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あれから何度、肌を重ねただろう
流産と言う不幸から二年が経っても、帰蝶に懐妊の兆しは見えなかった
焦るのは周囲と帰蝶本人で、信長は至ってのんびりとしている
「やはり側室を置いては・・・」
弟・勘十郎の動向も気になる帰蝶は、早く信長の嫡男を得たいと考えていた
それは武家に生まれ育ち、武家に嫁いだ女なら大方誰もがそう考える
しかし信長は動かない
「何べんも言ってるけど、俺はお前以外の女が産んだ子を、自分の跡取りとは認めねぇ」
「しかし吉法師様。そんな悠長なことを         
言っている場合ではなかった
父が夫に逢いたがっていることは知らされている
もしも信長にほんの少しでも隙があれば、また、子供が未だ居ないことを知られれば、自分は実家に帰されるかも知れないと言う不安が募った
信長にしてみれば、子供が居ようが居まいが、帰蝶を妻に据え置くことになんら支障はないのだが

「お願いします、吉法師様。今日だけは、きちんとした身形で行ってください」
遂に父と夫が面会する日がやって来た
信長はいつもと変わりのない格好をしている
袖のない湯帷子(ゆかたびら)に薄い半袴、信長七つ道具の一つである火打石を新調し、茶や豆、乾燥させた枸杞(くこ)の実などを詰めた瓢箪を七つ八つばかりぶら下げたいつもの恰好に、今日は舅に逢うからと張り切って、虎の皮が腰から垂れている
「吉法師様・・・ッ」
「いつもの俺を見てもらうんだ。急におめかしなんかできるかよ」
「でも、せめて髷だけでも・・・」
やっと、平手が杞憂していた理由がわかる
それらしい恰好をしていれば、それらしい評価が得られるのだと
いつもなら、夫がどんな姿で居ようが気にならないが、今日だけは違う
もしも父が夫のこの姿を見て立腹したら
それだけが気懸かりだった
嘆く帰蝶に信長も居た堪れず、茶筅髪を掻きながら言う
「なぁ、帰蝶。そりゃな、勘十郎みたいな恰好してりゃ、お前の親父も気に入ってくれるだろうよ。でもさ、それって本当に俺か?」
「吉法師様・・・」
泣きそうな顔をしているのを見かねたのか、信長は諭すような口調で言った
「俺は綺麗に着飾った自分を見せたって、しょーがねーと想うんだ。これだって俺は気に入ってるし、どこも恥じることはねえと想ってる。だからお前だって今日の今まで何も言わなかったんだろ?」
「そうですけど」
「俺は、お前の親父にも、いつもお前が見てる俺を見せたい。この時だけ賢い振りしたって、お前の親なんだから直ぐにお見通しのはずだ。それじゃ結局、なんも変わらねえ。見せ掛けだけじゃ、人間の本質なんて語れるかよ」
                
確か、嫁いで直ぐの時だったか
夫がそう言っていた
物事の本質を知るには、本来の姿を見るべきだと
その教えを実践して来たつもりでも、やはりどこか『体裁』を考えていた自分を見た
帰蝶は何も言えなくなり、俯く
「まぁ、心配すんな。俺は結構楽しみにしてるんだぜ?お前の親父と逢うの」
「吉法師様・・・」
「お前の親だもんな。他の誰でもねぇ。お前の、親だもんな」
                
夫の優しい微笑みに、帰蝶は頼りない笑顔を浮かべ頷いた
「そんじゃ、ま、行ってくらぁ」
「はい・・・。行ってらっしゃいませ」
自慢の夫なのだから、父も気に入らないはずがない
そう想うことにしたが、それでも心配なものは心配だった
心配げな顔で信長を見送り、その背中が見えなくなっても、帰蝶はずっと那古野城の門の前に立っている
そんな気配を感じながら、信長は苦笑いした

道三が指定したのは、尾張と美濃の国境にある富田と言う町の正徳寺と言う寺であった
その一帯は寺内町であり、何処の支配も受けていない特殊な場所であるため、ここならどちらにとっても安全と踏んだのか
那古野から離れた頃、信長は進路を一旦熱田神宮に移し、そこで預かってもらっていた物を受け取った
「なんで態々隠すんですか?」
利家が不思議そうな顔をして聞く
「別に城から持ってっても良いじゃないですか」
「そしたら、帰蝶が浮かれるだろ」
「浮かれちゃいけないんですか?」
「あいつには、常に緊張感ってものを持っててもらわねーとな」
「単なる意地悪じゃないですか」
「ははは!そう言うな。俺だって、見栄張ってるって想われたくねーんだよ、帰蝶には」
信長が熱田神宮に預かってもらっていた物とは、足軽八百、大槍五百、弓二百、鉄砲参百の軍勢であった
勿論、鉄砲は叔父達からの借り物が殆どである
これだけの手勢を揃えて出発すれば、なるほど帰蝶も「見栄っ張り」と言うだろうし、こんなにも立派に集められたとなれば「安心」と高を括るだろう
安心しきった後で落とし穴が待ち受けているのは世の常で、信長は敢えて小姓だけで出発した姿しか帰蝶には見せなかった
心配させるのは不本意だが、かと言って安心させておいて何か問題が起きれば、そちらの方が受ける衝撃は大きい
信長は妻を想っていつもの傾(かぶ)いた恰好をしていたのだ
最も、傾いた恰好のまま熱田を出たのだから、利家でなくともそれは変わらないのだと想っていた
信長の行列に町ゆく民は当然驚き、どこで戦が起きるのかとざわめく
その中で悠然とした顔で、信長は今日も駄馬の雌馬に跨り闊歩した

正徳寺では、一足先に道三が待ち受けている
しかし、中々やって来ない婿殿に痺れを切らした道三は、近習の猪子兵助に命じて偵察に行かせていた
その兵助が駆け戻って来る
「来たか」
「物凄い恰好です」
「む?」
「茶筅髪に虎の皮、腰から瓢箪ぶら下げて、安い栗毛に跨って、しかしその後ろからついて来るのが何万もの軍隊」
「何万の軍隊?法螺を吹くな」
笑うのを通り越して呆れてしまう
「織田にそんな数の兵などおるか」
実際これは兵助の見間違いと言うか、勘違いと言うか、正しい数は二千五百余りなので、道三の呆れる心情は納得できる
「でも、あれが姫様の婿ですか」
「どのような男だ」
「馬に跨ってますからなんとも言えませんが、見目麗しい美男子でしたよ」
「見てくれはどうでも良い。図体はどうだと聞いてるんだ」
「だから、馬に跨ってますから背が高いか低いかなんてわかるわけないでしょ」
兵助はまだ若いからか、主君に対する口の聞き方がなってない
と言うか、それを許容しているのが道三なので、周囲も注意ができなかった
「体付きは」
「華奢でもなく、巨躯でもなく」
「中肉中背か」
「そうでもないですけどね」
「どっちなんだ」
道三と兵助が馬鹿馬鹿しい話をダラダラとやっている間に、信長が寺に到着した
住職の案内で、そのまま道三の待つ座敷へと案内される
兵助の言う姿恰好を想像していた道三の前に現れたのは、確かに見目麗しい美男子だった
しかもきっちりと正装をして
どこで着替えたのだと聞きたいくらいだった
簡素な素襖ではなく、季節に応じた大紋を充分に着こなす
ただし、天皇に逢うわけではないので烏帽子は被っていない
髪もきちんと櫛を通し、鬢油で整えられ髷結わいでしっかり結ばれていた
兵助から聞かされていた出で立ちとは全く違うことに、道三は度肝を抜かれる想いで信長に見入った
静々とでもなく、ドカドカでもなく、水が流れるような優雅な足取りで座敷に入る信長は、座っている者から見ればかなり背が高い
かと言って、我が嫡男・義龍ほどの大きさもない
これは確かに中肉中背でもないだろう
黙ったまま挨拶もしようとせず、ただ道三の正面に座っている信長に、側近の堀田道空が声を掛ける
「こちらが斎藤山城守道三様でございます」
「そうか」
                
だからなんだ、とでも言いたげな顔で短く応える信長に、道空は無言になった
こっちはその道三に逢うために来ているのだから、一々自己紹介など必要ないだろ?と言う信長の真意が通じたか、道三からも何もない
ただ信長と道三は寡黙に、互いの顔を見詰め合っている
信長の方は、道三の面構えに多少驚いた
もっと仰々しい顔立ちかと想っていたのが、実際は全くその逆で、どことなく風流さを感じさせられる、年相応に綺麗な顔立ちだった
それでも、やはり帰蝶とは余り似ていない
妻は母親似なのだなと感じた
道三の方も、土臭い野暮な男かと想っていたのが、美濃のどこにも見られないようなほっそりとした優男風の信長に興味が沸く
これが親をも困らせたやんちゃ坊主かと見れば、その本性が知りたくなる
その後、僧侶達によって接待用の料理が運ばれた
美濃からは鮎、尾張からは鮑
「こっちの勝ちだな」
内心、信長が拳を握ったのは言うまでもない
食事が始まり、信長は先ず汁物に手を付ける
道三はその動向をじっと見た
吸い物で口の中を潤わせ、箸を濡らすのは最低限の作法である
食べ物の喉越しを良くするためと、箸を食べ粕で汚さないためだ
どれだけ上品に食べようとしても、食べ物が喉を詰まらせれば見苦しいし、箸が汚れてもまた上品とは言えない
噂に違う信長に、道三の興味は益々そそられた
海と川の馳走を口にし、箸休めで山の物を運び、それから最後に口濯ぎで湯漬けを食べる
いつもはガツガツ食べている信長だが、この場ではさすがに相応しくないと想ったらしく、箸遣いも随分大人しい
恙無く食事は済み、これで会見は終わりのはずだった
「では、これで」
「婿殿」
立ち上がる信長に、道三が声を掛けた
「今しばらく、話でもせんか」
                
暫し道三を見詰め、それからゆっくりと腰を下ろす
「はい」
それに満足したかのように微笑み、側近の武井夕庵に小声で話す
それから、夕庵の指示で人払いが行なわれた

「娘は元気にしているか」
やはり人の親らしい言葉が最初に出て来る
二人きりになった座敷で、今更改めて自己紹介と言うわけでもなく、まるで世間話かのような口調で受け答えが始まった
「はい、頗る元気でいらっしゃいます」
「その娘が先日、鳴海の城を攻撃する軍勢に紛れていたとか」
「耳がお早いことで。大方、我が大叔父織田七郎秀敏から入りましたか」
「ほう、そう読んだか」
案外と頭が回る男だと、道三はにやりと笑う
「父と舅殿が争っていた頃から、密かに誼を通わせていたと聞き及びますが」
「他意はない。至極当然の行動だ。その大叔父殿からも、そなたの話はよく伝わる」
「尾張一のうつけ者と評判ですからな」
そう言いながら、信長は爽快に笑った
その爽やかさに魅了される
「傾くのは、構わん。娘の先祖も同じ傾き者、婆娑羅だ」
「土岐の頼遠ですか」
「母方が、土岐の血を受け継ぐ」
「美濃国可児の、明智家ですね」
「名門中の名門だ。その側らの血を持つ娘が妻なのだからな、そなたにも何らかの影響があれば良いのだが」
「影響の有無は、某には興味のないこと」
「む?」
信長の返事に、道三は不思議そうに眉間を寄せた
大きな家から妻を娶ったと言うのに、それ自体には全く興味がないかのような口ぶりが気になったのだ
「妻の生まれなど、関係ございません。某に重要なのは、妻が斎藤帰蝶か斎藤帰蝶ではないかだけのこと。生まれた家をもらうわけではございませんので、思慮には入っておりません」
これには驚かされるが、かと言って表情を素直に表せば付け上がる
道三は必死で表情を隠し、言った
「随分とあっさり引き下がるものだな」
「それとも、妻を娶れば美濃ももらえるのでしょうか?」
「っふ」
信長の、本心とも取れない言い回しに、道三は軽く笑う
「そなたは面白き男じゃな。帰蝶が実家に手紙の一枚も遣さない理由がわかる」
「手紙?」
「何をしているよりも、そなたと一緒に居る方が楽しいのだろう」
                
そうなのかと、改めて言われてみると、なんだか小恥かしい気分になった
「いや、夫婦と言うもの、それはそれで良い。なんせわしが那々をもらった時は、侍女達を介して、何もかもが明智に筒抜けだったからの。躾けるのに苦労したわ」
                
そうか、と想った
帰蝶を鳴海に連れて行ったことを報告したのは大叔父ではなく、帰蝶に付いている侍女の誰かなのかと
だが、報告されて困るようなことは何もしていないので、怯える要素もない
帰蝶の流産を知らないのは、その当時はお能が側に居たため、信長の不利になるような報告は差し止められていたのだろうか
そう想えばやはり、嫁に出したとは言えお能の能力の高さを物語る
近い内に呼び戻すかと、心内で思案した
「娘はそなたの妻として、充分な働きをしておるか」
「はい」
道三の問い掛けに、信長は伸ばした背筋を一切崩さず応えた
「帰蝶姫は、我が『天下』に比類なき伴侶。娶れたことに感謝しております」
                
信長の言葉に、道三の目蓋が見開かれた
「帰蝶・・・は、の・・・。じゃじゃ馬で有名で、何処の家ならもらってくれるのかと、ずっと悩みの種であった・・・」
「そうですか」
声の震える道三に、信長は気にした様子もなく平然とした態度で返事する
「恵那の遠山にするか、それとも近江の浅井、越前の朝倉、駿府の今川、甲斐の武田・・・。そのどれも、帰蝶を受け入れられるかどうか、心配であった」
「無用な心配ですね。舅殿も妻と同じく、心配性だ」
そう言って笑う信長に、道三は今度は目を細めて微笑んだ
「そなたに嫁がせて、良かった」
小さな声で呟く
その呟きは信長の耳に届いたか届かなかったかは、定かではない
「娘のことは心配要らぬとわかったゆえ、これ以上詮索はせん。後はさっさと子供を作って、安堵せい」
「はい」
「時に、今、そなたも周辺に敵が多いようだな」
「はい、隠し通せるものではありませんので話してしまいますが、亡父の家臣である鳴海の山口が先日、軽く謀叛を起こしまして」
「ははは!軽い謀叛か、面白い」
「こちらの方はなんとか沈静しましたが、某が目に定めているのは、清洲」
「清洲」
再び、道三の目が大きく開く
          主家を食らうか」
「その表現は、正しくない。そうすれば周辺から一斉に反発を食らうのは必須、避けられません」
「では、どのように清洲を手に入れる」
「それは内緒と言うことで」
軍事機密なのだから、いかな舅とて話せるものではない
「それを帰蝶は知っておるのか?」
「勿論。我が軍師として参加してもらってます」
「軍師?」
聞き慣れない言葉に、道三の目が丸くなる
「あなたから譲り受けた戦略、某のために充分役立ってくれております」
「そうか・・・」
男勝りだとは想っていたが、まさかそんなことにまで手を伸ばしているとは想像もしていなかっただけに、道三は驚きと共に落胆もした
「残念なことよ。帰蝶が男に生まれていたら、そなたに嫁がせることもなかったろうに・・・」
「惜しいことをなされましたな」
「全くだ」
それからやや間があって、二人は同時に笑った
「そなたは計り知れぬ男よな。先が楽しみじゃ」
信長は「ありがとうございます」と言わんばかりに、軽く頭を下げた
「清洲に仕掛けることがあれば、わしを利用せよ」
「舅殿を?」
「清洲を背後から睨み付けてやろうぞ」
「それでは清洲は正しく、『蛇に睨まれた蛙』でございますな」
「はっはっは!」
目の前に居るのが『蝮』と揶揄されている人物であることを知りながら、それでも臆さず平然と言ってのける信長の豪胆さに、道三は腹の底から笑った
「気に入った!婿殿!」
                
信長は黙って頭を下げる
その信長に、道三は側に置いてあった刀を掴み、差し出した
「これを持たせよう」
「この刀は?」
受け取りながら聞く
「美濃は名工が大勢おる。その中の一つだ」
「ありがとうございます」
漸く、信長の口から謝意の言葉が出る
手にある刀の重みに負けたのか
この場で鞘を抜くのは失礼に当るので、信長はそっと自分の脇に置いた
「こちらから返せるものは何もございませんが、近い将来、我が妻帰蝶を尾張国主の妻とすることで、ご勘弁願えると幸いに存じます」
「有言実行で頼む」
「はっ」
信長出陣の有事には必ず協力することを約束して、道三は座敷を出て行った
残された信長も、早々に立ち去る
こうして、表には出ることのない、信長と道三の会見は終わった

「おかえりなさい!」
夫が無事に戻って来たことに、帰蝶は飛び上がらんばかりに喜ぶ
「おう、帰ったぞ、帰蝶」
信長の姿は、城を出た時と同じ恰好に戻っており、二千五百の兵もどこかに消えていた
当然、武庫から出した槍や弓もこっそり戻し、帰蝶に知られないよう鉄砲隊を貸してくれた叔父にも礼の手紙を書く
「父上との会見は如何でしたか?」
「中々有意義だった」
「それは良かった」
帰蝶は嬉しそうに微笑んだ
その帰蝶に、道三から譲り受けた刀を差し出す
「これももらったぞ」
「刀?」
「どこのだろうな。舅殿の前で抜刀もできんからな、中を改められんかった」
そう言いながら、帰蝶が返した刀を鞘から抜く
刀身から放つ妖しい輝きに、信長も帰蝶も溜息が出る
幅も今の物に比べやや広く、所謂『太刀』と呼ばれるものだった
しかも相当の年季が入っている
「見事な刃紋・・・」
ゆるやかな円が幾重にも重なり、それは帰蝶の持っている兼定にも似ていた
まさかと想い、目釘を抜いて柄を外してみる
それから銘を見て想わず叫ぶ
「帰蝶!これ、兼氏だッ」
「ええ?!」
帰蝶もまさかと想い、刻印を覗き込む
「志津・・・」
左側に美濃の地名でもある『志津』の刻印がある
自分が兄からもらった之定(兼定)には、『濃州関住吉左衛門尉兼定作』と長々しい銘が刻まれている
だがこれは片側、金象嵌銘『志津』の二文字しかなかった
「間違いないわ・・・。これは南北朝時代、土岐の先祖、土岐頼遠様の愛刀・・・。この刀は代々土岐家の家宝として飾られていたらしく、父が土岐頼芸様を美濃から追い出した時、戦利品として奪った物です」
「ええ?!」
骨董品だとは想っていたが、まさかそんな由緒正しいものだったとは想っていなかったらしく、信長にしては珍しいほど目を剥いて驚いた
「鎬を見る限り数打ちでもなさそうですし、父から譲り受けたとあれば間違いなく、土岐家の家宝の兼氏です」
                
なんだって道三は自分に、『大業物』と呼ばれるようなそんな大層な物を持たせるのかと、信長は魂が抜けたような顔になる
平安の時代の物なら今の主流の刀より大きく、そして重いのも頷けた
そんな信長を見て、帰蝶は父が夫を認めてくれたのだと確信した
自分の心配は無用のものだったのだと知り、安心する
兼氏は元は大和の国の出身で、名刀工正宗の弟子であった
数居る弟子の中でも、最も正宗の作風に近い刀を鍛えることでも有名で、兼氏の残した刀は当然高額で取引されるか、あるいは外交の道具、土岐家のように代々の家宝として大事にしているかのどれかであろう
軽々しく他人に譲渡できるような代物ではなかった
関の孫六兼元、大和守兼定、少し古い時代で兼則と、美濃には時代時代の武将達が愛した名工が多いが、名を見てもわかるとおり、美濃伝と呼ばれる刀の始まりが『志津三郎兼氏』であるのだから、当然武家の惣領たる信長が知らないはずがない
その流れを汲む兼定の刃紋と似てて、当然だろうか
「こりゃまた、偉いもんもらっちまったなぁ・・・」
「責任重大ですね。父はかなり、吉法師様に期待を寄せてるのだと想いますよ」
「嫌な圧力掛けんなよ」
帰蝶の重い一言に、信長は顔を顰めた

この年の八月、遂に清洲織田が動く
信長方海部松葉城が攻撃されていると報告が入る
「急いで救出に向かわねーと!」
驚く信長の腕を掴んで、帰蝶が止めた
「待ってください」
「何でだよ!」
「このまま、敵方に渡してください」
「帰蝶、お前何言って・・・。自分の言ってること、理解してるか?」
苛立つ信長は、帰蝶の言っていることが寧ろ理解できない
「お前な、何で清洲に自分の城、渡さなきゃなんねーんだよ!」
「それで大義名分が成立します!」
頭に血が昇ったのか、いつもと違う信長を制するため、帰蝶も声を張り上げた
「あちらから、態々拳を振り上げてくれたんです!それを利用しない手はないでしょう?!」
「利用?」
「奪われたら、奪い返せば良いだけのこと。吉法師様、これは大垣城奪回戦と同じです」
「大垣城・・・」
数年前、自分の父親が道三から奪った城である
結局、半年後には取り返されているが
「しかも、相手は清洲方。吉法師様、斯波に動いてもらう絶好の機会です。これを逃すわけには参りません」
                
帰蝶の、その凛とした目に、信長は大人しく話を聞く
「下手に抵抗をすれば、被害を受けるのは松葉です。それではいくら取り返しても、砦としての機能を果たせない。破壊されずに奪い返すには、こちらも抵抗せず相手が落とすまでじっと我慢しているべきです」
「そう・・・か・・・」
漸く、信長もいつもの調子を取り戻したのか、表情が緩んで行く
「斯波に、大和守討伐の許可を取ってください。大儀を掲げれば、誰も逆らえません」
「・・・わかった」

少しだけ、恥しいと想った
妻に諭されたことか、あるいは妻の方が武将らしい考えが持てることか、信長にはわからない
だが、信長にはそれを許容できる器がある
器がなければ、どれだけ上等な茶を淹れても飲めないのと同じで、意味がない
帰蝶が案を出し、信長がそれを実践できるの能力があってこそ、この夫婦は成り立つことができた
信長は早速清洲城の斯波に使いを出す
但し、素直に斯波に逢えば大和守家が警戒する
一計を案じて斯波に仕える土田時親に使者を送った
土田時親は信長の馴染みの馬屋の倅で、今、自分の許で働いている弥三郎の実兄であり、帰蝶の古くからの侍女、お能の夫でもある
口実などいくらでも作れ、そして、送る使者は弥三郎以外適任者は居ない

「すっかり武士らしくなったな」
見事に剃り上げた月代を見て、時親は笑いたいのを堪えながら弟を出迎えた
「似合わないって、素直に言ったらどうだよ。親父だって俺の顔見る度に笑ってるぞ」
「ははは、そう腐るな。その内しっくり来るさ」
「やっぱり似合ってないって想ってんじゃねーかよ」
「そんなことより、先ずは形から入らんとな。言葉遣いがなってないぞ」
「悪ぅござんしたね」
「それで、勝幡織田様より火急の知らせとは?」
「斯波家に、大和守討伐の許可をもらいたいと」
「ああ、今松葉城を攻めてるな。そちらから救援がないのであれば、直ぐにでも落ちるだろう」
兄・時親は若い頃から斯波家に仕えているからか、すっかり武士らしい身形である
同じ親から生まれた兄弟とは、弥三郎自身想えなかった
顔立ちも上品で、なるほど美人の嫁さんをもらえるわけだと、弥三郎は話しながら心の中で感心する
「それで、吉法師様・・・じゃねぇや、殿から討伐許可の謝礼として、岩室様を差し出したいと」
「岩室様?岩室氏のご息女か?」
「ああ。先代様のご側室なんだ」
「ああ、そうか、確かお屋形様が大和守様と奪い合ってると言う、絶世の美女だったか。確か岩室氏のご息女だったな。そうか、先代様のご側室であられたか」
「兄貴はどうも、色事には疎いからなぁ」
「悪かったな」
苦笑いして、弟の戯言に応える
「しかし、何故岩室様を?岩室様は承諾なさっておいでか?」
「承諾しなきゃ、こんな話持ち掛けるわけねーだろ」
「それもそうだな」
「しかし、女を土産に討伐許可とは、奥方様も妙案を出される」
「奥方様?吉法師様のか?」
「ああ。美濃斎藤の姫君様だよ」
「これはその奥方様の発案なのか?」
時親は目を丸くして聞いた
「すげぇ奥方様だよ。この間は戦にも出たしな」
「なんと!」
吉法師こと信長の幼少時代から知っている時親は、その非常識さも充分承知しているが、奥方までもが非常識な人間だとは想っていなかっただけに、驚きも一入である
妻・能から帰蝶姫のじゃじゃ馬振りを聞かされている身とは言え、そこまではさすがに想像もしていない
「非常識を通り越して、最早『人外』であるな」
「滅多なこと言わねー方が良いぜ?その奥方様、先代様からも相当気に入られてたみたいで、先代様の側室筆頭池田なつ様まで取り込んだからな、織田の女は大方様以外殆どが奥方様の言い成りだよ」
                
想像を絶する弟の話に、時親は言葉を失くす
「ところで、子供が生まれたって?」
「ああ、二番目だ」
          あれ?」
確か先妻との間には子供はなかったはずだがと、首を傾げる弥三郎
信長からのお使いは済んだのだから、後は兄弟水入らずでと世間話を始めたらとんでもない方向に進んで行く
「側室、もらったのか?」
「いや。妻だけだが」
「もしかして、畜生腹(双子)か?」
「失敬な。一人一人産んでるわい」
縁起でもないことを言い出す弟に、時親は立腹する
「え、それで二人?」
「お能をもらって翌年、一人目を生んでる。今年生まれたのは二番目だ」
「仕込み、早過ぎね?」
「そんなことはない」
「そうかな・・・」
億手だと想っていた兄が、後妻をもらった途端バンバン子供を作っていることに、弥三郎は信じられない面持ちだった
余程躰の相性が良いのだろう
「お前もそろそろ子を作ってはどうなんだ」
「そうだねぇ」
弥三郎も帰蝶の侍女であった菊子をもらっているが、今は武士としての仕事を先に覚えたくて、なんとなく子作りは後回しになっている
菊子も以前と変わらず帰蝶の許で働いているので、一応の夫婦の営みはあっても中々にそれどころではない
「でもまぁ、俺まだ若いし」
「嫌味か」
二十歳を超えたばかりの弥三郎と、三十路を超えた時親とでは残された余生も違う
兄の、せっせと子供を作る姿勢も理解できるし、まだ若いからと自由を満喫している弥三郎の気持ちも何となく羨ましい
「そんじゃ、俺は那古野戻るわ。なんか深田の方も雲行き怪しいみたいだし」
「そうか」
「殿が、その内こっちに来いってさ。斯波もやばいんだろ?」
「期が熟したら世話になると伝えてくれ」
「わかった。お能さんによろしく」
「ああ」

時親を介して斯波家から大和守討伐の許可が下り、翌日信長は揚々として那古野城を出発、海津近くの稲庭地を流れる庄内川に陣を張った
この戦では、帰蝶は残念なことに留守番
「絶対行かせません」と、門前をなつが明け方前から仁王立ちしていたのだから、それを押し倒してまで出ることはできなかった
「今回は大人しくしとけ」
折角鎧に着替えたのにと、しょんぼりする帰蝶の頭に軽く手を置き、信長は笑う
「松葉と深田は絶対取り返す。それが終われば、本格的に清洲取りだ。そんときゃ、なんとかなつを説得させて、お前を連れてくからよ」
「吉法師様・・・」
「この戦は、清洲に一歩、故郷に一歩、だ」
「故郷に一歩・・・?」
「清洲取っちまえば、お前は気兼ねなく心配もなく、里帰りくらいはできるだろ?」
                
信長の何気ない一言に、帰蝶の目が大きくなった
一度嫁に出た娘が実家に帰るのは、離縁される以外にない
夫が死ねば自分もその後を追うまで出家して、菩提を弔うか、あるいは再び政略の道具として誰かの許に再嫁するのが相場だった
そんな時代に『里帰り』などと言う言葉を使う者は居ない
夫の、どこまでも自分を想ってくれるその気持ちに、帰蝶は胸がいっぱいになった
「吉法師様、ご武運をお祈りいたします」
「ああ、行って来る」
相変わらず爽やかな笑顔を浮かべ、馬を歩かせる
帰蝶はやはり、信長の背中が見えなくなってもずっと、門の内側から夫の歩んだ道を見守っていた
清洲に、一歩
故郷に、一歩
天下に、一歩
そう、心の中で念じながら
そして何より、夫が無事に戻って来ることをただひたすらに祈りながら
PR
濃姫(帰蝶)好きの方へ
本日は当サイトにお越しいただき、ありがとうございます

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文章の誤字・脱字が時折混ざっております
見付け次第修正をしておりますが、それでもおかしな個所がありましたらお詫び申し上げます

了承なしのリンクは謹んでご辞退申し上げます
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ゲームブログ
千極一夜

家庭用ゲーム専用ブログです
『戦国無双3』が絶望的存在であるため、更新予定はありません

◇◇11/19 Nintendo DSソフト◇◇
『トモダチコレクション』

おのうさま(帰蝶)とノブ(信長)が 結婚しました(笑

祝:お濃さま出演 But模擬専…     (戦国無双3)


おのれコーエーめ
よくもお濃様を邪険にしおってからに・・・(涙

(画像元:コーエー公式サイト)
オンラインゲームにてお濃様発見


転生絵巻伝 三国ヒーローズ公式サイト:GAMESPACE24
『武将紹介』→『ゲーム紹介』→『Exキャラクター紹介』→『赤壁VS桶狭間』にてお濃様閲覧可
キャラクター紹介文
絶世の美貌を持つ信長の妻。頭が良く機転が利き、信長の覇業を深く支えた。
また、信長を愛し通した一途な妻でもあった。

(画像元:GAMESPACE24公式サイト)
勝手にPR
濃姫好きとしては、飲めなくても見逃せない

岐阜の地酒 日本泉公式サイト

(二本セットの画像)
夫婦セット 吟醸ブレンド(信長・濃姫)
本醸造 濃姫
カップ酒 濃姫®=爽やかな麹の薫り高い、カップとは想えない出来上がりのお酒です
吟醸ブレンド 濃姫® ブルーボトル=自然の香りのお酒です。ほんの少し喉を潤す程度でも香りが深く体を突き抜けます
本醸造 濃姫®=容量的に大雑把な感じに想えて、麹の独特の香りを抑えたあっさりとした風味です

今現在、この3種類を試しておりますが、どれも麹臭い雰囲気が全くしません
飲料するもよし、お料理に使うもよし
お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
奇跡のお酒です
何よりボトルがどれも美しい

清洲桜醸造株式会社公式サイト

濃姫の里 隠し吟醸
フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます

清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
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