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何もできなかった
寧ろその逆の事が起きた
この肌に触れることなく、自分を落とした
夫ですらしようとしなかったことを、義理の弟はやってのけた
心が恐怖した
自分が女であることを、嫌でも自覚させられた
悔しかった
口唇を蹂躙され、挿入された舌が口内を犯す
信勝が人の気配に体を離すまで、帰蝶はこの屈辱にただ耐えるしかなかった
「お待たせしました。草履、お持ちしました」
中庭へと続く縁側から、お絹を先頭にこの場を離れた侍女の何人かが戻った
それに引き寄せられ、廊下側で待機していた侍女達もやっと、部屋に入って来る
「庭で野点は如何でしょう」
「良いですね。どなたが点ててくださるのですか?義姉上様?」
「 」
信勝の顔をまともに見ることのできない帰蝶は、ただ黙って俯く
「奥方様の腕では、若様が食当りを起してしまいます。わたくしが点てさせていただきます」
「お絹殿が。これは楽しみだ」
お絹は自分が生まれる前から侍女としてここで働いている
嫁入りして来た帰蝶よりは馴染みが深かった
それから梅雨前の珍しいからっと晴れた空の下で、薄茶を楽しむ
帰蝶にはそんな心の余裕などなかった
さっきからずっと、信勝の口唇が気になって仕方ない
自分の口唇に差した紅が、信勝の口唇に移っているからだ
誰もそれに気付かないのか、男でも血色の良い口唇をしている者は居るから気にしないのか、それを一々確かめるわけにも行かない
犯された口唇を離した時、帰蝶は信勝のその色に目を見開いた
「 紅が・・・」
それを自分の指先で拭おうとする
その指を、信勝が握り取った
「あなたのお色、頂いて帰ります」
そう言って、自分の上唇と下唇を擦り合わせ、口紅を馴染ませる
信勝のこの仕草に、帰蝶の背筋が震えた
「 」
わけもわからず、全身の血がざわつく
怖い・・・と、感じた
「遅くなりました」
庭で薄茶を楽しみ、それから兄の待つ表座敷に上がる
上がった信勝を見て、信長はその口唇の赤さが気になった
「今日は随分と血色が良いな。何か良いことでもあったのか?」
口唇の赤が目立つと顔色まで良く見える
「そうですね、初めて義姉上様をじっくりと拝見できました」
「 ?」
そんなことでくらいで嬉々としているのか?と、首を傾げる
信勝はそんな兄を気にも留めず、いきなり膝を割って親指を付け、頭を下げた
「勘十郎?どうした」
「若」
信勝の行為を勝家が止めようとする
「兄上。有事の際は、この勘十郎を是非ともお使いくださいませ」
「若・・・ッ」
これではまるで自分から兄の家臣に成り下がることを、承諾したかのようにも想われる
勝家はそれを止めようとしたのだった
「勘十郎?どうした、いきなり」
「いきなりではございません。兄上は織田の惣領。私はそれに従うべき存在でございますが、兄上は私にそれを強要なさらない。ですので私も今日まで自由気侭に過ごしておりましたが、そろそろ織田の天下取りに本腰を入れては如何かと存じます」
口上を述べる信勝は、凛とした気品と悠然とした貫禄があった
長男次男の順序が逆であったならばと、勝家は益々感じ入る
「それは俺も常日頃考えている」
だが、それには後顧の憂いや背後の危機を取り除いてできることであり、いつその背後をこの弟に突かれるかわからぬ今、迂闊に尾張に手を出すことは憚られた
「ならば是非とも」
「だからどうしたってんだ、急に」
「先ほど義姉上様から、どうか兄上様の味方になってくださいませと懇願されました」
「帰蝶が?」
そのつもりでいたことは、なつの作戦なのだから別段驚くほどのことでもない
と言うことは、上手く色仕掛けが効いたのかと、部屋の隅に居たなつは内心喜ぶ
「義姉上様にあれほど願われて袖にしては、勘十郎の男が立ちません。清洲織田か岩倉織田か、あるいは斯波を直接叩くも良し。この勘十郎信勝、必ずや兄上様のお役に立って見せましょうぞ」
「 」
信勝の言葉に、信長の左の目尻がピクリと痙攣した
何を考えている、と
何故こんな場所で主家である清洲織田や、斯波の名を出すのか
そして、確信する
斎藤家を巻き込んでのこの騒動、間違いなくこの弟も一枚噛んでいるということを
「少し失礼致します」
不意になつが席を立ち、その後のことは村井貞勝が請け負った
嫌な胸騒ぎがする
胸の奥に薄黒い靄のようなものが蠢き、なつを困らせる
半ば走るように局処に向う
「奥方様」
いつもは開け放っている居間が、今日に限っては閉まっていた
「奥方様、なつです。入りますよ?」
一言声を掛けてから襖を開け、なつは膝を落としながら部屋に入ろうとした
その目の前で、顔を伏せ手で覆っている帰蝶の背中が見える
焦らないわけにはいかない
「奥方様・・・っ?!如何なさいました」
驚いて、なつは立ち上がったまま帰蝶の肩を抱いた
「・・・なつ」
気の強い帰蝶が泣いている
ただ事ではない
「どうかなさったんですか?何がありました」
「 」
帰蝶はただ首を振って、わけを話すことも拒む
「何かありましたか?」
「何も・・・」
周囲には誰の姿もない
お絹も控えているのか、ここには居ない
「どうして一人きりで」
「なんでもない」
「ですが・・・」
「なんでもないって言ってるでしょッ?!」
「 ッ」
感情的になることなど凡そ考えられない帰蝶のその態度に、なつは驚いた
それから、また泣き出す帰蝶をどうにもできず、なつは一度部屋から離れてお絹を探した
「奥方様と勘十郎様の間で、何か起きましたか?」
「いいえ、特に何も。庭を拝見したいと仰ったので、草履を取りに玄関に参りましたし、野点の用意もしておりましたが、お部屋からは変わった様子はありませんでしたよ。ねえ?」
「はい、私が残りましたが、特に他愛のない話ばかりで」
部屋から離れる時、お絹は襖を態と開けたまま離れたと話す
残った侍女は部屋の中を覗くわけにも行かないで、廊下でじっと聞き耳を立てていたが、男女が契りを交わすような気配は全くなかったと言う
ならば何故、帰蝶はあんなにも取り乱して泣いていたのか
自分にも話したくないことがあったのか
ならだ、どんなに聞いたところで帰蝶は、話などしないだろう
諦めるしかないか・・・
気を取り直して部屋に戻ると、自分と入れ替わるように信長が部屋に滞在していた
「若・・・。勘十郎様は、良いのですか?」
「ああ。今、村井の接待で酒を飲んでいる。それより、あの勘十郎が俺に頭を垂れたんだ。それもきっと、帰蝶の手引きだろうと想ってな、こうして我が妻殿に礼を言いに来てたところだ」
「礼だなんて大袈裟な。妻として、当然のことをしたまでです」
「 」
さっきまで大泣きしていた人間とは想えないほど、帰蝶はカラッといつもの笑顔を浮かべている
僅かな間に人間は、ここまで豹変できるものだろうか
それとも、夫の前だけは気丈に振舞って居たいのか
信勝から「二人きりで話がしたい」と誘われた
断れば良かったのか
だが、信勝が全ての策略を知っているのだとしたら、罠だとわかっていても飛び込まないわけには行かなかった
夫を助けるためにも
信長の前では自分の存在など、塵にも等しかった
機嫌の良いまま末森の城に戻った信勝は、早速母の呼び出しを食らう
「どうでしたか」
「はい。なんとか義姉上様と約束を取り交わすことはできました」
「そうですか。さすがは勘十郎。首尾よく事を運ぶには、それなりの才能が必要です。吉法師にはこんなこと、できないでしょうね」
息子の返事に土田御前市弥も機嫌の良い顔をする
「しかし、これで良かったのでしょうか」
「何がですか」
「少し良心が痛みます」
「どうして」
「兄上を殺して義姉上様を手に入れて、しかしそれで本当に美濃も手に入るのでしょうか」
「そのために、私の実家も動いているのです。斎藤と手を組んだのは、見せ掛け。向うは尾張を欲しているのです。そんなこと、百も承知の内応です。あなたも心して掛かりなさい」
「はい」
恐ろしくもおぞましい密談であった
「それと、あの生意気な嫁は、どのような印象でしたか?」
数年前、夫の葬儀の時を最後に見た嫁は、嫁としての役割も果たせぬどころか、なつを連れて行ってしまった
お陰で末森の中にも帰蝶に傅く女が出て来て、煩わしい想いをさせられている
「ええ、お美しい方でした。兄上にはもったいないほどに」
「 」
自分もじっくりと盗み見たことはあるが、同じ女から見てもその美貌は妬ましいほどだった
男の信勝が見て、興味を示さないわけがない
息子のその様子を見ると、相当気に入ったのか
だが、子は望めないだろう
今も妊娠の噂を聞かぬ嫁では、信勝の子を産めるかどうか疑わしい
「本当に、私が頂いて構わないのだろうかと言う気がしましたよ」
「勘十郎」
仄かに逆上せ上がるような息子に、市弥は厳しい目をして言った
「目的を忘れないよう。美濃の方様は、あくまで美濃を手に入れるための道具です。道具に情を掛けてはなりません」
「母上・・・」
「それと、吉法師を亡き者にしたら、あなたの奥方を降嫁させねばなりません」
「そうですね」
信勝の妻は豪族の娘
一方、信長の妻は『大名』であり、しかも西美濃の『国主』の娘である
どちらの位が高いかと聞かれれば、即答で『斎藤帰蝶』と誰もが応えて然るべき
『大名』であり『国主』である斎藤の姫君を側室にしてしまえば、美濃から反感を買うのは避けられない
そのため、息子の子を産んでくれた女ですら切り捨てようとしている
簡単だった
信長を引退させても、この信勝なら何れ尾張を統一できる
嫁の替えなどいくらでも利くと考えていた
信長の出来が悪いと想っている市弥は、長男ではいつまで経っても尾張を統一できないと決め込んでいるのだから
信勝もそれには異存のない様子である
どちらも綺麗な面立ちをしていながら、考えることは冷徹だった
本格的な梅雨が到来した
信勝がこの那古野に来たのを最後に、晴れ上がった天気は成りを潜め、毎日重苦しい色をした雨雲が空を覆う
「中々に歯痒いものだな」
信勝との接触を果たし、義龍が動くかと想えば全く気配がない
いつものように表座敷に信長、帰蝶を中心になつ、秀隆、可成、貞勝、恒興が並ぶ
そこへ弥三郎が戻って来た
「どうでしたか」
「大和守が動き出しました」
「斎藤ではなく、大和守がか?」
また、こちらを嗾けるつもりだろうかと一瞬緊張感が漂う
「いいえ。兄の口ぶりではどうも、斯波を直接って感じですね」
「斯波を?」
清洲大和守織田は、信長、岩倉織田らの主家である
勢力の衰えた斯波を屠るには充分な力を既に持っていた
「それなら何故、こちらに話が上がらないのでしょう」
なつが至極当然なことを口にする
「答えは簡単よ。清洲を独り占めするつもり」
清洲は尾張の象徴である
「私の父、道三は、そうはしなかったけれど」
稲葉山城は元から斎藤家の居城である
道三が斎藤を乗っ取っただけで、土岐の居城・革手の城には手を出していない
「美濃の国人の反感を買わないために、革手城は手付かずのままにしてあります。だけど尾張は、清洲が国主の証。それを手に入れるにしても、他の織田に援軍を頼んでは、手柄の山分けになってしまいますからね。増してや、過日の三河・村木砦攻めでの勘十郎様の功績も、国内では声高に流れています。あるいは武功を横取りされては堪らない、と言うところでしょうか」
あれから帰蝶の様子も、いつもと変わりないまでに回復した
少なくとも人前で涙を見せることはない
なつは女として、帰蝶の不器用さを嘆いた
そして、哀れんだ
あの日何があったのか、結局帰蝶は話してくれなかった
しかし、梅雨明けには信勝と密会する約束をしたことだけは聞かされ、俄かに緊張感が漂う
「勘十郎様がどんな話を持ち掛けて来るか、想像できません。尚更、真実を知った時、私は冷静で居られるかどうか、わからない」
「奥方様・・・」
「大勢を引き連れて逢うわけには行かないけれど、誰か一人、心強い味方が欲しい・・・」
「なら、吉兵衛をお連れに」
「吉兵衛を?」
「ああ見えても結構、居合いの覚えはあるんですよ?」
「ええ?本当に?」
なつの薄っすら笑う顔に釣られたか、帰蝶も冗談だろう?とでも言いたげな笑顔で聞き返す
「腕は鈍ってるかも知れませんがね」
「っぷ・・・」
ついこの間、そんな話をしていたことを想い出しながら、なつは帰蝶の話を聞いていた
「どっちにしても、俺達は大和守すら警戒する存在になれたってことだな」
一度帰蝶の方に目をやり、信長はニカッと笑う
帰蝶もそれに応え、微笑んだ
この夫婦の無言の遣り取りを側で見ていて、なつは帰蝶が信勝に心変わりしたのではないと知り、どこかで心をほっとさせた
「じゃぁ、大和守には存分なことをしてもらおーじゃねーか。丁度滝川も清洲周辺で偽情報を流してくれてるだろうしよ」
「そろそろ締めに掛かりますか」
隣で帰蝶がそっと告げる
「そうだな。弥三郎」
「はい」
「兄貴に伝えろ。織田はいつでも受け入れる態勢を整えておくと」
「承知しました」
信長の言葉を聞くと、戻ったばかりの弥三郎はまた、表座敷を出て行く
「三左」
今度は帰蝶が可成を呼ぶ
「はい」
「恵那に手紙を渡してちょうだい。実家の林殿に探って欲しいことができました」
「可児の土田、ですか?」
母親の実家の名が出たからか、一瞬信長の表情が曇る
「ええ。もしかしたら、直接勘十郎様と繋がっているかも知れない。だとしたら、ここでのことも既に土田に知られているかも」
「帰蝶」
何を止めようとしたのか、信長の心配げな顔を拒むように、帰蝶は悠然とした態度で続けた
「大丈夫です。虎穴に入らずんば虎児を得ずと言うではないですか」
「だけどな、やっぱり」
「吉法師様は、私が鳴海に出向いた時もそうでした。寸でのところでやっぱり帰らないかと仰った。そんなに私が気懸かりですか?」
「女房を心配しない亭主が居るのか?」
少人数とは言え、他人の目の前で照れるような言葉を平気で告げる
そんな夫に少し苦笑いしながら、帰蝶は応えた
「帰蝶は、幸せ者です」
「帰蝶・・・」
「こんな風に、私を心配してくれる夫が居る。それだけで帰蝶は、がんばれます」
「私だって、心配しておりますよ」
二人の間になつが割り込む
「ありがとう、なつ。でも大丈夫よ。手篭めにさせそうになったら、兼定で真っ二つにしてやるから」
「あのさ、帰蝶。試し切りとかすんなよ?あれでも一応、俺の弟なんだからさ」
俄かに別の心配事が芽生える信長であった
清洲の城下では、一益が流している噂が実しやかに大和守の耳に入る
「斯波はとうとう傀儡の仮面を脱いで、織田から独立するつもりで居るらしい」
「武器も充分に揃っているみたいだしな」
「そうなると、ここも戦火に巻き込まれるか」
帰蝶が嫁入りして直ぐの頃、自らの持参金を元手に斯波に対し大量の武器を献上した
それが今になって漸く生かされてるようになったのか、武器を充分確保していることは大和守家にも伝わっている
長きに渡り傀儡として操って来た斯波家が、自分に対し反骨心を見せるようになっていたのも気になっていた
そこへ来て斯波家の離反の噂
真偽を確かめようにも、相手が相手だけに腰を低くするのも今更誇りが許さない
織田三奉行の筆頭としての矜持、名門斯波を踏み台にしている悦楽感
捨てるわけには行かなかった
天文二十三年、七月
遂に地が動いた
すっかり信長に傾いてしまっていた斯波を討伐すべく、大和守が清洲を包囲
ここに下剋上を打ち出そうとした
下剋上で美濃を盗った男を父に持つ帰蝶には、その先の結果もわかっている
「帰蝶!」
慌てた、しかし既に予見していたことが現実となり、俄かに頬の緩む信長が局処に駆け込んで来た
「大和守が、遂にやりやがった!」
「え?」
ここではさすがに夫の方が情報伝達が早い
一益が共にやって来たと言うことは、入手したばかりの情報と言うことだろうか
「大和守が斯波家に対して謀叛」
「とうとう・・・?」
「清洲に備蓄された武器に、黙ってられなくなったらしい。それもそうだろ。鉄砲が次々と集まって来てるんだからな」
鉄砲の送り主は、言わずと知れた信長である
『主家たりえん』と、それなりに武装した方が貫禄が出ると、せっせと送り続けた鉄砲の数に、大和守家が痺れを切らせた
随分と時間は掛かったが、起きてしまえば当主斯波義統はあっさりを腹を切った
「清洲城を包囲され、逃げ場失ったとその場で自害」
「自害、ですか」
一益の報告に、帰蝶はなんとも淡白な終焉だと一種、呆れてしまう
「戦闘らしきものは?」
「殆ど起きてませんな。大和守の家臣が清洲城に潜入、そのまま制圧してしまい、逃げることもままならなかったとか」
「では、他の方々は」
「それがな、帰蝶。大和守は他のやつらが留守をしている隙を縫って、清洲に上がり込んだらしいんだ」
「ええ?」
「しかも、だ。大和守は俺の暗殺も目論んでいたらしい」
「 吉法師様の、暗殺・・・?」
「斯波はこれを元手に俺のところに逃げ込もうとしていたらしい。それの先手を打たれたってことだな」
「 」
夫の身の周りが、物騒なことになっている
それがどうにも我慢ならない
次から次へと降り注ぐ不安に、帰蝶は覚悟を決めた
信勝との対峙を
「それで、斯波の倅の岩竜丸を弥三郎が迎えに行ってる」
「ご嫡男様ですね?」
「誘導してるのは、弥三郎の兄貴の時親だ。帰蝶、出迎えの準備をしろ」
「 はい・・・ッ」
お能との再会は、何年ぶりだろうか
「姫様・・・!」
夫との間に生まれた子らをその場に置いて、お能は久方振りに顔を見る帰蝶の許へ駆け出した
「お能!」
「お久し振りでございます。お元気そうで、何よりです」
「お能こそ、息災で何よりです。それに、随分と子沢山になりましたね」
「 」
冷やかされて、年甲斐もなくお能は照れ臭さに俯いた
夫との相性が良いのか、長男を筆頭に三人の子に囲まれている光景は微笑ましい
さっきまで清洲で殺伐とした空気に触れていたとは想えないほどだった
嫁いだ翌年に生まれた長男は、まだまだ幼いが自立して一人で立っていた
先月生まれたばかりの次男は菊子が抱いている
真ん中の長女は長男が手を引いた微笑ましい光景が広がった
三人とも、何れも年子
毎年ぽんぽん産んでることになる
「こちらが、先代様のご側室だった養徳院なつ様です」
自分と入れ替わりに主君・帰蝶の補佐をやっているなつに、お能は深々と頭を下げた
「初めまして、養徳院様。土田能でございます」
庶民の出であるお能は、武家に対して名乗る『名字』を持たない
実家の屋号を名字にするわけにも行かず、夫の名字を名乗った
「初めまして、池田なつでございます。お能殿も奥方様同様、わたくしを『なつ』と呼んで下さって結構です」
「そんな、恐れ多い・・・」
「大丈夫よ、お能。なつは人柄が良いから、あなたも直ぐ馴れるわ」
「はい」
帰蝶に絆され、お能は二度、なつにお辞儀をした
庶民の出とは言え、お能の実家は美濃でも一~二を争う大店である
そこらの貧乏豪族の姫君よりもずっと、教育は行き届いていた
局処でお能から斯波家の事変を詳しく聞いている一方で、表座敷では信長が斯波の嫡男岩竜丸を迎え入れている
信長は大名でも国主でもなく、未だ『一豪族』の身分
斯波の家臣である大和守織田の、更にその家臣に過ぎないため、例えここが信長の居城であろうとも、表座敷の上座に座り、『主家』である斯波を迎え入れるのは切腹物の非礼に当る
信長は下座で腰を下ろし、いつも自分が座っている上座に岩龍丸を迎えた
「斯波岩龍丸義銀様、お成りにございます」
「 」
下座に控えた信長、その背後に並ぶ秀隆、一益、恒興、可成、丹羽長秀、塙直政らが一堂に面を下げた
ここにもやはり、信長の傅役・林秀貞の姿はない
既に信勝側の人間と見て間違いないのか
お能の夫、土田時親に付き添われて登場したのは、今年で十四になるまだ年若い少年
「此度の動乱、前以て抑えられずに居た信長の非力、どうかご容赦くださいませ」
「 構わぬ。余が城を空けた隙に、よもや坂井らが押し寄せるとは、想像しておらなんだ・・・」
父の死に直面したからか、幼い主君は憔悴しきった表情だった
「して、大和守様にはどのような処罰を」
信長の待ち望んでいた言葉が、岩龍丸の口伝えに出て来る
「織田信友の討伐じゃ・・・!父上の仇、取らずにおられようかッ」
「なればその討伐、何卒この信長にご下知賜りますようお願い申し上げます」
「そなたにできるのか」
「はい」
「父上の仇を取れるのであれば、誰でも構わん。信友を殺せッ!」
「必ずや」
岩龍丸に平伏しながら、信長はにやりと北痩笑んだ
「帰蝶!帰蝶!やったぞ!」
表座敷の床に見せた邪悪な微笑みなど何処に行ったのか、局処を大股で闊歩する信長の笑顔は、いつものような爽やかさに満ちていた
「帰蝶!」
「きゃーッ!」
居間の襖を開けた瞬間、お能の絶叫が響き渡る
今、正に、乳飲み子の次男に懐を寛げて、乳を飲ませていた最中だった
「おう、お能か!久しいの」
「わ、若様・・・、いえ、殿・・・」
「相変わらず美形だのぅ」
「あ、ありがとうございます・・・」
男を悩ませるほど豊満になった乳房を、必死で小袖の袖で覆い隠す
「帰蝶、やったぞ!」
「それはわかりましたから、とりあえず出て行ってください!」
居間はお能の貸切となり、信長は急遽なつの私室で帰蝶と対談と相成った
同じく子持ちである可成の妻恵那が、居間に残って自分の子と共にお能の他の子の面倒を見ている
「大和守討伐?」
「そうだ、その命が下った」
「やりましたね、若。狙い通りじゃないですか」
信長と帰蝶の立てた謀略が上手く行ったことに、なつは大喜びする
その後を追うようにやって来た時親が、なつの部屋に通された
「お久し振りでございます、吉法師様。じゃなかった。今日から『殿』、ですね」
お能が一発で気に入ったと言われるほどあって、時親も中々の美男子である
これがお能の夫かと、帰蝶は初めて見る時親をしばらくしげしげと眺めていた
「よろしく頼むぞ、平三郎」
「はっ」
「帰蝶、これが弥三郎の兄、平三郎時親だ」
「初めまして、織田信長の妻、帰蝶でございます」
「初めまして。これから妻共々、お世話になります」
「平三郎にはしばらく城で暮らしてもらう」
「はい、承知しました」
「その内城下に屋敷でも誂えてもらうが、今しばらくは岩龍丸の監視に当ってもらいたい」
「はっ」
「それにしても、よく岩龍丸をここに連れて来てくれたものだ。うっかり末森に行くかと想ったぞ」
時親の迅速な行動に、信長は今更なように感嘆の声を上げる
「はっ。日頃からお屋形様が若様に、何かあれば勝幡織田を頼るようにと仰られておりましたので、木曽川からこちらにお連れするのに違和感はなかったようです」
「そうか。賄賂の鉄砲が効いたかな」
笑いながら言う信長に、帰蝶が少し厳しい顔付きで付け加える
「その鉄砲、そろそろ回収せねばなりませんね」
清洲城に取り残された武器の殆どは信長が送ったものであるため、こちらの財産でもあった
「そうだな。あのままにしておいたら、大和守の物になっちまう」
「しかし、送ったのは鉄砲だけで、玉は一緒ではありませんよね」
そう聞くのは、時親である
「当然です。玉や火薬まで一緒に渡しては、その全てがこっちに向いた時、慌てふためくのは吉法師様なんですよ?」
「おい、俺だけか」
帰蝶の、あたら他人事な言い草に、信長は想わず即座に突っ込みを入れた
俄かに那古野もざわめき始める
斯波の跡取りを手の内に取り込んだことで、大和守家が殺気立ち、成りを潜めていた岩倉の伊勢守家も清洲の情勢を探り始めた
そして、末森の信勝も
兄に信友討伐の命が下ったと聞き、半分はにや笑い、半分は焦る気持ちが生まれる
初めてじっくりと言葉を交わした兄嫁の、あの憂いに満ちた貌(かお)が忘れられない
子を産んだばかりの妻を何度抱いても、脳裏に浮かぶのは麗しの兄嫁だった
気が強そうで、人前では涙など見せそうにもないあの気丈な女は、どんな表情をして男の腕の中で泣くのだろうか
そんな、男としての『征服感』を掻き立てられて仕方がない
もしも帰蝶が兄の妻でなければ、こんなにも興味は沸かなかっただろう
微妙な位置に居るからこそ、信勝の好奇心を駆り立てる
「しかし、案外大和守も簡単に動いたものだな。まぁ、こっちとしては、痺れを切らせてたんだけどよ」
「殿が清洲のお屋形様に送り込んだ、岩室のご息女様を巡って、大和守様と随分争っておいででしたから」
尾張豪族岩室の娘・あやは、信秀最後の側室だった
頭角を表す信秀に恐れて、当時まだ十三の幼さで祖父ほどの年の離れた信秀に差し出された『生贄』でもある
「その岩室の娘はどうなった」
「城を占拠されてしまいましたので、そのまま大和守様の許に送られたそうです」
「誰も守ってくれなかったのですか?」
想わず帰蝶は口を挟む
「みな、自分を守ることで必死でしたから」
「 」
女の人生の奇抜さには馴れたつもりの帰蝶でも、男の手から手へと振り回されるあやが気の毒になって来る
「岩室のその娘は、うちの親父すら惑わせたほどの美形だからな」
「ご存知で・・・?」
珍しく、帰蝶の胸の奥に『嫉妬』にも似た感情が息吹く
「ちらっとだけ見たことがある。遠目で見ても香るような美人だったけど」
「そうですか・・・」
何となく気落ちする帰蝶に、なつはつい心の中で微笑んだ
凡そ女らしくないと想っていた帰蝶が、一人前に『悋気』(やきもち)を感じている
だが、帰蝶自身それを感じたことは一度もないかのように、自分のその感情を上手く表現できていないように見えて、実に初々しく映った
同じ女でありながら、人知れず身悶えする帰蝶がやけに可愛く見えて仕方ない
「でも、それだけだ。俺にはどうも興味が持てねぇ」
「吉法師様・・・」
信長の言葉に、帰蝶はほっとしたような顔をする
やはりなつは心の中で、「可愛い」と呟いた
男女の仲など無縁に育ったのか、帰蝶の何もかもが無垢で穢れを知らない
半分男のままで嫁ぎ、そして、信長の手で女になった
帰蝶の世界は信長を中心に形成されている
それが手に取るようにわかるから、尚更愛らしさが滲み出ていた
「あや様には、私も同じ局処で暮らしておりましたので、多少なりとも想い入れはございます。何とかして助け出せればと、願っておりますが」
「個人的感情だけ動くとどうなるか、大和守を見ていれば自ずと答えは出るだろう?俺は無茶をして自分の墓穴を掘るような真似はしたくない」
「そうですけど・・・」
十三で側室に上げられ、ただ可愛がられるだけだったあやを、なつは想い出す
初めこそ同衾もあったが、信秀の年齢を考慮しても、あやが子を生めるような年齢の頃には、信秀の男性機能は既に衰えていた
同時に斎藤との飽くなき戦、それから嫡男の嫁として迎え入れた帰蝶との出逢い
絶世の美女と成長したあやよりも、信秀は『鷹の目』をする嫁に気が移ってしまっていたのだから、側室としての働きもあったものではない
市弥にとってはなつもあやも、同じく目障りなだけの存在であったため、信長が清洲に送ったことに対して異論を唱えたこともなかった
それだけ、あやの存在は織田では軽視されていた
尚更気の毒だと感じてしまう
帰蝶も、なつと同じくあやのことが気懸かりだった
「側室と言っても、形だけのこと。その実、体の良い人質も同じ扱いでした」
「そう・・・」
自分の母も、あやと同じだった
違うのは、正室として斎藤家で崇められているか、そうでないかの差だろうか
帰蝶の母・那々はまだ五つと言う幼さで父に嫁いだ
今現在は美濃国主の妻として何不自由なく暮らしているが、それが果たして幸せなことがどうか、帰蝶にはわからない
ただ、不満を言っていた記憶はないので、幸せなのだろう
それでも想うのは、いつも夫が言っているように、人の人生が他人の掌で決まるのは間違っていると言うことだった
「吉法師様はああ仰っておられたけど、あや様の救出、なんとか手立てを考えてもらえるよう、私からもお願いしてみます」
「はい、ありがとうございます、奥方様」
自分に深々と頭を下げるなつを見て、なんて心の優しい女なのかと感心した
益々、那古野に来てもらえたことに感謝する
そんな帰蝶の許に、信勝から手紙が届いた
清洲での事変の二日後のことである
逢いたい
と、そう書かれてあった
寧ろその逆の事が起きた
この肌に触れることなく、自分を落とした
夫ですらしようとしなかったことを、義理の弟はやってのけた
心が恐怖した
自分が女であることを、嫌でも自覚させられた
口唇を蹂躙され、挿入された舌が口内を犯す
信勝が人の気配に体を離すまで、帰蝶はこの屈辱にただ耐えるしかなかった
「お待たせしました。草履、お持ちしました」
中庭へと続く縁側から、お絹を先頭にこの場を離れた侍女の何人かが戻った
それに引き寄せられ、廊下側で待機していた侍女達もやっと、部屋に入って来る
「庭で野点は如何でしょう」
「良いですね。どなたが点ててくださるのですか?義姉上様?」
「
信勝の顔をまともに見ることのできない帰蝶は、ただ黙って俯く
「奥方様の腕では、若様が食当りを起してしまいます。わたくしが点てさせていただきます」
「お絹殿が。これは楽しみだ」
お絹は自分が生まれる前から侍女としてここで働いている
嫁入りして来た帰蝶よりは馴染みが深かった
それから梅雨前の珍しいからっと晴れた空の下で、薄茶を楽しむ
帰蝶にはそんな心の余裕などなかった
さっきからずっと、信勝の口唇が気になって仕方ない
自分の口唇に差した紅が、信勝の口唇に移っているからだ
誰もそれに気付かないのか、男でも血色の良い口唇をしている者は居るから気にしないのか、それを一々確かめるわけにも行かない
犯された口唇を離した時、帰蝶は信勝のその色に目を見開いた
「
それを自分の指先で拭おうとする
その指を、信勝が握り取った
「あなたのお色、頂いて帰ります」
そう言って、自分の上唇と下唇を擦り合わせ、口紅を馴染ませる
信勝のこの仕草に、帰蝶の背筋が震えた
「
わけもわからず、全身の血がざわつく
怖い・・・と、感じた
「遅くなりました」
庭で薄茶を楽しみ、それから兄の待つ表座敷に上がる
上がった信勝を見て、信長はその口唇の赤さが気になった
「今日は随分と血色が良いな。何か良いことでもあったのか?」
口唇の赤が目立つと顔色まで良く見える
「そうですね、初めて義姉上様をじっくりと拝見できました」
「
そんなことでくらいで嬉々としているのか?と、首を傾げる
信勝はそんな兄を気にも留めず、いきなり膝を割って親指を付け、頭を下げた
「勘十郎?どうした」
「若」
信勝の行為を勝家が止めようとする
「兄上。有事の際は、この勘十郎を是非ともお使いくださいませ」
「若・・・ッ」
これではまるで自分から兄の家臣に成り下がることを、承諾したかのようにも想われる
勝家はそれを止めようとしたのだった
「勘十郎?どうした、いきなり」
「いきなりではございません。兄上は織田の惣領。私はそれに従うべき存在でございますが、兄上は私にそれを強要なさらない。ですので私も今日まで自由気侭に過ごしておりましたが、そろそろ織田の天下取りに本腰を入れては如何かと存じます」
口上を述べる信勝は、凛とした気品と悠然とした貫禄があった
長男次男の順序が逆であったならばと、勝家は益々感じ入る
「それは俺も常日頃考えている」
だが、それには後顧の憂いや背後の危機を取り除いてできることであり、いつその背後をこの弟に突かれるかわからぬ今、迂闊に尾張に手を出すことは憚られた
「ならば是非とも」
「だからどうしたってんだ、急に」
「先ほど義姉上様から、どうか兄上様の味方になってくださいませと懇願されました」
「帰蝶が?」
そのつもりでいたことは、なつの作戦なのだから別段驚くほどのことでもない
と言うことは、上手く色仕掛けが効いたのかと、部屋の隅に居たなつは内心喜ぶ
「義姉上様にあれほど願われて袖にしては、勘十郎の男が立ちません。清洲織田か岩倉織田か、あるいは斯波を直接叩くも良し。この勘十郎信勝、必ずや兄上様のお役に立って見せましょうぞ」
「
信勝の言葉に、信長の左の目尻がピクリと痙攣した
何を考えている、と
何故こんな場所で主家である清洲織田や、斯波の名を出すのか
そして、確信する
斎藤家を巻き込んでのこの騒動、間違いなくこの弟も一枚噛んでいるということを
「少し失礼致します」
不意になつが席を立ち、その後のことは村井貞勝が請け負った
嫌な胸騒ぎがする
胸の奥に薄黒い靄のようなものが蠢き、なつを困らせる
半ば走るように局処に向う
「奥方様」
いつもは開け放っている居間が、今日に限っては閉まっていた
「奥方様、なつです。入りますよ?」
一言声を掛けてから襖を開け、なつは膝を落としながら部屋に入ろうとした
その目の前で、顔を伏せ手で覆っている帰蝶の背中が見える
焦らないわけにはいかない
「奥方様・・・っ?!如何なさいました」
驚いて、なつは立ち上がったまま帰蝶の肩を抱いた
「・・・なつ」
気の強い帰蝶が泣いている
ただ事ではない
「どうかなさったんですか?何がありました」
「
帰蝶はただ首を振って、わけを話すことも拒む
「何かありましたか?」
「何も・・・」
周囲には誰の姿もない
お絹も控えているのか、ここには居ない
「どうして一人きりで」
「なんでもない」
「ですが・・・」
「なんでもないって言ってるでしょッ?!」
「
感情的になることなど凡そ考えられない帰蝶のその態度に、なつは驚いた
それから、また泣き出す帰蝶をどうにもできず、なつは一度部屋から離れてお絹を探した
「奥方様と勘十郎様の間で、何か起きましたか?」
「いいえ、特に何も。庭を拝見したいと仰ったので、草履を取りに玄関に参りましたし、野点の用意もしておりましたが、お部屋からは変わった様子はありませんでしたよ。ねえ?」
「はい、私が残りましたが、特に他愛のない話ばかりで」
部屋から離れる時、お絹は襖を態と開けたまま離れたと話す
残った侍女は部屋の中を覗くわけにも行かないで、廊下でじっと聞き耳を立てていたが、男女が契りを交わすような気配は全くなかったと言う
ならば何故、帰蝶はあんなにも取り乱して泣いていたのか
自分にも話したくないことがあったのか
ならだ、どんなに聞いたところで帰蝶は、話などしないだろう
諦めるしかないか・・・
気を取り直して部屋に戻ると、自分と入れ替わるように信長が部屋に滞在していた
「若・・・。勘十郎様は、良いのですか?」
「ああ。今、村井の接待で酒を飲んでいる。それより、あの勘十郎が俺に頭を垂れたんだ。それもきっと、帰蝶の手引きだろうと想ってな、こうして我が妻殿に礼を言いに来てたところだ」
「礼だなんて大袈裟な。妻として、当然のことをしたまでです」
「
さっきまで大泣きしていた人間とは想えないほど、帰蝶はカラッといつもの笑顔を浮かべている
僅かな間に人間は、ここまで豹変できるものだろうか
それとも、夫の前だけは気丈に振舞って居たいのか
信勝から「二人きりで話がしたい」と誘われた
断れば良かったのか
だが、信勝が全ての策略を知っているのだとしたら、罠だとわかっていても飛び込まないわけには行かなかった
夫を助けるためにも
信長の前では自分の存在など、塵にも等しかった
機嫌の良いまま末森の城に戻った信勝は、早速母の呼び出しを食らう
「どうでしたか」
「はい。なんとか義姉上様と約束を取り交わすことはできました」
「そうですか。さすがは勘十郎。首尾よく事を運ぶには、それなりの才能が必要です。吉法師にはこんなこと、できないでしょうね」
息子の返事に土田御前市弥も機嫌の良い顔をする
「しかし、これで良かったのでしょうか」
「何がですか」
「少し良心が痛みます」
「どうして」
「兄上を殺して義姉上様を手に入れて、しかしそれで本当に美濃も手に入るのでしょうか」
「そのために、私の実家も動いているのです。斎藤と手を組んだのは、見せ掛け。向うは尾張を欲しているのです。そんなこと、百も承知の内応です。あなたも心して掛かりなさい」
「はい」
恐ろしくもおぞましい密談であった
「それと、あの生意気な嫁は、どのような印象でしたか?」
数年前、夫の葬儀の時を最後に見た嫁は、嫁としての役割も果たせぬどころか、なつを連れて行ってしまった
お陰で末森の中にも帰蝶に傅く女が出て来て、煩わしい想いをさせられている
「ええ、お美しい方でした。兄上にはもったいないほどに」
「
自分もじっくりと盗み見たことはあるが、同じ女から見てもその美貌は妬ましいほどだった
男の信勝が見て、興味を示さないわけがない
息子のその様子を見ると、相当気に入ったのか
だが、子は望めないだろう
今も妊娠の噂を聞かぬ嫁では、信勝の子を産めるかどうか疑わしい
「本当に、私が頂いて構わないのだろうかと言う気がしましたよ」
「勘十郎」
仄かに逆上せ上がるような息子に、市弥は厳しい目をして言った
「目的を忘れないよう。美濃の方様は、あくまで美濃を手に入れるための道具です。道具に情を掛けてはなりません」
「母上・・・」
「それと、吉法師を亡き者にしたら、あなたの奥方を降嫁させねばなりません」
「そうですね」
信勝の妻は豪族の娘
一方、信長の妻は『大名』であり、しかも西美濃の『国主』の娘である
どちらの位が高いかと聞かれれば、即答で『斎藤帰蝶』と誰もが応えて然るべき
『大名』であり『国主』である斎藤の姫君を側室にしてしまえば、美濃から反感を買うのは避けられない
そのため、息子の子を産んでくれた女ですら切り捨てようとしている
簡単だった
信長を引退させても、この信勝なら何れ尾張を統一できる
嫁の替えなどいくらでも利くと考えていた
信長の出来が悪いと想っている市弥は、長男ではいつまで経っても尾張を統一できないと決め込んでいるのだから
信勝もそれには異存のない様子である
どちらも綺麗な面立ちをしていながら、考えることは冷徹だった
本格的な梅雨が到来した
信勝がこの那古野に来たのを最後に、晴れ上がった天気は成りを潜め、毎日重苦しい色をした雨雲が空を覆う
「中々に歯痒いものだな」
信勝との接触を果たし、義龍が動くかと想えば全く気配がない
いつものように表座敷に信長、帰蝶を中心になつ、秀隆、可成、貞勝、恒興が並ぶ
そこへ弥三郎が戻って来た
「どうでしたか」
「大和守が動き出しました」
「斎藤ではなく、大和守がか?」
また、こちらを嗾けるつもりだろうかと一瞬緊張感が漂う
「いいえ。兄の口ぶりではどうも、斯波を直接って感じですね」
「斯波を?」
清洲大和守織田は、信長、岩倉織田らの主家である
勢力の衰えた斯波を屠るには充分な力を既に持っていた
「それなら何故、こちらに話が上がらないのでしょう」
なつが至極当然なことを口にする
「答えは簡単よ。清洲を独り占めするつもり」
清洲は尾張の象徴である
「私の父、道三は、そうはしなかったけれど」
稲葉山城は元から斎藤家の居城である
道三が斎藤を乗っ取っただけで、土岐の居城・革手の城には手を出していない
「美濃の国人の反感を買わないために、革手城は手付かずのままにしてあります。だけど尾張は、清洲が国主の証。それを手に入れるにしても、他の織田に援軍を頼んでは、手柄の山分けになってしまいますからね。増してや、過日の三河・村木砦攻めでの勘十郎様の功績も、国内では声高に流れています。あるいは武功を横取りされては堪らない、と言うところでしょうか」
あれから帰蝶の様子も、いつもと変わりないまでに回復した
少なくとも人前で涙を見せることはない
なつは女として、帰蝶の不器用さを嘆いた
そして、哀れんだ
あの日何があったのか、結局帰蝶は話してくれなかった
しかし、梅雨明けには信勝と密会する約束をしたことだけは聞かされ、俄かに緊張感が漂う
「勘十郎様がどんな話を持ち掛けて来るか、想像できません。尚更、真実を知った時、私は冷静で居られるかどうか、わからない」
「奥方様・・・」
「大勢を引き連れて逢うわけには行かないけれど、誰か一人、心強い味方が欲しい・・・」
「なら、吉兵衛をお連れに」
「吉兵衛を?」
「ああ見えても結構、居合いの覚えはあるんですよ?」
「ええ?本当に?」
なつの薄っすら笑う顔に釣られたか、帰蝶も冗談だろう?とでも言いたげな笑顔で聞き返す
「腕は鈍ってるかも知れませんがね」
「っぷ・・・」
ついこの間、そんな話をしていたことを想い出しながら、なつは帰蝶の話を聞いていた
「どっちにしても、俺達は大和守すら警戒する存在になれたってことだな」
一度帰蝶の方に目をやり、信長はニカッと笑う
帰蝶もそれに応え、微笑んだ
この夫婦の無言の遣り取りを側で見ていて、なつは帰蝶が信勝に心変わりしたのではないと知り、どこかで心をほっとさせた
「じゃぁ、大和守には存分なことをしてもらおーじゃねーか。丁度滝川も清洲周辺で偽情報を流してくれてるだろうしよ」
「そろそろ締めに掛かりますか」
隣で帰蝶がそっと告げる
「そうだな。弥三郎」
「はい」
「兄貴に伝えろ。織田はいつでも受け入れる態勢を整えておくと」
「承知しました」
信長の言葉を聞くと、戻ったばかりの弥三郎はまた、表座敷を出て行く
「三左」
今度は帰蝶が可成を呼ぶ
「はい」
「恵那に手紙を渡してちょうだい。実家の林殿に探って欲しいことができました」
「可児の土田、ですか?」
母親の実家の名が出たからか、一瞬信長の表情が曇る
「ええ。もしかしたら、直接勘十郎様と繋がっているかも知れない。だとしたら、ここでのことも既に土田に知られているかも」
「帰蝶」
何を止めようとしたのか、信長の心配げな顔を拒むように、帰蝶は悠然とした態度で続けた
「大丈夫です。虎穴に入らずんば虎児を得ずと言うではないですか」
「だけどな、やっぱり」
「吉法師様は、私が鳴海に出向いた時もそうでした。寸でのところでやっぱり帰らないかと仰った。そんなに私が気懸かりですか?」
「女房を心配しない亭主が居るのか?」
少人数とは言え、他人の目の前で照れるような言葉を平気で告げる
そんな夫に少し苦笑いしながら、帰蝶は応えた
「帰蝶は、幸せ者です」
「帰蝶・・・」
「こんな風に、私を心配してくれる夫が居る。それだけで帰蝶は、がんばれます」
「私だって、心配しておりますよ」
二人の間になつが割り込む
「ありがとう、なつ。でも大丈夫よ。手篭めにさせそうになったら、兼定で真っ二つにしてやるから」
「あのさ、帰蝶。試し切りとかすんなよ?あれでも一応、俺の弟なんだからさ」
俄かに別の心配事が芽生える信長であった
清洲の城下では、一益が流している噂が実しやかに大和守の耳に入る
「斯波はとうとう傀儡の仮面を脱いで、織田から独立するつもりで居るらしい」
「武器も充分に揃っているみたいだしな」
「そうなると、ここも戦火に巻き込まれるか」
帰蝶が嫁入りして直ぐの頃、自らの持参金を元手に斯波に対し大量の武器を献上した
それが今になって漸く生かされてるようになったのか、武器を充分確保していることは大和守家にも伝わっている
長きに渡り傀儡として操って来た斯波家が、自分に対し反骨心を見せるようになっていたのも気になっていた
そこへ来て斯波家の離反の噂
真偽を確かめようにも、相手が相手だけに腰を低くするのも今更誇りが許さない
織田三奉行の筆頭としての矜持、名門斯波を踏み台にしている悦楽感
捨てるわけには行かなかった
遂に地が動いた
すっかり信長に傾いてしまっていた斯波を討伐すべく、大和守が清洲を包囲
ここに下剋上を打ち出そうとした
下剋上で美濃を盗った男を父に持つ帰蝶には、その先の結果もわかっている
「帰蝶!」
慌てた、しかし既に予見していたことが現実となり、俄かに頬の緩む信長が局処に駆け込んで来た
「大和守が、遂にやりやがった!」
「え?」
ここではさすがに夫の方が情報伝達が早い
一益が共にやって来たと言うことは、入手したばかりの情報と言うことだろうか
「大和守が斯波家に対して謀叛」
「とうとう・・・?」
「清洲に備蓄された武器に、黙ってられなくなったらしい。それもそうだろ。鉄砲が次々と集まって来てるんだからな」
鉄砲の送り主は、言わずと知れた信長である
『主家たりえん』と、それなりに武装した方が貫禄が出ると、せっせと送り続けた鉄砲の数に、大和守家が痺れを切らせた
随分と時間は掛かったが、起きてしまえば当主斯波義統はあっさりを腹を切った
「清洲城を包囲され、逃げ場失ったとその場で自害」
「自害、ですか」
一益の報告に、帰蝶はなんとも淡白な終焉だと一種、呆れてしまう
「戦闘らしきものは?」
「殆ど起きてませんな。大和守の家臣が清洲城に潜入、そのまま制圧してしまい、逃げることもままならなかったとか」
「では、他の方々は」
「それがな、帰蝶。大和守は他のやつらが留守をしている隙を縫って、清洲に上がり込んだらしいんだ」
「ええ?」
「しかも、だ。大和守は俺の暗殺も目論んでいたらしい」
「
「斯波はこれを元手に俺のところに逃げ込もうとしていたらしい。それの先手を打たれたってことだな」
「
夫の身の周りが、物騒なことになっている
それがどうにも我慢ならない
次から次へと降り注ぐ不安に、帰蝶は覚悟を決めた
信勝との対峙を
「それで、斯波の倅の岩竜丸を弥三郎が迎えに行ってる」
「ご嫡男様ですね?」
「誘導してるのは、弥三郎の兄貴の時親だ。帰蝶、出迎えの準備をしろ」
「
お能との再会は、何年ぶりだろうか
「姫様・・・!」
夫との間に生まれた子らをその場に置いて、お能は久方振りに顔を見る帰蝶の許へ駆け出した
「お能!」
「お久し振りでございます。お元気そうで、何よりです」
「お能こそ、息災で何よりです。それに、随分と子沢山になりましたね」
「
冷やかされて、年甲斐もなくお能は照れ臭さに俯いた
夫との相性が良いのか、長男を筆頭に三人の子に囲まれている光景は微笑ましい
さっきまで清洲で殺伐とした空気に触れていたとは想えないほどだった
嫁いだ翌年に生まれた長男は、まだまだ幼いが自立して一人で立っていた
先月生まれたばかりの次男は菊子が抱いている
真ん中の長女は長男が手を引いた微笑ましい光景が広がった
三人とも、何れも年子
毎年ぽんぽん産んでることになる
「こちらが、先代様のご側室だった養徳院なつ様です」
自分と入れ替わりに主君・帰蝶の補佐をやっているなつに、お能は深々と頭を下げた
「初めまして、養徳院様。土田能でございます」
庶民の出であるお能は、武家に対して名乗る『名字』を持たない
実家の屋号を名字にするわけにも行かず、夫の名字を名乗った
「初めまして、池田なつでございます。お能殿も奥方様同様、わたくしを『なつ』と呼んで下さって結構です」
「そんな、恐れ多い・・・」
「大丈夫よ、お能。なつは人柄が良いから、あなたも直ぐ馴れるわ」
「はい」
帰蝶に絆され、お能は二度、なつにお辞儀をした
庶民の出とは言え、お能の実家は美濃でも一~二を争う大店である
そこらの貧乏豪族の姫君よりもずっと、教育は行き届いていた
局処でお能から斯波家の事変を詳しく聞いている一方で、表座敷では信長が斯波の嫡男岩竜丸を迎え入れている
信長は大名でも国主でもなく、未だ『一豪族』の身分
斯波の家臣である大和守織田の、更にその家臣に過ぎないため、例えここが信長の居城であろうとも、表座敷の上座に座り、『主家』である斯波を迎え入れるのは切腹物の非礼に当る
信長は下座で腰を下ろし、いつも自分が座っている上座に岩龍丸を迎えた
「斯波岩龍丸義銀様、お成りにございます」
「
下座に控えた信長、その背後に並ぶ秀隆、一益、恒興、可成、丹羽長秀、塙直政らが一堂に面を下げた
ここにもやはり、信長の傅役・林秀貞の姿はない
既に信勝側の人間と見て間違いないのか
お能の夫、土田時親に付き添われて登場したのは、今年で十四になるまだ年若い少年
「此度の動乱、前以て抑えられずに居た信長の非力、どうかご容赦くださいませ」
「
父の死に直面したからか、幼い主君は憔悴しきった表情だった
「して、大和守様にはどのような処罰を」
信長の待ち望んでいた言葉が、岩龍丸の口伝えに出て来る
「織田信友の討伐じゃ・・・!父上の仇、取らずにおられようかッ」
「なればその討伐、何卒この信長にご下知賜りますようお願い申し上げます」
「そなたにできるのか」
「はい」
「父上の仇を取れるのであれば、誰でも構わん。信友を殺せッ!」
「必ずや」
岩龍丸に平伏しながら、信長はにやりと北痩笑んだ
「帰蝶!帰蝶!やったぞ!」
表座敷の床に見せた邪悪な微笑みなど何処に行ったのか、局処を大股で闊歩する信長の笑顔は、いつものような爽やかさに満ちていた
「帰蝶!」
「きゃーッ!」
居間の襖を開けた瞬間、お能の絶叫が響き渡る
今、正に、乳飲み子の次男に懐を寛げて、乳を飲ませていた最中だった
「おう、お能か!久しいの」
「わ、若様・・・、いえ、殿・・・」
「相変わらず美形だのぅ」
「あ、ありがとうございます・・・」
男を悩ませるほど豊満になった乳房を、必死で小袖の袖で覆い隠す
「帰蝶、やったぞ!」
「それはわかりましたから、とりあえず出て行ってください!」
居間はお能の貸切となり、信長は急遽なつの私室で帰蝶と対談と相成った
同じく子持ちである可成の妻恵那が、居間に残って自分の子と共にお能の他の子の面倒を見ている
「大和守討伐?」
「そうだ、その命が下った」
「やりましたね、若。狙い通りじゃないですか」
信長と帰蝶の立てた謀略が上手く行ったことに、なつは大喜びする
その後を追うようにやって来た時親が、なつの部屋に通された
「お久し振りでございます、吉法師様。じゃなかった。今日から『殿』、ですね」
お能が一発で気に入ったと言われるほどあって、時親も中々の美男子である
これがお能の夫かと、帰蝶は初めて見る時親をしばらくしげしげと眺めていた
「よろしく頼むぞ、平三郎」
「はっ」
「帰蝶、これが弥三郎の兄、平三郎時親だ」
「初めまして、織田信長の妻、帰蝶でございます」
「初めまして。これから妻共々、お世話になります」
「平三郎にはしばらく城で暮らしてもらう」
「はい、承知しました」
「その内城下に屋敷でも誂えてもらうが、今しばらくは岩龍丸の監視に当ってもらいたい」
「はっ」
「それにしても、よく岩龍丸をここに連れて来てくれたものだ。うっかり末森に行くかと想ったぞ」
時親の迅速な行動に、信長は今更なように感嘆の声を上げる
「はっ。日頃からお屋形様が若様に、何かあれば勝幡織田を頼るようにと仰られておりましたので、木曽川からこちらにお連れするのに違和感はなかったようです」
「そうか。賄賂の鉄砲が効いたかな」
笑いながら言う信長に、帰蝶が少し厳しい顔付きで付け加える
「その鉄砲、そろそろ回収せねばなりませんね」
清洲城に取り残された武器の殆どは信長が送ったものであるため、こちらの財産でもあった
「そうだな。あのままにしておいたら、大和守の物になっちまう」
「しかし、送ったのは鉄砲だけで、玉は一緒ではありませんよね」
そう聞くのは、時親である
「当然です。玉や火薬まで一緒に渡しては、その全てがこっちに向いた時、慌てふためくのは吉法師様なんですよ?」
「おい、俺だけか」
帰蝶の、あたら他人事な言い草に、信長は想わず即座に突っ込みを入れた
俄かに那古野もざわめき始める
斯波の跡取りを手の内に取り込んだことで、大和守家が殺気立ち、成りを潜めていた岩倉の伊勢守家も清洲の情勢を探り始めた
そして、末森の信勝も
兄に信友討伐の命が下ったと聞き、半分はにや笑い、半分は焦る気持ちが生まれる
初めてじっくりと言葉を交わした兄嫁の、あの憂いに満ちた貌(かお)が忘れられない
子を産んだばかりの妻を何度抱いても、脳裏に浮かぶのは麗しの兄嫁だった
気が強そうで、人前では涙など見せそうにもないあの気丈な女は、どんな表情をして男の腕の中で泣くのだろうか
そんな、男としての『征服感』を掻き立てられて仕方がない
もしも帰蝶が兄の妻でなければ、こんなにも興味は沸かなかっただろう
微妙な位置に居るからこそ、信勝の好奇心を駆り立てる
「しかし、案外大和守も簡単に動いたものだな。まぁ、こっちとしては、痺れを切らせてたんだけどよ」
「殿が清洲のお屋形様に送り込んだ、岩室のご息女様を巡って、大和守様と随分争っておいででしたから」
尾張豪族岩室の娘・あやは、信秀最後の側室だった
頭角を表す信秀に恐れて、当時まだ十三の幼さで祖父ほどの年の離れた信秀に差し出された『生贄』でもある
「その岩室の娘はどうなった」
「城を占拠されてしまいましたので、そのまま大和守様の許に送られたそうです」
「誰も守ってくれなかったのですか?」
想わず帰蝶は口を挟む
「みな、自分を守ることで必死でしたから」
「
女の人生の奇抜さには馴れたつもりの帰蝶でも、男の手から手へと振り回されるあやが気の毒になって来る
「岩室のその娘は、うちの親父すら惑わせたほどの美形だからな」
「ご存知で・・・?」
珍しく、帰蝶の胸の奥に『嫉妬』にも似た感情が息吹く
「ちらっとだけ見たことがある。遠目で見ても香るような美人だったけど」
「そうですか・・・」
何となく気落ちする帰蝶に、なつはつい心の中で微笑んだ
凡そ女らしくないと想っていた帰蝶が、一人前に『悋気』(やきもち)を感じている
だが、帰蝶自身それを感じたことは一度もないかのように、自分のその感情を上手く表現できていないように見えて、実に初々しく映った
同じ女でありながら、人知れず身悶えする帰蝶がやけに可愛く見えて仕方ない
「でも、それだけだ。俺にはどうも興味が持てねぇ」
「吉法師様・・・」
信長の言葉に、帰蝶はほっとしたような顔をする
やはりなつは心の中で、「可愛い」と呟いた
男女の仲など無縁に育ったのか、帰蝶の何もかもが無垢で穢れを知らない
半分男のままで嫁ぎ、そして、信長の手で女になった
帰蝶の世界は信長を中心に形成されている
それが手に取るようにわかるから、尚更愛らしさが滲み出ていた
「あや様には、私も同じ局処で暮らしておりましたので、多少なりとも想い入れはございます。何とかして助け出せればと、願っておりますが」
「個人的感情だけ動くとどうなるか、大和守を見ていれば自ずと答えは出るだろう?俺は無茶をして自分の墓穴を掘るような真似はしたくない」
「そうですけど・・・」
十三で側室に上げられ、ただ可愛がられるだけだったあやを、なつは想い出す
初めこそ同衾もあったが、信秀の年齢を考慮しても、あやが子を生めるような年齢の頃には、信秀の男性機能は既に衰えていた
同時に斎藤との飽くなき戦、それから嫡男の嫁として迎え入れた帰蝶との出逢い
絶世の美女と成長したあやよりも、信秀は『鷹の目』をする嫁に気が移ってしまっていたのだから、側室としての働きもあったものではない
市弥にとってはなつもあやも、同じく目障りなだけの存在であったため、信長が清洲に送ったことに対して異論を唱えたこともなかった
それだけ、あやの存在は織田では軽視されていた
尚更気の毒だと感じてしまう
帰蝶も、なつと同じくあやのことが気懸かりだった
「側室と言っても、形だけのこと。その実、体の良い人質も同じ扱いでした」
「そう・・・」
自分の母も、あやと同じだった
違うのは、正室として斎藤家で崇められているか、そうでないかの差だろうか
帰蝶の母・那々はまだ五つと言う幼さで父に嫁いだ
今現在は美濃国主の妻として何不自由なく暮らしているが、それが果たして幸せなことがどうか、帰蝶にはわからない
ただ、不満を言っていた記憶はないので、幸せなのだろう
それでも想うのは、いつも夫が言っているように、人の人生が他人の掌で決まるのは間違っていると言うことだった
「吉法師様はああ仰っておられたけど、あや様の救出、なんとか手立てを考えてもらえるよう、私からもお願いしてみます」
「はい、ありがとうございます、奥方様」
自分に深々と頭を下げるなつを見て、なんて心の優しい女なのかと感心した
益々、那古野に来てもらえたことに感謝する
そんな帰蝶の許に、信勝から手紙が届いた
清洲での事変の二日後のことである
と、そう書かれてあった
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1/22 『信長ノをんな』壱~参 / 公開
現在更新中の創作物(INDEX)
信長 ~群青色の約束~
こんな感じのこと書いてます
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管理人の独り言も混じっております
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ゲームブログ
千極一夜
家庭用ゲーム専用ブログです
『戦国無双3』が絶望的存在であるため、更新予定はありません
◇◇11/19 Nintendo DSソフト◇◇
『トモダチコレクション』
おのうさま(帰蝶)とノブ(信長)が 結婚しました(笑
家庭用ゲーム専用ブログです
『戦国無双3』が絶望的存在であるため、更新予定はありません
◇◇11/19 Nintendo DSソフト◇◇
『トモダチコレクション』
おのうさま(帰蝶)とノブ(信長)が 結婚しました(笑
祝:お濃さま出演 But模擬専… (戦国無双3)
おのれコーエーめ
よくもお濃様を邪険にしおってからに・・・(涙
(画像元:コーエー公式サイト)
オンラインゲームにてお濃様発見
転生絵巻伝 三国ヒーローズ公式サイト:GAMESPACE24
『武将紹介』→『ゲーム紹介』→『Exキャラクター紹介』→『赤壁VS桶狭間』にてお濃様閲覧可
キャラクター紹介文
「 絶世の美貌を持つ信長の妻。頭が良く機転が利き、信長の覇業を深く支えた。
また、信長を愛し通した一途な妻でもあった。」
(画像元:GAMESPACE24公式サイト)
勝手にPR
濃姫好きとしては、飲めなくても見逃せない
岐阜の地酒 日本泉公式サイト

(二本セットの画像)
夫婦セット 吟醸ブレンド(信長・濃姫)
本醸造 濃姫
カップ酒 濃姫®=爽やかな麹の薫り高い、カップとは想えない出来上がりのお酒です
吟醸ブレンド 濃姫® ブルーボトル=自然の香りのお酒です。ほんの少し喉を潤す程度でも香りが深く体を突き抜けます
本醸造 濃姫®=容量的に大雑把な感じに想えて、麹の独特の香りを抑えたあっさりとした風味です
今現在、この3種類を試しておりますが、どれも麹臭い雰囲気が全くしません
飲料するもよし、お料理に使うもよし
お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
奇跡のお酒です
何よりボトルがどれも美しい
清洲桜醸造株式会社公式サイト


濃姫の里 隠し吟醸
フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます
清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
岐阜の地酒 日本泉公式サイト
(二本セットの画像)
夫婦セット 吟醸ブレンド(信長・濃姫)
本醸造 濃姫
カップ酒 濃姫®=爽やかな麹の薫り高い、カップとは想えない出来上がりのお酒です
吟醸ブレンド 濃姫® ブルーボトル=自然の香りのお酒です。ほんの少し喉を潤す程度でも香りが深く体を突き抜けます
本醸造 濃姫®=容量的に大雑把な感じに想えて、麹の独特の香りを抑えたあっさりとした風味です
今現在、この3種類を試しておりますが、どれも麹臭い雰囲気が全くしません
飲料するもよし、お料理に使うもよし
お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
奇跡のお酒です
何よりボトルがどれも美しい
清洲桜醸造株式会社公式サイト
濃姫の里 隠し吟醸
フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます
清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
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ご訪問、ありがとうございます
あまり役には立ちませんが念のため
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