忍者ブログ
濃姫擁護しか頭にないHaruhiが運営しております / Haruhiの脳内のおよそ98%は濃姫でできております / 生駒派はReturn to the back.



[69] [70] [71] [72] [73] [74] [75] [76] [77] [78] [79
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

墨俣砦は長良川を越えた向こう側にある
船を用意していない帰蝶には、川からの攻撃は無理であった
こんな時、義叔父の信光が生きていたなら、軍艦を出してくれたのだろう
だが、そんな『もしも』に縋るような弱い心意気では、この戦いは勝てないと想った
迂回して美濃路大橋を渡るか、見付かるのを覚悟で長良大橋を渡るか、決断を迫られる
「殿。如何なさいますか」
と、可成が部隊から離れ帰蝶の指示を仰ぐ
「このまま北上なさいますか?」
                
青い顔をして、可成を見る
          その先は、信長が撃たれた場所だった
「・・・・・・・・・・行きたくない」
小さな声で呟く
その、心の弱さを可成は聞いてしまった
「では、迂回して美濃路大橋を渡りますか」
「それしか・・・」
「道はございません」
                

昼が過ぎ、息抜きにと信良と共に表に出る
信良の側には可近が付き従った

「屋敷部分を以前の二倍に伸ばしました。充分な兵力を収納できるように。それから、堀の強化も行ないました」
「切り岸が」
「はい。以前は切り岸はなかったのですが、今回の改築で新たに加えました。これだと、犬山との争いでも充分役に立ちます」
「ですが、それでもまだ不十分な部分が」
「何でしょう」
『信長』が帰蝶であることを知らないのは、この場では可近だけなので、信良はそっと耳打ちした
「姉上が使われるには、少し殺風景です。もう少し居住区の充実を計っては如何でしょう」
「居住区の、充実」
「例えば、湯殿とか」
今度は可近にも聞こえるように、長秀から離れて話す
「それは、山の中にある砦には贅沢なものですね」
「だったら、寺のような水の余り要らない湯殿にするとか。ここには湯殿がありません。それでは殿がお可哀想です」
「はあ・・・」
急に頼もしくなったと想えば、急に帰蝶を女扱いし始める
信良の心境の変化に戸惑う
『義姉』のために湯殿を作れと言うのは気配りが良くできている証拠だろうが、それを実際に行なって叱られるか、逆に誉められるか、長秀には想像できない怖いものだった
「でしたら、居住区の増築は、若様がなさいますか?」
「え?!私がやって構わないのですか?」
「勿論、私が補佐しますよ」
「えええ・・・」
曖昧な返事とは裏腹に、初めての仕事が大きなものになりそうで、信良は期待に頬を赤くさせた

一歩一歩、松風の足が進む
一歩一歩、信長が撃たれた場所から遠ざかる
胸が張り裂けそうな想い
見たくて、行きたくない場所
夫が死を覚悟した場所
行きたくて、見たくない場所から遠ざかる
夫を奪った全ての者が許せない、そんな想いが新たに湧き上がった
墨俣砦に近付き、だが、そこへ向うにはどうしても夫が進軍した場所に入らなくてはならなかった
それを嫌い、帰蝶は再び南下して美濃路大橋を目指す
この手間が織田の進軍を斎藤に気付かせてしまった

ドカドカドカと、稲葉山城の表座敷に続く廊下を、一鉄は激しく足踏みしながら渡る
その先に待っているのは『我が同朋』らと、美濃国主に就任したばかりの幼い少年
          ご無礼」
一鉄は座ってから、一礼した
「尾張国清洲の織田が、動きました」
この報告に、表座敷に集まった一同が動揺する
「再び大垣城を目指して北上中」
「こんな時に・・・ッ」
義龍が死んで、まだ三日しか経っていない
帰蝶が小牧山に向けて兵を揃え、後顧の憂いを取り払うため美濃の多治見に入り、そして、再び美濃に進軍している間、斎藤は義龍の告別以外、何もできない状態だった
周辺地域に義龍の死と、嫡男喜太郎を元服させ、『龍興』と名を改めたことを知らせる書簡を走らせるのに精一杯だった
「大垣に長井家が集結。斎藤にも出張るよう、指示が出ております」
勿論、義龍亡き後も美濃はまだまだ強大な国であり、軍事国でもあった
迎え撃つには充分な配備もできる
だが
それを指揮するのは、凡庸としか言いようのない、この少年だった
龍興は、ぽかんとした顔を利三に向けた
「殿、ご采配を」
「ええと・・・」
利三に促され言葉を発しようとするが、なんのことやらよくわかっていないのだから、指示を出せるはずもなかった
          大垣に千五百、前年、織田が狙っていた墨俣に千五百を、用意してくださいませ」
一人冷静で居る夕庵が、そっと助言する
「じゃあ、それで」
「承知」
「稲葉殿」
言葉も覚束ない龍興に代わって、夕庵が指図する
「恐らく今回、織田は大垣にまでは足を伸ばす余裕はないでしょう」
「確かですか?」
「と、しても、戦は起きません。ええ、少なくとも、斎藤との間では。ですので、織田を墨俣に釘付けてくださいませ。そうですね、墨俣は、清四郎殿に配備してもらいましょう」
名を呼ばれ、目を見開いて利三は顔を向けた
「稲葉殿は稲葉山城にて、お若き殿の補佐に。今回、織田がどのような作戦を講じて攻めて来るのかわからぬ以上、一軍を城から出すのは斎藤の名折れ。お屋形様が亡くなられて直ぐの戦、負けるわけにはいかないのです」
「ですか」
あっさりと引込む一鉄と違い、利三はずっと夕庵を凝視していた
「姫様を相手にするのであれば、お清殿が適任」
「夕庵様・・・」
「いいですか」
姫様を傷付けず、大人しく尾張に帰ってもらうのです
夕庵の目は、そう語っていた
          承知」

万が一、斎藤が木曽大橋を渡って直接清洲を攻めた場合を想定して、帰蝶は一宮に信盛の部隊七百余りを残した
羽島で別れ、加納砦に向った弥三郎の部隊が五百弱
市橋城に向った恒興の部隊が三百、後詰の小牧山に六百
今回、四千の兵力を用意した帰蝶は、残り二千にも満たない数で戦わなくてはならなかった
寡兵は馴れたもの
だが、兄亡き後の斎藤の出方がわからない
誰が指揮しているのか
夕庵が相手なら、先ず、勝てない
そんな確信だけは持っていた
斎藤も、どこまでの兵力を投入するかも予想できなかった
『お清』は間違いなく出て来るだろう
しかし、何処に出るかまでは、これもわからない
自分の率いる本隊に向って来るか、それとも、大垣か
恒興を先発させた大垣方面に行かれては、近江の侵入を許してしまうことにならないかと、気懸かりだった
南下して、美濃路大橋を目指す
同時に、稲葉山城から斎藤が出撃したことを、帰蝶は知らなかった

「少し、休みましょう」
兵助の助言により、美濃路大橋を越えた先の寺で場所を提供してもらう
「昼餉にしましょうか」
今度は秀隆が声を掛けて来た
                
首に、鈍い痛みが生まれる
兜の重さに耐えられなくなっていた
「休んでください」
眉を顰めていた帰蝶の、兜の緒を緩め、脱がせてやった
ふと軽くなる肩に、帰蝶は想わず首を回し
「いたたたたた・・・」
小さく唸った
「は・・・。相当、きつかったようですね」
軽く鼻で笑い、兜を帰蝶の横に置く
「そんなことはない。平気だ」
「ご無理、なさらないでください。これからが正念場。この先、何が待ち受けているかわからないのですよ」
「わかってる・・・」
兵助が白湯を持ってやって来た
そっと、それを帰蝶に手渡す
「お疲れのようですね」
「そんなことはない」
秀隆に返事したのと同じ言葉を返す
「無理もありません。新九郎様が亡くなられて直ぐ、小牧山から丹羽殿を呼び寄せ、戦の支度、美濃の多治見に出向いて同盟成立、そして、休む間もなく美濃出兵。殿。その細い躰のどこに、それだけの気力があるのでしょうか。それとも、もう、とっくに尽きておられるのではありませんか?」
「そんなことはないと言ってるだろ?」
                
兵助は、黙って帰蝶の垂れ下がった前髪を、後ろに流してやった
「視界を遮る障害があることにすら、気付いておられない。殿らしく、ありませんよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「今回の遠征、やはり殿には無理だったのか」
帰蝶から離れ、秀隆と兵助で向かい合う
「無理とは申せませんが、少しの休息は必要だったかも知れませんね」
「殿は、何を焦っておられるのだろう。金森家とも上手く行ったと言うのに、まるで先を急いでおられるようだ」
「殿は」
少し想い出し笑いをし、それから兵助は話した
「昔から、そう言った方です。ゆっくり立ち止まるのが、苦手なのですよ」
「猪子殿は、殿のお父上様の小姓をやっておられたのでしたな」
自分よりも若干若い兵助に、秀隆は柔らかい物腰で聞いた
「はい」
「その頃の殿は、どのような方でしたか?」
「そうですね。          大殿が変わり者でしたので、私はそれが普通だと想っておりました」
「例えば?」
「まだお小さい殿を、軍議に連れて来たり」
「へええ・・・」
信長が生きていた頃と何も変わらないので、寧ろ驚くほどのことでもなかった
「土岐と争っていた頃のことです。軍議の席で、殿は家臣の集まる場で『男はだらしない』と仰ったことがありました」
「え?」
兵助の告白に、秀隆はこれはさすがに目を剥いた
「中々進展しない戦の状況に、痺れを切らせたのでしょうな。自分ならああする、こうすると絵空事ばかりを並べて、男達を呆れさせ、連歌ではありませんが、挙句の果てには武井様に連れ出され、長良川に放り込まれたこともありました」
「ああ・・・、それなんか、誰かから聞いたことがあるような気がするな・・・」
「殿はいつでも、一途なのです。それが間違っているか、正しいか、実際に行動されてから考えられる方でした。見ていて冷や冷やしましたけどね、ですが私にはそれが、清々しく感じたことも一度や二度ではありません。長良川合戦で新五郎様をお連れして、命からがら逃げ延び、先代様を頼って清洲に依らせていただいた際、その先代様が亡くなられていたと聞かされた時は、絶望しました。ですが、先代様に代わって殿が指揮を執っていると伺った時、絶望は希望に変わりました」
「絶望が、希望に」
兵助の言葉を、自身に言って聞かすように、秀隆は繰り返した
「この戦、前年のように敗退するか、それとも勝ち進むか、稲葉山城まで到達できるかどうか、私にはわかりません。ですが、殿がいらっしゃる限り、負け戦は決して負けたままでは終わらない。そんな気がいたします」
          そう、ですか」
相手は、帰蝶が幼い頃から知っている兵助
自分では太刀打ちできないのかも知れないと、秀隆は少しの淋しさを味わった
育つ過程を見た者と、見ていない者の差だと感じた
負けても、諦めることはないと言われたのも同然なのだから
帰蝶自身が言ってくれたならば、それは心強さに変わっただろう
帰蝶をよく知る者と、嫁いで来てからの付き合いの短さは、何をしても補われないのだと想い知らされる
ふと、遠山景任を想い出した
全くの別人であるのに、景任が信長に見えた
帰蝶を包み込む『信長』に見えた
同時に、自分はいつになれば近付けるのだろうかと、落胆した

「できる限り派手に動いてやれ。派手に動けば動くほど、斎藤は我々に目を向ける。その間に弥三郎が加納を落せばよし、もしも加納にも斎藤が張っていたなら、即座に一宮の右衛門を向わせる」
昼餉の湯漬けを片手に、帰蝶は作戦の全貌を改めて確認させる
「大垣に向った勝三郎の兵の数は極僅かだが、美濃の領地を守るためなら市橋を主に、それまで織田に迎合の意思を表明していない他の国人らも、この時だけは協力するかも知れない」
「だから、敢えて少数で行かせたのですね」
「当たり前だ。いくら知恵者の勝三郎と佐治でも、どれだけの数に膨れるかわからない斎藤と互角に戦えるはずがない。大垣は斎藤の譜代が続いてる。そして、現在は父上の血縁者が入ってる」
「長井家、ですね」
碗を一度膝の上に降ろし、秀隆が訊ねた
「叔父上          。父上の義理の弟だが、中々の曲者だ。長良川合戦も、その叔父上が引き起こしたようなもの。私にとっては、最大の仇だな」
「その方が、長良川合戦を・・・」
勝家がぽつりと呟いた
「兄を唆し、兄弟を殺させ、父上を引退に追い込んだ男だ。一筋縄では行かないだろう。それに、墨俣近くにも長井の家の者が居る。長井、甲斐守衛安(もりやす)」
「長井甲斐守衛安」
「斎藤六人衆に数えられている。日根野、竹腰、安藤、氏家、日比野、そして長井。長井甲斐守は墨俣近くの結村城城主だ。墨俣を攻める際には、当然出て来るだろうな」
「前回は、確か」
「ああ、織田の様子見で城からは出て来なかった。だが、私達が墨俣を目的としていると知ったら、間違いなく出て来る」
「手強い相手になりそうですね」
「だからこそ、遣り甲斐があるのだろう?」
そう言って、笑ってみせる帰蝶に頼もしさを感じる
これからの戦が『勝ち』に向かっているものだと、誰もが想い込む
それでも、秀隆、兵助の二人は心の中で「食べてください」と祈っていた
手に湯漬けの盛られた碗は持っていても、箸は少しも進んでいない
「腹ごしらえが終わったら、出発しよう。暮れてしまうと、こちらも本拠地ではない分、分が悪くなる」
「はっ!」
長く放ったらかしにしていたからか、碗の中の湯漬けは表面に重湯が浮かんでいた
それを一口啜っただけで、帰蝶は碗を置いてしまった
「殿?」
「先に居る三左のところへ」
そう言って立ち上がる帰蝶を、どうしてか、止めることができなかった
早く片を付けたい
そんな雰囲気が溢れていたからだ

「おえい、お代わり」
夫の留守を預かる市は、空にした碗を侍女のえいに差し出した
「この頃、食が進みますね」
「うん、なんだかお米が美味しいの」
「それはようございました」
四十を越える年齢だが、動きは機敏で中々使える女でもある
まだ幼さを残す市とも話が合う
「お米が甘く感じるって言うか、今までそんなの想ったこともないのにどうしたのかしらね」
「それはきっと、お米の美味しさがわかる時期になったのですよ」
「そっかぁ」
米をよそってもらい、嬉しそうに頬を綻ばせながらえいから碗を受け取り、箸で抓む
「佐治も今頃、お昼食べてるかなぁ」
「戦ですからね、旦那様にはしっかり食べて、働いていただかないと」
「そうね」
それから、ぱくっと箸を咥える
「うん、美味しい」
「ようございました」
えいはにこにことしながら、市を見守っていた
そして食べ終え、茶を啜ってそれを膳に戻す
両手を合わせ、食べ物に対する感謝の言葉
「ご馳走様でした」
と、口にした直後
「ゲロッ!」
市は上半身をびしっと立てたまま、膝の上に嘔吐した
「おっ、奥様・・・ッ!」
えいは、市が突然吐いたことよりも、嘔吐の掛け声が「ゲロッ!」と風変わりなものの方に驚き、嘔吐に関しては優先順位が極めて低かった
そして、ある程度吐き終わった後の市の言葉に絶句する
「ああ、お米が勿体無い・・・」
                

昼餉を済ませ寺を出て、長良川沿いに兵を北に進める
予定よりも遅い行動だった
自分が詰まらぬことに拘りさえしなければ
そう、後悔する
長良大橋を渡れば、墨俣砦は目と鼻の先だった
そうしなかったのは、自分の判断力が落ちたとしか言いようがない
羽島を抜け、海津に入り北上する
そのまま墨俣砦に入り、一戦交えて奪還
ただそれだけのことなのに

                

海津の勝村を抜けた先で、帰蝶は待ち構える斎藤軍の姿を目視した
「殿」
先頭を往っていた可成が慌てて戻って来る
「申し訳ございません」
自分が美濃路大橋越えを進言したために、斎藤に戦の準備をさせる余裕を与えてしまったと、己を詰る
          構わん。何れ刃交える時は来ていた」
自分でも、不思議だと想った
斎藤の旗印を見ただけで、さっきまでの落ち込んだ感情が薄れて行く
「早いか、遅いかだけのこと」
「殿」
「墨俣の前哨だ。肩慣らしには丁度良い」
「では」
「織田軍、このまま墨俣砦を目指せッ!邪魔する者は、道端の小石とて排除するッ!」
誰に習ったわけでもなく、帰蝶は自らの意思で開戦の烽火を上げた
「せめて、勝三郎が先行した後で良かった」
「殿」
側に秀隆が馬を乗り付ける
「大垣には決して顔を向けるな。斎藤には勘の良い者が大勢居る。我らの作戦が読まれる可能性が出るからな」
「承知。殿は」
「ここで指揮する。まだ、出るわけにはいかない」
「では、森殿と権さんに陣頭指揮を譲って構いませんか」
「構わん。だが、『第二陣』が到着するまで、後退は許さんと伝えろ」
「御意ッ」
帰蝶の伝令を受け、秀隆率いる黒母衣衆が走る
その直後、帰蝶は斎藤の最後尾に着ける『撫子』の軍旗を確認した
          お清」
やはり、こちらに向かったか
利三が大垣に向わなかったのは、自分にとって幸運だと感じた
『お清』を相手に、勝てる男など
          居ないのだから
松風の手綱を持つ手に力が入る
正面を見据え、散る黒母衣衆の背中を見送った

帰蝶を本陣とし、斎藤と向き合う
先頭に立つのは長井家
利三の居る斎藤は、後衛に着いていた
勝家・可成の率いる先行部隊と、長井衛安の率いる長井・斎藤軍が激突する
帰蝶は後衛の安全な場所から戦局を眺めていた
「やはり、長井が出て来たか」
「どうあっても、墨俣には近付けさせない腹積もりのようですね」
帰蝶の呟きに兵助が応えた
「それならそれで、こちらも対策を講じれる。背後から大垣方面の勝三郎に襲わせると言うのは、どうだ?ヤツらは勝三郎の存在に気付いていない」
「ですが、殿。向うには、          『お清』殿が着いております」
                
余裕から微笑んでいた帰蝶の口唇が、一瞬引き攣る
「勝三郎殿の三百では、到底相手になりません」
「兵助」
止めようとする帰蝶に、兵助は強い口調で言い切った
「お清殿を向うに回すのであれば、正規軍を一万、用意してくださいませ」
「兵助ッ!」
堪らず怒鳴る帰蝶を目にし、兵助は我に返る
          差し出口を」
                

それは、憎いのか、悔しいのか、悲しいのか、切ないのか、それとも、自分の気持ちすら理解できない自分が不甲斐ないのか
帰蝶は松風の手綱をぎゅっと握り、真っ直ぐ先にある『撫子』の軍旗を睨み付けた
「どうすれば、お清を退かせられる」
「殿」
「陽動作戦?お清に通じるか」
                
ここには、帰蝶以外の誰も居ない
兵助は、そう、察した
「だが、後続部隊が到着しない限り、回せる余分な兵はない。お清には、届かない」
母衣衆に、それが務まるか
いや、お清に潰されるのが関の山だ
なら                

さっきまで余裕で居た自分は、どこに行ってしまったのだろう
兵助が口にした現実に、帰蝶はこの戦は必ず勝てるものなのかどうか、確信が持てなくなってしまった
後は転がるように、不安の淵に引き摺り込まれる

「殿ッ!」
突然松風を走らせる帰蝶に、側に居た兵助は腰を抜かすほど驚いた
『本陣』が勝手に動くなど、戦の場では有り得ない
『本陣』からの指揮があり、それを伝えて戦は成り立つ
指揮する者が居なくなるのは、戦を放棄したことと同じである
兵助は慌てて帰蝶の後を追った

          殿ッ!」
最前線に出て来た帰蝶に、勝家は目を剥き出しにするほど驚く
「お戻りください、殿!このようなところまで出て来られて、無事では済みませんぞ!」
「わかってる、権。そんなことよりも、長井の後ろを守る斎藤が邪魔だ」
「邪魔だと申されましても、その長井が邪魔で追い返すなどできません。あちらの兵力は、軽く見積もっても三千は越えます。増してや、長井の背中の斎藤も、いかほどの数かここからでは見当も付きません」
「なら、その斎藤は私に任せろ。お前は長井を、三左には斎藤からの援軍を潰せと伝えろ」
「森殿に?」
「三左は元々、斎藤の家臣だ。顔の知ってる者も居るだろう」
「それを、森殿に?」
顔見知りが居れば、腕が鈍るのは当然のことだ
増してや可成は、斎藤を恨んで織田に来たわけではない
できる筈がないと勝家の顔は断言していた
「伝えろ。三左に、斎藤の壊滅を。私は最後尾の撫子を散らす。暇(いとま)稼ぎには、なるだろう?」
「殿・・・ッ!」
松風を走らせる帰蝶に、勝家は手を伸ばして止めようとした
「お止めください、殿!無茶をなさいますなッ!」

稲生でも、帰蝶は自分の脇を掠めて、後方に居る秀貞の部隊に切り込んだ
帰蝶ならできるのだろう
それを、帰蝶なら成し遂げられるだろう
だが、それだけでは片が付けられない問題もある
          犬千代ッ!」
勝家の、腹からの叫び声は、遠くに居た利家にも届いた
「無茶をする揚羽蝶を、呼び戻せッ!」
「権の叔父貴・・・」
「蝶が居なくては、織田に春はやって来ないッ!早く連れ戻せッ!」
                 ッ」

勝家の部隊を摺り抜け、長井を片目に見やり、隙間を縫うように後ろへ、後ろへと松風を進める
途中、帰蝶に襲い掛かる兵も当然居た
だが、それらを悉く躱し、帰蝶は真っ直ぐ、あの時と同じ、『お清』に向って真っ直ぐ走った
これほど至近距離に出るまで気付かなかったと言うことは、斎藤は墨俣砦から出て来たと断言しても間違いではない
ならば、あの砦にはまだ兵力が残っている筈だ
合流だけは、絶対に避けねばならない
もしもこの戦で砦を取れなければ、佐治の、今までの努力が全て無駄になる
やはり織田はと軽く見られ、折角こちらに付いてくれた大垣周辺の豪族や国人も、そっぽを向く
どうしても、斎藤と迎合させるわけにはいかなかった
それの最大の邪魔者は、『お清』であった
「お清を潰せば。・・・いいや、潰せずとも、せめて退(ひ)かせることができれば、勝機はこちらにある」
無茶は承知だ
承知で動かねばならない時もある
『撫子』の旗の下、利三はその指揮官に当る
昨年のように前線に出ることはないだろう
なら、昨年よりは、幾分かは楽になる
『お清』との直接対決を狙っているわけではない
後ろにほんの少し下がってもらえば良いだけのことだ
そう想えば、気も楽になると言うものだった
「殿ッ!」
帰蝶の直属部隊である兵助が、部隊を引き連れて帰蝶を追う
「兵助!お前は後方に下がり、指揮を執れッ!」
「無茶を仰いますな!指揮官は、あなた様です!」
「だったら、お前が総大将だ!精々守られておけ!」
「殿ッ!」
松風が加速する
追い付ける馬など、何処にも居ない
帰蝶の背中がどんどんと離れて行くのを、兵助は止められなかった
「殿・・・ッ!」
懸命に追い縋るも、それでも引き離される兵助の脇を、一頭の馬が駆け抜けた
「あれ・・・は・・・?」
松風の尻によく似た形の馬である
「松風の、子・・・?」
記憶にある『乙風』は松風の娘で、一益の甥である慶次郎にくれてやった
しかし、その慶次郎が叔父を追って伊勢に出向いている最中、それは他の子なのだろう
松風も何頭かの子供は作っている
その中で父親に良く似た馬は、生憎『乙風』以外存在しない
自分の錯覚かと、帰蝶を追いながら考えた

騎乗のまま戦える器用な人間など、自分の考え得る中では可成だけであった
帰蝶自身、馬に乗ったまま戦うなど無理なことは承知している
松風の手綱を放す
松風は帰蝶の邪魔にならぬよう、首を右に向ける
その反動で、帰蝶は無事、左に着地できた
一番上に差していた長谷部を鞘抜きし、孤立無援の状態で敵方に斬り込む
突如として現れた武将に、多少は動揺する
それが功を奏したか、相手方に一瞬の隙ができた
帰蝶はその隙を突き、馴れ始めた刀の柄を握り直しながら走る
胴を薙ぎ、瞬く間に鮮血が噴き出すその光景に、明らかに向こう側から戦意が喪失されるのが手に取るようにわかった
「おおおおお          ッ!」
雄叫びを上げながら、群を成す敵陣に斬り掛かる
帰蝶の迫力に押され、僅かずつでも斎藤方、撫子の軍旗を背負う兵達が後退った
これを好機と見たか
帰蝶は一気に乗り出した
だが、帰蝶は松風から降りてしまったが故に、その先の光景を目にすることができなかった
          利三が、前線に出た
「相手はたった一騎!恐れるな!前に出ろッ!」
押せると想っていた斎藤が、寧ろ前に出て来る
          え・・・?」
押していた自分が、逆に押され、後退を余儀なくされた
たった一人で前に出て、恒興の言ったとおり『撒き餌』になってしまった自分を後悔しても始まらない
津波のように襲い掛かる斎藤軍を相手に、帰蝶は果敢にも斬り返す
一人、二人、確実に仕留めなくては切がない
増してや、自分は女
体力は男の比にもならない
その上
                
ズキン、と、首筋に鈍い痛みが走る
「無理もないか・・・。小牧山からここまで、休息の時以外は被っているのだものな」
だからと言って、痛む首を擦るために、片手を離すことなどできない
数人の兵士が塊で斬り掛かり、それを避けるか躱すか斬り返すしか、手段はなかった
斬り倒した敵兵の鮮血が、宙で花開く
頭から被り、瞬く間に帰蝶は全身が血塗れになった
鉄の錆臭い匂いが漂う
目の前が血霞でぼやける
鼻の先に鋼鉄の冷たい気配がして、帰蝶は咄嗟に顔を背け右側に逃げた
だが、その反動が大きく、被っていた兜の緒が緩み、兜そのものが帰蝶の視界を遮ってしまった
                 ッ!」
地面に倒れた帰蝶の頭の先に、敵の槍が突き刺さる
「奥方様ぁぁぁーッ!」
遠くで、利家の声が聞こえたような気がした
「あの莫迦・・・。何度も注意してるのに・・・」
たった一人、勇敢にも乗り込んだその武将を仕留めようと、数十人の兵士が取り囲むその中を、利家も倣ってたった一人で乗り込んだ
擦違い様帰蝶の腕を掴み、離れ際立ち上がらせる
「『殿』と呼べと、何度も言ってるのがわからないのか?!」
「そんな場合と違う!」
利家は帰蝶の腕を掴んだまま、帰蝶の背中を自分の背中に重ね合わせた
二人の間で、帰蝶の腰の種子島式がかちりと鳴る
「何で出た!」
主従を考えず、利家はそう叫んだ
「奥方様。何で一人で突っ込んだんですか!ちゃんと作戦、立てたんじゃなかったんですか」
「犬千代・・・」
怒鳴られ、珍しく帰蝶が萎縮する
「なんでまた、無茶なんかするんですか。『桶狭間山』なんて、二度はないんですよ?!」
「犬         
帰蝶に斬り掛かろうとした敵兵を、利家はその細い腕を掴んで反転させ、自分の手で突き刺した
「仇が、居るんでしょ。あの軍旗。殿を撃ったヤツが、そこに居るんでしょ。あの時と一緒だ。だから、頭に血が昇った。違いますか」
                
その通りなのか、違うのか、帰蝶自身わからず応えられない
「出て来るかも知れないって、奥方様なら予想してた筈だ。斎藤の精鋭ですもんね、出て来ない筈がない。でもね、奥方様。『届かないかも知れない』から『一人で突っ込む』なんて、もう、やんないでくださいよッ!」
          ごめ・・・」
「無茶も無茶無茶、大無茶だ!莫迦野郎!」
素直に謝ろうとしたのにそう怒鳴られ、カチンと来る
「そんなの、今に始まったことじゃないだろう?!」
背中を合わせたまま、帰蝶は怒鳴り返す
斎藤の兵士が躍り出る
利家は自慢の大きな槍を突き出し、二~三を一度に田楽刺しにした
突き刺さった敵兵を振り払いながら、背中の帰蝶に怒鳴る
「なんで奥方様は、ここ一番って時に限って、こう無茶ばっかりするんですか!これじゃぁ殿だって、おちおち休んでられませんよッ!」
「煩い!吉法師様のことは口にするな!手元が狂うッ!」
帰蝶も自分達に迫る兵を斬り倒す
「無茶しないでよ、奥方様」
「犬千代・・・」
兜が邪魔で、帰蝶はとうとう、その兜を脱ぎ捨ててしまった
ここはまだ三下の雑兵が主なのだろう
自分を知る者の居ない場所だとしても、そんな場所で追い込まれてしまった自分が、尚更情けなく感じる
対峙する敵兵らをじっと睨みながら、利家は言った
「ガキの頃からね、俺はずっと、殿と奥方様を見て来た」
「犬千代・・・?」
「二人の波長が合うのは、何でだろうって考えながら」
                
「殿が亡くなられて、それから、俺、やっとわかったんです」
「え?」
「二人で、一つの物だって」
「二人で・・・一つの・・・」
隙を見たか、斎藤の兵士が数人掛りで攻め込む
利家はそれを突き刺し、帰蝶は薙ぎ払う
「それは、俺達武士には必要なもので、どっちか一つが欠けちゃ意味のない物だって、俺は想った。奥方様、わかります?」
                
利家の問い掛けに、答えがわからぬ帰蝶は応えなかった
「奥方様は『刀』で、殿はそれを収める『鞘』なんだって」
「刀・・・。吉法師様が、鞘・・・?」
「普通の夫婦はその逆なんですけどね。でも、殿と奥方様は、普通の夫婦じゃなかったもん」
                
そうかも知れないと、帰蝶は反論せず黙り込んだ
「『鞘』だけあっても、しょーがねえ。戦、できないもんね。『刀』は剥き出しになってたら、怖くて近寄れねえ。奥方様は、殿ってゆう『鞘』に包まれてたから、間違えなかったんだ。だけど、『鞘』がなくなった奥方様は、奥方様じゃねえ」
利家の声が、徐々に涙ぐんで来た
「今の奥方様は、剥き出しの刀そのものだ。怖くて近寄れねえ」
「犬千・・・」
「だけど、俺達武士は、それがなきゃ戦えねえ」
一斉に押し寄せる敵兵に、二人は一旦背中を離し、其々刃を交え、戦う
何人かを倒し、再び背中を合わせた
「奥方様。『元の鞘に戻る』、なんて、もう、できないだろうけどさ、だったらせめて、ご自分の『刀』の扱い方を学んでくださいッ!」
                
きっと、恐らく、利家は今、顔中涙でぐしょ濡れだろう
そう想い浮かべながら、帰蝶は変わらず襲い掛かる敵兵を斬り倒した
「俺達の、誇れる、唯一無二の武器になってくださいよ、お願いしますよ、奥方様ッ!」
斎藤の兵士が、集団で一気に押し寄せる
いかな二人とて、それを押し返すことなどできなかった
「犬千代・・・ッ」
「奥方様ッ!」
利家は帰蝶を庇おうと、向けた背中を翻し、抱き締めた
「お前といい、慶次郎といい、前田の男は、説教好きばかりなのか?」
こんな時に、こんな場所で、こんな風に、誰かの『支えてくれる腕』を感じ、さっきまで昇っていた血が、一気に下がった
「え?」
利家がキョトンとするその瞬間、二人に襲い掛かった敵兵の片隅で、五~六人が一度に吹き飛ばされる光景が視界に入った
突然のことに、帰蝶、利家はおろか、斎藤の兵士ですら呆然とする
「はっはっはぁ、いいとこ見ちゃったねぇ」
聞き覚えのある声がした
確認しようと、上がった土煙の方へ目を凝らす
そこから、大槍を担いだ慶次郎の姿が見えた
          慶」
「慶次郎?!お、お前、なんでここに・・・?」
「戦場の英雄、颯爽と登場。て、とこで、いいかい?」
「慶次・・・」
呆然とする帰蝶に、慶次郎は相変わらずのにやけ顔を見せた
「一人より、二人。二人より、三人。龍之介は、そう言ったんだろう?」
「慶・・・・・・・・・」
「あいつが命懸けで守った命、こんなとこで散らせやしねーよ」
「慶次郎・・・ッ」
慶次郎は二人を守るように背中を回した
その慶次郎の背中に、利家から離れながら聞く
「間に合ったのか・・・?」
「ん~、俺だけだねぇ。俺りぁ乙風に乗ってたからな、叔父貴はまだ後方だよ」
「よし・・・」
勝機が見えた
「殿ッ!」
漸く、兵助が追い着いた
「兵助!母衣衆シゲと馬廻り市丸に伝令ッ!三左、右翼を担当、権、左翼を担当、敵を撹乱させろ!市丸は私に着けッ!兵助!」
「はいッ!」
「『後続』到着まで後方に戻り、『末広がり』で『尻尾』を隠せッ!」
「承知!」

自分の居る遥か先で喧騒が起きたことに、利三は俄に警戒した
だが、まさかそこに帰蝶が居たとは気付いていない
前方に出たとは言え、雑兵の犇く最前線までには出ていなかった
最前線には自分よりも格上の斎藤六家の一つ、日比野の下野守清実が張っている
そうそう織田の進軍を許す筈がないと踏んでいた
少しずつ、少しずつ切り崩されていることを、利三はまだ知らない
「おらおらおらぁッ!」
慶次郎の参戦で、帰蝶にも周囲を見渡す余裕が出て来た
「左、やや敵方少なしッ!」
「了解ッ!」
帰蝶の指示で、利家が出る
たった三人で何ができるのか
何もできないだろう
だけど
「往生せいやッ!」
利家の突き刺す槍に、何人もの兵が犠牲になる
その光景に腰が引ける者が続出し、慶次郎の大槍が引導を渡すかのように、十数人が一度に吹っ飛んだ

          だけど、大事なものを守ることは、できるかも知れない

「殿ッ!」
兵助に指示を出して間もなく、成政の率いる馬廻り衆が到着した
「またご無理をなさって!権さん、向うでカンカンですよ!」
「煩い!説教は後だ!四の五の言わず私を守れ!」
「そのために長井を掻い潜って来たんでしょうが!」
成政にも怒鳴られ、そんな帰蝶を慶次郎は苦笑いをして眺めた
「よし、護衛部隊が到着したんだ。俺は後方に戻る。犬」
「なんだ」
「お前は権さんとこ帰れ」
「クビいっこ、落してからな」
「相変わらず貪欲だねぇ、お前は」
帰蝶の生気が戻ったことで、織田軍にも活気が戻った
帰蝶は成政の馬廻り衆に守られながら後退、慶次郎もそれに随伴する
利家は敵を薙ぎ倒しながら柴田軍へと戻って行く

勝家は、いつもなら信秀直伝の『ごり押し』で事を進める
だが、この時だけは珍しく、慎重に長井の部隊を押していた
「権の叔父貴!」
敵兵の首を一つ掴んだ利家が戻る
「犬千代!殿はご無事か?!」
「ああ、市丸の部隊が引き取りに来た」
「そうか。          それは?」
「うん、戻る途中、取って来た」
「そうか。邪魔になるから、片隅に置いておけ」
「わかった」
『邪魔になる』ので、被っていた兜は置いて来た
この時利家は、自分が誰の首を落としたのか、まだわかっていなかった
「よし、殿が後方に戻られたのなら、憂いは取れた。押すぞ」

勝家の部隊が更に長井の軍勢を押し返す
当然、前に出れないのなら後ろに下がるしかなかった
後ろには利三の部隊が居た
利三は前に出るよう指示していた
その両軍が意思の疎通もままならないのなら、両者は押し合うしかない
押し合えば、兵は盆から溢れる水のように隊列を乱し、広がってしまう
それが『混乱』に繋がった
          戻れッ!」
前方で軍隊が乱れていることに逸早く気付いた利三は、仕切り直しを指示した
傷付けず、帰蝶を美濃に連れて帰ることを夕庵から命じられている
自分も、帰蝶を傷付けたくなかった
この戦で連れて帰れるものなら、連れて帰りたかった
なのに、その想いすら伝えられない
自身は味方であるはずの雑兵らに押され、後退を余儀なくされた

美濃国海津の森部で斎藤軍とぶつかったことは、加納砦近くに待機している弥三郎の土田隊にも届いた
「弥三郎さん・・・ッ」
弥三郎の下に配属されている利治は、姉の身を案じた
今直ぐ姉の許へ走りたそうな顔をしている
「行きたいのは山々でしょうが、ここは堪えてください。うちもギリギリの数しか揃ってない」
そんな利治を、弥三郎は抑えた
「ですが・・・」
「新五さんの働きに、若い連中も即発されたのか、随分前に出るようになったんですよ。うちは新五さんが必要なんだ。殿が墨俣を囮にして、加納を必要としているように、ね」
「弥三郎さん・・・」
買ってくれるのは嬉しいが、今は姉の安否が心配だ
それでも弥三郎は首を縦には振ってくれなかった
「殿が、何で態々自分自身を囮にして加納を取ろうとしてるのか、そこを良く考えてみてください」
「わかってます。加納を落せば、犬山に邪魔されず可児との連携が取りやすくなる。清洲を守りやすくなる。だから、姉上は敢えて危険な加納を取るために、ご自身を人身御供にされたんだってことは、わかります」
「だったら、殿の気持ち、汲んでやりましょうや」
簡単に諦められるのなら、初めから心配などしたりしない
「だけど、弟が姉の心配をしてはいけないのでしょうか」
「したら殿のことだ、烈火の如く怒り狂いますよ。漸く新五さんの実力も認め始めたのに、またガキ扱いされますよ。お前はまだ『おしめ』も取れないのか、と」
                
姉はどちらを望むのだろうか
何も言い返せず、利治は俯いた
遠くで煙が上がるのを、二人は気付かなかった

「戻れッ!ここは斎藤の陣だッ!」
押し寄せる長井の軍勢に、利三の部隊が乱れる
長井軍は後ろへ後ろへと行きたがる
斎藤軍は前へ前へと進みたがる
統率が取れず、利三自身が陣から食み出てしまった
「これでは織田の思う壺だッ!整列しろッ!」
そう叫んでも、声は空しく宙に漂う
何故、自分の声が届かない
何故、寡兵にここまで振り回されなくてはならない
何一つ、利三の疑問は解消されなかった
その時、長井軍の前方でどちらかの勝鬨が上がった
一瞬で長井の軍勢が『総崩れ』を起す
利三の部隊は更に混乱に巻き込まれた
「隊長、撤退を!一旦墨俣に引き上げましょう!」
部下の男が進言した
「撤退・・・」
「このままでは長井に巻き込まれます!ここは一度墨俣砦に引き返し、指揮を整え直しましょう!このまま留まっても、我らも討ち死にするだけですッ!」
                
待ってくれ
まだ、姫様のお顔を拝見していない
最も
ここに居ればの話だが・・・
          わかった。墨俣に戻る」
「隊長・・・ッ」
聡明な指揮官は、即座に賢明な答えを出す
部下の山県平八郎明成は嬉しそうに一瞬、頬を綻ばせた

「殿ッ!」
成政の護衛により、帰蝶は無事、兵助の待機する後衛まで戻って来れた
「冒険が過ぎますぞ」
「すまん。だが、面白かった」
「また『ほざ』かれて。後でおなつ様にお尻をペンペンしていただけばよろしかろう」
所定の位置まで戻り、兵助に『あかんべー』をしてから手綱を引いて、松風を真後ろに反転させる
一呼吸取ってから、帰蝶は叫んだ
「織田本隊、このまま『魚鱗』を維持!柴田隊は長井を追い込め!ヤツらも後は逃げるしか手段はない!兎の入れ食い状態だ!森隊はそのまま斎藤援軍を捕捉!『ケツ』が見えたら道を譲るぞッ!」
前線の崩れ始めた長井軍を勝家の部隊が追い込む
その中には利家の姿もあった
長井軍と斎藤軍が入り乱れる後方を可成の部隊も割り込み、稲葉山城からの援軍、日比野軍を追い立てる
撤退を始めた利三の斎藤軍と、衛守の指揮する長井軍が縺れるように移動を始めた
それを狙い、勝家の部隊が逃げ惑う兎を追う野犬のように攻め込み、日比野軍を可成の部隊が拿捕した
祖父の代から土岐・斎藤に仕える可成にとって、斎藤家譜代の日比野清実は旧知の仲でもあった
その清実を追い込まねばならない身の上、だが、『主』を『間違え』れば、清実の今は自分の今だったのかも知れない
「斎藤の後尾と接触を始めているな。その先は恐らく、混乱に次ぐ混乱だろう。更に後退させろ」
「はッ!」
「墨俣に追い込むもよし、ここで結果を出すもよし。どちらにしても、我々の勝利だ」
可成はそう呟いた
勝家の配置する左翼、可成の配置する右翼から斎藤の兵士が追い込まれ、後退する
それは自然と中心に向って集まり、その中央を帰蝶の率いる織田本隊が突き刺すように攻め込んだ
利三の斎藤軍が墨俣に向け撤退を始め、人員の空いた部分に長井軍、日比野軍が殺到した
帰蝶の本隊は指示通り、『末広がり』の『魚鱗の陣』で歩を進める
「押せ押せ押せッ!」
帰蝶に代わって指揮する兵助の槍が、空高く突き抜かれた
その瞬間、帰蝶は背後に『それ』を感じた
「兵助!散開するぞ!」
「御意ッ!」
帰蝶の合図で兵助は帰蝶とは反対の右側へ、帰蝶は成政の馬廻り衆と共に左へ
『道』の広がった中央から、一益の率いる『滝川部隊』が一気に前進した
「殿!遅れて申し訳ございません!」
先頭を走る一益が、擦違い様詫びを入れる
「構わん!範疇内だ!」
一益の側には、さっき助太刀に入ってくれた慶次郎が戻っていた
「滝川軍、凱旋だぁッ!」
大槍を突き上げ、叫ぶ
一益の部隊の後を、これは帰蝶の予想の範囲を超えていた、知多の佐治家、荒尾家が着いていた
「八郎殿?」
佐治為興の姿に、帰蝶は目を丸めて驚いた
「滝川殿に、檄を飛ばされました。織田の婿なら、戦働きをしろと」
「久助が?」
「荒尾の叔父上共々、参戦させていただきますッ!」
そう言い残すと、為興は帰蝶を追い抜き滝川隊の後ろに着いた
「まさか・・・。私は久助だけに命じたのに・・・」
一益は、自分が命じた以上の仕事をしてくれた
「殿」
合流した兵助が、そっと微笑んだ
「勝ちましょう。必ず。あなたを後押しする手に報いるには、この戦、勝つことでしか表せません」
          うん・・・」
感動に胸を打たれる帰蝶の視界に、必死になって馬にしがみ付いている資房の姿が映った
          又助・・・?」
「とっとっとっ、殿・・・ッ!」
「まさか・・・」
なつまで来てるんじゃあないだろうなと、帰蝶の顔が青褪める
「大丈夫です、おなつ様はいらっしゃいません!」
帰蝶の気持ちを先読みし、資房は言い放つ
「良かった・・・」
                
心底ほっとする帰蝶に、兵助の頭からひと滴の汗が浮かんだ

想定の範囲外、予期せぬ出来事
援軍などないものと想っていた織田の増援に、長井だけではなく日比野、斎藤の援軍までもが総崩れを起す
逸早く撤退していた利三は難を逃れ、無事、墨俣砦に入った頃には、勝敗は決していた
「このまま墨俣に乗り込むぞッ!」
帰蝶の勝鬨に、織田軍はこれ以上ないほど活気に満ち溢れていた
PR
濃姫(帰蝶)好きの方へ
本日は当サイトにお越しいただき、ありがとうございます

先ずはこちらのページを一読していただけると嬉しいです→お願い

文章の誤字・脱字が時折混ざっております
見付け次第修正をしておりますが、それでもおかしな個所がありましたらお詫び申し上げます

了承なしのリンクは謹んでご辞退申し上げます
管理人の独り言も混じっております
[11/04 Haruhi]
[08/13 kitilyou]
[06/26 kitilyou命]
[03/02 kitilyou命]
[03/01 kitilyou命]
ゲームブログ
千極一夜

家庭用ゲーム専用ブログです
『戦国無双3』が絶望的存在であるため、更新予定はありません

◇◇11/19 Nintendo DSソフト◇◇
『トモダチコレクション』

おのうさま(帰蝶)とノブ(信長)が 結婚しました(笑

祝:お濃さま出演 But模擬専…     (戦国無双3)


おのれコーエーめ
よくもお濃様を邪険にしおってからに・・・(涙

(画像元:コーエー公式サイト)
オンラインゲームにてお濃様発見


転生絵巻伝 三国ヒーローズ公式サイト:GAMESPACE24
『武将紹介』→『ゲーム紹介』→『Exキャラクター紹介』→『赤壁VS桶狭間』にてお濃様閲覧可
キャラクター紹介文
絶世の美貌を持つ信長の妻。頭が良く機転が利き、信長の覇業を深く支えた。
また、信長を愛し通した一途な妻でもあった。

(画像元:GAMESPACE24公式サイト)
勝手にPR
濃姫好きとしては、飲めなくても見逃せない

岐阜の地酒 日本泉公式サイト

(二本セットの画像)
夫婦セット 吟醸ブレンド(信長・濃姫)
本醸造 濃姫
カップ酒 濃姫®=爽やかな麹の薫り高い、カップとは想えない出来上がりのお酒です
吟醸ブレンド 濃姫® ブルーボトル=自然の香りのお酒です。ほんの少し喉を潤す程度でも香りが深く体を突き抜けます
本醸造 濃姫®=容量的に大雑把な感じに想えて、麹の独特の香りを抑えたあっさりとした風味です

今現在、この3種類を試しておりますが、どれも麹臭い雰囲気が全くしません
飲料するもよし、お料理に使うもよし
お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
奇跡のお酒です
何よりボトルがどれも美しい

清洲桜醸造株式会社公式サイト

濃姫の里 隠し吟醸
フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます

清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
ブログ内検索
ご訪問、ありがとうございます
あまり役には立ちませんが念のため
解析

Copyright © Haruhi … All Rights Reserved. / Powered by NinjaBlog ・ Material By 苑トランス , KOEI

忍者ブログ [PR]