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「私はずっと、末森の動向が気になっていたの。岩倉はどこから、清洲に入ったの?」
誰とも知れず、帰蝶は質問した
「それなんですが、油問屋の甚目屋さんに聞きましたら、わからないと」
「わからない?」
帰蝶だけではなく、誰もが貞勝の返事に目を丸くする
「わからないって、何?空から降って来たっての?そりゃまた便利だね」
「犬千代、茶々を入れないで」
「すみません」
なつに咎められ、小さくなる
「岩倉から入ったのなら、直ぐ近くの大東村が最初に気付きます。でも、大東村はなんの被害も出てません」
「おかしいわね、大東村は大きな米畑が点在してるとこよ?そこを、燃やしてしまえば清洲は大打撃を受ける。それなのに、無視したの?」
「そのようです。ですから、甚目屋さんも困惑なさってたんですよ。いきなり、清洲の南東、小田井から攻めて来たと」
「小田井?」
「小田井、って・・・」
秀隆の声が萎むように聞こえる
その疑問に応えるかのように、帰蝶は目を細めて言った
「末森の方角ね」
          はい」
ざわめきが起きる
「そ、それじゃ、清洲は末森に襲われたってことと同じじゃないですか!それじゃ、殿・・・は、実の兄弟に・・・・・・・・」
さっきまでのふざけた顔付きは何処に行ったのか、利家は顔を青褪めて叫んだ
「やはり、末森が手引きを         
帰蝶は膝の上の手をぎゅっと握り締めた
まだ指先の火傷は癒えていない
昨日の今日だ
直ぐに治るはずもない
それでも悔しさに、きつく握り締めた
「その証拠が欲しい。吉兵衛」
「は、はいっ」
「周辺村落にも聞き込みを。そうね、春日なら確実かしら。最初に当ってくれる?もし春日でも岩倉軍を見てなかったとすれば、大問題よ」
「はい・・・!」
「滝川」
「はい」
「吉兵衛の手伝いをして。広範囲の聞き込みになるでしょうから、あなたの部隊の力が必要よ」
「承知」
「河尻」
「はい」
「母衣衆筆頭のあなたを使い走りに使うのは忍びないけど、明日一番に美濃・恵那の遠山家まで、三左の舅を迎えに行って欲しいの。まだその辺りに父上の残党が潜んでるかも知れない。もし見付けたら、首根っこひっ捕まえて集めて。中には使える者も居るでしょうから」
「了解しました」
「犬千代」
「はい」
「あなたの部隊は今夜から、清洲周辺の警戒をお願い。できれば明け方まで」
「わかりました」
「三左、弥三郎」
「はい」
二人同時に返事する
「あなた達は岩倉の警戒を。また何かに紛れて清洲に仕掛けて来るかも知れない。そうしたら、犬千代の部隊と合流して捕縛して」
「はい」
「承知しました」
「又助と勝三郎はこのまま残って。これからのことを、相談したいの」
「はい」
「承知しました」
帰蝶がてきぱきと正確に指示を出すのを見るのは初めてではないが、それでもなつは感心して唸った
戦の経験など、殆どないに等しい
内政も、確かに夫・信長を手伝ってはいたが、それはあくまで『軍師的』なところまでで、実際の指示を出していたのは、それでも信長だった
なのに、こうして自分の目の前で適材適所、判断を誤ることなく指示を出している
これは洗練された感性ではなく、天性の才能だろうと想った
「五郎左衛門」
「はい」
「そう言うわけで、しばらく吉兵衛は外回りになるから、情報が集まるまで代わりに清洲復興をお願いできる?」
「お安い御用です。貸し付けなんかはどうします?利子、取りますか?」
「今回は私闘みたいなものだから、清洲の町民は一方的に被害を受けたようなものよ。清洲の町を守れなかったのは、こちらの落ち度。利子を取って金儲けなんてできないわ。今回に限り無利子・無担保でお願い。だけど、審査は厳しくね?火事に紛れて泥棒に入られたなんて、洒落にもならないわ」
「はい。そうですね。被害受けてないのに金借りに来られても、困りますしね」
「そう言うこと」
そんな姉と家臣らの遣り取りを、利治はじっと黙って聞いていた
主君と家臣、と言うよりも、戦友同士の会話のようにも想える
何となく不思議な感覚に包まれた
今まで見たことも聞いたこともない風景だったからだ

朝早い秀隆は早々に清洲屋敷に戻り明日の準備を
可成も弥三郎と共に岩倉周辺の警戒と、その対策を練るため居間に行く
その可成を、妻の恵那が訪れた
父の出迎えが待ち遠しく、落ち着かないのだ
夫と弥三郎の世話をすることで、平常心を取り戻そうとしていた
貞勝は一益と明日の準備をするため、別室に移る
犬千代は清洲警護のため表に出た
長秀は貞勝から仕事の引継ぎを受けるため、書類一式を持って貞勝を追った
義近は弟・秀頼と時親と三人で、斯波旧家臣団を招集するための手紙の作成に取り掛かった
斯波が解体され、その家臣らは其々の国に帰り自所領の運営か、あるいは牢人になった者も居るだろう
それら全員を集めるつもりだった
意志ある者だけでも、再び集って欲しいと
帰蝶の側には、側近のなつと、今までどおり其々の補佐を任せたいと資房、恒興が残る
後は美濃から脱出して来た利治と、道空、兵助が表座敷に居た
「恐らくは、だけど、近い内、末森が仕掛けて来るかも知れない」
「末森が、ですか?」
「ちょこちょこ手を出して来てるのよ?向うだって好い加減痺れを切らしてるでしょう」
「それって、謀叛ってことじゃないですか」
なつが呆れたような声を出す
「仕方がないでしょう?長良川で父と義龍が争ってしまったんだから、自分の計画も何れは露見するって想ってるはずよ。優等生が優等生の仮面を脱いだら悪党になるってのは、もう大昔から常識になってるわ。今更驚くことじゃない」
「それで、奥方様、武井様から」
「何?」
この軍議に道空が加わる
「美濃三人衆の内、安藤様が特に新九郎様に傾倒なさっておいでです。他の二人は、安藤様に引き摺られて、と言う感じで」
「それって、要は安藤を崩せば後は脆いってこと?」
「しかし、岩盤の如き強さでございますから、崩すのは容易ではないかと」
「そんなの初めからわかってるわ。安藤は美濃三人衆の筆頭よ?その安藤が義龍に味方してるってのなら、そう簡単に手を出せるとは想ってない。増してや、父様の身内である長井まで取り込んだのだから、どんな甘い汁を吸わせたのやら。それで、先生・・・。武井は?こちらには来ないの?」
可成と違い、自分の生まれる前から父に付き従っていた道空を見て、いつもの調子が出ないのか、帰蝶は何度も言い直しをした
「武井様は、今はその時期ではないと」
「そう・・・」
『先生』と、呼び慕う夕庵がこっちに来てくれないのは淋しいが、斎藤に誰か一人でも残っていてもらわなければ、情報を入手することができない
夕庵は処世術にも長けているから、そうそう殺されることもないだろうが、と、どこかで安心する
「内側から斎藤の内情を伝えてくれるかしら」
「しばらくは無理かと。ですが、混乱が収まりましたら必ず、姫・・・、いえ、奥方様に連絡するから安心せよ、と仰っておいででした」
「わかった。今は夕庵の言葉を信じる」
                
道空は黙って平伏した
「又助」
「はい」
「私はもう、局処の運営に携わることはできなくなったから、全ての権限の一切をなつに任せるわ」
「わ、私にですか?」
突然言い渡され、なつが目を丸くする
「だから、吉兵衛と共になつの補佐もお願い」
「承知しました」
「勝三郎は、そのまた補佐」
「はい」
「でも、そうね、できれば私の補佐もお願いしたいな」
「そりゃもう、喜んでっ」
嬉しそうな顔をする恒興に、母のなつの頭には汗が流れる
「それと、なつ」
「はい」
返事するなつの前で、帰蝶は利治に手招きした
利治は呼ばれ、姉の側に寄る
「新五郎を、育てて。お願い」
「えっ?」
「姉上様・・・?」
なつも利治も、恒興も驚く
「新五」
「はい」
「この方は、そんじょそこらの女性とは、訳が違います。姉が愛した人を、育て上げたお方です。お前をきっと、一人前の男にしてくれる。なつを実の母と想って敬い、従い、そして、信じなさい」
          はい」
聡明な利治は少しの疑問も持たず、姉の言葉に従った
「お、奥方・・・いえ、殿」
「一度言い出したら聞かないのが、私でしょ?」
「知ってますよっ。ですが、弟君にはそれなりの人間を付けた方が・・・。私にはそのような大役、無理でございます」
「私は、あなたしか居ないと想ってる」
「殿・・・」
「奥方様で良いってば。私、女よ?」
「わ、わかってます。でも・・・・・」
「あなたしか居ないの。吉法師様を立派に育て上げたあなたじゃなきゃ、駄目なの」
「奥方様・・・・・・・・」
「お願い。新五を、育てて。          吉法師様のように」
その決意は固く、もう、何を言っても引込めてはくれない
なつはそう想った
          はい、承知しました。池田なつ、どこまでのことができるかわかりませんが、全身全霊、私の全てを新五郎様に懸けます」
「ありがとう」

それから帰蝶は、気に掛かっていたことを道空に聞く
母は無事なのか、父に味方した叔父は無事なのか
そして、その妻のしきは
母・小見の方は幸いなことに鷺山城に残り難を逃れた
今は義龍に保護されていると言う
戦には関係ない者にまで鉄槌を下すような、そんな冷徹な男ではなかったことだけは感謝した
義叔母・しきは斎藤家の人間でもあるため、小見の方同様斎藤の保護を受けている
但し、美濃を離れ何れ越前斎藤に身を寄せるそうだが、今のところは無事を確認でき、ほっとする
叔父・光安は長山・明智城にて壮絶な最期を遂げたと言う
城に残った全ての家臣の助命と引き換えに、自らの首を差し出したと
何かに付け自分を庇ってくれた優しい叔父の、叔父らしい最期に帰蝶も胸を打たれた
最も、道空も兵助と共に新五郎利治を連れ、美濃を脱出するのに精一杯で、これを知らされたのはそれから数日後のことだったが
だが、その最期の、光安の胸に浮かんだ言葉だけは、誰にも伝わらなかった

          十兵衛
帰蝶は、お前の従兄妹ではない

・・・・・・・・・・・・妹だ

そして、お前も         

東の御子、西の姫
己の運命と戦え、業を背負った兄妹(きょうだい)らよ
愛しき子らよ

長い一日が終わろうとしていた
信長の部屋に行こうとしたら、なつに止められた
「血の海の畳の上で寝るなんて、神経を疑いますよ」
「だって・・・」
「畳は早急に取り替えさせますから、それまで局処で大人しくなさい。ほんの二~三日のことでしょう?どうしてあなたは辛抱ってのもが足りないんですか」
「だって、待ち切れないんだもん」
「あのね、畳をはがしたって、その下の板の間にまでべったり若の血がこびりついてるんですよ?取り敢えずそれくらいは拭き取らなきゃ、とてもじゃないけど人の暮らせる部屋じゃないんですってば」
「吉法師様の、血・・・」
想わずにやっとにやける帰蝶に、なつの頭から特大の汗が浮かぶ
「何ですか、その顔」
「だって、血は命の源、力の源。その吉法師様の源に包まれて暮らせるだなんて、考えただけでも・・・・・・・・・」
          奥方様の、極めて前向きな姿勢は評価しますが、それは悪趣味過ぎます・・・」
「あっははははははっ!」
二人の遣り取りに、恒興に付き添われ後から着いて来ている利治が、大声を出して笑った
「笑えるようになったのね、新五」
          え?」
「さっきまでお前、死にそうな顔してたじゃない。この世の終わりみたいな悪い顔色で。笑えば良いのに、我慢してるような感じもした。でも、良かった。笑えるってことは、生きて行く自信が付いたってことよ。これからも、そうやって笑ってなさい。それがいつか必ず、お前の歩く道を明るく照らしてくれる」
「姉上様・・・」
「私も、そう想えるようになったのは、なつのお陰よ」
「え?」
「なつが居てくれるから、私は笑って過ごせる。吉法師様がいらっしゃった頃のように。だから、なつ」
「はい」
「これからもずっと、側に居てね」
                
一瞬、目を丸くして、それから、なつは微笑んだ
「ええ、これからもなつは、奥方様のお側におります。私が見ていないと奥方様、無茶ばっかりなさいますもんね?」
「あら、少しくらいの無茶は大目に見るって言ったじゃない」
「奥方様のは、すぐ度が過ぎるんです。誰かが側に居て見張ってないと、何するかわかったもんじゃありませんっ」
「信用ないのね、私・・・」
「ええ、奥方様のことは信頼しておりますが、信用しておりません」
「なつ、あのね・・・ッ」
「今まで可愛い顔して強請って城の外に出て、若と一緒になってどんだけのことをして来ましたか?奥方様にお仕えして五年、今日までの奥方様の無茶っぷりをこの際、新五様にもお聞きいただきましょうか」
「や、やーめてぇー・・・ッ」

まるで、親子のような
本当の親子のような姉と、新しい乳母との遣り取りに、利治は父を失った悲しみを忘れ、頬の筋肉が痛くなるまでずっと笑った

利治をなつに任せ、局処に戻った帰蝶は、部屋には入らず中庭の、蝉丸の小屋に向った
「蝉丸」
真っ暗な夜だから、蝉丸の鳴き声は聞こえない
巣で大人しくしているのだろう
餌をやり忘れていたが、誰かが与えてくれていたようでほっとする
「明日も変わらず、朝を知らせる一声をお願いね」
その時、巣の中で丸くなっていた蝉丸が頭を上げ、帰蝶を探した
鳥目では主を見ることができない
だけど、気配はわかる
蝉丸は小さく、「かっ」と、鳴いた
「お休み、蝉丸」
巣の中で羽根をばたばたさせ、それからまた、身を丸くした

翌日、其々が役目を果たすため清洲城を出て行く
その中を逆に、清洲城に上がる者が居た

「あや殿」
岩室あやが、那古野から息子の夕凪と、一人の少年を連れて来た
「昨日は遅くまでご迷惑お掛けしました」
連れた少年は自分の弟だと紹介する
それから、他愛ない話が始まった
「いいえ、恙無く済んで、ほっとしております。奥方様、その後如何ですか。と言っても、昨日の今日ではまだ落ち着かないでしょうが」
あやは相変わらず、おっとりとした喋り方をする
そう言う性格だからだろうか
帰蝶のようにはしゃぐと言う事柄とは、凡そ無縁の高貴な人間に想えた
「みんなのお陰で、今日の朝餉も美味しく感じました。そろそろ鰹の季節でしょうかね?楽しみにしてるんです」
「まぁ、私もです。でも、お寺では生ものはご法度ですから、がんもどきで辛抱です」
「それなら」
帰蝶は何かを言い掛けて、ふと言葉を止め、それから考えるように続けた
「あや殿」
「はい」
「清洲に、戻って来られませんか?」
「え・・・?」
「奥方様?」
側にいたなつも、キョトンとした顔をする
「今まで私の補佐をしてくれていたこのなつですが、私の本丸移動に伴い、局処の管理の全てを引き受けなくてはならなくなりました。そのなつに、私は弟の養育も頼んでいるのです。そうなると、なつには何もかも押し付けることになってしまう。ですので、局処の仕来りを把握されておられるあや殿が居てくださると、心強いのですが、無理な頼みでしょうか」
「私・・・は・・・」
急に言われ、あやも困惑したのだろう
少し困った顔をして、弟を見た
「今日は、この龍之介を奥方様の許で働けないかと、お願いに上がったのです」
「弟君を?」
龍之介は改めて頭を下げた
年齢は利治よりも少しだけ上だろうか
利発そうな顔立ちの少年だ
「岩室は今、末森と岩倉に挟まれ、困窮しております。以前のようにこちら、今は清洲織田ですね、改めてこちらの傘下に入るか、それとも末森に鞍替えするか、岩倉の軍門に下るか、決断を迫られております」
「そうでしたか」
「ですが、私としては個人的にお世話になった、こちら、若殿様の清洲織田に味方したいと想っております。そこで父が、この龍之介を若殿様のお小姓に推薦してもらうよう、私に知らせて来たのですが、父は若殿が戦で命を落とされたことを知りません」
「ええ。緘口令を敷いておりますので」
なつが応える
「それを、不躾かとは想ったのですが、龍之介にだけこっそり話しました。そしたら、龍之介は         
「私は、姉上から奥方様のことをお伺いしました。そのお人柄も」
龍之介が間を入る
「斯波様が自害なされた後、しばらく奥方様のお世話になったと」
「大したことは何もできませんでしたが・・・」
「その間のこと、この龍之介、感銘を受けました。奥方様の、他人を思い遣る気持ち、常人には真似できるものではないと」
「それは、夫の影響です」
「奥方様・・・」
夫を誉めることが当たり前だった帰蝶の、今も変わらぬその気持ちに、なつの両目が潤んだ
「亡くなった我が夫は、分け隔てなく、万人にその愛を注げる人でした。ですから、その真似事をしただけです。あなた様に誉めていただくような、そんな大袈裟な物ではございません」
「ですが、斯波の岩竜丸様も、こちらの軍門に下ったとか。ならばこの龍之介も、清洲織田様のお力になりとう存じます。未熟者ではございますが、精進して、奥方様のお役に立ちたいと想いました」
「龍之介殿・・・」
「それに、こうして直にお目に掛かる奥方様は、なんだか神々しくて、不思議な感覚になります」
「え?」
「あなた様の歩かれる道に、どんな壁が立ちはだかっているのだろうか、と。その壁を、どのようにして乗り越えられるのだろうか、と。それを自分のこの目で確かめたくなりました」
                
なんと熱心に口説く少年だろうか、と、帰蝶は半ば呆れる気持ちで龍之介を見た
買い被りにも程があると想ったのだ
それでも、あやの能力も必要だと感じた帰蝶は、龍之介の小姓入りを認めた
先輩小姓である義近に連れられ、本丸の事務室に向う龍之介を、姉のあやは心配そうに見守る
優しい女性なのだな、と、帰蝶は想った

その三日後、修繕に出していた信長の鎧が戻って来た
悲しみが新たに吹き零れる
それでも帰蝶は涙せず、信長の鎧を受け取った
なつが、自分の代わりに泣いてくれたから
これを着て出ていれば、夫は死ぬことはなかったのだろうか
もしかしたら、怪我の程度で済んだかも知れない
だけど、夫が生きることも死ぬことも、それが運命だったのなら受け入れるしかない
生きていて欲しかったとは、今も想う
居ない以上、それを受け入れ、認めるしかない
泣いて夫が戻るのなら、目が見えなくなるまで泣いてやる
戻らないとわかっているから、泣かない
夫とそう、約束したから
群青色の海で

小姓達が暮らす部屋の一角が、龍之介に宛がわれる
新参者であるため日の当たりの悪い部屋だが、先輩に当たる義近が何かと面倒を見てくれるようになった
「私も余り経験は積んでませんが、共に学びましょう」
「はい、よろしくお願いします」
そこへ、信長の小姓上がりだった長谷川秀一がやって来る
「誰かこの書類を局処の、おなつ様の許に持って行ってくれないか」
「はい、私が持って参ります」
一番に龍之介が手を上げる
「それじゃ、頼む」
「はい」
「局処は初めてでしょう?私が案内します」
「お手間お掛けします」
龍之介は義近にぺこっと頭を下げ、その後に着いて歩いた
局処では帰蝶の、本丸移動の引越しが行なわれている
帰蝶自身は本丸の、信長の執務室で仕事をしていた
帰蝶が使っていた部屋はそのまま残すことにしたが、寝泊りはやはり本丸にと決められているので、身の周りの物を移す
着替えだけでも大変なものだった
その作業の傍らで、利治に手習いをさせていたなつを探し、書類を渡す
「ご苦労様。清洲は、どうですか」
「はい。まだ馴れないことだらけですが、岩竜丸様が面倒を見てくださるので、とても助けられております」
「それは良かった。ところで龍之介は新五様とは初めてね」
「はい」
「新五様、こちらへ」
「はい」
文机の前に座っていた利治が腰を浮かせ、なつの許に小走りで駆ける
「新五様、こちらは今度局処に入られる岩室あや様の弟君で、岩室龍之介殿です。龍之介殿」
「はい」
「こちらは奥方様の弟君、斎藤新五郎様です。あなたより二つ年下ですよ」
「初めまして、岩室龍之介でございます。不束者ではございますが、何なりとお使いくださいませ」
「こちらこそ、よろしくお願いします。私も姉の世話になっている身。どうか学友のつもりで接してくださいますよう、お願いいたします」
「新五様は現在、将になるべく学んでいる最中です。ですが、人間社会のことも多く学ばねばなりません。その時は、お願いしますね」
「はい、畏まりました」
「それと。何れ独立なさいますでしょう岩竜丸様も、序に覚えていてくださいましな」
「何でしょう」
「奥方様の、癖」
「姉上の癖ですか?」
「なくて七癖と申しまして、普段目立つことはないけれど、じっくり観察していると意外と癖がありましてね。奥方様の癖をお教えしますね」
「はい」
三人は息を潜めてなつの話に耳を傾けた
「奥方様が親指の爪を噛んだら、相当悔しがっている証拠です。そんな時に迂闊に神経を逆撫でしたら刀が飛んで来ます。どうぞ、お気を付けて」
「刀ですか・・・?」
我が姉ながら、なんと言う気性の激しいことかと、利治は恥しい気分になった
「人差し指の中間接の背を口に含んでいる時は、恥しいと想った時。そんな時は何でも良いわ、誉めてあげて。そうしたら、気分が変わるから」
「何でも良いんですか?」
龍之介が質問する
「ええ、奥方様に関係しないことでも良いわ。兎に角、気分が良くなるようなことを言ってあげて」
「はい」
「それから、奥方様が息を忘れたかのようにじっと黙っている時。こんな時に何を話し掛けても反応はないから、動くまで待って」
「はい」

なつが局処で帰蝶の癖の見分け方を伝授している間、その帰蝶は信長の執務室で一益の報告を受けていた
側には恒興が控えている
「殿の世襲に反対していたのは今に始まったことじゃありませんが、春の長良川救出戦が失敗に終わり、また、清洲を岩倉に攻められたことで、林殿を始めとした諸侯が、殿の家督辞退要望を声明しています」
「岩倉に攻められたって、その手引きをしたのは誰だって言うのよ」
余りの厚かましさに、帰蝶は怒りを超えて呆れ果てる
「そうですよ。殿にはなんの落ち度もないってのに、あんまりです」
恒興も、想わず口を挟んだ
だが、それに後悔したのか、恒興はそれ以降黙り込む
なつの、躾の行き届いた教育に、今更ながら感心する
弟を任せて正解だったとも想えた
「村井殿の調べでは、春日村にも岩倉の姿は確認できなかったとか?」
「ええ。間違いなく末森が裏で糸を引いてるでしょうね。でも、その証拠がないわ。こちらからはどうしようもできない」
「それなら、今後の対策は如何致しますか」
「今と変わらぬ警戒を。それと、林に逢いに行って来ます」
「聞き出せそうですか?」
「わからないわ。林とは祝言の時に一度逢ったきり。想えば吉法師様は、あの頃から林を警戒していたのね。さすがと言うべきか」
「殿は野生の勘が鋭かったですからね。何かを嗅ぎ取っていたのかも知れません。それに、幼少の頃より林殿の言うことは余り聞かなかったとか」
「だから平手が一人でてんてこ舞いだったのね」
「そうかも知れません」
帰蝶と一益は軽く吹き出した
恒興も、二人の会話の邪魔にならないよう笑う
「同伴に、守山の安房守様をお連れしたいの」
「喜蔵様を?」
「ええ」
信時の名前が出、少なからずともその妻の千郷の安否を気遣っていた恒興も、身を乗り出す
但し、それでも言葉を挟むようなことはしなかった
身の程を弁えている恒興でなければできないことだった
「何か感じ入ることでも?」
「今はまだ、漠然としてる。上手く説明できない。だけど、感じるの」
「何をでしょうか」
「放って置けない、と」
                
自身が上手く説明できないことを考えたところで、自分にわかるはずがない
そう想い、一益は追及をやめた
          そうだ。奥方様」
「何?」
「伊勢の、私の親戚から要望があったんですが」
「どうしたの」
「私の従兄弟の倅で、慶次郎ってのが居るんですが」
「久助の?」
「まぁ、生まれた時は滝川だったんですけどね、あいつが生まれる前にその亭主、従兄弟なんですが、死んじまって、その後で犬千代の兄上に再嫁したんで、今は前田姓を名乗ってます。亡くなられた大殿が口添えしたんですけど」
「その慶次郎がどうしたの?」
「ちょっと手に負えないやんちゃって言いますか、ほら、今犬千代のところ、家督争いで揉めてるでしょ」
「ああ、確か犬千代が継ぐか、兄上殿が継ぐかと問題が起きているとか言ってたわね。その、争ってる相手の養子ってこと?その慶次郎は」
「はい。それで、その慶次郎も家督争いに巻き込まれ掛けてると言うか、なんと言うか、随分暴れてるみたいでしてね、引き取ってもらえないかと頼まれまして」
「ここは孤児院か」
苦笑いしながら帰蝶は言った
「馬引きでも何でも良いから、家督問題が決着着くまで頼むと」
「わかったわ。その慶次郎とやら、いつでも連れて来て。面接するから」
「ありがとうございます」
余り良く考えもせず引き受けたのは、一益を信頼してのことだろう
一益も帰蝶の返事に満足し、平伏して部屋を出た

一日の仕事を終え、自室に戻る
寝室はその隣で、作りは局処の帰蝶の部屋と同じだった
昼間活動する部屋と、夜寝る場所を分けている
襖一枚隔てたところなので、大して移動するわけでもないが、その部屋に戻り、真新しい畳の上にごろんと寝転がった
天井を見上げれば、板の木目しか目に映らない
だけど、目を閉じればいつでも信長に逢えた

「帰蝶。相撲、見に行こう」

耳元で、信長の声がする
「もう、終わってしまいましたよ。七月に、猿田楽があるそうです。今年は見に行けるかどうかわからないけど、行けたら良いですよね」
独り言のように、呟く
それからしばらくして、帰蝶の口元から寝息が流れた

「奥方様、龍之介です。おいでですか?夜分遅くに申し訳ないと、おなつ様がご相談したいことがあるそうで、お呼びです」
襖の向こうから龍之介が声を掛ける
しばらく待っても、帰蝶の返事が来ない
「奥方様、襖、失礼致します」
そう言って開いた襖の向こうで、帰蝶が倒れているように見えた
「奥方様!如何なさいましたかッ?!」
慌てて駆け寄るも、帰蝶は単に眠っているだけと知り、ほっと安堵する
それから苦笑して、壁に掛けていた衣文の小袖を取り、そっと帰蝶の上に被せてやった
「おなつ様にお知らせしなきゃ」
機転の利く龍之介の報告に、帰蝶が寝所に運ばれ布団を掛けられたのは、その後直ぐのことだった

信長の推薦で守山城主になった喜蔵信時を伴い、帰蝶は那古野に向った
付き添いとして、資房も連れる
「又助は林を良く知っている?」
「いえ、自慢に値するほどではありません。私はそれまで、大殿に仕えておりましたので、殿の直属である林殿とは余り接点もないまま。亡くなられた平手様なら、ある程度はご存知かと想うのですが。お役に立てず、申し訳ございません」
「いいえ。あなたはずっと義父上様のお側に居たのだから、それに関しては仕方がないわ。なら、喜蔵様の言動を見極めることはできる?」
「努力します」
「心強い言葉ね」
          恐縮です」
誉められたのではなく、試されるのだと想い、資房は気を引き締めた

「ご無沙汰しております」
那古野に残った、と言うよりも、信長に置いてけぼりを食らった林秀貞は、打ち合わせていた那古野城表座敷で帰蝶の到着を待ち構えていた
懐かしい・・・と言う気持ちが湧き上がる
秀貞にではなく、この那古野城に
その表座敷に
祝言の日、信長は現れず、政秀が右往左往していたあの光景を想い出す
あれから八年目が来ている
側に夫は居ない
その現実が尚重く圧し掛かった
「いつ以来でしょうか。あなたとはなんの接点もないまま、こんにちに至っているような気がします」
「同じくです」
「木曽大橋で、初めてあなたをお見掛けした時が、じっくり顔を合わせた最後でしょうか」
「そうですね。祝言の日は、ばたばたやっておりましたから。殿も相変わらずでしょうか」
信長の死は伏せている
秀貞は生きているものと想い込んでいた
「ええ、相変わらず内政に外政に励んでおられるわ」
「それは何よりです」
「ところで、あなたに聞きたいことがあり、この席を設けさせていただきました」
「はい。わたくしも、お伺いしたい儀、ございます」
「私から先に良いかしら」
「どうぞ」
静かな対峙だと、資房は想った
それでいて、水面下では火花が散っているような気になる
「殿に見切りを付け、末森側と結託、殿に対し謀叛の用意ありとのこと。相違ないですか」
しばらく帰蝶をじっと見詰め、秀貞は応えた
「はい」
                 ッ」
資房は想わず目を見開いた
こうして堂々と謀叛を宣言する秀貞の真意がわからない
だが、帰蝶は予め予期していたかのように、穏やかな顔のままだった
「正直に応えてくれて、ありがとう」
「いいえ」
「殿への不満は、今に始まったことではないようですね」
「勿論です」
「平手の死が、きっかけですか」
「それ以前より」
「随分我慢して来たのね」
帰蝶は寧ろ、感心するかのような声を上げた
「なのにどうして今更謀叛?平手が死んだ時に、何故そうしなかったの?」
「時期尚早だと想ったからです」
「吉法師様の背中に、我が父・斎藤道三が居たから?」
「御意」
「なるほど。斎藤と末森が躍起になって、戦を仕掛けた意味がわかったわ」
「奥方様」
「吉法師様から父と言う後ろ盾を奪ってしまえば、後は怖い物など何もない」
微笑みながら、帰蝶は言った
「優位に驕るなよ?」
                
          って、吉法師様なら、仰るかしら」
「奥方様」
笑いながら言う帰蝶に、秀貞はにじり寄った
「殿、は、ご健在ですか」
「無事でなければ、清洲は機能しない」
笑うのをやめ、帰蝶は秀貞の質問に真正面からきっぱりと言い切った
「岩倉に滅茶苦茶にされた清洲の復興で、殿は今多忙を迎えております。ですので、私が名代として那古野に上がりました。他に何か質問でも?」
          いえ」
目の前の帰蝶も気になるが、自分よりも、同伴させた信時をじっと見ている資房の存在が特に気に掛かる
その信時が、さっきから落ち着かない様子でそわそわしているからだ
          うつけ者が
秀貞は心の中で毒を吐いた
「あなたが聞きたかったのは、殿が生きているか死んでいるかだけ?」
          ご健勝であらしゃるかと、ずっと気になっておりましたもので」
「それなら、どうして殿のお側に居られないの?」
「殿が私を拒否なさっているからです」
「何故拒否されているとわかるの?」
「私を勘十郎様寄りだと想い込まれておいでだからではないですか?」
「想い込みだけで、殿は行動すると想っているの?」
「それは・・・・・・・・・」
「殿を愚弄する気か、貴様」
                
上目遣いに自分を睨む帰蝶に、秀貞は言葉を失った
それは、信長父・信秀をも魅了した、『鷹の目』
鋭い眼差しで獲物を狙う、鷹の目をしていた
「その代償、命で償うことを覚悟で謀叛を決めたのだな?」
          それは・・・」
「生半可な覚悟でそうするのだとしたら、この帰蝶が許さない。刃交える時は、胴と首が繋がっているとは想うな。わかったか」
                

木曽川の、あの大橋で初めて見た時から、何やら得体の知れぬ想いを感じていた
橋で別れた『友』と呼んだ少年、今は青年になっているだろうが、その『友』に対しても、あの奥方様は布告した
          いつか再び、相容(あいまみ)えようぞ
と・・・・・・・・・
相手が誰であろうと、正しく、正確に、自分の敵を判断している
その鋭い眼力は、何を見、何を見付けたのだろうか
最早手遅れかも知れぬ
白を切ろうにも恐らくは、尻尾を掴んで空高く舞い上がるだろう
獲物を捉えた鷹のように
なれば、鷹が動く前にこちらから仕掛けるべきか
秀貞はそう、心の中で思案した
それこそが、帰蝶の思惑だとも知らずに
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おのうさま(帰蝶)とノブ(信長)が 結婚しました(笑

祝:お濃さま出演 But模擬専…     (戦国無双3)


おのれコーエーめ
よくもお濃様を邪険にしおってからに・・・(涙

(画像元:コーエー公式サイト)
オンラインゲームにてお濃様発見


転生絵巻伝 三国ヒーローズ公式サイト:GAMESPACE24
『武将紹介』→『ゲーム紹介』→『Exキャラクター紹介』→『赤壁VS桶狭間』にてお濃様閲覧可
キャラクター紹介文
絶世の美貌を持つ信長の妻。頭が良く機転が利き、信長の覇業を深く支えた。
また、信長を愛し通した一途な妻でもあった。

(画像元:GAMESPACE24公式サイト)
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濃姫好きとしては、飲めなくても見逃せない

岐阜の地酒 日本泉公式サイト

(二本セットの画像)
夫婦セット 吟醸ブレンド(信長・濃姫)
本醸造 濃姫
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吟醸ブレンド 濃姫® ブルーボトル=自然の香りのお酒です。ほんの少し喉を潤す程度でも香りが深く体を突き抜けます
本醸造 濃姫®=容量的に大雑把な感じに想えて、麹の独特の香りを抑えたあっさりとした風味です

今現在、この3種類を試しておりますが、どれも麹臭い雰囲気が全くしません
飲料するもよし、お料理に使うもよし
お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
奇跡のお酒です
何よりボトルがどれも美しい

清洲桜醸造株式会社公式サイト

濃姫の里 隠し吟醸
フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます

清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
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