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夫・信長を見送った後、帰蝶は真っ直ぐ表座敷に向う
父から派遣されたとは言え、夕庵の密書を真に受けるとしたら、安藤も誰かの間者になり得る存在だった
那古野の、如いては織田家の内情を探りに来たか
そう受け取られても仕方がないほど、織田家は不安定な時期に差し掛かっていた
「織田上総介信長正妻、斎藤帰蝶様でございます」
帰蝶が嫁に入って五年が過ぎている
少女だった娘は女になっていた
面変わりをしていても不思議ではない
そう想い、同席したなつは念のためにと守就に帰蝶を紹介した
「これは姫様。お久しゅうございます」
「安藤殿、息災で何よりです。美濃は如何ですか。土岐の動乱も収まりましたでしょうか」
帰蝶姫は、こんな感じだっただろうか
そう心の中で想い巡らしながら応える
「はい。殿の手腕も中々の物で、混乱も徐々に収まりつつあります」
「それは何よりの知らせです」
嘘を吐け
帰蝶は心の中で吐き捨てた
夕庵の報告では、自分に盾突く者、特に土岐に関係した者への断罪は凄まじいものだと教わっている
些細な罪にも重刑を科し、惨たらしい殺し方をしていると
一方の守就も、『帰蝶姫』と直接接したことはないが、親も手を焼くじゃじゃ馬で、学友だった斎藤利三も散々泣かされて来たと言う話は今も語り草となっており、しかし勇ましい顔立ちではなく、母方の血筋を色濃く受け継いだ美姫であることもまた、斎藤家の中では有名であるため、まじまじと帰蝶を見詰める
確かに目の前に居る斎藤の姫君は、言葉にするなら簡略にも美しい
美濃一の美女と呼び名も高い那々姫の娘であるだけのことはあった
他に生まれた道三の娘の、誰よりも美しく気高い雰囲気を持っている
見た目だけでは名門の姫君の名に相応しい
だが、何だろう
さっきから自分を縛り付ける空気は
そう模索しながら、守就は帰蝶との対話に受け応えていた
「噂では、父上と兄上が仲違いなさっておいでとか。どう言った経緯でそうなったのでしょう」
「私も詳しくは存じません。ですので、あくまで噂なのでしょう。お二方、相変わらず親子喧嘩の類はなさっておいでですが、姫様が稲葉山にいらっしゃった頃と何も変わりません」
「人の口は性ないもの。悪意による讒言の類でしょうか」
「恐らくは。鎮圧されつつあると言っても、あちらこちらにまだ土岐の残党が残っておりますので、そう言った輩の仕業かと」
「随分と決め付けた物言いですね。そう言い切れる根拠などがあるのでしょうか?」
「いえ、決め付けだとか根拠だとかではなく、事実お二人にそのような争いなど見受けないものですから、私の推測でお話したまでのこと。どうか、お心煩わされませぬように」
おかしい、と、守就は素直に感じた
遠回しに斎藤のお家事情を探るかと想えば、こちらの言葉に従う
かと言って、全てを鵜呑みにするような気配もない
寧ろ、こちらの言葉を探っているようにしか想えなかった
「すみません。長く離れておりますと、些細なことでも気懸かりになってしまって。だからと言って、実家と文通などしてしまいますと、織田から斎藤の間者と言う風に見られてしまいますし、そうすると夫にも迷惑が掛かります。断腸の想いで敢えて連絡を取っていないのですが、その夫にもたまには両親に手紙の一枚でも送ってやれと」
「そうですか、ご夫婦、仲が良いのはめでたいことでございます。後は跡継ぎだけでございますな」
「ええ。だけどこれが、中々想うように行かなくて。その内、斎藤の娘は石女と渾名されるかも知れません」
たおやかに美しく微笑む帰蝶に、何故か守就は背筋に冷たい物が走る気がした
心の中で言葉が浮かぶ
これは、『尾張のうつけ』の女房ではない
『蝮の娘』だ
夫も妻も、穏やかな表情を皮に被っているが、その実何よりも獰猛な獣を飼っている
守就はそう直感した
考えようによっては、恐ろしい夫婦なのかも知れない、と
それは『美濃三人衆』の一人に数えられる、歴戦の猛者の直感なのだろうか
「それにしても、那古野と言う町は随分と活気に満ち溢れたところですね」
話を摩り替えようと、守就は表座敷の庭に目をやる
帰蝶と視線を合わせることに耐えられなくなったのだ
「はい。少しでも私の暮らしていた井ノ口に近付けようと、夫が努力してくださいました」
「ほぅ、それはそれはご馳走様です」
冷やかすような守就の言葉に、帰蝶も軽く笑う
「できることなら、楽市楽座を開きたいと仰っているのですが、昔からの仕来りに苛まれ、中々上手いように事が運ばず」
「楽市楽座ですか。確かに古い仕来りに縛られていては、窮屈なだけでしょう」
「新しい風を起すのにも、周りが足枷になりますしね」
「織田家、ですか?」
「どうでしょう」
自然な笑顔で守就の問い掛けを躱す
その時、なつの補佐である村井吉兵衛貞勝がやって来た
「奥方様、蝉丸が戻りました」
「まぁ、蝉丸が?」
「蝉丸?」
「先代様が飼ってらした鳥です。狭い小屋に押し込めていては可哀想なので、時々放し飼いにしてるんです。餌をあげなくては。しばらく席を外しても構いませんか」
「ええ、どうぞ、ごゆっくり」
信長が村木に出発してからずっと、帰蝶の監視を受けているのだ
守就とて限界だった
厄介払いかのように帰蝶を見送る
ところが、その帰蝶に代わって若い娘が自分の世話をした
お陰で足が崩せず息苦しさだけが残る
「覚えてらっしゃいますか?美濃の反物屋、小春屋の菊子です」
「小春屋の菊子・・・。ああ!大店の娘さんの菊子さん」
「お久し振りです」
菊子の実家は土岐家も利用していたからか、菊子の記憶は殆どなくても店の記憶ならしっかりある
「姉上様の代わりに稲葉山城に入ったと聞いておりましたが、姫様と共に尾張に?」
「はい、こちらで夫も用意してくださいました」
「ご結婚なさりましたか、それはおめでとうございます」
「ありがとうございます」
「ご主人はやはり、お武家の方で?」
「いいえ、馬屋の倅です」
「へ?」
「間者・・・」
夕庵の密書に、なつは顔を曇らせる
「いくら武井様が送って来るからと、間者なる者を信用して良いのでしょうか・・・」
「夕庵がなんのつもりで送ったのかわからないけど、今は信用するしかないでしょうね」
「あちらから接触して来るのを待てと言うことでしょうか」
間者の名前は当然だが、記されていない
「だけど、その間に安藤がどこと接触するかわからない以上、目を離すわけには行かないわ」
守就がその間者とも想えない
「しかし、四六時中張り付いていては、武井様からの間者には逢えません」
「どうすれば・・・」
帰蝶となつが思案している最中、同席していた貞勝が間に入る
「ならば安藤殿の接待は、この吉兵衛にお任せください」
「吉兵衛・・・」
「頼めますか」
「はい、他ならぬ奥方様のためと想えば、なんら苦にはなりません」
胸をぽんと叩く貞勝に、帰蝶は軽く頭を下げて頼んだ
「お願いします」
「承知しました」
「それにしても、武井様の今回の密書は、まるで暗号のようですね」
「そうね」
間者の名前が記されていない代わりに、『槍』と言う文字が入っていた
『平の刀に間者となり得る槍を紛らわせました。生かすも殺すも、姫様次第』と
「平は安藤平左衛門尉守就の『平』。『刀』は恐らく兵士のこと。残りの『槍』が、わからないわね」
「武器を紛らわせたんじゃないですよね」
貞勝の言葉に、帰蝶もなつも同時に笑う
「それじゃ安直過ぎて、暗号にならないわ」
「わかってて言いました」
貞勝は顔を赤くしてその場を去った
菊子と交代するかのように、今度は貞勝が守就の前に座る
「いやいや、美濃と言う国は一度だけ行ったことがありますが、華やかな町ですなぁ」
「そうですか」
内心、いい加減にしてくれと言う想いがないわけでもない
たまにはごろんと寝転がりたいのに、ずっと表座敷で釘付けにされている
そうしていると、さすがの守就でも気付くだろう
帰蝶姫が何かに警戒していることを
その『何か』まではわからないが
この日夫は熱田神宮で叔父・織田孫三郎信光と、弟・織田勘十郎信勝と合流し、そのまま寄宿した
ここで軍議でもと想ったのだが、実質の指揮官は叔父に任せてある
精々、叔父の立てた作戦を聞くだけしかできない
「吉法師と勘十郎は海沿いを南に侵攻、わしは西の搦手から攻める」
「水野には?」
「地の利を生かして川から攻撃するよう、吉法師から指示を出してくれ」
「いや、俺が言うより年長者の叔父貴殿から伝達してもらった方が、向うも言うことを聞くだろ。若輩者の俺じゃ、何言っても煙たがれるだけだ」
「莫迦者。織田の惣領はお前だろう」
兄と叔父の会話を、勘十郎はなんとなく空々しい想いで聞いていた
まるで自分に兄の家督相続を認めさせるような、そんな芝居掛かった言い回しだった
結局この日守就は、寝るまで貞勝の監視下に置かれ、寝ている時は表に厳重なほど見張りを置かれた
気付かないよう姿は見せないが、それでも守就には気配でわかる
「やれやれ。姫様は何を警戒しておいでか」
守就は呆れるように呟き、それから目を閉じた
信長が出陣して二日後、夜の間に雲行きのおかしかった空が、明け方には俄かに強い風が吹き晒す
やがて朝を迎える頃には台風となり、尾張を襲った
「雨戸を!」
必要な男手は戦に出ており、局処の女達が慌てて城中の雨戸を閉めて回る
「美濃は精々、雨の多い時期に川の氾濫がたまに起きる程度ですが、尾張は山が少ないので多少の風でも被害が大きい。森殿、姫様の手伝いに回ってもらえぬか」
「はっ、承知しました」
周りでバタバタやっていると、さすがの守就も心落ち着かない
信長の応援にと、共に尾張に入った森三左衛門可成に、その助っ人を依頼する
可成は命じられるまま、脇を走る女を捕まえ事情を話す
それから、その女に連れられ立ち去るのを、守就はじっと見詰めていた
「奥方様、安藤様が手伝いにと」
「え?」
局処の雨戸を戸板でしっかり固定する作業の指示をしていた帰蝶の許に、可成が連れて来られた
「姫様、お久しゅうございます」
「 三左?」
可成の身分そのものは低いため、城の中で逢うことは滅多になかったが、生憎帰蝶は大人しく城の中で遊んでおくことが苦手だったので、この可成が外に出た帰蝶と、それに連れ回される利三を探しによく使われていた
「懐かしいわ。三左も来てたのね。どうして逢ってくれなかったの?」
「私は城の表に出ておりましたので」
「そうだったの。あなたが来てるとわかっていたら」
「剣術の相手でもさせるおつもりですか?私が得意な獲物は槍ですよ」
そう苦笑いしながら応える
「そうだったわね、三左の得意なのは ・・・槍」
まさか、と、帰蝶の目が見開く
その帰蝶の表情を読み取ったか、可成は目を細めて言った
「武井様の密命により、姫様の助けとなるべく馳せ参じました」
「三左・・・・・・・・・」
帰蝶の部屋に、なつが呼ばれた
そこには既に帰蝶と、見慣れない男が居る
「遅くなりました。本丸の雨戸を閉めるのに手間取りまして」
「構わないわ。その間に、この森三左衛門と充分話ができました」
「こちらは」
「お初にお目に掛かります。わたくし、斎藤家家臣末席、森三左衛門可成と申します」
可成が深く頭を下げるのに、なつも合わせて深々とお辞儀する
「三左は尾張の生まれだけど、祖父の代から斎藤に仕えているの」
「そうでしたか」
「私の母が尾張の出身ですので、私は母の実家で生を受けたことになります。ですから、尾張出身と言うことで」
「なるほど。私は奥方様の補佐をやっております、池田なつと申します。よろしくお願い申し上げます」
「こちらこそ。補佐と申されましても、実質姫様の教育係だそうで」
「え・・・、あ、まぁ、なんと申しましょうか・・・」
「なつは織田先代様のご側室。本来なら、私に使われるべき立場のお方ではないのですが、なつ殿の知恵を拝借したいものですから、無理を言って那古野に来ていただきました」
「知恵などと。女の浅知恵でございます」
「いえいえ、先ほど姫様からお伺いしましたが、何より心強い助っ人だとか」
「いえ・・・」
内心、帰蝶がそこまで自分を買ってくれているとは想っていなかっただけに、正直に嬉しい気持ちが溢れた
「ところで、森様は何故奥方様の部屋に?武家の男女が夫婦でない限り、同室はご法度のはず。それを犯してまで二人きりと言うことは、余程の事情があってのこととお見受けします」
「なつ」
声を掛ける帰蝶に、なつは体ごと向ける
「夕庵の言っていた『槍』は、三左のことだったのよ」
「 え・・・?」
武士(もののふ)らしい顔付きだが、躰の方は若干小柄と言ったところだろうか
それが『間者』として選ばれた理由かと、単純に想う
「三左をこちらに引き抜く算段を立てます。なつ、どうか知恵を貸してください」
「それは一向に構いませんが、森様が武井様の間者と言うことですよね?どのように間者としての勤めを果たされるのでしょうか」
「三左の母方の実家は、この尾張にあるわ。美濃との国境に近い村なの」
「然様で」
「そして、三左の奥方は、美濃出身」
「美濃出身・・・。と言うことは」
「三左は斎藤でも数少ない、尾張と美濃の両方から情報を得られる立場に居るの」
「では、美濃の情勢は奥方様から?」
「妻の実家も斎藤に仕える身。私が尾張に入っても、舅から美濃、あるいは斎藤の情報を手に入れることができます」
「と言うことは、森の舅様が斎藤の情報をこちらに?」
「はい」
「危険ではありませんか?」
「いつ届くかわからぬ鴉の飛脚よりは、早くて確実かと」
可成は笑いながら言うが、斎藤家がそこまで切羽詰っていることを暗に示唆しているだけである
帰蝶の心中を考えれば、到底冷静に聞ける話ではない
「本より、殿と若の折り合いが悪いのは今更の話。しかし、それでも父親と倅と言うのは、どこかで反発し合うものです」
「そうね・・・」
自分の夫と父親がそうだったのだから、帰蝶にもわからない話ではない
「ですが、それを捩れさせようとしている者の存在は、確かにあります。しかし、それが何者なのかが全くわからず」
「何が目的なのでしょう。斎藤の分断でしょうか」
「ならば首謀者は斎藤伊豆守様しか想い当りませんし、それでは謀略にはなりません」
「 」
初恋の男の父親が、それを画策しているとは想いたくなかった
「私、そのことについていつも疑問に想っていたんですが、良いでしょうか」
「何?なつ」
帰蝶と可成の話を聞いていて、なつがふと口にする
「奥方様の父上様と兄上様を仲違いさせて、何が目的なのでしょう。何を得ることができるのかと、とても疑問に感じておりました」
「と、言うと?」
「道三様を追放しても、斎藤に兄上様が残られては土岐も本筋の斎藤家も、元の国主と守護代に戻れるはずがありません。その逆も、然り。そうなると、兄上様が道三様を追放するとなっても、態々自分を廃嫡しようとしているなどと、噂を流す必要がありますでしょうか?なんだかどちらもまどろっこしくて、本来の目的を果たせるとは到底想えないのです」
「 言われてみれば、確かにそうね。父と兄のどちらが残っても、土岐と斎藤本家が元の鞘に納まるなんてことは、あり得ないわ。てことは、この謀略はそれ以外の勢力?なら、該当するのは」
「居ません」
可成があっさり応える
「土岐を美濃に帰すのであれば、親子で争わせる必要などありません。元々土岐家に仕える者は大勢居るのですから、一斉蜂起で謀叛でも起こせば簡単です。ですが土岐家筆頭家老の安藤様は明らかに若に加担した形跡がございます」
「安藤が、兄様に加担?」
そんな雰囲気など、全く見受けなかった
「それに、こちらに出向く際夕庵様に調べていただいたのですが、この織田の中にも土岐と繋がりを持つ者が居ますね」
「土岐と?」
キョトンとする帰蝶の隣で、なつが応える
「もしかして、林殿?」
「林?三左の奥方の恵那の?」
「森様の奥方様も、林なのですか?」
帰蝶となつの質問が交差し、益々ややこしくなるが、それでも可成は頭の周りが優れているのか、きちんと受け答えに応じられた
「はい、林新右衛門通安です」
「そう言えば、吉法師様に反発して勘十郎様と手を組んだ林殿の父上様も、林八郎左衛門通安」
「ややこしい・・・」
嫌そうに呟くなつに、帰蝶も可成も苦笑いする
「右と左の違いだけですか。確かにややこしい」
「こちらの左殿は既にお亡くなりになられてますが、確か元は土岐家の家臣。奥方様の林性とは?」
「先祖が同じと言うのも聞いておりませんし、まぁ、私も妻も、そもそもは清和源氏と言うだけですので、殆ど他人ですな」
「しかし、こちらの林殿は先々代様の頃の、土岐家と斎藤家の争いで尾張に流れて来ました」
「先々代とは」
「美濃守護代、斎藤妙椿様の時代のことです」
「 随分昔の話なのね・・・」
「その頃の織田と斎藤も、婚姻関係で結ばれております」
「え?そうなの?」
なつの言葉に、帰蝶は目を丸くした
「当時の美濃守護代当主妙椿様の養女と、岩倉織田が婚姻で結ばれております。養女ですので、斎藤の血は入っておりませんから、形式だけの関係ですが」
「そうだったの・・・」
「その頃に起きた斎藤と土岐の争いで、恐らく何人かの土岐家の家臣も尾張に流れているものかと。ところで、森様の奥方様は、恵那様と仰るのですか?」
「はい。生まれが恵那ですので」
「では、土岐の血縁者でしょうか」
「はい、そうです」
「なるほど、清和源氏の流れを汲むのも、満更嘘ではありませんね。美濃全域に土岐の血は流れておりますから」
「 」
なつの言葉に、帰蝶は少し難しい顔をし、それから何かを閃かせたかのように言った
「父と兄の喧騒、もしや・・・」
「奥方様?何か想い付かれたのですか?」
「これは、父が土岐に対してやったことと同じ。どうして気付かなかったのかしら・・・」
「姫様、もしやそれは、土岐頼芸様と土岐頼純様の・・・?」
可成の質問に、帰蝶は顔を顰めたまま頷いた
「内部分裂の末、土岐は争う力を失った。これは 」
居た堪れず、帰蝶は立ち上がった
「室町幕府が、土岐家を潰すために行なった謀略と同じ・・・ッ」
「ええッ?!」
「そっ、そんな・・・!」
「お、奥方様・・・」
帰蝶の言うことが正しければ、斎藤は確実に力を奪われる
誰がそれを目的としているのか、そこまではさすがにわからない
わからないが、このままにしておいて良いはずがなかった
「三左」
「はい」
「恵那には連絡が取れる?」
「はい、表に部下を配置しております」
「この台風の中でも、美濃に行けるかしら・・・」
「木曽川が氾濫さえ起していなければ」
「 」
帰蝶は座り直して可成に迫らん勢いで聞くも、その希望は直ぐに潰えた
木曽川は川幅が広い分、長良川のように滅多なことでは氾濫は起きない
だが、一度それが起きれば中々収まらないほど広いのだ
一刻を争う事態だと言うのに、動くに動けないもどかしさに、帰蝶は口唇を噛み締めた
「奥方様。この謀略が斎藤家の衰退を誘うものだとしたら、織田にも飛び火しないとも限りません。道三様の後ろ盾があるからこそ、織田は今川から守られているのです。もしも道三様を失ったら、織田は」
その先が言えない
言えば、帰蝶を苦しめる
「夫の筆頭家老である林殿が勘十郎様側に付いたと言うのも、強ち偶然ではないのかも知れませんね」
「奥方様・・・」
「私の見立てが間違いであることを祈りたいのだけど、土岐家、織田家、斎藤家、これに土田家を加えれば、一本の線で繋がる」
「どう言うことですか?土田家?御前様も関与していると言うことですか?」
「土田家は同じ可児にある明智が邪魔であるはず。表向き友好関係を持っていると言っても、土岐家の傍流である明智は名門中の名門。勢力も今は落ちたと言えど、それでも斎藤家を支えるには充分な力を保ってます。斎藤そのものを攻めたところで、明智が後ろに付いている限り、迂闊に手は出せない。なら、斎藤そのものを脆弱なものにしてしまえば?」
「斎藤と織田は、若と奥方様の婚姻で結び付いている。斎藤だけを攻撃しても、織田が援軍を出せば争いは長引き、織田も疲弊してしまう。そうなれば・・・」
「吉法師様から織田を奪うのに、然程労力は必要としない。土田は何処にも付属しない、完全に独立した豪族国人です。誰の干渉も受けない、自由な立場に居る」
「斎藤が潰れれば土岐は美濃に戻れ、可児の土田は明智から領地を奪える。そして、勘十郎様は若から織田を」
「正しく三つ巴、ですな。部外者の私がこんな大事な話に加わって、良いのでしょうか」
ぽつりと呟く可成に、帰蝶は首根っこを捕まえるかのように言い放つ
「一抜けは許さない」
「ひぃぃ~・・・!」
「いやいや、今日の茶葉は開きが悪い。新茶の季節が待ち遠しいですな」
台風の中、表座敷で優雅に茶を啜る貞勝に、守就は半ば寛ぐを諦めた
「安藤様がこちらにお越しいただいたお陰で、清洲も岩倉も大人しい」
「この嵐の中では、想うように兵も進めませんでしょう。織田の若様は、今頃どのようになさっておいでか」
「案ずるに及ばず、殿ならもう村木に着いてらっしゃるでしょう」
「まさか、この暴風雨の中、戦をしているなどと申しますまいな?」
貞勝の言葉に、守就は目を見張った
「戦をしているかどうかは、私にもわかりかねます。しかし、困難があるからと言って、簡単に投げ出すお方じゃない。不撓不屈と言う言葉が良く似合う若武者です」
「 」
可成が局処の雨戸の戸締りに出た後、残ったなつは帰蝶に問う
「それにしても奥方様、森殿は奥方様のお味方なんですか?元土岐家の家臣なら、当然奥方様の父上様には良い心象は持ってないと想うのですが」
なつは、言い難いことでもはっきりと言う
そこが帰蝶に気に入られている要素でもある
これで叱られても構わないと言う覚悟を持って放ったその言葉に、帰蝶も真剣な顔をして応えた
「父は三左と家臣の娘である恵那を婚姻させることで、森家を斎藤の家臣に据え置きました。お二人の仲は良好だけど、それで三左が父に好意を持ったかと聞かれれば、否」
「それでは、間者の件は失敗するのでは」
帰蝶の返事に、なつは当然驚く
「でもね、三左は夕庵が好きなの」
「え?」
「夕庵はお爺様の代から斎藤家に仕えてくれているわ。それに、土岐家から人が流れて来た時、彼らを世話したのは夕庵なの。だから三左は父の言うことは聞かなくても、夕庵の言葉だったら従う。だから、ここに来てくれたんじゃない。応じる気がなければ断る男よ、三左は」
「そうだったんですか。そうとは知らず、余計なことを・・・」
「いいえ、なつはわからないことははっきり『わからない』と聞いて来る。だから私も、包み隠さず話すことができる。尾張に来て、吉法師様以外の誰かに本音で接することができるなんて、想ってなかったわ。だって私、政略の道具ですものね」
「道具だなんて・・・」
実際、政略の道具になったことのないなつには、帰蝶の本音などわかるはずもない
織田に気に入られようと、大人しく振舞っていたあの頃と、今の帰蝶を比べれば、同一人物にも想えない
それはきっと、夫である信長以外の誰とも、積極的に接しようとしなかったのだろう
現に平手政秀が生きていた頃の帰蝶は、どこか心に壁を張っているかのようにも見えた
最近になってようやく、本音を言ってくれるようになったのも、蝉丸を使って密かに夕庵と連絡を取り合っていることも、信長は知らないことである
夫ですら知らせていないことを自分には話してくれる帰蝶を、なつは益々助けになろうと心に誓うのだった
「それにしても、吉衛門は良く動いてくれるわね」
「ええ。元々は奉行のような役職を得意とする一族の生まれだからか、計算が速くて機転も利きます」
「奉行と言えば、軍奉行のような?」
「吉衛門は戦などの力仕事は苦手ですね。まぁ、勘定奉行でしょうか。荷駄の用意とか、仕入れの全般なんかをやってました」
苦笑いしながら応えるなつに、帰蝶は嫌な笑顔を浮かべる
「ですが、城に置いては局処の主である奥方様が、家計をしっかり切り盛りしないといけないんですからね、吉衛門に押し付けようなんて考えたら、折檻ぐらいじゃ済ませませんよ?」
「ひぃぃ~・・・!」
那古野城を出て二日目、熱田で軍議を開いていたところを台風に襲われ、それでも信長は構わず野陣を張り、叔父や弟のみならず、家臣らをも呆れさせた
「雨に紛れて、俺達の姿は隠せる。こんな大雨に、まさか陣を張るとは誰も想わんだろ」
「私も考え付きませんよ」
秀隆の突っ込みに、信長は大笑いする
「さて、金吾殿にでも逢って来るか」
台風が去った翌日、まだ雨の影響を受ける石ヶ瀬川を船で渡るのは危険と、この日の攻撃は断念した
しかし、援軍は来ないものと諦め掛けていた水野藤四郎信元金吾を引き止められたのは幸いした
緒川で一度軍勢を整えるついでに、今川に寝返った重原城の山岡河内守信秋を懲らしめて、二度と敵に内通しないことを誓わせ、共に緒川へ出向く
「申し訳ございません・・・」
深々と頭を下げる山岡に、信元も苦笑いで許した
「もしも今川が最初にこちらを攻めていたら、私もお前と同じことをやっただろう。今回は織田殿が援軍に出向いてくれると約束してくださったので、こちらも団結して今川に抵抗することができた」
「金吾にまで転ばれると、こっちが困るんだがな」
重原城の山岡は、この水野の家臣である
その家臣の失態を許せるとは、懐の深い男だと内心信元のことを感心し、それから、今川への宣戦布告ともなるこの戦を、必ず落としたいと改めて願う
家で自分の帰りを待ってくれている妻のためにも
翌一月二十四日、早朝、信長は村木砦攻撃を始めた
一方の那古野城でも、帰蝶の戦が始まっていた
可成をこちらに引き取りたいと願い出るも、守就がそれを許さない
「森殿は、殿からお預かりしている大事な家臣です。私の一存でどうにかできるものではありません」
「しかし、吉法師様は先代様から受け継ぐべき兵の殆どを、弟勘十郎様やご生母様に取り上げられ、心許ない状態なのです。三左の腕は私も充分存じておりますし、心強いのですが」
取り敢えず、安藤の出方を見るために、正攻法でぶつかってみる
しかし敵もさることながら、主君の娘であろうが首を縦には振ってくれない
そうでなければ、父の派遣としての役目は果たせないだろう
断られるのを承知で当ってみたのは、こちらが単に兵不足であることを主張してみせるためと、安藤が間違いなく兄寄りの人間なのかを確かめるためであった
「もしも父様が良いと仰れば、三左をもらっても構いませんか?」
「殿がお許しになられても、若が許しませんでしょう。若も今では斎藤の軍隊を動かせるだけのお方。殿だけが全ての采配を触れるわけではないのですから」
なるほど
父から少ずつ権力を奪っている最中か、と、安藤の返事の中に答えを見出す
「では、兄様が良いと仰ったら、三左をもらっても構いませんね?」
「それならば、どうぞ。最も、若が良いとお許しになるはずがありませんが」
「どうしてわかるの?」
「斎藤も、無敵ではないのですよ?争いの中から織田家が抜けただけで、相変わらず土岐の残党、今川の脅威、近江の浅井も俄かに動き出す気配あり」
「義姉様がお嫁に入っているのに?」
「姫様、浅井もそう言った家系であることは、ご存知のはず。元々土豪の集団だったのが台頭して、大名にまで成り上がったのですから」
それは暗に『成り上がった』父や祖父のことも含めて言っているのだろうか
安藤の平然とした顔の中からは、それを伺うことはできない
「例え世間が不仲と噂しても、殿も若も斎藤を守り、そしてこれからも繁栄していきたいと願う気持ちは同じです。どうか荒波を立てないよう、お願いします」
だからと言って引き下がれば、夕庵からの情報を受け取れない
確かに蝉丸にだけ任せておいては、暇がどれだけあっても足りないのだから
夕庵とて、斎藤の一家臣でしかない身分では、父の手駒を自由にすることもできない
精々、可成の妻である林家と約定を交わす程度のことだろう
「でも・・・」
これ以上強硬な姿勢で居続ければ、頭の良い守就に気付かれるかも知れないと、不安も感じる
ただでさえずっと表座敷に閉じ込めているのだから、そろそろおかしいと勘繰っても不思議ではない頃だった
「三左は戦が上手だから、欲しかったのだけど・・・」
と、子供のようなことを言ってみる
「戦上手なら、尚更斎藤も手放せませんよ」
そう苦笑いする守就に、帰蝶は子供そのままにぶーと顔を膨らませて拗ねた
なんだかんだ言っても、姫様もまだまだ幼いな
高を括ったかどうかまではわからないが、内心帰蝶の単純さに油断したことは間違いない
「それよりも、姫様」
「何ですか?」
「私もここに到着して四日。ずっと表座敷に閉じ込められているのも、中々骨が折れるのですが」
「あ・・・、そうね。ごめんなさい。だって、安藤は大事なお客様だから、万が一のことがあったら父様に叱られると想って」
「万が一とは、岩倉織田や清洲織田のことですか?」
「吉法師様がまだ若年だから、舐められてるのでしょうか。口惜しいことですが、不穏な空気も流れてて」
「そうでしたか。なるほど、それなら用心深くなっても仕方ありませんね。ですが私も戦に身を置く者。どこから攻められようとも充分に対処しますし、織田の若様からもそのつもりでここに残るようにと仰せ付かっております。どうか、お気遣いなく」
「そうだった。安藤殿が土岐の筆頭家老だったってこと、すっかり忘れてました」
「酷いですなぁ」
大きく笑いながらも、守就も帰蝶も、互いに腹を探り合いを休ませない
「朗らかな顔立ちをしているからでしょうか」
「朗らかですか?」
「稲葉に比べたら」
「っぷ・・・!」
守就は想わず吹き出す
「稲葉殿と比べたら、誰でも朗らかな顔立ちに見えますよ」
なんでもない話を展開させながら、帰蝶は心の中で守就を覗き込む
三左の言うとおり、やはり安藤は兄様と繋がってる
そう、確信させて
父から派遣されたとは言え、夕庵の密書を真に受けるとしたら、安藤も誰かの間者になり得る存在だった
那古野の、如いては織田家の内情を探りに来たか
そう受け取られても仕方がないほど、織田家は不安定な時期に差し掛かっていた
「織田上総介信長正妻、斎藤帰蝶様でございます」
帰蝶が嫁に入って五年が過ぎている
少女だった娘は女になっていた
面変わりをしていても不思議ではない
そう想い、同席したなつは念のためにと守就に帰蝶を紹介した
「これは姫様。お久しゅうございます」
「安藤殿、息災で何よりです。美濃は如何ですか。土岐の動乱も収まりましたでしょうか」
帰蝶姫は、こんな感じだっただろうか
そう心の中で想い巡らしながら応える
「はい。殿の手腕も中々の物で、混乱も徐々に収まりつつあります」
「それは何よりの知らせです」
嘘を吐け
帰蝶は心の中で吐き捨てた
夕庵の報告では、自分に盾突く者、特に土岐に関係した者への断罪は凄まじいものだと教わっている
些細な罪にも重刑を科し、惨たらしい殺し方をしていると
一方の守就も、『帰蝶姫』と直接接したことはないが、親も手を焼くじゃじゃ馬で、学友だった斎藤利三も散々泣かされて来たと言う話は今も語り草となっており、しかし勇ましい顔立ちではなく、母方の血筋を色濃く受け継いだ美姫であることもまた、斎藤家の中では有名であるため、まじまじと帰蝶を見詰める
確かに目の前に居る斎藤の姫君は、言葉にするなら簡略にも美しい
美濃一の美女と呼び名も高い那々姫の娘であるだけのことはあった
他に生まれた道三の娘の、誰よりも美しく気高い雰囲気を持っている
見た目だけでは名門の姫君の名に相応しい
だが、何だろう
さっきから自分を縛り付ける空気は
そう模索しながら、守就は帰蝶との対話に受け応えていた
「噂では、父上と兄上が仲違いなさっておいでとか。どう言った経緯でそうなったのでしょう」
「私も詳しくは存じません。ですので、あくまで噂なのでしょう。お二方、相変わらず親子喧嘩の類はなさっておいでですが、姫様が稲葉山にいらっしゃった頃と何も変わりません」
「人の口は性ないもの。悪意による讒言の類でしょうか」
「恐らくは。鎮圧されつつあると言っても、あちらこちらにまだ土岐の残党が残っておりますので、そう言った輩の仕業かと」
「随分と決め付けた物言いですね。そう言い切れる根拠などがあるのでしょうか?」
「いえ、決め付けだとか根拠だとかではなく、事実お二人にそのような争いなど見受けないものですから、私の推測でお話したまでのこと。どうか、お心煩わされませぬように」
おかしい、と、守就は素直に感じた
遠回しに斎藤のお家事情を探るかと想えば、こちらの言葉に従う
かと言って、全てを鵜呑みにするような気配もない
寧ろ、こちらの言葉を探っているようにしか想えなかった
「すみません。長く離れておりますと、些細なことでも気懸かりになってしまって。だからと言って、実家と文通などしてしまいますと、織田から斎藤の間者と言う風に見られてしまいますし、そうすると夫にも迷惑が掛かります。断腸の想いで敢えて連絡を取っていないのですが、その夫にもたまには両親に手紙の一枚でも送ってやれと」
「そうですか、ご夫婦、仲が良いのはめでたいことでございます。後は跡継ぎだけでございますな」
「ええ。だけどこれが、中々想うように行かなくて。その内、斎藤の娘は石女と渾名されるかも知れません」
たおやかに美しく微笑む帰蝶に、何故か守就は背筋に冷たい物が走る気がした
心の中で言葉が浮かぶ
これは、『尾張のうつけ』の女房ではない
夫も妻も、穏やかな表情を皮に被っているが、その実何よりも獰猛な獣を飼っている
守就はそう直感した
考えようによっては、恐ろしい夫婦なのかも知れない、と
それは『美濃三人衆』の一人に数えられる、歴戦の猛者の直感なのだろうか
「それにしても、那古野と言う町は随分と活気に満ち溢れたところですね」
話を摩り替えようと、守就は表座敷の庭に目をやる
帰蝶と視線を合わせることに耐えられなくなったのだ
「はい。少しでも私の暮らしていた井ノ口に近付けようと、夫が努力してくださいました」
「ほぅ、それはそれはご馳走様です」
冷やかすような守就の言葉に、帰蝶も軽く笑う
「できることなら、楽市楽座を開きたいと仰っているのですが、昔からの仕来りに苛まれ、中々上手いように事が運ばず」
「楽市楽座ですか。確かに古い仕来りに縛られていては、窮屈なだけでしょう」
「新しい風を起すのにも、周りが足枷になりますしね」
「織田家、ですか?」
「どうでしょう」
自然な笑顔で守就の問い掛けを躱す
その時、なつの補佐である村井吉兵衛貞勝がやって来た
「奥方様、蝉丸が戻りました」
「まぁ、蝉丸が?」
「蝉丸?」
「先代様が飼ってらした鳥です。狭い小屋に押し込めていては可哀想なので、時々放し飼いにしてるんです。餌をあげなくては。しばらく席を外しても構いませんか」
「ええ、どうぞ、ごゆっくり」
信長が村木に出発してからずっと、帰蝶の監視を受けているのだ
守就とて限界だった
厄介払いかのように帰蝶を見送る
ところが、その帰蝶に代わって若い娘が自分の世話をした
お陰で足が崩せず息苦しさだけが残る
「覚えてらっしゃいますか?美濃の反物屋、小春屋の菊子です」
「小春屋の菊子・・・。ああ!大店の娘さんの菊子さん」
「お久し振りです」
菊子の実家は土岐家も利用していたからか、菊子の記憶は殆どなくても店の記憶ならしっかりある
「姉上様の代わりに稲葉山城に入ったと聞いておりましたが、姫様と共に尾張に?」
「はい、こちらで夫も用意してくださいました」
「ご結婚なさりましたか、それはおめでとうございます」
「ありがとうございます」
「ご主人はやはり、お武家の方で?」
「いいえ、馬屋の倅です」
「へ?」
「間者・・・」
夕庵の密書に、なつは顔を曇らせる
「いくら武井様が送って来るからと、間者なる者を信用して良いのでしょうか・・・」
「夕庵がなんのつもりで送ったのかわからないけど、今は信用するしかないでしょうね」
「あちらから接触して来るのを待てと言うことでしょうか」
間者の名前は当然だが、記されていない
「だけど、その間に安藤がどこと接触するかわからない以上、目を離すわけには行かないわ」
守就がその間者とも想えない
「しかし、四六時中張り付いていては、武井様からの間者には逢えません」
「どうすれば・・・」
帰蝶となつが思案している最中、同席していた貞勝が間に入る
「ならば安藤殿の接待は、この吉兵衛にお任せください」
「吉兵衛・・・」
「頼めますか」
「はい、他ならぬ奥方様のためと想えば、なんら苦にはなりません」
胸をぽんと叩く貞勝に、帰蝶は軽く頭を下げて頼んだ
「お願いします」
「承知しました」
「それにしても、武井様の今回の密書は、まるで暗号のようですね」
「そうね」
間者の名前が記されていない代わりに、『槍』と言う文字が入っていた
『平の刀に間者となり得る槍を紛らわせました。生かすも殺すも、姫様次第』と
「平は安藤平左衛門尉守就の『平』。『刀』は恐らく兵士のこと。残りの『槍』が、わからないわね」
「武器を紛らわせたんじゃないですよね」
貞勝の言葉に、帰蝶もなつも同時に笑う
「それじゃ安直過ぎて、暗号にならないわ」
「わかってて言いました」
貞勝は顔を赤くしてその場を去った
菊子と交代するかのように、今度は貞勝が守就の前に座る
「いやいや、美濃と言う国は一度だけ行ったことがありますが、華やかな町ですなぁ」
「そうですか」
内心、いい加減にしてくれと言う想いがないわけでもない
たまにはごろんと寝転がりたいのに、ずっと表座敷で釘付けにされている
そうしていると、さすがの守就でも気付くだろう
帰蝶姫が何かに警戒していることを
その『何か』まではわからないが
この日夫は熱田神宮で叔父・織田孫三郎信光と、弟・織田勘十郎信勝と合流し、そのまま寄宿した
ここで軍議でもと想ったのだが、実質の指揮官は叔父に任せてある
精々、叔父の立てた作戦を聞くだけしかできない
「吉法師と勘十郎は海沿いを南に侵攻、わしは西の搦手から攻める」
「水野には?」
「地の利を生かして川から攻撃するよう、吉法師から指示を出してくれ」
「いや、俺が言うより年長者の叔父貴殿から伝達してもらった方が、向うも言うことを聞くだろ。若輩者の俺じゃ、何言っても煙たがれるだけだ」
「莫迦者。織田の惣領はお前だろう」
兄と叔父の会話を、勘十郎はなんとなく空々しい想いで聞いていた
まるで自分に兄の家督相続を認めさせるような、そんな芝居掛かった言い回しだった
結局この日守就は、寝るまで貞勝の監視下に置かれ、寝ている時は表に厳重なほど見張りを置かれた
気付かないよう姿は見せないが、それでも守就には気配でわかる
「やれやれ。姫様は何を警戒しておいでか」
守就は呆れるように呟き、それから目を閉じた
信長が出陣して二日後、夜の間に雲行きのおかしかった空が、明け方には俄かに強い風が吹き晒す
やがて朝を迎える頃には台風となり、尾張を襲った
「雨戸を!」
必要な男手は戦に出ており、局処の女達が慌てて城中の雨戸を閉めて回る
「美濃は精々、雨の多い時期に川の氾濫がたまに起きる程度ですが、尾張は山が少ないので多少の風でも被害が大きい。森殿、姫様の手伝いに回ってもらえぬか」
「はっ、承知しました」
周りでバタバタやっていると、さすがの守就も心落ち着かない
信長の応援にと、共に尾張に入った森三左衛門可成に、その助っ人を依頼する
可成は命じられるまま、脇を走る女を捕まえ事情を話す
それから、その女に連れられ立ち去るのを、守就はじっと見詰めていた
「奥方様、安藤様が手伝いにと」
「え?」
局処の雨戸を戸板でしっかり固定する作業の指示をしていた帰蝶の許に、可成が連れて来られた
「姫様、お久しゅうございます」
「
可成の身分そのものは低いため、城の中で逢うことは滅多になかったが、生憎帰蝶は大人しく城の中で遊んでおくことが苦手だったので、この可成が外に出た帰蝶と、それに連れ回される利三を探しによく使われていた
「懐かしいわ。三左も来てたのね。どうして逢ってくれなかったの?」
「私は城の表に出ておりましたので」
「そうだったの。あなたが来てるとわかっていたら」
「剣術の相手でもさせるおつもりですか?私が得意な獲物は槍ですよ」
そう苦笑いしながら応える
「そうだったわね、三左の得意なのは
まさか、と、帰蝶の目が見開く
その帰蝶の表情を読み取ったか、可成は目を細めて言った
「武井様の密命により、姫様の助けとなるべく馳せ参じました」
「三左・・・・・・・・・」
帰蝶の部屋に、なつが呼ばれた
そこには既に帰蝶と、見慣れない男が居る
「遅くなりました。本丸の雨戸を閉めるのに手間取りまして」
「構わないわ。その間に、この森三左衛門と充分話ができました」
「こちらは」
「お初にお目に掛かります。わたくし、斎藤家家臣末席、森三左衛門可成と申します」
可成が深く頭を下げるのに、なつも合わせて深々とお辞儀する
「三左は尾張の生まれだけど、祖父の代から斎藤に仕えているの」
「そうでしたか」
「私の母が尾張の出身ですので、私は母の実家で生を受けたことになります。ですから、尾張出身と言うことで」
「なるほど。私は奥方様の補佐をやっております、池田なつと申します。よろしくお願い申し上げます」
「こちらこそ。補佐と申されましても、実質姫様の教育係だそうで」
「え・・・、あ、まぁ、なんと申しましょうか・・・」
「なつは織田先代様のご側室。本来なら、私に使われるべき立場のお方ではないのですが、なつ殿の知恵を拝借したいものですから、無理を言って那古野に来ていただきました」
「知恵などと。女の浅知恵でございます」
「いえいえ、先ほど姫様からお伺いしましたが、何より心強い助っ人だとか」
「いえ・・・」
内心、帰蝶がそこまで自分を買ってくれているとは想っていなかっただけに、正直に嬉しい気持ちが溢れた
「ところで、森様は何故奥方様の部屋に?武家の男女が夫婦でない限り、同室はご法度のはず。それを犯してまで二人きりと言うことは、余程の事情があってのこととお見受けします」
「なつ」
声を掛ける帰蝶に、なつは体ごと向ける
「夕庵の言っていた『槍』は、三左のことだったのよ」
「
武士(もののふ)らしい顔付きだが、躰の方は若干小柄と言ったところだろうか
それが『間者』として選ばれた理由かと、単純に想う
「三左をこちらに引き抜く算段を立てます。なつ、どうか知恵を貸してください」
「それは一向に構いませんが、森様が武井様の間者と言うことですよね?どのように間者としての勤めを果たされるのでしょうか」
「三左の母方の実家は、この尾張にあるわ。美濃との国境に近い村なの」
「然様で」
「そして、三左の奥方は、美濃出身」
「美濃出身・・・。と言うことは」
「三左は斎藤でも数少ない、尾張と美濃の両方から情報を得られる立場に居るの」
「では、美濃の情勢は奥方様から?」
「妻の実家も斎藤に仕える身。私が尾張に入っても、舅から美濃、あるいは斎藤の情報を手に入れることができます」
「と言うことは、森の舅様が斎藤の情報をこちらに?」
「はい」
「危険ではありませんか?」
「いつ届くかわからぬ鴉の飛脚よりは、早くて確実かと」
可成は笑いながら言うが、斎藤家がそこまで切羽詰っていることを暗に示唆しているだけである
帰蝶の心中を考えれば、到底冷静に聞ける話ではない
「本より、殿と若の折り合いが悪いのは今更の話。しかし、それでも父親と倅と言うのは、どこかで反発し合うものです」
「そうね・・・」
自分の夫と父親がそうだったのだから、帰蝶にもわからない話ではない
「ですが、それを捩れさせようとしている者の存在は、確かにあります。しかし、それが何者なのかが全くわからず」
「何が目的なのでしょう。斎藤の分断でしょうか」
「ならば首謀者は斎藤伊豆守様しか想い当りませんし、それでは謀略にはなりません」
「
初恋の男の父親が、それを画策しているとは想いたくなかった
「私、そのことについていつも疑問に想っていたんですが、良いでしょうか」
「何?なつ」
帰蝶と可成の話を聞いていて、なつがふと口にする
「奥方様の父上様と兄上様を仲違いさせて、何が目的なのでしょう。何を得ることができるのかと、とても疑問に感じておりました」
「と、言うと?」
「道三様を追放しても、斎藤に兄上様が残られては土岐も本筋の斎藤家も、元の国主と守護代に戻れるはずがありません。その逆も、然り。そうなると、兄上様が道三様を追放するとなっても、態々自分を廃嫡しようとしているなどと、噂を流す必要がありますでしょうか?なんだかどちらもまどろっこしくて、本来の目的を果たせるとは到底想えないのです」
「
「居ません」
可成があっさり応える
「土岐を美濃に帰すのであれば、親子で争わせる必要などありません。元々土岐家に仕える者は大勢居るのですから、一斉蜂起で謀叛でも起こせば簡単です。ですが土岐家筆頭家老の安藤様は明らかに若に加担した形跡がございます」
「安藤が、兄様に加担?」
そんな雰囲気など、全く見受けなかった
「それに、こちらに出向く際夕庵様に調べていただいたのですが、この織田の中にも土岐と繋がりを持つ者が居ますね」
「土岐と?」
キョトンとする帰蝶の隣で、なつが応える
「もしかして、林殿?」
「林?三左の奥方の恵那の?」
「森様の奥方様も、林なのですか?」
帰蝶となつの質問が交差し、益々ややこしくなるが、それでも可成は頭の周りが優れているのか、きちんと受け答えに応じられた
「はい、林新右衛門通安です」
「そう言えば、吉法師様に反発して勘十郎様と手を組んだ林殿の父上様も、林八郎左衛門通安」
「ややこしい・・・」
嫌そうに呟くなつに、帰蝶も可成も苦笑いする
「右と左の違いだけですか。確かにややこしい」
「こちらの左殿は既にお亡くなりになられてますが、確か元は土岐家の家臣。奥方様の林性とは?」
「先祖が同じと言うのも聞いておりませんし、まぁ、私も妻も、そもそもは清和源氏と言うだけですので、殆ど他人ですな」
「しかし、こちらの林殿は先々代様の頃の、土岐家と斎藤家の争いで尾張に流れて来ました」
「先々代とは」
「美濃守護代、斎藤妙椿様の時代のことです」
「
「その頃の織田と斎藤も、婚姻関係で結ばれております」
「え?そうなの?」
なつの言葉に、帰蝶は目を丸くした
「当時の美濃守護代当主妙椿様の養女と、岩倉織田が婚姻で結ばれております。養女ですので、斎藤の血は入っておりませんから、形式だけの関係ですが」
「そうだったの・・・」
「その頃に起きた斎藤と土岐の争いで、恐らく何人かの土岐家の家臣も尾張に流れているものかと。ところで、森様の奥方様は、恵那様と仰るのですか?」
「はい。生まれが恵那ですので」
「では、土岐の血縁者でしょうか」
「はい、そうです」
「なるほど、清和源氏の流れを汲むのも、満更嘘ではありませんね。美濃全域に土岐の血は流れておりますから」
「
なつの言葉に、帰蝶は少し難しい顔をし、それから何かを閃かせたかのように言った
「父と兄の喧騒、もしや・・・」
「奥方様?何か想い付かれたのですか?」
「これは、父が土岐に対してやったことと同じ。どうして気付かなかったのかしら・・・」
「姫様、もしやそれは、土岐頼芸様と土岐頼純様の・・・?」
可成の質問に、帰蝶は顔を顰めたまま頷いた
「内部分裂の末、土岐は争う力を失った。これは
居た堪れず、帰蝶は立ち上がった
「室町幕府が、土岐家を潰すために行なった謀略と同じ・・・ッ」
「ええッ?!」
「そっ、そんな・・・!」
「お、奥方様・・・」
帰蝶の言うことが正しければ、斎藤は確実に力を奪われる
誰がそれを目的としているのか、そこまではさすがにわからない
わからないが、このままにしておいて良いはずがなかった
「三左」
「はい」
「恵那には連絡が取れる?」
「はい、表に部下を配置しております」
「この台風の中でも、美濃に行けるかしら・・・」
「木曽川が氾濫さえ起していなければ」
「
帰蝶は座り直して可成に迫らん勢いで聞くも、その希望は直ぐに潰えた
木曽川は川幅が広い分、長良川のように滅多なことでは氾濫は起きない
だが、一度それが起きれば中々収まらないほど広いのだ
一刻を争う事態だと言うのに、動くに動けないもどかしさに、帰蝶は口唇を噛み締めた
「奥方様。この謀略が斎藤家の衰退を誘うものだとしたら、織田にも飛び火しないとも限りません。道三様の後ろ盾があるからこそ、織田は今川から守られているのです。もしも道三様を失ったら、織田は」
その先が言えない
言えば、帰蝶を苦しめる
「夫の筆頭家老である林殿が勘十郎様側に付いたと言うのも、強ち偶然ではないのかも知れませんね」
「奥方様・・・」
「私の見立てが間違いであることを祈りたいのだけど、土岐家、織田家、斎藤家、これに土田家を加えれば、一本の線で繋がる」
「どう言うことですか?土田家?御前様も関与していると言うことですか?」
「土田家は同じ可児にある明智が邪魔であるはず。表向き友好関係を持っていると言っても、土岐家の傍流である明智は名門中の名門。勢力も今は落ちたと言えど、それでも斎藤家を支えるには充分な力を保ってます。斎藤そのものを攻めたところで、明智が後ろに付いている限り、迂闊に手は出せない。なら、斎藤そのものを脆弱なものにしてしまえば?」
「斎藤と織田は、若と奥方様の婚姻で結び付いている。斎藤だけを攻撃しても、織田が援軍を出せば争いは長引き、織田も疲弊してしまう。そうなれば・・・」
「吉法師様から織田を奪うのに、然程労力は必要としない。土田は何処にも付属しない、完全に独立した豪族国人です。誰の干渉も受けない、自由な立場に居る」
「斎藤が潰れれば土岐は美濃に戻れ、可児の土田は明智から領地を奪える。そして、勘十郎様は若から織田を」
「正しく三つ巴、ですな。部外者の私がこんな大事な話に加わって、良いのでしょうか」
ぽつりと呟く可成に、帰蝶は首根っこを捕まえるかのように言い放つ
「一抜けは許さない」
「ひぃぃ~・・・!」
「いやいや、今日の茶葉は開きが悪い。新茶の季節が待ち遠しいですな」
台風の中、表座敷で優雅に茶を啜る貞勝に、守就は半ば寛ぐを諦めた
「安藤様がこちらにお越しいただいたお陰で、清洲も岩倉も大人しい」
「この嵐の中では、想うように兵も進めませんでしょう。織田の若様は、今頃どのようになさっておいでか」
「案ずるに及ばず、殿ならもう村木に着いてらっしゃるでしょう」
「まさか、この暴風雨の中、戦をしているなどと申しますまいな?」
貞勝の言葉に、守就は目を見張った
「戦をしているかどうかは、私にもわかりかねます。しかし、困難があるからと言って、簡単に投げ出すお方じゃない。不撓不屈と言う言葉が良く似合う若武者です」
「
可成が局処の雨戸の戸締りに出た後、残ったなつは帰蝶に問う
「それにしても奥方様、森殿は奥方様のお味方なんですか?元土岐家の家臣なら、当然奥方様の父上様には良い心象は持ってないと想うのですが」
なつは、言い難いことでもはっきりと言う
そこが帰蝶に気に入られている要素でもある
これで叱られても構わないと言う覚悟を持って放ったその言葉に、帰蝶も真剣な顔をして応えた
「父は三左と家臣の娘である恵那を婚姻させることで、森家を斎藤の家臣に据え置きました。お二人の仲は良好だけど、それで三左が父に好意を持ったかと聞かれれば、否」
「それでは、間者の件は失敗するのでは」
帰蝶の返事に、なつは当然驚く
「でもね、三左は夕庵が好きなの」
「え?」
「夕庵はお爺様の代から斎藤家に仕えてくれているわ。それに、土岐家から人が流れて来た時、彼らを世話したのは夕庵なの。だから三左は父の言うことは聞かなくても、夕庵の言葉だったら従う。だから、ここに来てくれたんじゃない。応じる気がなければ断る男よ、三左は」
「そうだったんですか。そうとは知らず、余計なことを・・・」
「いいえ、なつはわからないことははっきり『わからない』と聞いて来る。だから私も、包み隠さず話すことができる。尾張に来て、吉法師様以外の誰かに本音で接することができるなんて、想ってなかったわ。だって私、政略の道具ですものね」
「道具だなんて・・・」
実際、政略の道具になったことのないなつには、帰蝶の本音などわかるはずもない
織田に気に入られようと、大人しく振舞っていたあの頃と、今の帰蝶を比べれば、同一人物にも想えない
それはきっと、夫である信長以外の誰とも、積極的に接しようとしなかったのだろう
現に平手政秀が生きていた頃の帰蝶は、どこか心に壁を張っているかのようにも見えた
最近になってようやく、本音を言ってくれるようになったのも、蝉丸を使って密かに夕庵と連絡を取り合っていることも、信長は知らないことである
夫ですら知らせていないことを自分には話してくれる帰蝶を、なつは益々助けになろうと心に誓うのだった
「それにしても、吉衛門は良く動いてくれるわね」
「ええ。元々は奉行のような役職を得意とする一族の生まれだからか、計算が速くて機転も利きます」
「奉行と言えば、軍奉行のような?」
「吉衛門は戦などの力仕事は苦手ですね。まぁ、勘定奉行でしょうか。荷駄の用意とか、仕入れの全般なんかをやってました」
苦笑いしながら応えるなつに、帰蝶は嫌な笑顔を浮かべる
「ですが、城に置いては局処の主である奥方様が、家計をしっかり切り盛りしないといけないんですからね、吉衛門に押し付けようなんて考えたら、折檻ぐらいじゃ済ませませんよ?」
「ひぃぃ~・・・!」
那古野城を出て二日目、熱田で軍議を開いていたところを台風に襲われ、それでも信長は構わず野陣を張り、叔父や弟のみならず、家臣らをも呆れさせた
「雨に紛れて、俺達の姿は隠せる。こんな大雨に、まさか陣を張るとは誰も想わんだろ」
「私も考え付きませんよ」
秀隆の突っ込みに、信長は大笑いする
「さて、金吾殿にでも逢って来るか」
台風が去った翌日、まだ雨の影響を受ける石ヶ瀬川を船で渡るのは危険と、この日の攻撃は断念した
しかし、援軍は来ないものと諦め掛けていた水野藤四郎信元金吾を引き止められたのは幸いした
緒川で一度軍勢を整えるついでに、今川に寝返った重原城の山岡河内守信秋を懲らしめて、二度と敵に内通しないことを誓わせ、共に緒川へ出向く
「申し訳ございません・・・」
深々と頭を下げる山岡に、信元も苦笑いで許した
「もしも今川が最初にこちらを攻めていたら、私もお前と同じことをやっただろう。今回は織田殿が援軍に出向いてくれると約束してくださったので、こちらも団結して今川に抵抗することができた」
「金吾にまで転ばれると、こっちが困るんだがな」
重原城の山岡は、この水野の家臣である
その家臣の失態を許せるとは、懐の深い男だと内心信元のことを感心し、それから、今川への宣戦布告ともなるこの戦を、必ず落としたいと改めて願う
家で自分の帰りを待ってくれている妻のためにも
翌一月二十四日、早朝、信長は村木砦攻撃を始めた
一方の那古野城でも、帰蝶の戦が始まっていた
可成をこちらに引き取りたいと願い出るも、守就がそれを許さない
「森殿は、殿からお預かりしている大事な家臣です。私の一存でどうにかできるものではありません」
「しかし、吉法師様は先代様から受け継ぐべき兵の殆どを、弟勘十郎様やご生母様に取り上げられ、心許ない状態なのです。三左の腕は私も充分存じておりますし、心強いのですが」
取り敢えず、安藤の出方を見るために、正攻法でぶつかってみる
しかし敵もさることながら、主君の娘であろうが首を縦には振ってくれない
そうでなければ、父の派遣としての役目は果たせないだろう
断られるのを承知で当ってみたのは、こちらが単に兵不足であることを主張してみせるためと、安藤が間違いなく兄寄りの人間なのかを確かめるためであった
「もしも父様が良いと仰れば、三左をもらっても構いませんか?」
「殿がお許しになられても、若が許しませんでしょう。若も今では斎藤の軍隊を動かせるだけのお方。殿だけが全ての采配を触れるわけではないのですから」
父から少ずつ権力を奪っている最中か、と、安藤の返事の中に答えを見出す
「では、兄様が良いと仰ったら、三左をもらっても構いませんね?」
「それならば、どうぞ。最も、若が良いとお許しになるはずがありませんが」
「どうしてわかるの?」
「斎藤も、無敵ではないのですよ?争いの中から織田家が抜けただけで、相変わらず土岐の残党、今川の脅威、近江の浅井も俄かに動き出す気配あり」
「義姉様がお嫁に入っているのに?」
「姫様、浅井もそう言った家系であることは、ご存知のはず。元々土豪の集団だったのが台頭して、大名にまで成り上がったのですから」
それは暗に『成り上がった』父や祖父のことも含めて言っているのだろうか
安藤の平然とした顔の中からは、それを伺うことはできない
「例え世間が不仲と噂しても、殿も若も斎藤を守り、そしてこれからも繁栄していきたいと願う気持ちは同じです。どうか荒波を立てないよう、お願いします」
だからと言って引き下がれば、夕庵からの情報を受け取れない
確かに蝉丸にだけ任せておいては、暇がどれだけあっても足りないのだから
夕庵とて、斎藤の一家臣でしかない身分では、父の手駒を自由にすることもできない
精々、可成の妻である林家と約定を交わす程度のことだろう
「でも・・・」
これ以上強硬な姿勢で居続ければ、頭の良い守就に気付かれるかも知れないと、不安も感じる
ただでさえずっと表座敷に閉じ込めているのだから、そろそろおかしいと勘繰っても不思議ではない頃だった
「三左は戦が上手だから、欲しかったのだけど・・・」
と、子供のようなことを言ってみる
「戦上手なら、尚更斎藤も手放せませんよ」
そう苦笑いする守就に、帰蝶は子供そのままにぶーと顔を膨らませて拗ねた
高を括ったかどうかまではわからないが、内心帰蝶の単純さに油断したことは間違いない
「それよりも、姫様」
「何ですか?」
「私もここに到着して四日。ずっと表座敷に閉じ込められているのも、中々骨が折れるのですが」
「あ・・・、そうね。ごめんなさい。だって、安藤は大事なお客様だから、万が一のことがあったら父様に叱られると想って」
「万が一とは、岩倉織田や清洲織田のことですか?」
「吉法師様がまだ若年だから、舐められてるのでしょうか。口惜しいことですが、不穏な空気も流れてて」
「そうでしたか。なるほど、それなら用心深くなっても仕方ありませんね。ですが私も戦に身を置く者。どこから攻められようとも充分に対処しますし、織田の若様からもそのつもりでここに残るようにと仰せ付かっております。どうか、お気遣いなく」
「そうだった。安藤殿が土岐の筆頭家老だったってこと、すっかり忘れてました」
「酷いですなぁ」
大きく笑いながらも、守就も帰蝶も、互いに腹を探り合いを休ませない
「朗らかな顔立ちをしているからでしょうか」
「朗らかですか?」
「稲葉に比べたら」
「っぷ・・・!」
守就は想わず吹き出す
「稲葉殿と比べたら、誰でも朗らかな顔立ちに見えますよ」
なんでもない話を展開させながら、帰蝶は心の中で守就を覗き込む
三左の言うとおり、やはり安藤は兄様と繋がってる
そう、確信させて
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更新のお知らせ
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ゲームブログ
千極一夜
家庭用ゲーム専用ブログです
『戦国無双3』が絶望的存在であるため、更新予定はありません
◇◇11/19 Nintendo DSソフト◇◇
『トモダチコレクション』
おのうさま(帰蝶)とノブ(信長)が 結婚しました(笑
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『トモダチコレクション』
おのうさま(帰蝶)とノブ(信長)が 結婚しました(笑
祝:お濃さま出演 But模擬専… (戦国無双3)
おのれコーエーめ
よくもお濃様を邪険にしおってからに・・・(涙
(画像元:コーエー公式サイト)
オンラインゲームにてお濃様発見
転生絵巻伝 三国ヒーローズ公式サイト:GAMESPACE24
『武将紹介』→『ゲーム紹介』→『Exキャラクター紹介』→『赤壁VS桶狭間』にてお濃様閲覧可
キャラクター紹介文
「 絶世の美貌を持つ信長の妻。頭が良く機転が利き、信長の覇業を深く支えた。
また、信長を愛し通した一途な妻でもあった。」
(画像元:GAMESPACE24公式サイト)
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濃姫好きとしては、飲めなくても見逃せない
岐阜の地酒 日本泉公式サイト

(二本セットの画像)
夫婦セット 吟醸ブレンド(信長・濃姫)
本醸造 濃姫
カップ酒 濃姫®=爽やかな麹の薫り高い、カップとは想えない出来上がりのお酒です
吟醸ブレンド 濃姫® ブルーボトル=自然の香りのお酒です。ほんの少し喉を潤す程度でも香りが深く体を突き抜けます
本醸造 濃姫®=容量的に大雑把な感じに想えて、麹の独特の香りを抑えたあっさりとした風味です
今現在、この3種類を試しておりますが、どれも麹臭い雰囲気が全くしません
飲料するもよし、お料理に使うもよし
お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
奇跡のお酒です
何よりボトルがどれも美しい
清洲桜醸造株式会社公式サイト


濃姫の里 隠し吟醸
フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます
清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
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今現在、この3種類を試しておりますが、どれも麹臭い雰囲気が全くしません
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フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
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麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
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