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「最初に女の子を産むとね、とても育てやすいのよ」
帰命の沐浴の仕度をしながら、お能は菊子に聞かせてやった
「どうしてですか?」
「女の子ってね、放っておいても勝手に育つんですって」
「そんな、筍じゃないんですから・・・」
菊子の頭に汗が浮かぶ
「それだけ生命力が強いってことね。だから、最初に育てやすい女の子を産むと、後で男の子を産んでも要領とか勝手とかがわかってるでしょ?それで、『一姫二太郎』が子供を産む最も望ましい理想なんですって」
「そんな理由があったんですか」
「だからお菊ちゃんは一姫だから、次の子ができても安心よ。うちなんか最初が男の子でしょ?旦那の実家はほら、結構のんびりしてるとこだからそうでもなかったけど、うちの実家がねぇ、口喧しくて、美濃からあれだこれだと人を送って来て、もう大変だったのよ」
相当大変だったのか、お能の顔が顰めっ面に歪む
「そうだったんですか・・・」
菊子の頭の汗が二つに増えた
「奥方様も一太郎になっちゃったけど、でも、周りにあれだけの人が居るんだから、安心かな。おなつ様もいらっしゃるし、大丈夫よね」
「そうですよね。心配なんて要りませんよね」

出産後も、帰蝶は好んで信長の小袖を羽織っていた
袴は意外と動きやすく、小袖も何重に帯を巻く必要がないため意外と快適であった
帰命が生まれて十日
早く本丸に帰りたいと言う帰蝶に、なつがまだ早いと許してくれない
体を動かそうにも、同様、まだ動くなときつく言われていた
それでも今後のことを相談しなくてはならない
手の空いた者だけが帰蝶の局処の部屋に集まり、それを聞く
「実子として認めない?!」
帰蝶の話に、長秀が素っ頓狂な声を上げた
「それは一体、どう言うことですか!帰命様は、奥方様がお産みになられた若子様。何故実子として認めないのですか!」
「勿論、形式は私の養子として織田の子の認知はするわ。だけど、帰命を私の産んだ子とは認めない。この決定は覆さないわよ?」
「ですから、何故ですか。奥方様」
可成はできる限り穏やかな口調で聞いた
「あの子を私の実子と認めれば、末森がどう動くかしら。吉法師様との会見を申し出るでしょう。産んだ母親がまだ他の女なら、動揺も少ないと想うの」
「しかし、殿には側室がおりません。既成事実をでっち上げるのは無理です」
資房が言った
「それなら、侍女に手を出して産ませたことにすれば良いじゃない」
「殿のご名誉が損なわれます」
今度は一益が言う
「そんな小さいことに目くじらを立てるような人じゃないわ、吉法師様は」
「奥方様・・・」
笑いながら言う帰蝶に、可成も引き下がる
「帰命だけは、なんとしてでも守り通さなくてはならないの。吉法師様の血が流れる、唯一の子よ。だけど、その事実が明るみに出たら、どうなるかしら。今度こそ末森は総力を結集して清洲に攻め込んで来るわ。そうなったら、どうしても吉法師様を表に出さなくてはならなくなる。でも、その吉法師様をどうやって表に出せば良いの?吉法師様は居ないのよ?そして、末森が吉法師様の死亡を知ったら、どうなるかしら」
                
可成だけではなく、さっきまで勢いの良かった長秀も黙り込んだ
「私には、織田を守る切れるだけの力はない。吉法師様の代わりはできても、吉法師様そのものにはなれないの」
「だから、奥方様は帰命様を他の女が産んだ子として扱うと?」
「吉法師様の死を末森が嗅ぎ付けば、今度こそ間違いなく清洲は落とされる。そしてあの子はその標的にされる。帰命を殺すことに、全力を挙げるでしょう。大きな目標の前では、人は底知れぬ力を発揮する。それは私達が稲生で実証したでしょう?清洲を、吉法師様の想いを守るんだと言う大きな目標に、みんな、あの大軍を押し返したじゃない。それをもう一度やれと言われてできるものなの?」
「それは・・・・・・・」
否定しようにも言葉が出ない
帰蝶の言うことに納得した証拠である
「帰命を私の実子と認めれば、当然末森はその祝いにと吉法師様の謁見を申し出る。祝いで逢いたいと言っているのに、断る理由は存在するかしら」
「それは、やはり稲生での争いを盾には」
長秀が聞く
「確かにあの後、末森から直接吉法師様へ詫びを入れる謁見を申し出て来たわね、吉兵衛」
「はい。ですが、稲生での出来事に殿は大変お心を煩わせておいでですので、今回はご遠慮いただくようにと、お断り申し上げました」
「それで末森は引き下がってくれたけど、待望の嫡子が生まれたと、その祝いに是非とも兄上にお逢いしたいと言って来たら、どう断れる?」
「無理でございます」
貞勝ははっきり返事した
「ただでさえ現在、謀叛首謀者の柴田殿が殿への謁見を再三申し出ておられますが、今は会いたくないとお断り申し上げている次第。ですが、帰命様のご誕生に伴えば、もう、断る理由も想い付きません」
「そうですか・・・」
「逢わせられない殿への謁見、どうあっても誤魔化せないと言うことなのですね・・・」
「吉法師様が亡くなられて、そろそろ一年。その間、末森からの会見の申し込みの全てを断っているの。帰命が生まれたことも、隠し通せるものではないわ。もしも向うから知って、それを責められたら、それこそ問答無用で吉法師様に逢わせろと詰め寄って来るでしょう。そうしたらまた、戦が起きるのよ?私も、直ぐに動ける状態じゃないわ。斯波の旧臣もある程度は集まっているけれど、それでも末森の総力にはまだ及ばない。兵農分離だって、まだその途中。何もかも、中途半端なままなのよ。そんな状態で、既に完成している末森軍に太刀打ちなんて、何度もできるもんじゃないわ」
「それでは、帰命様のご生母は、どなた様に?」
「そこまで向うに話す必要がある?信長の子が生まれました、どなたが生みになられましたか?帰蝶が産みました、それは是非とも兄上様にお逢いしたいのですが、と来るよりも、信長の子が生まれました、どなたがお生みになられましたか?侍女が産みました、そうですか。で済む方が良いでしょう?」
「確かに・・・」
帰蝶の描く完璧な筋書きに、誰もが唸る
「ですが、それで奥方様はよろしいのですか?」
可成が聞く
「何が?」
「あなた様が、そのお腹を痛めてお産みになられた若子様でございます。なのに、産みの親だと名乗れないつらさ、そこまで耐えなくてはならないのでしょうか」
                
長秀、貞勝、資房、一益も固唾を呑んで帰蝶の返事を待つ
「あの子を守るためならね、私は何だってするわ。糞尿に塗れることも、石を投げ付けられることにだって耐えられる。あの子が生きて無事成長するまで、私は全ての矢面に立って、あの子を守ってみせる」
それは、信長の唯一の子だから、だけではなく、この世で唯一愛した人の子だから
愛した人が残してくれた唯一の愛の証だから
だから、守りたい
自分の命に代えても、守りたいと言う、強い決心がそう言わせていた
          無駄かと想いますが、おなつ様は賛成なさっておいでで?」
「反対したわよ。それこそ、もう少しでぶたれるところだったわ」
全員が「やっぱり」と言いたげに、溜息を漏らした
「でもね、最後は承知してくれた。帰命を守るためだって言ったら、それでも賛成してくれた。目は怒ってたけどね」
「ははは・・・」
一斉に苦笑いが起きる
「生まれなんて、どうでも良いの。あの子が大人になって、吉法師様の跡継ぎだって世間が認めてくれたら、私は自分が母親だって名乗れなくても、それで良いの。吉法師様の時のように、常に何処から来るかわからない暗殺に怯えて暮らすよりも、あの子を伸び伸びと育てたい。あの子に窮屈な想いなんかさせたくない。私の子じゃなければ、末森だって少しは油断した目で見る。正室生まれでなければ、必ずしも嫡男と言うわけではないのだし、ね?だからみんな、お願い。承知して」
生母だと名乗れないのは、帰蝶が一番つらいはずである
結婚して七年、子供は一度流れたきり
帰命は信長が死んだ後で生まれた子
次を望めるわけがない状況に、漸く生まれた子だ
誰よりも大事で、誰よりも大切な存在である帰命に、自分の正体を明かせないつらさを自ら背負った帰蝶を、これ以上責めるわけにはいかなかった
          それでも、『母親』は、『母親』ですよね」
「三左?」
可成はゆったりとした口調で言った
「奥方様は先ほど、帰命様を養子として扱うと仰いました」
「ええ、言ったわ」
「ならば、帰命様は奥方様を『母上様』とお呼びできる立場であることに、変わりはないのですね?」
「そう言うことになるわね」
「なれば、私は賛成します」
「三左」
「森殿、正気ですか」
長秀が言う
「奥方様のお気持ちを考えて、そう仰ってるのですか」
「勿論です。誰よりも『母』と呼んでもらいたいのは、奥方様でしょう。それを、奥方様が自ら放棄なされたと言うことは、帰命様の命がそれだけ危険に晒されているということではないのですか。今の我らにそれを守りきれるだけの力がない以上、奥方様の提案に賛成するしかないじゃないですか」
「くっ・・・!」
悔しさに、長秀は袴の膝を掴んだ
「私達が力不足の所為で、帰命様までおつらい目に遭わせなくてはならないのですか・・・ッ」
「そう悲観しないで、五郎左衛門。物は考えようよ」
「それに、帰命様が奥方様を『母上様』とお呼びするのに、変わりもありませんしね」
「そうね、三左」
「奥方様以外の誰かを『母』と呼ばせるのならば、私は死んでも賛成いたしません。ですが、系譜が少し違うだけで、奥方様が母親であることに変わりないとあれば、不承ながらでも賛成いたします」
「複雑な賛成の仕方ね、三左・・・」
苦笑いして帰蝶は言った
自分の名誉と、子供の安全、どちらが大事かと聞かれれば、帰蝶は迷わず子供の安全を取る
それを実行しただけだ
帰命は変わらず局処で育てられ、自分もそこに行けばいくらでも逢える
局処の一切の責任者は、自分が全幅の信頼を寄せるなつであるし、その補佐に入っているあやも、信頼に値する人物だ
お能も居るし、菊子も居る
他の侍女も那古野時代から共に暮らしていた者ばかりなので、寧ろ信用できない人間など居なかった
しかし、内側が磐石でも外部からの攻撃に強いかと言われれば、そうでもない
末森を清洲に近付けないために名塚で食い止めたものの、それも何度も防ぎきれるものでもなく、また、帰蝶も自身言ったとおり、今は戦に出れる体ではなかった
城の内側から守りを固めるにも限界がある
「ところで、このことなんだけど、他のみんなにも話しててくれる?」
「え?」
「と言いますと?」
「本丸から離れられない河尻や、外回りに出てる犬千代、新五を連れ回してる慶次郎とか、勝三郎にはなつから話してくれると想うけど、後、そうそう、松助にも。特に河尻と松助は頭から角生やして反対するだろうから、頼んだわよ。じゃぁ、私はそろそろ帰命の授乳に行きたいから、お願いね」
「おっ、奥方様・・・!」
さっさと寝室に戻ってしまう帰蝶に、全員がポカンとなった
          どうします・・・?」
「松助殿は兎も角、河尻様は拳で語られるお方ですからね、無事で済むとは想えないのですが・・・」
「では、どなたかが代表して、今から本丸の河尻様にお伝えして」
「どなたが参られるのですか?」
可成の質問に、残りの全員が青い顔をして首を振った
「ふぅ・・・」
可成は溜息を漏らしながら頭を掻き、帰蝶の部屋を出る
「お気を付けて、森殿~」
「よろしくお願いいたしますー」
「骨は拾って差し上げますからぁ」
                
最後の長秀の言葉に、可成は想わず拳を握った

寝室に戻ると、帰命がちょうど沐浴を済ませた後だった
「お話はお済になりましたか」
未だ機嫌の戻らぬなつが、眉を吊り上げて聞く
「みんな、何とか納得してくれたわよ」
「あら、そうですか。聞いていましたら、みなさん反対なさっていたご様子ですけど」
「聞き耳立ててたの?」
「仕方がないでしょう?隣の部屋なんですから、聞きたくなくても耳に入ります」
「それでも、聞かない振りをしてくれると想ってたわ」
そう言いながら、支度を済ませた帰命をお能から受け取る
「ふふっ、可愛い。吉法師様も、こんな感じだった?」
細い体の帰蝶から生まれた帰命も、体は小さかった
頬を指先で軽く突付き、徐々に口元に持って行く
「生まれたばかりの若は見ておりませんが、一年経てばわかりますよ」
「そうね、楽しみに待っておくわ」
口元に持って行った帰蝶の指を、帰命は咥えて吸い出した
菊子が黙って晒しを手に、帰蝶の側に行く
帰蝶は小袖の胸元を開いて、胸に当てていた晒しを外した
当てていた晒しは既に溢れた母乳で濡れている
それを菊子に手渡し、新しい晒しで乳房を拭い、それから帰命を胸元に持ち上げる
教えるわけでもなく、帰命は母の乳首を探し、口に含む
命の営みが、ここにあった
恒興を産んだ時のことを想い出し、なつはいつもこの場面になると涙ぐむ
昔の苦労を想い出すのだろうか
帰命は一生懸命口を動かし、母の『命の源』を吸った
その帰命を見詰めている間、帰蝶は母の顔をして、優しい微笑みが溢れる
この子を守るためなら、自分はその土台になることも厭わない
決意を聞かされても、なつはやはり同じ子を持つ母として、帰蝶の立場が不憫でしょうがなかった

                
予想通り、話を聞いた秀隆は顔を赤くして怒り心頭の様子を見せる
「奥方様が望まれる以上、我らにはそれを拒むことはできません。なんとか納得いただけないかと言うのが、奥方様の願いです」
          俺達が不甲斐ないばかりに、若を犠牲にせねばならんのか」
「そうではありません。少なくとも私達が『あなた方は実の親子です』と言う接し方をすれば、若もご自分の立場を理解できるのではないでしょうか。何もかも悲観的になることはないと、奥方様も仰ってました」
「何より、奥方様の気持ちを考えると、素直に納得できん。うちもな、子供が生まれた時の女房の喜びようといったら、半端じゃなかった。そりゃそうだよな、女は自分の命を賭けて子供を産むんだ。俺達の命懸けとは、わけが違う」
「河尻様」
「そんな想いをしているのに、それでも奥方様はご自分よりも若の命を選んだのか。          俺達、奥方様と同じことができるかな」
                
可成は苦笑いして首を横に振った
「大したもんだな、奥方様は。殿の女房殿は」
「はい。普通の女性でも、ああは参りませんでしょう。子との絆を、好んで断ち切る母親など、おりません。増してや、愛する夫が居ない状況で、たった一人の子にすら母と名乗れぬつらさ。奥方様は、いつもそうです。大切なものを守るために、大事なものを犠牲になされる。斎藤の大殿の時ですら、織田を守るため実の親を捨てた。はぁ・・・」
可成は、つい、溜息を零してしまった
「あの方は最早、我ら常人には考え及ばぬ領域に、足を踏み込まれておられるのやも知れませぬ」
                
可成の言葉には、秀隆も妙に納得させられた
自分達と同じ考えを持っていたら、『織田信長の女房』など務まるわけがないのだと言うことを、想い知らされる

「奥方様、佐久間様がお戻りになられました」
菊子の声に、帰蝶は「はぁーっ」と深呼吸をする
「さぁて、怒鳴られて来るかな」
と、帰命をお能に預けながら布団から出る
立ち上がる際、縋るようになつを見て、なつは「やれやれ」と言いたそうな顔をして一緒に立ち上がった
襖を開け、隣の私室に入る
信盛はその縁側に控えていた
「こっち入りなさいな。そこじゃ寒いでしょ?いくら三月がもう直ぐだからって言っても、まだ底冷えするのだし」
「ありがとうございます。しかし某、手足泥塗れでございますので、奥方様のお部屋を汚すわけにも参りません」
「それじゃぁ、温かいお茶でもお淹れしましょう」
と、なつが部屋の隅に置いてある、茶の道具を取りに行く
「出がらしで充分でございます、おなつ様」
軽く笑う信盛に、帰蝶は意を決して報告する
「あ・・・、あのね、松助、怒らないで聞いてね。帰命のことなんだけど・・・」
「奥方様、火急の知らせでございます」
「え、あ、はい、お先どうぞ」
自分の言葉を遮る信盛の気迫に押され、つい遠慮する
「斎藤が土田と結託、東美濃・遠山一族に戦を仕掛ける準備を整えましてございます」
          え・・・?」
信盛の報告に、帰蝶の目が丸くなった

「ああ、忙しい、忙しい。吉法師の子の顔を、先に見る暇もないのか」
那古野から呼び出された信光は、この時期に相応しくないほど大汗を掻いて手拭で拭いながら局処に走る
「他人の家の局処に入るなんざ、初めてだぞ」
「申し訳ございません、奥方様がまだ動ける状態ではないもので」
先導している龍之介が謝る
「まだ動けないって、産んで半月は経ってるだろうが。そろそろ動かさんと、そっちの方が心配だわい。池田もどこまで過保護なんだか」
信光の愚痴に、先行する龍之介は苦笑いして正面を向いた
「奥方様、那古野の孫三郎様がお越しくださいました」
「お通しして」
「はい」
龍之介はさっと襖を開け、信光を案内した
「孫三郎様、お忙しい中、お呼び出しして申し訳         
「こりゃ。次に会う時は『叔父上と呼べ』と言ったであろうが」
「あ・・・、申し訳ございません、叔父上様」
「それで、火急の知らせとは何だ」
信光は座りながら聞いた
「はい。美濃斎藤が同じく美濃・可児の土田と手を組み、東美濃・恵那の遠山一族に宣戦布告を」
「そりゃまた豪気だのぅ。遠山と言えば、美濃でも名門中の名門だぞ。その遠山を相手に、一戦交えようと言うのか。しかも土田と言えば、末森の後家の実家じゃないか」
「土田が東美濃を押えてしまえば、末森勘十郎様は強大な後ろ盾を得ることになります。そうなれば、清洲など風前の灯。斎藤と土田の結託を阻止すること叶わずとも、何とかして遠山家に刃向けさせずに済む方法はないかと想いまして、孫・・・叔父上様のお知恵を拝借したいと」
「そう言うことなら話は別だ。いくらでも助言しよう」
「ありがとうございます」
「で、遠山一族と嫁御殿・・・う~ん」
突然唸り出す信光に、帰蝶も側に着いているなつもキョトンとする
「わしに『叔父上』と呼べと言っておいて、わしがそなたをいつまでも嫁御と呼ぶのも不公平だの」
「え?」
そんなの、どうでも良いから話を進めてくれ
この時ばかりは帰蝶もなつも、全く同じことを心に浮かばせた
「そうだ、そなたのことは上総介と呼ぼう」
「上総介・・・」
「吉法師の自称だが、あやつも滅多には使わんかったんだ、まぁいいだろ」
「はあ・・・」
「で、上総介、そなたと遠山に切っても切れない縁と言うのは、ないものか」
「と、言いますと?」
何の抵抗もなく自分を『上総介』とあっさり呼んでしまうところは、年寄りの貫禄だろうか
最も、信光はまだ『よれよれの老人』と言うわけでもないが
「同盟を何故組まん。確か三河の村木砦を攻略する際、遠山の力を借りたと聞くが?」
「はい、あの時は鳴海の山口が余計な茶々を入れるのではないかと心配し、先回りさせてもらうのに遠山家の助力を借りました。しかし、斎藤とはさほど縁があるわけでもなく、あっても土岐分家の明智との縁組でしたので。その明智も長良川での合戦の後、一家離散。その消息も掴めません。増してや、父の存命中に斎藤を出し抜いて遠山と同盟を組むことも憚られ」
「そんな状態であっては、遠山との同盟など望めんな。増してや、その戦で吉法師が絶命したのだから、考える余力もないか。すまん、酷なことを想い出させてしまった」
「いいえ、私は大丈夫です」
「時に、後で吉法師の子を見せてもらえるか?」
「はい、どうぞいくらでも」
「もしもうっかり連れて帰ってしまったら、すまんの」
「その時は後ろから斬り付けてでもお止めしますので、ご心配なく」
「あいわかった」
                
それで双方納得したのかと、なつの頭に汗が浮かんだ
「さて、本題だが」
「はい」
信光の一言で、その場がしゃきっとする
「お前はどうしたい。遠山を助けたいのか?それとも、恩を売りたいのか?」
「恩を売りとうございます」
「そうか」
きっぱり答える帰蝶に、なつは驚き、信光は目を細める
「さっきからの口振りでは、遠山の惣領とは浅からぬ仲のように想えるが」
「子供の頃の鷹狩友達でございました」
「ほう、鷹狩の。しかし、その友に恩を売るとは、どう言う了見かな」
「同盟だけでは、何れ破綻します。それは織田と斎藤を見ていてもおわかりのとおり、同盟ほど希薄な関係はございません。ですが、恩を売れば強固な連合関係で居られます」
「連合関係」
「双方、完全独立した、しかし、どちらかに禍起きらば戦場に駆け付けなくてはならない同盟では、こちらも身が持ちません。なれば、必要な時に必要な分だけ軍兵を派遣で済む連合の方が、清洲の損害も少なくて済む。私はそう考えました」
「なるほど。生死を共にする、しかし希薄な関係である同盟よりも、絆深い、しかし戦では互いの力を然程必要ともしない連合、か。上総介、考えたものだな」
「恐れ入ります」
信光に誉められても、表情を崩さない帰蝶を、なつはやはりどこか遠い光景を見ているかのような気になった
もう、後戻りはできないのか
母になり、帰蝶が益々遠い存在になってしまったような、そんな想いがする
「で、肝心のその連合を、どうやって組む」
「それが全く想い付きません。昔の誼でまた音信を通わせてと言うのも、どうかと想いましたもので、叔父上様のお知恵を拝借したいと、お呼び立てした次第でございます」
「そうか・・・。こう言う時は、そうだな、政略結婚が一般的だがな」
「政略・・・」
想わぬ相手に、想いもせず嫁がなくてはならない女の無念
必ずしも幸せになるとは限らない、その結婚を、帰蝶は重く受け止めた
「兄上の娘で適齢期はおったか」
「義父上様の娘で・・・」
「それならば何人かいらっしゃいます」
帰蝶の代わりになつが応える
「なら、その娘を」
「ですが、御前様がなんと仰るか」
「あいたたた。そなたら二人して、土田御前とは対立関係にあったな」
「面目ございません・・・」
帰蝶となつ、揃って顔を赤らめ頭を下げた
「あの・・・、私の娘の稲で良ければ・・・」
そうなれば、例え政略と言えども末森からは出られる
母としては手段を選んでいられなかった
「稲はいくつになるかな」
「勝三郎とは七つ違いですので、今十四です」
「ほう、適齢期だな」
「でも、それこそ土田御前様は反対しないかしら?稲姫は言わば、清洲の人質みたいな存在になってるのでしょう?絶対手放さないと想うわ」
「そんな・・・」
一縷の望みも絶たれ、なつにしては珍しく絶望的な顔をする
「ふ~む、なら妹なら構わんか」
「と、申しますと、先々代様の娘様でございますか?」
「うむ。丁度出戻った妹がおる」
「出戻った・・・と言うと、おつや様でございましょうか」
「そうだ、池田」
「おつや様って、もしかして吉法師様より年下の叔母上様のこと?」
「ええ、そうです」
そう言えば「自分より年下の叔母」の話を、信長からちょろっと聞いたことがあるような記憶がある
詮索好きではない帰蝶のことなので、印象に残るほどの話はしていないが
「しかし、私も詳細はわからないのですが、何故おつや様は返されたのでしょうか」
「返された?」
想わず帰蝶は聞き返した
「ええ。奥方様が嫁がれてから三年後に、三河の豪族の許に。ですが、更にその三年後ですから、一昨年ですね、嫁いだ先から三行半を突き付けられたんです」
「ええ?」
「上手く行っているものと想ってたのですが、余程相性がお悪かったのでしょうか?」
「いや、まぁ、正直に話さねばならんか」
信光の顔色が芳しくないことに、帰蝶もなつも一抹の不安を覚える
「おつやはな、石女(うまずめ)だ」
「石女・・・・・・・・」
自分も、帰命を生まなければそう呼ばれていたのだろうか
女にとって、これほど不名誉な呼び名はない
「石女であることを黙って嫁に送るのだから、遠山を騙すことにはなるかも知れんが、手段は選んでおれん。そうだろう?上総介」
          はい」
「しかし、もしそれを遠山に知られたら?連合も忽ち解消されてしまいませんか?」
「だったら、それこそ『知らんかった』と白を切れ。それから側室なりなんなり送ればよかろう。最も、遠山にばれるまでに織田を統合させる力量が、上総介にあればの話だがな」
                
信光は自分を試しているのだろうか
それとも、信用してくれているのだろうか
今の帰蝶には、信光の真意はわからない
「じゃぁ、帰ったら早速おつゆに話してみよう」
          政略を、ですか?」
「当然だろう?」
「そうですね・・・」
「何か不満でもあるのか?」
帰蝶は少し俯き、信光に言った
「吉法師様が夢描いた世界は、政略で泣く女を作らないことも、含まれる一つでした。なのに、その政略を用いて夢に近付くと言うのに、得心が行きません・・・」
「上総介。理想だけで夢を語るな」
                
信光の言うことは、最もだった
「綺麗事だけで成り立つ理想など、どこにも存在しない」
「ですが」
「上総介。お前は聡明でありながら、愚かだ」
                 ッ」
「片方で吉法師の夢を語りながら、片方で吉法師の夢を否定している」
「そんな・・・ッ。違い         
「夢を描くのに、どれだけの犠牲が伴うか、それを全く理解しておらん。頭で考え、心で想い、だが、実際することはなんだ。守りたい、守りたいだけで守れるほど、この世は易くない。お前にはまだ、人生の経験が不足している。綺麗な世界しか見ておらん」
「違・・・・・・・」
「これからもっと、つらいことも起きるだろう。薄汚れた世界を見ることもあるだろう。その、薄汚れた世界を見る覚悟が、お前にあるのか。その世界に踏み込む勇気があるのか。言葉だけ飾り立てても、行動が伴ってなければ、眠っている間に見る夢と何も変わらん。目を覚ませ、上総介。お前は何を目指している、何を求めている。今一度考えろ」
                

ぐうの音も出なかった
自分ともあろう者が、物の見事に論破されてしまった
「おー、おー、おー、可愛いのぅ。吉法師の赤子の頃そっくりだ」
さっきまでの雰囲気とは一転して、信光は死んだ甥っ子に瓜二つな帰命に目尻を下げっ放しである
「本当ですか?」
押し黙ったままの帰蝶に代わり、なつが応える
「鼻先口元、吉法師に似ておる。目の辺りは、上総介か。しかし、眉の生え具合は吉法師似だのう」
「なら、乳母探し、しっかりせねばなりませんね」
「いやいや、お前が着いているのなら心配ないだろう。そう神経を尖らさず、気持ちの優しい女を乳母にするが良い」
「はい、心得ました」
「上総介」
          はい」
「少し、言い過ぎたかも知れん」
帰命をあやしながら、信光は言った
「いいえ・・・」
「だがな、この池田ですらお前には甘い」
「あら、そんなことございませんよ?孫三郎様」
「何を言うか」
反発するなつに、信光も反論する
「確かに上総介は、これから織田を背負わねばならん立場だ。お前達とて産後の上総介を大事にしたい気持ちもわかる。だがな、いつまで局処でのんびりさせるつもりだ。戦は本丸でも起こっておる。その世界を見せねば、上総介は少しも伸びんぞ」
          痛いお言葉でございます」
なつは素直に頭を下げた
「夢を語るなとは、言わん。だがな、現実を見るのも大事だぞ。それを忘れるな」
                
応えられず、帰蝶は黙って頭を下げた

遠山との政略は、信光が受け持ってくれることになった
一度も逢ったことのない『おつや』なる女性のことを考えると、それでもやはり納得が行かない
だからと言って、今の自分にはどうすることもできないのも事実だった
「私、まだまだね・・・」
おつやが景任の許へ輿入れする段階になって、帰蝶は呟くように心境を告白した
「勝三郎と千郷様が好いた者同士結婚できたことで、満足してしまったのかしら・・・」
「奥方様」
「世の中のみんなが、好いた者同士一緒になれればって、甘い考えをしていたのね。同盟を組んだり、連合を組んだりするのに、やっぱり、政略は必要なことなのに、吉法師様の言葉に溺れて全然現実を見てなかった・・・」
「確かにそうかも知れません。ですが、奥方様だって完璧な人間じゃないんです。足りないところは周りが補って支え合うのも、必要じゃないんですか?今回は孫三郎様が、奥方様の足りないところを補ってくださいました。それで遠山との連合提携も、話が進んだじゃないですか」
「そうね・・・。与一様が話に乗ってくださったから、今回は上手く行ったようなものね」
「でしょう?お陰で土田は、遠山に手出しできない状態になったじゃないですか。今はそれで由と考えてはどうですか。何もかも万事無事にと言うわけには、行かないんですよ。何かを成すには、何かに目を瞑らなくてはならない場合もあるんです。全てに目を開いていては奥方様が参ってしまいます。ほどほどになさってくださいな」
                
上手く言葉が出てこず、帰蝶は苦笑いして頷いた

「叔父上の計らいにより、美濃恵那遠山と婚姻関係を結ぶことができた。だが、それで安心もしていられない。変わらず土田は斎藤と手を組み、遠山一族の管理する明智の旧領を虎視眈々と狙っている。木曽川を挟んだ可児を奪われたら、私達は成す術なしの状態になってしまうわ。これを打破するのにどうすれば良いのか、みんなにも何か案があれば出してもらいたいの」
信光の助言どおり、帰蝶は早々に本丸に戻った
母乳を与えるのに一々局処に帰るのは手間だったが、周りが助けてくれることもあり、時にはお能や菊子が帰命を本丸に連れて来てくれたりもして、なんとか遣り繰りはできた
表座敷で何人かが集まり、小さな会議を開く
手が空いていたのが秀隆、可成、恒興、時親の四人だけであるが
貞勝は相変わらず局処でバタバタしているし、資房は遅れ馳せながら帰命の誕生を知らせるため末森に向った
そんな春の日
「弟の報告ですが、土田の一族に嫁いでいた丹羽郡生駒屋の娘が、帰って来てるそうです」
「生駒屋って、確か土田の出資先だったかしら」
「はい」
時親の報告に耳を傾ける
「生駒屋の娘が嫁いでいた先の亭主は、去年の長良川合戦で斎藤軍に城を襲われた際戦死したそうなんですが、生駒屋からの出資目当てでそれでもしばらくは土田家の世話になっていたようです。しかし、織田と遠山の婚姻連合成立に伴い、尾張の人間を置いておくのを嫌って、追い出されたらしいです」
「どうして?」
「尾張への情報漏出を恐れて。また、遠山と織田との連携が強くなるのを嫌って。それなら、今の内に追い出されたのか、それ以外に理由があるのかまではわかりませんが、それだけ織田を大きく見ていると言うことでしょうか」
「なら、その後家は今実家の生駒屋に居るってこと?」
「そうなりますか」
「その後家から、それまでの土田の内情は探れないかしら」
「無理ではないとは想いますが、手間は掛かるでしょうね」
「構わないわ。これからも土田と遠山の睨み合いは続くでしょうから、土田の内情を少しでも知っておきたいの。平三郎、内偵、頼める?」
「はい」

生駒屋に戻された娘は時親、弥三郎の父の実家を乗っ取った土田家の一門に嫁に入っていた
詳細を聞けば一門と言っても元々は別称だったが、元当主・政久に気に入られ、特別に土田姓を譲り受けただけで、出自は土豪だと言う
なら、尾張の田舎の商家の娘が嫁に入るのも不思議ではない
お能の実家のような相当の大きな家でなければ、武家に嫁入りするのは難しい時代なのだから
それでも一応は一門扱いされていたと言うのが、概ねの事実だった
その生駒家の内偵を、元土田家当主の家柄である時親に任せなくてはならないのだから、これも皮肉だろうか
それ以外の家臣らは全員、手一杯だった
それこそまだ若輩の利家ですら外を走り回り、独立したばかりの義近でさえ、最近は城勤めが難しいほど多忙を極めている
それも全て、帰命への世襲と政権交代がすんなりと運ぶよう、何十年も先のことを今から根回ししているのだ
帰蝶も自分でできることは四の五の言わずやるしかなかった
「奥方様」
一通りの話し合いが終わった後、局処から貞勝がやって来た
          柴田が?」
「又助さんが末森に帰命様ご誕生をお知らせしましたら、柴田殿が是非とも奥方様にお逢いしたいと」
「どうして私?私が産んだって話したわけじゃないわよね?」
「はい。又助さんも、打ち合わせどおりのことを言っただけで、向うもこれと言って掘り下げはしなったそうで。なのに、どうしてか柴田殿だけが食い下がって来たと」
「それで、私に逢いたいと?」
「殿に逢いたいと申されても、受け付けてもらえないと想っているからではないでしょうか。もう一年、音信不通が続いておりますし、向うもそろそろ不信に想い始めてる頃ではないかと」
「面倒なことになる前に、柴田に逢うしかないわね」
「それが賢明かと存じます」
この頃になると信長軍団は、別格の秀隆を除いてある程度が其々を『さん』付けで呼び合っていた
様々な苦難を共に乗り越えたと言う連帯感が、自然とそうさせたのだろうか
帰蝶も、絆が深くなるのは悪いことではないと、特に注意もしなかった
「柴田とは稲生で一騎打ちを交わした仲だけど、まぁ、私も顔を隠していたし、そうばれることもないわよね」
と、高を括っていた帰蝶だったが         

「実際こうしてお目に掛かるのは、初めてでございますな、奥方様」
「そうですね」
城の外の者と逢う時は、以前の女物の小袖に戻る
短く切った髪は誤魔化すため、飾り帯を根元に結び付けそれなりに長く見えるよう頭を飾り立てた
大きな家なら奥方はそう言ったお洒落もするもので、肝心の帰蝶が頭の重さを我慢すればいいだけのことだった
目の前の無骨な武士(もののふ)に、その愚直なまでの実直さを帰蝶は感じ取った
そして、恐ろしいまでの野性的な勘にも驚く
「やはり、あなた様でしたか」
「え?」
「稲生での戦、某と刃交えし若武者は」
          なんのことかしら」
平常を装いながらも、帰蝶の内心は汗だくである
「女の身でありながら戦場に駆らねばならぬ身上、どのような経緯がありましょうや」
「だから、なんのこと?私が稲生の戦に出たと?」
「出ていないと?」
「出てないわ」
          嘘を、吐いておられますな?」
「え・・・?」
「権六、奥方様に言い掛かりを付けるの?」
同伴したなつが、帰蝶を庇う
「池田様、あなた様までぐるでございますか」
「権六、口が過ぎますよ」
「本日は、殿にご誕生あそばしたご嫡男様の祝いにお邪魔した次第、奥方様を責めるつもりで参ったわけではございませんが、この柴田権六勝家、昨年より胸に抱えた疑念を晴らすため、奥方様にお逢いしとうございました」
なつに睨まれても一歩も引かない、その豪胆さ
帰蝶は心の中で感心した
夫が欲しがっていた男だ
どれだけの器なのか、帰蝶も知りたかった
「あなたが抱えていた疑念とは?」
「殿は、どちらにおいでなさいますか」
「本丸の執務室に」
「お逢いしとうございます」
「多忙中に付き、遠慮願います」
「外から拝見するだけでも構いません。お声もお掛けしません」
「断ります。自分に弓引いた者の顔を見て、冷静で居られるはずがない」
「そうでしょうか」
「どうしてそう言い切れるの?」
「私に啖呵を切ったあなた様でさえ、涼しげなお顔で私と対面なさっておいでだ」
「だから、私は稲生には行ってないと言ってるでしょ?」
「しかしながら、私はあなた様を見ました」
「稲生で?他人の空似じゃないの?」
「ならば、撤回いたします」
「そう」
引き下がる勝家に、帰蝶はほっとする
しかし、それは一瞬のことだった
「あなた様の、その目を見ました。稲生で。あの場所で」
                
帰蝶の目が見開かれる
「燐とした、鋭い切れ長の目でございました。まるで、『鷹の目』のような眼光鋭い眼差しを持つ者は、そうそうおりません。あなた様ですね、あそこに居たのは」
「権六・・・・・・・・・・」
「池田様。いえ、昔を懐かしんで、おなつ様とお呼びさせていただきます。大殿が最期に残された言葉、この権六も受けまして候に」
「大殿の、最期の言葉・・・・・・・・・」
「鷹の目を持つ者を、守れ、と」
                 大殿・・・・・・・・・・・」
信秀を想い、なつの目から涙がポロポロ零れた
「私はそれが誰なのか見当も付かず、末森に留まりその者との邂逅を待ち望みました。          漸く、巡り会えました。あなた様なのですね、大殿の仰った、『鷹の目を持つ者』とは」
「柴田・・・・・・・」
強面に、優しい眼差しを秘めた勝家の微笑み
張っていた糸が、ピンと音を立てて切れた

「私が大方様を?」
勝家を敬遠していた理由を、正直に話す
市弥に想いを寄せているから、信勝に味方したのだろうと見ていたことを
「・・・確かに大方様に想い寄せたことはあります。しかし某、十代の頃の遠き昔の話でございます。私は大殿の依頼により、勘十郎様が一人前になるまでは側に着き、武士としての指導に当ってくれと」
「そうだったの・・・」
「なんか、長い間勘違いしてたみたいね、私達」
「ええ」
帰蝶の言葉に、勝家は大笑いした
その声も大きい
「勘十郎様は、武士としての器はまだ未完成にございます。できましたらもうしばらくお側に着きたいとは願っておりますが」
「それは構わないわ」
「で、殿にも一言、そうお伝えしたいだけでございますが、その一言を告げるのに、中々逢わせてもらえません。その理由も合わせてお聞かせ願えませんか。何故我ら末森衆は殿に逢わせてもらえないのでしょうか。林様も、もう何年も逢っていないと。まぁ、殿が会いたくないと仰る気持ち、わからなくもありませんが」
                
帰蝶となつは黙って顔を見合わせた
なつはそっと頷く
だが、帰蝶は首を横に振った
「殿に、吉法師様に一目、お逢いしとうございます」
          できないわ」
「奥方様」
「黙ってて、なつ」
                
「如何なさいました」
「逢わせてあげたくても、逢わせられない」
「殿に対する謀叛、その罪の深さは重々承知しております。ですが、それでも一目見て、この頭下げとうございます。どうか、ご容赦を」
ずずっと、深く深く頭を下げる勝家に、帰蝶は首を振る
「それでも、逢わせられない」
「奥方様・・・」
なつの声にも、帰蝶は応えなかった
「どうか、どうか、殿にご面会願いとうございます」
「駄目・・・・・・・・」
「奥方様!この権六、殿に一言だけ、一言だけお伝えしとうございます!すまなかったと、たった一言だけでも!」
「できないの・・・」
「奥方様!」
「逢いたいのは私も同じよ!」
          奥方様・・・?」
帰蝶の意味のわからない叫び声に、勝家はキョトンとした
「あなただけじゃない。私だって、このなつだって、河尻だって犬千代だって吉兵衛だって又助だって久助だって松助だって勝三郎だって、みんなみんな、吉法師様に逢いたいの!また、共に暮らしたいの!だけど、そうさせなくしたのは、何処の誰?!あなた達、末森の人間じゃない!」
「奥方様・・・・・・・・・・・」
「私から吉法師様を奪ったお前達末森だけは、絶対に許さない!許さないッ!」
                

なつに抑えられ、帰蝶は局処の自室に勝家を案内した
その床の間に飾られた、小さな仏壇
中央に安置された位牌
          そんな・・・・・・・・」
顔を青褪めさせる勝家
「殿・・・・・・・・・・、殿!」
仏壇に縋り付き、勝家はボロボロと涙を零した
「殿・・・・・、吉法師様・・・・・・・ッ」
「若に逢わせられない理由、わかってくれた?」
「殿は、いつ・・・・・・・・・・」
なつに振り返り、勝家は聞いた
「去年よ」
「去年・・・・・・・・」
「斎藤家が争った、長良川での合戦。若はそれに巻き込まれ、命を落としました」
「それじゃ・・・・・・」
「みんな、お前達の所為・・・」
地の底から唸るような、帰蝶の声がした
「お前達が岩倉を清洲に引き込まなかったら、吉法師様は斎藤に背中を向けることはしなかった」
「奥方様・・・・・・・・」
「お前達の所為だ・・・・・・・・」
勝家は、帰蝶から目が離せなかった
「私から吉法師様を奪ったお前達だけは、絶対に許さないッ!」
                 ッ」
その瞬間、隣の寝室から赤子の泣き声が起きた
母の声に驚いたのか
          帰命・・・!」
帰蝶は慌てて立ち上がり、隣の襖を開け駆け寄った

「ごめんね、帰命。驚いちゃったわね」
帰命を抱き上げ、帰蝶は一生懸命あやす
側には菊子が付いていた
「ごめんね、ごめんね」
誰から見ても明らかなように、帰蝶からは愛情が溢れ返っている
「そのお子は・・・」
「若のお子です」
そっと、なつが教える
「若の・・・?!ですが、産んだのは確か、奥方様の侍女だと・・・」
「末森に伝えたことは、方便です。わかって、権六」
                
「若子様の、お顔を見てあげて」
          はい」
なつに促され、勝家は一礼して寝室に入った
それでも遠慮して、少し離れた場所から帰命を見る
          殿に、そっくりですな・・・」
勝家の目尻が少し、下がった
「そうでしょう?孫三郎様も、そう仰いました。私は若が一歳の頃に初めてお逢いしたから、若の生まれたばかりの顔って知らないのよ」
「そうですか・・・、孫三郎様も・・・」
通例では家臣は目上の者に対し官位を通称にするのが慣わしだった
だが、信光に限ってはその人柄、昔から唯一と言ってもいいほどの、信長のよき理解者だった理由もあってか、家内での通称で呼ばれていた
それだけ親しまれていると言うことか
「権六。このことは内密にお願いします」
なつの言葉と、帰蝶が胸を開いて帰命に乳を与える場面が重なって、勝家は慌てて帰命から目を反らした
「内密に、とは・・・」
「末森がこれを知れば、大方様はどう出るかしら。また、戦が起きるの?また、誰かが死ぬの?」
                
なつの問い掛けに、勝家は応えられなかった

          奥方様と殿は、政略結婚のはずでした」
「ええ」
帰命が落ち着き、菊子に任せると、三人は帰蝶の居間に戻った
視界の片隅に見える信長の仏壇を心のどこかで眺めながら、勝家は言う
「政略は、打算の上でしか成り立たない関係だとばかり、想っておりました。なのに奥方様は、殿を守るため、稲生に出られた。その想いは、どこから来るのでしょうか」
          『愛してるから』・・・じゃ、答えにならない?」
「奥方様・・・・・・・・・」
帰蝶の返事に、勝家は目を丸くした
政略の上に、愛は生まれるのだろうか
当時では非常識なその答えに、驚かされた
「吉法師様の愛した尾張を守りたい。吉法師様の愛した尾張の民を守りたい。吉法師様が大事にしていた夢を守りたい。そして、実現したい。今の私には、それしか言えない」
「そう・・・ですか・・・」
勝家は一度自分の膝に目線を落とし、それから再び顔を上げた
「政略に、愛は生まれるのでしょうか」
「その答えが、若と奥方様じゃないの?権六」
          そう・・・でしたな」
二人に愛があるからこそ、その妻は夫の代わりに戦に出た
隣の部屋で安らかな寝息を立てる赤子が、二人の愛の証でもある
普通の一般の、『嫡男』とはわけが違う
帰蝶が何よりも守ろうとしているものが、その部屋で眠っている
あの小さな赤ん坊には、大きな大きな夢が託されているのだと、勝家は知った
実母と名乗れぬつらさの代わりに、守ろうとしている大きなものが、あの小さな掌の中にあるのだ、と
勝家は体ごと帰蝶に向け、平伏した
「殿をあなた様から奪った罪、この柴田権六勝家、この身に受けまする。どうか、いかようにもご処分くださいませ!」
「権六・・・ッ」
勝家の言葉に、なつは目を見開いて驚く
「吉法師様を死なせたお前達末森は、絶対に許さない。殺しても、殺し足りない。だけどその罪を、お前一人に押し付けるつもりはないわ」
「しかし、それでは私の腹の虫が収まりません!どうか、この首、刎ねてくださいませ!」
「権六・・・!」
平伏する勝家を、なつは立たせようと肩を掴んで揺すった
「その命、要らぬと言うのなら、私がもらう」
「奥方様・・・・・・・」

微笑んでいるわけでもない
泣いているわけでもない
ただ静かな声が、ただ流れただけ

私が何者なのか、その目で見ろとこの奥方様は言った
知りたければ、己の目で確かめろと言った
それが今なのだろうと、勝家は知った
政略で夫婦になった男と女の間に、友情が生まれ、愛情が生まれた
それが『帰命』と言う名で、この世に現れた
自分もまた、その『証』を守る、守り人になれるだろうか
勝家はふと、そう想った
自分も守りたいと、そう想った
この国の行く末を見たいと願った
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『戦国無双3』が絶望的存在であるため、更新予定はありません

◇◇11/19 Nintendo DSソフト◇◇
『トモダチコレクション』

おのうさま(帰蝶)とノブ(信長)が 結婚しました(笑

祝:お濃さま出演 But模擬専…     (戦国無双3)


おのれコーエーめ
よくもお濃様を邪険にしおってからに・・・(涙

(画像元:コーエー公式サイト)
オンラインゲームにてお濃様発見


転生絵巻伝 三国ヒーローズ公式サイト:GAMESPACE24
『武将紹介』→『ゲーム紹介』→『Exキャラクター紹介』→『赤壁VS桶狭間』にてお濃様閲覧可
キャラクター紹介文
絶世の美貌を持つ信長の妻。頭が良く機転が利き、信長の覇業を深く支えた。
また、信長を愛し通した一途な妻でもあった。

(画像元:GAMESPACE24公式サイト)
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濃姫好きとしては、飲めなくても見逃せない

岐阜の地酒 日本泉公式サイト

(二本セットの画像)
夫婦セット 吟醸ブレンド(信長・濃姫)
本醸造 濃姫
カップ酒 濃姫®=爽やかな麹の薫り高い、カップとは想えない出来上がりのお酒です
吟醸ブレンド 濃姫® ブルーボトル=自然の香りのお酒です。ほんの少し喉を潤す程度でも香りが深く体を突き抜けます
本醸造 濃姫®=容量的に大雑把な感じに想えて、麹の独特の香りを抑えたあっさりとした風味です

今現在、この3種類を試しておりますが、どれも麹臭い雰囲気が全くしません
飲料するもよし、お料理に使うもよし
お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
奇跡のお酒です
何よりボトルがどれも美しい

清洲桜醸造株式会社公式サイト

濃姫の里 隠し吟醸
フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます

清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
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