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戦場に立つのはいつ振りだろうか
生まれて初めて連れて行かれた戦場の、刈谷の鳴海を想い出す
あの時もこんな風に、夫が側に付いていてくれた
「吉法師様」
「ん?」
「右翼に回ってみます」
「え?」
突然言い出す妻に、信長は目を見開いた
「勘十郎様の側で、その動向が見たくなりました」
「でもな、お前」
「大丈夫ですよ、この鉢金は頬当てみたいにもなってますから、勘十郎様が私を見たって、誰かの小姓としか想いません」
確かに間近で見ない限り、それが帰蝶だとは気付かないだろうが、信長の心配はそれではない
「それでもな、帰蝶・・・」
どさくさに紛れて、乱取りではないのに弟に妻を掻っ攫われたらどうしよう、と、当然の心配が過る
「殿。奥方様には私が付いております。ご心配なきよう」
隣に並んだ可成が進み出てくれる
「そんなら俺だって、命に代えても奥方様を守って見せます」
利家も対抗してか、鼻息荒く進み出た
「いや、だからさ・・・」
「殿、奥方様は私が必ず守り抜いてご覧に見せます」
今度は時親が名乗り出た
「ああ、それはわかったけど」
「大丈夫ですよ、殿。心配要りません」
次に、なつ直々に『死んでも守れ』と命令されている恒興が前に出る
「いや、勝三郎、そうじゃなくて」
「織田殿、ご心配には及びません」
援軍に出てくれた三河・緒川城の水野信元までもが、ずいっと出る様には最早、後退りしかできない状態になっていた
帰蝶に付けた武将の全てが帰蝶の前に出て彼女を庇うような仕草をするのだから、弟よりも寧ろこの連中の方が怖くなる
「くれぐれも、帰蝶を出陣した時と同じ状態に保つよう・・・」
「どんな心配の仕方ですか」
夫の内心を知らない帰蝶は、頭から汗を浮かばせた

去年の戦で清洲の三分の一を切り取ったとは言え、城はまだ大和守信友の所有権が生きている
こちらは挑戦者であり、正統な所有者ではない
無論、『主家の仇討ち』が大義名分だが、信長も帰蝶もそんな煩わしい能書きなど、とっくの昔に忘れている
信長には例年通り叔父の信光が付き、信長軍の大半は当然だが信長の膝元に居た
帰蝶に与えられたのは、帰蝶を護衛するのを目的とした最低限の人数でしかない
森可成、前田利家、池田恒興、土田時親、そして水野信元
信元は独自で動かせる兵が居るので論外としても、可成らに割り当てられた兵を合計したところで二百にも届かない
この人数では独断で戦うなど不可能だろう
が、生憎帰蝶は『非常識な親』に育てられた、筋金入りの『非常識な女』である
自分と等しく破天荒な考えがぽんぽん浮かぶが故に、夫の心配は様々な形で行き交う
「素っ裸になって帰って来るんじゃないぞ~・・・」
本人には言えないようなことを、その背中を見送りながら口の端に両手を添え、小さく叫ぶ
そんな信長に弥三郎の頭からは汗が浮かび出た

天文二十四年、四月
信友から完全に清洲を奪取するため、信長軍が那古野より出発
信心深くない信長は、途中戦勝祈願のためだろうと寺や神社にも立ち寄らず、真っ直ぐ清洲に向った
「寄ってる暇があったら一刻でも早く清洲を落としたい」
合理主義な信長らしい考えだった
清洲の手前、五条川の川べりに本陣を敷き、後詰部隊に紛らわせていた帰蝶を呼び寄せる
そこで軍議でもと想いきや、やはり夫は自分の心配だけをしていた
夫の心遣いには感謝するところだが、今はただ清洲を奪うことが先決であり、自分の身の上の安全など自分で確保してやると言う気概がなければ、こんなところまで着いて来れない
帰蝶の去った後、末森の信勝と勝家を呼び寄せ、叔父と共に軍議を開く
ここにはさすがに帰蝶を呼べない
叔父は兎も角、信勝は帰蝶を良く知っているのだから
「叔父上殿を先陣に、我らは左右から清洲を揺さぶる。良いな?」
「はい、兄上。異存はございません」
素直なのが弟の良いところだが、素直過ぎるのが玉に瑕である
その涼しげな顔の向うでは、帰蝶を狙っている策略が脈打っていることまで透けて見えた
「勘十郎」
「はい」
          まぁ、がんばれや」
「?          はい」
信長は、「帰蝶はお前にはやらない」と言う言葉を、飲み込んだ
余りにも子供染みていると、自分でも感じたからだ
信勝も、兄の真意を知ってか知らずか、その腰に下げた太刀をじっと見詰めた
斎藤から聞かされた、土岐の宝刀だろうか
確かに見た感じ、通常のものより若干太い鞘をしているし、相当の骨董品だと言う匂いがしていた
土岐の宝刀・兼氏は、美濃の正統な国主を表す物にもなっていたからか、それを携えている兄が道三から認められた『後継者』と言うことになる
最も、形式上の後継者は同盟を組んでいる『斎藤義龍』なのだが、兄はまだそれについて核心を掴んでいるわけではなさそうだった
うやむやにできる内に何とか手を打ちたいのだが、それには先ず最大の邪魔者、帰蝶を何とかしなくてはならない
それすらできない今の状態で、兄に手出しするのは己の首を済めるのと同じだった
信勝は何も語らず、ただじっと会議に耳を傾けた
軍議も叔父・信光を中心に展開する
経験を積んでいる信光の指示に従い、其々配置に着く
信勝は最初の指定通り、清洲城右翼側に布陣する
帰蝶はその背後にある寺で陣を敷いていた
信長は正面、大手門を目の前に布陣し、信光はその左翼側、殆ど春日郡に近い場所まで後退している
信勝の後ろに居るのだから、そうそう顔も合わさないだろう
清洲城を睨み付けながら、信光の開戦の合図を待っている信長の許に、資房が駆けて来た
「殿」
          なんだ?又助」
「私も、奥方様の護衛に回って、構いませんでしょうか?」
恐る恐ると言った感じである
「お前もかっ!」
呆れて、信長も声が高くなった
「なんだか無茶をなさるような気がして、胸騒ぎがするのです・・・」
それを聞いて、居ても立っても居られない
「今直ぐ行けッ!」
「はッ!」
頭上にまた、蝉丸が羽根を広げている
資房はそれに気付かず帰蝶の居る寺に馬を走らせた

「かかさま、おかつのおむつ」
「ありがとう、坊」
三つになった長男・坊丸が、弟の勝丸の襁褓(むつき)を持って来てくれる
坊丸は勝丸や、妹・那生(なお)の面倒を良く見てくれる、気の良い子だった
将来が楽しみだと、信長からも言われている
立派な跡取りになると、帰蝶からも太鼓判を押されていた
斯波義銀の処遇がまだはっきりしない今、夫は完全に織田の軍門には下れず、斯波家と織田家を行ったり来たりしており、夫が不在の今は那古野の局処に身を寄せている
嘗てはここで生活もしており、勝手知ったる何とかなのだが、那古野城下に新しく建てた屋敷よりもここに居る方が何となく落ち着く
と、言うのも、幼い子を三人も抱え一人で家事を切り盛りするにも限界がある
まだそれほどの碌ではないが、一応は斯波の嫡男付きの近習であった過去の肩書きが邪魔をして、簡単には武家長屋には入れなかった
武家長屋なら家賃は要らないし、周辺の住民とも助け合って生活ができるが、高級住宅街に屋敷を建ててしまってはそれも叶わない
だが、ここなら菊子も通いで勤務しているし、なつも子供の扱いは慣れているので色々と助けになってくれた
その菊子も腹が大きくなれば、宛がわれている武家長屋に引込まざるを得なくなるだろうが
漸く授乳時期が終わった勝丸の便は柔らかく、異臭も凄い
「くっさーい!」
坊丸は笑いながら、部屋の中を駆け回った
その姿がおかしくて、部屋に邪魔しているなつと貞勝も大笑いする
なつの膝には、那生がちょこんと座っていた
「しかし、於勝殿は随分体格がしっかりしておりますな。こちらも将来は楽しみではございませんか?」
と、貞勝が話し掛けた
「みなさんに良くして頂いているからでしょうか、食も太いですし、すくすく育ってくれて」
お能が礼を含めた返事をする
「いやぁ、愛嬌のある顔立ちだ」
目尻を下げて、貞勝は勝丸に人差し指を差し出す
反射運動でその指を勝丸が握り、貞勝の目尻は益々下がった
「それにしても奥方様は、大丈夫でしょうか」
膝の上で那生をあやしていたなつが、想い出したように呟く
「大丈夫でしょう。姫様時代だって、周辺に織田の雑兵がうろうろしてる中、山へ散策に行ったりする人でしたから」
          非常識過ぎる・・・」
お能の返事に、なつは顔をポカンとさせた
そこへ菊子が小さな盆を持って、何人かの侍女とやって来た
「みなさん、お待たせしました。昼餉ですよー」
「わーい!」
子供らしさの滲み出る奇声を上げて、坊丸が走り寄る
その坊丸に菊子は持っていた盆を差し出した
「今日は、於坊の大好きな鰯のつみれですよ」
「わーい・・・」
実は鰯が大嫌いな坊丸は、それでも精一杯応える
勿論菊子もそれを知っていて、態とそう言ったのだ
坊丸の反応に、やはり部屋には笑い声が溢れた

那古野城で和やかに昼餉を迎えている頃、清洲城では大和守家と勝幡家の争いが展開されていた
台所から煙が高く上るのと同時に、信光の開戦を知らせる法螺の音が鳴り響く
それを合図に各軍が一斉に動き出す
「掛かれーッ!」
信長の怒声に、配備していた各隊が清洲城に向け一斉に槍を突き立てる
前年の斯波義統襲撃事件により、大和守は徐々に国内の信用を落としていた
攻めるには易い
世間は完全に『仇討ち』に回った信長の味方だった
それもこれも、大和守に何をされようとも手を出させず押し留めていた帰蝶の機転によるものなのだが、信長の日頃からの内政に対する姿勢と言うのも効果を上げているのも間違いない
周辺の商人衆が挙って大和守討伐の助成に出た
安定した那古野の商品流通にでも目を付けたのか
あるいは、古い体制の織田よりも、若い考えの持つ信長に期待を寄せたのか
鍛冶屋は信長に武器と技術の提供を惜しまなかった
米屋は無償で握り飯を振舞う
遠征ではないので大した数にはならないが、信長が喜んだのは彼らが自分の側に付いたことを信友に見せ付けることができたことだ
何より、義統は攻められるような失敗をしたわけではないのだ
ただ傀儡としての生き方を脱ぎ捨てようとしたに過ぎない
それを由としない信友が暗殺紛いの行動に打って出たのだから、世間が批判的な目で見ないわけがなかった
斯波を保護する立場であった勝幡織田の支城への包囲も、帰蝶が言うようにただ追い出すだけに留まったからこそ、周りは「清洲と勝幡は違う」と見てくれるようになったのだ
戦をするのは武士の本分だが、世間が無関係でいるわけにはいかない
世論の持つ力の大きさを理解してこそ、統治者である
その点に置いて信友は、これに適応しないと庶民から見られ始めていた
更に尾張の国主である斯波を自害に追い込んだことは、明らかに愚策であろう
一年熟成させておいたのも、世間がどう見るかを判断するためである
去年の、三河国村木砦の戦で、信長は見事今川を追い出した
これに評価が付き、いよいよ清洲落としが実行される日がやって来た

「やはり、想ったとおり」
前方の信勝軍の動きをじっと見詰める帰蝶が呟く
「今回も手柄を横取りするつもりね」
「わかるのですか?」
隣に並んだ可成が聞く
「見て。あの家紋は柴田のものね」
          そうですね」
帰蝶の指差す方角を見ながら応える
「突出してる」
「確かに」
「まだ槍は動かしていないけど、大和守が仕掛けたら即、反撃に出るつもりよ」
「では、我々はどのようにすれば」
「この人数で戦うつもり?」
驚くと言うものではなく、確認だろうか
帰蝶は口調を変えることもなく、少し首を傾げて聞き返した
「数で戦の勝敗が決まるのでしょうか?」
「場合に因るわね」
「駒を上手く動かせば、形勢逆転も夢ではございませんぞ?」
「さすが、槍の三左。と、言いたいところだけど、その場合、駒を動かすのは私ってこと?」
「他にどなたがいらっしゃいますか?」
「わぁ、責任重大ね」
そこへ、信長の許から資房が駆け付ける
「奥方様!」
「又助?どうしたの?何かあったの?」
「いえ、奥方様が心配で、こちらに付けさせていただきました」
側に居る信元に頭を下げながら、資房は理由を話す
「奥方様には俺が着いてるっつーのに」
利家がぶーと膨れた顔で不機嫌に言った
「いや、そう言うわけではなく・・・」
別に信頼できずにと言うわけでもないのにと言いたげな顔をする資房の後ろに目をやる
信長から預かっている兵も引き連れているので、帰蝶の隊は合計すると二百五十に増えた
「良い時に来たわ。三左、これで戦える?」
「できれば、数は少ない方が目立たず動けます」
「まぁ、贅沢言って。それじゃぁ、三左、勝三郎は艮(うしとら)の方向に。できるだけ柴田に隣接して」
「はっ」
「水野様」
「はい」
少し離れた場所に居た信元が小走りで駆けて来る
「うちから又助をお預けします。使えますでしょうか」
「充分に」
「では、三左とは反対の巽の方角に着いてくださいますか」
「で、どのようにすれば?」
「勘十郎殿を牽制しておいていただきたいのです。必要とあらば盾になさってください」
「心得ました」
「奥方様・・・」
奥方様をお守りしようと駆け付けたのに、なんと言う扱いを、と、言いたくても言えない資房は泣きそうな顔をした
「犬千代はこのまま側に居て」
「許より承知」
利家は、帰蝶の側に残れたと誇らしげな顔をして、鼻を鳴らす
「土田殿も、お願いします」
「承知しました」
「指示の変更があればその都度伝えます。各個、配置に着いて下さい」
「はっ!」
帰蝶の部隊が三つに分かれる
可成、恒興は北東方面へ
信元、資房は南東方面へ
帰蝶、利家、時親はこのまま東を向いた状態で信勝の部隊を監視した
大手門の辺りで信長か、あるいは信光が清洲側とぶつかっているのだろうか、時々鉄砲の音が響いた
清洲城を居城としていた斯波義統に鉄砲を寄贈していたが、それに使う弾や火薬までは付けていない
お陰で信友側も使うに使えない状態のようだった
「犬千代」
「はい」
「馬廻り衆のあなたに戦をさせるのは心苦しいけれど」
「何仰ってるんですか。馬廻りだって戦の駒になんなきゃ、意味ないでしょう?遠慮しないで扱き使って下さい」
「それを聞いて安心したわ。槍を揮って欲しいの」
「どのように?」
「三左と水野様が動き出したら、私達は背後から勘十郎様を追い立てます」
「追い立てる?」
「大和守の盾になってもらうのよ」
          え?」
そんなことができるのか?と、目が言っていた
その直後
「動いた」
帰蝶の目が、動き出す勝家の部隊を捉える
清洲城から信友の兵が流れ出るのを迎え撃つ形になっていた
「三左、前に出て」
それを知らせる陣太鼓を打つ
聞いた可成が信勝の部隊の前に出る
「水野様、出てください」
同じく、それを伝える太鼓を打つと、先に資房が動き続いて信元が動き、両部隊が突出する形になった
「まるで窪地みたいですね」
形が利家の言うとおりになる
可成組、信元組が前に出ることで、勝家の部隊はへこんだ大地のようだ
そこへ清洲の兵が集中する
「あ・・・ッ!」
勝家の部隊が集中攻撃を受けていた
だが、両側の可成、信元側には兵は余り集まらない
「奥方様、これって一体・・・!」
「水と同じよ」
「水?」
「流れる水はへこんだ場所に集まろうとする。突き出た部分に水は決して溜らないのと同じよ」
「だから三左さん達のとこには集まらないんだ」
「三左、出て」
太鼓を鳴らす
可成が前に出る
それと同時に信勝の兵も釣られたか、一緒に動き始め、清洲の兵は南に流れ始めた
「あ!これじゃ殿のとこに流れてしまいますよ?」
「そのつもりよ。吉法師様にも手柄を取ってもらわなきゃ」
「なるほど・・・」
兵が集中してしまったことで、勝家が前に出れなくなってしまっていた
障壁である末森の動きは、信元が抑えてくれている
だから信勝も、今の場所から動けない状態になっていた
きっと、「邪魔をするな」と歯軋りでもしていることだろう
おまけに溢れた兵は信元の前に出て、大手門の方角へ行くしか残されない
清洲の兵が勝家の部隊と戦闘を始めた
それを合図に帰蝶は松風に飛び乗った
「出ます!」
「奥方様ッ」
遅れて成るかと、利家も馬に跨る
駆け出す帰蝶の部隊が背後から信勝に襲い掛かるような、そんな状態で混じることで、末森の部隊が混乱した
背後から来るのが味方か敵か一瞬わからない
その騒動に信勝も指揮を取り直すことで精一杯になった
「みな、落ち着け!背後に居るのは兄上の後詰だ!元の位置に戻れ!」
そうしたいのは山々だが、左側に陣取る可成、恒興の隊が邪魔でそちらには流れられない
正面の勝家の隊は大和守家と戦闘中であるため、余計進めない
そうなると、空いている右側、大手門のある正面しか残らないのだが、そちらは信長が清洲と交戦している
「殿!末森がこちらに流れて来ております!」
「何?!」
弥三郎の報告に、信長は頭を掻き毟った
「帰蝶め!何をしでかした!」
声は張り上げても、目は笑っている
これで手柄を取られる心配はなくなり、しかも、人前で信勝にこの失態を責める口実もできた
つまり、しばらくは自重することを堂々と命じられる理由ができたのだ
「叔父貴に伝えろ!もう直ぐ清洲を開城させる。そうなったら一番に入ってくれと!」
「承知しました!」
戻った弥三郎が再び、馬を駆け出す

それは、誰なのか
自分の真横を横切る美しい武将に、信勝は一瞬、心を奪われた
古い鎧に身を包み、大きな体躯の馬を駆け、見たこともないような面頬のような、鉢金のような、なんだかよくわからないような防具で頭を包み込んだその武将が、自分の真横を駆け抜ける
長い髪が風に靡き、なんとなく良い香りがするその匂いに、ここが戦場であることを忘れさせられた
誰かの小姓だろうか
凡そ屈強な武将には想えない、華奢な背格好だった
見惚れて、判断を誤る
はっとした時には、部隊の三分の一が兄の布陣する大手門に傾(なだ)れていた
「戻れ!」

「三左!」
「奥方様」
自分の許に駆け寄る帰蝶の姿を目にし、可成は驚く
「危険です!このような最前線にまで出られては!」
「それより、隙があれば清洲城に進入して」
「え?」
「吉法師様に内応してる者が待ってるわ」
「あ・・・、確か         
「その者の手引きで大手門を開く段取りができてます。門を開いて、孫三郎信光様を誘導してくれませんか」
「はい、承知しました」
「敵が一斉に襲い掛かって来る可能性も大きいですが、三左の腕を見込んでお願いします」
「ご心配には及びません。必ず生きて戻ります」
自信たっぷりに応える可成の笑顔に、帰蝶も微笑みを浮かべる
「頼みましたよ」
「はい」
可成の返答を確認し、帰蝶はその後恒興の部隊へと移動した
「お気を付けて!」
「ありがとう!」
側に利家がべったりと張り付いている
何かあれば身を盾にしてでも帰蝶を守ってくれるだろうと想えた
帰蝶が信勝の部隊に紛れて見えなくなったのと同時に、命令された作戦を実行するため可成も動く
ちらりと後ろに目をやれば、勝家の部隊が清洲側と取っ組み合っていた
これに乗じて動きが取りやすくなる
「勝三郎!」
「ひぃぃー!」
こんな最前線にまで奥方様を出してしまったら、母からどんな仕打ちを受けるかわからないと、恒興は顔を真っ青にした
「三左の部隊が清洲城潜入を試みます。その後詰をお願い」
「三左殿が?単独ですか」
「集団で動いては、敵に勘付かれます。少人数の方が、都合が良いのよ」
「そうでしたか・・・。それで私は、このまま末森部隊を撹乱すればよろしいので?」
「柴田を足止めできるの?」
                
恒興は黙って首を振った
「返り討ちに遭うのは避けられないわね。だから、このまま大和守が大手門に流れるよう、踏ん張っていて」
「わかりました。それで、奥方様は?」
「このまま北に迂回して、寺に戻るわ。前線に留まっていたら、なつからどんな仕打ちを受けるかわからないからね」
「確かに・・・!」
「それと」
「はい」
「面倒でしょうが、末森の動きを見張っていて。こちらからも変わった様子があれば、犬千代を遣します」
「承知しました」
「それじゃ、また後で」
「はいッ!」
夫に似た爽やかな笑顔を残し、帰蝶は利家、時親を引き連れ恒興の部隊の前を横切り、元来た進路を逆走した
「しかし、じゃじゃ馬な奥方様だなぁ・・・」
数年前、鳴海城の小競り合いにも出馬したが、あの時は戦らしい戦も起きなかった
今は違う
まだ合戦と呼べるような戦闘は起きていなくとも、多少の怪我人くらいは出ている状態の中を疾走しているのだから、その胆の座り方など普通の女とは比べ物にはならないと、今更ながら感心させられた

清洲側が勝家の部隊と戦闘を始め、最前線である可成の居る場所が手薄になった
「今だ!」
咄嗟の判断で清洲城の壁を攀じ登り、城内に侵入する
可成に着いたのはたかだか五~六人程度の人数だが、寧ろこの方が紛れて動きやすい
片手の槍を握り直し、信長に内応した梁田を探す
信長との争いで、中は随分と混乱していた
逃走する者も出始め、それを押し留めようとする者と小競り合いが始まっている
それに巻き込まれないよう遠巻きにして進んで行くと、かなりの年齢を重ねた老人と出くわした
「あ・・・」
                
相手は驚き、可成は槍を両手で握り構える
「もしかして、勝幡織田の使いの方ですか?」
          そなたは・・・。梁田殿でらっしゃいますか」
「お待ちしておりました」
丁寧にぺこりと頭を下げるその仕草は、この状況には相応しくないほどほのぼのとしていた

「倅の政綱です」
初対面の他人に名を明かすのだから、諱ではないだろう
梁田弥次右衛門は息子を紹介する
「初めまして、梁田喜三郎政綱です。大手門にご案内いたします」
「梁田殿は」
「城内を撹乱せねばなりません。それに、岩室のあや様も保護せよと、勝幡様に申し付けられておりますので」
「ああ・・・」
「それでは、また後ほど」
「ご足労様でした」
その場で弥次右衛門と別れ、可成は政綱に案内され大手門に向った
正面になる大手門の外側で勝幡と争いが起きている
当然、政綱はそれを遠回りに近付いた
梁田一家が揃って信長に加担していることは大和守側にも知られている
それでも手元に残したのは、表面上梁田から詫びが入ったことと、捨てるにしては駒が少な過ぎることだった
去年の争いで信友は、多くの重臣を討ち取られた
手数が減れば攻撃も防御も危うくなる
そう想っての残留を許したが、所詮それはまやかしに過ぎなかった
「配備が手薄になった隙に、門を開きます」
「では、我々はその補佐に回ります」
「よろしくお願いします」
物陰に隠れ、表の騒ぎが大きくなることを祈る

寺に戻った帰蝶は、利家と時親に其々指令を下す
「犬千代は吉法師様の許に走って、三左が城に入ったことを伝えて」
「入れたんですか?」
「さっき、壁を攀じ登っているのをちらりと見たわ」
「いつの間に・・・」
帰蝶の抜け目のなさに呆れるやら驚くやらで、利家は複雑な顔付きをする
「間違いなく潜入を果たしたでしょう」
「私は、如何すれば」
「先に那古野に戻ります。吉法師様のことですから、きっと勘十郎様を凱旋に那古野にお連れするでしょう。その時、私がこんな格好をしていたらどうかしら」
「まぁ、間違いなく驚くでしょうな。それに、さっき擦違ってしまいましたからね、我々が細工したことも知ってしまう恐れがあります」
「帰陣に付き添ってください」
「承知しました」
「それじゃ、俺は殿のとこにひとっ走りして来ます」
「頼んだわよ」
「はい!」
走り去る利家を見届け、帰蝶も寺を出る
遠くでは相変わらず鉄砲の音が時々するが、この辺りまでは及ばないだろうと高を括った
帰蝶にしてはそれは、珍しい誤算だった

「奥方様・・・ッ!」
寺を出た直後、目の前に信勝の部隊が流れている
「どうして」
後ろには来れないはずが、何故か相当の後方まで下がっていた
信元が攻め過ぎたか
信勝の姿が見える
直属の部隊がここまで来ているのだ
「強行突破しますか」
旗印を持っていない今、寺から出てしまっては大和守と間違われても仕方がない
増してや、素性を明かすことなで絶対にできなかった
帰蝶と共に併走している時親の部隊は、数にしても三十か、そこそこ
信勝とぶつかるにしても全滅は免れない
「私が食い止めます。その間に奥方様は城に」
「そんな無責任なことはできないわ。増してや、お能になんて言い訳をすれば良いの?私の身代わりに、お前の亭主を置いて来たと?」
「奥方様・・・」
「強行突破です」
「奥方様・・・ッ!」
相手はどれだけの数だろう
頭の中で数える帰蝶には、時親の蒼白顔など目に入らない
「左翼、少し手薄か・・・。だが、その後ろがどうなっているか、わからない・・・。右翼に回れば、那古野には戻れない・・・。どうすれば」
その時、頭上で鴉の声がした
見上げれば、蝉丸が飛んでいる
「蝉丸・・・?なつ、また・・・」
また、蝉丸を放ったのだろうか
旋回などできない鴉なので、木と木の間を行ったり来たりしている蝉丸に、帰蝶は声を張り上げた
「蝉丸!」
帰蝶の声を聞き届けた蝉丸が降りて来る
「また、護衛?」
「カァー!」
肩に止まった蝉丸が、高い声で鳴く
「抜け道を探して。那古野に戻りたいの」
蝉丸は帰蝶の言葉を理解したのか、素早く飛び去ると辺りを飛び回り、また、帰蝶の許に戻って来た
「見付けた?」
帰蝶の声に反応はしなかったが、舞い降りた肩から再び飛び立ち、西に向って翼を広げる
「そっちに行けば良いのね?」
後ろは住宅街がある
そこを抜けるには後から信勝の部隊に追い回されないとも限らない今、住民を巻き込むわけにも行かず一旦南西に進路を取った
その際、自分達を捕まえようとする信勝の部隊と遂に正面衝突をしてしまう
「奥方様!」
「構わず走って!」
馬に乗っている者はそのまま走り、徒歩の兵は上手く紛れて戦線離脱に向った
帰蝶も信勝の部隊と争わずに済むよう、想い切り松風の尻に鞭を打つ
それでも、一番身形がきちんとしている帰蝶に、信勝の兵士達の標的になってしまうことは避けられない
先に回り込まれ、通路を遮断される
このまま走ればその先にいる兵士を撥ね殺してしまうだろう
それも止むを得ないかと考えるも、どこかで抵抗を感じる
ふと浮かんだのは、数年前、まだ平手が生きていた頃の想い出だった
          松風、飛んで・・・」
大手門の前で通せんぼをした政秀の頭上を、信長は見事に飛んだ
松風にもできるだろうか
帰蝶の肩に蝉丸が止まった
同時に、帰蝶は叫んだ
「飛べ!松風ッ!」

幾重にも連なった兵の壁を、その武将は見事に飛び越えた
肩に止まった漆黒の鴉
舞い上がる長い髪
身が震えるほど、絵になっている
その光景に、信勝は目を見開いて惚けた

表で信長の部隊が清洲城の兵を押し返す
その混雑に紛れて、門を守っていた兵士達の士気が乱れる
この一瞬を見逃さなかった政綱は可成に合図を送った
共に走り、大手門の兵を槍で突き倒す
可成の精鋭部隊が大手門の門番達と取っ組み合いになっている隙を縫い、政綱がその門を開いた
同時に待ち構えていた信光の部隊が雪崩れ込む
その勢いは止まらず、持ち堪えられなくなった清洲側がとうとう瓦解した
「勝鬨を上げろー!俺達の勝ちだッ!」

覚えのある甘い残り香の漂うその場所で、信勝は走り去る可憐な武将の背中を見送ることしかできない
優に数えて三百は居るだろうこの手勢にも、全く怯むことなく正面から突破された
指揮は完全に乱れ、陣取りも元には戻らない
信勝は清洲城に向って戻ることにした
遠くで勝幡の鬨が上がっていた
何もできなかったことを物語る
あの武将の正体は、一体誰なのだろう
それに、この香り・・・
どこかで匂った覚えがある
そんな、どうでも良いことを想い浮かべながら、元の布陣に戻った
いつの間にか、後詰として陣取っていた筈の、兄の部隊が消えて居なくなっている
それすら気付かないほど、あの異形の面頬を当てていた武将に心を奪われた
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濃姫(帰蝶)好きの方へ
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千極一夜

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『戦国無双3』が絶望的存在であるため、更新予定はありません

◇◇11/19 Nintendo DSソフト◇◇
『トモダチコレクション』

おのうさま(帰蝶)とノブ(信長)が 結婚しました(笑

祝:お濃さま出演 But模擬専…     (戦国無双3)


おのれコーエーめ
よくもお濃様を邪険にしおってからに・・・(涙

(画像元:コーエー公式サイト)
オンラインゲームにてお濃様発見


転生絵巻伝 三国ヒーローズ公式サイト:GAMESPACE24
『武将紹介』→『ゲーム紹介』→『Exキャラクター紹介』→『赤壁VS桶狭間』にてお濃様閲覧可
キャラクター紹介文
絶世の美貌を持つ信長の妻。頭が良く機転が利き、信長の覇業を深く支えた。
また、信長を愛し通した一途な妻でもあった。

(画像元:GAMESPACE24公式サイト)
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濃姫好きとしては、飲めなくても見逃せない

岐阜の地酒 日本泉公式サイト

(二本セットの画像)
夫婦セット 吟醸ブレンド(信長・濃姫)
本醸造 濃姫
カップ酒 濃姫®=爽やかな麹の薫り高い、カップとは想えない出来上がりのお酒です
吟醸ブレンド 濃姫® ブルーボトル=自然の香りのお酒です。ほんの少し喉を潤す程度でも香りが深く体を突き抜けます
本醸造 濃姫®=容量的に大雑把な感じに想えて、麹の独特の香りを抑えたあっさりとした風味です

今現在、この3種類を試しておりますが、どれも麹臭い雰囲気が全くしません
飲料するもよし、お料理に使うもよし
お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
奇跡のお酒です
何よりボトルがどれも美しい

清洲桜醸造株式会社公式サイト

濃姫の里 隠し吟醸
フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます

清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
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