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『初めての夜』は、『今更』な感じだった
遊び友達の延長のような夫婦が、今更同褥と言うのも恥しさが勝って色気を感じない
かと言って、信長も女に興味を持ち始めてもおかしくない年齢でもあるため、「後で良い」とはかっこ付けて言えないのも現実だった
「 えーっと・・・、じゃぁ、横になってもらって・・・」
「はい・・・・・・」
互いに赤い顔をして、いざ尋常に挑む
「 」
帰蝶が先に横になり、信長もその後に続いて横臥する
「えーっと・・・」
心の中での葛藤は、信長をのた打ち回らせた
しまった
こうなる前に誰かを相手に、練習をしておけば良かった
そう想ったところで、後悔は先に立たない
「余りに痛かったら、言ってくれ」
「はい・・・・・・・」
女を抱く心得は幼い頃から聞かされているが、実践はまだ積んでいない
相手をしてくれる女は大勢居ても、自分がその気になれなかった
自由気侭に野山を駆け回り、悪友達と相撲を取ったり、傾いた姿で町を練り歩く方が気が楽で、何より色気よりも先に食い気に走る
妻に恥を掻かせるかも知れないと不安を感じながら、信長は帰蝶に手を伸ばした
驚いたように、帰蝶の躰が震える
「す、すまん」
「いえ・・・・・・」
そんなことで謝らなくても良いのに・・・と、帰蝶も心の中で浮かんだ
女を捨てる機会なら、利三との間に何度もあった
だが、結局は利三の方が弁え、口付け以上の仲には発展しなかった
それはそれで至極当然のことなのだが、それでも一度は利三に裸を見られている
だからと言って度胸が着いたかと聞かれれば、それほどでもなかった・・・
「じゃ・・・、じゃぁ、行くぞ・・・」
「はい・・・・・・・」
それから、何がどうなったのか信長も帰蝶も良く覚えていなかった
ただ帰蝶は激しい痛みの後で体が浮くような感覚になり、ひたすらに穿ち続ける信長のそれが熱くて、逆上せそうになったことだけは朧げに覚えていた
何より信長も初めてのこととて、兎に角必死である
挿入の後は無我の境地で、恥しながら快楽に没頭してしまい、後になって帰蝶が苦しそうにしていたことを想い出し、自己嫌悪に陥った
ただ、痛かったろうに、それに耐えてくれた帰蝶には嬉しい気持ちが溢れる
政略で互いが親の道具となったものの、それでも信長は初めて逢った時から自分の話に真剣に耳を傾けてくれる帰蝶を気に入ったし、今まで共に暮らして来て、自分の感性に合う女は帰蝶以外に居ないとも確信できた
二人の出逢いを運命と呼ぶのかどうかわからないが、偶然でもないような気がする
「痛むか?」
小さな声で聞く
「ほんの少しだけ。初めてですから、しょうがありません」
少し顔を赤くし、微笑む帰蝶が愛しくて、信長は抱き寄せ、ぎゅっと腕の中に収める
帰蝶は大人しくその中で目を閉じた
「明日はゆっくりしてろ。周りは事情を知る者ばかりだから、お前が寝ていても誰も文句なんか言わないし、言わせねぇ」
「ありがとうございます、吉法師様・・・」
この日の夕餉は信長と帰蝶の初同褥ともあって、いつもより贅沢な物が並んだ
それが逆に恥しい
「これで漸く若も落ち着かれる」
と平手は泣き咽び、
「これで奥方様も自覚を持ってくださる」
とお絹も感涙に頬を濡らした
当人同士は、自分達が日頃どんな風に想われているのか知り、何となく納得できない夜を迎えたが
それから、いつものように他愛のない話をするわけでもなく、初めて通じたことへの興奮の余韻に埋もれたまま、信長も目を閉じる
朝が来るまで帰蝶を抱き締め、信長に抱き締められ、二人は眠りに就いた
花嫁お披露目を織田一門、つまり信長の父や母、その兄弟達と逢うことを目的とされていた祝言の二日目、帰蝶は夫と共に城を抜け出してしまい、舅・姑との顔合わせをまだ済ませていなかった
心のどこかで蟠りができ、帰蝶は嫁いで初めての正月、末森城へと年頭挨拶に行こうと誘ってもみたが、信長は「那古野城主が城を空けるわけにもいかん」と突っ跳ねた
正しくは面倒だったと言うのが大筋の本音なのだが、親との折り合いが悪いことは何となく聞かされていたので、こちらから出向くことなく二年目の正月がやって来る
今年は父・信秀から直接手紙が届き、花嫁を紹介しろと催促されては断るわけにも行かない
仕方なく帰蝶を連れ末森城へと足を向かせた信長だが、ここには信長の苦手とする人物が大勢居た
父・信秀は言うに及ばず、母・土田御前市弥(いちや)、弟の勘十郎、宿将・柴田権六勝家などなど
要するに、織田家の主要人物とは殆ど折り合いが悪いのだから、逢いたいと言う気持ちも中々起きないだろう
だが、今年に限ってはどうしても逢わなくてはならない理由があった
それは、帰蝶の懐妊である
遅れ馳せながらの初夜から、思春期と言うのも合わさってか、日を置かず肌を重ねていては早熟でなくとも何れは子ができる
待望の跡継ぎの誕生に、呼び出しを食らうのは至極当然のことだった
「やっぱバッコンバッコンやってると、できるもんなんだなぁ」
独り言のように呟く信長の額を、帰蝶は想わず張り倒す
小勢力とは言え、この群雄割拠の土地・尾張で根を張るには、相当の努力と外交力、そして、戦に勝ち続けるという実績が必要不可欠だった
斯波の配下の、更にそのまた一門に過ぎない勝幡織田の当主である信秀は、様々な想いを巡らせていた
漸く美濃国主の娘との婚姻を取り付け、斎藤とは同盟を組むことに成功した
これはまだ何処の家も成し得なかった偉業であり、当然、誉められる結果でもある
しかし、気性の荒い倅と上手くやってるのかと心配はしていた
嫁に来て二年目で子を授かったのも、信秀にしてみればじれったいことであり、もっと早くに子を成してくれればと言う気持ちにもなる
三年過ぎても子ができなかったら、実家に帰すところだったのだ
今川、武田、本家織田、主家斯波に囲まれた今の信秀にとって、『斎藤から嫁をもらった』だけでは到底安心できるものではなかった
これだけ焦らす嫁の顔を、早く見たいというのもある
麗人だとは平手から聞かされているし、護衛に行かせた秀隆の報告も聞いている
外見は何の問題もないだろうが、肝心なのはその気性だった
息子信長にとって嫁は吉か凶か
それが一番気懸かりなことだった
そうこうしている内に、那古野から信長夫妻が到着したと報告が入る
女は奥座敷に、男は表座敷に集まった
「初めまして。織田信長が妻、斎藤帰蝶にございます。若輩者ではございますが、何卒ご鞭撻賜りますよう、よろしくお願い申し上げます」
「よろしく、嫁殿」
最初に帰蝶の挨拶に応えたのは、土田御前市弥だった
男のような名を与えられただけのことはあって、男勝りな顔立ちをしている
信長の生母と言うだけのこともあり、女の帰蝶から見ても美しい女性だった
ただ、慈愛の感じられない、冷たい目元をしている
「よろしくお願いします、鷺山殿」
帰蝶が稲葉山からではなく、別宅である鷺山から嫁いだことでそう呼んだのか
二番目に挨拶をしたのが、池田恒興の母であり、信秀の側室でもある池田なつ
正室・市弥と唯一張り合うことのできる女と言うだけあって、こちらも気位の高そうな面構えである
なつは夫を亡くした後、信秀の側室になっていた
信秀と言う男は好色家なのか、他にも大勢の側室が居た
その一人一人から挨拶を受ける
中には信秀の従兄妹もおり、帰蝶で言えば光秀の側室になったようなものか、近親者同士の結婚を嫌う道三の許で育った帰蝶には、理解しにくい世界であった
夫が色事に対して淡白なのは、父親が反面になっているからだろうか
そんな気がした
局処には大勢の子供がおり、那古野とは違う雰囲気に心が落ち着かない
どれもが信秀の子か、それとも中には稲葉山のように家臣の子供らも混じっているのか、誰が誰やらわからない
ごった返す騒がしい部屋の中で子供の泣き叫ぶ声が聞こえたり、側室同士雑談をしたりと、話し相手の居ない帰蝶にはなんとも居心地が悪い
そんな中、三つほどの少女がとことこと歩き、帰蝶の許にやって来た
「 ?」
誰の子かわからないが、帰蝶は愛想笑いをするように微笑み掛けた
その帰蝶の微笑みに、少女もにこっと笑うと、ぽんぽんと帰蝶の膝を叩き、その上に座り込む
驚きながらも、その愛らしい行動に帰蝶も膝を貸してやった
「はい、あーん」
「ん?」
笑顔のまま、少女の差し出す指先を見ると、軽く砂糖を塗した炒り豆が抓まれていた
「五色豆ですか?」
「あい」
「ありがとう」
そう言うと、帰蝶は軽く口を開ける
少女は帰蝶の口の中に豆を放り込んだ
「おいしいですか」
「はい、美味しいです」
「ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ」
幼子の言う言葉は、嘗て帰蝶自身この間まで幼子であったとは言え、良くわからない
少女の言葉に笑わずにはいられなかった
「あなた、お名前は?」
そう、帰蝶は少女に聞いた
「おだ、い」
「おだい?おだい様ですか?」
「い」
「い?」
「いー」
「 」
誰に聞けば良いのか、わからない
そうしていると、土田御前が少女に声を掛けた
「お市、おいたはいけませんよ」
「してません、おかかさま」
「お市・・・、お市様・・・。ああ」
自分の膝の上にいるのは、信長の幼い妹である
織田市だから『おだい』かと、帰蝶は納得した
「ご無礼を、美濃の方様」
「いいえ」
人によって、自分への呼び方が様々なのはわかっているが、なつが「鷺山殿」と呼んだのに対し、土田御前は「美濃の方様」と呼ぶ
どうもこの二人、仲は良くないらしいということだけは、なんとなくわかった
お互いに反目し合っているのだろう
斎藤家でも側室同士が小競り合いと言うのもたまにはあったが、大抵は母が出て来て片が付いている
最も、斎藤家での母の権力は絶大で、滅多な理由では起きたりはしないが、ここ織田家では何を理由に互いが反目するのかわからない
どっちにしても、例え妊娠したとは言え、大人の色事の世界はまだ理解できる範囲ではなかった
「こっちにいらっしゃい、お市」
「いー」
「お市。義姉様は、妊娠してらっしゃるのよ。お腹の子にもしものことがあったら、どうするんですか」
「土田御前様、私なら大丈夫です。まだお腹も出てませんし」
と、帰蝶は市を庇う
ところが、自分の娘を庇ってくれた帰蝶に対し、土田御前は冷たい言葉を放った
「あなた一人の体ならば、私も煩くは申しません。しかし、あなたのお腹に居るのが吉法師の子である以上、無事に出て来てもらわねば困るのです。その子は、織田の跡継ぎになるかも知れないのですから。軽々しい命ではないのですよ?」
「す・・・、すみません・・・」
平手の説教、お絹の説教と、嫁いでから今日までいろいろと説教されて来た帰蝶ではあったが、土田御前ほど突き放した言い方はしないだけに聞くことはできた
土田御前の言葉は、ただ痛いだけである
愛情など微塵も感じさせない
帰蝶はしょぼんとなり、膝の上から市が出て行った後、ひとりこっそりと中庭に出た
周りはそれに気付いていない
所詮、織田の息子の嫁の一人と言う感覚でしかないのだろう
「はぁ・・・。吉法師様の方の宴会、いつ終わるのかしら・・・」
「早く帰りたいですか?」
「 ッ」
後ろから声がして、うっかり本音を漏らした帰蝶はビクンと震えた
振り返れば、なつが立っている
「あ・・・、いえ・・・、そうではなくて・・・」
「あの中では、手持ち無沙汰でしょう?」
「えと・・・」
厳しい顔付きのなつだが、土田御前とは何か違う雰囲気を持っている
帰蝶は想わず頷いた
「ほほほ、正直な方。さすがは若様の奥方。胆の据わり方が違いますね」
「いえ・・・。私なんて吉法師様に比べたら、全然足元にも及びません・・・」
「まぁ、旦那様をお名前で呼んでらっしゃるんですか?」
「吉法師様から、そう要望がございまして」
「まぁ、まぁ」
なつの目が大きく開かれた
「奥方様、よほど若様に気に入られたのでございますね」
「そうなんですか?」
「童名など、そうそう呼べるものではございませんよ?一般なら三郎様か、あるいは上総介様」
「そうですよね。私もどうして童名で呼ばせていただけるのか、よくわかりません。でも、お相子なのだそうです」
「お相子?」
「はい」
「そうですか」
帰蝶の言っていることは良くわからないが、信長が自らそう呼ぶよう指示しているのだとしたら、それについてとやかく言える立場ではない
夫婦のことなのだから
「老婆心ながら、差し出口お許しください」
「いいえ」
「それと、局処の挨拶が終わったら、殿がお部屋に来るようにとおっしゃってました」
「殿・・・。織田様でしょうか」
「はい。ここで殿と言えば、織田三郎信秀様しかおられません」
「三郎・・・」
親子で同じ名前を共有しているのか
折り合いが悪いものと想っていたが、家督を継ぐ際にはその名分を明白にしておくことに関しては、男と言うのは案外あっさりしているのかも知れない
帰蝶はそう想った
現に折り合いの悪い父と兄は、同じ通称の『新九郎』を共有している
男の世界が益々わからなくなる帰蝶であった
なつに案内され、帰蝶は本丸の信秀の部屋を訪問した
今頃表座敷で一門の挨拶を受けているものとばかり想っていた帰蝶には、意外な対面の申し出だった
「三郎様、鷺山殿をお連れしました」
「通せ」
「はい」
襖を開け、なつは帰蝶に入るよう促す
「失礼します」
姑とは上手くやっていけるのかどうか、その自信を得られなかった帰蝶は、なんとしてでもせめて舅への覚えくらいはめでたく済ませたい
そう想いながら、信秀に一礼する
「挨拶が遅れました。斎藤道三が三女、斎藤帰蝶でございます」
「よう参った」
地鳴りがするような、低い声が頭の上から鳴り響く
親子であるのに、信長の声質とは対極である
「面を上げ」
「はい。失礼いたします」
許しを得て顔を上げると、目の前にはこれまた厳しい顔付きの中年男が憮然とした表情で座っている
「お初にお目に掛かります」
「奥への挨拶は済んだか」
「はい、滞りなく」
「なつ」
信秀は後ろのなつに声を掛けた
「人払いを頼む。嫁御殿とサシで話がしたい」
「承知しました」
舅とは言え、相手は男である
同室の憚られる間柄である以上、帰蝶にとってはなつが頼みの綱だった
そのなつが出て行ってしまうのを、不安げな顔をして見送る
「嫁御殿」
「 は、はい」
声を掛けられ、慌てて正面を向く
「あれを、どう想う」
「あれ、とは、吉法師様のことでございましょうか」
「そうだ」
「 」
少し考え、それから応える
「ご子息ながら、名がある以上、きちんと呼んでくださいませ」
「む?」
「我が夫は、「あれ」に非ず、織田上総介信長と言う、東西一の立派な名がございます」
それから、心の中で「しまった」と顔を顰める
気に入ってもらおうと可愛い嫁を演じるつもりが、夫を馬鹿にしたような言葉につい、頭の血管に血が逆流してしまった
自身の喧嘩っ早さは自覚しているが、よもや義父にまで喧嘩を売るとは、自分で自分を殴りたい気分になる
遅かりしとは言え、帰蝶はとりあえず頭を下げ平伏した
「すみません、生意気を申しました」
「いいや、それで居てもらわねば困る」
「 は・・・?」
帰蝶はキョトンとして顔を上げた
「吉法師は、我侭気侭、自分勝手な小倅だ。誰もが手を焼いておる。あれの子供の頃からの傅役の平手ですら御せぬものを、そなたを娶ってからはぼちぼちと那古野の領主の仕事もするようになったと聞く。あのようなうつけでありながら、見捨てず連れ添ってくれているそなたの尽力であろう。感謝する」
「い・・・、いえ、もったいない・・・」
どやされるかと想いきや、逆に頭を下げられてはこちらが恐縮する
軽く会釈する信秀に、帰蝶は取り乱して手をばたつかせた
「が、これだけは言わせてもらいたい」
「はい・・・、なんなりと」
「子ができるのが遅い」
「仕方ありませんでしょう?つい最近まで月の物がなかったのですから」
「なんと」
「はっ・・・」
また、心の中で「しまった」と舌打ちする
「そなた、まだ初心(おぼこ)であったか」
「・・・・・すみません、世間より熟す時期が遅くて」
こうなりゃヤケだとばかりに、帰蝶は開き直る
「そうか、そなた処女のまま嫁いだか」
恥しいことを平気で言える度胸は、大したものだと誉めてやりたいが、それに平然と応えられるほど帰蝶は経験豊富な大人でもない
「えーっと・・・」
「斎藤は、躾けのしっかりした家のようだな」
「はい・・・。特に母が厳しくて・・・」
その割には、帰蝶も案外自由奔放に育っている
「そうか。そなたの母御、確か可児の長山、明智の姫君だったな」
「はい」
「名門の姫君であれば、それもそうか」
「しかし、母は五つで父に嫁ぎましたので、明智の作法を殆ど習えぬまま斎藤に入り、当初は苦労したそうです。ですが、母より先に嫁がれた側室の深吉野様に躾けていただきましたので、武家の嫁として恥しくない礼儀を身に着けれたと申しております」
「側室に育てられたのか?」
「はい、おかしな環境とお笑いになられるでしょうが、うちは特殊な家柄です」
「そうか、ならば吉法師のようなうつけとも、馬が合うわけだな」
息子を馬鹿にする信秀の言葉は、一々引っ掛かる
「吉法師様は、うつけではございません」
「うつけではない?」
反論する帰蝶に、信秀は鋭い目を向けた
しかし、帰蝶はそれに動じない
寧ろ自ら睨み返す
まるで『鷹の目』のように
「親でありながら我が子を理解できない者は、大抵『理解の範疇を超える』と簡単に結論付けます。それは己が愚かであることを吹聴しているようなもの。自分に理解できない者を排除しようとするのは、古より人間の慣わし。いつまでもそのような考えでは、人は一歩も先には進めません」
「言うの、お嬢が」
「その言葉も、私の言っていることを理解できていない証拠でございます」
こうなったらもう、自分でも止められない帰蝶であった
開き直った帰蝶は、とことん舅をやり込めてやろうと考えた
「人は理解の範疇を超えると、必ず『人外』と決め付けます。そして、理解しないまま排除しようとします。それではいつまで経っても、物事の本質を見極めることなどできません。どうして人は、自分ではないものを理解しようとせず、ただ除くことだけを考えるのでしょうか」
「それが人の『弱さ』だ」
「弱さで物事が決まってしまっては、本来の意味を発揮できません」
「発揮をされては困る物事もある」
「それは謂わば、親にしてみれば『倅』と言うことでしょうか」
「そうとは言っておらん。それではまるで、わしが吉法師を恐れているかのようではないか」
「恐れていないとも言い切れないのではございませんか?」
「断じてない」
「ならば何故、吉法師様の言葉を理解しようとなされないのですか」
「それこそ、理解の範疇を超えるものばかりだ。あれの言うことは全て、武家の存在を覆すものばかり。その武家に生きる者の言葉ではない」
「武家による社会では、この国は発展しない。吉法師様はそれを憂いておられるのです」
「そうは想えん。ただ織田の家風に合わないだけだ」
「家風は、その時その時生きる者が決めることでございます。人に従って守る物ではございません」
「守らねばならぬものを、破壊せよと申すか」
「人は破壊の中で創造を生みます。古より連綿と続くだけの伝統では、人は成長など致しません。藤原朝廷、源幕府、北条幕府、そして今、瓦解しようとしている足利幕府。どれも『伝統』の上に胡坐を掻いているだけの存在に過ぎません。義父上様は何故、それら伝統が永遠ではないのか、考えたことはございますでしょうか?」
「うぬ・・・」
ここに来て信秀は初めて言葉に詰まった
「人を縛り付けるだけの存在は、やがて人に拒否されます」
「そのようなことが」
「何故応仁にあのような争いが起きたのか、義父上様はお考えになられたことはございませんか。何故それまで『支配されている』側に過ぎなかった武家が、現在のように力を持ち始めたか、考えたことはございませんか。人は支配から逃れようと抗う物でございます。吉法師様は、その先を見ておられるのです」
「支配の先?」
「あのお方は、壮大な理想と果てしない夢を温めておられる方でございます。そんじょそこらの男衆では、到底足元にも及びますまい」
それは昔、利三を小馬鹿にした遠山の若君に対して吹っ掛けた禅問答にも通じていた
「ほう。そなた、随分とあれを買っておるの」
「買っているのではありません。私は吉法師様の志を尊敬し、日頃から語られる理念に対し敬意を払っております。もしも吉法師様を馬鹿にするのであれば、例え父君様とて許しません」
「許さなければ、どうする」
「その時考えます」
「 」
さて、この口達者な嫁をどうしてやろうかと沈黙しながら、信秀は想いを巡らせた
「吉法師様のおっしゃることは、確かに常人には考え及ばぬことかも知れません。理解するのも容易ではないでしょう。ですが、理解するのではなく、感じるのです。そうすれば、吉法師様の仰りたいことが自然とわかります」
「日頃吉法師は、何を口にしておる」
「この国の行く末です」
「この国の行く末だと?」
「はい」
信秀は目を丸くする
そのような高尚な考えなど、今まで聞いたこともない
なのに、嫁いで二年目のこの嫁は、それを知っている
付き合いにしてもまだ短い間柄でありながら、家族の誰よりも信長の深い場所に既に納まっている帰蝶に、信秀は俄かに興味を持った
「どうやって取り入ったのやら」
「はい?」
「いや、なんでもない。こちらのことだ」
「はい」
「嫁御殿」
「はい」
「わしは今、今川と争っておる」
「はい、承知しております」
「そなたとの縁談は、美濃との争いを避けるためである」
「はい」
歯に衣着せぬ物言いに、腹が立つどころか寧ろ、清々しささえ感じた
「わしは美濃と和睦を結ぶため、倅を出し、そちらからは娘御を欲した。しかし、そなたの父は返事すらくれなんだ。なのに、平手が手紙を送ればすぐさま返事が届いた。どう言うことかご存知か?」
「はい、それについては尾張に入る前、父上より伺いました」
「ほう、なんと申しておった」
身を乗り出して、帰蝶の返事を待つ
「猛将揃いの織田にあって、平手殿のように教養の高い知将が居るのは好奇なことだと」
「 」
正直に話す帰蝶に、信秀は目をぱちくりとし、それから大笑いする
「そうかそうか、猪の中の鴉に、手柄を取られたか」
「鴉?」
「鴉はの、実は頭の良い鳥での、鳥の中で唯一、学習する力があると言われておる」
「そうなんですか、初めて伺いました。とても勉強になります。ありがとうございます」
こんな些細なことにまで感謝するのだから、その純粋さが倅を魅了したのだろうか
そう想う
「いやいや。実はな、わしはその鴉を飼っておっての、毎日観察していて知ったことだ」
「鴉を飼ってらっしゃるのですか」
「普通、武家の飼う鳥は鷹であるにな」
どことなく、少年のような顔付きになる信秀に、帰蝶も自然と頬が緩む
「鷹・・・と言えば」
「はい」
「鷹狩は済ませたかの?」
「はい、吉法師様に連れてっていただきました」
「そうか、先を越されたか」
「と、申しますと?」
「女を口説くには、鷹狩が一番じゃ」
「そうなんですか?存じませんでしたし、吉法師様には口説かれた覚えがございません。知っておりましたら、せびりましたものを残念です」
「はっはっはっ!」
冗談か本気か、わからない口調で話す帰蝶に、信秀は大笑いする
「嫁御殿、そなたは面白い女じゃの」
「吉法師様にもよく言われます」
「わしがもっと若ければ、嫁にもらいたいくらいじゃ。その際は、市弥を降嫁させねば斎藤は納得せんだろうがな」
その一言に、帰蝶は辺りを気にしながらこそっと告げる
「お義父上様、そのような滅多なことは、仰らない方が。女の恨みは、子孫七代まで続きます」
「はっはっはっ!愉快な嫁御じゃ。この、『尾張の虎』をここまで笑わせたのは、そなたが初めてじゃ」
「恐縮です」
「帰蝶はまだ挨拶とか終わらねーのかな」
家族が多く集まる場所だと言うのに、ここに信長の居場所はなかった
いつからだろうか
自分が異端児だと気付いたのは
品行方正でいるのが息苦しく、いつも自分の想うがまま振舞って来た
それがこの家では『異端児』で『傾奇者(かぶきもの)』であるため、『織田の家に相応しくない子』と烙印を押されて久しい
親からも見離されたこの自分の戯言のような話に、真剣に耳を傾けてくれたのは帰蝶が初めてだった
些細なことでも瞳を輝かせ、聞き入ってくれた
それが嬉しくて、つい、心にもないことを大袈裟に言ってしまい、後で後悔することも少なくなかったが、いつの間にか妻は自分の言葉を何の疑いもなく素直に聞いてくれるようになった
生まれて初めて感じる充実感だった
そんな『異端』な自分が、ここに長く留まっていられるわけがない
いつも浮いた存在であるため、父は自分にそれまで住んでいた那古野の城を与えてくれ、家族を引き連れこの末森の城に移ったのだが、帰蝶が嫁いで来るまで信長は、那古野で一人きりだった
信長にとって帰蝶は第一に妻であるが、それだけではなく『同士』であり、『親友』でもあった
その帰蝶と離れ離れになり、何となく心細い
一族の集まる表座敷を抜け出し、帰蝶を迎えに奥座敷に向かおうとかと想ったが、奥には奥で逢いたくない人物が居る
言わずと知れた生母・市弥だった
母は、自分と違って『お利口さん』な弟の勘十郎を溺愛している
勘十郎は勘十郎で、母の愛に応え立派に成長しようとしていた
見比べて、自分が劣るのは目に見て明らかに感じる
尚更、その弟の居る表座敷が心地悪い
「はぁ・・・」
局処近くの庭先の踏み石に腰を下ろし、帰蝶が偶然通り掛るのを待つ
そんな信長の許に、逃げて来たのに勘十郎がやって来る
「兄上」
「 」
あからさまに嫌そうな顔をしてやった
「折角久し振りに来られたのですから、母上にご挨拶なされては如何ですか」
「また今度」
「そう言って、兄上はいつも真っ直ぐ帰られる」
お行儀の良い勘十郎信勝は、顔立ちも上品だった
同じ父母から生まれた、血の繋がった兄弟には到底想えない
そんなこと、信長自身自覚していた
嫌と言うほど
「ここで待ち合わせですか?」
「え?」
「兄上の奥方様です」
「さぁな」
「さあなって」
「別にガキじゃねーんだ。表には連れも置いてる。帰りたきゃ勝手に帰れるだろ?」
「兄上・・・」
相変わらず常識外れなことを平気で言ってのけると、勘十郎信勝は心の中で呆れる
「いや、そなたとの会話は中々に楽しい。また寄ってもらえると嬉しい」
「私もです。またお呼び下さいませ」
信秀自ら、帰蝶を玄関先まで案内する
その頃、弟と成り行きで会話をしていた信長の耳に、嫌な声が届く
「勘十郎!こちらに戻って来なさい」
「母上」
目の前の廊下に、母の姿があった
「母上、兄上ですよ。久し振りではないのですか?局処でお茶など」
「いいから、戻ってらっしゃい」
「しかし、母上・・・」
「勘十郎!」
母が自分を嫌っているのは、知っている
どうして嫌われているのかは、知らない
物心付く頃に、余り年の離れていないこの弟の方が可愛がられていることだけは、記憶にあった
自分の許に駆け寄る勘十郎に、土田御前市弥は言った
「あのようなうつけ者と付き合っていては、そなたまで愚かになる。相手を選びなさい」
なんと言う言い草だろうか
偶然、その廊下に及んだ帰蝶は、とても実の母親の言葉とは想えず、目を見開く
「あれは、いつもああだ。何故か勘十郎ばかりを可愛がる」
信秀が、ぽつりと呟いた
帰蝶は夫に目をやり、想わず足袋のまま走り出した
「嫁御殿?」
「吉法師様!」
「 帰蝶」
「良かった、逢えて」
「 」
今の母の言葉を聞いていただろう
そう想えた信長に、帰蝶は弾けんばかりの笑顔を浮かべる
「早く帰りましょう?私、退屈で仕方ありません」
その言葉は当然、市弥の耳にも届き、初めて兄嫁を見た勘十郎は目を丸くしていた
「帰蝶・・・」
それから、帰蝶の足元に目が行く
「お前、裸足・・・」
「あ、いけない。草履、局処の玄関に置いたまま」
まるで悪戯盛りの子供のように微笑む
そんな妻を信長は軽く笑うと、いきなり両腕で抱き上げた
「しょうがない女房殿だな」
「すみません」
ほんの少し感じた嫌な想いが、帰蝶によって消されて行く
不思議な感覚に包まれながら信長は、父の存在に気付き軽く頭を下げた
「吉法師」
信秀は、行こうとする信長を呼び止める
「お前に自慢できるものがあるかどうかわからんが、もらった嫁御は自慢できるぞ」
「 親父・・・・・」
「蝮が産んだ鷹を、大事にな」
「 」
そう言うと、信秀は廊下を行き、奥に引っ込んだ
市弥もそれに続き、信長に声を掛けることもなく中に入る
「 蝮が産んだ鷹って、お前のことか?」
「さぁ・・・?」
残された信長と帰蝶は、キョトンとした顔で互いを見詰める
父親から誉められたのは、初めてだった
いつも意見の食い違いで言い争いになり、最後には信長が出て行くのが相場だった
だけど今日は、その父親から誉められた
妻を誉められた
嬉しくて、信長はずっと馬の上で俯き、緩みそうな頬を見せまいと口唇を噛み締めた
『尾張の虎』から『美濃の鷹』と称された妻が、誇りに想えた
そんな夫の様子に、帰蝶は気付かない
ただ今日も、夫と一緒に過ごす一日が素晴らしいものになると信じている
少しも疑いもせず
遊び友達の延長のような夫婦が、今更同褥と言うのも恥しさが勝って色気を感じない
かと言って、信長も女に興味を持ち始めてもおかしくない年齢でもあるため、「後で良い」とはかっこ付けて言えないのも現実だった
「
「はい・・・・・・」
互いに赤い顔をして、いざ尋常に挑む
「
帰蝶が先に横になり、信長もその後に続いて横臥する
「えーっと・・・」
心の中での葛藤は、信長をのた打ち回らせた
しまった
こうなる前に誰かを相手に、練習をしておけば良かった
そう想ったところで、後悔は先に立たない
「余りに痛かったら、言ってくれ」
「はい・・・・・・・」
女を抱く心得は幼い頃から聞かされているが、実践はまだ積んでいない
相手をしてくれる女は大勢居ても、自分がその気になれなかった
自由気侭に野山を駆け回り、悪友達と相撲を取ったり、傾いた姿で町を練り歩く方が気が楽で、何より色気よりも先に食い気に走る
妻に恥を掻かせるかも知れないと不安を感じながら、信長は帰蝶に手を伸ばした
驚いたように、帰蝶の躰が震える
「す、すまん」
「いえ・・・・・・」
そんなことで謝らなくても良いのに・・・と、帰蝶も心の中で浮かんだ
女を捨てる機会なら、利三との間に何度もあった
だが、結局は利三の方が弁え、口付け以上の仲には発展しなかった
それはそれで至極当然のことなのだが、それでも一度は利三に裸を見られている
だからと言って度胸が着いたかと聞かれれば、それほどでもなかった・・・
「じゃ・・・、じゃぁ、行くぞ・・・」
「はい・・・・・・・」
それから、何がどうなったのか信長も帰蝶も良く覚えていなかった
ただ帰蝶は激しい痛みの後で体が浮くような感覚になり、ひたすらに穿ち続ける信長のそれが熱くて、逆上せそうになったことだけは朧げに覚えていた
何より信長も初めてのこととて、兎に角必死である
挿入の後は無我の境地で、恥しながら快楽に没頭してしまい、後になって帰蝶が苦しそうにしていたことを想い出し、自己嫌悪に陥った
ただ、痛かったろうに、それに耐えてくれた帰蝶には嬉しい気持ちが溢れる
政略で互いが親の道具となったものの、それでも信長は初めて逢った時から自分の話に真剣に耳を傾けてくれる帰蝶を気に入ったし、今まで共に暮らして来て、自分の感性に合う女は帰蝶以外に居ないとも確信できた
二人の出逢いを運命と呼ぶのかどうかわからないが、偶然でもないような気がする
「痛むか?」
小さな声で聞く
「ほんの少しだけ。初めてですから、しょうがありません」
少し顔を赤くし、微笑む帰蝶が愛しくて、信長は抱き寄せ、ぎゅっと腕の中に収める
帰蝶は大人しくその中で目を閉じた
「明日はゆっくりしてろ。周りは事情を知る者ばかりだから、お前が寝ていても誰も文句なんか言わないし、言わせねぇ」
「ありがとうございます、吉法師様・・・」
この日の夕餉は信長と帰蝶の初同褥ともあって、いつもより贅沢な物が並んだ
それが逆に恥しい
「これで漸く若も落ち着かれる」
と平手は泣き咽び、
「これで奥方様も自覚を持ってくださる」
とお絹も感涙に頬を濡らした
当人同士は、自分達が日頃どんな風に想われているのか知り、何となく納得できない夜を迎えたが
それから、いつものように他愛のない話をするわけでもなく、初めて通じたことへの興奮の余韻に埋もれたまま、信長も目を閉じる
朝が来るまで帰蝶を抱き締め、信長に抱き締められ、二人は眠りに就いた
花嫁お披露目を織田一門、つまり信長の父や母、その兄弟達と逢うことを目的とされていた祝言の二日目、帰蝶は夫と共に城を抜け出してしまい、舅・姑との顔合わせをまだ済ませていなかった
心のどこかで蟠りができ、帰蝶は嫁いで初めての正月、末森城へと年頭挨拶に行こうと誘ってもみたが、信長は「那古野城主が城を空けるわけにもいかん」と突っ跳ねた
正しくは面倒だったと言うのが大筋の本音なのだが、親との折り合いが悪いことは何となく聞かされていたので、こちらから出向くことなく二年目の正月がやって来る
今年は父・信秀から直接手紙が届き、花嫁を紹介しろと催促されては断るわけにも行かない
仕方なく帰蝶を連れ末森城へと足を向かせた信長だが、ここには信長の苦手とする人物が大勢居た
父・信秀は言うに及ばず、母・土田御前市弥(いちや)、弟の勘十郎、宿将・柴田権六勝家などなど
要するに、織田家の主要人物とは殆ど折り合いが悪いのだから、逢いたいと言う気持ちも中々起きないだろう
だが、今年に限ってはどうしても逢わなくてはならない理由があった
それは、帰蝶の懐妊である
遅れ馳せながらの初夜から、思春期と言うのも合わさってか、日を置かず肌を重ねていては早熟でなくとも何れは子ができる
待望の跡継ぎの誕生に、呼び出しを食らうのは至極当然のことだった
「やっぱバッコンバッコンやってると、できるもんなんだなぁ」
独り言のように呟く信長の額を、帰蝶は想わず張り倒す
小勢力とは言え、この群雄割拠の土地・尾張で根を張るには、相当の努力と外交力、そして、戦に勝ち続けるという実績が必要不可欠だった
斯波の配下の、更にそのまた一門に過ぎない勝幡織田の当主である信秀は、様々な想いを巡らせていた
漸く美濃国主の娘との婚姻を取り付け、斎藤とは同盟を組むことに成功した
これはまだ何処の家も成し得なかった偉業であり、当然、誉められる結果でもある
しかし、気性の荒い倅と上手くやってるのかと心配はしていた
嫁に来て二年目で子を授かったのも、信秀にしてみればじれったいことであり、もっと早くに子を成してくれればと言う気持ちにもなる
三年過ぎても子ができなかったら、実家に帰すところだったのだ
今川、武田、本家織田、主家斯波に囲まれた今の信秀にとって、『斎藤から嫁をもらった』だけでは到底安心できるものではなかった
これだけ焦らす嫁の顔を、早く見たいというのもある
麗人だとは平手から聞かされているし、護衛に行かせた秀隆の報告も聞いている
外見は何の問題もないだろうが、肝心なのはその気性だった
息子信長にとって嫁は吉か凶か
それが一番気懸かりなことだった
そうこうしている内に、那古野から信長夫妻が到着したと報告が入る
女は奥座敷に、男は表座敷に集まった
「初めまして。織田信長が妻、斎藤帰蝶にございます。若輩者ではございますが、何卒ご鞭撻賜りますよう、よろしくお願い申し上げます」
「よろしく、嫁殿」
最初に帰蝶の挨拶に応えたのは、土田御前市弥だった
男のような名を与えられただけのことはあって、男勝りな顔立ちをしている
信長の生母と言うだけのこともあり、女の帰蝶から見ても美しい女性だった
ただ、慈愛の感じられない、冷たい目元をしている
「よろしくお願いします、鷺山殿」
帰蝶が稲葉山からではなく、別宅である鷺山から嫁いだことでそう呼んだのか
二番目に挨拶をしたのが、池田恒興の母であり、信秀の側室でもある池田なつ
正室・市弥と唯一張り合うことのできる女と言うだけあって、こちらも気位の高そうな面構えである
なつは夫を亡くした後、信秀の側室になっていた
信秀と言う男は好色家なのか、他にも大勢の側室が居た
その一人一人から挨拶を受ける
中には信秀の従兄妹もおり、帰蝶で言えば光秀の側室になったようなものか、近親者同士の結婚を嫌う道三の許で育った帰蝶には、理解しにくい世界であった
夫が色事に対して淡白なのは、父親が反面になっているからだろうか
そんな気がした
局処には大勢の子供がおり、那古野とは違う雰囲気に心が落ち着かない
どれもが信秀の子か、それとも中には稲葉山のように家臣の子供らも混じっているのか、誰が誰やらわからない
ごった返す騒がしい部屋の中で子供の泣き叫ぶ声が聞こえたり、側室同士雑談をしたりと、話し相手の居ない帰蝶にはなんとも居心地が悪い
そんな中、三つほどの少女がとことこと歩き、帰蝶の許にやって来た
「
誰の子かわからないが、帰蝶は愛想笑いをするように微笑み掛けた
その帰蝶の微笑みに、少女もにこっと笑うと、ぽんぽんと帰蝶の膝を叩き、その上に座り込む
驚きながらも、その愛らしい行動に帰蝶も膝を貸してやった
「はい、あーん」
「ん?」
笑顔のまま、少女の差し出す指先を見ると、軽く砂糖を塗した炒り豆が抓まれていた
「五色豆ですか?」
「あい」
「ありがとう」
そう言うと、帰蝶は軽く口を開ける
少女は帰蝶の口の中に豆を放り込んだ
「おいしいですか」
「はい、美味しいです」
「ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ」
幼子の言う言葉は、嘗て帰蝶自身この間まで幼子であったとは言え、良くわからない
少女の言葉に笑わずにはいられなかった
「あなた、お名前は?」
そう、帰蝶は少女に聞いた
「おだ、い」
「おだい?おだい様ですか?」
「い」
「い?」
「いー」
「
誰に聞けば良いのか、わからない
そうしていると、土田御前が少女に声を掛けた
「お市、おいたはいけませんよ」
「してません、おかかさま」
「お市・・・、お市様・・・。ああ」
自分の膝の上にいるのは、信長の幼い妹である
織田市だから『おだい』かと、帰蝶は納得した
「ご無礼を、美濃の方様」
「いいえ」
人によって、自分への呼び方が様々なのはわかっているが、なつが「鷺山殿」と呼んだのに対し、土田御前は「美濃の方様」と呼ぶ
どうもこの二人、仲は良くないらしいということだけは、なんとなくわかった
お互いに反目し合っているのだろう
斎藤家でも側室同士が小競り合いと言うのもたまにはあったが、大抵は母が出て来て片が付いている
最も、斎藤家での母の権力は絶大で、滅多な理由では起きたりはしないが、ここ織田家では何を理由に互いが反目するのかわからない
どっちにしても、例え妊娠したとは言え、大人の色事の世界はまだ理解できる範囲ではなかった
「こっちにいらっしゃい、お市」
「いー」
「お市。義姉様は、妊娠してらっしゃるのよ。お腹の子にもしものことがあったら、どうするんですか」
「土田御前様、私なら大丈夫です。まだお腹も出てませんし」
と、帰蝶は市を庇う
ところが、自分の娘を庇ってくれた帰蝶に対し、土田御前は冷たい言葉を放った
「あなた一人の体ならば、私も煩くは申しません。しかし、あなたのお腹に居るのが吉法師の子である以上、無事に出て来てもらわねば困るのです。その子は、織田の跡継ぎになるかも知れないのですから。軽々しい命ではないのですよ?」
「す・・・、すみません・・・」
平手の説教、お絹の説教と、嫁いでから今日までいろいろと説教されて来た帰蝶ではあったが、土田御前ほど突き放した言い方はしないだけに聞くことはできた
土田御前の言葉は、ただ痛いだけである
愛情など微塵も感じさせない
帰蝶はしょぼんとなり、膝の上から市が出て行った後、ひとりこっそりと中庭に出た
周りはそれに気付いていない
所詮、織田の息子の嫁の一人と言う感覚でしかないのだろう
「はぁ・・・。吉法師様の方の宴会、いつ終わるのかしら・・・」
「早く帰りたいですか?」
「
後ろから声がして、うっかり本音を漏らした帰蝶はビクンと震えた
振り返れば、なつが立っている
「あ・・・、いえ・・・、そうではなくて・・・」
「あの中では、手持ち無沙汰でしょう?」
「えと・・・」
厳しい顔付きのなつだが、土田御前とは何か違う雰囲気を持っている
帰蝶は想わず頷いた
「ほほほ、正直な方。さすがは若様の奥方。胆の据わり方が違いますね」
「いえ・・・。私なんて吉法師様に比べたら、全然足元にも及びません・・・」
「まぁ、旦那様をお名前で呼んでらっしゃるんですか?」
「吉法師様から、そう要望がございまして」
「まぁ、まぁ」
なつの目が大きく開かれた
「奥方様、よほど若様に気に入られたのでございますね」
「そうなんですか?」
「童名など、そうそう呼べるものではございませんよ?一般なら三郎様か、あるいは上総介様」
「そうですよね。私もどうして童名で呼ばせていただけるのか、よくわかりません。でも、お相子なのだそうです」
「お相子?」
「はい」
「そうですか」
帰蝶の言っていることは良くわからないが、信長が自らそう呼ぶよう指示しているのだとしたら、それについてとやかく言える立場ではない
夫婦のことなのだから
「老婆心ながら、差し出口お許しください」
「いいえ」
「それと、局処の挨拶が終わったら、殿がお部屋に来るようにとおっしゃってました」
「殿・・・。織田様でしょうか」
「はい。ここで殿と言えば、織田三郎信秀様しかおられません」
「三郎・・・」
親子で同じ名前を共有しているのか
折り合いが悪いものと想っていたが、家督を継ぐ際にはその名分を明白にしておくことに関しては、男と言うのは案外あっさりしているのかも知れない
帰蝶はそう想った
現に折り合いの悪い父と兄は、同じ通称の『新九郎』を共有している
男の世界が益々わからなくなる帰蝶であった
なつに案内され、帰蝶は本丸の信秀の部屋を訪問した
今頃表座敷で一門の挨拶を受けているものとばかり想っていた帰蝶には、意外な対面の申し出だった
「三郎様、鷺山殿をお連れしました」
「通せ」
「はい」
襖を開け、なつは帰蝶に入るよう促す
「失礼します」
姑とは上手くやっていけるのかどうか、その自信を得られなかった帰蝶は、なんとしてでもせめて舅への覚えくらいはめでたく済ませたい
そう想いながら、信秀に一礼する
「挨拶が遅れました。斎藤道三が三女、斎藤帰蝶でございます」
「よう参った」
地鳴りがするような、低い声が頭の上から鳴り響く
親子であるのに、信長の声質とは対極である
「面を上げ」
「はい。失礼いたします」
許しを得て顔を上げると、目の前にはこれまた厳しい顔付きの中年男が憮然とした表情で座っている
「お初にお目に掛かります」
「奥への挨拶は済んだか」
「はい、滞りなく」
「なつ」
信秀は後ろのなつに声を掛けた
「人払いを頼む。嫁御殿とサシで話がしたい」
「承知しました」
舅とは言え、相手は男である
同室の憚られる間柄である以上、帰蝶にとってはなつが頼みの綱だった
そのなつが出て行ってしまうのを、不安げな顔をして見送る
「嫁御殿」
「
声を掛けられ、慌てて正面を向く
「あれを、どう想う」
「あれ、とは、吉法師様のことでございましょうか」
「そうだ」
「
少し考え、それから応える
「ご子息ながら、名がある以上、きちんと呼んでくださいませ」
「む?」
「我が夫は、「あれ」に非ず、織田上総介信長と言う、東西一の立派な名がございます」
それから、心の中で「しまった」と顔を顰める
気に入ってもらおうと可愛い嫁を演じるつもりが、夫を馬鹿にしたような言葉につい、頭の血管に血が逆流してしまった
自身の喧嘩っ早さは自覚しているが、よもや義父にまで喧嘩を売るとは、自分で自分を殴りたい気分になる
遅かりしとは言え、帰蝶はとりあえず頭を下げ平伏した
「すみません、生意気を申しました」
「いいや、それで居てもらわねば困る」
「
帰蝶はキョトンとして顔を上げた
「吉法師は、我侭気侭、自分勝手な小倅だ。誰もが手を焼いておる。あれの子供の頃からの傅役の平手ですら御せぬものを、そなたを娶ってからはぼちぼちと那古野の領主の仕事もするようになったと聞く。あのようなうつけでありながら、見捨てず連れ添ってくれているそなたの尽力であろう。感謝する」
「い・・・、いえ、もったいない・・・」
どやされるかと想いきや、逆に頭を下げられてはこちらが恐縮する
軽く会釈する信秀に、帰蝶は取り乱して手をばたつかせた
「が、これだけは言わせてもらいたい」
「はい・・・、なんなりと」
「子ができるのが遅い」
「仕方ありませんでしょう?つい最近まで月の物がなかったのですから」
「なんと」
「はっ・・・」
また、心の中で「しまった」と舌打ちする
「そなた、まだ初心(おぼこ)であったか」
「・・・・・すみません、世間より熟す時期が遅くて」
こうなりゃヤケだとばかりに、帰蝶は開き直る
「そうか、そなた処女のまま嫁いだか」
恥しいことを平気で言える度胸は、大したものだと誉めてやりたいが、それに平然と応えられるほど帰蝶は経験豊富な大人でもない
「えーっと・・・」
「斎藤は、躾けのしっかりした家のようだな」
「はい・・・。特に母が厳しくて・・・」
その割には、帰蝶も案外自由奔放に育っている
「そうか。そなたの母御、確か可児の長山、明智の姫君だったな」
「はい」
「名門の姫君であれば、それもそうか」
「しかし、母は五つで父に嫁ぎましたので、明智の作法を殆ど習えぬまま斎藤に入り、当初は苦労したそうです。ですが、母より先に嫁がれた側室の深吉野様に躾けていただきましたので、武家の嫁として恥しくない礼儀を身に着けれたと申しております」
「側室に育てられたのか?」
「はい、おかしな環境とお笑いになられるでしょうが、うちは特殊な家柄です」
「そうか、ならば吉法師のようなうつけとも、馬が合うわけだな」
息子を馬鹿にする信秀の言葉は、一々引っ掛かる
「吉法師様は、うつけではございません」
「うつけではない?」
反論する帰蝶に、信秀は鋭い目を向けた
しかし、帰蝶はそれに動じない
寧ろ自ら睨み返す
まるで『鷹の目』のように
「親でありながら我が子を理解できない者は、大抵『理解の範疇を超える』と簡単に結論付けます。それは己が愚かであることを吹聴しているようなもの。自分に理解できない者を排除しようとするのは、古より人間の慣わし。いつまでもそのような考えでは、人は一歩も先には進めません」
「言うの、お嬢が」
「その言葉も、私の言っていることを理解できていない証拠でございます」
こうなったらもう、自分でも止められない帰蝶であった
開き直った帰蝶は、とことん舅をやり込めてやろうと考えた
「人は理解の範疇を超えると、必ず『人外』と決め付けます。そして、理解しないまま排除しようとします。それではいつまで経っても、物事の本質を見極めることなどできません。どうして人は、自分ではないものを理解しようとせず、ただ除くことだけを考えるのでしょうか」
「それが人の『弱さ』だ」
「弱さで物事が決まってしまっては、本来の意味を発揮できません」
「発揮をされては困る物事もある」
「それは謂わば、親にしてみれば『倅』と言うことでしょうか」
「そうとは言っておらん。それではまるで、わしが吉法師を恐れているかのようではないか」
「恐れていないとも言い切れないのではございませんか?」
「断じてない」
「ならば何故、吉法師様の言葉を理解しようとなされないのですか」
「それこそ、理解の範疇を超えるものばかりだ。あれの言うことは全て、武家の存在を覆すものばかり。その武家に生きる者の言葉ではない」
「武家による社会では、この国は発展しない。吉法師様はそれを憂いておられるのです」
「そうは想えん。ただ織田の家風に合わないだけだ」
「家風は、その時その時生きる者が決めることでございます。人に従って守る物ではございません」
「守らねばならぬものを、破壊せよと申すか」
「人は破壊の中で創造を生みます。古より連綿と続くだけの伝統では、人は成長など致しません。藤原朝廷、源幕府、北条幕府、そして今、瓦解しようとしている足利幕府。どれも『伝統』の上に胡坐を掻いているだけの存在に過ぎません。義父上様は何故、それら伝統が永遠ではないのか、考えたことはございますでしょうか?」
「うぬ・・・」
ここに来て信秀は初めて言葉に詰まった
「人を縛り付けるだけの存在は、やがて人に拒否されます」
「そのようなことが」
「何故応仁にあのような争いが起きたのか、義父上様はお考えになられたことはございませんか。何故それまで『支配されている』側に過ぎなかった武家が、現在のように力を持ち始めたか、考えたことはございませんか。人は支配から逃れようと抗う物でございます。吉法師様は、その先を見ておられるのです」
「支配の先?」
「あのお方は、壮大な理想と果てしない夢を温めておられる方でございます。そんじょそこらの男衆では、到底足元にも及びますまい」
それは昔、利三を小馬鹿にした遠山の若君に対して吹っ掛けた禅問答にも通じていた
「ほう。そなた、随分とあれを買っておるの」
「買っているのではありません。私は吉法師様の志を尊敬し、日頃から語られる理念に対し敬意を払っております。もしも吉法師様を馬鹿にするのであれば、例え父君様とて許しません」
「許さなければ、どうする」
「その時考えます」
「
さて、この口達者な嫁をどうしてやろうかと沈黙しながら、信秀は想いを巡らせた
「吉法師様のおっしゃることは、確かに常人には考え及ばぬことかも知れません。理解するのも容易ではないでしょう。ですが、理解するのではなく、感じるのです。そうすれば、吉法師様の仰りたいことが自然とわかります」
「日頃吉法師は、何を口にしておる」
「この国の行く末です」
「この国の行く末だと?」
「はい」
信秀は目を丸くする
そのような高尚な考えなど、今まで聞いたこともない
なのに、嫁いで二年目のこの嫁は、それを知っている
付き合いにしてもまだ短い間柄でありながら、家族の誰よりも信長の深い場所に既に納まっている帰蝶に、信秀は俄かに興味を持った
「どうやって取り入ったのやら」
「はい?」
「いや、なんでもない。こちらのことだ」
「はい」
「嫁御殿」
「はい」
「わしは今、今川と争っておる」
「はい、承知しております」
「そなたとの縁談は、美濃との争いを避けるためである」
「はい」
歯に衣着せぬ物言いに、腹が立つどころか寧ろ、清々しささえ感じた
「わしは美濃と和睦を結ぶため、倅を出し、そちらからは娘御を欲した。しかし、そなたの父は返事すらくれなんだ。なのに、平手が手紙を送ればすぐさま返事が届いた。どう言うことかご存知か?」
「はい、それについては尾張に入る前、父上より伺いました」
「ほう、なんと申しておった」
身を乗り出して、帰蝶の返事を待つ
「猛将揃いの織田にあって、平手殿のように教養の高い知将が居るのは好奇なことだと」
「
正直に話す帰蝶に、信秀は目をぱちくりとし、それから大笑いする
「そうかそうか、猪の中の鴉に、手柄を取られたか」
「鴉?」
「鴉はの、実は頭の良い鳥での、鳥の中で唯一、学習する力があると言われておる」
「そうなんですか、初めて伺いました。とても勉強になります。ありがとうございます」
こんな些細なことにまで感謝するのだから、その純粋さが倅を魅了したのだろうか
そう想う
「いやいや。実はな、わしはその鴉を飼っておっての、毎日観察していて知ったことだ」
「鴉を飼ってらっしゃるのですか」
「普通、武家の飼う鳥は鷹であるにな」
どことなく、少年のような顔付きになる信秀に、帰蝶も自然と頬が緩む
「鷹・・・と言えば」
「はい」
「鷹狩は済ませたかの?」
「はい、吉法師様に連れてっていただきました」
「そうか、先を越されたか」
「と、申しますと?」
「女を口説くには、鷹狩が一番じゃ」
「そうなんですか?存じませんでしたし、吉法師様には口説かれた覚えがございません。知っておりましたら、せびりましたものを残念です」
「はっはっはっ!」
冗談か本気か、わからない口調で話す帰蝶に、信秀は大笑いする
「嫁御殿、そなたは面白い女じゃの」
「吉法師様にもよく言われます」
「わしがもっと若ければ、嫁にもらいたいくらいじゃ。その際は、市弥を降嫁させねば斎藤は納得せんだろうがな」
その一言に、帰蝶は辺りを気にしながらこそっと告げる
「お義父上様、そのような滅多なことは、仰らない方が。女の恨みは、子孫七代まで続きます」
「はっはっはっ!愉快な嫁御じゃ。この、『尾張の虎』をここまで笑わせたのは、そなたが初めてじゃ」
「恐縮です」
「帰蝶はまだ挨拶とか終わらねーのかな」
家族が多く集まる場所だと言うのに、ここに信長の居場所はなかった
いつからだろうか
自分が異端児だと気付いたのは
品行方正でいるのが息苦しく、いつも自分の想うがまま振舞って来た
それがこの家では『異端児』で『傾奇者(かぶきもの)』であるため、『織田の家に相応しくない子』と烙印を押されて久しい
親からも見離されたこの自分の戯言のような話に、真剣に耳を傾けてくれたのは帰蝶が初めてだった
些細なことでも瞳を輝かせ、聞き入ってくれた
それが嬉しくて、つい、心にもないことを大袈裟に言ってしまい、後で後悔することも少なくなかったが、いつの間にか妻は自分の言葉を何の疑いもなく素直に聞いてくれるようになった
生まれて初めて感じる充実感だった
そんな『異端』な自分が、ここに長く留まっていられるわけがない
いつも浮いた存在であるため、父は自分にそれまで住んでいた那古野の城を与えてくれ、家族を引き連れこの末森の城に移ったのだが、帰蝶が嫁いで来るまで信長は、那古野で一人きりだった
信長にとって帰蝶は第一に妻であるが、それだけではなく『同士』であり、『親友』でもあった
その帰蝶と離れ離れになり、何となく心細い
一族の集まる表座敷を抜け出し、帰蝶を迎えに奥座敷に向かおうとかと想ったが、奥には奥で逢いたくない人物が居る
言わずと知れた生母・市弥だった
母は、自分と違って『お利口さん』な弟の勘十郎を溺愛している
勘十郎は勘十郎で、母の愛に応え立派に成長しようとしていた
見比べて、自分が劣るのは目に見て明らかに感じる
尚更、その弟の居る表座敷が心地悪い
「はぁ・・・」
局処近くの庭先の踏み石に腰を下ろし、帰蝶が偶然通り掛るのを待つ
そんな信長の許に、逃げて来たのに勘十郎がやって来る
「兄上」
「
あからさまに嫌そうな顔をしてやった
「折角久し振りに来られたのですから、母上にご挨拶なされては如何ですか」
「また今度」
「そう言って、兄上はいつも真っ直ぐ帰られる」
お行儀の良い勘十郎信勝は、顔立ちも上品だった
同じ父母から生まれた、血の繋がった兄弟には到底想えない
そんなこと、信長自身自覚していた
嫌と言うほど
「ここで待ち合わせですか?」
「え?」
「兄上の奥方様です」
「さぁな」
「さあなって」
「別にガキじゃねーんだ。表には連れも置いてる。帰りたきゃ勝手に帰れるだろ?」
「兄上・・・」
相変わらず常識外れなことを平気で言ってのけると、勘十郎信勝は心の中で呆れる
「いや、そなたとの会話は中々に楽しい。また寄ってもらえると嬉しい」
「私もです。またお呼び下さいませ」
信秀自ら、帰蝶を玄関先まで案内する
その頃、弟と成り行きで会話をしていた信長の耳に、嫌な声が届く
「勘十郎!こちらに戻って来なさい」
「母上」
目の前の廊下に、母の姿があった
「母上、兄上ですよ。久し振りではないのですか?局処でお茶など」
「いいから、戻ってらっしゃい」
「しかし、母上・・・」
「勘十郎!」
母が自分を嫌っているのは、知っている
どうして嫌われているのかは、知らない
物心付く頃に、余り年の離れていないこの弟の方が可愛がられていることだけは、記憶にあった
自分の許に駆け寄る勘十郎に、土田御前市弥は言った
「あのようなうつけ者と付き合っていては、そなたまで愚かになる。相手を選びなさい」
なんと言う言い草だろうか
偶然、その廊下に及んだ帰蝶は、とても実の母親の言葉とは想えず、目を見開く
「あれは、いつもああだ。何故か勘十郎ばかりを可愛がる」
信秀が、ぽつりと呟いた
帰蝶は夫に目をやり、想わず足袋のまま走り出した
「嫁御殿?」
「吉法師様!」
「
「良かった、逢えて」
「
今の母の言葉を聞いていただろう
そう想えた信長に、帰蝶は弾けんばかりの笑顔を浮かべる
「早く帰りましょう?私、退屈で仕方ありません」
その言葉は当然、市弥の耳にも届き、初めて兄嫁を見た勘十郎は目を丸くしていた
「帰蝶・・・」
それから、帰蝶の足元に目が行く
「お前、裸足・・・」
「あ、いけない。草履、局処の玄関に置いたまま」
まるで悪戯盛りの子供のように微笑む
そんな妻を信長は軽く笑うと、いきなり両腕で抱き上げた
「しょうがない女房殿だな」
「すみません」
ほんの少し感じた嫌な想いが、帰蝶によって消されて行く
不思議な感覚に包まれながら信長は、父の存在に気付き軽く頭を下げた
「吉法師」
信秀は、行こうとする信長を呼び止める
「お前に自慢できるものがあるかどうかわからんが、もらった嫁御は自慢できるぞ」
「
「蝮が産んだ鷹を、大事にな」
「
そう言うと、信秀は廊下を行き、奥に引っ込んだ
市弥もそれに続き、信長に声を掛けることもなく中に入る
「
「さぁ・・・?」
残された信長と帰蝶は、キョトンとした顔で互いを見詰める
父親から誉められたのは、初めてだった
いつも意見の食い違いで言い争いになり、最後には信長が出て行くのが相場だった
だけど今日は、その父親から誉められた
妻を誉められた
嬉しくて、信長はずっと馬の上で俯き、緩みそうな頬を見せまいと口唇を噛み締めた
『尾張の虎』から『美濃の鷹』と称された妻が、誇りに想えた
そんな夫の様子に、帰蝶は気付かない
ただ今日も、夫と一緒に過ごす一日が素晴らしいものになると信じている
少しも疑いもせず
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濃姫(帰蝶)好きの方へ
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更新のお知らせ
(02/20)
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◇◇プチお知らせ◇◇
1/22 『信長ノをんな』壱~参 / 公開
現在更新中の創作物(INDEX)
信長 ~群青色の約束~
こんな感じのこと書いてます
カウント(0)は現在非公開中です
管理人の独り言も混じっております
[11/04 Haruhi]
[08/13 kitilyou]
[06/26 kitilyou命]
[03/02 kitilyou命]
[03/01 kitilyou命]
ゲームブログ
千極一夜
家庭用ゲーム専用ブログです
『戦国無双3』が絶望的存在であるため、更新予定はありません
◇◇11/19 Nintendo DSソフト◇◇
『トモダチコレクション』
おのうさま(帰蝶)とノブ(信長)が 結婚しました(笑
家庭用ゲーム専用ブログです
『戦国無双3』が絶望的存在であるため、更新予定はありません
◇◇11/19 Nintendo DSソフト◇◇
『トモダチコレクション』
おのうさま(帰蝶)とノブ(信長)が 結婚しました(笑
祝:お濃さま出演 But模擬専… (戦国無双3)
おのれコーエーめ
よくもお濃様を邪険にしおってからに・・・(涙
(画像元:コーエー公式サイト)
オンラインゲームにてお濃様発見
転生絵巻伝 三国ヒーローズ公式サイト:GAMESPACE24
『武将紹介』→『ゲーム紹介』→『Exキャラクター紹介』→『赤壁VS桶狭間』にてお濃様閲覧可
キャラクター紹介文
「 絶世の美貌を持つ信長の妻。頭が良く機転が利き、信長の覇業を深く支えた。
また、信長を愛し通した一途な妻でもあった。」
(画像元:GAMESPACE24公式サイト)
勝手にPR
濃姫好きとしては、飲めなくても見逃せない
岐阜の地酒 日本泉公式サイト

(二本セットの画像)
夫婦セット 吟醸ブレンド(信長・濃姫)
本醸造 濃姫
カップ酒 濃姫®=爽やかな麹の薫り高い、カップとは想えない出来上がりのお酒です
吟醸ブレンド 濃姫® ブルーボトル=自然の香りのお酒です。ほんの少し喉を潤す程度でも香りが深く体を突き抜けます
本醸造 濃姫®=容量的に大雑把な感じに想えて、麹の独特の香りを抑えたあっさりとした風味です
今現在、この3種類を試しておりますが、どれも麹臭い雰囲気が全くしません
飲料するもよし、お料理に使うもよし
お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
奇跡のお酒です
何よりボトルがどれも美しい
清洲桜醸造株式会社公式サイト


濃姫の里 隠し吟醸
フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます
清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
岐阜の地酒 日本泉公式サイト
(二本セットの画像)
夫婦セット 吟醸ブレンド(信長・濃姫)
本醸造 濃姫
カップ酒 濃姫®=爽やかな麹の薫り高い、カップとは想えない出来上がりのお酒です
吟醸ブレンド 濃姫® ブルーボトル=自然の香りのお酒です。ほんの少し喉を潤す程度でも香りが深く体を突き抜けます
本醸造 濃姫®=容量的に大雑把な感じに想えて、麹の独特の香りを抑えたあっさりとした風味です
今現在、この3種類を試しておりますが、どれも麹臭い雰囲気が全くしません
飲料するもよし、お料理に使うもよし
お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
奇跡のお酒です
何よりボトルがどれも美しい
清洲桜醸造株式会社公式サイト
濃姫の里 隠し吟醸
フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます
清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
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