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信長の父との劇的な初対面から何日も過ぎた頃、帰蝶の心を揺すぶることが起きた
想像すらしていない
「え・・・・・・・?」
だから尚更、驚く
呆然とする帰蝶に、笑顔のお能はもう一度繰り返す
「ですからこの春、妹君の椿様が斎藤の清四郎利三様と祝言を挙げられるのです」
                

声が出ないとは、正にこのことだろうか
椿は側室が産んだ娘で、帰蝶と四つ年が離れている
じっと大人しく局処に居られなかった帰蝶には、兄の義龍以外ほとんど想い出がない
妹の椿が利三の嫁になると言うよりも、利三が他の女のものになることの方が余程衝撃が大きかった
利三は夫・信長と同い年である
嫁をもらってもおかしくない年齢だった
父は本筋である斎藤家と婚姻を結び、それによって本家斎藤を乗っ取ったわけではないと言うことを世間に知らせたいため、利三を利用したのだろうか
そんな、良くない考えが浮かぶ

「はぁ~・・・。今日もじぃの説教は耳に響く・・・」
じんじんと痺れる耳の孔に指を突っ込み、信長は漸く終えた執務の休みと中庭に出た
ふと想い浮かべる、父の言葉
未だに胸を温めてくれる
「帰蝶を粗末になんて考えられないけど、今以上に大事にすれば良いってことなのかな」
若き城主は自分のことすらまだ満足にできていない状態で、だけど妻を大事にしろと言う父の言葉は守りたい
「あー・・・」
背骨をボキボキと鳴らしながら伸びをする
それから、庭の片隅に帰蝶の背中が見えた
「あ。帰蝶」
声を掛け、帰蝶の許に駆け寄る
「暇なのか?どっか行くか?」
と、後ろから話し掛けるも、帰蝶は俯いたまま返事をしなかった
「どうした?帰蝶。またお絹にどやされたか?」
冷やかす信長の言葉に、帰蝶はゆっくりと振り返った
「帰蝶。・・・き」
                
その綺麗な瞳から、止め処なく涙が零れている
「どうした、帰蝶!誰かに虐められたか?!お絹か?お能か?じぃかっ?!」
                
焦る信長に、帰蝶は黙って首を振った
「虐められたんじゃないのか?」
                
今度は頷いて返事する
「帰蝶、なんで泣いてる。誰に泣かされた」
「吉法師様・・・」
本気で自分を心配してくれている夫に、初恋の男が結婚するのが悲しいとは言えない
「なんでもありません・・・」
「なんでもないのに、泣くヤツが居るかよ。言ってみろ。誰に泣かされたんだ。俺が仕返しをしてやる」
「違うの・・・」
「どうした、何が違う」
「幼・・・馴染みが、結婚するの・・・」
「幼馴染みが結婚?それだけで泣いてるのか?」
「違うの・・・」
「ほんとにどうしたってんだよ。いつもの帰蝶らしくないぞ」
「吉法師様・・・」
「ん?」
「私と、友を繋いでた絆が切れそうで・・・」
「それが怖いのか?」
                
帰蝶はこくんと頷いた
そんな帰蝶を見て、信長は笑い出す
「ばっかだなぁ、そんなことで簡単に切れる縁を、絆とは呼ばない」
「簡単に切れる縁・・・?」
「その、幼馴染みが結婚したからって、別人になるわけじゃないだろ?増してや、今生の別れってわけでもない。いつかどこかでまた、逢えるかも知れないってのに、なんでそんなこの世の終わりみたいな顔して泣くんだよ」
                
言われて、確かにそんな気もして来る
だけど、本心など言えるはずもない
自分勝手な想いもあるが、相手が男だなどと言うわけにもいかなかった
ただ夫は、自分が悲しんでいることだけはわかってくれる
「みんなさ、大人になっていつか誰かの許に嫁ぐんだ。お前だって、俺んとこに嫁に来たんだろ?その幼馴染みだってさ、生涯独身で居るわけにもいかんだろ?」
信長は帰蝶の幼馴染みを女だと想っている
帰蝶も敢えてそれには応えない
応えられるわけがない
「わかってるんです・・・。でも、どうしてか・・・」
「ずっと、『自分の永遠』で居て欲しかったのか?」
                
そうなのかも知れない
自分ですら導き出せなかった言葉を、夫は簡単に口にする
「だとしたらお前、自分勝手も良いところだぞ?嫁に行ったお前が、その幼馴染みに何をしてやれる。一生の面倒を見てやれるのか?」
                
応えられず、帰蝶は首を振った
「だったら、今のお前にできることは、その友達の祝賀を共に寿(ことほ)いでやることじゃないのか?」
「吉法師様・・・」
          事情も知らずに、偉そうなこと言って悪いけどよ」
自分をじっと見詰める帰蝶の瞳に吸い込まれそうになり、信長は慌てて謝罪するような言葉を告げる
「いいえ・・・。吉法師様の仰るとおりです・・・。私は自分のことしか考えていなかった・・・。私はこうして、吉法師様にもらっていただけて幸せに暮らしているのに、私は友の幸せまでは考えていなかった・・・」
「帰蝶」
「自分が幸せになることしか、考えてなかった・・・。恥しい・・・」
落ち込む帰蝶に、信長の頬が緩む
「人なんてさ、そんなもんだよ。自分が可愛くて当然だ。それをちゃんと認められるお前は、たいしたもんだと想う」
「吉法師様・・・・・」
「その友にも、幸せになってもらいたいか?」
                
黙って頷く
「だったらさ、手紙でもなんでも書いてやれよ」
「手紙?」
「お前、文字くらいは書けるだろ?和歌やら能やら知ってるんだからさ、漢字だって知ってるんじゃないのか?」
「一応は・・・」
「なら、書いて送ってやれよ。おめでとうって」
                
自分の心の薄汚さを、帰蝶は知った
どうして利三の妻に椿が選ばれたのか
どうして自分ではなかったのか
少しだけ、父が憎いと感じた
意地悪をされたと感じた
自分と利三の仲が良いことを、稲葉山の住民なら誰もが知っている
父はそれを引き裂いたと
だが、それでは斎藤の外交が成り立たない
こうして織田の嫡男である信長の許に嫁いだことで、斎藤は織田からの攻撃を受けずに済み、戦もあれから起きていない
二人の婚姻が織田と斎藤の停戦協定であることは、帰蝶自身知っていた
当時の椿の年齢を考えれば、この協定は成り立たない
恐らく信秀から逆の断りが入るだろう
それ以上に、嫁いだのが信長であるからこそ、帰蝶の今の世界が広がったといっても過言ではない
信長に嫁げたことに感謝こそすれ、父の目が狂っていたとも想えない
それだけ理由を並べても、まだ納得できないのが『人間』と言うものであり、こればかりはどんな賢者でもどうすることもできなかった
しかし、側に居るのが信長と言う夫であることが、何より嬉しい
普通なら自分のこんなささくれた想いなど理解しようとはせず、泣いていても放って置かれるのが関の山だろうに、ちゃんと気に掛けてくれた
「帰蝶。泣き止んだら、どこか出掛けるか」
「良いんですか?お仕事は」
「大丈夫だ。ちゃんとじぃには承諾をもらってからにする」
そう言って、優しく微笑む夫に、帰蝶はつい、胸の中で甘えた
「き、帰蝶・・・ッ」
「あなたで居てくれることが、嬉しいの」
「帰蝶?」
妻の言葉の意味はわからないが、信長は聞くこともせずただそっと、帰蝶を抱き締めた
「お腹の子に障るといけないからな、近場にしておくか」
「はい」

この日夫は確かに事前に平手の許可を得、妊婦の帰蝶と出掛けるのだからとその平手から何人かの小姓を付けられたことにも文句を言わず、数人に囲まれるように那古野城を出た
帰蝶にしてみれば、それだけでも夫の成長振りに驚かされる
これ以外にも何人かの侍女を伴い、その上信長は
「転んだら駄目だから、俺の腕を掴んでろ」
と、帰蝶に腕を組ませることを要求した
この時代、男女が手を繋ぐのも人目を憚る行為であるというのに、それ以上とも取れることを平気でやってのける夫にも、やはり驚かされる
女と並列で歩くなど男の矜持に関わると、誰もが後ろに下がらせていた頃だ
腕を組んで歩く信長と帰蝶に、当然周囲の目は集中する
「吉法師様・・・」
「なんだ」
「まるで珍獣の気分です・・・」
「気にするな。俺はいつものことだ」
「吉法師様はそうでしょうが・・・」
これでも一応、深窓の令嬢として育った帰蝶には、恥しいものは恥しい
だけど、腕を組んだお陰で帰蝶は躓くこともなく、那古野の町を歩けた
夫と居れば毎日が楽しい
毎日が新しいことの発見に繋がる
平気な顔をしている夫だったが、ふと見上げれば、耳朶が赤くなっているのを知った
                
夫も内心、この行為が恥しいと感じてるのだと
それでも自分のために忍んでくれているのだと想った
だから、嬉しかった
「吉法師様」
「なんだ?」
「私、また相撲が見たいです」
「そうか。だったら春先の田楽相撲でも見に行くか。まだその頃だったら動けるだろ」
「はい、多分」
楽しみが増えた
「それから吉法師様」
「ん?」
以前に頼んでいたことを切り出す
「お能の再嫁先、見付かりましたか?」
「うん、武家が良いかとは想ったんだがな、なんせお能自身が庶民の出だろ?やっぱり対面とか気にするのが多くてな」
「そうですか・・・」
信長を以ってしても、まだ身分制度に縛られているのかと想うと、やるせない気持ちになる
「武家じゃないけどな、一件」
「どこかあったんですか?」
「ほら、松風を買った土田の親子を覚えてるか?」
「はい。平左衛門殿に、弥三郎殿」
「その弥三郎の兄、まぁ平左衛門の倅なんだけどな、去年の暮れに女房を亡くして、後妻を探してるんだそうだ」
「そうなんですか」
「確かお能も死別の後家だったよな?」
「はい。旦那様はお能が嫁いで三年目に戦で亡くなってしまいました。明智の家臣だったのですが」
「そうか、長山の明智の縁に嫁いでたか。なら、武家の仕来りとかはある程度知ってるな?」
「はい。お能の母親が明智の家の侍女でしたから、親の時代からうちに仕えてくれております」
「そうだったか、なら話は早い。ところで、お能は子を産んでるか?」
「産んでますが、お子も早世してしまって・・・」
「戦か?病か?」
「子供ならではの突然死ですので、病の類ではありません」
「だったら、一度は産道を開いてるってことだな?」
「はい」
初産で死産、あるいは産褥死など当たり前の時代であるため、子供を産んだ女は寧ろ何処の家でも重宝された
「その倅、土田平三郎時親(ときちか)と言ってな、斯波で働いている」
「斯波家で?」
確か土田親子は馬を売り歩いていると聞いていたので、すっかり商人の家筋かと想っていたのだから、そこから武家に勤めている者が居るなど想像もしていなかった
「まぁ、正直に話せば、うちのお袋の遠縁なんだけどさ、土田って」
「では、元は美濃の可児の土田家ご出身なんですか?」
「そうだ。ほら、言ってただろ?美濃の可児で親戚が豪族やってるって。豪族やってるって表現も、あれだけどさ」
「言われてみれば、そのようなお話もありましたね」
信長の言い回しに笑いを堪えながら応える
人の縁と言うのは、意外なところで繋がっているものだなと、帰蝶は内心驚いた
「斯波に務めに出た平三郎も、そっちの土田の推薦で城に上がってるんだけどさ、これが結構使える男らしくてな、親父が欲しがってる」
「そんな立派なお方なんですか」
「年は三十を少し越えるか」
「それならお能とも釣り合いますね」
「お能はいくつだっけ」
「本人に聞いてみてくださいませ」
「俺に死ねってか」
女に年を聞くのはこの頃でも禁忌だった
「お袋とは、お前も知っての通り折り合いが悪くてな。俺は俺独自で斯波との繋がりを持ちたいんだ。だけど、お袋の縁を頼りたくない」
「はい」
あれほど一方的に嫌われているのだから、夫も無理にとは頼めないだろう
「その点、平三郎は親父の平左衛門から顔見知りと言うのもあって、気心も知れている」
「そうですね」
一度逢っただけだが、人懐こい家柄のようだと帰蝶も感じていた
「いつまでも、親父の二番煎じで居たくない」
「吉法師様・・・」
そこまで言える夫が、立派だと想える
帰蝶は瞳を潤まさんばかりに信長を見詰めた
その帰蝶の熱視線に、若干照れる
「そこで、だ」
「はい」
「お前の縁者とも言っても過言ではないお能を嫁がせて、土田との婚姻を結びたい」
「お能も、政略の道具になるのですか・・・?」
一転して、帰蝶の顔が陰った
恐る恐る聞く
「いや、強制じゃない。まぁ、一応顔だけ合わせて、気に入らなかったら断ってくれて良い」
「お見合いですね」
「そうだな」
「それなら、お能も気安いでしょう」
「じゃぁ、頼んで良いか?」
「はい。帰ったら早速話してみます」
「任せた」

織田の主家である斯波は、清洲の城主である
その周辺に信秀と争っている清洲織田大和守家があり、帰蝶の輿入れの際には道三が圧力を加えたのがこの清洲織田大和守家だった
清洲は那古野に近い場所にあり、お能が嫁いだとしてもそう離れた場所でもない
信秀が争っているのが岩倉織田、清洲織田であり、斯波家とは本来の主従関係で結ばれた、一応は友好的な間柄である
「おっ、お見合いですか?!」
帰蝶の話に、お能は過剰なほど顔を真っ赤にして驚いた
「そっ、そんな、今更お見合いだなんて・・・ッ」
「でも、お能だってまだ二十三の若さ         
「まだ二十二です」
          若いんだもの。落ち着くところに落ち着かなきゃ」
「ですが・・・」
「折角吉法師様が持って来てくださったお話なのよ?逢うだけ逢ってみれば?」
「そうですか・・・?姫様がそこまで仰るのでしたら不本意ですが、先方のお顔も立てなくてはなりませんしね、何より若様の体面が」
くどくどと言い訳を並べても、内心その気になったことだけは間違いない
帰蝶はなんと言って突っ込んでやろうか考えあぐねた
この数日後、先方から早速の申し出に、お能はいそいそと出掛けて行く
そして更に数日後には双方気に入ったのか、縁談が纏まった
「庶民の出とは言え、お能は中々の美形だからな、気に入らないはずがない」
と、信長は高笑いする
引き換え帰蝶は、自分も加担したとは言え、それが現実になればなったで幼い頃から慣れ親しんだお能が嫁いでしまうと、当然離れ離れになるのが淋しい
「また、お前は泣く」
「うっ・・・」
「姫様、嫁に行くと言っても、春になってからでございます。それまではお側におりますよ」
「お能・・・。膝枕・・・」
                
お能が嫁に行くのが淋しいのか、お能の膝枕で寝れなくなるのが淋しいのか、信長もお能も沈黙する

春になればお能は嫁に行き、信長に嫁いで三年目を迎え、その頃にはこのお腹も出ている頃だろう
そう想うと、淋しい反面喜びもやって来る
そんな風に胸を膨らませて毎日を過ごす帰蝶の許に、想い掛けない知らせが入った
          親父が?」
信長の父・信秀が、流行り病に倒れたとの知らせであった

          待ってくれ
そう、信長の心に想うところがある
自分を認めてもらうまでは、父には死んで欲しくない
妻を誉められ、信長にも漸く人並みに喜ぶことが起きた
なのに、その矢先に死に別れてしまっては、自分は一生、父からは認めれもらえない
「寺の坊主を集めろ!」
何を想ったか、信長は那古野周辺の大きな寺の僧侶を集めさせた
帰蝶には夫のしようとしていることがわからない
ただ黙って見守るしかできなかった
信秀の病床を聞いてから、信長は集めた僧侶達に毎日、回復祈願の護摩壇を焚かせた
それこそ、妻への気遣いも忘れたかのように
それまでは暇を見ては局処を訪れた信長が顔を見せなくなった
周囲からも信長の行動は異常だと話に登る
そんな夫を見ていられなかった
帰蝶とて、気心知り合う仲になれるかも知れないと期待していただけに、義父が倒れたことは悲しい
かと言って、信長のような異常行動を取れるかと言われれば、そうでもない
天寿天命を重んじる帰蝶にとって、信秀の発病もまた、運命だとしか言いようがない
但しそれは、信秀が自分の親ではないということが前提だった
もしもそれが自分の親だったら、どうしただろうか
帰蝶はそう考えた
自分もやはり、夫と同じことをしただろうか

「この疫病が落ち着くまで、嫁入りは延期させていただきました」
「お能・・・」
「どこまで猛威を振るっているのかわからないのですが、清洲の方でも何人か掛かった者が居るので、しばらくここでじっとしているようにと平三郎様から知らせがありまして・・・」
「そう。まさかお能の嫁入りにまで影響するとは、想ってなかったわ・・・」
心配の種は尽きない
今日も表座敷の庭先で燃えている護摩壇の煙を見上げながら、帰蝶は不安な想いを抱えていた

やがて、それが現実のものとなる
三月に入り、信秀が危篤状態に陥った
信長は更に僧侶を集め、祈祷をさせる
その間、いかな平手とて、異常な信長には近付くこともできない状態だった
そして数日後、信秀が遂に他界してしまった
帰蝶の恐れていたことが起きる

「何が僧侶だ、何が万衆の救いだ!貴様らは法外な金銭を要求しておきながら、人一人救えんのか!それが仏教か!」
祈祷の効果がないことに怒り狂った信長は、集めた僧侶達を納屋に押し込め、火を放とうとした
これにはさすがに局処の帰蝶の許に駆ける者も出る
「お止めください、若!」
「若様、罰が当ります!お考え直しくださいませ!」
「罰など当るものか!親父を救えなかった仏に、何の意味がある!」
しかし、罪なき者を手に掛けること自体、正気の沙汰ではない
自分を止めに入る家臣らを振り解き、信長は手にした松明を納屋に放り込もうとした
その信長の腰にしがみ付き、帰蝶が必死に止める
「やめて、吉法師様!義父上様が亡くなられたのは、誰の所為でもないわ!」
「離せ、帰蝶!俺は・・・。俺はまだ親父と、心行くまで話をしたことがなかった!俺から親父を奪った者全て、呪ってやる!」
「吉法師様ッ!」
しがみ付いて離れない帰蝶を振り落とそうと、信長は大きく身を捩る
「離せッ!」
「あッ・・・!」
遠心力で、手が信長から離れた
それは途轍もない力で、帰蝶の尻を地面に叩き付ける
その瞬間
                
あの時
初潮を迎えた時感じた嫌な感覚が、蘇った
腹に引っ掛かった何かが落ちるような感覚
膣の入り口が開く感覚
そこから、『何か』が滑り落ちて行く感覚
背筋から冷たい物が流れ、全身の血の気が引いて行くのがわかった
「姫様ッ!」
帰蝶の異常に気付いたのは、お能だった
慌てて帰蝶の許に駆け寄る
そのお能の声に、信長ははっと我に返った
今、自分が帰蝶にしたこと
してはいけないこと
妊婦には、絶対に犯してはならない罪
「お・・・能・・・」
意味もなく、体中が震える
その帰蝶の顔から、玉のような脂汗が浮かび、白い肌が見る見る青くなった
「姫様!姫様!」
          帰蝶ッ!」
夫が、自分の許に駆け寄って来るのが、朧気に見えた
それから一瞬、赤い、血溜りが見えたような気がする
その後の記憶を、帰蝶は持っていない
「姫様ッ!」
「帰蝶ッ!」
自分を呼ぶお能や、夫の声すら聞こえなくなった

尻餅を突いた振動で、腹の子が流れた

「すまない・・・」
あれから夫はずっと、自分の枕元で泣きながら謝っている
「俺・・・、お前にとんでもないこと、しちまった・・・」
「吉法師様・・・」

お腹の子は、人に成る前にその成長を止めた
帰蝶から出て来たのはまるで蜥蜴のような形状で、凡そ『子』と呼べるような状態ではなかった
医者の見立てでは、流産は妊娠しにくい躰になると言う
ただ、帰蝶がまだ若いので、可能性としては極めて低いとのことではあるが、慰めにもならないことは誰もが知っている
義父・信秀は、様々なものを連れて行った
信長との初めての子、妻を娶る利三、嫁に行くお能
心に大きな穴が開いたまま、帰蝶は春を迎えた

美濃から、利三と椿の祝言が無事済んだことを知らせる手紙が届いた
お能は土田平三郎時親の許に嫁ぐため、清洲に発った
側には、夫だけが残った

「帰蝶。庭を散歩するか?」
子を殺した親として、責任を果たしたいのか、信長は以前にも増して帰蝶を気遣うようになった
毎日顔を合わせては帰蝶に謝り、許しを乞う
「吉法師様・・・。私は、いつ子供が生めるか、わからない躰になってしまいました・・・。どうか、側室を持ってください・・・」
「嫌だ」
「吉法師様の子を、作ってくださいませ・・・」
「お前と作る」
「ですが、義父上様の死により、織田家が分裂の危機に直面しております・・・。織田を纏めるには、吉法師様の子が必要です・・・。どうか、側室を・・・」
「織田を継ぐのは、俺と、お前の子だ。お前以外の女が産んだ子など、俺の子とは認めんッ!」
「吉法師様・・・」
帰蝶の願いを、信長は頑なに固辞する
妻の悲しげな顔に、信長も顔を曇らせた
「すまん・・・。そうできなくさせてしまったのは、俺だ・・・。お前をどれだけ苦しめているか、わかってる。だけど、許してくれ・・・。俺は、お前との間に生まれた子に、俺の後を託したい・・・」
                
乱暴な口を聞くけれど、心は誰よりも優しいことを帰蝶は知っている
漸く雪解けを迎えるかと想っていた信秀に死なれ、信長自身喪失感に苛まれているのも知っている
だから、せめて夫だけは楽になって欲しかった
なのに夫は、自分も一緒になって苦しむ道を選びたいと言う
それでは共倒れになってしまうと宥めても、信長は聞かなかった
「子供の居ない夫婦なんて、いくらでも居る。俺達だけじゃねぇ。お前は一度は妊娠したんだ。少し休めばまた、子はできる。だから、帰蝶」
帰蝶は、夫の目が好きだった
一点の曇りもない、澄み切ったその漆黒の瞳が大好きだった
「何年掛かっても良い」
その瞳を差し向けて、信長は願う
「頼む。俺の子を、産んでくれ・・・」
          はい」

帰蝶の返事に、信長は頼りない笑顔を浮かべた
そんな夫の顔に、帰蝶も泣きそうな微笑みを返す

「あの時、親父にお前のことを誉められただろ。俺は今まで親父に誉められたことなんて、一度もなかったからさ。だから、嬉しかった。もっと話をすれば、お互いをわかり合える日が来るかも知れないと想ってた。なのに、親父が病に掛かって・・・。冷静じゃ居られなかった・・・」
信長が焦っていたことは、わかった
その結果、帰蝶の子が流れたのは悲しいことだった
「お前を巻き込んじまって、どんだけ謝ったって許してもらえるなんて想ってない。俺のこと、とことん憎んでくれて良い。罵倒だってしてくれ」
「そんな・・・」
「殴りたかったら、殴ってくれ。それでお前の気が済むんなら、俺は何だって耐えられる」
「吉法師様」
あれからずっと、自分を責め続ける信長に、帰蝶の方が折れる
「態とじゃないって、わかってます。不用意に近寄った私にも、責任はあります」
「違う、お前は悪くない。お前は俺を止めようとしただけだ。何も間違ってない」
「でも、私が出なければ、あんなことにはならなかった。でもね、吉法師様。これだけは、わかって」
          なんだ?」
「この世は、人の力ではどうにもならないこともあると教えてくれたのは、吉法師様なんですよ?これから先、もっともっと悲しいことが起きると想います。だけど、心を穏やかにして、それから考えてみてください。吉法師様ならきっと、正しい道を見付けられると想います」
「わかった・・・」

『絆』は、糸を半分にしてその両端を互いに持ち合うのだと、夫は言う
片方が離してしまわない限り、その絆は決して断ち切れることはないと
「俺とお前には、絶対切れない絆があると想うんだ」
この頃漸く、夫も心を落ち着かせられるようになった
いや
本来ならば落ち着いてはならない時期である
「俺はそれを信じてる」
「吉法師様・・・」
「絆ってさ、一人だけのもんじゃないんだよな。例えばさ、俺と親父も、どこかで知らない内に絆で結ばれてたのかもな。俺がそれに気付くの、遅かったんだよ。きっと」
「かも知れませんね」
もしかしたら、自分と『お清』も、そんな絆で結ばれていたのだろうか
夫と同じく帰蝶も漸く、利三の祝言を受け入れることができた
「だったらさ、あの世で見てる親父をガッカリさせないよう、しっかりやんなきゃな」
「そうですよ、あなた」
                
帰蝶の言葉に、目をぱちくりさせる
「名前で呼ぶのも良いですが、こんな風に呼び合うのも、良いでしょ?」
「そう・・だな」
「実はね、ずっと憧れてたんです」
「何を?」
「うちの母が、父を呼ぶ時、『あなた』って呼んでたんです。でもなんだか大人びてるかなぁって躊躇ってたんですけど、想い切って呼んでみました。どうですか?心地悪いですか?」
「いや・・・」
案外、しっくり来る
「うん、良いよ。『あなた』で」
自分で言った途端、顔が真っ赤になる信長に、帰蝶は笑い出す
「帰蝶、お前な!」
「だってあなた、まるで『茹蛸みたい』」
「帰蝶~~~」
いつかのお返しです
帰蝶は心の中で舌を出した
雨が降ったお陰なのか、自分達の間を渡る絆が強くなった
二人は互いにそう、想った
「のんびりしてられませんね」
「そうだな」
さっきまでの甘い雰囲気など、何処吹く風か
二人は急に真面目な顔付きになる
「織田の家督を巡って、末森で不穏な動き」
「勘十郎か」
「あるいは、土田御前様」
「どっちにしても、挙兵は免れんだろ」
「ですが、それを抑制することはできます」
「お前の実家か?」
「さもありなん。しかし、勘十郎様の背後には土田御前様、つまり、私と同じく美濃の氏族、土田家が着いております」
「土田家か」
「奇しくも明智と同じ美濃国可児に位置する一族が故、呼応されては斎藤も巻き込まれます」
「斎藤が攻められては、今川がしゃしゃり出る」
「今川だけではございません。信濃は東美濃遠山一族が押えておりますが、斎藤とは殆ど無縁の一族。共闘は期待できません」
「なら」
俄か軍議が開かれ、女房は大胆なことをさらっと言ってのけた
「斯波を落としては如何でしょう」
「斯波を?織田の主家だぞ?そう簡単に・・・」
「吉法師様。私を、誰の娘と想っておられますか」
「帰蝶・・・」
妻は再び、『鷹の目』をして言う
「父が土岐を食らい尽した戦略。この身に沁みておりますれば、勢力も落ちた斯波を獲物に見立てるにも容易なこと。あなた。鷹狩の始まりですわよ」
          応」
「先ずは」
妻の強請る目に、信長は応える
「清洲を落とす」
                
夫の返事に満足したかのように、帰蝶はゆっくりと頷いた
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軍師
戦国時代、『軍師』と言うポストは確立していなかったのだそうです
今川家に置ける太原雪斎、秀吉に対して竹中半兵衛、黒田官兵衛、武田の山本勘助、etc...
彼らは軍師と言うものではなく、正しくは『参謀』なのだそうです
戦の時だけ助言するって感じで、ですので当然、普段の執務には全く役に立たない存在ですね
まぁ、半兵衛は関ヶ原領主でもあるので、普段は自治領の執務に追われてたでしょうから戦の時だけ秀吉の助っ人って感じでしょうか
優れた将は優れた『軍師』を持つものですが、信長にはその『軍師』と言うものが居ません
人は「信長が天才だから必要なかった」と言いますが、信長が本当に天才だったのかどうか、誰も知らないんですよね?
なんでそう決め付けるのか、わたしには全く理解できないですが、信長にも『軍師』は居たと想います
はい、濃姫帰蝶です
信長の戦い方は、時には無鉄砲、時にはじっくり作戦を練って、時には破れかぶれ、あるいは物量作戦と、結構バラバラです
信長の戦の中にはもしかしたら、濃姫が立てた作戦もあったかも知れませんね
信長が斯波を飲み込む様子は、さながら道三が土岐を追い詰める様にも似ている
土岐頼芸を一族と戦わせて、道三自身は頼芸の味方をしておいて、その後で頼芸を追放してます
斯波が追放されたかどうかはちょっと失念してしまいましたが、味方をしておいて実は、裏で手を引いていた。なんてとこ、なんか信長と道三、親子なんじゃないかってくらい似てるところがあるんですよね
ですので信長が生存している間、その軍師を帰蝶にさせてみました
斯波を追い遣り、清洲織田を食らい尽した信長の影に、土岐を食らった道三の娘・帰蝶あり。って感じです
ただ、わたしはその辺りの想像と言うのが乏しいので、なんか残念な結果になりそうですが(汗

信長=軍師=帰蝶
で、夫婦二人三脚
正に戦国のベストカップル(と想ってるのは、当然わたしだけ
Haruhi 2009/05/03(Sun)23:16:45 編集
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おのれコーエーめ
よくもお濃様を邪険にしおってからに・・・(涙

(画像元:コーエー公式サイト)
オンラインゲームにてお濃様発見


転生絵巻伝 三国ヒーローズ公式サイト:GAMESPACE24
『武将紹介』→『ゲーム紹介』→『Exキャラクター紹介』→『赤壁VS桶狭間』にてお濃様閲覧可
キャラクター紹介文
絶世の美貌を持つ信長の妻。頭が良く機転が利き、信長の覇業を深く支えた。
また、信長を愛し通した一途な妻でもあった。

(画像元:GAMESPACE24公式サイト)
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濃姫好きとしては、飲めなくても見逃せない

岐阜の地酒 日本泉公式サイト

(二本セットの画像)
夫婦セット 吟醸ブレンド(信長・濃姫)
本醸造 濃姫
カップ酒 濃姫®=爽やかな麹の薫り高い、カップとは想えない出来上がりのお酒です
吟醸ブレンド 濃姫® ブルーボトル=自然の香りのお酒です。ほんの少し喉を潤す程度でも香りが深く体を突き抜けます
本醸造 濃姫®=容量的に大雑把な感じに想えて、麹の独特の香りを抑えたあっさりとした風味です

今現在、この3種類を試しておりますが、どれも麹臭い雰囲気が全くしません
飲料するもよし、お料理に使うもよし
お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
奇跡のお酒です
何よりボトルがどれも美しい

清洲桜醸造株式会社公式サイト

濃姫の里 隠し吟醸
フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます

清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
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