するようなものだった
ただ自分の場合は同じ身内同士と言っても、どちらが負けても『織田』の家は残る
妻の場合も、父と兄のどちらが負けても、『斎藤』の家は残る
自分と妻が違うのは、『嫡男』の座を失うか、『実家を失うか』の違いで、父道三が負ければ帰蝶は自動的に実家を失うことになるのだから、自分よりもこの戦に対する想いと言うのは強いだろう
尚のこと、自分の目で戦の勝敗を知りたいだろうに、それでも那古野に残ると言ってくれた妻には感謝の想いしかない
絶対に勝ちたい
絶対に負けられない
強い決意を胸に抱き、信長は用意された馬に跨った
この日信長を乗せるのは、帰蝶の愛馬『松風』

「松風。私の旦那様を守ってね。守ってくれなかったら、馬刺しにしてやるから」
途端、松風が激しく嘶いた
「おいおい、帰蝶。松風まで脅してどうするんだ」
信長の笑顔に、帰蝶も笑顔で応える
「吉法師様。ご健勝を、お祈りしております。負けて帰って来たら、承知しませんからね」
「わかった、必ず勝って帰って来る」
言葉には魂が宿る
不安を感じさせない、『勝って当たり前』と言う気概を持って言葉にした

信長隊が那古野城を出発し、残った帰蝶は安藤を監視するためなつと共に表座敷に向った
共に歩くのは、同じ近江出身の村井吉兵衛貞勝
なつの実家に同じく六角氏に生まれ育った郷を攻め込まれ、各地に散った一族の一つである
貞勝の父がなつの父・池田政秀に仕えていた経緯があり、それを頼って尾張に逃げて来た
貞勝の到来に実家を失ったことを知り、なつの心の傷は計り知れない
自分を愛してくれた父や母の墓すら、この手ではどうにもできなかったのだから
そんな心の暗雲にいつも光を差してくれるのが帰蝶だった
「斎藤に那古野の干渉をさせないこと。これが大前提です。なつ、村井殿」
「はい」
二人は揃って返事する
「心して掛かってください」
「はい」
「承知しました」

安藤の来訪より遅れること数刻後、夕庵の許に送った蝉丸が帰って来た
足首に巻かれた紙切れを手に取り目を通す
書かれてあることに傍らでは安堵し、傍らでは緊張感を持つ
「間者を送ります」
それは誰のことなのか名前は書かれていない
しかし、守就の部隊に紛れさせたと書いてあった
「あちらから接触して来るのを待てと言うことでしょうか」
「だけど、その間に安藤がどこと接触するかわからない以上、目を離すわけには行かないわ」
「しかし、四六時中張り付いていては、武井様からの間者には逢えません」
「どうすれば・・・」
帰蝶となつが思案している最中、同席していた貞勝が間に入る
「ならば安藤殿の接待は、この吉兵衛にお任せください」
「吉兵衛・・・」
「頼めますか」
「はい、他ならぬ奥方様のためと想えば、なんら苦にはなりません」
「お願いします」
「承知しました」

夫は外で戦をしてた
妻は城の中で戦をしていた
其々の想うところに素直に
そして、痛ましいほど苛まれながら、己の在り方を問うための戦に身を投じる

天文二十三年、一月
時代は英雄を欲していた
PR
この記事にコメントする
name
title
mail
URL
comment
pass   
Secret
濃姫(帰蝶)好きの方へ
本日は当サイトにお越しいただき、ありがとうございます

先ずはこちらのページを一読していただけると嬉しいです→お願い

文章の誤字・脱字が時折混ざっております
見付け次第修正をしておりますが、それでもおかしな個所がありましたらお詫び申し上げます

了承なしのリンクは謹んでご辞退申し上げます
管理人の独り言も混じっております
[11/04 Haruhi]
[08/13 kitilyou]
[06/26 kitilyou命]
[03/02 kitilyou命]
[03/01 kitilyou命]
ゲームブログ
千極一夜

家庭用ゲーム専用ブログです
『戦国無双3』が絶望的存在であるため、更新予定はありません

◇◇11/19 Nintendo DSソフト◇◇
『トモダチコレクション』

おのうさま(帰蝶)とノブ(信長)が 結婚しました(笑

祝:お濃さま出演 But模擬専…     (戦国無双3)


おのれコーエーめ
よくもお濃様を邪険にしおってからに・・・(涙

(画像元:コーエー公式サイト)
オンラインゲームにてお濃様発見


転生絵巻伝 三国ヒーローズ公式サイト:GAMESPACE24
『武将紹介』→『ゲーム紹介』→『Exキャラクター紹介』→『赤壁VS桶狭間』にてお濃様閲覧可
キャラクター紹介文
絶世の美貌を持つ信長の妻。頭が良く機転が利き、信長の覇業を深く支えた。
また、信長を愛し通した一途な妻でもあった。

(画像元:GAMESPACE24公式サイト)
勝手にPR
濃姫好きとしては、飲めなくても見逃せない

岐阜の地酒 日本泉公式サイト

(二本セットの画像)
夫婦セット 吟醸ブレンド(信長・濃姫)
本醸造 濃姫
カップ酒 濃姫®=爽やかな麹の薫り高い、カップとは想えない出来上がりのお酒です
吟醸ブレンド 濃姫® ブルーボトル=自然の香りのお酒です。ほんの少し喉を潤す程度でも香りが深く体を突き抜けます
本醸造 濃姫®=容量的に大雑把な感じに想えて、麹の独特の香りを抑えたあっさりとした風味です

今現在、この3種類を試しておりますが、どれも麹臭い雰囲気が全くしません
飲料するもよし、お料理に使うもよし
お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
奇跡のお酒です
何よりボトルがどれも美しい

清洲桜醸造株式会社公式サイト

濃姫の里 隠し吟醸
フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます

清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
ブログ内検索
ご訪問、ありがとうございます
あまり役には立ちませんが念のため
解析

Copyright © Haruhi … All Rights Reserved. / Powered by NinjaBlog ・ Material By 苑トランス , KOEI

忍者ブログ [PR]