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「母上ー」
まだよちよち歩きもいいところな弟・於政を連れ、長女まさがやって来る
「なぁに?まさ。於政が転んだわ」
後ろで弟の泣く声がする
まさは慌てて駆け戻り、弟の手を引いて立たせてやった
「あのね、母上」
「はい」
「母上が父上に一目惚れしたって、本当ですか?」
「へ?」
「一目惚れって、何ですか?」
「あなたはまだ知らなくて結構です。それよりも、そんな話、誰がしたんですか」
「父上でーす」
「でーす」

母はいつも厳しい顔をしている人だった
だけど時々見掛ける母の笑顔はとても美しくて、それはいつも、側に父が居る時で
母は心底、父に惚れていたのだなと、今になって思い返す
あの頃は向きになって言い返していたけど、本当に、父を愛していたんだなと
そんな風に想った

「違います。一目惚れしたのは父上の方です。母は惚れられて惚れられて困っていたものです。全く、出鱈目ばっかり言うんだから。お仕置きして来ます」
「お、奥方様・・・ッ!」
やおら立ち上がる稲を、慌てて引き止めようとする侍女
しかし抵抗虚しく稲は部屋を出て行くと、真っ直ぐ、夫の居る本丸へ向い、やがて         

「ぎゃ          ッ!」

父の悲鳴が仄かに聞こえるのを、まさと於政はにたにたと笑い合った

「で、聞かせてもらいましょうか」
「な、何をかな?」
目の周りに青痣を作った夫・信幸の腰の上にどっかと座り込み、うつ伏せに喘ぐその辛そうな顔に、釣り上げた眉毛を更に釣り上げる
「私がいつ、あなたに一目惚れしました?」
「な、何のことかな?」
「恍けないで。まさと於政に話したことを、私にも聞かせてちょうだいな」
「うーん、忘れたなぁ」
「旦那様」
稲は両手の指を組み、ボキボキと骨を鳴らした
「まだ足りないようですね」
「あー、わかった、わかった、話す、話すッ!」

「どうしてですか!」
父・本多平八郎忠勝から見合いの話を聞かされ、稲は顔を真っ赤にして叫ぶ
「どうして稲が、小大名の倅に嫁がなくてはならないのですか!」
「今は小大名であろうとも、将来どう化けるかはわからん。それに真田家の才知は、殿も随分買ってらっしゃる。お前が嫁ぐとなれば、殿は自分の養女にして嫁に行かせたいと仰っておられるのだ。それだけ、相手を重要視している証拠だな」
「なら、他の者に嫁がせればよろしいではございませんか。稲は、そんな小身者のところに嫁に行きたくなんかありませんっ!」
「稲」
ぷんと膨れた娘をどう扱えば良いのか、男親の忠勝にはわからない
こんな時、妻が生きていてくれたら・・・と、想わずには居られなかった

母親が死んでから今日まで、この娘が幼いながらも代わりとして弟や妹の面倒を見て来た
その芯の強さは父親ながら自慢に値する
次女が嫁ぎ、三女も婚約が決まり、すると残るはこの気の強い長女だけとなった
余りにも男勝りであるが故に、中々縁談が決まらない
見合いをしても相手を問答無用で張り倒す
戦で留守をしていても、本多家だけは何故か野盗一匹入ったことがない
武勇に優れたのが禍して、未だ嫁入り先さえ決まらなかった
そんな娘に漸く舞い込んだ久方振りの見合い話
なんとか片付け・・・いや、落ち着いて欲しかった
「相手はな、人柄も優れた青年だ」
「いくつですか」
「二十五だ」
          女の一人や二人や三人ぐらい居そうな年齢ですね」
「いや、側室すらまだもらっておらん」
「でも、子供の一人や二人や三人ぐらい居そうですよね」
「まだおらんと聞いておるぞ」
「じゃぁ」
「いい加減にせんか、稲」
                
「どれだけ難癖を付けようとも、今回ばかりは文句の付け所のない青年だ」
「ご存知なんですか?」
「先日小田原で、ちょろっと拝見した」
「ちょろっとって・・・」
稲の頭から汗が浮かぶ
それもその筈この春から豊臣は、相模の名門・後北条氏討伐のための『小田原の役』を展開している最中だった
主君である徳川家康も刈り出されており、父も家と小田原を行ったり来たりしていた
その合間にこうして見合い話を持ち帰ったのだ
「中々の美男子でな、筋目も通ってる。それに、私を相手にしても、一歩も怯まなかった。腰の据わった青年だ」
「それだけじゃ・・・」
「なら、一度逢ってみろ。それで気に入らなかったら、断れば良い」
                
逢うだけならと、稲も渋々承諾する

稲の見合い相手は信濃の真田家の長男、真田信幸と言う
幼名は不明で、通り名が源『三』郎
弟の通り名が源『二』郎であるのに対して『三番目』と言う、遠回しな嫌がらせを受けているのだ
その父は、嫡男よりも次男に期待しているのだと、名前を見るだけでわかる
そんな男の許に嫁がされて堪るかと、稲は臨戦態勢で見合いに臨んだ

「初めまして。真田源三郎信幸でございます」
「初めまして」
確かに、見た目は良い
その母親の実家は小身の出ながらも、今では随分と出世して大きくなっていると言うが、そもそもが豊臣の陪臣・石田三成の妻が姉妹だと言うことで、『ついで出世』のようなものであり、そんないい加減な家柄の娘を母に持つのだから、今は凛とした顔をしていても、いつかは化けの皮が剥がれるものと、稲は高を括っていた
「稲姫は」
「気安く呼ばないで下さい。私はまだ、あなたの妻になったわけではないのですから」
          すみません。では、どのようにお呼びすればよろしいでしょうか」
「私の機嫌が損なわない範囲で、あなたが勝手にお呼びすればよろしいでしょう?」
                
難しいことを言う姫君だな、と、信幸は考え込む
決して嫌そうな顔は見せない
黙って自分を見詰め、それからゆっくりと応えた
「ならば、あなたのことを『穂』と呼びましょう」
「穂?」
「稲の次が穂、だからです」
「馬鹿にしてるんですか?」
「結構真剣に考えたんですけどね」
「真剣さが足りません。やり直し」
「じゃぁ、少しだけあなたについてお聞かせ願えますか」
「何ですか」
「お生まれは、何月でしょう」
「夏です。それ以上はお答えしません」
「そうですか、夏生まれでらっしゃいますか。なら、あなたのことを大蓮(おおはす)様とお呼びします」
「大蓮?」
「池の水面に映る、大きな蓮の花です」
「それは知ってます。どうして大蓮なんですか?」
「夏の季語だからですよ」
                
稲は信幸の言葉に、ポカンとなった

本田平八郎忠勝と言えば、東西に名の通った徳川随一の武将として有名である
その娘である稲も、ある種畏怖に似た気持ちで人から見られていた
なのにあの青年は少しも動じた様子がない
悔しい・・・と、想った
まるで舐められたかのような気分になる

「稲。真田の嫡男殿より手紙が届いたぞ」
小田原に行っている筈の父が、ふらりと帰って来た
父の物に紛れていたのか、信幸に逢って一ヶ月が経った頃、稲の許にその手紙が渡る
どうもこの中身が気になって帰って来たようで、稲は呆れるやらなんやらで複雑な心境になった
「中身、読みました?」
「そんな悪趣味はない」
顔を顰めて娘を睨む
それでも、男からの手紙を気にしない父親も居ない
少し離れた場所に座り込み、稲が手紙を開くのを待つ
稲は稲で、父を少し気にしながら信幸の手紙を開いた
しばらくして、忠勝が聞く
「なんと書いてあった?」
          いつ嫁に来てくれるのか、って」
「そうか、向うはその気になってくれたか。これは奇特な」
「なんて仰いました?」
「いや、こっちのことだ」
                
父を睨みながら、信幸の手紙に目を戻す

「先日お逢いしたあなたと、もう一度ゆっくりお話がしたいと想いました。いつ頃、お嫁に来てくださいますでしょうか」

率直な文章だったが、回りくどい書き方をしないだけ好感が持てる
だからと言って、素直な気持ちになれるほど稲は単純ではない
「源三郎様にお返事を書きます」
「そうか、その気になったか」
喜び勇む父に、稲は喝を入れた
「誰が嫁に行くと言いましたか!断りの手紙を書くのです!」
「何故断る」
怒鳴る稲に反して、忠勝は至って冷静に聞き返す
「気に食わないからです」
「どこが気に食わん」
「全部です」
「大雑把だな、お前らしくない」
「私らしくなくても結構。気に食わない男に嫁いで不幸になるのは、私なんです。父上じゃありません」
「何故不幸になると決め付ける」
「貧乏だからです!」
                
確かに真田の碌は低いが、貧乏と言うほどのことでもないだろう・・・
ただここに居るよりも少し、質素な生活が待っているだけのことである
「金がなくてはいざと言う時、充分に兵を集められません。それでは勝てる戦にも勝てません」
「だがな、真田は一度徳川を退けておる。その時の副指揮官は源三郎殿だぞ?」
「だからなんですか」
「身も蓋もない聞き方をするな」
「私は、そんな家で苦労したくありません」
「ならば、出て行け」
          父上・・・」
突然勘当を言い渡す父に、稲は目を見開いた
「稲」
                
「稲」
          はい・・・」
「お前はいくつになる」
「十・・・七です・・・」
稲の目が伏し目勝ちになった
「充分、行き遅れだな」
                
「それでも、もらってやろうと言う男が居る。その男は将来が明るいと、父は見た。世の中、損得で動く者が殆どだ。だが、その男は損得では動かない」
「じゃぁ・・・、何で動くのですか・・・」
「『矜持』だ」
「矜持・・・・・・・・・」
「男が、欲と引き換えに、一番最初に手放すものだ。それをあの男はずっと持っている。さすがは真田の男だ」
                
「稲」
「はい・・・」
「お前は人と話す時、一度たりとて目を離さず向かい合えるか?」
「当然です」
そう言いながら、父を見直す
「だがついさっきまでお前は、畳を見ていた」
                
確信を突かれては、さすがに言い返せない
「ほんの少しで良い。源三郎殿と向き合ってみなさい」
「でも・・・」
「お前のような跳ねっ返りを引き受けてくれるのは、彼しか居ない」
「そんな・・・」
「私には、わかる」
「父上」
「わかるんだ」
                
徳川家臣の間では恐れられている父も、娘の前では穏やかな顔をする

稲と充分に話もできないまま、信幸は一足先に小田原の戦場へ帰ることになった
その信幸を門の前まで見送る
「面目ござらん。あのような不躾な娘になるとは、一生の不覚でござる」
「いいえ」
恐縮する忠勝に、信幸は笑顔で応える
「ただ優しい女は、この世にごまんとおります。しかし、芯の通った女は少のうございます。姫君様は、その両方を兼ね備えていると、某は見ました」
「源三郎殿・・・」
「また、お逢いしとうなりました」
いつも見合い相手は、外見でしか娘を見てくれない
良くも、悪くも
「あ、あんな娘でよければ、いつでも・・・!信濃からここまではと、遠いですが。・・・あ、今は互いに小田原寄宿でしたな」
自分の娘をきちんと見てくれた信幸に、忠勝は感動の余り声が震えた
「はい。また、戦場での武勇伝、お聞かせください」
「お安い御用で」
部下の前では強面の忠勝の目が、綺麗な色に潤む
信幸はにっかりと笑顔を見せると、一礼し、帰路に着いた

信幸への返事に、稲はこう書いてやった
「はるがつはるにちのよめいり日和に、むかえにきてください」

それは何月何日のことなのか、書いた稲ですらわからない
だからこそ、送る甲斐がある
これでも応えられなければ、それだけの男だったということだ
断る理由ができるのだから
だが、それからしばらくして信幸から再び手紙が届く
「春月春日の嫁入り日和に、あなたを迎えに上がります」

自分の謎掛けがわかったのかと、稲でなくとも驚く

それから何ヶ月も経ち、その間信幸からは一切手紙が届かない
父も小田原で後北条相手に奮戦しているのだから、共に小田原に出向いている信幸も、そうそう手紙など書いている暇もないのだろうと想う
その一方で、なんだかんだ言っても結局わからずじまいだったのだと、どうしてか少しガッカリした気分になった
それでも立ち直っていつもの生活に戻る
そんな頃になって、小田原に居ると想っていた信幸が、信濃の沼田から大勢の従者を引き連れて稲の許に馳せ参じた
ついでに父も一時帰宅をしている
どうも小田原で、打ち合わせでもしていたようだ
だが、稲はそれには気付かずただ、突然現れた信幸にドクンと胸を鳴らす

「どうして・・・。小田原攻めは?」
「ほんの少しだけ、休暇を頂きました」
信幸は、以前見たのと同じ、悩み事などないような朗らかな笑みを浮かべる
「今日が春月春日、嫁入り日和ですか?」
「いいえ、少し早めに参りました。帰る頃にはその、春月春日嫁入り日和になってると想います」
「いい加減な」
「私がいい加減な男かどうか、側で見ててくれませんか」
                
「信濃に遊びに行くつもりで、ご一緒いただけませんか。気に食わなかったら、あなたをここまで責任持って、お帰しします」
そんな信幸の言葉に絆され、稲は仕方なく信濃に旅行のつもりで同行することにした

「それでは、姫様をお借りします」
「道中、お気を付けて」
「父上・・・」
稲は不安そうな顔を父に向けた
「ゆっくりして来い」
「はい         
玄関先で自分を見送ってくれる父は、本当に娘が旅行に行くようなつもりでいるのか、しばらくしてから自身も小田原に戻る
「道中変な真似をしたら、斬り殺しますからね」
「しませんよ」
脅す自分に、信幸はやはりたおやかな笑顔で応えた
この男はいつもそうだ
ニコニコ笑って、一体何を考えているのかさっぱり掴めない
そう、心の中で悪態を吐きながら、稲は信幸の後に着いた

主君・徳川家康が織田信長、豊臣秀吉に翻弄され各地を点々とさせられたのと同じく、稲も父に従いあちらこちらと住処を動かした
漸く駿府で安定した生活を送れるようになったと言うのに、また、どこかの田舎に行かなくてはならない身の上をただ呪う
「はぁ~・・・。沼田って、なんて遠いんだろ・・・」
駿府の海辺から内陸の信濃までは、近いようで遠い
父の同僚の屋敷も随所にあるが、どれも現在小田原で戦をしている最中なのだから、主不在の家に上がり込むわけにも行かず、街道沿いの宿屋に二度ほど寄宿し、漸く信濃入りを果たす
それからしばらくして、稲は薄暗い籠の中でポツリとそう呟いた
その直後
「もう直ぐですよ」
急に籠の外から信幸の声がした
意外と近い場所に居たのかと、外の様子のわからない稲はただ驚く
それからどれだけ経ったか、再び信幸の声がした
「姫、表に出られますか」
「はい」
籠が止まり、外から戸が開かれる
眩しい光が一瞬で目を焼き、その眩しさに目蓋を細めた
「ほら、目の前」
「え?」
外の光景に目が馴れ、徐々に風景が見えて来る
信幸の言う目の前には澄んだ池が広がり、辺り一面美しい蓮の花が咲き乱れていた
「良かった。咲き頃で」
「咲き頃?」
「蓮は一年中咲いてる花ですからね、この機会を見誤ると蓮根畑しか見れない」
「蓮・・・。そうですね、蓮ですね・・・」
蓮だからなんだと言うのだと、突っ込みすら入れられないほど、美しい風景だった
「どうして」
「夏に咲く蓮は、どの季節に咲くものよりも美しい。それに、蓮は仏様が座される花です。あなたに相応しいと想って」
                
稲の目が見開かれた
「わ、私に仏になれと言うのですか、縁起でもない」
小さな声でそう、悪態を吐くのが精々だ
「そうじゃありません。一家に置いて妻、母と言うのは『仏』のように大事な存在であり、『仏』のように寛大な立場でなくてはなりません。あなたなら、それが可能だと想って」
「そ、そんな・・・」

人からは『鬼姫』と渾名されるほど性格がきついのは、自分でも自覚していた
「信長の妻でもここまで怖くはない」とまで言われたほどだ
そんな自分を大事に想ってくれているなど想像すらしていなかっただけに、驚きも一入だった
「私・・・・・・・・・・・」
「姫。大蓮殿」
「そんな、優しくないし・・・」
「私の妻になってくれませんか」
「どうして私なんかを・・・」
「あなたの、真っ直ぐな強さに惹かれました」
「仏様なんて、程遠いです」
「幼い頃からずっと、ご兄弟の面倒を見て来たと聞き及びます」
「だって、母様が亡くなられて、父様は後妻をもらわなくて、だから、代わりに私が・・・」
「優しくなければ、できませんよ」
「私は、あなたの妻なんて、無理です」
「私の妻になってください」
「無理です、似合いません」
「必ず出世します」
「そうじゃなくて、あなたに私は似合わない」
「大蓮殿?」
「あなたみたいに優しく微笑むなんて、無理です・・・ッ」
「微笑みなんて、欲しくありません。私は、あなたが欲しいのです」
                
こんなにも熱烈で、こんなにも暖かい求愛を、今までもらったことがあるだろうか
いつも誰も、自分を『本多忠勝の娘』としか見なかった
なのに信幸は、父の名前すら出そうとしない
ただ自分をじっと、見詰めている

「目を反らすな。向かい合え」

父の、そんな言葉が浮かんだ
稲は伏せ目勝ちだった視線を、信幸に当てた
「私の妻に、なってくれますね?」
優しい、春の日差しのような眼差しだった
「今日が、春月春日嫁入り日和、ですか?」
「春は、何も季節だけのものだとは限らない。結婚も人生の春を迎えると言うでしょう?」
「私をもらったら、墓場になりますよ?」
「ははっ」
軽く笑う信幸を、稲は少しだけ上目遣いで睨んだ
「なら、共に墓場まで参りましょう」
「源三郎様・・・」
「初めて、私の名を呼んでくれましたね」
「あ・・・・・・・・・・」
「妻になってくれる返事の代わりと受け取って、良いですか?」
                
言葉が紡げず、稲は俯き、黙って頷いた
それから

「若、おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
周りに信幸の家臣が大勢居たことを想い出し、稲は顔が真っ赤になり、慌てて籠に自ら引き篭もってしまった

稲が信幸に嫁ぐ頃、相模の小田原は落城し、後北条当主・北条氏政の切腹で戦は終結した
豊臣に逆らったわけではない
ただ、家が大き過ぎる
それだけのことで攻められ、最後には腹を切らされた
この世の無常である
戦から帰ってみれば、住み慣れた屋敷に馴染んだ風景だった稲の姿がない
嫁にもらったと言う話は、その後小田原に戻った信幸から直接聞かされた
「勝手を致しました。申し訳ございません」
「いや、送り出したのは私もそうだ。あの後バタバタと急いでここに戻ったので、稲がどうしたかを聞く暇もなく放ったままだった。嫁入り道具は後ほど、送り直します」
「ご面倒お掛けして、痛み入ります」
「いやいや、あんなじゃじゃ馬娘、もらってくれて私も清々した」
そう、無理に笑おうとする忠勝に、信幸は相変わらずたおやかな笑顔を見せる
それに少しだけ絆され、忠勝も苦笑いした
「子ができましたら、実家出産でお願いします」
「え?」
信幸の突然の申し出に、忠勝は目を丸くして驚く
「いや、しかし・・・」
「私達は、いえ、少なくとも私は、姫様を政略でもらうわけではありません。あくまで『お見合い』なのですから、実家に戻るもどうするも、姫様の勝手にさせてあげたいのです」
「源三郎殿・・・」
その優しさは、一体何処から来るのだろう
益々、娘にはもったいない婿だと想わずにはいられなかった

小田原攻めの後、稲の花嫁道具の準備をして信濃に送ろうとした忠勝に、主君・家康関東転封の知らせが入った
「やれやれ・・・」
引越しの準備と同時進行にしなくてはならず、それまで稲がやってくれていたことまで忠勝の肩に圧し掛かった
「後妻・・・。もらうべきだったか・・・」
今更後悔しても始まらないと、それでも暗い顔をしながら準備を進める
あまりにも慌しく、余りにも急な稲の嫁入りに、ただ、心が落ち込むと言うこともなく、そんな余裕もないほど忠勝は忙しい毎日を送ることになった

あれから十年が過ぎた

「あなたったら、困ったら直ぐこんなことをする」
妻を裸にひん剥いて、やってしまえば大人しくなることを、信幸は知っていた
「良いじゃないか、夫婦なんだから」
「でも、どうして私があなたの髭を引っ張って、あなたが私の手を叩き払って、そんなあなたの男らしさに惹かれたなんて、出鱈目なことを話すんですか」
「あれ?違ったか?」
「あなたの髭を引っ張ったのは、あなたが浮気をした時のことです。もう忘れてしまったのですか?」
「そんなことも、あったっけねぇ」
「遠い目をして誤魔化さないで下さい」
「ははは。すまんすまん、大蓮殿」
笑いながら、まだ張りのある稲の肌に手を沿え、自分の方へ引き込む
「また、そうやってはぐらかす」
「良いじゃないか、たまには。こうしてゆっくりしていられるのも、今の内だ」
「何かあったのですか?」
「西で石田殿が挙兵なさった」
「え・・・?」
稲の目が見開かれる
真田の家でも豊臣に着くか徳川に着くか話し合うため、上田の父に逢いに行くと言う
その翌日、玄関先で夫を見送り、稲はいつもどおりの生活に戻った
夫を信頼しているからこそ、平然と構えていられる
だからこの二人は『夫婦』と呼ばれた

去年生まれたばかりの次男・於重をあやしながら、昔語りをする
「春月春日の嫁入り日和に、母は父様に嫁いだのよ」
その目は優しくたおやかで、まるで阿弥陀様のように穏やかだった
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気分転換
なので、定期更新でもありません
書きたい時に書いてみようかな~って程度です

稲姫は17歳の時、25歳の信幸に嫁ぎました(1590年結婚)
しかし、子供が生まれたのはそれから7年後のことです
どうして7年もの間子供ができなかったのか、どうして7年もの間稲姫は『石女』とは呼ばれなかったのか
同じく嫁いでも子供のできなかった濃姫も、『男児がいなかった』とは書かれても、『石女だった』とは書かれていません
世間は知らないだけで、実は仲の良い夫婦だったんだろうなと想います
でなければ、「女は三年子供ができなかったら実家に帰された」のが当たり前の世の中だったのに、7年、あるいは(濃姫の場合)一生を共に過ごすなどできなかったのです
現に徳川家光の最初の妻は子供ができなかったばかりに嫁いだ3年後、春日局によって叩き出されてしまいました
そんな時代なのに、ずっと夫の側に居たと言うのは、誰の説明も必要としないほど、夫婦仲睦まじく暮らしていた証拠だと想います

濃姫は信長が(暫定)死んだ1582年から、1612年までの30年間
信幸は稲姫が死んだ1620年から信幸自身没するまでの1658年の38年間
まるで失った伴侶の分まで生きたようなそんな気がします
何を見ても「ほら、お屋形様」、あるいは「ほら小松」と
美味しい物を食べとしたら「美味しいですね、お屋形様」、あるいは「美味いぞ、小松」と、目に見えぬ伴侶に語りかけながら、伴侶と共に過ごした思い出に囲まれて暮らしたのではないだろうか
だから、彼女、彼らは長生きした
愛する夫、妻の分まで
そう想うと、早く死に別れたとしても、決して不幸ではないのかなと、そんな気さえします

真田信幸(父と決別する時に『信之』に変名。父の名が『昌幸』なので)と稲姫は、私の好きな戦国カップルの一つです
いつかじっくり書きたいなぁ~と想っていたのですが、誘惑に負けて横道に反れてしまいました
早くメインを再開させたいので、横道ストーリーは多分これが最後?
ええ?
もうちょっと書きたい、この夫婦
勝手気侭な更新の旅ですので、皆様振り回されませんようにご注意ください
Haruhi 2009/05/26(Tue)01:45:01 編集
無題
Haruhiさんこんにちは。

どっちがより相手を好きか言い合うような件、
現代のバカップルとは違って(爆)本当にキュンとします。
童話の『北風と太陽』の太陽みたいですね、信幸様は。
私もそんな暖かい人になりたい、そう思うお話でした。
mi URL 2009/05/26(Tue)12:02:33 編集
こんにちは、miさん
今日もコメント、ありがとうございます

>現代のバカップルとは違って(爆)本当にキュンとします。

現代風の押しつ押されつな恋愛模様と言うのがよくわからないので、付かず離れずな関係を描きたい
そんな感じです
13歳と34歳の帰蝶・信長コンビは、信長の方が一方的に熱烈アピールですが、帰蝶の方が逆に一歩線を引いてしまう関係を目指しております
今急いで書いてる最中の従来の帰蝶・信長コンビもベタベタした感じではなく、寧ろ互いが互いを支え合ってるような理想のカップルにしたいです
今回更新した信幸(信之)・稲姫コンビは史実もそうだけど、ほんとに好きなカップルです
奥さんが無茶なことをしても、「さすが忠勝殿の娘」と、信幸はかなり満足そうだったようで
ただし、信幸が浮気した時(←史実)の稲姫の怒りっぷりは凄まじかったらしく、どちらかと言うと稲姫の方が『好き』の感情が大きかったのかかな
当時は側室・妾持つのは当たり前の時代でしたので、そんなので目くじら立ててたら『女房』は務まらなかったんですね

>童話の『北風と太陽』の太陽みたいですね、信幸様は。

史実、温和な性格だったそうです
だからその分、稲姫ががんばってたんでしょうね
やっぱりベストカップルです

戦国時代の名夫婦は数多くありますが、この二組以外にも立花誾(ぎん)千代・宗茂夫妻も良いですよ
石田三成の娘、石田辰姫と津軽信枚の夫婦もナイスです
どちらも奥方様の方が早世してしまいましたが、伴侶の死に夫が絶望的なほど悲しみ、そしてその遺影を弔うために精一杯のことをしました
奥さんが自害したからってキチガイになった(でもすぐ回復)細川忠興とはえらい違います(苦笑
Haruhi 【2009/05/26 14:43】
うっかり
1590年と、関が原合戦の1600年を間違えて、まだ存命中の秀吉ぶっ殺してしまいました
四国攻め、九州攻めが終わり、最後に小田原攻めがあったことをうっかり忘れてました
今、修正・追加をしました
創作による史実歪曲ではなく、素で間違ってました
恥かし~・・・
Haruhi 2009/05/26(Tue)22:35:57 編集
またまたうっかり
稲姫は結婚して7年間子供が居なかったと書きましたが、先に娘を生んでいたような感じがして来ました
長女・まんの旦那が1584年生まれの高力忠房
次女・まさの旦那が1589年生まれの佐久間勝宗
ですので、年齢的に考えても先に女の子二人を産んで、後から男の子二人を産んだんじゃないかと
そうなるとわたしの調べ不足ですので一部書き直しをさせていただきました
重ねてお詫びします
Haruhi 2009/05/29(Fri)23:59:11 編集
素敵なお話です
実は昔から真田信繁よりは、信行のファンであった私。でも信繁と違って小説も中々なくて悲しかったのですが・・・。こんなところでしかも小松様とのラブラブが見れて読みながら頬が緩んでました。
私の中の信行様のイメージは優しいけれど芯はしっかりしていて、剛毅朴訥仁に近し、といった感じですね。定期的な更新はないとの事ですが、濃姫の小説ともども楽しみにしています。
胡蝶の夢 2009/07/09(Thu)12:34:38 編集
ありがとうございます
>実は昔から真田信繁よりは、信行のファンであった私。でも信繁と違って小説も中々なくて悲しかったのですが・・・。

そうですよね
でも、真田信繁も実名ではなく講談の「幸村」でしか出て来ませんので、それもどうかと思います
最近の小説では『信繁』と表しているのもあるそうですが、わたしはまだちょっと、真田家に興味は持てません
ただ、弟よりわたしもお兄ちゃんの方が好きかなぁ
信之を調べていて、稲姫も好きになりましたから
その芋蔓で本多忠勝も好きになりました
関が原合戦の後、命を賭けて真田昌幸・信繁親子のために土下座までしたこの三人は、本当に素敵な家族だと思います
舅・婿の関係でも、本当の親子のようだったんじゃないかなって想像しております

>私の中の信行様のイメージは優しいけれど芯はしっかりしていて、剛毅朴訥仁に近し、といった感じですね。

なるほど、そう言ったイメージもありですね
確かに、奥さんの稲姫が無茶なことをしても、「さすが本多忠勝の娘」と、笑って容認する度量があるんですから
Haruhi 【2009/07/09 22:13】
恥ずかしいぃ~(、、)
好きなキャラクターとかいっておきながら、字間違えたぁ~。信行じゃ全く別なキャラクターになってしまった。反省(><)
胡蝶の夢 2009/07/10(Fri)20:40:08 編集
Re:恥ずかしいぃ~(、、)
ドンマイでございます

>信行じゃ全く別なキャラクターになってしまった。

リーダァー!ですか?
Haruhi 【2009/07/10 22:49】
濃姫(帰蝶)好きの方へ
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『トモダチコレクション』

おのうさま(帰蝶)とノブ(信長)が 結婚しました(笑

祝:お濃さま出演 But模擬専…     (戦国無双3)


おのれコーエーめ
よくもお濃様を邪険にしおってからに・・・(涙

(画像元:コーエー公式サイト)
オンラインゲームにてお濃様発見


転生絵巻伝 三国ヒーローズ公式サイト:GAMESPACE24
『武将紹介』→『ゲーム紹介』→『Exキャラクター紹介』→『赤壁VS桶狭間』にてお濃様閲覧可
キャラクター紹介文
絶世の美貌を持つ信長の妻。頭が良く機転が利き、信長の覇業を深く支えた。
また、信長を愛し通した一途な妻でもあった。

(画像元:GAMESPACE24公式サイト)
勝手にPR
濃姫好きとしては、飲めなくても見逃せない

岐阜の地酒 日本泉公式サイト

(二本セットの画像)
夫婦セット 吟醸ブレンド(信長・濃姫)
本醸造 濃姫
カップ酒 濃姫®=爽やかな麹の薫り高い、カップとは想えない出来上がりのお酒です
吟醸ブレンド 濃姫® ブルーボトル=自然の香りのお酒です。ほんの少し喉を潤す程度でも香りが深く体を突き抜けます
本醸造 濃姫®=容量的に大雑把な感じに想えて、麹の独特の香りを抑えたあっさりとした風味です

今現在、この3種類を試しておりますが、どれも麹臭い雰囲気が全くしません
飲料するもよし、お料理に使うもよし
お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
奇跡のお酒です
何よりボトルがどれも美しい

清洲桜醸造株式会社公式サイト

濃姫の里 隠し吟醸
フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます

清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
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