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「帰蝶、そこにお座りなさい」
「はい、伯母様」

朝から懇々と、しきの説教を受ける

「どうしたんですか」
キョトンとする光秀に、熙子が説明した
「それが昨日、遠山の若様と鷹狩を競い合って・・・」
「ほぉ。遠山の若と言えば、将来を嘱望された大人物。確か姫様とは一つ違い。それで、その若様と競って勝ってしまったとか?」
光秀は面白半分に予想を立て、
「いえ、ボコボコにしてしまいました」
「え         
全身が真っ白になった

「帰蝶!あなたは誰を相手に喧嘩したのか、わかってるのですか?!」
「わかってます。遠山の与一様です」
やはり、いけしゃぁしゃぁと帰蝶は応えた
「帰蝶!そこに直りなさい!」
「さっきから居ますって」
「お前を手打ちにして、返す刀で私も・・・」
「大袈裟ですってば、叔母様」
カラカラ笑う帰蝶に、光秀も熙子も唖然とした

秋になっても変わらず、帰蝶は利三を連れて山の散策を楽しむ
「そろそろ秋野菜も出る頃ね」
「そうですね」
「松茸でも持って帰ったら、叔母様も少しは機嫌が良くなるかしら」
「ははは・・・」
毎日怒らせてるものだから、さすがに帰蝶も少しは気を遣うようになったのか
利三は引き攣る笑顔で返事を誤魔化した
「ああ、そうだ。叔母上から言付かってたことが」
「何?」
しきの話が出たからか、利三は言われたことを想い出す
「今日は岩村から遠山の与一様が鷹狩に来られてるそうなので、出くわしても粗相のないようにと」
「へぇ。与一様もこっちに来ることがあるのね」
「向うの方では狩り尽くしたので、獲物が少なくなったそうです」
「物には限度ってのがあるでしょ」
「はぁ・・・」
帰蝶に呆れられては、世も末だ
利三は素直にそう想った

岩村城を中心に勢力を広げている遠山一族の御曹司なら、帰蝶も光秀と熙子の婚儀で顔を合わせたことがある
直接的な親戚と言うわけでもないが、熙子の姉がその遠山の一門に嫁いでいるのと、遠山の一門の内何人かが斎藤に仕えているので全くの他人と言うわけでもなく、薄い関係で繋がっていた
そもそもは藤原利仁を同じ先祖に持つ利三の方が、もっと綿密な関係だが
その岩村の若殿が明智の山で鷹狩を楽しんでいるらしい
だからと言って、邪魔しに行くような無粋な性格ではないし、生憎帰蝶は外面が良いので逢えば逢ったでそれなりの対応もできるだろう
問題なのは、帰蝶が『負けず嫌い』だと言うことである
逢ったら逢ったで何かしらの因縁は生まれようもの、利三は素知らぬ顔をする帰蝶に不安が拭えない
「姫様。今日はもう帰りませんか?」
「どうして」
「遠山の若様に今日は山を譲るということで」
「冗談じゃない。私は今さっき、叔母様に松茸を持って帰ると心に決めたのよ?」
「そんなの知りませんよ」
そうだろう
帰蝶が心の中で想ったことだ
それが通じるほど、深い関係になったわけじゃない
「兎に角、帰りましょうよ」
「帰りたいのなら、お清一人で帰れば良いでしょ?」
「そう言うわけには行かないでしょ、常識で考えて」
「生憎斎藤家は、非常識な型破りが家風で」
「いいから、帰りましょ」
帰蝶の手を引っ張り、利三が歩き出したその時、運が悪いことにその遠山の若様とかち合ってしまった

「ん?そなた、もしかして斎藤の姫君か?」
名馬とも呼ばれそうなくらいの馬に跨り、立派な鞍を付けた少年に、帰蝶は見上げた顔を向ける
「あら、遠山の若様。お久し振りです」
「え」
さっきまでの、あの機嫌の悪そうな顔は、何処に行ったんだ
ころっと態度を変え、綺麗な微笑みを浮かべる帰蝶に、利三は心底突っ込みたい気分になった
「ご無沙汰している。お元気だったか」
「はい、お陰様で息災に過ごさせていただいております」
「それは良かった」
生まれが良いからか、遠山の若様・与一友通は上品な顔立ちをしていた
それに合わせて帰蝶も、普段とは違う表情を見せる
「話しに聞いたが、嫁ぎ先が決まったそうで」
与一の言葉に、利三の胸が抉れた
「はい、お転婆な私にも、人並みの女の人生が過ごせそうです」
そして、何食わぬ顔で応える帰蝶の素っ気無さにも、胸を痛める
「何を仰るか。帰蝶姫ほどの美形なら、引く手数多だろうに」
「まぁ、御口がお上手で」
「いやいや。私の家禄が高ければ、貰い受けたいくらいですよ」
「ほほほ」
与一相手に上品に笑う帰蝶を、利三は知らない人間を見ているような気になった
多分、それが正しい感情なのかも知れない
自分は帰蝶の内面を多く見過ぎて来た
与一も知らない顔を、ずっと見て来た
それに馴れ過ぎていた
帰蝶の、利三しか知らない顔がたくさんあり過ぎる
それが、悲しかった
「ところで、若様は鷹狩ですか?」
周囲には大人が大勢付き従っていた
弓持ちや獲物を入れる皮袋を肩に担いでいる者も居る
何よりさっき、利三から聞いたばかりだ
さも今知ったような顔をする帰蝶に、やはり利三は違和感を覚えた
「ああ。うちの周りに手頃な獲物が居ないのでな。その点、明智の山は豊かだ。兎も居れば氈鹿(かもしか)も居る」
「猪も、おりますわよ」
と、帰蝶は利三の首根っこを捕まえて、自分の前に引き摺り出した
「ひ、姫様・・・ッ」
「はっはっはっ。猪武者、ですかな?」
その一言に、利三はカチンと来る
「いいえ。山城愛宕の勝軍地蔵菩薩様が座される、『猪』にございます」
「勝軍地蔵菩薩・・・?」
キョトンとする与一に、帰蝶は尚も畳み掛けるように言い放つ
「その昔、和気清麻呂様が宇佐への配流に遭われた際、海が荒れて波に飲まれそうになったのを、猪に助けられたと言う故事をご存じないので?」
「む・・・」
「それ以来、愛宕信仰に猪は欠かせないものでございますわよ?」
「生憎、他国のことはよくわからんのでな」
帰蝶の物言いに、与一も憮然とした顔で応える
「和気清麻呂様は愛宕神社を開基なされたお方。増してや愛宕山は全国武士の信仰を集め、勝軍地蔵菩薩様は戦勝の神として崇められております。この美濃の西にも愛宕山と愛宕神社が揃っていると言うのに、よもやご存じないとは」
「くう・・・ッ」
明らかに小馬鹿にされ、与一も我慢の限界が来た
「お清は私の守り神でございますれば、田舎侍ごときに大事な家臣を猪武者などと揶揄されて、黙って聞き流すほど帰蝶は大人ではございません」
「おのれ、言わせておけばッ!」
帰蝶の言葉には、胸が熱くなった
帰蝶の本心が聞けたような気がして
ただ単純に、嬉しかった

          そうでしたか。清四郎殿の名誉を守らんと、姫様は」
熙子から全てを聞き、光秀は帰蝶の代わりに落ち込んでいる利三の許に向かった

馬から飛び降り、帰蝶に殴り掛からんとする与一と、それを迎え撃つ気満々の帰蝶の間に割り込み、利三は必死で止めた
「お止めください、お二方!このようなところで決闘もあったものではございませんでしょう!」
「お清」
「ええい、そこをどかぬか!」
「勝負ならば、他の方法でお決めくださいませ!兎に角、野蛮なことは双方不名誉に繋がります!」
ならばと、鷹狩で勝敗を決めることにしたのだが、帰蝶は初めての鷹狩にも見事な子鹿を捕え、軍配が上がった
これに与一が負け惜しみを口にする
「女子相手では、本気は出せんわ」
「まぁ、この期に及んで見苦しい」
「何を?!」
「潔く、負けをお認めになられては如何ですか」
「わしが負けただと?馬鹿を申すな!ここは明智の山。そなたの身内の土地であろう?どうせどこかに仕込みでも」
与一が言い終わらない内に、帰蝶の掴んだ枯葉が顔面を直撃する
「ぷはっ!」
「帰蝶を侮辱するか。成敗してくれるッ!」
「言ったなッ?!」
「若!」
周りが止める間もなく与一は抜刀し、素手の帰蝶に斬り掛かった
「姫様!」
利三が慌てて駆け出す前に帰蝶は与一の懐に潜り込み、躰を低く屈めて与一との間合いが縮まったところで一気に腰を伸ばし、握った拳をその鳩尾に打ち込んだ
「がはッ・・・!」
                
それは以前、帰蝶が利三に食らったのと同じ技である
たった一度で帰蝶はそれを、見事身に着けていた
崩れる与一に、駄目押しの一撃、顎に向かって想い切り肘で弾く
唖然としない者は居なかった
「ちょっと脇が甘かったかな・・・」
帰蝶はぶつくさと、背後で倒れている与一を気にも留めず、呆然と佇む利三の許に戻りながら自分の拳を見詰める
「ん?どうかした?」
キョトンとしている利三に、帰蝶は聞く
「いえ・・・。とても姫様らしいと・・・」
「酷い言い草ね、それ」
「すみません・・・」
でも、内心、大声を出して笑いたかった
自分の良く知る帰蝶が、目の前に居るからだ

「帰蝶。これを井ノ口のお父様がお聞きになられたら、どのように想われるでしょうか」
しきは脅しを掛ける
だが、帰蝶には通じない
「父様には既にご報告申し上げております」
「なんと仰ってましたか?」
「『でかした』、と」
                
この娘にしてあの親あり
しきは気が遠くなる想いをした

結局、無防備の女子相手に抜刀した与一に非があると遠山側が認め、この事件は不問に処された

「清四郎殿」
与えられている部屋で、ちょこんと座り込んでいる利三に声を掛ける
          十兵衛様・・・」

「聞きましたよ。姫様の武勇伝」
「はぁ・・・」
「夕べの内にお聞かせくだされば、いい酒の肴になりましたものを」
笑いながら光秀は言うが、利三には笑い事ではなかった
「私の所為で、姫様の評判に傷が付きました・・・」
「清四郎殿の所為ではないでしょう?清四郎殿を侮辱したのは、遠山の若様の方ではないのですか?」
「しかし、女だてらに男を負かしたと、嫁入り前だと言うのに、もしも織田の耳に入ったら」
「そんなことで動じる姫様ではないと想いますがね」
「しかし」
「心配し過ぎです、清四郎殿」
「しかし・・・」
「姫様は、ご自分の評判よりも、そなたの名誉を選ばれたのですよ?胸を張りこそすれ、恥じることなど何処にございましょうか」
「十兵衛様・・・」
「堂々となさいませ。そのために、姫様は戦ったのではございませんか?」
                
光秀の言葉は、ありがたかった
なんだか救われるような気がした
同時に、想い通じぬ現実が重く圧し掛かる
大事にされているとわかった
だけど、一緒にはなれない
尚更、つらい
「それにしても、遠山の若様を捕まえて、田舎侍ですか」
「今想い出しても、冷や汗が出ます」
「確かに井ノ口は都会ですからな、姫様から見れば、誰もが田舎侍でしょう」
          姫様が嫁がれる、織田の若様も、姫様にとっては田舎侍なのでしょうか・・・?」
恐る恐る聞く利三に、光秀は首を傾げて応えた
「どうでしょうな。尾張も商業が活発だと聞きますが、井ノ口ほど開けているかどうかまでは、私にもわかりかねます」
「ですか・・・」

もしも
もしも織田の跡取りが帰蝶の気の強さを嫌って、離縁になったりはしないだろうか
そうなれば帰蝶は『傷物』として、今より少しは価値が下がる
『不可能』が『可能』になったりはしないだろうか
それから、まだ未練のある自分を嫌悪した

「さぁ、来い。お清」
「えー?」
中庭で木刀を構えた帰蝶の前に、無理矢理立たされる
手加減をしては成敗すると脅され続け、今では時折こうして帰蝶の剣術稽古の相手を命じられた
今のところ十七勝零敗で、利三の圧倒的勝ち越しである
戦うために育てられた利三と、守られるために育った帰蝶とでは出だしから違う
それでも挑むのはやはり、帰蝶の『負けず嫌い』な性格が由縁だった
「またやってるんですか?」
庭に出て来た光秀が、呆れた顔をして見守っているお能に声を掛ける
「勝つまでは、諦めないと」
「はは。姫様らしい考えで。ですが、ああやって刀を振らなくてはならない状況など、来ないでしょうに」
「それでも、想い立ったら実行せねば気が済まないのが、姫様です」
「困ったご性分だ」
「でも、おかしいんですよね」
「何がですか?」
お能の言葉に、光秀は首を傾げる
「姫様、これまではあんなに真剣な顔をして刀を振ったことなんてないんです。それがここのところ、急に熱中されて」
「そうですか」
「どうしたんでしょうか」
「何かに目覚めてしまったのかも知れませんよ」
「目覚めた・・・?」
今度はお能が首を傾げる番だった

今日もしきから無駄な花嫁修業を受け、今日も怒鳴られ、今日も逃げ出し、今日も利三と山々を散策し、時々木刀を振る
同じことの繰り返しでも、それが何より幸せだったと後で気付く
秋が過ぎ、冬が来て、雪深い明智の山は表に出ることができず、春の到来を誰もが待ち望み、だけどそれは、帰蝶との別れを意味する
ずっと、このまま、冬が明けなければ良いのにと、願わずにはいられない

「お清。雪だるま、作ろう?」
「はい」
秋の終わりに帰蝶は一つ年を重ね、冬に利三が大人に一歩近付く
だけど、二人の身分が縮まることはなかった
「大きいの、作ろうか。叔母様を驚かせよう」
「そうですね」
毎年毎年雪が積もれば、こうして二人で雪だるまを作ったり
雪合戦をしたり
度胸試しで雪の上に寝そべったり
だけど、それも今年で最後
もうできない
もう二度と、二人で冬を過ごせる日は来ない
「姫様」
雪のように脆い声
静かに降る雪のように淡い声
雪玉を二人で転がしながら、利三は呟いた
「幸せに、なってくださいね・・・」
          ああ・・・」

ざっく、ざっくと、雪を踏み締める音だけが流れる
二人で並び、二人で大きな雪玉を転がせた
その影に隠れてそっと、口唇を重ねる
これも、最後の口付けかも知れない
許された、最後の背徳なのかも知れない

『天下三不如意』とは、賀茂川の流れに山法師(比叡山延暦寺僧兵)、賽の目
どんな権力者でも変えることができないと言う、物の例えに使われる
利三が天下三不如意を使うとしたら、『じゃじゃ馬な帰蝶』、『向こう見ずな帰蝶』、それから、『嫁に行く帰蝶』・・・だろうか
とうとう、冬が過ぎ去ってしまった
帰蝶の輿入れの段取りが始まる
付き添いに明智家から光秀、斎藤家からは義龍
稲葉、安藤、氏家の美濃三人衆と、道三の古参である猪子、小牧、武井
錚々たる面子が揃えられた
嫁ぎ先の織田は身内同士の争いを繰り返し、岩倉織田、清洲織田と不穏な空気が流れている最中であり、帰蝶が嫁ぐ先の那古野は清洲を通らなくてはならず、可愛い娘が平穏無事に到着せねばならないと、道三はその根回しも怠らない
周辺諸国からも一目置かれている美濃三人衆を刈り出したのも、織田一門を沈黙させるためである

「お前もとうとう、嫁入りする年になったか」
帰蝶は明智城から、稲葉山城ではなく鷺山城に入った
そこから嫁に出る
この日、稲葉山から兄が見舞いに来た
義理とは言え、兄・義龍とは馬が合うのか、帰蝶との仲も良好である
この春から利三は、その義龍の与力となった
父の影に隠れて印象の薄い青年だが、その目の奥底に眠る未知の能力は帰蝶も買っている
「淋しいものだ」
「そう言ってくれるのは、兄様だけです。他の者はみんな、厄介払いができたって顔をしてるのに」
帰蝶は笑いながら言う
「私はお前のそんな豪胆なところが気に入っていた」
「ありがとうございます」
「織田が嫌になったら、いつでも帰って来い。次の嫁ぎ先くらい、私が探してやる」
「兄様・・・」
正味、兄のそんな言葉が何より嬉しかった
帰って来たら
そしたら、お清と・・・
そんな、願ってはならないことを想い浮かべ、自分で打ち消す
出戻りや、三行半を突き付けられるほど不名誉なことはない
それは即ち、実家の価値を下げる行為にも等しかった
自分は政治の道具として嫁に行く
道具なら道具らしく、その役割を全うしなくてはならない
石に齧り付いてでも織田に残らねば、この結婚の意味がないことくらい、まだ幼い帰蝶にもわかった
玄関先まで兄を見送り、帰蝶は住み慣れない屋敷に戻る
利三は兄の与力として稲葉山に帰っていた
可児から戻ってから一度も逢ってない
「お能」
「はい」
侍女として、尾張に連れて行くお能に声を掛ける
「茶が飲みたい」
「はい、只今ご用意致します」
「せめて茶の湯の名人であるお前を連れて行けるのが、嬉しい」
「私もです。姫様と離れずに済んで、嬉しゅうございます」
お能は、帰蝶が幼い頃から仕えている美濃の油屋の娘だった
お能の実家の『岐阜屋』と言う美濃でも一番の大店で、その創業も古く、嘗ては帰蝶の祖父が奉公に入った店でもあった
武家との繋がりも深く、お能も幼少の頃から斎藤で奉公していた
年はまだ二十代前半で、庶民の出ではあるが美しい顔立ちをしている
その上気立ても良く、帰蝶の一番のお気に入りの侍女であった
十代で結婚したが、夫とは死別、斎藤家に出戻った経歴を持っている
「向うで、お前の再婚相手でも探してもらおうかと想ってる」
「そんなの気になさらないで下さい。私は独身でも構わないんですから」
お能は急須を傾け、湯飲みに茶を注ぎながら応えた
「そうは行かない。お前にも、女の幸せを味わってもらわねば」
「ありがとうございます、姫様」
帰蝶に湯飲みを差し出すと同時に、部屋に別の侍女がやって来た
「姫様。斎藤の利三様がお越しになられました」
          お清が?」
名前を聞くだけで、帰蝶の胸がトクン・・・と音を立てる

茶も飲まず、帰蝶は玄関に走った
何の用だろう
いや、用などなくても構わない
利三の顔が見れるのなら、理由など何でも良かった
「あ、姫様」
「お清・・・」
ほんの少し離れていただけで、利三はすっかり変わってしまったかのように、頭の月代も様になっていた
「どうして?何かあったの?」
自分でもおかしいと想った
口調が、いつもと違うことに気付く
「いえ、若様が肝心な物をお渡しするのを忘れたと」
そう言いながら利三は、手にしていた絹鞘を差し出す
「何?」
ずっしり重いそれを受け取り、キョトンとする
「渡すつもりでこちらに伺ったのにすっかり話し込んでしまって、うっかりしたそうです」
絹鞘の閉じ紐を解くと、中から刀が出て来た
「こ、これでどうしろと言うの、兄様は・・・」
堪らず帰蝶は、おかしくて吹き出してしまう
「亭主を殺して、尾張を手に入れろと言うのでしょうか」
「まさか」
「孫六兼元の作ですか?」
「いえ、二代目兼定です」
「之定ですか。随分と高価な物を・・・」
「ですが、切れ味の良すぎる孫六は余りにも男臭いので、姫様には相応しくありませんよ」
「誉め言葉と取って、良いのかしら」
「あー・・・、えーっと・・・」
利三も戸惑った
しばらく逢わない内に、帰蝶の話し方が随分と女らしくなった
「兼定の刀なら、大事にしなくては」
「はい」
願わくば、その刀が鞘から離れないことを祈るばかり
「それでは、私はこれで」
「お清」
「はい・・・」
引き止めたかったのか
引き止められたかったのか
「一緒にお茶、飲まない・・・?お能が淹れてくれてるの・・・」
「いえ・・・。若にお届けしたことを、ご報告しなくてはなりませんので・・・」
ずるずるとしていたら、きっと、別れがつらくなる
「そう・・・」
無理強いもできず、帰蝶は利三を見送った
背中が見えなくなるまで、ずっと
利三は肩に帰蝶の視線を受け、想いを断ち切るように足早に鷺山を降りた
心はきっと、互いを手繰り寄せていただろう

雪解け水が木曽川に注ぎ込まれ、川幅が広くなっている
木曽川は美濃と尾張を分ける大川であった
まだ薄っすらと寒い春、帰蝶を乗せた輿が木曽大橋を渡る
先頭には義龍
与力の利三も控えていた
最後尾に従兄弟の光秀が付き、帰蝶の周りには美濃衆と猪子らが付き添った
もう自分は、帰蝶の一番近くには居られない
それを物語るかのように、利三と帰蝶の居場所は離れていた
木曽大橋の中央に、織田側の出迎えが見える
統率しているのは帰蝶の夫になる若君の傅役の老人で、名を平手政秀と言う
こちらに比べて、あちらの人数は随分と少ない
帰蝶の身に何かあっても平気だという表れか、それとも、無事に連れ帰る自信があるのか
織田の態度に、利三は少し苛付いた

「織田家家臣、平手中務丞政秀にございます」
「引渡し人名代、斎藤新九郎利尚である。此度の出迎え、足労に存ず」
「はは」
驚くほど背の高い青年だと唸りながら、政秀ら織田家家臣は義龍に頭を下げた
斎藤家嫡男が自ら見送るのだから、自分達が貰い受ける姫君の価値を今更ながらに実感する
「言い訳めいたことを申し上げますが、我が織田家は現在、身内との抗争に明け暮れ、兵の数を割くことができず、少数での出迎えの非、何卒御容赦下さいますよう、平にお願い申し上げます」
「構わぬ。我が妹は多少のことで動じるほど、肝の小さい女ではない。岩倉だろうが清洲だろうが、道中を襲ったとて己の身は己で守る」
強ち嘘ではないので、利三も内心頷く
「忝のう存じます」
「では、引渡しを」
この日のために木曽大橋は終日、一般の通行を封鎖している
斎藤家と織田家以外の人間は何処にも居なかった
お能に手を引かれ、帰蝶が輿から降りて来た
それから、楚々とした足取りで平手らの前に出る
「本日は多忙の中、わたくしごときのために手間を取らせ、申し訳ございません」
                
短く、息を呑む音がした
年は十二になったばかりだと聞く
まだ年端も行かない童女に、どうしてこれほどの威圧感があるのかわからなかった
増してや、『蝮の道三』の異名を持つ男の娘だというのに、花が潤うような美しさは何だろう
母方の血が濃いのか、そこまではわからない
だが、万人を飲み込むような雰囲気に圧倒されて、仕方なかった
「斎藤帰蝶にございます。以後、よろしくお願い申し上げます」
「は・・・、某、織田家家臣代表、平手中務丞政秀にございます。那古野城までの道中、警護を担当するは林新五郎秀貞」
紹介され、やや若い武士が頭を下げた
この林が、帰蝶の夫になる若君の、最初に付けられた家臣であり、平手と同じく傅役も請け負っている
「河尻与兵衛秀隆」
「お初にお目に掛かります」
義龍や光秀と同じくらいの年と想われる青年武士が頭を下げた
帰蝶もそれを返して軽く会釈する
「そして、わたくし平手中務丞政秀。全責任を以って姫様を無事、城にお届け申し上げます」
「よろしくお願い致します」

女であるが、その背中に背負った物は大きかった
貰い受けた時には持て余した兼定も、いつの間にかしっくりと手に馴染んでいる
粉塵の吹き荒ぶ加納の砦から見上げる稲葉山
あそこに、愛しく憎い男が居る
「殿。周辺国人の手筈、整いましてございます」
「わかった。それから、藤吉」
「ははっ」
「普通に喋れ。堅苦しくて、聞き取りづらいぞ」
「あ、やっぱり?」
おどけて、いつものへらへらした顔に戻る藤吉に、帰蝶も軽く笑った
「お前は、それで良い。いつものお前でなくては、こちらも調子が出ん」
「そう言ってくれるの、殿だけですよ」
藤吉の笑顔に、帰蝶も心穏やかになれた

お能に手を引かれたまま、帰蝶が歩み出す
誰もが黙って見守る
利三も
言葉が出ないまま、ただ、見詰めていた
擦れ違う時、帰蝶の目がちらりと自分の方へ向けられる
          元気でな
そう言いたそうな目をしていた
橋の中央に辿り着くと、向うから織田家の面々が歩み寄る
帰蝶が、斎藤家の姫君から織田家の嫁に変わる瞬間だった

「姫様・・・」
口の中で小さく呟いた言葉は、やがて想いを乗せて帰蝶に届いた
「姫様、ご健勝であれッ!」
                
黙って見送るのが、礼儀
その禁忌を犯してまで、利三は帰蝶に最後の別れの言葉を投げた
「幸多からんことを、願ってます!」
「お清・・・」
立ち止まった帰蝶は、少しだけ振り返る
          平手殿・・・」
「はい」
帰蝶は後ろを振り向いたまま、平手に話し掛けた
「今、しばし、友への別れの名残を、許してもらえますでしょうか」
「どうぞ」
                
平手の返事と共に帰蝶はさっと振り返り、利三に叫んだ
「結局、お前には負けっぱなしだった!一度も勝てなかった!このまま終わるのは、不本意だ!だから!」
「姫様・・・」
「いつか、再び、相容(あいまみ)えようぞ・・・・・・・」
          はい・・・ッ」
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独り善がりですみませーん
史料にもない人物なので、全くの想像でしか書けないのが濃姫で、その濃姫を上手く使った作家が居ないので「だったら自分で書きゃいいや」てことで始めたのがこのサイトなんですが、そんなわたしも一人善がり独走中
どうにも納得できそうにもなくて、ジレンマに陥ってます

想像する濃姫と言う女性が、実は男に生まれていたらどうだっただろうと、ない脳ミソフル回転させて考えたらば、どうしても『織田信長』そのものになってしまう
生まれ育った家を考慮すると、信長以外の誰にもならないんですよね・・・
史実の濃姫が慈悲深い人物だとか、愛に溢れた女性だったとか、そう言うのが全然ないので
強いて言うなら、夫と喧嘩(稲葉山城受け渡しの際の『壷事件』)した時に「腹切ってやる!」て啖呵切ったことくらい(言継日記なので信頼できる記述)
そんなにも気が強いんだったらこれくらいのことはするだろうと、遠山の若様と喧嘩したり、刀持ち出してお琴を真っ二つにしたり

「信長ノ~」の方では、周りから「守りたい」「守ってやりたい」と、庇護の対象でしかない帰蝶姫ですが、こちらの方は「居て安心」とホームセキュリティ的な女性になってます
この対照的なところが面白い

天下の織田信長を陰で支えたとも言われる猛女ながら、信長の一生の伴侶とも言われた濃姫の魅力は、史料がなくても色褪せることはないです
下手に史料が残ってる所為で評価が下がってる女性だって大勢居るんですから、そう考えたら妻のことを何一つ残さなかった信長って凄いと想いました
多分、あの世にまで持って行きたかったのだろうな

蝮の娘だから、『織田信長が居る』
そんな方程式がいよいよ形成されます
所変わっても品変わらずな帰蝶姫は、尾張に入っても相変わらずの予定です
Haruhi 2009/04/24(Fri)13:33:05 編集
『1582』
はじめまして、miと申します。
管理人様にメッセージをお伝えするのに、どこにコメントを残せば良いかわからずこちらに失礼します。

とても興味深く一気に読ませて頂きました。
最近、濃姫に関することで思うことがありまして…色々調べていたらこちらに辿り着きました。
私の勝手な想像(希望)が描かれていた作品でしたので本当に一気に読み切りました。
邪な理由で興味を持ちましたが、今は純粋に帰蝶と言う女性が好きです。
Haruhi様はご存知かどうか…KAT-TUNというグループの1人が『1582』という曲を歌っています。本人は詳しく言いませんが(笑)私は濃姫のことだ、と勝手に踏んでいます。
きちんとお勉強していないので、誰が誰なのかごちゃ混ぜに間違った理解をしていることも多々あると思うのですが…。
自分のブログでも、アルバムの曲紹介をしながら、話が帰蝶のことになってしまいました。
遥か昔のこと、真実は本人のみぞ知る、ですが、
おんなじ風に思ってらっしゃる方がいて嬉しい!という気持ちから突然、こんなところに登場してすみません。
これからも楽しみに読ませて頂きます!
mi URL 2009/04/29(Wed)12:01:48 編集
公開させていただきました、ありがとうございます
一般訪問者では、miさんが初コメントです
ありがとうございます
(pocopenさんは最早お友達)
miさんのブログの方で、不謹慎ながらもお名前を間違えてしまいました
人様のブログなのでどう訂正すれば良いのかわからず放っております
どうかご無礼お許しください

わたしは基本ジャニーズには全く興味がなく、miさんの仰られてる『1582』も聞いたことがないのですが、1582は本能寺の変が起きた年の数字と同じですね
〔この先コメント修正しました〕
1582年は信長、信忠だけではなく、濃姫に関わった多くの人々が明智軍によって殺されました
夫を亡くしただけでもショックなのに、家族同然の家臣ら(猪子など)も討ち取られ、その喪失感と言うのは計り知れないと想います
亀梨さんの歌う『1582』は単純に本能寺の変を髣髴とさせたものなのか、そして誰を想っての歌かはわかりませんが、濃姫だけではなくこの事件で夫を亡くした妻達の夫への慕情のようにも受け取れるな、と
殆ど無理矢理ですが
残念ながらわたしは、この歌で『信長の最期、そして信長を想う濃姫』の心情は掴み取れませんでした
わたしは濃姫に関しては未だ興味が尽きないけれど、無理に探したり調べたりするのは止めようと想ってます
調べたりしなくても、今の名古屋(清洲)や岐阜(広域)、近江(安土)の人々に今もあるのは「信長の妻は濃姫」なのだから、それで良いじゃないかと言うものです
名古屋・清洲にある酒造店(左のメニューにリンクしてますお店です)の信長の対は濃姫ですし、岐阜の酒造店にも信長と言う銘柄のお酒がありますが、そちらも濃姫と言う銘柄のお酒もきちんと作られていますし、安土の歴史博物館で展示されている『信長和紙』人形にも、敦盛を舞う信長の側には、鼓を打つ濃姫が居ます
小説やドラマや歴史バラエティでどれだけ彼女(濃姫)を蔑んだ扱いをしても、信長の、濃姫に対する『想い』は427年経っても変わらないと言うのが、現代人にも充分伝わってると想います
だからこそ、彼女のスキャンダルと言うのが、一切出て来ないんじゃないでしょうか
きっと今も信長が最愛の妻を守ってるんだと、わたしは信じてます

miさんの、濃姫に言及した記事を探してみたいと想ってます
コメントありがとうございました
とても励みになります
Haruhi 【2009/06/09 00:36】
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おのれコーエーめ
よくもお濃様を邪険にしおってからに・・・(涙

(画像元:コーエー公式サイト)
オンラインゲームにてお濃様発見


転生絵巻伝 三国ヒーローズ公式サイト:GAMESPACE24
『武将紹介』→『ゲーム紹介』→『Exキャラクター紹介』→『赤壁VS桶狭間』にてお濃様閲覧可
キャラクター紹介文
絶世の美貌を持つ信長の妻。頭が良く機転が利き、信長の覇業を深く支えた。
また、信長を愛し通した一途な妻でもあった。

(画像元:GAMESPACE24公式サイト)
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濃姫好きとしては、飲めなくても見逃せない

岐阜の地酒 日本泉公式サイト

(二本セットの画像)
夫婦セット 吟醸ブレンド(信長・濃姫)
本醸造 濃姫
カップ酒 濃姫®=爽やかな麹の薫り高い、カップとは想えない出来上がりのお酒です
吟醸ブレンド 濃姫® ブルーボトル=自然の香りのお酒です。ほんの少し喉を潤す程度でも香りが深く体を突き抜けます
本醸造 濃姫®=容量的に大雑把な感じに想えて、麹の独特の香りを抑えたあっさりとした風味です

今現在、この3種類を試しておりますが、どれも麹臭い雰囲気が全くしません
飲料するもよし、お料理に使うもよし
お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
奇跡のお酒です
何よりボトルがどれも美しい

清洲桜醸造株式会社公式サイト

濃姫の里 隠し吟醸
フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます

清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
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