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「安藤様が、奥方様の兄上様と?」
やはりと言うべきか、帰蝶の目の確かさに驚くべきか、なつは普段から帰蝶には驚かされっぱなしだが、それでも飽きずに目を丸くさせた
「どのような糸口が?」
「三左を欲しいと言ったら、兄様が許さないと簡単に答えたわ。父が斎藤家の全てを握っているわけではないと、遠回しに教えたようなものね」
「それでは、これは斎藤家の中に居る土岐家旧臣の謀反でしょうか」
「兄を担ぎ上げて、気に入らない父を追い出すためだけなら、話は簡単よ。父を見限って兄に付けば、織田は救われるもの」
「父上様を見限るだなんて・・・」
帰蝶の言っていることは正しいが、気持ちが得心行かない
「でもね、それを吉法師様が許すかどうか。多分、父に味方するでしょうね。義父上様が亡くなられた時の吉法師様の取り乱し方は、尋常じゃなかった。やっと通い合えると想った矢先に、あんなことになってしまったのだもの」
「 」
それが原因で、帰蝶が流産したことは後になって聞かされた
お陰で末森では帰蝶への風当たりも強くなったが、自分を引き抜くことで女達の雑言も鎮圧させた手腕を持つのだから、そんな発言も特に抵抗もないのだろう
「だけどそれだけじゃ、この問題は解決しない。兄に付けば薄情者と、斎藤だけじゃなく織田からも反発を食らう。かと言って、吉法師様ならきっと、父に味方する方針を出すはず。父に付いても勝てる見込みは少ないでしょう。安藤が兄様に付いたと言うことは即ち、他の美濃衆も兄様に付いてる筈。美濃衆なくして父様の擁立は難しいわ」
「どちらに付いても、織田は若と勘十郎様の二つに分断される?それじゃ、斎藤と同時にと言うことでしょうか」
「斎藤を分断してしまえば、織田も等しく分かれるでしょう。この謀略の首謀者は、それを狙っているのよ」
「なら、その首謀者は斎藤側の人間か、あるいは織田側の人間か特定できないってことですよね」
「特定されては、謀略の意味がない。三左はそれを言っていたのよ。該当する人間は大勢、だけど特定する人間は該当者なし。なるほど、上手く考えたものね」
「奥方様・・・」
「誰もが疑わしく、誰もが潔白を証明できる。腹が立つほど良く練られているわ」
悔しさに、帰蝶は指先を噛み締めた
木田城に到着した織田軍がここで台風に見舞われ、その最中水野藤四郎信元と謁見した
信長個人としては、この台風に紛れて村木砦を攻撃したいと言う意志はあるのだが、水辺に建つ砦を攻略するにはこちらの被害の方が大きいと、叔父・信光に止められ、敢えなく断念
翌日、まだ雲行きの怪しい中を今川方寺本城、藪城を抜け、中立の立場である佐布里城を通過して緒川城に寄る
ここで軍勢を整えると、信長、信勝は陸路を、信光と信元は石ヶ瀬川に水路を取り、村木砦を攻撃したのが二十四日の早朝のことだった
一斉攻撃に慌てた砦は、初めこそ有利に立ってはいたが、徐々に巻き返され、退路まで遮断されなす術を失い、信長はこの日の夕方過ぎには村木砦を攻略した
その際、多くの小姓が信長の代わりに命を落としたが、信長自身は無事で、信勝ら援軍組の何れも無傷で戦は終わった
「又助」
「はいっ」
側に居た弓隊の男に、信長は馬の上から声を掛けた
「お前、馬は得意だったな」
「はい、殿には遠く及びませんが」
「世辞は良い。今直ぐ那古野に戻り、帰蝶に知らせろ。村木は落とした。その後、今川が入って来れないよう、藪と寺本も攻略するから、帰りは明後日になると」
「はい、承知しました」
雨でぬかるんだ陸路を走り続けていた所為か、信長も泥まみれの状態だった
本音としては、このまま真っ直ぐ城に戻りたい心境だろう
だが、それだけで安心できない状況の中、信長は今川が侵攻できないよう進路を塞ぐつもりでいる
これに叔父も弟も反対する理由がなく、軍勢はこのまま三河に留まった
「遅い!」
戻るなり、帰蝶の怒鳴り声を受け、弥三郎は身を竦ませた
「どこで油を売っていた?ん?」
「酷いなぁ、奥方様・・・。これでも弥三郎、必死になって走ったんですよ?」
「聞けば木曽川は氾濫など起していないそうだな?なのにどうして三日も掛かるのだろう」
「何ででしょうねぇ」
「弥三郎」
「はい」
「正直に言え。言えば首は助けてやる」
と、やおら兼定を抜き、弥三郎を脅す
「まぁまぁ、奥方様。若もまだお戻りにはなってませんし、一応は間に合ったのですからもう許してあげましょうよ」
「さすがおなつさん、太っ腹」
助け舟を出すなつに、弥三郎は調子の良いことを言う
「弥三郎。皮一枚剥ぐので勘弁してやる」
「ひぃぃ~・・・!」
「奥方様」
苦笑いしながら、兼定を振り上げる帰蝶の手を掴む
「それより、首尾はどうでした」
「はい、なんとか密かに逢うことはできました。先に蝉丸を放したので、あちらから場所を指示してくださって」
「それで?」
答えを急ぐ帰蝶が、間を割る
「織田も新体制のままでは軍事面も脆いので、なんとかして森様を引き抜きたいと申し上げましたら、斎藤様も承諾してくださって」
「と言うことは、成功したということか」
「はい」
「ならば先にそれを言え」
「すみませんねぇ・・・」
口煩い奥方だと、弥三郎は内心舌を出す
「これで、武井様との密約も果たせますね」
「後は恵那を無事、こちらに移すだけね。それに兄様が勘繰らなきゃいいのだけど」
「それで気になることが一つ」
「何?」
帰蝶は弥三郎の顔を見て聞く
「うちの親戚の、可児の土田なんですけど」
「何か動いたの?」
「明智に対し、挙兵の動きあり」
「 」
やはり、と、帰蝶が伏目になる
「どうも長井と通じてるみたいですよ」
「長井・・・。うっかりしていたわ」
「道三様のご実家ですね?」
「ええ。長井は完全に父の側に付くとばかり想っていたから、想定していなかったわ・・・」
「では、長井家と道三様が対立?益々ややこしい話になりますね」
「土岐や兄上、末森織田だけじゃなく、長井まで・・・」
「正しく、四面楚歌」
その意味を知っているのかどうかはわからないが、弥三郎の言い回しが面白くて、帰蝶はこの場に相応しくないほど大笑いした
「奥方様」
それをなつが窘める
「面白いことになって来たじゃない。長井まで参戦するとなれば、父の味方は明智しか残らない。明智も土田に領土を取られては困るでしょうからね、父とは合流できないでしょう。なら、『美濃の梟雄』と言われた父がどう対処するのか、見ものだわ」
「面白がってる場合ではないでしょう?それじゃぁ万事休すじゃありませんか」
「だからこそ、吉法師様だって誰に味方すれば良いのかはっきりするはずです。無理に父に味方して、こちらまで運命を共にする必要はないとわかるでしょう」
「奥方様・・・」
織田を守るために、帰蝶は自分の父を切り捨てようとしている
それは簡単に出た結論ではなく、悩んだ末の結果なのだろう
誰が望んで、親を見捨てたりするものか
実家を既に失くしたなつには、帰蝶の考えはある意味賛同できても、心のどこかでは否定していた
どちらも正しくて、どちらも間違っている、と
太田又助資房が戻って来た頃、信長は今川に加担している土豪で寺本城城主の花井勘右衛門信忠の城下町を放火し、それを脅しとした
その信長が那古野に戻ったのは、出陣してから六日目のことだった
「帰ったぞ、帰蝶!」
凱旋する自分を待ち受けていた帰蝶に、信長は張り裂けん声で名を呼んだ
「ご武運長久にて、真に祝着至極にございます」
「ああ。叔父貴殿が張り切ってくれたお陰だ」
「又助から聞いております。勘十郎様の働きも、充分だったとか」
「その勘十郎を連れ帰った。接待してやってくれ」
「承知しました。表座敷にて祝賀会の用意をしております。どうぞ、ご存分に羽根を広げてくださいまし」
互いに久方振りに顔を合わせる
その間の報告は後ですることになった
帰蝶も信長に話さなくてはならないことがたくさんある
森可成を引き抜いたことだ
信長が戻ったことで、当然守就は美濃に帰国しなくてはならない
その前に、信長から可成引き抜きの話をしてもらわなくてはならなかった
普段滅多なことでは入らない信長の自室に入り、小姓達から鎧を脱がされている信長に、その話をする
「森三左衛門?」
「使える男です。槍働きも充分、実績がございます」
「その男が、お前の実家の武井とやらと内通の役を買うというのか?」
「はい。三左の妻は美濃の出身。父親が今も斎藤に仕えておりますので、そこから美濃の情勢を手に入れます」
「それで、お前の目的は何だ」
多くを語らずとも、夫は一を聞いて十を知る男である
余計な能書きなど無用だった
「吉法師様もご存知の通り、斎藤の内紛についての詳細を知りたいと想っております」
「知ってどうする」
「事が起きた場合の対策に使えます」
「事とは、何だ」
「 兄の、謀叛です」
「 」
信長は帰蝶の口から直接それが聞きたかったのだろうか
下帯一枚の裸になり、その上から軽く小袖を纏う
それから湯殿に行って戦の垢を落とすつもりだが、信長は帯を巻かずに帰蝶に振り返り、そのまま腰を下ろした
「湯殿には?」
「後で良い」
「左様で」
「帰蝶」
「はい」
「お前は、それで良いのか」
「 」
信長の問い掛けに応えられない
「お前ら、ちょっと下がってろ」
信長は小姓達を部屋から出した
そして、話の続きを再開する
「森三左とやらを織田に引き抜く。これは簡単な話だ。俺も使える駒は一つでも多く持っていたい。お前が推奨する男なら、尚更歓迎できるだろう。だがな、その裏がお前の実家のごたごただと言うのが納得できねえ」
「吉法師様・・・」
「自分の実家の内情を、間者を使って手に入れるということは、お前自身、その実家と決別したことになるんだぞ?それで良いのか?」
「構いません」
「帰蝶」
「私にとって大事なのは、織田を守ることですッ」
責められ、帰蝶も感極まったのか
「あなたを守ることです!それ以外何もありませんッ」
「帰蝶、落ち着け」
「 すみません・・・」
顔を伏せる帰蝶に、信長は軽く鼻から溜息を零した
「心穏やかでは居られないのだろう?今の、お前の態度を見ても明らかだ」
「吉法師様・・・」
「お前は、織田を守れたらそれで良いのか。俺を守ることに身命を賭けているのか」
「当然です・・・」
「それで、お前の心は納得できるのか」
「納得しなくてはなりません」
「しなくてはならないとかの問題じゃなくて、できるのかと聞いてるんだ。無理なんだろ?だから、せめて俺や織田を守ることを重視しようとしている。その結果が、三左とやらの引抜だ。違うか」
「違い・・・」
真剣な信長の目に、誤魔化しは通用しない
「・・・ません」
「正直で結構だ」
「吉法師様・・・」
「結果はどうあれ、俺はお前の親父殿に味方する」
「吉法師様・・・ッ!」
それこそ、最悪の結果になりかねない
「どうか、お考え直しを・・・!兄は既に美濃三人衆を引きこんだ形跡がございますッ。その上、父の実家筋でもある長井も、可児の土田と手を組んで 」
「その伏線上にお袋が居るんだったら、尚更想い通りにさせて堪るか。お前の親父が負けると言うことは即ち、勘十郎に負けるのと同義だろうが」
「 」
「俺だって、負け戦なんかしたくねぇ。でもな、それを引っ繰り返す度量ぐらい、あるつもりだぜ?」
「吉法師様・・・」
「お前は何も心配すんな。お前の親父は、俺が守ってやる」
「 」
自分を抱き寄せる信長の胸の中で、事態が悪い方向に進んで行きそうな予感に襲われ、尚、帰蝶に不安を募らせる
できることなら、勝つ見込みの濃い兄に着いて欲しかった
そんな帰蝶の思惑が、見事に玉砕した
夫に決心を付けさせたのが自分のこの行動だとしたなら、なんと言う皮肉かと己を呪う
「お願い・・・、吉法師様・・・。どうか、お考え直しを・・・」
「くどい」
和解寸前で父親を亡くした信長には、誰の親であろうと『父親』と言う存在に、特別な想いを抱いていた
妻の父と言うことは、自分にとっても父になる
その『父』を見捨てることなどできなかった
これが信長の甘さであり、帰蝶が歯痒いと感じる部分でもある
物事の戦局を冷静に見る目の確かさでは、残念なことに帰蝶の方が、より『武士』に近い感覚だった
だからこそ、『織田が生き残る』道として、兄を選んだ
だが、夫は父を選んだ
実際に戦に出るのが信長である以上、自分の考えは通らない
どれだけ訴えても、夫は自分の出した結論を白紙に戻したりはしないことを、帰蝶は知っていた
帰蝶の使いで美濃に出向いていた弥三郎は、戻って報告に入るなりすぐさま、今度は清洲の兄・時親の許に追い遣られた
「人使い荒いっつーの。うちの奥方様」
「ははは。しかし、機敏に動けるようなお方じゃないと、吉法師様の伴侶は務まらんだろ。なんせ吉法師様そのものが、落ち着きのないお方だからな」
愚痴る弥三郎に時親は、軽く笑って受け流す
「それでよ、兄貴。奥方様がちょいと協力してくれって」
「なんだ?斯波で謀叛でも起こせと言うのか?」
「そんな大それたことやっちまったら、世間の風当たりがきつくなるだけだろ。そうじゃなくてよ、兄貴が仕えてる若様のことで」
「ん?」
「大きな声じゃ言えないんだけど」
「小さい声じゃ聞こえないだろ」
「上手い」
「良いから話せ」
なんでもない時の弟は面白いが、真剣な場面でもこれでは殴りたくなる
「森を?」
留守居の礼に訪れた信長の、次の言葉に守就は驚いた
「わしもまだ未熟ながら、一人でも多く優れた人材を抱えたいと想っていたところだ。森の承諾は既にもらってる」
「寝耳に水ですな」
「それは申し訳ない。だがわしも戦から帰ったばかりで、ゆっくり話す暇もなかった」
笑いながら言う信長に、守就は少し厳しい目付きで応えた
「ゆっくり話す暇もなかったものを、何故帰って直ぐ森殿を引き抜く話が持ち上がったのでしょうか。姫様の差し金ですか?」
「失敬な。いや、確かに帰蝶の助言あってのことだが、決めたのはわし自身だ。女房の指図で動いているわけではない。そこのところ、勘違いしないでもらいたい」
「 」
若いなりに態度は堂に入っている
『美濃の蝮』を相手にしても一歩も引けを取らなかったと言うのは、案外本当のことかも知れないと守就は想った
「しかし、急に欲しいと言われましても、私も預かっている立場上、「はい、どうぞ」と言うわけには参りません。先ずは殿の承諾を得なくてはなりませんから」
「それなら問題ない」
「は?」
何とか断ろうと考える守就に、畳み掛けるように信長は言う
「既に先方の承諾は得ている」
「はい・・・?」
守就の目が丸くなった
「舅殿からは、好きに使ってくれと返事をもらっている」
「 」
いつの間に、と、心を過る
帰蝶の命令で弥三郎が那古野を出発
木曽川は川幅が広いため台風による影響もなく、無事大橋を渡ることができた
清洲を抜ける時が一番緊張する
兄から先に根回しをしてもらっていたのが功を奏したか
大和守が傀儡にと言っても、尾張は斯波の国である
美濃が土岐の国であるように
が、問題はそれではない
どうやって道三に逢うかが一番の障壁であり、帰蝶から託された蝉丸が全ての命運を握っていた
「じゃぁな、頼むぞ、蝉丸」
帰蝶に言われた通り、稲葉山の麓から蝉丸を飛ばす
元々馬屋の倅である弥三郎には、一般人に扮装するのはお手の物だ
普段の服装を以前に戻せば完璧である
信長に仕えた当初こそ頭を月代に剃り上げてはいたが、今では「兜を被るわけじゃないから、元に戻しても良い」と言われ、また伸ばし始めた
ただ、他の髪と長さが合わないので、当時としては珍しい短髪頭にはなったが、これが意外と似合っていて、女房からの評判も良い
元々見栄えも良かったがために、美濃に入ってから蝉丸が戻るまで宿の女達が放っておいてくれなかった
「いやん、素敵なお方」と女から色目を使われては、黙っているわけにも行かず
こうして蝉丸が戻るまで女体を放蕩し尽くしていたわけなのだから、遅くなったことを正直に話すわけにもいかなかった
なんせ那古野に居る間、浮気は絶対できないのだから
女房は兎も角、菊子寄りの立場にある帰蝶から、どんな仕打ちを受けるかわからない
それはさて置き、蝉丸に持たされた書状の通り弥三郎は、密会の場に指定された伊那波(いなば)神社に出向いた
ここで帰蝶から預かっていた手紙を道三の側近である武井夕庵に手渡し、可成を要求した
これを仕組んだのが夕庵本人であるため「姫様の助けに」とでも口添えしたのか、道三は然程考えることもなく可成の織田家出仕を認めてくれた
こうして弥三郎はお役目を無事遂行することができ、尾張に戻ることになった
その弥三郎を別れ際、夕庵が呼び止める
年はもう五十をかなり越えているのだろう
顔の皮膚には深い皺がいくつも走っていた
道三が入道した際、多くの家臣も同列して帰依したらしく、この夕庵も頭を丸めている
まるで風流人のような空気を持った老人だった
「姫様は、お元気ですか」
年に合った嗄れ声だった
ただ、優しい雰囲気がする
「はい、頗るお元気で。お元気過ぎて城の者の誰も、奥方様には敵いません」
「そうですか」
まるで自分の孫の話でもするかのように、夕庵は終始笑顔を絶やさなかった
「強情っ張りで融通が利きませんが、心の真っさらなお方です。どうか、助けになってやってください」
「はい、承知しました」
「尾張国葉栗郡蓮台出身、森三左衛門可成にございます。以後、お見知り置きを」
信長の前で、可成が頭を下げる
「よろしく頼む、三左殿。帰蝶が随分お前を買っている。その働き、期待しているぞ」
「その期待を裏切らぬよう、精一杯努めさせていただきます」
「三左は、槍を持たせたら向うところ敵なし。大垣の織田を追い出すのにも一役買いました。吉法師様の期待を裏切るようなことは、決してありませんよ」
隣に座る帰蝶が、信長に微笑み掛けた
「何?大垣の織田軍を追い出したのは、お前か。成敗してくれる」
と、信長は冗談交じりで片足を立てる
相当肝っ玉が太いのか、可成は驚くこともなく大笑いして見せた
可成を那古野に置き、守就ら美濃衆は帰国することになった
ただ、守就は頭の良い人間だから、可成を欲しがっていたことを勘繰らなくては良いのだがと、祈りにも似た想いを抱く
「三左の妻、恵那をこちらに運ばなくてはなりません」
三左を他の家臣らに紹介するため、その後のことを秀隆に任せ、信長は帰蝶と二人きりになった
今後のことを話し合うためである
「三左夫妻は何処に住んでいる」
「以前仕えていたのが土岐ですから、革手の近くに」
「まだ、土岐に忠誠を誓っているのか?」
「そうではありませんが、長男が生まれた時期と重なってしまいまして、恵那を動かしたくても動かせず、結局古い住まいに居付いてしまっただけです」
「そうか。私生活では案外盆暗なのかも知れんな」
「酷い言い草」
信長の言葉に、苦笑いする
その帰蝶に、信長は想い出したように話した
「恵那と言えば」
「はい?」
「恵那の遠山の若君が来られてた」
「え?どこに?」
態と驚いてみせる
幸いなことに信長は、帰蝶のその思惑には気付かない
「刈谷だ」
「刈谷?鳴海に、ですか?もしかして」
「ああ、その通り。どうしてわかった」
「いえ、もしかしたら、村木砦攻略に紛れて、山口親子が動いたんじゃないかって想ったもので」
「そうなんだ。もう少しで邪魔されるとこだった」
信長は妻の勘の良さに感心するが、実際それを頼んだのが帰蝶本人なのだから、寧ろ夫の勘の良さに驚く
「どうなさったんですか?遠山の若様」
「いやな、村木砦の攻略中、背後をもう少しで山口に突かれるところだったんだが、間一髪でその遠山一族が鷹狩に来てな」
「鷹・・・狩ですか・・・?」
これにはさすがの帰蝶もポカンとする
「ああ。三河にまで鷹狩に来るとは、遠山の若君は相当鷹狩が好きなんだな」
「そうですね・・・、そこまでとは存じませんでした」
何やってんだ、あのバカ
と、内心では舌打ちする帰蝶
三方向から村木を攻撃している最中、鳴海城の山口が動いたことを知らされ、信長は一端村木から離れ迎撃しようと待ち構えた
ところが、鳴海の近くまで北上したところ、突然目の前に二千の軍勢が現れた
掲げた軍旗の紋は『丸九字』
「どこの家紋だ」
わからない信長は、素直に呟き
「東美濃の遠山ですよ」
と、隣に居た秀隆に教わった
「その遠山が、何しに来た」
これに対して応えられる者はなく、誰もがその先の成り行きを見守る
そうしていると遠山側から馬廻り衆の若武者が駆け寄り、信長らに告げた
「合戦中の慌しい中、お邪魔して大変申し訳ございません。美濃国恵那の岩村城城主、遠山与一景任様より伝言を承っております」
「なんだ」
「これよりしばらくの間、鳴海にて鷹狩を敢行したいとのこと。織田様側の邪魔は決してしませぬゆえ、どうか入国の許可を頂きたく存じます」
「許可って、もう入ってるだろ!」
余りにも唐突なことに、信長は笑うしかない
「獲物の少ない鳴海まで、何しに来たんだかわかんねぇが、町を荒らさないと誓えるんだったら好きにしてくれ」
信長の言葉に一礼すると、間もなく与一が現れた
帰蝶の知っている与一とは想えぬほど、立派な成長を遂げている
「織田の惣領、我侭を申し訳ない」
人好きしそうな笑顔であった
「某、美濃国恵那の遠山一門、遠山景任でございます」
「尾張国那古野の織田信長である」
与一景任が通称を抜いて直の挨拶をしたのだから、こちらも通称を省いた挨拶で返す
それは一目見て気心知れる仲として認め合った証拠であった
「これよりしばらく、鳴海の鷹狩を満喫させていただく。そちらはなんの気鬱もなく戦に励まれよ」
「 」
信長の目が丸くなった
和睦を結んだ相手でもなく、また、今まで付き合いもない家柄であるのに、この景任は信長のために鳴海城の監視を買ってくれたのだ
なんと言う豪胆さ
そう、心の中で感嘆した
「では、気兼ねなく鷹狩を楽しまれよ。こちらもそなたに背中を任せた」
「承知」
ほんの短い間に信長は、まるで心強い味方でも得たかのような気分になった
それを聞き、帰蝶も心の中で景任に感謝する
「お前の差し金だろ」
「吉法師様・・・」
「向うは何も言わなかったが、先日の大雨でぬかるんだ尾張や三河に、態々鷹狩りなんてしに来る莫迦が、どこに居るよ」
「 差し出がましい真似をして、申し訳ございません・・・」
素直に頭を下げる帰蝶に、信長は笑う
「だが、そのお陰でこちらは存分に村木を叩けた。その上、今川に加担していた藪や寺本を沈黙させることにも成功した。更には、山口も遠山にびびって大人しくなった。良いこと尽くしだ」
「吉法師様・・・」
「帰蝶」
「はい」
「どんな些細なことだろうと、これからは俺にきちんと話せ。俺はお前ほど賢くはないかも知れない」
「そんな・・・」
「だけど、お前の話を理解できる頭ぐらいは、ある」
「 」
帰蝶は黙って、再び頭を下げる
「革手と言うことは、真下は正徳寺があるな」
「はい」
「お前もそっち経由で来れば良かったのに」
帰蝶は輿入れの際、想い切り清洲を横切って那古野に入っている
「こそこそするのは好きじゃありません」
「こそこそ遠山と連携取ったお前が言うか?」
「 」
これには顔を真っ赤にし、反論もできない
「できる限り安全な道を通ってもらわないとな、大事な客人だ。清洲の横槍が入ったら俺、切れるかもしんねぇ」
「それだけは・・・」
恥しいから、やめて欲しい
「よし、一旦武藤に頼もう」
「勝幡の?」
「ああ。そっちに迂回してもらって、那古野に呼び寄せる。少し距離は長くなるが、無駄な争いを避けるためだ。その分亭主に逢うのが伸びるが、なんとか宥めてくれ」
「承知しました」
それから二日ほどがして、恵那の尾張入りの手筈が整った頃、信長自身が可成を同伴させ、しかも五百騎の軍勢を引き連れて勝幡城へと出向いた
「戦でもしに行くんでしょうか・・・」
さすがにこの光景には、なつも呆れたのか
「万が一のことを考えてよ。恵那は尾張と美濃の大事な架け橋だもの。何かあったら大変」
自分の時ですらこんなにも人間は集めなかった
それは、どちらに重要性が比重しているかではなく、信長自身、帰蝶のこの発案をどうしても無事遂行させたいという気持ちの表れである
僻んでいる場合ではない
「さて。私も準備しなくちゃ」
「本気ですか?!」
叫ぶなつに帰蝶は、平然と微笑んで応えた
「嘘でこんなことできないでしょ」
「考え直してください、奥方様。こんなことが世間に知られたら」
「織田の嫁はじゃじゃ馬だ。って、笑われるだけよ」
「それが大問題なんじゃないですか」
城に戻る帰蝶の後から着いて来るなつは、思い留まらせようと必死であった
那古野から勝幡までの移動こそ問題は起きない
「恵那、傅兵衛」
手厚く迎え入れてくれた城代の武藤に礼を言い、妻と幼い倅との久し振りの対面を果たす
「あなた」
「ととさま」
自分に抱き付いて来る傅兵衛を抱き上げ、愛妻である恵那とも手を握り合う
「無事で良かった」
「革手からここまで、武井様が護衛をしてくださって。父も一緒だったんですけど、あなたの到着より先に帰ってしまいました」
「そうか、しばらくお逢いしてなかったからお顔を拝見したかったのだが」
「 早く次の子をと、催促されてしまいました・・・」
「 」
黙り込むこの夫婦に、端で見ていた信長もどう突っ込めば良いのか悩む
「・・・あ、ああ、恵那。すっかり遅くなってしまった」
背後の信長らの気配を想い出したのか、可成は恵那に紹介する
「こちらがこれからお世話になる織田の惣領、織田上総介信長様だ」
「は、初めまして、林恵那と申します。これは私達の嫡男、傅兵衛でございます。今年で二つになります」
「そうか。こんな別嬪の嫁さんが居るんじゃ、浮気なんてできないわなぁ?」
「え?」
信長の言葉に可成はギョッとし、恵那はギロッと可成を睨む
そんな二人の光景も上の空で、信長は可成の腕の中の傅兵衛をじっと見詰めた
生まれていたら、今頃は三つか・・・・・・・・・・・
流れてしまった初子を想い浮かべる
「さぁて、本題はこっからだ。那古野まで無事帰れるよう、全員祈っとくんだな」
馬に跨り、勝幡を出る
清洲と那古野は至近距離であった
大和守家の横槍が入らないとは限らない、最も緊張した場面である
引き連れた手勢には馬周りは勿論、小姓衆、母衣衆が隊列を組み、恵那親子を守るように進む
やがて肝心な清洲に近付いた頃、やはりと言うかどうしてもかと言うか、大和守の一団が攻め寄って来るのが見えた
「ちっくしょ。やっぱ勘付きやがったか」
「殿、ブッ千切りますか」
隣で黒母衣衆筆頭の秀隆が槍を握る
それを見て、可成自身も得意の槍を握り直した
「これこれ、そんな物騒なことは口にするもんじゃない」
そう言う信長自身、腰の刀を既に抜いていた
「蹴散らせ!」
怒声を一発上げ、信長を先頭に信長軍は大和守軍へと突進する
その両者がぶつかりそうになった瞬間
「勝幡軍だッ!」
大和守軍の背後から、新たな軍勢が迫り来た
しかも軍旗は信長の織田木瓜
「 まさか、帰蝶・・・?」
信長の顔色ですら青くなっているのを、敵である大和守が平気で居られるわけがない
信長のお下がりの鎧に身を包んだ帰蝶を先頭に、五百の軍騎があっと言う間に大和守軍を飲み込んだ
その上
「おおお、奥方様ぁぁ!無茶はしないって約束でしょぉぉぉ!」
なつまで同行している
慌てふためく大和守家は碌に応戦もできないまま撤退し、信長は帰蝶と合流した
「お前なぁ、いくらなんでも無茶すんな!」
「でも、駆け付けなかったら戦闘になってたんじゃないんですか?」
怒鳴られながらも帰蝶は、しらっとした顔で応える
「恵那を守りながら、戦ができますか?背中や脇を気にしながら、戦えますか?」
「だったら、何で援軍を出すことを言わなかったんだ」
「私も出すつもりはありませんでした。でも、弥三郎から清洲が動いたことを知って、それで」
「嘘吐け。予め、準備ぐらいはしてたんだろ」
「 ばれました?」
「こいつ」
信長は帰蝶の額をコツンと指先で突付いた
それから、二人で笑い合う
「なつまで、ご苦労なこったな」
「い、いいえ・・・」
息子の恒興に連れられ、抜けそうな腰がガクガク言っている様子が手に取るようにわかる顔をして、信長の前に現れる
「何ならお前の鎧兜も誂えてやろうか?」
なつにそんなものを持つ趣味はないため、野袴だけを履いた軽装であった
「け、結構です!」
「何はともあれ、援軍ご苦労。この分じゃ那古野は手薄になってるだろ。急いで戻るぞ」
「はいっ」
信長が駆ける後を、帰蝶も松風を疾(はし)らせる
戦場となるであろう場所にまで出張る妻を、大抵の男は嫌う
だが信長は、それを許容するばかりか、寧ろ公認している様子でさえあった
この分だと帰蝶が鎧を着たのは、これが初めてではないだろうとさえ想える
「姫様ったら、相変わらずね」
少し離れたところからこの光景を見ていた恵那は苦笑いし、妻と息子の許に駆け寄っていた可成は、二人の後姿をただぼんやりと見ていた
『お清』以上に『姫様』を扱える男がこの世に居たなど、可成は知らない
これが、姫様の選んだ男かと
この男だからこそ、気難しいはずの姫様が傅いたのかと
「まるで、雁(かりがね)ではないか」
口唇の中で小さく呟く
二人の駆ける姿はまるで、空を飛ぶ雁のようだった
数ある鳥の中でも取り分け少ない、『生涯一対』の鳥の代名詞である
この二羽の雁が尾張の空をどう飛ぶのか、可成は見届けたい気分になった
やはりと言うべきか、帰蝶の目の確かさに驚くべきか、なつは普段から帰蝶には驚かされっぱなしだが、それでも飽きずに目を丸くさせた
「どのような糸口が?」
「三左を欲しいと言ったら、兄様が許さないと簡単に答えたわ。父が斎藤家の全てを握っているわけではないと、遠回しに教えたようなものね」
「それでは、これは斎藤家の中に居る土岐家旧臣の謀反でしょうか」
「兄を担ぎ上げて、気に入らない父を追い出すためだけなら、話は簡単よ。父を見限って兄に付けば、織田は救われるもの」
「父上様を見限るだなんて・・・」
帰蝶の言っていることは正しいが、気持ちが得心行かない
「でもね、それを吉法師様が許すかどうか。多分、父に味方するでしょうね。義父上様が亡くなられた時の吉法師様の取り乱し方は、尋常じゃなかった。やっと通い合えると想った矢先に、あんなことになってしまったのだもの」
「
それが原因で、帰蝶が流産したことは後になって聞かされた
お陰で末森では帰蝶への風当たりも強くなったが、自分を引き抜くことで女達の雑言も鎮圧させた手腕を持つのだから、そんな発言も特に抵抗もないのだろう
「だけどそれだけじゃ、この問題は解決しない。兄に付けば薄情者と、斎藤だけじゃなく織田からも反発を食らう。かと言って、吉法師様ならきっと、父に味方する方針を出すはず。父に付いても勝てる見込みは少ないでしょう。安藤が兄様に付いたと言うことは即ち、他の美濃衆も兄様に付いてる筈。美濃衆なくして父様の擁立は難しいわ」
「どちらに付いても、織田は若と勘十郎様の二つに分断される?それじゃ、斎藤と同時にと言うことでしょうか」
「斎藤を分断してしまえば、織田も等しく分かれるでしょう。この謀略の首謀者は、それを狙っているのよ」
「なら、その首謀者は斎藤側の人間か、あるいは織田側の人間か特定できないってことですよね」
「特定されては、謀略の意味がない。三左はそれを言っていたのよ。該当する人間は大勢、だけど特定する人間は該当者なし。なるほど、上手く考えたものね」
「奥方様・・・」
「誰もが疑わしく、誰もが潔白を証明できる。腹が立つほど良く練られているわ」
悔しさに、帰蝶は指先を噛み締めた
木田城に到着した織田軍がここで台風に見舞われ、その最中水野藤四郎信元と謁見した
信長個人としては、この台風に紛れて村木砦を攻撃したいと言う意志はあるのだが、水辺に建つ砦を攻略するにはこちらの被害の方が大きいと、叔父・信光に止められ、敢えなく断念
翌日、まだ雲行きの怪しい中を今川方寺本城、藪城を抜け、中立の立場である佐布里城を通過して緒川城に寄る
ここで軍勢を整えると、信長、信勝は陸路を、信光と信元は石ヶ瀬川に水路を取り、村木砦を攻撃したのが二十四日の早朝のことだった
一斉攻撃に慌てた砦は、初めこそ有利に立ってはいたが、徐々に巻き返され、退路まで遮断されなす術を失い、信長はこの日の夕方過ぎには村木砦を攻略した
その際、多くの小姓が信長の代わりに命を落としたが、信長自身は無事で、信勝ら援軍組の何れも無傷で戦は終わった
「又助」
「はいっ」
側に居た弓隊の男に、信長は馬の上から声を掛けた
「お前、馬は得意だったな」
「はい、殿には遠く及びませんが」
「世辞は良い。今直ぐ那古野に戻り、帰蝶に知らせろ。村木は落とした。その後、今川が入って来れないよう、藪と寺本も攻略するから、帰りは明後日になると」
「はい、承知しました」
雨でぬかるんだ陸路を走り続けていた所為か、信長も泥まみれの状態だった
本音としては、このまま真っ直ぐ城に戻りたい心境だろう
だが、それだけで安心できない状況の中、信長は今川が侵攻できないよう進路を塞ぐつもりでいる
これに叔父も弟も反対する理由がなく、軍勢はこのまま三河に留まった
「遅い!」
戻るなり、帰蝶の怒鳴り声を受け、弥三郎は身を竦ませた
「どこで油を売っていた?ん?」
「酷いなぁ、奥方様・・・。これでも弥三郎、必死になって走ったんですよ?」
「聞けば木曽川は氾濫など起していないそうだな?なのにどうして三日も掛かるのだろう」
「何ででしょうねぇ」
「弥三郎」
「はい」
「正直に言え。言えば首は助けてやる」
と、やおら兼定を抜き、弥三郎を脅す
「まぁまぁ、奥方様。若もまだお戻りにはなってませんし、一応は間に合ったのですからもう許してあげましょうよ」
「さすがおなつさん、太っ腹」
助け舟を出すなつに、弥三郎は調子の良いことを言う
「弥三郎。皮一枚剥ぐので勘弁してやる」
「ひぃぃ~・・・!」
「奥方様」
苦笑いしながら、兼定を振り上げる帰蝶の手を掴む
「それより、首尾はどうでした」
「はい、なんとか密かに逢うことはできました。先に蝉丸を放したので、あちらから場所を指示してくださって」
「それで?」
答えを急ぐ帰蝶が、間を割る
「織田も新体制のままでは軍事面も脆いので、なんとかして森様を引き抜きたいと申し上げましたら、斎藤様も承諾してくださって」
「と言うことは、成功したということか」
「はい」
「ならば先にそれを言え」
「すみませんねぇ・・・」
口煩い奥方だと、弥三郎は内心舌を出す
「これで、武井様との密約も果たせますね」
「後は恵那を無事、こちらに移すだけね。それに兄様が勘繰らなきゃいいのだけど」
「それで気になることが一つ」
「何?」
帰蝶は弥三郎の顔を見て聞く
「うちの親戚の、可児の土田なんですけど」
「何か動いたの?」
「明智に対し、挙兵の動きあり」
「
やはり、と、帰蝶が伏目になる
「どうも長井と通じてるみたいですよ」
「長井・・・。うっかりしていたわ」
「道三様のご実家ですね?」
「ええ。長井は完全に父の側に付くとばかり想っていたから、想定していなかったわ・・・」
「では、長井家と道三様が対立?益々ややこしい話になりますね」
「土岐や兄上、末森織田だけじゃなく、長井まで・・・」
「正しく、四面楚歌」
その意味を知っているのかどうかはわからないが、弥三郎の言い回しが面白くて、帰蝶はこの場に相応しくないほど大笑いした
「奥方様」
それをなつが窘める
「面白いことになって来たじゃない。長井まで参戦するとなれば、父の味方は明智しか残らない。明智も土田に領土を取られては困るでしょうからね、父とは合流できないでしょう。なら、『美濃の梟雄』と言われた父がどう対処するのか、見ものだわ」
「面白がってる場合ではないでしょう?それじゃぁ万事休すじゃありませんか」
「だからこそ、吉法師様だって誰に味方すれば良いのかはっきりするはずです。無理に父に味方して、こちらまで運命を共にする必要はないとわかるでしょう」
「奥方様・・・」
織田を守るために、帰蝶は自分の父を切り捨てようとしている
それは簡単に出た結論ではなく、悩んだ末の結果なのだろう
誰が望んで、親を見捨てたりするものか
実家を既に失くしたなつには、帰蝶の考えはある意味賛同できても、心のどこかでは否定していた
どちらも正しくて、どちらも間違っている、と
太田又助資房が戻って来た頃、信長は今川に加担している土豪で寺本城城主の花井勘右衛門信忠の城下町を放火し、それを脅しとした
その信長が那古野に戻ったのは、出陣してから六日目のことだった
「帰ったぞ、帰蝶!」
凱旋する自分を待ち受けていた帰蝶に、信長は張り裂けん声で名を呼んだ
「ご武運長久にて、真に祝着至極にございます」
「ああ。叔父貴殿が張り切ってくれたお陰だ」
「又助から聞いております。勘十郎様の働きも、充分だったとか」
「その勘十郎を連れ帰った。接待してやってくれ」
「承知しました。表座敷にて祝賀会の用意をしております。どうぞ、ご存分に羽根を広げてくださいまし」
互いに久方振りに顔を合わせる
その間の報告は後ですることになった
帰蝶も信長に話さなくてはならないことがたくさんある
森可成を引き抜いたことだ
信長が戻ったことで、当然守就は美濃に帰国しなくてはならない
その前に、信長から可成引き抜きの話をしてもらわなくてはならなかった
普段滅多なことでは入らない信長の自室に入り、小姓達から鎧を脱がされている信長に、その話をする
「森三左衛門?」
「使える男です。槍働きも充分、実績がございます」
「その男が、お前の実家の武井とやらと内通の役を買うというのか?」
「はい。三左の妻は美濃の出身。父親が今も斎藤に仕えておりますので、そこから美濃の情勢を手に入れます」
「それで、お前の目的は何だ」
多くを語らずとも、夫は一を聞いて十を知る男である
余計な能書きなど無用だった
「吉法師様もご存知の通り、斎藤の内紛についての詳細を知りたいと想っております」
「知ってどうする」
「事が起きた場合の対策に使えます」
「事とは、何だ」
「
「
信長は帰蝶の口から直接それが聞きたかったのだろうか
下帯一枚の裸になり、その上から軽く小袖を纏う
それから湯殿に行って戦の垢を落とすつもりだが、信長は帯を巻かずに帰蝶に振り返り、そのまま腰を下ろした
「湯殿には?」
「後で良い」
「左様で」
「帰蝶」
「はい」
「お前は、それで良いのか」
「
信長の問い掛けに応えられない
「お前ら、ちょっと下がってろ」
信長は小姓達を部屋から出した
そして、話の続きを再開する
「森三左とやらを織田に引き抜く。これは簡単な話だ。俺も使える駒は一つでも多く持っていたい。お前が推奨する男なら、尚更歓迎できるだろう。だがな、その裏がお前の実家のごたごただと言うのが納得できねえ」
「吉法師様・・・」
「自分の実家の内情を、間者を使って手に入れるということは、お前自身、その実家と決別したことになるんだぞ?それで良いのか?」
「構いません」
「帰蝶」
「私にとって大事なのは、織田を守ることですッ」
責められ、帰蝶も感極まったのか
「あなたを守ることです!それ以外何もありませんッ」
「帰蝶、落ち着け」
「
顔を伏せる帰蝶に、信長は軽く鼻から溜息を零した
「心穏やかでは居られないのだろう?今の、お前の態度を見ても明らかだ」
「吉法師様・・・」
「お前は、織田を守れたらそれで良いのか。俺を守ることに身命を賭けているのか」
「当然です・・・」
「それで、お前の心は納得できるのか」
「納得しなくてはなりません」
「しなくてはならないとかの問題じゃなくて、できるのかと聞いてるんだ。無理なんだろ?だから、せめて俺や織田を守ることを重視しようとしている。その結果が、三左とやらの引抜だ。違うか」
「違い・・・」
真剣な信長の目に、誤魔化しは通用しない
「・・・ません」
「正直で結構だ」
「吉法師様・・・」
「結果はどうあれ、俺はお前の親父殿に味方する」
「吉法師様・・・ッ!」
それこそ、最悪の結果になりかねない
「どうか、お考え直しを・・・!兄は既に美濃三人衆を引きこんだ形跡がございますッ。その上、父の実家筋でもある長井も、可児の土田と手を組んで
「その伏線上にお袋が居るんだったら、尚更想い通りにさせて堪るか。お前の親父が負けると言うことは即ち、勘十郎に負けるのと同義だろうが」
「
「俺だって、負け戦なんかしたくねぇ。でもな、それを引っ繰り返す度量ぐらい、あるつもりだぜ?」
「吉法師様・・・」
「お前は何も心配すんな。お前の親父は、俺が守ってやる」
「
自分を抱き寄せる信長の胸の中で、事態が悪い方向に進んで行きそうな予感に襲われ、尚、帰蝶に不安を募らせる
できることなら、勝つ見込みの濃い兄に着いて欲しかった
そんな帰蝶の思惑が、見事に玉砕した
夫に決心を付けさせたのが自分のこの行動だとしたなら、なんと言う皮肉かと己を呪う
「お願い・・・、吉法師様・・・。どうか、お考え直しを・・・」
「くどい」
和解寸前で父親を亡くした信長には、誰の親であろうと『父親』と言う存在に、特別な想いを抱いていた
妻の父と言うことは、自分にとっても父になる
その『父』を見捨てることなどできなかった
これが信長の甘さであり、帰蝶が歯痒いと感じる部分でもある
物事の戦局を冷静に見る目の確かさでは、残念なことに帰蝶の方が、より『武士』に近い感覚だった
だからこそ、『織田が生き残る』道として、兄を選んだ
だが、夫は父を選んだ
実際に戦に出るのが信長である以上、自分の考えは通らない
どれだけ訴えても、夫は自分の出した結論を白紙に戻したりはしないことを、帰蝶は知っていた
帰蝶の使いで美濃に出向いていた弥三郎は、戻って報告に入るなりすぐさま、今度は清洲の兄・時親の許に追い遣られた
「人使い荒いっつーの。うちの奥方様」
「ははは。しかし、機敏に動けるようなお方じゃないと、吉法師様の伴侶は務まらんだろ。なんせ吉法師様そのものが、落ち着きのないお方だからな」
愚痴る弥三郎に時親は、軽く笑って受け流す
「それでよ、兄貴。奥方様がちょいと協力してくれって」
「なんだ?斯波で謀叛でも起こせと言うのか?」
「そんな大それたことやっちまったら、世間の風当たりがきつくなるだけだろ。そうじゃなくてよ、兄貴が仕えてる若様のことで」
「ん?」
「大きな声じゃ言えないんだけど」
「小さい声じゃ聞こえないだろ」
「上手い」
「良いから話せ」
なんでもない時の弟は面白いが、真剣な場面でもこれでは殴りたくなる
「森を?」
留守居の礼に訪れた信長の、次の言葉に守就は驚いた
「わしもまだ未熟ながら、一人でも多く優れた人材を抱えたいと想っていたところだ。森の承諾は既にもらってる」
「寝耳に水ですな」
「それは申し訳ない。だがわしも戦から帰ったばかりで、ゆっくり話す暇もなかった」
笑いながら言う信長に、守就は少し厳しい目付きで応えた
「ゆっくり話す暇もなかったものを、何故帰って直ぐ森殿を引き抜く話が持ち上がったのでしょうか。姫様の差し金ですか?」
「失敬な。いや、確かに帰蝶の助言あってのことだが、決めたのはわし自身だ。女房の指図で動いているわけではない。そこのところ、勘違いしないでもらいたい」
「
若いなりに態度は堂に入っている
『美濃の蝮』を相手にしても一歩も引けを取らなかったと言うのは、案外本当のことかも知れないと守就は想った
「しかし、急に欲しいと言われましても、私も預かっている立場上、「はい、どうぞ」と言うわけには参りません。先ずは殿の承諾を得なくてはなりませんから」
「それなら問題ない」
「は?」
何とか断ろうと考える守就に、畳み掛けるように信長は言う
「既に先方の承諾は得ている」
「はい・・・?」
守就の目が丸くなった
「舅殿からは、好きに使ってくれと返事をもらっている」
「
いつの間に、と、心を過る
帰蝶の命令で弥三郎が那古野を出発
木曽川は川幅が広いため台風による影響もなく、無事大橋を渡ることができた
清洲を抜ける時が一番緊張する
兄から先に根回しをしてもらっていたのが功を奏したか
大和守が傀儡にと言っても、尾張は斯波の国である
美濃が土岐の国であるように
が、問題はそれではない
どうやって道三に逢うかが一番の障壁であり、帰蝶から託された蝉丸が全ての命運を握っていた
「じゃぁな、頼むぞ、蝉丸」
帰蝶に言われた通り、稲葉山の麓から蝉丸を飛ばす
元々馬屋の倅である弥三郎には、一般人に扮装するのはお手の物だ
普段の服装を以前に戻せば完璧である
信長に仕えた当初こそ頭を月代に剃り上げてはいたが、今では「兜を被るわけじゃないから、元に戻しても良い」と言われ、また伸ばし始めた
ただ、他の髪と長さが合わないので、当時としては珍しい短髪頭にはなったが、これが意外と似合っていて、女房からの評判も良い
元々見栄えも良かったがために、美濃に入ってから蝉丸が戻るまで宿の女達が放っておいてくれなかった
「いやん、素敵なお方」と女から色目を使われては、黙っているわけにも行かず
こうして蝉丸が戻るまで女体を放蕩し尽くしていたわけなのだから、遅くなったことを正直に話すわけにもいかなかった
なんせ那古野に居る間、浮気は絶対できないのだから
女房は兎も角、菊子寄りの立場にある帰蝶から、どんな仕打ちを受けるかわからない
それはさて置き、蝉丸に持たされた書状の通り弥三郎は、密会の場に指定された伊那波(いなば)神社に出向いた
ここで帰蝶から預かっていた手紙を道三の側近である武井夕庵に手渡し、可成を要求した
これを仕組んだのが夕庵本人であるため「姫様の助けに」とでも口添えしたのか、道三は然程考えることもなく可成の織田家出仕を認めてくれた
こうして弥三郎はお役目を無事遂行することができ、尾張に戻ることになった
その弥三郎を別れ際、夕庵が呼び止める
年はもう五十をかなり越えているのだろう
顔の皮膚には深い皺がいくつも走っていた
道三が入道した際、多くの家臣も同列して帰依したらしく、この夕庵も頭を丸めている
まるで風流人のような空気を持った老人だった
「姫様は、お元気ですか」
年に合った嗄れ声だった
ただ、優しい雰囲気がする
「はい、頗るお元気で。お元気過ぎて城の者の誰も、奥方様には敵いません」
「そうですか」
まるで自分の孫の話でもするかのように、夕庵は終始笑顔を絶やさなかった
「強情っ張りで融通が利きませんが、心の真っさらなお方です。どうか、助けになってやってください」
「はい、承知しました」
「尾張国葉栗郡蓮台出身、森三左衛門可成にございます。以後、お見知り置きを」
信長の前で、可成が頭を下げる
「よろしく頼む、三左殿。帰蝶が随分お前を買っている。その働き、期待しているぞ」
「その期待を裏切らぬよう、精一杯努めさせていただきます」
「三左は、槍を持たせたら向うところ敵なし。大垣の織田を追い出すのにも一役買いました。吉法師様の期待を裏切るようなことは、決してありませんよ」
隣に座る帰蝶が、信長に微笑み掛けた
「何?大垣の織田軍を追い出したのは、お前か。成敗してくれる」
と、信長は冗談交じりで片足を立てる
相当肝っ玉が太いのか、可成は驚くこともなく大笑いして見せた
可成を那古野に置き、守就ら美濃衆は帰国することになった
ただ、守就は頭の良い人間だから、可成を欲しがっていたことを勘繰らなくては良いのだがと、祈りにも似た想いを抱く
「三左の妻、恵那をこちらに運ばなくてはなりません」
三左を他の家臣らに紹介するため、その後のことを秀隆に任せ、信長は帰蝶と二人きりになった
今後のことを話し合うためである
「三左夫妻は何処に住んでいる」
「以前仕えていたのが土岐ですから、革手の近くに」
「まだ、土岐に忠誠を誓っているのか?」
「そうではありませんが、長男が生まれた時期と重なってしまいまして、恵那を動かしたくても動かせず、結局古い住まいに居付いてしまっただけです」
「そうか。私生活では案外盆暗なのかも知れんな」
「酷い言い草」
信長の言葉に、苦笑いする
その帰蝶に、信長は想い出したように話した
「恵那と言えば」
「はい?」
「恵那の遠山の若君が来られてた」
「え?どこに?」
態と驚いてみせる
幸いなことに信長は、帰蝶のその思惑には気付かない
「刈谷だ」
「刈谷?鳴海に、ですか?もしかして」
「ああ、その通り。どうしてわかった」
「いえ、もしかしたら、村木砦攻略に紛れて、山口親子が動いたんじゃないかって想ったもので」
「そうなんだ。もう少しで邪魔されるとこだった」
信長は妻の勘の良さに感心するが、実際それを頼んだのが帰蝶本人なのだから、寧ろ夫の勘の良さに驚く
「どうなさったんですか?遠山の若様」
「いやな、村木砦の攻略中、背後をもう少しで山口に突かれるところだったんだが、間一髪でその遠山一族が鷹狩に来てな」
「鷹・・・狩ですか・・・?」
これにはさすがの帰蝶もポカンとする
「ああ。三河にまで鷹狩に来るとは、遠山の若君は相当鷹狩が好きなんだな」
「そうですね・・・、そこまでとは存じませんでした」
と、内心では舌打ちする帰蝶
三方向から村木を攻撃している最中、鳴海城の山口が動いたことを知らされ、信長は一端村木から離れ迎撃しようと待ち構えた
ところが、鳴海の近くまで北上したところ、突然目の前に二千の軍勢が現れた
掲げた軍旗の紋は『丸九字』
「どこの家紋だ」
わからない信長は、素直に呟き
「東美濃の遠山ですよ」
と、隣に居た秀隆に教わった
「その遠山が、何しに来た」
これに対して応えられる者はなく、誰もがその先の成り行きを見守る
そうしていると遠山側から馬廻り衆の若武者が駆け寄り、信長らに告げた
「合戦中の慌しい中、お邪魔して大変申し訳ございません。美濃国恵那の岩村城城主、遠山与一景任様より伝言を承っております」
「なんだ」
「これよりしばらくの間、鳴海にて鷹狩を敢行したいとのこと。織田様側の邪魔は決してしませぬゆえ、どうか入国の許可を頂きたく存じます」
「許可って、もう入ってるだろ!」
余りにも唐突なことに、信長は笑うしかない
「獲物の少ない鳴海まで、何しに来たんだかわかんねぇが、町を荒らさないと誓えるんだったら好きにしてくれ」
信長の言葉に一礼すると、間もなく与一が現れた
帰蝶の知っている与一とは想えぬほど、立派な成長を遂げている
「織田の惣領、我侭を申し訳ない」
人好きしそうな笑顔であった
「某、美濃国恵那の遠山一門、遠山景任でございます」
「尾張国那古野の織田信長である」
与一景任が通称を抜いて直の挨拶をしたのだから、こちらも通称を省いた挨拶で返す
それは一目見て気心知れる仲として認め合った証拠であった
「これよりしばらく、鳴海の鷹狩を満喫させていただく。そちらはなんの気鬱もなく戦に励まれよ」
「
信長の目が丸くなった
和睦を結んだ相手でもなく、また、今まで付き合いもない家柄であるのに、この景任は信長のために鳴海城の監視を買ってくれたのだ
なんと言う豪胆さ
そう、心の中で感嘆した
「では、気兼ねなく鷹狩を楽しまれよ。こちらもそなたに背中を任せた」
「承知」
ほんの短い間に信長は、まるで心強い味方でも得たかのような気分になった
それを聞き、帰蝶も心の中で景任に感謝する
「お前の差し金だろ」
「吉法師様・・・」
「向うは何も言わなかったが、先日の大雨でぬかるんだ尾張や三河に、態々鷹狩りなんてしに来る莫迦が、どこに居るよ」
「
素直に頭を下げる帰蝶に、信長は笑う
「だが、そのお陰でこちらは存分に村木を叩けた。その上、今川に加担していた藪や寺本を沈黙させることにも成功した。更には、山口も遠山にびびって大人しくなった。良いこと尽くしだ」
「吉法師様・・・」
「帰蝶」
「はい」
「どんな些細なことだろうと、これからは俺にきちんと話せ。俺はお前ほど賢くはないかも知れない」
「そんな・・・」
「だけど、お前の話を理解できる頭ぐらいは、ある」
「
帰蝶は黙って、再び頭を下げる
「革手と言うことは、真下は正徳寺があるな」
「はい」
「お前もそっち経由で来れば良かったのに」
帰蝶は輿入れの際、想い切り清洲を横切って那古野に入っている
「こそこそするのは好きじゃありません」
「こそこそ遠山と連携取ったお前が言うか?」
「
これには顔を真っ赤にし、反論もできない
「できる限り安全な道を通ってもらわないとな、大事な客人だ。清洲の横槍が入ったら俺、切れるかもしんねぇ」
「それだけは・・・」
恥しいから、やめて欲しい
「よし、一旦武藤に頼もう」
「勝幡の?」
「ああ。そっちに迂回してもらって、那古野に呼び寄せる。少し距離は長くなるが、無駄な争いを避けるためだ。その分亭主に逢うのが伸びるが、なんとか宥めてくれ」
「承知しました」
それから二日ほどがして、恵那の尾張入りの手筈が整った頃、信長自身が可成を同伴させ、しかも五百騎の軍勢を引き連れて勝幡城へと出向いた
「戦でもしに行くんでしょうか・・・」
さすがにこの光景には、なつも呆れたのか
「万が一のことを考えてよ。恵那は尾張と美濃の大事な架け橋だもの。何かあったら大変」
自分の時ですらこんなにも人間は集めなかった
それは、どちらに重要性が比重しているかではなく、信長自身、帰蝶のこの発案をどうしても無事遂行させたいという気持ちの表れである
僻んでいる場合ではない
「さて。私も準備しなくちゃ」
「本気ですか?!」
叫ぶなつに帰蝶は、平然と微笑んで応えた
「嘘でこんなことできないでしょ」
「考え直してください、奥方様。こんなことが世間に知られたら」
「織田の嫁はじゃじゃ馬だ。って、笑われるだけよ」
「それが大問題なんじゃないですか」
城に戻る帰蝶の後から着いて来るなつは、思い留まらせようと必死であった
那古野から勝幡までの移動こそ問題は起きない
「恵那、傅兵衛」
手厚く迎え入れてくれた城代の武藤に礼を言い、妻と幼い倅との久し振りの対面を果たす
「あなた」
「ととさま」
自分に抱き付いて来る傅兵衛を抱き上げ、愛妻である恵那とも手を握り合う
「無事で良かった」
「革手からここまで、武井様が護衛をしてくださって。父も一緒だったんですけど、あなたの到着より先に帰ってしまいました」
「そうか、しばらくお逢いしてなかったからお顔を拝見したかったのだが」
「
「
黙り込むこの夫婦に、端で見ていた信長もどう突っ込めば良いのか悩む
「・・・あ、ああ、恵那。すっかり遅くなってしまった」
背後の信長らの気配を想い出したのか、可成は恵那に紹介する
「こちらがこれからお世話になる織田の惣領、織田上総介信長様だ」
「は、初めまして、林恵那と申します。これは私達の嫡男、傅兵衛でございます。今年で二つになります」
「そうか。こんな別嬪の嫁さんが居るんじゃ、浮気なんてできないわなぁ?」
「え?」
信長の言葉に可成はギョッとし、恵那はギロッと可成を睨む
そんな二人の光景も上の空で、信長は可成の腕の中の傅兵衛をじっと見詰めた
流れてしまった初子を想い浮かべる
「さぁて、本題はこっからだ。那古野まで無事帰れるよう、全員祈っとくんだな」
馬に跨り、勝幡を出る
清洲と那古野は至近距離であった
大和守家の横槍が入らないとは限らない、最も緊張した場面である
引き連れた手勢には馬周りは勿論、小姓衆、母衣衆が隊列を組み、恵那親子を守るように進む
やがて肝心な清洲に近付いた頃、やはりと言うかどうしてもかと言うか、大和守の一団が攻め寄って来るのが見えた
「ちっくしょ。やっぱ勘付きやがったか」
「殿、ブッ千切りますか」
隣で黒母衣衆筆頭の秀隆が槍を握る
それを見て、可成自身も得意の槍を握り直した
「これこれ、そんな物騒なことは口にするもんじゃない」
そう言う信長自身、腰の刀を既に抜いていた
「蹴散らせ!」
怒声を一発上げ、信長を先頭に信長軍は大和守軍へと突進する
その両者がぶつかりそうになった瞬間
「勝幡軍だッ!」
大和守軍の背後から、新たな軍勢が迫り来た
しかも軍旗は信長の織田木瓜
「
信長の顔色ですら青くなっているのを、敵である大和守が平気で居られるわけがない
信長のお下がりの鎧に身を包んだ帰蝶を先頭に、五百の軍騎があっと言う間に大和守軍を飲み込んだ
その上
「おおお、奥方様ぁぁ!無茶はしないって約束でしょぉぉぉ!」
なつまで同行している
慌てふためく大和守家は碌に応戦もできないまま撤退し、信長は帰蝶と合流した
「お前なぁ、いくらなんでも無茶すんな!」
「でも、駆け付けなかったら戦闘になってたんじゃないんですか?」
怒鳴られながらも帰蝶は、しらっとした顔で応える
「恵那を守りながら、戦ができますか?背中や脇を気にしながら、戦えますか?」
「だったら、何で援軍を出すことを言わなかったんだ」
「私も出すつもりはありませんでした。でも、弥三郎から清洲が動いたことを知って、それで」
「嘘吐け。予め、準備ぐらいはしてたんだろ」
「
「こいつ」
信長は帰蝶の額をコツンと指先で突付いた
それから、二人で笑い合う
「なつまで、ご苦労なこったな」
「い、いいえ・・・」
息子の恒興に連れられ、抜けそうな腰がガクガク言っている様子が手に取るようにわかる顔をして、信長の前に現れる
「何ならお前の鎧兜も誂えてやろうか?」
なつにそんなものを持つ趣味はないため、野袴だけを履いた軽装であった
「け、結構です!」
「何はともあれ、援軍ご苦労。この分じゃ那古野は手薄になってるだろ。急いで戻るぞ」
「はいっ」
信長が駆ける後を、帰蝶も松風を疾(はし)らせる
戦場となるであろう場所にまで出張る妻を、大抵の男は嫌う
だが信長は、それを許容するばかりか、寧ろ公認している様子でさえあった
この分だと帰蝶が鎧を着たのは、これが初めてではないだろうとさえ想える
「姫様ったら、相変わらずね」
少し離れたところからこの光景を見ていた恵那は苦笑いし、妻と息子の許に駆け寄っていた可成は、二人の後姿をただぼんやりと見ていた
『お清』以上に『姫様』を扱える男がこの世に居たなど、可成は知らない
これが、姫様の選んだ男かと
この男だからこそ、気難しいはずの姫様が傅いたのかと
「まるで、雁(かりがね)ではないか」
口唇の中で小さく呟く
二人の駆ける姿はまるで、空を飛ぶ雁のようだった
数ある鳥の中でも取り分け少ない、『生涯一対』の鳥の代名詞である
この二羽の雁が尾張の空をどう飛ぶのか、可成は見届けたい気分になった
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ようやく書けました
可成の活躍はまだまだ続きます
夫婦一対の鳥は他にもたくさんあるのでしょうが、敢えて『雁』を選んだのは、帰蝶姫の住んでいた金華山の近くに、たくさんの雁が渡って来ていたと言うものと(現在では見れなくなっているそうです)、予めこう言うタイトルにしたかったので雁を検索したら想い通りの内容だったので
あんまり美しい鳥ではないけれど、日本人なら馴染みの深い鳥ではないかな、と
最近になって背景の画像を変えました
かなり加工してしまっているので見づらいかと想いますが、岐阜県の県花『蓮華草』をフリーで配布されている壁紙を基礎としております
こちらも一般的な花ではありますが、土地開発などで自然がめっきり少なくなった今、寧ろ希少な野花ではないでしょうか
わたしも、住んでいる地域でこの蓮華草を見ることはなくなりました
子供の頃は近くに広大な野公園があり、そこに群生してたんですが・・・(現在との住まいは違います
蓮華草も雁も、人間の驕りで数を減らしたものです
便利な世の中にはなったけれど、それ以上に人間はたくさんの大事な物を捨てなくてはならなくなりました
この時代の人間も、何かを得るためには何かを犠牲にしなくてはならなかったのでしょう
だけどわたしの描く信長は、「両方とも捨てねぇ!」と言うポリシーのある人で、どっちも得ようとがんばる人です
そんな信長だからこそ、帰蝶は支えたいと想うのです
まだまだ文章力が半人前ではありますが、今日も更新をお待ちくださってありがとうございます
夫婦一対の鳥は他にもたくさんあるのでしょうが、敢えて『雁』を選んだのは、帰蝶姫の住んでいた金華山の近くに、たくさんの雁が渡って来ていたと言うものと(現在では見れなくなっているそうです)、予めこう言うタイトルにしたかったので雁を検索したら想い通りの内容だったので
あんまり美しい鳥ではないけれど、日本人なら馴染みの深い鳥ではないかな、と
最近になって背景の画像を変えました
かなり加工してしまっているので見づらいかと想いますが、岐阜県の県花『蓮華草』をフリーで配布されている壁紙を基礎としております
こちらも一般的な花ではありますが、土地開発などで自然がめっきり少なくなった今、寧ろ希少な野花ではないでしょうか
わたしも、住んでいる地域でこの蓮華草を見ることはなくなりました
子供の頃は近くに広大な野公園があり、そこに群生してたんですが・・・(現在との住まいは違います
蓮華草も雁も、人間の驕りで数を減らしたものです
便利な世の中にはなったけれど、それ以上に人間はたくさんの大事な物を捨てなくてはならなくなりました
この時代の人間も、何かを得るためには何かを犠牲にしなくてはならなかったのでしょう
だけどわたしの描く信長は、「両方とも捨てねぇ!」と言うポリシーのある人で、どっちも得ようとがんばる人です
そんな信長だからこそ、帰蝶は支えたいと想うのです
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濃姫(帰蝶)好きの方へ
本日は当サイトにお越しいただき、ありがとうございます
先ずはこちらのページを一読していただけると嬉しいです→お願い
文章の誤字・脱字が時折混ざっております
見付け次第修正をしておりますが、それでもおかしな個所がありましたらお詫び申し上げます
了承なしのリンクは謹んでご辞退申し上げます
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千極一夜
家庭用ゲーム専用ブログです
『戦国無双3』が絶望的存在であるため、更新予定はありません
◇◇11/19 Nintendo DSソフト◇◇
『トモダチコレクション』
おのうさま(帰蝶)とノブ(信長)が 結婚しました(笑
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祝:お濃さま出演 But模擬専… (戦国無双3)
おのれコーエーめ
よくもお濃様を邪険にしおってからに・・・(涙
(画像元:コーエー公式サイト)
オンラインゲームにてお濃様発見
転生絵巻伝 三国ヒーローズ公式サイト:GAMESPACE24
『武将紹介』→『ゲーム紹介』→『Exキャラクター紹介』→『赤壁VS桶狭間』にてお濃様閲覧可
キャラクター紹介文
「 絶世の美貌を持つ信長の妻。頭が良く機転が利き、信長の覇業を深く支えた。
また、信長を愛し通した一途な妻でもあった。」
(画像元:GAMESPACE24公式サイト)
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濃姫好きとしては、飲めなくても見逃せない
岐阜の地酒 日本泉公式サイト

(二本セットの画像)
夫婦セット 吟醸ブレンド(信長・濃姫)
本醸造 濃姫
カップ酒 濃姫®=爽やかな麹の薫り高い、カップとは想えない出来上がりのお酒です
吟醸ブレンド 濃姫® ブルーボトル=自然の香りのお酒です。ほんの少し喉を潤す程度でも香りが深く体を突き抜けます
本醸造 濃姫®=容量的に大雑把な感じに想えて、麹の独特の香りを抑えたあっさりとした風味です
今現在、この3種類を試しておりますが、どれも麹臭い雰囲気が全くしません
飲料するもよし、お料理に使うもよし
お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
奇跡のお酒です
何よりボトルがどれも美しい
清洲桜醸造株式会社公式サイト


濃姫の里 隠し吟醸
フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます
清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
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