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濃姫擁護しか頭にないHaruhiが運営しております / Haruhiの脳内のおよそ98%は濃姫でできております / 生駒派はReturn to the back.



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「この子は大人になっても、お酒に弱いんだから・・・」
へべれけになっていた利家は、庭で秀隆から井戸の冷たい水をぶっ掛けられ、なんとか正気を取り戻した
しかし、酔い潰れた恒興は酷い鼾を掻いて寝たままである
相当の量を飲まされたのだろう
酒豪である利家が前後の見境を失くすくらいなのだから、下戸に近い恒興が潰れないわけがない
それでもなつは我が子を情けない目で見下ろしていた
「うう~ん、もう飲めませ~ん・・・。いやいや、そんなところに酒を注がれても、顔など近付けられませんよ、へっへっへっ・・・」
          どんな夢を見てるの・・・?」
いやらしくにたにたする寝顔の恒興に、なつの頭からは汗が浮かぶ
「勝三郎殿の名誉のため、口が裂けても言えません」
ぼそぼそと話す貞勝に、なつも
「まさか」
と聞き返す
「若布酒などとは申しませんよね?」
引き攣る笑顔で聞くも、さっと顔を背ける貞勝に答えを見たような気がして、なつは泣きたい気分になった
そこへ、落ち着きを取り戻した帰蝶を連れ、信長が現れる
「表座敷に集合できるか?」
「殿」
「大丈夫です」
「勝三郎は?」
未だ目覚めぬ恒興に目をやり、聞く
「当分は無理かと」
心なしか泣いているようななつの代わりに、一番近くに居た可成が応える
「しょうがねーな、どっかに捨てとけ」
「それは余りにもご無体な・・・」
益々泣きたくなるなつであった

「一同、大儀」
「ははっ」
可成、弥三郎からの報告を聞き、そこには正気を取り戻した利家、唯一難を逃れた貞勝、存外に良い想いをしてすっきりした顔の資房、それから、秀隆、長秀、一益、馬廻り衆から長谷川秀一が代表して集う
表座敷に向かう途中、帰蝶はなつに呼び止められた
「夕餉はお済になりましたか?」
「簡単にですが、湯漬けを殿と一緒に食せました」
「まぁ、そうですか」
「後で奥座敷できちんと摂り直すつもりです。なつも一緒にどうですか?」
「いいえ、ご夫婦水入らずでどうぞ」
出過ぎずでしゃばらず、だが、大事なことはきちんと言い、やってくれる
なつはまだ若い方ではあるが、自分にとっては母親も同然の存在になって来ていた
「心配してくれて、ありがとう」
「とんでもない。奥方様を心配するのは、当然のことです」
「蝉丸を飛ばしてくれたのは、なつよね?」
「ええ。まさかとは想ったのですが、お役に立てて幸いです」
「ありがとう、なつ」
「いいえ。ご無事で何よりです」
「ほんとね、蝉丸が居なかったら、どうなっていたか」
                
帰蝶の迂闊な一言で、やはり身に危険が及ぼうとしていたのかと、なつの顔色が変わった
「あ・・・、大丈夫よ?本当に、何も起きなかったし、大丈夫だから」
「吉兵衛から聞きました・・・。私、とんだ見込み違いをしていたようで・・・」
「だから、何も起きなかったのだから、なつは何も心配しなくて良いし、責任なんて感じる必要ないのっ。そうしなかったら聞けなかった情報だってあったんだし、終わりよければ全てよしって言うじゃない、ね?」
「奥方様・・・」
必死になって自分を気遣い庇ってくれる帰蝶に、なつは潤ませた目を向けながら抱き寄せた
「何もなくて、良かった・・・」
「なつ・・・」
その胸元から暖かい空気が伝わり、なんとなく懐かしい香りもした
乳房の香りだろうか
それとも、女の独特の香りだろうか
不覚にも美濃の母を想い出した
なつにしてみても、息子と一つ違いの帰蝶は娘と言っても過言ではない年齢だ
実際産んだ娘には乳母が居て、接した時間も帰蝶に比べたら短いかも知れない
末森に預けられている娘を想うように、いつの間にか帰蝶に対しても『母親』としての母性が目覚めていた
それを今、痛感した
「さて、と。三左、弥三郎、それから帰蝶の情報を俺なりに紐解いてみたが、その結果、当面の敵が身内であると結論が出た」
「末森ですか?」
秀隆が堂々と聞く
「そうだ。出来の良い弟が、出来の悪い兄貴に反旗を翻すきっかけを待っている。そうなると、俺は下手なことができないってわけだ」
「しかし、何もせずに手を拱くのもどうかと想いますぞ」
珍しく一益が口を挟む
清洲の情報操作を一手に引き受けていたからか、末森の情勢までは探っていない
諜報員としての矜持からか、わからないことは聞いて納得しないと気が済まない性格のようだ
「誰が拱くと言った。勿論、その対応策も考えてある」
「対応策?」
今度は秀隆が聞いた
「こちらには斯波の嫡男が居る。幸いなことに平三郎に殊の外懐いているからな、扱い易い。どこかの誰かと違ってな」
自分を比喩したつもりか、その場で軽く笑い声が上がった
「それで         
と、話し掛けた時、信長の腹が『ぐぅ~っ』と鳴いた
一瞬、気まずい空気が流れる
確か帰蝶からは湯漬けを啜ったと聞かされたが、その実それ以外のことでもしていたのだろうと、なつは勘繰りを入れた
「夕餉は、召し上がってなかったので?」
ふと、長秀が信長に聞く
「いや・・・」
言えないだろう
夫婦で乳繰り合っていたなど、と、なつは心の中で呟いた

「ごめんなさい・・・。本当に、ごめんなさい・・・。私は不実な妻です。どうか、お咎めをお与え下さい・・・」
          勘十郎との口付けがお前を苦しめるのなら、俺がその口唇を綺麗にしてやる」
「吉法師様・・・」
ずっと、それを気に掛ける帰蝶の背中に腕を回し、顎に指を掛けて貪るように、信長はその柔らかな口唇を吸った

実際のところ、長く口付けを交わしていただけなのだが、二人の睦まじさをよく知っているなつは、それ以上のことがあっても不思議ではないと考えている
信長か帰蝶のどちらかが真相を明らかにしない限り、それを信じても強ち間違いとも言い切れなかった
まさかその後色気もなく二人で清洲攻略の策略を話し合っていたなど、誰も想い付かない

話をする度に信長の腹が鳴って耳障りなため、急遽信長と帰蝶の前に軽い食事が運ばれる
その序に酒も運ばれるが、利家は嬉々として飲み干すも、今まで地獄を見ていた貞勝と資房は遠慮する
ちなみに恒興は本当に表座敷の廊下に打ち捨てられ、後からのそのそと登場した

「先ずは清洲を落とす。それまでは勘十郎を利用する」
「できますか?」
質問する長秀に、信長は首を傾げながら聞く
「どっちのことだ?」
「えと・・・」
心なしか、信長の目付きが厳しくなる
いつもとは違う雰囲気に、長秀は戸惑った
「清洲攻略は、既に下地ができています。大和守も先ほどの戦で多くの重臣を失くしていますし、その中にも何人かこちらに寝返る手筈の者が居ます。清洲攻略は以前に比べて現実的な物になるでしょう。勘十郎様に関しては、前回の清洲攻略の際、みなの前で殿への忠誠を使ったばかり。それを反故にするのは謀叛と同じです。協力しないのであれば、それ相応の咎を受けても文句は言えません。他に質問は?」
「いえ、何も・・・」
信長の代わりにきびきびと応える帰蝶に、長秀は引き下がった
「先ずは清洲を落とす作戦から実行だ。斯波の嫡男がこちらの手の内に居る間に決めてしまわないと、女心のようにどこかに移り気になっても手遅れだからな」
「あら、帰蝶はそんな尻軽ではございませんよ?」
「いや、お前は女っつーよりも」
「何ですか?」
          何でもありません」
微笑んではいるが、目は全然笑っていない帰蝶に、信長もそれ以上何も言えない
周りも苦笑するしかなかった

互いの汗が絡み付くように混じり合い、ベタベタと不快な想いをさせられる
それでも行動が止められないのは、男としての本能がそうさせているのか、それとも、後戻りのできない心境にあるのか
自分は真面目だけが取り得の男かと想っていた
しかし小馴れたもので、一度妻以外の女を戯れに抱いてみたら、妻に感じる重責が他の女には感じられなかった
ただ心が軽かった
第一子を産み、さあ次も言う目で見られ、それが重荷に感じるようになっていた
それと・・・
どうしても忘れられない女性(ひと)の顔が想い浮かび、利三を苦しめた
あの人が嫁に行って一体何年経つと言うのか
いつになれば忘れられるのか、それとも一生、この想いを抱えて生きなくてはならないのか
それほどの罪を自分はいつ犯したと言うのか
誰が何のためにそんな想いをさせるのか、利三には見当も付かない
尚更苦しんだ
利三との関係に馴れているのか、相手の女は利三の腋の下から両腕を背中に回し、首の辺りでしっかりと自分の手を握り合わせる
利三の左の脚に右足を絡ませ、擦るように爪先が忙しなく上下していた
利三が腰を上下する度、女のだらしなく開かれた口から男を奮い立たせる、小刻みな吐息が溢れる
女は側室でもない
囲っている妾でもない
簡単に言えば浮気だった
家臣の妻だった         
ああ・・・、ああ・・・と、切ない声を上げる女を、どこかぼんやりとした顔で眺める
どうしてか、妻に対する罪悪感は感じなかった
代わりに虚しさなら、とっくの昔に覚えている
何度妻と肌を合わせても、何度浮気相手と逢瀬を重ねても、何度か交わした帰蝶との口付けほど、頭の中まで蕩けるような甘美な世界を味あわせてはくれない
浮気をさせる方が悪いのだ
そんな筋違いな感情さえ当たり前のように持てるようになっていた

・・・・・・・・・もしもこれが姫様だったなら

妻が帰蝶だったなら、自分はやはりこんな風に他の女を抱いただろうか
一欠片の申し訳なささも感じず、当たり前のように、当然のように、妻とは別の女を抱けただろうか
いいや
彼女だったなら、浮気を考えさせるような暇さえ与えてくれないだろう
毎日が楽しくて、毎日が冒険で、毎日に胸をときめかせ
あの頃のように
毎日城の外に出て、色んな場所を駆け、色んな話を語り合い、毎日が新鮮な想いで過ごせたのではないか
決して現実にはならないからこそ、夢ばかりが膨らむ
夢だから、現実にはならない虚しさにただ本能の赴くまま精を放つ
妻は自分が浮気をしていることに気付いているだろう
それでも何も言わないのはやはり、彼女とは違う人格であることを物語っていた
もしもそれが彼女だったなら、頭から角を生やして自分を殴り倒すか、あるいは銃で追い駆け回すか、あるいは刀を振り回すか
どうしてか
それすら『楽しい』と感じられた
仕える主君から厚い信頼を置かれ、仕事の面でもそれなりに充実して来た
なのに、心が満たされない
          彼女が居ないだけで・・・・・・・・・
女が絶頂を知らせる甲高い声を上げた
伸縮を始めるその部分に納めた物が締め付けられ、利三も絶頂に誘(いざな)われる

静かに虫が鳴き始める季節
夫の留守に、夫の上司を引き込み、夜な夜な情事を重ねる
何れはそんな時が来るのだろう
力尽き、隣に躰を崩す利三に、女は囁くような声で告白した
「子が、できました」
          え・・・?」
眠そうな目で、利三は聞き返す
『俺の子か?』と言う、至極単純な質問ができないほど疲労していた
心のどこかに、どうでも良いと言う気持ちもあったのだろう
それに咎を受けても構わない、そんな自暴自棄な感情しか湧かなかった
「夫の子か、あなたの子かわかりません」
「そうか・・・」
眠そうな声で応える
「安心してください」
何を安心しろと言うのか
聞き返すのも億劫だった
「堕(おろ)しますから」
「そうか・・・」
子ができたことで、利三から別れを告げられるのが怖いのか
妻は美濃国主の娘
それに対抗できるような身分ではない
勘気に触れたら簡単に首を刎ねられる立場に居るのだ
それとも、夫以外の子供だとわかったら離縁させられるのが怖いのか、利三には女の気持ちはわからない
          わかりたいとも想わなかった

清洲攻めの準備が着々と進められる
信長は表向き以前のように行政を取り仕切り、その裏では帰蝶が周囲と相談をしながら武器の調達に走った
嫁いでから今日まで馬の乗り方は夫から直接習っており、その手綱捌きも中々に馴れたもので、歴戦であるはずの可成ですら追い付かないことが屡だった
「馬の扱いがこんなにもお上手だとは、存じませんでした」
「稲葉山城に居る間は、絶対に乗せてもらえなかったからかしら、その反動みたい」
夫のお下がりである野袴も、中々様になっている
髪を夫と同じく一本に結い上げており、遠目で眺めれば優顔の少年武将に見えなくもない
ただ、長さが女らしく半端ではないため、そう見間違いも起さないだろうが
「鉄砲は清洲にある物を取り返せば良いだけだから、後は刀と弓の調達ね」
「それから、鎧なども」
「そうか、人も増えたしね」
「村木砦の戦で、お小姓さん達も随分犠牲になりましたのでその補充と、馬周りに上がったばかりの前田犬千代様の鎧も頼まれております」
「犬千代は育ち盛りだから、直ぐに小さくなってしまうのよね」
今ではすっかり主君である信長の身長を追い越し、織田家家臣内で一番の巨漢になりつつあるのを想い出し、苦笑いしてしまう
「こちらの味付けは美濃に比べて少し濃い目でございますしな、栄養も豊富なのでしょう」
「そんなに大差はないわよ」
馬も調達しに、小牧の弥三郎の実家にも寄る
予め知らせておいたので、父親の平左衛門は在宅していた
「これは織田の奥方様、お久し振りでございます。ご無沙汰しておりました」
「毎日忙しそうで、何よりです」
「倅二人もお世話になって、なんとお礼を申し上げればよいのやら」
「いいえ、平三郎、弥三郎の二人はよく働いてくれております。さすがは平左衛門殿のご子息。勤勉さでは織田でも一、二を争いますよ」
「そう言っていただけると、親の冥利に尽きます」
嘗ては土田の惣領の息子として、何不自由なく暮らしていただろう平左衛門の家は、屋敷と呼ぶには余りにも粗末な茅葺のみすぼらしい古家だった
「狭いですが、どうぞ」
「お邪魔します」
小さな玄関を潜り、中に入る
入ると目の前に直ぐ竃があるのはこの時代、最下層の庶民の生活では当たり前の光景だろう
可成の住む織田の武家長屋も、入り口の直ぐ側に竃が並んでいる
主の平左衛門が宣告したとおり、家の中は随分と手狭だった
息子二人が武家に仕官しているのだから、それなりの暮らし向きも垣間見れる筈が、平左衛門は息子達の仕送りを当てにしていないのか、自分の稼ぎだけで食っている、そんな佇まいの家である
「お待ちしておりました。このようなむさ苦しいところで、申し訳ございません」
部屋の中には妻だろうか、年も釣り合った雰囲気の初老の女性が膝を落として待っていた
「家内のやえ、です」
「やえと申します、息子がお世話になっております」
「初めまして、斎藤帰蝶です。今日は厚かましくお宅にまでお邪魔してしまって」
「いいえ、日頃からご贔屓下さって、ありがとうございます」
やえは武家の出身なのか、それとも庶民の出身なのかわからないが、上品な雰囲気のある女性だった
朗らかな笑顔が印象的で、好感が持てる
「馬の調達ですが、数は揃いそうでしょうか」
「それが、中々難航しております。いえ、値段を釣り上げるつもりではなく、馬が不足しているのです」
「不足している?」
やえの案内で部屋の中に入る
部屋と言っても居間と寝室の二つしかない小さな家だが、普段から手入れをしているのか外見とは違い中は随分とこざっぱりしていた
「丹羽郷の小折に大店の馬屋があるんですが、そこが最近馬を買い占めておりまして」
「丹羽郷と言えば、うちに仕官している五郎左衛門の実家があるところよね」
帰蝶は可成に訊ねた
「はい、そうですね。丹羽殿のご実家があるところですね。小折ではありませんが」
「生駒屋と言う、馬以外にも塩や油なんかも扱ってる大店なんですが、その店が尾張に入る馬の殆どを買い占めて、美濃の可児に送ってるそうなんです」
「可児?もしかして、土田?」
「そこまではさすがにわかりかねますが、船で運んでいるそうなのできっと恐らく」
                
帰蝶と可成は顔を見合わせた
「その生駒屋の長女が、土田の親戚筋、まぁ、土田の家臣ですが、そこに嫁いでおります」
可成の言葉に、やはり家を乗っ取られた古傷が痛むのか、平左衛門の顔が少し陰った
「船を使ってると言うことは、土田の船でしょうね」
「恐らくは」
「馬が必要と言うことは、近い内戦が起きる可能性もあるでしょう。相手が十兵衛の兄様の家か、周辺の豪族相手かは私にもわかりませんが」
「あの・・・」
可成と帰蝶の間に、妻のやえが恐る恐る割り込んだ
「粗茶、ですが・・・」
精一杯の持て成しのつもりだろう、やえは古びた盆に小さな湯飲みを人数分載せてやって来た
「頂きます」
この時代、茶は高級品だった
最下層の暮らし振りであるこの家にとっては、とんでもない贅沢だろう
自分が来ることを知り、手に入れてくれたのか
優しい緑色の香りをいっぱいに嗅ぎ、帰蝶はそっと湯飲みに口唇を重ねた
          うん、美味しい。茶葉が良く広がっています。於やえ殿は茶を淹れるのがお上手ですね」
「いいえ、そんな・・・」
凛々しい美少年剣士に誉められたような錯覚を起こし、やえはポッと頬を赤くした
「美味いですな。これほどの高級茶は、中々飲めませんぞ」
「いえ、そんなに高いお茶ではないんです・・・」
可成からも誉められ、寧ろ苦しい想いに苛まれそうになる
「高い安いではなく、どれだけ上手に淹れられるかで、茶の価値は決まります。於やえ殿には、局処の茶宮に仕官していただきたいほどですよ」
「そっ、そんな・・・、勿体無い・・・っ」
帰蝶の余りの誉め言葉に、やえは呼吸できないほど苦しそうな顔をし始めた
「それで、話を戻しますが、馬の調達を何とかがんばっていただけませんでしょうか。先の三河での戦で、多くの馬を失ってしまいました。指導する立場にある指揮官達に己の脚で走れとは言えませんからね」
「確かに」
帰蝶の言い方がおかしくて、平左衛門もやえも笑い出す
「それと、馬の序に可児の土田家に探りを入れると言うのは、無理でしょうか」
「え・・・?」
「土田家が無理なら、誼を通わせているその生駒屋の様子でも構わないのですが」
「か、構いませんが、何故でしょう?」
「武器の調達する量、種類で、どのくらいの戦になるかある程度予想できます。遠征なら多くの馬が必要となり、当然荷台も必要とするかも知れません。荷台の数が多ければ、それを使う荷駄の数もある程度予想できますし、運ぶ物資も同じ。兵糧か火薬かで、戦の場所も大体は想像できます」
「そんなもんなんですか・・・」
「油と言うことは、その生駒屋と言うのは、薬も扱ってますか?」
「薬?」
「火薬は、薬の特許を持っている店でしか扱えません」
「ああ、そうでしたね・・・。ええと、確かそこまで大掛かりではなかったような・・・。市井にありふれた店だったと想います」
「と言うことは、お能の実家ほどではないにしろ、お菊の実家よりは大きいと想像できますね」
独り言のように呟く
「なるほど、ではこちらにはお能の実家にでも付いてもらいましょうか」
「そうですね」
「あの、平三郎の嫁御様のご実家が如何なさいまして・・・?」
やえが可成と遣り取りをしている帰蝶に聞く
「ご嫡男の奥方、お能は、元々は私の侍女をやってくれていました」
「はい、伺っております。美濃でも一番の大店のお嬢様だとか。身に余る良家のお嬢様を頂いたと、主人とも話しておりました」
「馬や油、薬は勿論、水路も支配している大きな家ですので、鉄砲に使う火薬を他の店で調達したとしても、情報は入手しやすいんです。ですので、お能の実家、『岐阜屋』に頼めば土田がどれだけの物資を欲しがっているかわかるんですよ。直ぐにとは行きませんけどね」
「そうだったんですか・・・」
世界観が違う話に、やえはよく理解できないような顔をする
それも当然だろう
「平左衛門殿」
          はい」
「この件も、合わせてお願いできますか」
「はい・・・、勿論です」
少し遅れがちに返事をするのは、やはり心のどこかに蟠りがあるからだと帰蝶は感じた
本筋である平左衛門一家を追い出した後、土田家は木曽川の水路も確保した
船で商売をすることによって、土田家は平左衛門の父が君臨していた頃よりもずっと大きくなっている
それをまざまざと見せ付けられるのだから、気分の良いものではない
「平左衛門殿」
帰蝶は再び平左衛門を呼んだ
「いつになるか、わかりません。気の長い話と、痺れを切らすかも知れません」
「何でしょうか」
「いつか、土田家があなたの手に戻るよう、微力ながら援助させていただきます」
                
それは、夢にも見たことのない話だった
平左衛門の目がいっぱいに開かれる
「あ・・・、あの・・・」
「今は私達も清洲を攻略することで精一杯、明日明後日にと言うのは無理ですが、いつか、必ず」
                
平左衛門の目から、ぽろぽろと涙が零れた
それをやえが慌てて手拭で抑えてやる
「生まれ育ったお郷に帰れないのは、つらいでしょう。直ぐ目の前だと言うのに、戻れないつらさはご本人にしかわかりません」
「は・・・」
声が中々出て来ない
「母上の・・・墓参りに・・・」
しゃがれた声で、必死になって訴えた
「行きとうございます・・・」
武家の息子だった頃の記憶が蘇ったのか、いつもと違う口調が平左衛門の口から流れた
「必ず」
「ありがとうございます」
後は男泣きにおいおいと泣くだけだった
それを見て、恥ずかしいとは誰も想わない

母とは、幼少の頃に死に別れた
父は美濃から追い出され、逃げ込んだ尾張のこの小牧で野垂れ死んだ
夫婦は墓を共にはできなかった
平左衛門にはそれが今日まで気懸かりだった
帰蝶の言葉はこの数十年の苦労を一気に吹き飛ばしてくれたような、そんな不思議な力があった
感涙に咽ぶ中、不意に小さな庭から直接、少年の声がする
「親方!」
見ればまだ八つか九つくらいの少年だった
「馬、何頭かこっちに回してくれるって、信濃の業者が掛け合ってくれました!」
「佐治(さじ)!お客さんだ!」
平左衛門は慌てて顔を強面に戻し、佐治と呼ばれた少年を怒鳴り付けた
「すっ、すみません!」
「ああ、構いません。仕事の話でしょう?先にどうぞ」
「恐れ入ります」
その佐治から少し遅れて、こちらは六つ七つくらいだろうか、可憐な少女が顔を覗かせた
「お父さん、お母さん、ただいま」
「お帰り、さち」
「お客さんでしたか、失礼しました」
小さな体でぺこりと頭を下げる仕草は、帰蝶が見ても愛らしいと感じるほどだった
「娘さんですか」
「はい、一人娘です。佐治は私の親戚の子供で、弥三郎が織田様のご厄介になってから、こちらで預かりながら仕事の手伝いをしてもらっています」
そう、やえが丁寧に説明してくれる
「そうでしたか。想えば弥三郎も働き盛りの若い頃に頂きましたので、平左衛門殿のお仕事に差支えが生じてしまったのですね、申し訳ないことをしました」
軽く頭を下げる帰蝶に、やえは驚いて首と手を振る
「いいえ、とんでもありません。織田様にお仕えできるなんて、夢のようです。それに、男の子は何れ親から独立するものです。うちの人も早い内に出て行ってくれて、家がこれ以上狭くならずに済んだと喜んでおります」
「まさか」
やえの粋な気遣いに、帰蝶は笑う
そんな帰蝶の目の前を、娘のさちが遠慮しながら部屋に上がった
「これ、さち。玄関から入りなさい。横着するもんじゃありません」
「ごめんなさい」
母娘(ははこ)の会話に、帰蝶はつい自分となつの日常を思い浮べ、ここはなんて穏やかな家なのだろうと感心した

一通りの用事を済ませ、那古野城に戻る
馬はやえの甥、佐治の機転で何頭かは確保できる見込みになった
「あの佐治と言う少年は、中々利口な子でしたね」
「はい。農家の生まれにしては、随分と気品がありましたね。口調などは兎も角として」
「武家に生まれていたなら、それなりの格式も持てただろうに。生まれる場所を選べないと言うのも、随分な皮肉ですね」
「しかし、殿はそう言う生まれや氏を余り気になさらないお方。その先代様も同じくして、河尻様など土豪出身の方が随分といらっしゃいます」
「そうだった。河尻が土豪出身とは到底想えない。人材を上手く見付けるのも、将の器。義父上様も人を見る目は確かなようですね」
そう和やかに話しながら、帰蝶は横着して中庭から局処に入ろうとする
そんな帰蝶に
「奥方様!横着なさらず、玄関からお入りなさい!」
と、なつの怒号が鳴り響いた
「さちとは同じことをしているだけなのに、どうしてこうも対応が違うのかしら・・・」
「それは奥方様、さち殿とは年齢が違         
その途端、帰蝶の肘鉄が可成の右頬に食い込んだ

他の得意先との商談もあるだろうに、平左衛門は信長を優先して馬を回してくれる
その連絡には佐治が任された
那古野城まで、今日は何頭仕入れたか、その内何頭を届けられるかを報告に来る度にその可愛らしさから局処の女に捕まって、中々帰してもらえないと言う迷惑行為も受ける羽目になったが、帰りには手に入らないような珍しいお菓子や高級な生饅頭なんかを土産に持たされるため、現金なもので些細なことでもちょくちょく顔を見せる
お陰で今ではすっかり局処の顔馴染みになってしまっていた
土田家の様子も合わせて報告するその姿は、見掛けこそみすぼらしいがまるでどこかの小姓のようにも感じさせられる
「川沿いに面して砦なんかを少しずつ、目立たないように建てているようです」
「数までは、数えてませんよね?」
いくらなんでもそこまで気が回るわけがないと想いつつも聞いてみれば、
「ええと、今で三つほど建ててる最中です。後は見付けられませんでしたので、数え漏れがあるかも知れません」
                
きっちり答える佐治に、帰蝶も目を剥いた
「お前の言ってた通りだな。随分利発な子供だ」
佐治の帰った後で言った信長の感想には、帰蝶もただ頷く
「将来、うちに仕官してくれんかな」
「農民の子ですよ?他の者と上手くやって行けるでしょうか」
「本人の器次第だ」
「争いの種にならなければ良いのですが」
いつかはそんな心配をする日がやって来るだろう
だが、それはもっと先のこと、この時の信長も帰蝶も、ただの話のネタにしか感じていなかった

この年の暮れが近付いて来た頃、信長は父の代から付き合いのある尾張豪族・祖父江家に戦で使う鍛冶屋の手配を頼んだ
祖父江家当主五郎右衛門は、若き領主信長の良き相談相手となってくれている
武器や鎧の修理に鍛冶屋は必要で、数を揃えるのも一苦労の職業集団を安請け合いで引き受けてくれ、その数日後には何人かを確保してくれた
これに対し信長は祖父江家に商売の安堵を約束するのだが、このお使いにも佐治が買って出てくれるので、平左衛門はまた別の使用人を雇わなくてはならなくなり、これにはさすがの信長も、その給金の半分を持つことにした
「いっそのこと、お抱えの馬主にしますか?」
「その方が手っ取り早そうだな・・・」
そんな話が持ち上がった頃、遂に菊子が弥三郎の子を妊娠した
天文二十四年の正月は、信長家はいつも以上に賑わいを見せた

「はぁ・・・。俺もとうとう父親か・・・」
「嫌なんですか?」
聞いて来る菊子に、弥三郎は首を振る
「そうじゃないけどさ、これで俺も死ねない身になったんだなって、さ」
「死なないで下さい。菊子は弥三郎様以外の誰も、夫にはしたくありません」
ぎゅっとしがみ付いて来る可愛い妻に、弥三郎も抱き返す
夫が死ねば、妻は次の再婚相手を探すのがこの時代の常識だった
生涯一夫一妻など、寧ろ非常識な時代なのだから仕方がない
菊子の実家も大きな反物屋で、もし跡取りに万が一のことがあれば菊子の産んだ子がその後を継がなくてはならないかも知れない事態に陥る場合もある
そうなると、再婚相手は大きくなくとも武家が望ましい
結婚当初、弥三郎は仕官したばかりで、肩書きは『馬屋の倅』でしかなかった
平三郎は既に武家に出仕している武士だったからこそ、お能の実家は不平を漏らすことはしなかったが、菊子の実家はあから様に嫌味を言っていたらしい
今でこそ弥三郎も信長の馬廻り衆筆頭として、人に誇れるだけの肩書きを得てはいるが、遠回しに人伝に聞いた菊子の実家の雑言をやはり、気にはしていたのだろう
勿論、極力弥三郎の耳に入らないよう帰蝶が尽力してくれてはいたが、それでも人の口に戸は立てられない
大事な娘を何処の馬の骨ともわからない下賤の輩に浚われた、と、美濃の反物屋が喚いていると聞かされた時には腹が立つとは想わなかったが、それでも悲しいことに変わりはない
最も、それを聞かされたのは去年、その美濃から安藤守就が援軍として尾張に入って来た時のことだが
恐らくは伴っていた美濃衆の誰かが嫌味で残した置き土産だろう
菊子も稲葉山城に上がっていた時期があったので、その時に誰かが目でも付けていたのだろうか
菊子は処女のまま嫁いだので、本人にも与り知れないことなのかも知れないが
そんな菊子との長い夫婦生活も、今年の夏には間に子が居るのかと想うだけで、心が妙に温かくなる弥三郎だった

年頭挨拶など、元より嫌う体質にある信長だが、今年は一門の挨拶は受けるよう周りから注進を受ける
その席で信勝の名代である佐久間信盛に清洲攻略の開戦を伝えた
柴田勝家を遣さなかったのは、帰蝶との間で起きた諍いが原因だろうか
その場に居ながら淫らに宴席が『艶席』になったのだから、それなりに信長から咎めを受けるのも已む無しである
信長の口から正式に『大和守征伐』の命令が発せられ、春になったら清洲に向けて出陣するよう下る
歯向かうわけにも行かず、信勝はそれを承諾した
そして帰蝶も、今回は出陣することをなつに断る
帰蝶が戦に出なかった過去、悉く末森織田が武功を掻っ攫っているのが気に入らないらしいと感じたなつも、一応は在り来たりに断ったが、帰蝶の決心は固い
最終的にはなつが折れることで合意した
雪深い冬、物淋しい雰囲気の中、信長家では武器が揃い、人馬も揃い、出陣式の用意が進められる
指揮しているのはなつであった
帰蝶は自分の鎧と、兜の代わりに誂えた、面頬と、鉢金の代わりの天冠と呼ばれる女武者が額に付ける防具を簡素化して一体化にしたような、今まで見たこともないような頭部の防具の手入れをしていた
これは祖父江が紹介してくれた伊勢の鍛冶屋が考案し、作ってくれた
元々は伊勢神宮の巫女の祭事道具も手懸けているからか、尾張では珍しい防具も色々試しに作ってくれたりもする
但し、どれも試作品なので実用性には欠けるが
やがて雪が溶け、『清洲攻略』の戦が幕を開ける

「相手は勝幡織田の主家、一筋縄では行かないかも知れない。それでも、俺達は立ち向かわなきゃなんねえ。良いか、お前ら。俺達勝幡織田が天下に名を知らしめすのも、大和守から咎を受けるのも、この一戦に掛かってる。気張って行こうやッ!」
信長の声に、鬨が上がる
鎧と頭部の防具に身を包んだ帰蝶も、信長から与えられた部隊と共に騎乗した
「みんな、決して突出しないように。相手の流れを読んで、正しく冷静に判断して」
「はっ!」
「今回も末森から勘十郎様と柴田達が合流します。鬼柴田に感化されないよう、己をしっかりと保って。勝利は我らの手にある。いかなる強敵とて、我らの前には無力だ。各々、心して掛かれッ」
「ははッ!」
信長の部隊のように、勇ましい宣言ではない
それでも『勝つ自信』に漲った、頼もしい宣言であった
帰蝶の隣には『槍の三左』可成の姿がある
今回も利家が側仕えとして同行してくれることになった
弥三郎は信長の馬廻り衆であるので向うの部隊に配置されたが、代わりと言っては身に余る、兄の時親が馬廻り衆代行として着いてくれた

「勝幡織田、反撃の一刀、いざ、出陣」
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よくもお濃様を邪険にしおってからに・・・(涙

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吟醸ブレンド 濃姫® ブルーボトル=自然の香りのお酒です。ほんの少し喉を潤す程度でも香りが深く体を突き抜けます
本醸造 濃姫®=容量的に大雑把な感じに想えて、麹の独特の香りを抑えたあっさりとした風味です

今現在、この3種類を試しておりますが、どれも麹臭い雰囲気が全くしません
飲料するもよし、お料理に使うもよし
お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
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清洲桜醸造株式会社公式サイト

濃姫の里 隠し吟醸
フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
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清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
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