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「ふ~ん、そんなことがあったんだ」

いつからだろう
長屋に戻れば自分の帰りを待っていてくれるさちに、一日あった出来事を夕餉を摂りながら話して聞かせるのが日課になっていた
さちとて毎日居座るわけにも行かず、作ればさっさと帰ってしまうことの方が多かったが、こんな風に顔を合わせた時は利治の話を聞いてやった
「お市様はよっぽど、さちを気に入ってるんだな」
「そうなのかな。私にはわかんないけど」
さちは照れ隠しの苦笑いで応えた
「仇みたいな目で睨まれたよ」
「あはははは、それはご愁傷様」
「笑い事じゃないぞ?女の恨みは子孫七代祟るって姉上も言ってるくらい、怖いもんなんだから」
「そんな大袈裟ね。お市様はご姉妹皆様、花嫁修業に入られて、遊び相手がいらっしゃらないから退屈なさっておられるだけよ」
黙って差し出す利治の、空になった茶碗を受け取り、櫃から飯をよそって手渡す
まるで幼い夫婦の遣り取りのようにも見えた

                 美濃・井ノ口、稲葉山城
父を死に追い込んでから今日まで、義龍には心の安寧は齎されていなかった
父の負の遺産と言うべきか、混乱していた国内の情勢を安定させることが義龍の急務となり、周辺各地への外交同盟も重要課題とされていた
まだ幼い娘をそれまで敵対していた近江・六角家に嫁がせ、同じく織田と共に斎藤を攻めていた越前・朝倉からは幼年の息子・喜太郎の妻に娶ることを約束に同盟を組んだ
道三の出自が低いことで、義龍も同じ目で見られることも屡だったが、今自分にできる事を精一杯すれば、何れ世間も見直してくれるだろうと祈っている
この美濃を守り、次世代に引き継がれる頃には『斎藤が国主でよかった』と言われたい
そう、願っている
義龍の私室の床の間には、掛け軸に張られた帰蝶の手紙が飾られていた
大きく『くそくらえ』と書かれた、丸っこい、愛らしい女文字だった
それを見る度、義龍は何故だろう、腹違いの妹の可愛らしかった少女時代を想い出しては笑顔になれた
今は敵ではあっても
その妹の嫁いだ織田が、東美濃の遠山と手を組んだ
加えて、味方であった可児の土田家も向うに寝返った
東を抑えられ、義龍は美濃から東には手を伸ばせない状態になっていた
それだけではなく         
「殿、お呼びですか」
義龍の私室には、義龍以外誰も居ない
廊下に小姓が並んでいるだけである
そんな状況の中、小姓らが並んでいる廊下から利三の声がした
「入れ」
「はっ」
襖は左右に分かれた小姓が開けてくれる
開かれた襖の向こうに、平伏した利三の頭が見えた

「岩倉が、清洲と?」
義龍に話を聞かされ、利三は目を丸くした
「次男殺害の件で、織田は完全に上総介の手に落ちたと考えて妥当だろう」
「はい・・・」
信勝の事件は、当然この斎藤にも知れ渡っている
その方法までは兎も角として
信長の唯一の対抗馬であった信勝の死により、それまで清洲と末森に別れていた勝幡織田は統合された
これだけでも義龍にとっては脅威と呼べた
『邪魔者』が居なくなれば、後は強くなるだけなのを自身が一番良く知っている
「先達て、犬山が清洲と争い、両者痛み分けで和解に合意したと言う。なるほど、賢い遣り方だ」
                
利三は黙って義龍の話を聞いていた
「犬山と全力でぶつかっても、その後に控える岩倉が動き出せば、犬山との争いで疲れている清洲は瓦解するだろう。そうならないよう、本気では遣り合わなかったのだろうな。おまけにこちらを抑える了見か、小牧山に清洲の砦ができつつあるそうだ。それが完成してしまえば、こちらとしても迂闊に手は出せない。それに業を煮やした岩倉が、清洲に戦を仕掛けると言って来た」
「戦を・・・」
「私にも出馬要請が出てる」
「殿に?!ですが、殿は、今・・・・・・・・」
利三の心に焦りが生まれる
相手は自分の家を引っ繰り返した道三の息子だ
愛すべき人間ではない
だけど利三は、義龍を愛していた
主君として、愛すべき人間には充分な人柄だった
「ああ。あの日以来、悪化している。もう充分に立ち上がることも叶わない」
「殿・・・・・・・・・・」
「私の病を、帰蝶は知っているのか。いや、緘口令を敷いている。いくら夕庵とて、そこまで私を売るとは想っていない。          想いたくない」
                
「そこでだ、清四郎」
          はい」
利三は少し遅れて返事した
「岩倉の要請を受けぬわけにはいかないが、私もここから離れるわけにもいかない」
「そうですね」
「総指揮官に稲葉を任命している」
「安藤様ではないのですか?」
「安藤は先走りし過ぎる。結果に拘り過ぎる。そして、帰蝶を舐め過ぎている」
                
利三は黙って頷いた
帰蝶を舐めた結果が、稲生の戦での援軍遅延だ
守就には荷が重過ぎると見たか
義龍の背後にある、帰蝶の文字を利三はじっと見詰めた
万感の想いを込めて
「お前を馬廻り衆から外し、一個部隊を任せる」
「と、殿?」
突然の指示に、利三は驚いて目を見開いた
「稲葉に着いて、清洲を攻めろ」
                
利三は何も言えず、ただ黙って平伏した
その想いは複雑だろう

「えー?!、ご飯も食べさせてもらえないくらい、虐められてるんだ」
「虐めってなんだよ」
心外なことを言われ、利治も向きになった顔をする
「それで、廊下で食べたの?」
昼餉の様子も聞かせる
あの後本当に、本丸の食堂の廊下に出たことを
「うん」
「それって情けなくない?」
「しょうがないだろ?こっちは詰所で食いっぱぐれてるんだから、どこかで食べなきゃ一日持たないよ」
「この間お兄ちゃんに聞いたんだけど」
「どっちのお兄ちゃん?」
「弥三郎兄ちゃん。平三郎兄ちゃんとは最近、顔も合わせてないよ」
「へ?どうして?」
「わかんない。小折の内偵が終わってから、なんか様子がおかしいの。でも、何があったのか私にはわかんないし、聞いても無駄だろうから。て、それはこっちに置いといて」
「何?」
「お兄ちゃん、言ってたよ」
「何て?」
「新五さんが入ってから詰所に回すお米、増やしてるのに、それでも新五さんのとこに行き渡らないなんて、まるで奥方様のお気持ちが届いてないみたいで可哀想だ、って」
          え・・・?」
さちの言葉に、利治は目を丸くした
姉がそんな気を回してくれていたなど、露にも想っていなかったのだから
「新五さんは斎藤の御曹司としての暮らしが長かったから、弱肉強食の世界じゃ生きづらいんじゃないかって。毎日余るくらいお米回しても、それでも口にできないってことは、新五さん、遠慮してるか、弱いかのどっちかだって」
                
それを割り出す弥三郎もそうだが、それをそのまま伝えるさちも、相当意地が悪いのか、それとも、自分を奮い立たせようとしてくれているのか、どちらなのだろうと悩む
「奥方様、河尻様に言われたんだって」
          なんて・・・?」
「甘やかすなと言ってる奥方様が、米を余分に計らせること自体が甘やかしてるって。お腹空いたんだったら、誰かを蹴落としてでも食えるくらいにならなきゃ、黒母衣に入れる意味がないって」
「姉上・・・・・・・・・・」

昼間、その姉から、食堂から出て行けと言われたばかりだった
姉が、誰かに責められてでも自分に気配りをしてくれていたなど爪の先にも考えていなかっただけに、利治は何もわかっていなかった自分を情けないと想いながらも、誰かを助けるとは表立って行動することではなく、影から見守ることも助けになるのだと気付かされた
しんみりする利治に、さちは話し続ける

「奥方様が本丸だろうと、食堂に来るなんて有り得ないわよね?」
「え・・・?うん・・・」
「だって、考えてもみて?奥方様がいらっしゃるところは、本丸の東側よ?食堂はどこだっけ」
「えと、台所に近い、北側・・・?」
「清洲は広いもの。結構距離、あるわよね?」
「う、うん・・・」
「池田様に用事があるんだったら、奥方様のお立場なら自分から行かず池田様を呼び出せば良いじゃない。それなのになんで、奥方様は態々食堂に行ったのかな」
                 ッ」
それは、姉も姉なりに自分を心配してくれていたのだ、と
用事を無理に作って、自分の顔を見に来てくれたのだ、と
さちの問い掛けで、利治は漸く姉の真意を知った
「私・・・は・・・」
声が震えて、言葉が上手く出て来ない
「奥方様、新五さんが成長するの、凄く楽しみにしてると想う。だって、実の弟だもの、ね?自分と血を分けた姉弟(きょうだい)だもの。冷たくする理由なんてないじゃない。それなのにさ、新五さんはどうかな。その血に甘えたところはなかった?今まで、どうだった?奥方様のお気持ちに応えられたことは、あったかな」
                
返事ができない
『ない』としか、言えなかったから
信長の弟・信勝と争った稲生での戦いは、刀を振っただけで姉に与えられた護衛と、慶次郎に守られて終わった
犬山織田との争いでは、可成の部隊に混じって走っただけで終わった
自分は何もできていない
姉に安心させられるだけのことは、何一つできていなかった

今日も庭で慶次郎相手の稽古をする
利治以外の黒母衣衆はみな、ある程度の体作りもできているので、稽古も自主的だった
だが、いつもなら疎らな人数が利治に触発されたか、ここのところちらほらと数も増えて来ている
最も、肩慣らしに軽く汗を流す程度だが
そんな中で真剣に稽古に取り組んでいる利治の姿は一見、違和感を感じるほどだった
「いやぁッ!」
「脇が甘い!」
渾身の一撃を慶次郎にいなされ、利治の体がふら付きながら右に傾く
「ほれ、隙あり」
その隙のできた左側の脇腹に、慶次郎の棒先がつつかれそうになるのを、利治は倒れながらも棒で受け止める
「ほぅ。少しは反応が良くなったな」
「お前に誉められても嬉しくない!次、来い!」
倒れ伏せ、自分を見上げる利治が死んだ目をしなくなったことに、慶次郎はにやっと笑った
激しい打ち合いの音が響く
それを小走りに廊下を駆け抜けるさちが、ちらりと眺めて微笑んだ

本丸の執務室で午前の仕事を片付けている帰蝶の側で、今日は珍しく帰命が眠りこけている
帰蝶が使っている座布団の上で丸くなり、肩には龍之介のものだろう、男物の羽織が掛けられ、すやすやと寝息を立てていた
生まれて二年、まだ華奢なところだらけだが、周囲の環境に馴染んでか、随分と負けず嫌いな傾向も強い子供に成長した
さっきまで局処の子供達とやんちゃの限りを尽くしていたものの、母と共に本丸に戻った途端、糸が切れたかのようにぐっすり眠ってしまっていた
「奥方様、お茶をお持ちしました」
菊子が盆を持って部屋に入って来た
その部屋の片隅では龍之介が帰蝶の補佐として文机に向っている
「龍之介様、ご休憩なさいませんか」
「ありがとうございます」
「若様、お休みになられたんですね。さっきまでお元気なお声が聞こえていたと想っていたのですが」
「私も、当分寝そうにもないと想って連れて来たのだけど、ここに着いた途端、こてんと。今日は日差しも強いから、後で局処の部屋に連れて行ってくれる?向うの方が風の通りが良いから」
「はい、畏まりました」
帰蝶の側に茶を淹れた湯飲みを置きながら、菊子はそっと告げた
「あの、おなつ様が・・・」
「なつが、どうかしたの?まさかお義母様と口論でもしたとか?」
「いえ・・・」
苦笑いして続ける
「新五様の稽古も少しずつ形になって来られたので、ほんの少しでも見てあげてくださいと」
「新五の」
「怪我の数もだいぶ減ったそうですよ」
「そう。暇があれば見に行くわ」
「はい」
素っ気無く机に向き直す帰蝶に、菊子は苦笑いして後ろに控えている龍之介を見た
龍之介はそれに応えるかのようにそっと、軽く頷く
返事と受け取り菊子も頷き返し、羽織を手渡して帰命を抱き上げると帰蝶に一礼して部屋を出た
「書類、完成致しました。局処の村井様にお届けして参ります」
「待って、          私も行くわ。帰命も行ったし、吉兵衛に話さなきゃならないこともあるから、序よ」
「はい、序、でございますね」
「ええ」
帰蝶は態と龍之介に顔を向けず応えた
きっと自分の気持ちを読まれると想ったから

龍之介を先頭に、僅かな数の侍女だけを従えて局処に向う
もうすっかり信長の小袖も着こなせるようになり、後ろから見ていても背筋もびしっと伸ばしている様子が伺えていた
自分が嫁ぐ前は険悪だった雰囲気のあるなつと市弥も、清洲で共に暮らすようになってからは旧友のように仲睦まじい関係にもなったが、それでも時々は意見の衝突を避けられない事態に陥ることは何度かあった
しかし、その度に同じ信秀の側室出身であるあやに取り成され、大袈裟な問題になるまでには至っていない
女達が上手くやって行ければ、家は安泰する
自分は口出すまいと局処に居ても、帰蝶は『正妻』としての仕事を市弥、なつ、あやに上手く分担させていた
増してや自身、『側室』として巴を娶っている立場である
自分の代わりは巴がやってくれていた
お陰で安心して局処を留守にできる
その局処へ向う廊下を渡っている帰蝶の体を、ふいと風が包み込んだ

                

何かを想うように、ほんの少し立ち止まった
後ろで龍之介が侍女達を止める

          この躰に風を受ける度、あなたを想い出す
いつも優しくその手を添えてくれたあなたを
慈しむように
自分を愛するように、私を撫でてくれたあなたの手を
その香りを
壊れ物に触れるようにそっと、私に触れたあなたの掌の温もりを
たおやかな微笑みを浮かべ、私を抱き寄せるあなたの顔を想い出す
あなたが微笑んでくれるから、私は怖いと感じたことは一度もなかった
抱かれることが嬉しいと感じていた

あなたは、もう、居ないのね・・・・・・・・・・・

「奥方様」
                
後ろで龍之介が、そっと声を掛ける
「行きましょう」
「はい」

稽古場は本丸西側の裏庭に設けられており、南にある局処へ行くには通りもしない場所だった
それでも帰蝶は何も言わずその近くにある廊下を歩いた
勿論龍之介は、それについて何も聞かない
黙って帰蝶の後に着く
ところが、その稽古場には利治の姿は見ない
何人かの小姓らが混じって母衣衆が木刀を振り回しているが、弟はそこには居なかった
少し失望したのか、帰蝶は眉を寄せてその場を後にし、改めて局処を目指す

本丸と局処は広い渡り廊下で繋がっていた
其々の入り口に見張りの兵が二人待機し、本丸側では帰蝶を見送り、局処側では帰蝶を出迎える
「見張り、ご苦労様」
「先ほど、若様がお通りになられました」
「ええ、知ってるわ。ぐっすり眠っていたでしょう?」
「涎を零されておられました」
「あはははは」
和やかな会話が流れ、帰蝶は局処に入った
その廊下から局処の入り口に入り、いつもの、自分の部屋に向おうとする帰蝶の耳に、弟の掛け声が飛び込んで来る
「いやぁッ!」
                
一瞬、帰蝶の脚が止まった
ここに居たのか、と言う顔をして

「せいやッ!」
「まだまだぁ!」
渾身の一撃を慶次郎に正面から受け取られ、弾かれる
後ろに後退し、再び結ぶように棒を押し付け合う
顔を間近に慶次郎はにやっと笑いながら言った
「ちったぁ力、付いて来たようだな」
「毎日さちの、美味い飯を食ってるからな」
「そりゃご馳走さん。ほらよ!」
と、また、後ろに弾かれる
一番近い廊下になつが座っていた
そのなつが、帰蝶に気付く
「奥方様」
立ち上がり、駆け寄った
「ここでやってたの?」
「はい。本丸の稽古場でやってたんですが、相手は慶次郎でしょう?周りに迷惑が及ぶので、追い出されたのだそうです」
「どんな迷惑?」
苦笑いして聞く
「棒が飛んで来たり、新五様が飛んで来たり」
「慶次郎は飛ばすのが好きね」
「今日はどのような?ご休憩ですか?」
「それも兼ねるけど、吉兵衛を呼んでくれない?」
「はい、承知しました」
一礼し、足早に局処に戻る
そのなつの背中を見送る帰蝶の姿に、利治が気付いた
「姉上!」
                
黙って弟に目を向ける
「奥方様も、ここで昼飯でもどうだい」
後から慶次郎も追った
「そうね」
「姉上・・・」
いつも黙って自分を見守ってくれている姉に、利治の想いも溢れる
「あの・・・・・・・・」
「脇が、まだまだ甘いわね」
「え・・・」
「しっかり締めないと、そこを突かれたら心の臓まで串刺しにされるわよ」
「あ・・・、はい」
『槍』を持たせると言うことは、何れ最前線に立たせるつもりであろう
可成のように
『長男』ではない利治が、『長男・嫡男』の集団である黒母衣衆の、例え見習いとしても籍を置く以上、彼ら以上の働きを見せないといけない立場であった
唯一の例外が秀隆で、土豪出身の、武家でもない秀隆が黒母衣衆の初代筆頭に上り詰めたのは、他の追随を許さない腕前と、持ち前の頭脳、そして、圧倒的な統率力を全て持っていたからである
その秀隆が率いる黒母衣衆に在籍し続けることに意味があり、存在価値が発生した
今の内に身に着けれる物全てを付けておかなければ、見習いのまま放逐されることも無きにしも非ずであろうか
「弟だから」と言う甘い目で見てくれるような姉ではないことは、利治自身が良く知っていた
「あの・・・、姉上・・・」
「無駄口を叩いていないで、さっさと稽古に戻りなさい」
「姉上!」
自分を突き放そうとする帰蝶に、利治は追い縋る言葉を投げ付けた
「こっ、今度の合戦には是非とも、この新五をお使いくださいませ!」
「新五」
「まだ手習い中の身ではございますが、必ずや姉上のご期待に沿えるよう、尽力して参ります!」
「ならば、見事討ち死にせよッ!」
                 ッ」
「奥方様、死ねって、そりゃないでしょ」
さすがの慶次郎も間に入る
「その気概を持って、臨め。お前の躰に付く傷は、どれもお前の武勲だ。多くの武勲を身に付け、そして、この姉を見返してみろ」
          はい・・・!」
                
利治の返事に、帰蝶はほんの一瞬だけ微笑みを見せ、それから、その場を立ち去った
          姉上・・・・・・・」
帰蝶をずっと見送る利治に、慶次郎は落ち込んでいるとでも想ったのか、慰めの言葉を掛ける
「まぁ、さ、奥方様もああ言う気性だから、気の利いた言葉が掛けられないんだよ。でも内心、お前を心配してると想うぜ?」
「多分、そうだろうな。でもな、慶次郎」
振り返った利治は、満面の笑みを浮かべていた
「姉上は、見ていないようで私を見ていてくれているのがわかって、それが嬉しいんだ」
「新五」
「脇が甘いって、姉上は仰った」
「ああ、そうだな。何回注意してもお前、全然聞かないもんな」
苦笑いして応える
「私の稽古は、慶次郎が報告してるのか?」
「いいや。言ったって聞かないだろうと想ってな、なんも言ってないぜ」
「おなつさんも、報告してるようなことは言ってない。と言うことは、今、姉上はほんの少し私を見ただけで、私を理解してくださったんだな」
「そう言うことかね」
「やっぱり姉上は、私の誇りだ。だったら今度は、姉上に私を誇りに想ってもらわなくては」
「それには一にも二にも『武勲』だな、新五」
「ああ」
手にしていた棒を握り直すと、利治は広い方へと進み、慶次郎に体を向けた
「さぁ来い!慶次郎!」
「いつもと逆だ」
カラカラと笑いながら慶次郎は利治の待つ庭の中央に戻った

局処の居間に入ると、先に貞勝が待っている
「奥方様」
「うん。岩倉の動き、活発になっているようね」
正面の座布団に座りながら貞勝と向かい合う
「勘十郎様亡き後、岩倉は完全に美濃・斎藤と手を組んだ様子。加え、先達ての犬山との一戦、痛み分けとは言え岩倉は犬山を沈黙させた清洲の手腕に、感じ入る部分があるようで」
「小牧を見張らせているのも、要因の一つ?」
「こちらは美濃を見張るつもりであっても、岩倉はそうは想いませんでしょう」
「どちらにしても近々、岩倉とは一戦交えねばならないようね」
「戦での試算表は完成しております」
「さすが、仕事が速いわね」
帰蝶はにっと笑った
「予算は?」
「充分間に合います。が、岩倉と戦となれば、兵の数が若干」
「寡兵なのはいつものこと。でも、どこかに援軍でも頼もうかしら」
「やはり那古野に?」
「那古野は後詰。清洲を守っててもらわなきゃ」
今、清洲に帰命が居るならば、尚更である
「ならば、守山」
「だーめ。末森の守りが手薄になっちゃう」
「では、どちらに援軍を?」
「ふふっ」
帰蝶の笑顔に、貞勝はキョトンとした

この頃、南に向って飛んで行く鴉の姿を見掛けなくなった
勿論鴉は何処にでも見られる、特に変わった鳥ではないので、見掛けるとあらばどこででも見れるものだが、一時期、いつも同じ方向に飛んでいた鴉を見なくなって久しい
稲葉山の空を見上げる利三の目には、その鴉の姿は映らなかった
恋焦がれていたその姿を
自分も鴉であったなら、間違いなく真っ直ぐ、あの人の許に飛んでいけたのにと願った
ひと滴、零れる水に想う心はない
今、どうしているだろう、と、ただ懐かしい
あの柔らかな肌は、どうしているだろう
あの柔らかな口唇は、どうしているだろう
あの鋭い眼差しは、何を見ているのだろう
対決はいつか訪れる決別だとわかっていても、それでも、愛しい人の暮らす町を攻めなくてはならず、それを拒否する権限もない自分を、利三はただ哀れんだ
己の運命に
宿命に
ただ、逢いたいと言う想いの前に、この世の理を受け入れるしかない自分の無力さに、利三はただ、哀れんだ
その利三の許に屋敷の下人が慌てて駆け付ける
「旦那様!」
「どうした」
「お、奥方様が・・・!」
妻は、愛する人の異腹妹だった
愛情があるわけではない
だけど、抱かねば成らぬ相手でもあった
「先ほど、ご出産に」

                

難産に子は死に絶え、妻も出産に耐えられず死の境を彷徨っていると言う
どうしてだろう
心にほっとしたものが生まれたのは
自分は鬼になったのかと、利三は己を詰った
連れ添った妻の安否すらどうでも良いと感じるほど、心が清洲に逸っている
信勝は帰蝶を奪うのに失敗し、命を落とした
だけど自分なら、上手く奪うことができると自信が持てた
清洲を攻め、帰蝶をこの手で                
自分は鬼になったのだ
愛するあの人の前では自分自身ですら、価値のない塵に想えるのだから

初めの頃こそはさちを清洲城にまで送るのも困難だったが、この頃は筋肉にも痛みはなく、さちの手料理を頂くと城まで送るのがほぼ日課になっていた
「今日は慶次郎から三本取ったんだ」
「わあ、どんどん数が増えてるわね。それで、詰所でご飯、食べれるようになった?」
「うん、少しずつだけど。今日は本丸の食堂には行かなかったよ」
「そう、良かった。奥方様のお米、新五さんの口に入ってるんだ」
「うん」
他愛ない話だとしても、長屋で一人の利治にとっては、城に居る間もそうだが、こうして誰かと会話をしていることが、楽しくて仕方がなかった
今まで一人になったことなど殆どないのだから
武家の御曹司として、常に誰かが側に控えていた生活から、急に一人で暮らさなくてはならなくなり、戸惑うことも多かった
食事の支度もある程度自分でできるようになったし、洗濯もご近所の主婦達から手解きを受けている
また完璧ではないとしても、何もできなかった頃の自分とはほんの少し違って来ていることを実感できた
そんな利治がさちと楽しく会話をしながら長屋の棟を抜けようとした頃、物陰に人の気配を感じた
                 ッ」
咄嗟に、腰に帯びている指物の柄に手を添え構える
「どうしたの?新五さん」
「人が居る」
「え?」
さちは驚いて辺りをキョロキョロした
何処の家庭も丁度夕餉の時刻で、表に出ている者は誰も居ない
まだ月が出る前としても、日照も然程良くないからか日暮れにはもう暗くなる地域だった
自分の目には利治の言う人影は見付けられなかった
「最近、隣の町で空き巣が起きてるんだ。まさか武家長屋にまで来るとは想えないけど」
「物騒ね」
無意識に、さちは利治の小袖の袖口を掴んだ
「おい、そこに居るのは誰だ。ここを織田の武家長屋と知って、入り込んだのか?」
中々出て来そうにもない人物に、業を煮やした利治は声を掛けた
相手は何か武器になるような物を持っているかも知れないが、そうだとしてもこちらも日頃の鍛錬の成果を実感したくなる頃合でもある
武器を持っているのなら尚更、実戦さながら戦うことができ、自分の腕を試すにもいい機会だと想えた
「出て来いッ。出て来ないのなら、こっちから行くぞ!」
と、利治は刀を半分鞘抜きした
鍔の弾ける音が聞こえたのか、物陰に隠れていた人物が慌てて出て来る
「わぁッ、待って待って、新五様!俺です、俺です!」
「ん?」
聞き覚えのある声に、利治は目を凝らして暗がりを見た
そして、薄っすらと確認できるその顔に、驚く
          犬千代殿?!」
                
出て来た利家は、苦笑いに頭を掻きながら辺りをキョロキョロした

「いや、ね・・・。随分前に奥方様から、長屋の女房の様子でも見て来いって言われてたんですけど、敷居が高いって言うか、なんて言うか。まぁ、敷居のある家じゃないんですけど」
「そんなことは置いといて、今、どこでどんな暮らしをしてるんですか。みんな心配してるんですよ?」
「そうです、ね・・・」
まさか奥方様の庭先で暮らしてる、とは、素直に言える状況ではない
「いえ・・・。最近、犬山の代わりに今度は岩倉が動き始めてるって聞いてですね、戦でも起きるんじゃないかと。それで、起きる前におまつの顔でも見ようかな、て」
「岩倉と戦を?」
利家の言葉に、利治は目を丸くした
武家長屋の井戸端で話すには、利家は出奔中であるため人に姿を見られるわけには行かない
そう想い、長屋を出た先の寺の境内の裏に移動したのだが、何故かさちも巻き込まれる
元々さちを送るために表に出たところで利家を見付けたのだから、道すがら話でもと言う雰囲気でもなかった
さちは部外者だからと自分から遠慮して、少し離れた場所で腰を下ろして終わるのを待っている
「奥方様は、何も仰ってないんですか?」
「何も」
「情報が入らないわけじゃないんですけどね」
自分が仕入れれば、即座に帰蝶に話している
犬山にもその情報が生かされ、大事になる前に鎮圧できたのだから
「それで、近々なんでしょうか。岩倉との決戦は」
「どうでしょうね。犬山と遣り合ってそう経ってませんし、奥方様は慎重にことを進められるお方ですから。まぁ、たまに激情に身を任せて暴走することも多々、ありますけど」
「確かに・・・」
姉のことながら、利治には庇うだけの材料は揃ってなかった
「それで、犬千代殿もこっそり参加なさるおつもりだったんですか?」
「戦に参戦するのを許された身ではないので。だけど、何もしないで眺めていたくはありません」
「姉上から咎められるとは、お考えではないのですか?」
「考えるより先に行動しちまうんですよね、俺。それで失敗して、今、こんなことになってんですけど」
苦笑いする利家に、利治も釣られてしまう
「それなら尚更、奥方にもお逢いしたいでしょう」
「ええ、まぁね」
「それで、コソコソと武家長屋を伺ってたんですね?」
「はぁ・・・・・・・・・」
さすが帰蝶の弟、と言う目で見る
歯に衣着せぬ物言いは、姉弟そっくりだ

「大丈夫ですよ。誰も居ません」
さちが先導して、利治が利家を庇うように武家長屋を進む
さちは背も低いので普通の姿勢で歩いているが、利家は背が大きいために目立ってしまい、どうしても腰を屈めてそそくさと小さな通りを進むしかなかった
油など高級品は買えないので、真っ暗になれば精々松明か、竃の明かり、あるいは囲炉裏で光を得るも、薪も安いものではない
自分で集めるにしても限界があり、増してや清洲周辺には山も少ない
そのため、この時刻になると早々に寝てしまうのが習慣だった
所々明かりの漏れている家はあるが、数にすれば十軒中一~二軒と言ったところか
それでも誰が何処でひょっこり顔を出すかわからないので、慎重にならざるを得ない
足音を殺して歩いていくと、利家にとっては見覚えのある、懐かしい場所に出た
武家長屋には三ヶ所の井戸が設置されており、その内の一番小さな井戸の側が利家と妻、まつの暮らす部屋がある
井戸の上には手桶が置かれており、それはまつが嫁入り道具として持参したものだった
小さな手桶に何度も井戸の水を汲み、家まで往復していた光景が目に浮かぶ
そうなると、大の男でも目に薄っすらと水気が差すものだ
「おまつ・・・」
恋しい女房の名をぽつりと呟き、しんみりとする利家の袖を利治が掴んだ
「犬千代殿、早く」
「あ・・・、はい」

こんな夜分に例え亭主でも男の声がすれば近所が不審がると想い、増してやまつも長く亭主の声を聞いていないのだから無用な騒動を誘わぬため、さちが玄関先で声を掛けた
「おまつさん、おまつさん、さちです。起きてらっしゃいますか?」
「さっちゃん?」
さちの声に安心したのか、利家の妻・まつが戸口のつっかえ棒を外す
「どうしたの?こんな時分に。忘れ物?」
さちが利治の世話をすることも長くなり、今では帰蝶公認の仕事となった
その帰蝶から時折まつ宛てに、食料などの荷物を届けるのもさちに任されていた
利家が行方をくらませて数ヶ月が経った今では、まつもすっかり顔馴染みとなっている
今日、利治の部屋に行く前に、まつに米を届けたばかりだった
「すみません、驚きましたか?」
「ちょっとだけね。でも、どうして?一人なの?新五様は?」
「はい、いらっしゃいます。それと、もっと驚く人が」
「え?」
まつは目を丸くしてさちを見た

「よ、よう、おまつ」
照れ臭がりながら妻の前に出る利家を見届け、利治とさちはそっとその場を離れた
「良かったわね、おまつさん。やっとご主人様の顔を見れて」
「そうだな。これで罪が許されたなら、家族で暮らせるんだけど」
「そうね、もうすぐ子供も生まれるんだし」
二人の間には、和やかな会話が広がる
ところがその直後
「何処で何やってたんだ、このバカ亭主          ッ!」
激しい物音と共に、その背後の利家の家からまつの怒声が響き渡った
                
利治とさちは目を見開いて互いの顔を見詰め合い、まるで逃げるようにそそくさと武家長屋を出た

「ふーむ」
那古野から呼び出された信光は、腕を組んで唸る
「お前は相変わらず、政略を使うのにわしを呼び出すか」
「申し訳ございません、叔父上様」
しかし悪びれた様子もない
「吉法師様のご姉妹でどなたが良いのか、やはり軍事面も考えて、女だけで話し合っては埒が明かないもので」
「だから私は、犬で良いと」
「いいえ、稲でも構いません」
帰蝶の側で市弥となつが言い合いを始める
「年齢的に考えれば、長女の犬が適任です」
「いいえ、大方様。お犬様は嫡子、犬山ごときには勿体のうございます。その点稲は庶嫡子、政略に使うにもってこい、出戻っても大した傷にはなりません」
「でもね、なつ、稲はまだ幼いわ」
「何を仰いますか、適齢期でございます」
「こんな感じで」
「確かに埒が明かんなぁ・・・」
なつと市弥の遣り取りに、帰蝶の苦言も届かず信光も苦虫を噛む

正室の産んだ子は『嫡子』として、付加価値が付く
側室の産んだ子は『庶嫡子』として、嫡子に比べ価値も下がる
側室が産んだ娘が武家の『正室』として迎えられるのは、その家がどれだけ大きいかを物語り、『側室』ならば妥当な線として収まる
今回帰蝶が打ち出した案は、犬山と親戚関係になることであった
先の戦で双方の政局に口出しせぬことを条件として閉幕したものの、岩倉・織田が美濃・斎藤と表立った同盟関係を結んでしまったがため、こちらでもその防衛策を講じねばならなくなったのだ
再び戦をするにしても準備が要る、金が要る、人材が要る、場所も要る
準備は万端、金は確保できても、場所と人材だけはどうしようもない
金はあっても人材がない、準備はできても場所を確保できない、では、話しにならないだろう
兵農分離もそれなりに進んではいても、戦のできる段階ではなかった
帰蝶の背負う織田はまだ、これと言った大きな実績もない
そんな状態で戦を専らとする『職業戦士』になろうなどと言う奇特な人間は、存在しない時代だ
まだ理解してもらえる世の中にはなっていないのだから
何か大きな成果でも上げない限り、帰蝶の掲げる計画は実行すら移せない
故に、戦をするための人員確保は今も困難な状況だった
尚更、犬山を力尽くで抑え付けながら岩倉と争うのは、はっきり言って不可能だと帰蝶は判断した
それを回避するには犬山と同盟を組むことが手っ取り早く、しかしそれには『政略結婚』が不可欠だった
政略は、できることならそれで女が泣かなくて済む世の中にしたいと言う信長の願いでもあり、帰蝶もそれを守りたかった
「それで、上総介は自分なら誰を推薦するつもりだった?」
「はい。先ほどなつも言ったとおり、犬姫殿はご嫡子、政略で嫁いでもらうにしても、それ相応の家柄が相応しいかと。しかし犬山は、今は他人も同然ながら一応は一門同士に当ります。親戚同士で姻戚と言うのも、多少抵抗があります」
近親同士の婚姻を嫌っていた道三の娘として生まれ育ったのだから、尚更だろう
「ほら、御覧なさいませ、大方様」
「何を」
なつが勝ち誇ったような顔をするのを、市弥は口唇を噛んで睨み付ける
「しかし、だからと言ってまだ年若い稲殿を先に嫁がせては、他のご姉妹に対しても無礼」
「ほーら御覧なさい、なつ」
「何を仰いますか」
今度は市弥が勝ち誇った顔をし、なつが悔しそうに顔を歪める
「やめんか、お前達。煩くすると、席を外させるぞ?」
「も、申し訳ございません」
二人揃って信光に頭を下げる
「私は、二人の間におられる、伊予殿が良いかと想っております」
「伊予か」
伊予は信秀側室が産んだ娘である
ひと度病に掛かれば、生き残りにくい時代だ
生母は病が元で既に他界ている
女の養育の一切を市弥が見ているので、実行するには市弥の承認が必要だった
だからこそ市弥に相談をしたのだが、その市弥が「だったら犬を」と言い出し、それに対抗して「いえいえ、稲をどうぞ」となつが言い出し、どちらも帰蝶の役に立とうと必死なものだから話し合いは一向に解決せず、こうして信光に取り成してもらおうと言うのであった
息子はその後、家の役に立つよう教育されるので養育の権限は父親が持ち、娘は政略の道具として家の恥にならぬよう、母親が育てる
側室が複数居る場合は、一括して正室が面倒を見るのが習しだった
勿論、其々に乳母を着けるのも当時の風習で常識だが、そう言った理由があるので生母のなつが那古野に来ても、娘の稲はその管理を市弥が握っているため一緒に連れて来ることも、同居も叶わなかったのである
今、市弥が清洲に居る以上、信秀の娘の全てがここ清洲に集められていた
市のように特化した性質を持つ娘なら兎も角、日々多忙の帰蝶がそれらの娘と一々誼を通わせている暇などないに等しかったが、それでも全体の把握はしておかねばならない
自分が把握する範囲内で犬山へ嫁がせるのに最適なのは、犬の異腹妹の伊予が適任だと選出した
「ふむ、伊予なら年頃も丁度良いか」
「ですが・・・」
「上総介、また理想を語るか?」
                
信光に先を越され、帰蝶は黙り込んだ
「政略のない世にしたい、と言うお前の理想は理解できる。だがな、我ら武家はその政略によって成り立つのだ。それを今のお前が否定して、それで織田は生き残れるのか?」
                
帰蝶は黙って首を振った
「犬山との争いを避けたいと言うのであれば、慣例に従え。目を瞑ることも、時には大事な戦局になり得る。それを見誤ると、取り返しの付かないことになるのだぞ?それこそ、吉法師の遺した夢を潰えさすことにはならんか」
          はい」

結局、信光に諭され、犬山との政略を行なうことになった
既に花嫁修業をしていたためか、伊予には後はのんびり暮らせるよう充分な配慮をする
育てたのが市弥であるので、政略に対する抵抗感もなく、伊予は素直に従ってくれた
犬山も清洲から嫁を娶ることに承諾し、勿論これは信光の働き掛けのお陰ではあるが、婚約だけでもと先に済ませた甲斐あって犬山は完全に沈黙した
これに焦ったのは岩倉だろう
清洲に向けて挙兵の動きを見せていた速度が速まった

本丸の表座敷で軍議が開かれる
市弥は伊予の嫁入り仕度があり、今回の軍議には参加できなかった
珍しくなつも、利治の様子が気になると表座敷には入っていない
そんな中で帰蝶はいつものように、織田家家臣全員ではなく、信用できる少人数で会議を開いていた
必要な頭数だけで話し合った方が、無駄な手間を取られずに済む
手間を惜しまず全員と面談していては、それこそいくら暇があっても足りない
全会一致で決まる軍議など存在しないのだから

「いよいよ岩倉と雌雄を決める時が来たのですね」
岩倉が末森と手を組み、信長を死に追い遣ったと言う事実が明るみになってから、信長家臣らにとって仇敵になっている
積年の恨みを晴らせる絶好の機会と、誰もが手薬煉を引いた
「漸くこの時を迎えられる・・・」
左の拳を右の掌で握り締め、胸に強く当てながら恒興が呟く
「岩倉は憎き敵。だけど、今の私達には強大な敵でもあるわ。気を逸らせず、冷静に行動して」
                
帰蝶に抑制され、恒興は静かに頷いた
「布陣の程は」
勝家が聞く
「一宮、浮野」
「一宮?!」
一同が騒然となる
「確かに一宮は清洲とは友好関係にありますが、奥方様、浮野へ布陣するには岩倉を通過せねばなりません!正気ですか?!」
秀隆が目を剥いて聞いた
「正気よ」
「奥方様!」
「岩倉は斎藤と手を組んでいる。向うも安心して私達を通すでしょうよ。それこそ、袋の鼠として見るでしょうね。その油断を買うの」
「油断を・・・」
そうして自分は油断させ、信勝を殺したのだから
「美濃に近ければ近いほど、岩倉も安心感を覚える。何かあっても、斎藤が助けてくれると安堵する。今回の戦は、その安心を逆手に取るわ」
「どうやって・・・」
誰かが呟いた
その呟いた主を確認するまでもなく、帰蝶は返す
「犬山との迎撃。その連携は既に叔父上が取ってくださってる」
「犬山も参戦ですか?働いてくれますかね?」
今度ははっきりと、長秀が聞いた
そのために信長の妹を嫁がせるのだから、何かの役に立ってもらわなくては政略の意味がない
「働くわよ。清洲織田から妻を娶るのよ?妻の前で恥を掻くわけには行かないでしょ?男は自尊心の塊なんだから」
                
帰蝶以外の全員が男であるため、苦笑いしか浮かばない
「今回の戦、犬山が参戦してくれるとは言え、相手は今やこの勝幡織田を凌ぐ兵力を誇る岩倉。犬山もそれほどの数を遣してくれるわけではないだろうけど、使える者は親でも使えと言うでしょ?」
それは一年前、市弥から言われた言葉である
「清洲は叔父上が守ってくれるわ。だから総力戦で行く。けど、問題がないわけじゃない」
「問題とは?やはり何か引っ掛かりでも?」
「斎藤家ではないのですか?」
信盛の質問に、可成が応える形で付け加える
「稲生でも、斎藤は私達の戦に水を差そうとした。二度目はないなんて、確信できない」
「と言うことは、我らが清洲を空けた瞬間から、斎藤家に襲撃される恐れが発生するということですね?」
「それを懸念しておかなきゃならないわね。と言うわけで、今回は二手に分かれるわ。私も稲生でやったみたいに、あっちもこっちも同時になんて、そう何度もできるわけじゃないもの」
                
その言葉を聞いて、勝家が苦笑いした
自分を向うに置いて、林兄弟の布陣する後方まで攻め込んだのだから、帰蝶も勝家も、同じ方法が二度も通用するとは想っていなかった
「岩倉は権を中心に松助、勝三郎、三左、弥三郎、赤母衣衆で当って。赤母衣の指揮権は権に任せるわね」
「はっ」
「権の補佐に松助、お願い」
「承知しました」
信盛が軽く頭を下げて応えた
「五郎左衛門、又助、吉兵衛は叔父上と合流、清洲を死守」
「はっ!」
ここには信長の遺児・帰命が居る
自分の命と引き換えにしてでも守らねばならない、大切な存在だった
後詰が一番重要な任務となるだろう覚悟に、三人は一際力強い返事を同時にした
「残りは私と共に犬山方面へ」
「犬山方面?」
「斎藤のことだから、犬山が私達に加勢することは何れ知れるでしょう。そうなると、がら空きになった犬山から尾張に入るのは容易。犬山が残りの私達の代わりに出馬してくれるのだから、私達はその犬山を守るのが責務よ。それに                
自分だったなら、そうする
そんな確信を持つも、上手く伝えられなかった
もどもどする帰蝶に全員が首を傾げた
          ごめん・・・なさい。私は武士としてまだ半人前にもなってない。ただの直感を言葉にするのが難しい・・・」
「奥方様」
側に控える龍之介が声を掛けた
「小姓の分際で差し出がましいようですが、恐らく奥方様のお考えでは、留守に見せ掛けて斎藤を迎撃するおつもりではないでしょうか」
                
なんでわかるの?と言いたげな顔をして、帰蝶は龍之介を見た
利発だとはいつも感じているが、この少年は自分の頭の中を見れるのだろうかとも想える
「そうなんですか?奥方様」
「そんな・・・感じ・・・。ごめんなさい。上手く表現できなくて・・・」
「しかし、奥方様がご出馬なされるのであれば、現場の指揮は奥方様が直接お取りできます。臨機応変なご采配、間近で見れないのは残念ですが、結果を楽しみにしております」
「私もよ、権」
強面ににっと笑ってくれる勝家の笑顔は、何よりも励ましになった
帰蝶もにっと笑い返し、それに応える
「以上を以って軍議閉会とす。各自、配下に間違いなく伝えるよう」
「ははっ!」

この一戦で、清洲はどうなるのだろう
自分は自分の想うとおりにできるだろうか
不安が不安を呼び、不安の上に不安が重なる
誰かに縋り付けば楽になれるだろうか
追い詰めるか、追い詰められるか、自分の采配に全てが懸かっている重圧に、帰蝶は心を苛み、苦しんだ
吉法師様、どうか帰蝶をお守りくださいと、祈りながら初夏の空を見上げる
空は何処までも青く、そして、遠かった
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おのうさま(帰蝶)とノブ(信長)が 結婚しました(笑

祝:お濃さま出演 But模擬専…     (戦国無双3)


おのれコーエーめ
よくもお濃様を邪険にしおってからに・・・(涙

(画像元:コーエー公式サイト)
オンラインゲームにてお濃様発見


転生絵巻伝 三国ヒーローズ公式サイト:GAMESPACE24
『武将紹介』→『ゲーム紹介』→『Exキャラクター紹介』→『赤壁VS桶狭間』にてお濃様閲覧可
キャラクター紹介文
絶世の美貌を持つ信長の妻。頭が良く機転が利き、信長の覇業を深く支えた。
また、信長を愛し通した一途な妻でもあった。

(画像元:GAMESPACE24公式サイト)
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濃姫好きとしては、飲めなくても見逃せない

岐阜の地酒 日本泉公式サイト

(二本セットの画像)
夫婦セット 吟醸ブレンド(信長・濃姫)
本醸造 濃姫
カップ酒 濃姫®=爽やかな麹の薫り高い、カップとは想えない出来上がりのお酒です
吟醸ブレンド 濃姫® ブルーボトル=自然の香りのお酒です。ほんの少し喉を潤す程度でも香りが深く体を突き抜けます
本醸造 濃姫®=容量的に大雑把な感じに想えて、麹の独特の香りを抑えたあっさりとした風味です

今現在、この3種類を試しておりますが、どれも麹臭い雰囲気が全くしません
飲料するもよし、お料理に使うもよし
お料理に使用しても麹の嫌な独特感は全く残りません
奇跡のお酒です
何よりボトルがどれも美しい

清洲桜醸造株式会社公式サイト

濃姫の里 隠し吟醸
フルーティで口当たりが良いです
一応は『辛口』になってますが、ほんのり甘さも残ってます
わたしは料理に使ってます

清洲城信長 鬼ころし
量的に肉や魚の血落としや、料理用として使っています
麹の香りが良いのが特徴ですが、お酒に弱い人は「うっ」と来るかも知れません
どちらも一般スーパーに置いている場合があります
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