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河南が楠木の屋敷で暮らすようになって、二ヶ月が過ぎた
この頃の河南はまだ口数も少なく、黙って一日を過ごす日も少なくなかった
家族を失った悲しみは、簡単には消えるものではないのだと思い知らされる
ただ、以前と違っているのは、正成の、奥座敷を訪問する回数が目に見えて増えたことだった
今日は今日で、何故か腰に手拭を巻いただけの全裸姿で、あさの前で正座をさせられている
「一体何を考えてらっしゃるのですか?奥座敷の湯殿は、女だけで使う決まりの筈です。なのに殿方のあなたが使うだなんて、前代未聞です!奥座敷の湯殿は、大きくないのですよ?!」
「わかってるけどよお・・・」
「増してや今日は、月に一度の入浴日。いつもの沐浴とは違い、温かな湯で体の垢を落とせる大事な日。何より、河南と一緒に入ろうと前日から楽しみにしていたのに、何故旦那様がここに居らっしゃるのですか?」
河南は胸に着替えの小袖と、湯を拭うための肌着の何枚かを抱え、ぽかんとしていた
「だってよ!表座敷の湯殿に河南を連れてくわけにもいかねえだろっ?!」
「当たり前でしょう?!」
「先月の入浴だって、お前、河南と入ったじゃねえか!」
「それが何ですか」
「お前だけなんて、ずるいだろ?!」
「子供ですか!あなたは!」
二人の間に挟まれ、ぽかんとしていた河南がぽつりと呟く
「三人で入れば良いのに」
                
河南に目をやった二人は、それから互いの顔を見合った

「ああー、良いお湯ね、河南」
奥座敷の湯船には、あさと、あさに抱かれて浮かんでいる河南の姿が
正成は
          寒いんだけど」
手桶に湯を張り足を突っ込み、ガタガタと震えていた
「文句がおありでしたら、今すぐ表座敷にお戻りなさいな」
「無茶ゆうな!まだ寒いんだぞ?!凍え死んじまうだろ?!」

河南が来てから、何となく、生活に潤いが出たような気がする
あさと夫婦になったのは、今から七年前のことだった
正成十四、あさ、十二で夫婦になった
あさは大和の国の豪族の娘で、名字は関谷と言う
古くからの土着の氏族だった
この頃の楠木は、まだ河内の片隅を領地にしているだけの小さな家柄で、少しでも味方の欲しい時期だった
父が死んだのは正成が子供の頃のことで、家督を継いでも直ぐに家を動かせるだけの権力も能力もなかった
正成が家を動かせるようになるまで楠木を支えていたのは、父の弟で、正成にとっては叔父に当たる人物だった
その叔父も、昨年の暮に病で倒れ、そのまま帰らぬ人となった
あさを嫁に迎え入れたのはその叔父で、叔父の妻が大和の人間だったのが縁だった
所謂政略結婚ではあったが、正成はあさを一目見た時から気に入っていた
夫婦仲も睦まじく、日を置かずあさの寝室を訪れることも屡で、今もそれは続いていたが、子は中々できなかった
自分も遅くに生まれた子供だったからか、そんなものかと正成は考えていた
だから、河南が家に来た時、二人で喜び合ったのも頷ける
幼い子供と接する機会など滅多にはないからだ

湯殿で河南を取り合った翌日、正成は今日で何度目か数えるのも面倒なくらいの、奥座敷訪問を果たす
「お?寝てるのか」
あさの部屋を訪れると、河南があさの膝枕で眠っていた
あさは河南の邪魔にならないよう、少し躰を前に倒していつもの縫い物をしていた
「ついさっき」
「そうか。何してんだ?」
「河南の小袖を縫っております。この屋敷には、子供用の小袖はありませんから」
「そうだな。俺のお下がり着せるわけにもいかんしな」
「当たり前でしょう?おなごの河南に、おのごの小袖だなんて、常識を疑いますよ?」
「別に疑われてもいいけどよ・・・」
と、あさの背後に回る
そこから眺める河南の寝顔はやはり愛らしく、序でに目に入るあさの、胸元の膨らみも悩ましいものだった
膝を突き、左手をあさの肩に置き、右手をそっと、あさの懐に忍ばせる
          だっ・・・、旦那様・・・ッ」
途端に、あさが背中をくねらせた
左の乳房を揉みながら、指先で乳首の先を軽く摘み、転がし始めたからだ
これをやられたら、どんな女でも躰をうねってしまう
「い・・・、いけません、旦那様・・・ッ。河南が・・・、起きてしまいます・・・ッ」
身悶えに声が掠れがちになりながらも、夫の行為を止めようとする
だが、あさの、あまりにも揉み心地のいい乳房の感触に、正成も止まらなくなってしまった
あさの右腕を持ち上げ、そこを掻い潜るように前に出て、胸元を寛げる
「旦那様・・・ッ」
そこから、あさの形のいい乳房が零れた
肌の色は白く、木目細かく、弾力も良く、何より手に肌が吸い付く
正成は夢中になって乳房を挟むように右手一本で掴み上げ、飛び出すように前に出た乳房を口に含んだ
          ん・・・ッ」
口の中で尖らせた舌先に転がされ、恥かしいと想いながらも声が出て仕方ない
「駄目・・・、旦那様・・・ッ」
頼んでも、正成はやめてくれない
「旦那様・・・ッ」
とうとう正成は、あさのもう片方の乳房も完全に小袖の襟元からも露出させ、揉みしだく
「ああッ・・・!」
あさも堪らなくなり、正成の頭を軽く抱えた
と、その時、つい、あさの膝が軽く崩れ、河南の頭が動いた
次の瞬間
「河南・・・ッ」
あさの口から河南の名が出て、正成はあさの乳首を咥えたまま、顔を下にやるように目を向けた
                
目覚めた河南と、その目が合う
しばらく躰が硬直し、それからあさが引き剥がすまで、正成は動けなかった
          い・・・、いや・・・、あの・・・」
慌てる正成の側で、あさも急いで身繕いをする
「あ・・・、あさの乳首が美味いもんだから、つい・・・」
あまりにも下手な言い訳に、あさは想わず正成の後頭部をはたいた
正成の言葉を聞き、河南が自分の胸元をぎゅっと押さえる
「いや、お前のは吸わないから」
「私がさせるものですかッ!」
さすがに止めに入らずにはいられないあさであった

あさは縫い物が得意で、時折地元の神社や寺の依頼で千早や巫女の衣装、麻衣(あさごろも)などを縫っていた
今日も屋敷に一番近い神社からの頼みで、春用の麻衣を縫っている最中である
河南はそんなあさの作業を、側でじっと見ていた
「河南、飽きない?」
                
声を掛けられ、河南は黙って首を振った
「河南もやってみる?」
                
わからず、首を傾げる
「おさと、端切れはあるかしら?」
「はい、奥様」
と、さとは切れ端を選り分け、河南に誂えた布地を手渡す
それをあさが受け取ると、今度は針と糸を手渡した
「河南、針に糸を通す方法は、知っている?」
                
また、黙って頷く
「じゃあ、やってみなさい?」
あさはそれを河南に渡す
                
河南はどうすればいいのかわからず、きょとんとあさを見詰めた
「好きに縫っていいのよ。河南のやりたいように、やっていいの」
                
しばらくあさの顔を見詰め、それから切れ端を膝に置き、糸を舐めて針穴に通そうとするも、中々上手く通らない
「もっと短く糸を摘むのよ」
そう、あさに教わる
                
「河南殿、私がしましょうか」
見かねたさとが手助けをした
「放っておいて、おさと。河南にさせましょう」
「ですが奥様、河南殿は初めてのようですし・・・」
「初めてだからこそ、やることに意味があるの。手助けをしたら、河南のためにはならないわ」
                
そうか、と、さとは目を丸くしてあさに会釈した
子供はまだだが、あさには既に母親としての意識が芽生えている
今は他人の子ではあっても、いつかは自分の子を産む
その時あさはきっと、素晴らしい母親になるだろうと、さとは予感した

四苦八苦の末、なんとか糸を針に通すことができ、河南は自分の好き勝手に布を縫い始めた
勿論、糸を通すのにあさ、さとから色々な指示を受け、教えを乞うている
手間隙は掛かったが、自分でやり遂げることの大切さを、あさは河南に教えてやりたかった
その想いに応え、河南が布を縫い始めた時、あさの頬が緩んでいた
子供ながら当然のように、縫い幅は出鱈目なものだった
それから、
                 ッ」
時々、針で指を突いていた
ビクンと震えながらも悲鳴を上げない河南に、あさもさとも苦笑いする
やがて正成があさの部屋を訪れた
今日で何度目か、もう誰も数えなくなった
「お?何やってんだ、河南」
                
自分の背後に膝を落とす正成に気もやらず、河南は夢中になって布を縫っている
しかも、何を目的に作ろうとしているのか、見ただけではさっぱりわからない
「あさ、河南は何を縫ってんだ?」
「さあ?河南に聞いてください」
「河南、何縫ってる?」
                
「河南、何を縫っているの?」
正成に応えないものだから、代わりにあさが訊ねた
すると河南は
「袋」
と、短く返事する
「ですって」
自分には応えてくれない河南が、あさには返事をすることが面白くない
「どんな袋だ?」
と、正成は河南の手にある布を取り上げた
「あっ・・・!」
取り上げられた河南は、あまりの腹立たしさに正成の手を針で突いてやる
「いってぇー!」
正成は布を放り出して、手を押さえた
「河南の邪魔をするからですよ」
「旦那様、梅茶でもお淹れいたしましょうか」
「ああ、そうしてくれ」
河南に針で突付かれ、正成は手を擦りながら不貞腐れ顔で応える

昼も随分過ぎた頃、あさの縫っていた麻衣が漸く完成し、自分の側で『袋』を縫っている河南に声を掛けた
「河南、お使いできる?」
                
河南は黙って頷く
「場所は簡単よ、よく聞いてね」
「はい」
「いい?門番には、「水越神社に行って来ます」と言うの。言える?」
「はい」
あさは河南が理解しやすいよう、ゆっくりとした口調で聞かせた
「それだけ言えば通じるから、門を出たら真っ直ぐ山道を降りて。寄り道は駄目よ?」
「はい」
「屋敷前の山道を降りてしばらくすると、三体の道祖神があるわ。その前に細い道があるからね、その道を通って真っ直ぐ行くと、神社の門が直ぐに見付かるわ。門はいつも開いているから、それを潜って境内に行って頂戴。境内、知っている?」
「え・・・と」
「とても広い場所なの。正面に大きな建物があるから、大丈夫よ。そこから声を出して、「楠木から来ました」って言ってご覧なさい。誰かが出て来たら、「春衣をお届けに参りました」と言うの。言える?」
                
河南は黙って頷いた
「帰りはその逆よ?道祖神の前に出たら、坂道を登るの。そうしたら、ここに戻って来れるからね?わかった?」
「はい、わかりました」
河南のしっかりした返事に、あさは満足げな笑みを浮かばせた
「いい子ね。なら、行ってらっしゃい」
「行って来ます」
河南はあさから春衣を受け取ると、ぺこりと頭を下げた
その仕草がなんとも言えず可愛らしい
あさの部屋の縁側から表に出て、草履を履き、ちょこちょこと走って行く後姿を、あさは頬を緩ませて見送った
「おーい、河南ー」
その直後、正成の声がする
「河南ー」
「どうなさいました?旦那様」
「いや、さっき河南が縫ってた袋もどきの物は出来上がったのかな、と想って」
「袋もどきって、旦那様・・・」
確かに『もどき』と言われればそうかも知れないが、あまりの言い草にあさは苦笑いしてしまう
「その袋はまだ完成しておりませんが」
「なんだ、そうか。ところで河南は?」
「河南ならたった今、水越神社にお使いに行かせましたけど?」
その瞬間、正成の顔が変わった
          何?」
声も、低くなる
「河南一人でか?」
「当然です。水越神社は目と鼻の先にあるんですもの、迷子にはなりませんわ」
「莫迦野郎ッ!その目と鼻の先で何かあったらどうするんだ!」
「心配し過ぎです、大袈裟な」
あさの呆れ顔に益々腹が立つ
「寧ろ何でお前はそう暢気なんだ!もういい!俺が探して来るッ!」
「探してって、えっ?!」
あさが声を掛ける頃には、正成は部屋を駆け出して行ってしまった
「旦那様!それではお使いになりません!おやめください、旦那様!旦那様ッ!」
叫べど、正成は戻って来ない
「もういいって、どう言う意味ですか・・・」
僅か二ヶ月で、正成は河南を溺愛してしまっている
それが河南の成長の妨げにならなければいいのだが、と、あさは心配で堪らなかった

思い立ったら即動くのが正成である
正成は屋敷を出ると、脱兎の如く
いや、猪の如く山道を駆け降りる
「河南ー!」
後ろから自分の名前を呼ぶ正成の声がして、河南は振り返った
                
その瞬間、河南の目が『ぎょっ』と剥き出す
悪鬼の如く形相で自分を追い駆けて来る正成の姿に、河南は
          ああー!」
あまりの怖さに、想わず泣き出してしまった

「えぐっ、ひっ・・・、は、春衣を、えっ、お届けに参りまひ・・・ひっ、たぁ・・・」
「ご苦労様です」
出迎えた宮司は、泣きじゃくりながら衣を手渡す河南に、苦笑いと、頭に汗を浮かばせた
「楠木の若殿(どの)、いくら心配だとて、このような年端も行かぬ幼子を泣かせてまで同行するのは、如何かと存じます」
「べっ、別に泣かせたくて泣かせたわけじゃねえ・・・っ!」
あらぬ疑いを掛けられ、正成は顔を真っ赤にして否定した
「今日は、愛らしいお使いを寄越していただいたお礼です。河南殿、どうぞお納めくださいませ」
と、宮司は黒漆の盆を差し出した
盆には和紙が敷かれ、その上に黄粉を塗した葛餅が二切れ、載せられていた
「わあ・・・」
それを見た途端、河南は泣き止み、瞳を輝かせた
「どうぞ」
「いただきます・・・」
と、葛餅を両手で掴む
「いただきます」
河南に続き、言ってもいないのに正成が残った一切れを摘む
「若!」

大人の正成は葛餅を一口で食べてしまったが、子供の河南はちびちびと食べている
歩きながら食べるその姿もまた可愛らしいものだが、あまりにも食べ切るのが遅いので、ついからかってしまう
「河南、腹一杯なのか?」
                
河南は黙って首を振る
「そっか。要らないなら食ってやるぞ」
                
河南は応えず、のんびりと齧る
それからしばらく歩き、葛餅も半分食べ終わった頃、正成はもう一度声を掛けた
「河南、葛餅飽きたのか?」
                
河南は首を振る
「食ってやるぞ?遠慮すんな」
すると河南は慌ててもう一度大きく首を振り、葛餅の残りを抱えるように胸元に隠し持った
こんないじらしい姿を見せられては、弄らないわけにもいかない
「良いから寄越せよ、食ってやるから。な?河南」
と、正成は手を伸ばして葛餅を取ろうとした
勿論、食べたいわけでも欲しいわけでもない
単純に河南をからかいたかっただけである
「寄越せって」
「やー!」
正成のしつこさに河南は声を張り上げ、坂道を駆け上がった
「待て!河南!」

正成が河南を追い回している情報は、門番を通してすぐさまあさの許に届けられた
「旦那様!」
慌てて表座敷のある屋敷に上がれば、中庭で河南が正成に追い駆け回されている
「旦那様!何をなさっておいでですかッ!」
あさの声を聞き、河南が慌てた様子であさの許に駆け寄って来る
その懐に飛び込む河南を受け止め、あさは自分の後ろに回した
「旦那様」
「あぁ、あさか・・・」
見付かった正成はばつが悪そうに苦笑いする
「旦那様?何故河南を追い駆けていたのですか?」
「いや、河南がな、もらった葛餅を食おうとしないからさ、ついからかいたくなって」
「葛餅?」
「使いの褒美にって神社でもたっらんだけどさ、河南、半分食い残してんだよ」
「まあ、そうなんですか」
あさは正成から事情を聞き、背中に回した河南を自分の正面に戻した
「河南、水越さんで葛餅をいただいたの?」
                
河南は涙の乾ききり、頬も随分かさかさになったみすぼらしい姿に変わり果て、顔も相当引き攣っていた
                
この表情を見て、あさもぷっと吹き出してしまう
そんなあさに、河南は大事に持っていた葛餅の残りを差し出した
                 ?」
きょとんと掌を見ると、唾が付いたのだろう、降り掛けられていた黄粉はかなり剥がれ落ち、おまけに手に汗掻いたのか、両の掌はべた付き、殆ど葛の肌が見えており、お世辞にも美味そうには見えない
その葛餅をあさに差し出したが、自分の掌を見て、とてもではないが人に差し出せれるようなものではなくなってしまったことに気付き、新たな涙が滲んで来た
「河南・・・。もしかして、私に?」
                
河南は黙って頷くも、それがあさにあげられなくなったことが悲しくなったのだ
「そう・・・」
子供が好みそうなものなど、数が少ない時代
葛餅は大人でも喜ぶ贅沢品だった
それを子供の河南は半分も残し、自分にと置いていてくれたのだ
嬉しくない筈がなかった
「ありがとう、河南」
あさは河南の顔を見ながら礼を言い、河南の掌を掬い上げ自分の口元に持って来ると、吸い込むように葛餅を食べた
                
あさの行動に、河南は目を丸くする
「うん、美味しい」
口をもぐもぐさせながら、あさは微笑んだ
「そっか・・・」
河南が何故半分を残したのか、正成は漸く気付く
それを知らずからかったことに酷く落ち込む
「悪かったな、河南・・・」
                
河南は自分で涙を拭いながら、正成の顔を見上げる
笑っているわけではないが、怒っている風にも見えなかった
「明日、葛餅を作りましょうか。去年の春の葛粉がまだ残っていると想いますから、後でおさとに探してもらいますわ」
「お?楽しみができた。河南のお陰だな」
と、正成は河南の頭を撫でた
周りで見守っていた家臣や侍女達も、この光景に心を和まされる
しかし、陰から見ていた八郎は、そうもいかなかった
僅か二ヶ月で正成夫婦の真ん中に居る河南の存在が気に食わない

河南が『袋』を縫い始めて二日が経った
今も完成の目途が立たない
          なあ、河南。それ、いつまで掛かるんだ?」
側で寝転がり手を枕に寝そべっている正成は、ぼんやりとした声で訊ねた
返事はいつもの如く、遣って来ない
「旦那様も日長一日河南ばかりを見て、飽きないんですか?」
と、あさも呆れた顔をして聞く
「まあ、面白いしな、河南」
「酷い言い草」
「そんなことより、河南はいつまであさの部屋で寝起きしてるつもりだ?」
                
正成の言っていることがわからず、河南は何も応えず黙々と針を進めた
「どうされたんですか?急に」
「いや。河南が来てから、夜、さ」
「夜?」
「ほれ、わかるだろぉ?」
                 ?」
腰をくねくねとくねらせて恥じた顔をする正成は、なんだか気味が悪い
「ほら、さあ、俺らが毎晩やってたこと」
「え?毎晩?」
「それまではお互い励んでたじゃねーか」
          あ・・・」
漸く、正成の言いたいことが理解でき、途端にあさは頬を赤らめ俯く
「河南もそろそろ夜は一人で寝れるようになんなきゃな?」
                
河南は何も言わず正成を見た
「家だって、一人で寝てたろ?」
                
黙って首を振る
「なんつー過保護な家だ」
正成は躰を起こして呆れた顔をする
「人のことが言えますか?」
そんな正成にあさも呆れる
「俺とあさは夫婦なんだよ。わかるな?」
                
返事の代わりに黙って頷く
「夫婦ってさ、夜、何するか知らないわけじゃないだろ?」
「旦那様!子供に何を聞かせるのですか!」
「お前んちのとーちゃんとかーちゃんが、二人っきりですることだ」
「旦那様、もうやめてください、お願いします・・・」
何故かあさが涙ぐむ
「お前んちだって、兄弟いっぱい居ただろ?」
                
河南は黙って正成を見詰める
その目は、「全部あんたが殺したけどね」と言っていた
                
さすがの正成もそれを読み取ったか、胸を押さえ顔色も青く息を吐く
「どうかなさいました?旦那様」
          いや、なんでもない・・・」

その夜から、河南が寝付くまではあさの部屋におり、寝付いたら別の部屋にそっと運ぶことで話は纏まった
久し振りのあさの柔肌を充分に堪能し、一息吐きにごろんと横になる
「ああ・・・、腰が抜けそうだ・・・」
「私は抜けましたけど」
吐息交じりに呟く正成に、隣のあさは気だるい声を出して応えた
          河南、一人で大丈夫かな」
「自分で追い出しておいて、何ですか」
「だってよ」
と、あさの方に躰を向ける
「そりゃ、時々は寝てる河南の隣でやってたけど、なんてゆうか、気が抜けないから気を遣れないっつうか、落ち着かないっつうか、でも、居なきゃ居ないでなんか抜け落ちた気分になるしなぁ・・・」
「意味がわかりませんが、そんなに河南が気になるのなら、お部屋でも覗いたら如何ですか?」
「ん~・・・」
どうするかな、と正成は天井を見詰めた
その正成の横顔を見て、あさも物思いに耽る
          旦那様・・・」
小さな声で呼び掛けた
「何だ?」
「子供・・・、いつできるんでしょうね・・・」
「その内できるだろ」
「夫婦になって何年も経つのに、全く兆しもなくて・・・」
「気にすることねえって。俺だって、親父が年食ってからの子だ」
          私、子供が産めない体なのかも知れません・・・」
「そんなわけねえよ」
「旦那様・・・」
「何だよ」
          私に遠慮なさらず、他の女を召し上げてください・・・」
「気が向いたらな」
「旦那様・・・ッ」
                
正成は裸の躰を起こしてあさを見下ろした
「お前に問題があるのかも知れねえ。俺に問題があるのかも知れねえ」
          旦那様・・・」
「だとしても、俺らまだお互い若いだろ?」
                
「河南の母親も、聞けば随分幼い頃に寺田に嫁いだってじゃねえか。でも、河南の母親は、河南を含めて二人しか産んでない。お前よりちょっと年上だったかな、それでもまだ若い方だった。でも、二人しか産んでない。わかるか?」
                
あさは応えず、正成の顔を見上げた
「『必ず産める』ってわけじゃねえんだよ。俺の母親だって、俺しか産んでない。後は他の女の子供だ。でも、なんとかなっただろ?」
「旦那様・・・」
「絶対できるって、心配すんな」
                
にかっと笑う正成に、あさは目尻に涙を溜めた
「どうしても子供ができなかったら、そん時は河南にでも産んでもらうか」
「そればかりは、冗談でもおやめになってください」
          言葉の綾だって・・・」
目に涙を溜めながらも、真剣な顔をして止めるあさに、正成も頭に汗を浮かばせて否定した

あれから数日後、あさは今度は巫女の衣装である白の小袖を縫っていた
いつもなら村で生産されているのだが、水越神社は氏神であるためか、領主妻であるあさが直々に仕上げるのが定例だった
白は汚れが目立ちやすいからと、今日ばかりは河南もあさの側には近付けない
少し離れたところから、あさの仕事を見詰めていた
あさもこれに集中し、三着の小袖をたった二日足らずで仕上げてしまった
それを届けるのはやはり、河南の仕事である
「それじゃあ、河南。この間と同じ神社だから、道はわかるわね?」
                
いつものように、黙って頷く
「今日は少し重いだろうけど、頑張れる?」
「はい」
「いい子ね。帰ったら、お風呂に入りましょう」
                
何も口にしないが、河南はきらりと目を輝かせた
「行ってらっしゃい」
「行って来ます」
この頃になって、漸く河南の縫っていた『袋』も完成した
それを片手に携えて、風呂敷に包んだ小袖を両手で抱え、河南は奥座敷から屋敷の方へ向かった
今日は自分の都合で正成に用事がある
それは珍しいことだった
                
黙って正成の姿を探す
だが、今日に限って正成が見付からない
                
誰に尋ねればいいのかもわからず、河南は少し顔を落として表門に向かった
その時、八郎とかち合ってしまった

          お前・・・」
                
河南は黙って俯く
「まだここに居るのかよ」
                
「いつまで居座る気だ?その内奥方様を追い出そうって魂胆じゃねえだろうな?」
                
八郎の言いたいことの意味が理解できず、河南は益々顔を擡げる
「何とか言えよ!」
押し黙る河南に堪り兼ね、八郎は力いっぱい河南を押した
「あっ・・・!」
力に任され、河南の小さな躰が簡単に吹っ飛んでしまう
「目障りなんだよ!寺田の子のくせに、でかいツラしやがってッ!」
八郎は転がる河南の髪を鷲掴みにして、頭を持ち上げた
                 ッ」
あまりの痛みに顔を歪ませるが、河南は胸に抱えた小袖と『袋』を、決して手放そうとしなかった
「何だよ、これ。大事そうに抱えやがって」
と、八郎はその風呂敷を掴もうとした
その手から逃れようと、河南は必死になって身を捻らせ、俯きに身を丸めた
「一丁前に抵抗する気かよ」
                
「生意気なんだよッ!」
                 ッ!」
八郎の、力いっぱいの蹴りが、河南の腰に炸裂する
河南は声にならない悲鳴を上げた
「てめえの・・・!てめえの親の所為で、俺の親父は死んだんだッ!」
がすん!と、河南相手に容赦のない蹴りを食らわせる
「その寺田を殺してやったぜ!ざまあ見ろッ!」
                 ッ!」
八郎に蹴られる度に、河南の躰が大きく震える
それでも河南は、腕に抱えた荷物を守ろうと、必死になって耐えた
「てめえもくたばっちまえば良かったんだッ!」
「あッ!」
                 ッ!」
腰を蹴ったつもりが、うっかり横腹を蹴ってしまった
河南の悲鳴に、八郎も慌てて河南の後ろ襟首を掴んで起き上がらせ、顔を見た
                
涙をいっぱいに流し、鼻からも鼻水が垂れ流れている
愛らしい顔には土がこびり付き、さっきまでの様相が嘘のように変わっていた
一瞬申し訳ないことをしたと想いつつも、八郎は河南の襟を掴んで揺さぶった
「なんで、親父が死ななきゃなんなかったんだよ・・・」
                
「なんでお前は、生きてんだよ・・・」
                
涙を流しながらも、河南は八郎の目をじっと見詰める
八郎は河南から目を背けなかった
その瞳にはどうしようもない怒りと、やり場のない空しさ、それから、自分と同じ悲しい目をしていた
          ごめんなさい・・・」
                
河南の言葉に、八郎ははっとする
それから、慌てて手を引いた
立ち上がり、その場から逃げるように歩き出す
          さっさとここから出て行け。そうじゃないと、俺はお前を殺してしまうかも知れない」
                

腰や横腹の痛みに耐えながら、河南は表門を出た
今日は随分汚れているなと、門番は首を傾げながらその背中を見送る
その直後に、別の顔を見て背を伸ばした

「痛い・・・。痛いよぉ・・・」
泣きながら、山道を降りる
「痛いよぉ、母様ぁ・・・」
                
河南の後ろを、そっと着ける影がちらつく
「母様・・・。          帰りたいよぉ・・・」
                
河南が声を出す度に、その影は少し立ち止まる
「うっ・・・、うっ・・・」
河南は小さく泣きながら、道祖神の前の道を渡った

「今日もご苦労様でございます」
                
神社に着く頃には、河南も泣き止み、腰の痛みも堪えられるようになった
なんでもない顔をして、宮司に頭を下げる
「お駄賃としては、少し粗末かも知れませんが」
と、今日も宮司は河南に『おやつ』を差し出してくれた
盆の上に、三つの干し柿が並んでいる
          ありがとうございます」
受け取りながら、河南は飛び切り愛らしい顔で微笑んだ
                
河南の笑顔に、宮司も目尻を下げる
こんな愛らしさなら、楠木の若殿が骨抜きにされても仕方がないとさえ感じてしまう
宮司はほのぼのとした気分で、河南を見詰める
その時、境内の裏から笙の笛の音が聞こえて来た
                 ?」
河南は不思議そうに首を傾げて宮司の顔を見た
          ああ。もうすぐ春の奉納祭がありましてね、他の神社から巫女達が集まって、舞の練習をしているのですよ」
「舞・・・?」
「はい。京の都の白拍子などが舞う踊りです。河南殿はご存知ありませんか?」
                
奉納祭も白拍子も舞も知らない河南は素直に頷いた
「百聞は一見に如かず。河南殿、いらっしゃいませ」
と、宮司は河南を手招きして、裏の広い庭に招いた
河南は少し遅い足取りで宮司の後に続く

          わあ・・・」
案内された庭に、三人の巫女が舞っていた
今は普段の小袖を身に纏わせているが、祭りが開催されるとあさの縫った小袖を腕に通すのだと教わる
巫女達は息もぴったりに同じ動作を繰り返す
それは風に舞う花弁のように軽やかで、川面に浮かぶ木の葉のように優雅で、空を流れる雪のように華やかに舞っていた
河南は我を忘れたかのように、舞う巫女達を見詰めていた
「河南殿も、大きくなられたら舞を踊られますか?」
          河南に、できるでしょうか・・・」
それはとても小さく、笙の笛に掻き消されてしまうような声だった
しかし宮司はしっかりと聞き届け、力強く頷いてくれる
                
河南は宮司にきらきらと光る瞳を差し向け、それからまた、食い入るように巫女達を見詰めた

「失礼します」
長い間巫女達の舞を見ていた河南は、漸く屋敷に戻る気になったようで、境内に戻った
それを宮司が見届ける
「気を付けてお戻りなさいませ」
河南を見送り、それから、陰に隠れているその気配に苦笑いする
「ずっと待っておられたか。これは、自分の子ができたら甘やかしてしまう性質ですかな」
と、小さく呟く

完全に痛みが抜けたわけではなかったのか、神社を出ると河南は片足を引き摺って歩いた
だが、来る時には弱音を吐いていたのがなくなった
懐に大事そうに干し柿を抱き、手にしていた『袋』も両手で持つ
しかし、とうとう歩き疲れたのか、河南は道祖神の前の道に出て来たところでへばってしまい、座り込んだ
                 ッ」
何かあったのかと、慌てて先に進んだがために、つい足元の小枝に気付かず踏み折ってしまった
パキン!と大きな音がして、河南は驚いて後ろを振り返る
                
そこには、『見付かった』と引き攣り笑顔の正成が、硬直していた

          八郎のこと、許してやってくれな」
見付かってしまった以上、隠れても仕方がないと正成は、河南を負ぶって山道を登った
「あいつの親父は、三ヶ月前に戦で死んだんだ。八郎と挟み撃ちでお前の親父を攻撃するつもりだったんだがな、それが見破られて、寺田の別働隊に邪魔されて、親と合流できず、あいつの親父はやられちまった」
                
正成の話を、河南は黙って聞いていた
「あいつ、本当はお前が憎いわけじゃねえんだよ。自分が憎いんだよ。寺田に妨害されたからつったって、結局は自分の到着が遅くなって、親父は死んじまったんだからな。それ、あいつもわかってんだよ。でも、気持ちが納得できてねえんだよ」
                
正成の話など、河南に理解できる筈がない
正成もわかっていながら、聞かせずにはいられなかった
どちらかの味方をすれば、どちらかを失う
正成は、河南を失いたくなかった
八郎も、失いたくなかった
そう言うしかなかった
大人の都合を河南に押し付けていると自覚しながら

「旦那様・・・」
河南を迎えに出てみれば、夫が河南を背負っている
          お帰りなさい、河南」
「ただ今戻りました・・・」
正成の背中から降りながら、河南は小さな声で返事した
「門番から伝わったんですが、河南が随分汚れていたとのことですけど、何かご存知ですか?」
                
途端、正成の米神に汗が流れる
あさには知られないよう、一応身繕いは済ませたが、どこかでばれるこもと避けられないだろう
          河南、おでこ、少し擦り剥いているわ。転んだ?」
                
河南は黙って頷いた
その河南の様子に、正成は目を見張る
「そう。慌てたのね?」
「ごめんなさい・・・」
「いいのよ。小袖はちゃんと届けられた?」
「はい」
「ところで、随分掛かったわね。寄り道をしてたの?」
                
黙って首を振る
「それにしても、こんなに遅くなって。ほら、日が傾いているわ」
「あさ、河南は神社で巫女の舞を見てたんだよ」
居た堪まれず正成は、うっかり助け舟を出してしまった
「神社で?巫女?舞?」
                
あさの目が据わる
正成の顔が青くなる
「旦那様?また、河南の後を?」
「今度は追い回してない!着けただけだ!」
「旦那様ッ!」
「ほほほ・・・」
二人の遣り取りに、さとは苦笑いを浮かべた
「そんなことより、あさ!見てくれよ!」
と、正成は懐から布切れを取り出した
「何ですか?それ、河南が縫ってた」
「そう!へへーん、俺に呉れるってよ」
「まあ」
あさの目が大きく見開かれるのに気を良くしたか、正成は得意げになってそれを見せびらかす
「河南が俺のためにって、袋を縫ってくれたんだぜ~?」
「旦那様、ついこの間まで『袋もどき』と呼んでおられませんでしたか?」
「羨ましいだろ~?」
都合の悪いあさの言葉を掻き消すかのように、正成は声を張った
「河南が俺のためにって、一所懸命縫ってくれたんだよなぁ~?」
「でしたら、私も」
と、あさはそっと懐から、小さな端切れを取り出した
「なんだ?それ」
見れば自分の『袋』と同じ柄である
「河南が縫ってくれたんです」
あさの小さな布は巾着になっており、多少不恰好だが手提げも縫い付けられていた
結び紐がないだけで、正成の『袋』よりは形になっている
「化粧品を入れるのにどうぞ、ですって。河南は気の利いた子ですよね」
「そ、そうだな。俺のだって、握り飯ぐらいは入るし」
「今度の戦の時には、それに握り飯を入れて差し上げますわ」
          で、でもな」
正成はそれでも負けじと、『袋』の中に手を突っ込み、そこから干し柿を取り出す
「じゃーん!俺のは干し柿付だぞ?!」
「あら、神社でいただいたの?」
                
河南は頷くと、小袖の懐をごそごそとし、もらった干し柿の残りを取り出す
そしてそれを、あさにあげた巾着の中に入れようと、爪先で立った
あさも腰を屈めて巾着を河南に差し向ける
河南はその巾着に干し柿を入れた
「ありがとう、河南」
                
河南もにっこり微笑む
「旦那様!見ました?!河南が微笑んでくれましたわ!」
「よかったですね」
正成はどうしようもない敗北感に襲われた

「それじゃあ、河南、お風呂に入りましょうか」
その声を聞き、正成が慌てる
「あ、ちょっと待ってくれ、あさ。話がある」
「どうされました?」
                
見た目は取り繕えても、あれだけ八郎に蹴られたのだから、躰には痣ぐらいは浮かんでいる頃だろう
どうしたのかと聞かれ黙っていても、いつかは八郎のしたことが知られてしまう
それでは八郎の立場が悪くなるだけだった
「済まん」
                 ?」
あさは正成の様子に首を傾げた

          え?」
奥座敷で正成から話を聞かされ、あさの顔が赤くなる
「どう言うことですか。八郎が河南を?」
                
正成は黙って頷いた
「それを旦那様は、黙ってご覧になられていただけなのですか?何故止めなかったのです」
あさの顔が赤くなったのは、怒りで頭に血が上ったからだ
「何度も止めようと想った。間違えて、八郎を斬っちまってたかもしんねえ」
「旦那様・・・」
「だけどよ、河南を蹴ってた間の八郎の顔も、苦しそうだったんだ」
「苦しそうって、蹴り付けられた河南の方がもっと苦しかった筈です!」
「わかってる!でも、八郎だって好きで河南を蹴ってたんじゃない。自分でもわかんねんだよ。わかんねえ内に、河南に手を出しちまったんだと想う」
「旦那様は八郎の味方だから」
「味方とか味方じゃないとかの問題じゃねえ。八郎と河南の問題だ」
「だって、八郎の親が死んだのは、河南の責任ではないでしょう?何故河南にその責任を負わせるのですか!」
「親の因果が、ってヤツだ。河南が寺田の娘である間、それは永遠に続く。逃げられない因果なんだよ」
「でも、河南を引き取ると言ったのは、旦那様です。だったら、旦那様には河南を守る義務があります!」
「だけど、家臣である八郎を守るのも、俺の義務だッ!」
「旦那様・・・」
          どっちが大事とかの、簡単な問題じゃねんだよ・・・」
                
正成の言い分は、理解できる
だが、家臣が大事だからと、幼い河南が傷付くのを黙って見ているわけにもいかない
「私は・・・・・・・」
何か言おうとするあさを、正成は言葉で遮った
「あさ、頼む。しばらく、俺に任せてくれねえか」
「旦那様・・・」
「でも、肝心な時にゃぁ、やっぱお前に頼るだろうな。河南もあんなにお前に懐いてるしよ」
                
あさは黙って頷いた
「俺が庇えば庇うだけ、八郎の恨みも強くなる。それじゃあ、なんの解決にもなんねえ。あいつが、自分で気付くしか方法はねえんだよ」
「わかってます。だけど・・・」
「お前の心配も、よくわかった。河南がこれ以上酷い目に遭わないよう、俺も注意する。それで、収めてくんねえか」
                
それしか、方法はないのだろうか
不安は残っても、頷くしかできない自分の弱い立場が、あさの綺麗な顔を歪ませる

話し合いの末、あさはなんとか説得できた
後は、八郎の、憎しみを河南に向けないよう説得するだけだと、正成はあさの部屋を出た
          河南は?」
大人しく待っているものと想っていた河南の姿がない
「河南殿でしたら、用事があるからと屋敷の方へ・・・」
と、さとが応える
                 ッ」
まさか、と、正成は屋敷の方へ走った

この間も、今日も、神社でもらった『駄賃』に、あさは喜んでくれた
もしかしたら八郎も、これをあげれば喜んでくれるかも知れないと、河南は八郎を探した
誰も彼も、自分を違和感のある目で見る
やはり、今もまだ父を憎んでいる者が居るのだろう
「寺田の娘風情が」
と、小さな声で自分を罵る者も居た
それでも河南は、心痛むのを堪えて八郎を探す
「河南殿。こんなところで、何をしているのですか」
振り返ると、新九郎と言う青年が立っていた
                
河南の躰が硬直する

「女は犯した後、殺せッ!道中の足手纏いになるッ!」

あの日、あの時、自宅で聞いた声が耳に甦った
          この人だ・・・」
河南の心が呟いた
「殿とご一緒ではないのですか?」
                
河南は自然と後ろへ後退った
新九郎の優しい顔は自分に向いているが、新九郎の冷たい目は自分を見ていない
河南の本能が河南に知らせる
          これは、『敵だ』と
                 ッ」
河南は堪らず、その場から逃げ去った
「河南殿!」
背中で新九郎の声がする
河南は一目散に走った
声はすれど、新九郎は追い駆けて来る気配はない
しばらく走って河南は、足を緩めた
怖くて、後ろを振り返れない
振り返らず、良かったかも知れない
新九郎の目は、新九郎自身自覚できるほど、凍て付いた色をしていた

「はっ、はっ、はっ」
どれくらい走ったか、河南は兎に角屋敷から出ようと出鱈目に走り、来たことのない場所に行き着いた
周りは木が生い茂り、弓矢の的もたくさん並んでいる
藁でできた人形も幾つか並んだ、少し不気味な場所だった
しかし、河南には場所の雰囲気を確かめられる余裕などない
息切れに、肩が大きく上下する
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
胸が苦しくて、しゃがみ込んだ
そこに、八郎が木刀を片手に突っ立っていた
                
互いに沈黙する
ここは修練所と呼ばれる場所で、武術の稽古に使われる広場だった
八郎の手にある木刀が空に向かう
その木刀が、河南目掛けて振り下ろされた
                 ッ」
河南は想わず、目を瞑った
しかし、痛みと言うものは来ず、耳の側で木刀の空を切る音だけがした
                
恐る恐る瞼を開く
河南の側に、大きな蜂が落ちていた
          そいつは、毒を持ってる。下手に動いたら、刺されるぞ」
河南は、八郎が自分を助けてくれたことを知った
「あ・・・、あり・・・」
『ありがとう』と、言いたかった
だけど、口唇が上手く動かない
「蟻じゃねえ。蜂だ」
                
そうじゃないんだけどな、と口唇が上を向く
「さっさとここから出て行け。鍛錬の邪魔すんな」
「あの・・・」
今しか、渡せる機会はない
そう想った河南は、懐に仕舞っていた最後の一つを八郎に差し出した
          なんだ」
河南の小さな両の掌の上に、干し柿が一つ、置かれていた
                
どうぞ、と言いたげに、河南は八郎に差し出す
「俺に?」
                
黙って頷く
          要るかよ」
                
それでも、河南は差し出し続けた
絶対に折れない河南に八郎は苛立ち、掌の干し柿を掴むと地面に叩き付けた
「あ・・・」
「こんなもんもらったって、親父は帰って来ねえんだよッ!」
「八郎」
                
自分を呼ぶ声に、八郎は振り返った
そこには、正成が立っていた
「河南、これ、最後の一つだろ?」
と、八郎が投げ捨てた干し柿を拾う
「お前、自分の食う分がなくなっちまうぞ?それでも、良いのか?」
                
正成の問い掛けに、河南はぎこちなく頷いた
「だとよ、八郎。河南は、自分の分さえ、お前に分け与えてやるってよ。それ、踏み躙る権利が、お前にあるのか?河南の気持ちを踏み躙る権利が、お前にあるのか?」
「殿・・・」
「なあ、八郎。確かにお前にとっての仇は、寺田かも知れん。その娘である河南が憎いのも、わかる。じゃあさ、河南にとっての仇って、誰だ?」
                
八郎は応えられない
「俺であり、お前であり、楠木全部だよな?その家で、河南は暮らしてんだぞ?河南は俺らに恨み言の一つでも言ったか?」
八郎は黙って首を振った
「だよな?今のお前、五つの河南以下だぞ?」
「殿・・・・・ッ」
「河南は、俺を許してくれた。いや、腹ん底じゃあ、まだ許してないかも知んねえ。それでも、俺は河南が許してくれたと想いたい」
そう言いながら、正成は自分の袖から干し柿を取り出し、八郎に押し付けた
「これは、河南が『俺に呉れた』モンだ。つまり、もらった時点で俺のモンだ。俺のモンだったら、受け取るのに支障はねえよな?」
                
「明日、この干し柿の味を俺に聞かせろ。それが、お前の今日の仕事だ」
「殿・・・ッ」
「今日はもう上がれ。その分、明日早く来い」
そう言うと、正成は河南を抱き上げ、修練所を後にする
残された八郎は、押し付けられた干し柿を見詰め、しばらく立ち尽くした

奥座敷に戻り、正成は河南をあさに手渡した
しかし、河南の躰に着いた痣はあまりにも酷く、あさはそれを直視できない
仕方がないので今日だけは、正成が河南を風呂に入れることになった
軽く触れるだけでも痛いのか、正成の持った手拭が差し掛かる度に河南の躰が震える
痛がるからと、精々土汚れを落とすことしかできない
「お前、偉いな。こんなになっても、我慢してるなんて、よ・・・」
                
我慢したくて、してるんじゃない
行くところがないから耐えているだけだ
河南の小さな背中がそう言っているようで、正成の胸がずきずきと痛み出す
ごめんな、と、何度も心の中で謝罪する
だが、それを言葉にすれば、八郎のしたことを肯定することにもなる
自分から背負おうとしたことなのに、なんだか河南一人に背負わせているようで、正成もどうしたものかと考えあぐねた
湯殿の格子から、金剛山の夕焼けが差し込む
きらきらと美しい、茜色をした光だった
「河南、見ろ」
                
正成に呼ばれ、振り返る
そこから降り注ぐ夕焼けの光の帯に、河南は瞳を輝かせた
「綺麗だな」
                
黙って頷く
「お前の心みたいに、綺麗で、優しい色だな」
                
正成の言っていることが理解できず、黙ったままでいる
「河南。やりたいことがあったら、遠慮しないで言ってみろ。お前の願いなら、何だって叶えてやる。なんだって、してやる」
                
少し考え込み、顔が下を向く
正成は心の中で、どうか「今直ぐ死んでくれ」とかの類ではありませんようにと、祈った
しかし、しばらくして河南が口にした言葉は、意外なものだった
          奉納祭・・・に、行きたい・・・」
「奉納祭?          ああ、水越神社のか?」
                
頷く河南に、正成もほっとする
首が繋がったような気分になったからだ
「なんだ、それくらいだったらいくらでも叶えてやるぞ?」
                
河南は黙って正面を向き直し、正成に背を向けた
その向こうで、河南は嬉しそうに微笑んだ
背中を向けられた正成には、その微笑みは見れなかったが

いつか、わかり合える
いつか、助け合える
正成はそう、信じていた
簡単には行かないとわかっていながら、願わずにはいられなかった
いつか、笑い合える
そう、信じて
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